PODCAST · arts
渡部龍朗の宮沢賢治朗読集
by 渡部製作所
Audibleで数々の文学作品を朗読してきたナレーター 渡部龍朗(わたなべたつお) が、宮沢賢治作品の朗読全集の完成を目指し、一編ずつ心を込めてお届けするポッドキャスト。 ▼ 朗読音声とテキストがリアルタイムで同期する新体験オーディオブックアプリ「渡部龍朗の宮沢賢治朗読集」iOS版 / Android版 公開中 ▼ 【iOS】https://apps.apple.com/ja/app/id6746703721【Android】https://play.google.com/store/apps/details?id=info.watasei.tatsuonomiyazawakenjiroudokushu幻想的で美しい宮沢賢治の言葉を、耳で楽しむひとときを。物語の息遣いを感じながら、声に乗せて広がる世界をお楽しみください。
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風野又三郎
📖『風野又三郎』朗読 – 山あいの学校にあらわれた風の少年🌬️🍃静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『風野又三郎』。谷川の岸に建つ、小さな四角な学校。九月一日のさわやかな朝、登校してきた一年生の二人が教室をのぞいてはっと棒立ちになります。誰もいないはずの教室、自分の机に、見たこともない赤い髪の子どもがちゃんと座っていたのです。鼠いろのマントに、水晶かガラスかと思われるすきとおる沓。熟した苹果のような赤い顔と、まん円でまっくろな眼──。 やがて山の上の栗の木の下で、子どもたちはその不思議な子と再会します。「風野又三郎」と名乗るその子は、岩手山から来たといい、支那へも行ったという。世界中を飛んで歩く話を、一郎や嘉助たちに次々と語り聞かせるのでした。「どっどど どどうど どどうど どどう、ああまいざくろも吹きとばせ、すっぱいざくろもふきとばせ」──冒頭から響くこの歌のリズムに乗って、九月のはじめのいくつもの日々、又三郎と子どもたちの交流が続いていきます。岩手山の谷底や、雲のずっと上で起きていること。又三郎が語りはじめると、見たこともない場所の景色や出来事が、栗の木の下にいる子どもたちの耳元まで運ばれてきます。ときに自慢げに、ときに少しふざけて、ときにふいに怒ったりしながら、風の少年は語り続けるのでした。 赤い髪、鼠いろのマント、まっくろな眼、ぎらりと光るガラスの沓。風がただ風として吹くこと、そして風が一人の子どもの姿で語りかけること──そのあわいに広がる、九月の山と空のはなし。宮沢賢治が描く、風と歌と光に満ちた不思議な世界。子どもたちと又三郎の出会いを通して立ち現れるこの幻想的な物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。※本作の九月一日の場面には、原稿が失われている箇所が二か所あり、底本でも〔以下原稿数枚なし〕と記されています。朗読でも該当箇所はそのまま、欠落として扱っております。物語の途中で場面が少し飛ぶように感じられる部分がありますが、そのままお聴きください。#冒険 #少年 #方言
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あけがた
📖『あけがた』朗読 – ツンツンと光る空の下、ごうごうと鳴る川を溯る🌅🌊静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『あけがた』。青黒く淀んだ室の中で、おれはそわそわと立ったり座ったりしている。獣医の有本と、さまざまのやつらがもやもやと混ざり合った区分キメラ。そこへ白くぴかぴかする金襴の羽織を着た霧積が入って来て、嬉しそうに笑う。今日は支那版画展覧会へ行くのだという。やがて三人ともなぜかおれの着物を笑い出して——。ぷいと外へ出たおれは、川ばたの白い四角な家を抜けて、烈しく鳴る川のほとりに立っている。一月十五日、向岸から強くひびいて来る踊りの太鼓。ひどい洪水のあとらしい川は澄みながらも、波と波とが激しく拍って青くぎらぎらしている。空はツンツンと光り、水はごうごうと鳴る。北から落ちる支流に沿って溯ってゆくおれの目に、やがて大きな島が見える。青黒く淀んだ室の気配と、外に出てから出会う白く冷たい空の光。着物をめぐる嘲笑と、川岸でのひとり。烈しく鳴る水の音と、向岸から響く太鼓。場面から場面への移り変わりは、夢の中の出来事のように繋がってゆきます。「いつかもう島の上に立ってゐた。どうして川を渡ったらう」——気がつけば次の風景の中に立っている語り手の感覚のままに、物語は進みます。孔雀石の馬蹄形の淵、雑木の幹のまっしろなさるのこしかけ、青光りのさるとりいばら。室から川へ、岸から島へと移り変わる景色の中で、ひとつひとつの像が鮮やかに、けれどどこか不確かに浮かび上がります。詩的な言葉と幻想的な情景が織りなす独白の世界。一人称で語られる景色の移ろいを、朗読でじっくりとお楽しみください。#心象スケッチ #夢
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風の又三郎
📖『風の又三郎』朗読 – 谷川のほとりの小さな学校と、風とともに現れた赤毛の少年🍃🌰静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『風の又三郎』。谷川の岸に、教室がたった一つの小さな学校があります。さわやかな九月一日の朝、一年生の子が運動場に駆け込むと、しんとした教室にはまるで顔も知らないおかしな赤い髪の子どもが、ちゃんと腰掛けにすわっていました。ねずみいろのだぶだぶの上着、白い半ずぼん、赤い革の半靴、熟したりんごのような頬、まっくろなまん丸の目。ちょうどそのとき風がどうと吹いて教室のガラス戸ががたがた鳴り、嘉助が叫びます。「ああわかった。あいつは風の又三郎だぞ」と。その子は、父親の仕事でこの土地へやって来た高田三郎という転校生でした。けれども嘉助や一郎たちは、この子を「又三郎」と呼び続けます。谷川での水遊び、上の野原での馬追い、山の藪での葡萄や栗とり——九月の毎日のなかで、三郎は一郎たちの輪にまぎれ込んでいきます。ときにいっしょに笑い、ときに意地悪をされ、ときに不思議に風を呼び寄せながら。谷川のさらさらとした流れと、空を吹き渡る風。教室にならぶ子どもらの日常と、霧や雷に包まれた野原の景色。北海道から来たという転校生の姿と、ガラスのマントをまとって空へ飛びあがる又三郎のおもかげ。見なれた風景と、そのすぐそばに立ち現れる幻のような情景が、一つの物語のなかで折り重なっていきます。モリブデン鉱脈をめぐる大人たちの事情、古くから語られる風の神の子の伝承、子どもたちが交わす土地の言葉。具体的な暮らしのこまやかな描写の間に、「どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きとばせ」という風のうたが繰り返し響きます。谷川のほとりで過ごされた短い日々を、子どもたちのあいだを吹き抜けていった赤毛の少年とともに、朗読でじっくりとお楽しみください。#冒険 #少年 #方言
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手紙 四
📖『手紙 四』朗読 – ある兄と妹の記憶、そしてすべてのいきものへ📨🐸静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『手紙 四』。「わたくし」はあるひとから云いつけられて、一通の手紙を届けます。それはチュンセという男の子と、その小さな妹ポーセをめぐる手紙です。チュンセはいつもポーセにいじ悪ばかりしていました。桃の木になめくじをたけておいたり、くるみの実をわざと頭に投げつけて泣かせたり。けれどもある十一月、ポーセは俄かに病気になります。青くなった唇、大きくあいた眼、いっぱいにためた涙。チュンセは「雨雪とって来てやろか」と声をかけ、鉄砲丸のようにおもてへ飛び出していきます。春になり、くるみの木が青い房を下げる頃、チュンセはキャベジの床をつくりながら暮らしています。土の中から這い出てきた一ぴきの小さな蛙。枯れ草の中でうとうとしているチュンセの前に現れる、しもやけのある小さな手——。手紙という形式の中に、兄の悔いと祈りが置かれています。そしてこの手紙を「わたくし」に云いつけたひとの言葉が、物語の最後に静かに響きます。こどもも、はたけで働くひとも、汽車の中で苹果をたべているひとも、歌う鳥も歌わない鳥も、魚もけものも虫も、みんなむかしからのおたがいのきょうだいなのだ、と。兄と妹の物語は、あらゆるいきものへと開かれていきます。誰かに届けるために書かれた手紙が、いま朗読として読み上げられる——その声に、じっくりと耳を傾けてみてください。#妹
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手紙 三
📖『手紙 三』朗読 – 顕微鏡の先にあるもの、見えないものを見る眼🔬✨静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『手紙 三』。普通の中学校に備え付けてある顕微鏡は、拡大度が六百倍から八百倍ほど。蝶の翅の鱗片や馬鈴薯の澱粉粒ははっきり見えても、小さな細菌はよくわかりません。千倍になればレンズを油に浸して光を集め、二千倍ともなれば調節できる人さえ幾人もいない。語り手は、顕微鏡の倍率を一段一段と上げながら、人の眼がとらえうるものの限界へと読み手を導いていきます。光の波長という壁、超絶顕微鏡でもぼんやり光る点としてしか現れない極微の存在、そしてその先にある、形はおろか存在さえも見ることのできない分子の世界。数字が並び、科学的な記述が淡々と積み重ねられていく文章です。〇、〇〇〇一四粍、〇、〇〇〇〇〇〇一六粍——小数点以下にゼロが連なるほどに、私たちの眼の届かない領域が広がっていく。その精密な数字の羅列そのものが、ある種の静けさと眩暈を帯びています。そして、科学の言葉で見えるものの果てまでたどり着いたとき、この短い手紙は、別の方角へと歩みを進めます。手紙という形式で、顕微鏡という具体的な道具から書き起こされた、ごく短い文章。科学と、科学の外側にあるものとが、不思議な仕方で隣り合っています。宮沢賢治の静かな筆致で綴られたこの小さな手紙を、朗読でじっくりとお楽しみください。#心象スケッチ
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手紙 二
📖『手紙 二』朗読 – ガンジスの大河と、いやしき女のまことの力🌊✨静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『手紙 二』。水かさを増し、烈しく流れるインドのガンジス河。その河岸に立つアショウカ大王が、けらいたちに問いかけます——「誰かこの大河の水をさかさまにながれさせることのできるものがあるか」と。けらいたちが口を揃えて不可能を告げる中、群集のひとりの女が静かに名乗り出ます。ビンズマティーという、いやしい職業で身を立てる女。彼女が「まごころこめて」河にいのったとき、幅一里にも近いガンジスの大きな流れが、たけりくるってさかさまに動き始めます。驚く大王と、その前にひざまずく女との間で交わされる問答。「どうしてそちのようないやしいものにこんな力があるのか」という王の問いに対して、女が語る「まことの力」の正体。身分の高い者も低い者も「ひとしくうやまう」という、ただそれだけのことが、大河をさかさまにするほどの力として現れる——短い物語の中に、その落差が鮮やかに刻まれています。大王とけらい、群集と一人の女、尊いものといやしいもの。物語は幾重もの上下の構図を重ねながら、「まこと」という一語をその中心に据えます。社会の序列が繰り返し語られるほどに、それを貫くものの静かさが際立ちます。古代インドの河岸を舞台に、短くも力強い問答が交わされるこの一篇を、朗読でじっくりとお楽しみください。#心象スケッチ
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手紙 一
📖『手紙 一』朗読 – ある竜の誓いと、痛みの果てに差し出されたもの🐉✨静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『手紙 一』。むかし、あるところに一疋の竜がすんでいました。その力は国さえも壊してしまえるほどで、はげしい毒を持ち、弱いものは目にしただけで倒れ、強いものでさえ近づけば命を落とすほどでした。ところがある時、この竜はよいこころを起こし、もう悪いことをしない、すべてのものをなやまさないと誓います。静かな林の中でじっと道理を考え、やがて眠りに落ちた竜——竜というものは眠るあいだ蛇の姿になるのです——その美しいるり色と金色の紋をまとった姿を、猟師たちが見つけます。そこから、竜の誓いは思いもよらない形で試されることになります。圧倒的な力を持ちながら、その力を使わないこと。こらえてこらえて、自らの身を差し出すこと。物語の中で竜が向き合うのは、外の敵ではなく、自分自身の誓いそのものです。痛みの中でくやしいというこころさえ起こさなかった竜の姿が、短い物語の中に静かに、しかしはっきりと刻まれています。仏教の説話に根ざしたこの物語は、「おとぎばなしではありません」という一文で結ばれます。誓いを立てること、それを守り通すこと、そしてその先にあるもの——簡潔な語りの中に、深い奥行きが広がっています。宮沢賢治が綴った、ある竜の誓いと献身の物語。朗読でじっくりとお聴きください。#毒
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泉ある家
📖『泉ある家』朗読 – 夏の夕暮れ、泉のほとり、見知らぬ家の一夜🌙💧静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『泉ある家』。 郡の土性調査を任された若い二人、斉田と富沢。重い岩石の背嚢を担ぎ、巻脚絆に埃をまとい、一日の仕事を終えた彼らは、薄明の流れはじめた県道を北へ下っていきます。道の傍らの泉で出会った白髪の老人に導かれ、蘆の塀に囲まれた小さな柾屋に一夜の宿を借りることになります。 煤けた掛物の床の間、小さなランプ、干した川魚の椀、酸えた塩漬けの胡瓜。静かな夕食のあと、疲れ切った二人がうとうとしはじめた頃、台所の方からがやがやと声が聞こえてきます。剣舞の囃しを叫ぶ老人の声、慓悍な男の刺すような物言い、取りなそうとする女の細い声——月の光が障子に斜めに射すなか、二人は蚊帳の中でこの家の夜の気配を聴くことになります。 地質調査という仕事の手触り——岩石の標本を包み、地図に色鉛筆で橙を塗り、レッテルを張る——が丁寧に描かれる一方で、物語の中心にあるのは、よそ者として一夜を過ごす若い二人の目と耳がとらえる、この家の人々のあいだに流れるものです。泉から絶えず溢れる水、群青いろに染まった夕空、しだいにはっきりなる月あかり。風景の静けさのなかに、声と沈黙、気兼ねと緊張、安心に似た波動といったものが浮かんでは消えていきます。 断層の裂け目から噴き出す泉のある、小さな家の一夜の物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#心象スケッチ #月
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土神ときつね
📖『土神ときつね』朗読 – 野原の樺の木をめぐる、荒ぶる神と上品な狐🌿🦊静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『土神ときつね』。 一本木の野原の北のはずれ、小高く盛りあがった所に、一本の美しい樺の木が立っています。てかてかと黒く光る幹、五月には白い花を雲のようにつけ、秋には黄金や紅の葉を降らせるこの木に、二人の友達がいました。ぐちゃぐちゃの谷地に住む土神と、野原の南からやって来る茶いろの狐。樺の木は、どちらかと云えば狐の方がすきでした。 土神は——髪はぼろぼろの木綿糸の束のよう、眼は赤く、裸足で爪も黒い。けれども正直。狐は——紺の背広に赤革の靴、詩集を手に星や美学を鷹揚に語る。けれども少し不正直。狐が樺の木のもとを訪れるたび、星座の話、望遠鏡の約束、美についての議論が交わされます。その声が霧の向こうから聞こえてくるとき、土神の胸は焼けるように痛む。いやしくも神ではないか、と毎日毎日自分に言い聞かせても、かなしみはどうしても消えない。 荒々しさと正直さ、上品さと不正直さ。神という名を持ちながらぼろぼろの姿で谷地に住むものと、畜生の分際でありながら知識と洗練をまとうもの。土神の中では、怒りとかなしみと、それらを静めようとする意志とが絶えず渦を巻いています。怒りに我を忘れて暴れた後の後悔、狐への嫉みを恥じる苦しさ、そしてある黄金いろの秋の朝に訪れる、すべてを赦せそうな穏やかな心——それらが代わる代わる現れては消えていきます。 赤い鉄の渋が湧く冷たい谷地、天の川がしらしらと渡る夏の夜空、黄金いろの穂が風に光る秋の野原。三者のあいだに揺れる感情が、季節の移ろいとともに変化していく物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#狐 #怒り #衝動
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ガドルフの百合
📖『ガドルフの百合』朗読 – 嵐の闇を裂く稲光と、白く燃え立つ花⚡🤍静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ガドルフの百合』。 ハックニー馬のしっぽのような楊の並木と陶製の白い空の下、みじめな旅のガドルフは、力いっぱい朝から歩き続けています。次の町は十六哩先だというのに一向に見えてこない。楊の葉がまっ青に光ったりブリキの葉に変わったり——苛立ちながら歩くガドルフの上に、やがて重い雲が垂れこめ、激しい雷雨が襲いかかります。道はコンクリート製の小川のようになり、稲光のそらぞらしい明りの中、ガドルフはまっ黒な大きな家を見つけて駆け込みます。暗く、しんとして、誰もいない家。窓の外に白いものが五つ六つ、だまってこちらをのぞいている——。 嵐の闇と、それを一瞬だけ引き裂く稲光。その八分の一秒の光の中に、白百合がかがやいてじっと立っている。闇が戻ればその姿は消え、またほのかに揺らぐ影だけが残る。ガドルフはぬれたシャツのまま窓から身を乗り出し、次の電光を待ちます。「おれの恋は、いまあの百合の花なのだ」と。 物語の中で、光はいつも一瞬のものとして現れます。稲妻が照らし出す百合の白さ、その凛と張る音、灼熱の花弁の厳めしさ——それらは閃光とともに現れ、すぐにまた闇に呑まれていく。長い暗がりの中の、ほんのわずかな明るさの裡に、花はあります。 ニッケルの粉のような雲、ブリキや貝殻に変わる楊の葉、コンクリートの小川になる道、黒電気石の頭のような屋根。鉱物や人工物の質感で覆われた世界の中に、白百合だけが生きものとしてかがやいている。疲労と飢えと熱に蝕まれたガドルフの頭の中にもまた、もうひとむれの百合が、すこしも動かず立っています。 嵐の夜、暗い家、稲光に照らされる白い花。ガドルフのひと晩の物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#植物
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祭の晩
📖『祭の晩』朗読 – 秋祭りの夜、少年と山男のまっすぐな出会い🏮🌰静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『祭の晩』。 山の神の秋の祭りの晩、亮二は新しい水色のしごきをしめ、十五銭をもらって、お旅屋へ出かけます。「空気獣」の見世物小屋、アセチレンのあかりにきらきら光る青い苹果や葡萄、ぼんやりと提灯のついた神楽殿——賑わう祭りの夜の中で、亮二はひとりの大きな男と出会います。白縞の単物にへんな簑のようなものを着た、骨ばって赤い顔、まん円で煤けたような黄金色の眼をした男。 やがてその男が掛茶屋で村の若者たちに囲まれ、額から汗を流して何度も頭を下げているのを、亮二は人垣の隙間から見つめます。どもりながら懸命に何かを言おうとする男の姿を見て、亮二はがま口の中のただ一枚残った白銅を、堅く握りしめます。 祭りの喧騒と見世物小屋のにぎわい、アセチレンの青い光と大蛇のような臭い、人々の笑い声と、その中にぽつんと立つ見慣れぬ大きな男。華やかな場所の片隅で、少年の小さな手と山男の大きな足のあいだに、言葉のないやりとりが交わされます。 ごうごうと吹く風、まっくろなひのきの揺れ、田圃の中のほの白い路、静かに昇る十八日の月——祭りの賑わいが遠ざかった後の夜の風景の中に、正直であるということ、何かを返したいという気持ち、もっといいものをあげたいという願いが、静かに浮かんでは広がっていきます。 秋の祭りの晩に灯るこの物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#月 #いじめ
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虹の絵の具皿(十力の金剛石)
📖『虹の絵具皿(十力の金剛石)』朗読 – 宝石の雨が降る丘と、二人の少年の冒険🌈💎静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『虹の絵具皿(十力の金剛石)』。 霧のふかい朝、王子は家来の目を盗み、大臣の子とともに宝石を探す旅へ駆け出します。虹の脚もとにあるというルビーの絵具皿、山の頂上にあるという金剛石。二人は野原を走り、虹を追いかけ、森に迷い込みます。霧から小雨へと変わる天気の中、思いがけない導き手に連れられてたどり着いたのは、草も花もすべてが宝石でできた、まばゆい光の丘でした。トパァス、サファイア、ダイアモンド——宝石の雨が降りそそぎ、りんどうの花は天河石で組み上がり、野ばらの実はまっかなルビー。けれども、きらびやかな光に満ちたその丘で、花たちは声をそろえて歌います。「十力の金剛石はきょうも来ず」と。あふれるほどの宝石に囲まれながら、花たちはなぜ悲しいのか。追いかければ逃げる虹と、思いもよらない場所で降りそそぐもの。宝石の絢爛さと、花たちの歌う寂しさ。物語の中で、きらめくものと静かなものとが隣り合って現れます。蜂雀の歌、花たちの合唱、宝石の降りしきる音——声と光と音に満ちたこの物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#冒険 #少年 #植物
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四又の百合
📖『四又の百合』朗読 – すきとおる秋の風と、白い貝細工のような花🍂🌸静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『四又の百合』。「正遍知はあしたの朝の七時ごろヒームキャの河をおわたりになってこの町にいらっしゃるそうだ」——すきとおった風といっしょに、この言葉がハームキャの城の家々にしみわたります。永い間待ち望んでいた方がやって来る。町の人々はまるで子供のようにいそいそとして、通りを掃き清め、白い石英の砂を撒きます。王さまもまた、一晩眠れぬまま夜明けを迎え、ヒームキャの川岸へと向かいます。九月の朝、すきとおったするどい秋の粉が風に乗って吹きわたる中、王さまは正遍知に百合の花をささげようと思い立ちます。林の陰で、大蔵大臣が出会ったのは、まっ白な貝細工のような百合の花を手にした、はだしの子供でした。すきとおる風、白い砂、貝細工のような百合の花。物語の中で、透明なもの、白いもの、清らかなものたちが静かに連なっていきます。紺いろの蓮華のはなびらのような瞳、赤銅いろに光る指の爪——人々が思い描く正遍知の姿。ハームキャの城、ヒームキャの河、阿耨達湖、修彌山。異国の響きを持つ地名が、物語を遠く遥かな場所へと運んでいきます。紅宝玉の首かざりと白い百合、待ちわびる王さまとはだしの子供。静かな朝の光の中で、それぞれの思いが一つの花へと向かう短く澄んだ物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#植物
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ひかりの素足
📖『ひかりの素足』朗読 – 雪山の兄弟と、光に満ちた世界への旅路❄️✨静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ひかりの素足』。山小屋の朝、兄の一郎と弟の楢夫は、炭焼きの仕事をする父とともに目を覚まします。青い日光の棒が差し込む小屋の中、榾が赤く燃え、向こうの山の雪が白く輝く——穏やかな冬の山の情景。けれども楢夫は突然、訳もわからず泣き出します。「風の又三郎」が夢の中で何かを告げたのだと。新しい着物を着せる、湯に入れて洗う、みんなで送っていく——その言葉に、父も一郎も、言いようのない予感を胸に抱きます。やがて二人は家へ帰る道すがら、吹雪に見舞われます。白い雪、狂う風、道を見失い、弟をしっかりと抱きしめる兄。そして気がつくと、一郎はどこともしれない薄暗い世界にいました。鼠色の布一枚をまとい、素足は傷つき、血が流れ——楢夫を探し求めて、一郎は歩き続けます。傷ついた足、険しい道、恐ろしいものたちが支配する世界。その中で一郎が弟のためにとった行動が、やがて光をもたらします。貝殻のように白く輝く大きな素足——鋭い棘の地面を踏んでも傷つかないその足を持つ存在が、子どもたちの前に現れるとき、世界は一変します。雪山の現実と、光に満ちた世界。兄が弟を守ろうとする姿、風の又三郎の予言めいた言葉、そして「にょらいじゅりゃうぼん」という響き。物語の中で、東北の方言で語られる家族の日常と、幻想的な光景とが、地続きのように重なり合います。宮沢賢治が描く、雪と光と素足の物語。一郎と楢夫の旅路を、朗読でじっくりとお楽しみください。#冒険 #少年 #夢 #方言 #弟
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クねずみ
📖『クねずみ』朗読 – エヘン、エヘンと響く咳払いと、高慢なねずみの行く末🐭静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『クねずみ』。クという名前のねずみは、たいへん高慢でそねみ深く、自分をねずみ仲間の一番の学者と思っていました。ほかのねずみが何か知識のあることを言うと、「エヘン、エヘン」と大きな咳払いをして威圧するのが癖でした。友だちのタねずみが経済の話や地震の話、天気予報の話をしようとするたび、クねずみは「エヘン、エヘン」とやって、タねずみを怖がらせます。ある日、クねずみは散歩の途中で、二匹のむかでが親孝行な蜘蛛の話をしているのを聞きます。そこでもまた「エヘン、エヘン」。天井裏街では、ねずみ会議員のテねずみが立派な議論をしているのを立ち聞きし、やはり「エヘン、エヘン」とやってしまい——やがてクねずみは思いもよらぬ事態に巻き込まれていきます。「エヘン、エヘン」という咳払いが、物語の中で繰り返し響きます。他者の知識や賢さに対するそねみ。自分が一番だという高慢さ。クねずみの咳払いは、友だちとの会話を、むかでの会話を、テねずみの演説を、次々と遮っていきます。「ねずみ競争新聞」、「共同一致団結和睦のセイシン」、「分裂者」。物語には社会的な言葉が織り込まれ、ねずみたちの世界が具体的に描かれていきます。そして咳払いという小さな癖が、やがて大きな波紋を呼んでいく——クねずみの高慢さとそねみ深さが導く展開を、朗読でじっくりとお楽しみください。#鼠 #猫 #動物が主人公
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ツェねずみ
📖『ツェねずみ』朗読 – 弱さを盾に繰り返される声と、薄暗い天井裏の世界🐭✨静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ツェねずみ』。まっくらな天井裏に暮らすツェという名のねずみ。ある日、いたちから金米糖の情報を得て駆けつけますが、そこにはすでに蟻の兵隊が非常線を張っていました。「弱いものをだますなんて」「償ってください」——ツェねずみは、いたちに何度もその言葉を繰り返します。そうして手に入れた金米糖を抱えて、天井裏の巣へと戻っていくのです。やがてツェねずみは、柱やちりとり、バケツやほうきといった道具たちと交際を始めます。柱が親切心から冬支度を勧めたとき、ちりとりが最中をくれたとき、バケツが洗顔用のソーダをくれたとき——どんなときも、少しでも痛い目にあったり不都合があったりすると、ツェねずみは決まって償いを求めるのです。道具たちは次々とこりて、ツェねずみを避けるようになります。けれども、ただ一つだけ、まだツェねずみと付き合ったことのない存在がありました。それは針金で編まれたねずみ捕り。人間からは冷たく扱われ、ねずみたちからは警戒されているそのねずみ捕りが、ツェねずみに優しく声をかけます。繰り返される要求。弱さを盾にする姿。道具たちとの交際。そして最後に待ち受けるねずみ捕りとの出会い。物語は、ツェねずみの行動と、それを取り巻く存在たちの反応を、淡々と、しかし確かに描いていきます。宮沢賢治が描く、薄暗い天井裏と床下の世界。ツェねずみという一匹のねずみを通して立ち現れるこの物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#鼠 #兵隊 #動物が主人公
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鳥箱先生とフウねずみ
📖『鳥箱先生とフウねずみ』朗読 – ある先生と生徒たちの、ちぐはぐな教育譚🪶🐭静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『鳥箱先生とフウねずみ』。ある家に一つの鳥かごがありました。厚い板でできた箱のような鳥かごは、ある日ひよどりの子供を預かったことをきっかけに、自分が「先生」であることに気づきます。小さなガラス窓が顔で、正面の網戸が立派なチョッキ——そう気づいた鳥箱は、「鳥箱先生」を名乗り、生徒たちを教育しようとします。けれども、次々とやってくるひよどりの子供たちは、それぞれの理由で不幸な終わりを迎えます。やがて物置の棚に追いやられた鳥箱先生は、今度は鼠の子供、フウねずみを教育することになります。「なぜちょろちょろ歩くのか」「なぜきょろきょろするのか」「なぜ首をちぢめてせなかを円くするのか」——先生の説教に対して、フウねずみはいつもこう答えます。「だって僕の友達は、みんなそうです」と。しらみ、くも、だに、けしつぶ、ひえつぶ……。鳥箱という閉じた空間と、そこに閉じ込められる者たち。「教える者」と「教えられる者」。立派なものと比べるべきだという主張と、小さな友達の中で生きるフウねずみ。物語の中で、教育をめぐる言葉が交わされ、さまざまな小さな命が現れては消えていきます。「先生」を名乗る鳥箱の滑稽さと、その中で起こる出来事。諧謔と哀しみが入り混じった、どこか不思議な味わいの物語。フウねずみと鳥箱先生のやりとりには、それぞれの言い分があります。宮沢賢治が描く、小さな世界で繰り広げられる教育譚。ユーモラスでありながら、どこか切ない物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#鼠 #猫 #動物が主人公
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鳥をとるやなぎ
📖『鳥をとるやなぎ』朗読 – 煙山の野原と、謎めいた楊の木🌳🕊️静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『鳥をとるやなぎ』。「煙山にエレッキのやなぎの木があるよ。」ある日、藤原慶次郎が「私」に告げます。鳥を吸い込む楊の木があるというのです。二人の少年は、その不思議な木を探しに煙山の野原へと向かいます。毒ヶ森や南晶山が暗くそびえ、雲がぎらぎら光る空の下、ひっそりとした草原を抜け、白い石原の川を渡り、楊の木立が並ぶ場所へ。そこで二人が目にしたのは、百舌の群れが、まるで磁石に引かれるように楊の木の中へ落ち込んでいく光景でした。石を投げれば鳥たちは飛び立つ。けれども何度見ても、あの落ち込みようは——。噂と実際の光景。磁石という言葉と、目の前で起こる現象。確信と疑念。「鳥を吸い込む楊の木」という不思議な噂をめぐって、少年たちの心は揺れ動きます。本当なのか、そうでないのか。灰色の雲が流れる野原で、白い石原を渡りながら、二人は何度も木を見上げ、鳥の動きを追います。煙山の野原の広がり、川原の白い砂利、青い楊の木立、そして群れで飛ぶ百舌。自然の風景の中に現れる、説明のつかない出来事。少年たちの好奇心と戸惑い、期待と失望が、物語の中で交錯します。確かめたいのに確かめられない、わかったようでわからない——そんな不思議な感覚が、野原の風景とともに静かに広がっていきます。少年時代の探検と発見、そして残り続ける謎。宮沢賢治が描く、煙山の野原の物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#冒険 #少年
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蛙のゴム靴
📖『蛙のゴム靴』朗読 – 雲の峯を見上げる三匹の蛙と、一足のゴム靴🐸☁️静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『蛙のゴム靴』。林の下を流れる深い堰のほとり。カン蛙、ブン蛙、ベン蛙という三匹の蛙たちは、夏の雲の峯を見上げることが何よりも好きでした。まっしろでプクプクした、玉髄のような、玉あられのような雲の峯。そんな三匹のある日の願いは、人間たちがはいているゴム靴でした。野鼠への頼みごと、命がけの手数と心配。そうして手に入れた一足のゴム靴。カン蛙がすっすっと歩く姿は、まるで芝居のよう。その靴が、蛙の娘ルラの心を動かします。選ばれたカン蛙と、選ばれなかった二匹の蛙たち。雨上がりの散歩、萱の刈跡、そして杭の穴——やがて物語は、予期せぬ方向へと動いてゆきます。雲見という蛙たちの楽しみ。ペネタ形になってゆく雲の峯。静かに流れる堰の水と、雨に増した濁流。ゴム靴をはいて歩く音と、穴の底からのパチャパチャという音。いくつもの対照的な場面が、この物語の中で響き合います。カン蛙の得意げな様子、ブン蛙とベン蛙の嫉妬、ルラ蛙の献身、そして穴の底での長い時間。三匹の蛙たちそれぞれの思いが交錯する中で、物語はある変化を迎えます。雲の峯を見上げる蛙たちの日常に起こった、小さな、けれども大きな出来事。宮沢賢治が描く、雲と水と蛙たちの世界。諧謔と真摯さが入り混じったこの物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#蛙 #いじめ #動物が主人公
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双子の星
⭐『双子の星』朗読 – 天の川の岸辺、小さな二つの星の物語🌌🎶静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『双子の星』。天の川の西の岸に、すぎなの胞子ほどの小さな二つの青い星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星さまの住む、水晶でできた小さなお宮。二つのお宮はまっすぐに向い合い、夜になると二人はきちんと座って、空の星めぐりの歌に合せて一晩銀笛を吹きます。それがこの双子のお星さまの役目でした。ある朝、泉のほとりで大烏と蠍が争い、互いに深い傷を負います。二人は両者を手当てし、蠍を家まで送り届けようとします。その重さに肩の骨が砕けそうになりながら、時間に遅れようとも、一歩ずつ進む双子の星。またある晩、彗星に誘われて旅に出た二人を待っていたのは——。天上の銀の芝原と海の底の泥。透きとおる水晶のお宮と、暗い波の咆える海。銀笛の音と星めぐりの歌。小さな双子の星の前に現れるのは、光と闇、善意と裏切り、役目と災難。けれども二人はどこまでも一緒に、その小さなからだで、ひたむきに進んでいきます。空の泉、りんごの匂い、銀色のお月様、大烏、蠍、彗星、竜巻——幻想的な存在たちが次々と現れ、双子の星とかかわります。星の世界の情景が、透明な言葉で丁寧に描かれていきます。宮沢賢治が紡ぐ、天上と海底を巡る幻想の物語。双子のお星さまの旅路を、朗読でじっくりとお楽しみください。#星座 #童子 #歌曲
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朝に就ての童話的構図
📖『朝に就ての童話的構図』朗読 – 霧降る苔の世界と、小さな兵隊たちの朝🌫️🐜静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『朝に就ての童話的構図』。霧がぽしゃぽしゃと降る苔の上で、蟻の歩哨がスナイドル式の銃剣を構え、羊歯の森の前を行ったり来たりしています。伝令の蟻が走ってくる。子供の蟻たちが手をひいて笑いながらやってくる。そんな霧の中、楢の木の下に突然現れた真っ白な謎の建造物。「北緯二十五度東経六厘の処に、目的のわからない大きな工事ができました」——子供の蟻たちは、歩哨の言葉を繰り返し、報告のために駆けていきます。蟻の兵隊たちの厳めしい世界。軍隊組織、伝令、銃剣、聯隊本部、陸地測量部——まるで人間の社会のような規律正しい営み。けれどもその眼差しの先にあるのは、苔の上の出来事。小さな世界の大騒動と、とぼけたユーモア。厳格さとおかしみが、霧の中で隣り合わせに在ります。霧降る薄暗い世界から、赤い太陽の昇る青い朝へ。蟻たちの視点から描かれる、苔の世界の一朝の風景。小さな兵隊たちが織りなすこの不思議な物語を、朗読でゆっくりとお楽しみください。#兵隊
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なめとこ山の熊
📖『なめとこ山の熊』朗読 – 雪と月光の峯々で交わる、命と命🐻❄️静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『なめとこ山の熊』。なめとこ山は霧と雲を吸ったり吐いたりする大きな山。熊の胆で名高いこの山で、熊撃りの名人・淵沢小十郎は、犬を連れて谷を渉り、峯を越えて歩きます。実は、なめとこ山の熊どもは小十郎のことが好きでした。木の上から、崖の上から、おもしろそうに小十郎を見送っています。けれども、小十郎が鉄砲を構えるときは別でした。小十郎は熊を撃つたび、こう語りかけます。「おれも商売ならてめえも射たなけぁならねえ」「てめえも熊に生れたが因果ならおれもこんな商売が因果だ」と。ある春の夕暮れ、小十郎は月光の中で母熊と子熊に出会います。二疋は向うの谷の白いものを見つめて語り合っています。「雪だよ」「雪でないよ」「霜だねえ」——やがて母熊が気づきます。「あれねえ、ひきざくらの花」。小十郎は音を立てないようにこっそりと戻っていきます。またある夏、樹の上の熊は小十郎に向かって叫びます。「もう二年ばかり待ってくれ」と。そして約束の二年目、その熊は小十郎の家の垣根の下で倒れていました。山では名人と呼ばれる小十郎も、町では荒物屋の主人の前で叮寧に頭を下げ、安い値で毛皮を買い叩かれます。豪気な山の主と、みじめな町での姿。殺す者と殺される者、それでもどこか通い合っている小十郎と熊たち。月光、雪、ひきざくらの花——自然の中で繰り広げられる命のやりとり。淵沢川の水音と、白い雪の峯々。なめとこ山を舞台に紡がれる、小十郎と熊たちの物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#怒り #人と動物 #月
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シグナルとシグナレス
📖『シグナルとシグナレス』朗読 – 霧に包まれた線路と、星空に誓う二つのシグナル🚂✨静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『シグナルとシグナレス』。「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ」——さそりの赤眼が見える明け方、軽便鉄道の一番列車がやって来ます。凍えた砂利に湯げを吐き、まぶしい霜を載せた丘を抜けて走ってきます。その線路のそばには、木でできた軽便鉄道のシグナル、すなわち「シグナレス」が立っています。そして少し離れたところには、金属でできた立派な本線のシグナルが立っています。本線のシグナルは、シグナレスに恋をしていました。けれども二人のあいだには身分の違いがありました。本線のシグナルは金属製で新式、赤青眼鏡を二組も持ち、夜は電燈で光ります。一方、軽便鉄道のシグナレスは木製で、眼鏡もただ一つきり、夜はランプで灯ります。「僕はあなたくらい大事なものは世界中ないんです」というシグナルの言葉に、「あたし、もう大昔からあなたのことばかり考えていましたわ」と答えるシグナレス。けれどもシグナルの後見人である電信柱は、この想いに猛烈に反対します。その反対の声は二人の前に立ちはだかります。風が吹きつのり、雪が降り始める中、シグナルとシグナレスは悲しく立ちすくみます。月の光が青白く雲を照らす夜、霧が深く深くこめる夜、二人は星空に祈ります。擬人化された信号機たちが織りなす、切ない恋の物語です。汽車の音、霧、星空、そして電信柱どものゴゴンゴーゴーというざわめきが響きます。機械たちの世界は、まるで人間の社会のように、恋や嫉妬、身分の違いや社会的制約に満ちています。「ガタンコガタンコ」という列車の音、電信柱のでたらめな歌、倉庫の屋根の落ち着いた声が物語を彩ります。リズミカルで音楽的な言葉が響き、物語は詩のように流れていきます。遠野の盆地の冷たい水の声、凍えた砂利、霧に包まれた線路という鉄道のある風景の中で、シグナルとシグナレスは互いを想い、星空を見上げます。線路のそばの小さな世界から、やがて視線は遠く広がり、星々の中へ、宇宙へと開かれていきます。「あわれみふかいサンタマリヤ、めぐみふかいジョウジ スチブンソンさま」と、聖母マリヤと鉄道の父スチブンソンの名を呼びながら祈る二人。霧の中で、星空の下で、シグナルとシグナレスが見つめ合い、想いを交わすこの物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#鉄道 #月 #柱
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北守将軍と三人兄弟の医者
📖『北守将軍と三人兄弟の医者』朗読 – 三十年の戦いを終えた老将軍と、三つの病院🏥⚔️静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『北守将軍と三人兄弟の医者』。ラユーという首都の南の黄色い崖のてっぺんに、青い瓦の病院が三つ並んで建っています。リンパー、リンプー、リンポー。兄弟三人の医者がいて、一人は人間を、一人は馬や羊を、一人は草や木を治します。白や朱の旗が風にぱたぱたと鳴る、その三つの病院の前を、今日も病気の人や、びっこをひく馬や、萎れかかった牡丹の鉢が、次から次へと上っていきます。ある日の朝、町の人たちは遠くからチャルメラやラッパの音を聞きました。やがてそれは近づいてきて、町を囲む軍勢となります。灰色でぼさぼさした、煙のような兵隊たち。その先頭に立つのは、背中の曲がった老将軍。北守将軍ソンバーユーです。三十年、国境の砂漠で戦い続け、ようやく凱旋してきた将軍と、九万の兵隊。けれども将軍には困ったことがありました。三十年も馬から降りなかったために、足は鞍に、鞍は馬の背に、がっしりとくっついて離れないのです。顔や手には灰色の不思議なものが生えています。王の使いを前にしても馬から降りられず、困り果てた将軍は、三つの病院へと向かいます。人を診る兄、馬を診る弟、草木を診る末弟。それぞれの病院で、将軍と白馬には何が待っているのでしょう。将軍が砂漠で歌う軍歌、「みそかの晩とついたちは 砂漠に黒い月が立つ」という詩的な言葉。馬から降りられない将軍の困惑、算数の問答、病院での出来事。深刻さとおかしみが入り混じった、独特の語り口。砂漠の乾いた空気と、病院の場面。三十年の孤独な戦いと、帰還後の人々との関わり。重く固まった身体。物語の中で、対照的なものたちが隣り合って現れます。三十年の旅を終えた老将軍の物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#兵隊 #狐 #月
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マグノリアの木
📖『マグノリアの木』朗読 – 霧に包まれた心の峰々と、一面に咲く白い花🌫️🌸静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『マグノリアの木』。霧がじめじめと降る中、諒安はただ一人、険しい山谷の刻みを渉っていきます。沓の底を半分踏み抜きながら、峯から谷へ、谷から次の峯へ。真っ黒でガツガツした巌、薄黒い灌木の密林、淡く白く痛い光——よるべもない世界を進む諒安の耳に、ある時声が響きます。「これがお前の世界なのだよ。それよりもっとほんとうはこれがお前の中の景色なのだよ」と。やがて黄金色の草の頂上に立った諒安の前で、霧が融けます。そこに広がっていたのは、一面の山谷の刻みに一面真っ白に咲くマグノリアの花でした。日のあたるところは銀と見え、陰になるところは雪のきれと思われるその光景の中で、諒安は羅をつけ瓔珞をかざった人々と出会い、「マグノリアの木は寂静印です」という言葉とともに、「あなた」と「私」をめぐる対話が交わされます。霧に包まれた険しい山谷と、霧が融けた後に現れる一面のマグノリアの花。苦しい道のりを一歩一歩踏みしめて進むことと、突然目の前に開ける光と白い花々。外の風景と、諒安の中の景色。けわしさと平らかさ、暗さと光、孤独と出会い——物語の中で、対照的なものたちが隣り合って現れます。「覚者の善」という言葉、瓔珞をかざった人々の姿、寂静印としてのマグノリア。仏教的な言葉や概念が散りばめられながら、それらは霧と光と花の風景の中に在ります。詩的な言葉と幻想的な情景が織りなす、静謐で瞑想的な世界。宮沢賢治が描く、霧と光と花に満ちた不思議な風景。諒安の旅路を通して立ち現れるこの幻想的な物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#植物
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いちょうの実
📖『いちょうの実』朗読 – 千の子どもたちの旅立ちの朝🍂✨静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『いちょうの実』。空のてっぺんがまるでカチカチに焼きをかけた鋼のようにつめたく澄みきった明け方。東の空が桔梗の花びらのようにあやしい底光りをはじめる頃、丘の上の一本のいちょうの木に実った千人の子どもたちは、いっせいに目を覚まします。きょうこそが、旅立ちの日——。「ぼくなんか落ちるとちゅうで目がまわらないだろうか」と不安を口にする子、水筒にはっか水を用意して仲間に分けようとする子、「あたしどんなとこへいくのかしら」「どこへもいきたくないわね」「おっかさんとこにいたいわ」と別れを悲しむ女の子たち。木のいちばん高いところにいる男の子たちは「ぼくはきっと黄金色のお星さまになるんだよ」と空への憧れを語り合い、別の子は魔法の網を持って杏の王様のお城のおひめ様を救う冒険を夢見ています。くつが小さいと困る子、おっかさんにもらった新しい外套が見つからなくて泣きそうになる子——千人の子どもたちそれぞれに、不安も希望も夢も、そして母への思いもあります。おかあさんであるいちょうの木は、あまりの悲しみに扇形の黄金の髪の毛を昨日までにみんな落としてしまいました。そしてきょう、まるで死んだようになってじっと立っています。星がすっかり消え、東の空が白く燃えるようにゆれはじめたとき——光の束が黄金の矢のように一度にとんできました。子どもらはまるでとびあがるくらいかがやきます。北から氷のようにつめたい透きとおった風がゴーッと吹いてきます。「さよなら、おっかさん」「さよなら、おっかさん」——。この物語には、別れの朝の空気がすみずみまで満ちています。冷たく澄んだ明け方の空、霜のかけらが風に流される音、桔梗色から白光へと移りゆく東の空——そうした繊細な自然描写の中で、いちょうの実である子どもたち一人ひとりの声が丁寧に拾い上げられていきます。不安と希望、悲しみと期待、現実的な心配事と無邪気な空想が、千通りの小さな声となって語られます。子どもたちがそれぞれに準備をし、互いに励まし合い、別れを惜しみ、それでも旅立たなければならない——その一つひとつの会話に耳を傾けていると、あたかも自分もその木の下に立って、子どもたちの旅立ちを見守っているような感覚に包まれます。母と子の別れ、成長と旅立ち、そして自然の営み。冷たい北風とあたたかな陽の光。悲しみの中にある祝福。この物語が描き出す、ある秋の朝の光景を、朗読でじっくりとお聴きください。#植物
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化物丁場
📖『化物丁場』朗読 – 軽便鉄道の車窓から語られる、何度も崩れる工事現場の不思議🚂🏔️雨が五六日続いた後の朝、やっとあがった空には、まだ方角の決まらない雲がふらふらと飛び、山脈も異様に近く見えています。黄金の日光が青い木や稲を照らしてはいますが、なんだかまだほんとうに晴れたという気がしない、そんな不安定な空気の中、「私」は西の仙人鉱山への用事のため、黒沢尻で軽便鉄道に乗り換えます。車室の中では、乗客たちが昨日までの雨と洪水の噂で持ちきりです。そんな中、「私」のうしろの席で、突然太い強い声が響きます。「雫石、橋場間、まるで滅茶苦茶だ。レールが四間も突き出されてゐる」——線路工夫の半纒を着た男が、誰に言うとなく大きな声でそう告げたのです。ああ、あの化物丁場だな。「私」は思わず振り向きます。化物丁場——それは、鉄道敷設の際に何度も何度も理由もなく崩れ続けた、不思議な工事現場のことでした。雨が降ると崩れる。けれども、水のせいでもないらしい。全くをかしい、と工夫は言います。黒くしめった土の上に砂利を盛ったこと、それでもそれだけでは説明のつかない、あの場所の不気味さ。工夫が語り始めたのは、十一月の凍てつく空気の中での体験でした。百人からの人夫で何日もかかって積み直した砂利が、すっかり晴れた夜、明け方近くに突然崩れ落ちる。アセチレンランプの青白い光の中、みんなが見ている前で、まだ石がコロコロと崩れ続ける様子。技師は目を真っ赤にして怒鳴り散らし、工夫たちは、一度別段の訳もなく崩れたのなら、いずれまた格別の訳もなしに崩れるかもしれないと思いながら、それでも言いつけられた通りに働き続けます。乱杭を打ち込み、たき火を焚いて番をする夜もありました。五日の月の下、遠くで川がざあと流れる音だけが響く中で過ごす時間。そして十二月に入り、雪が降り、また崩れ——何度も何度も繰り返される崩壊と積み直し。今年はもうだめなんだ、来年神官でも呼んで、よくお祭をしてから、コンクリーで底からやり直せ、と工夫たちは言い合いながらも、雪の中で作業を続けていったのです。走る汽車の車窓から見える青い稲田、白く光る線路、栗駒山の青い姿。現実の風景の中で語られる、何度も崩れる工事現場の話。それは何を意味しているのか——技術と自然、人間の営みと土地の記憶、そして説明のつかない出来事。雨上がりの不安定な空気の中、軽便鉄道は西へ西へと進んでいきます。この物語は、軽便鉄道という日常的な空間の中で、偶然乗り合わせた線路工夫の語りを通して展開されます。幻想的な世界ではなく、現実の鉄道工事という具体的な労働の場面を舞台にしながら、そこに不可解な出来事が幾重にも重なっていく構成。雨上がりの不安定な天候、行き交う雲、近く見える山脈といった自然描写が、語られる出来事の不思議さを一層際立たせています。何度崩れても積み直し続ける工夫たちの姿と、それでもなお崩れ続ける場所——語り手の淡々とした口調の中に滲む、説明のつかないものへの畏れ。軽便鉄道の車窓から見える東北の風景とともに、この不思議な体験談を朗読でお楽しみください。#鉄道 #月
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まなづるとダァリヤ
📖『まなづるとダァリヤ』朗読 – 丘の上で輝きを競う花たちと、星空を渡る鳥の物語🌸🌙静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『まなづるとダァリヤ』。果物畑の丘のいただきに、ひまわりほどの背丈を持つ黄色なダァリヤが二本と、さらに高く赤い大きな花をつけた一本のダァリヤがありました。南から荒れ狂う風も、初めて吹き渡る北風又三郎の笛も、この立派な三本のダァリヤを揺るがすことはありません。赤いダァリヤは、花の女王になろうと願っていました。「こればっかしじゃ仕方ないわ。あたしの光でそこらが赤く燃えるやうにならないくらゐなら、まるでつまらないのよ」——その言葉には、誰よりも輝きたいという強い思いが込められています。黄色なダァリヤたちは、日ごとに美しさを増していく赤い花を賞賛し、その後光の大きさに目を見張ります。夜ごと星空の下を飛び渡るまなづるは、赤いダァリヤに声をかけながら、向こうの沼の方へと消えていきます。そこには、つつましく白く咲く一本のダァリヤがありました。まなづるはいつも、静かにその白い花に挨拶を交わしていくのです。太陽は毎日かがやき、赤いダァリヤの美しさは日を追うごとに増していきます。コバルト硝子の光の粉が舞う空の下、黄水晶の薄明が沈み、藍晶石のような夜が訪れ、また琥珀色の朝が来る——季節は秋へと深まり、丘の果物たちも色づいていきます。けれども、美しさを極めようとする赤いダァリヤの姿に、ある日、黄色な花たちは何か恐ろしいものを感じ取ります。「あたしたちには何だかあなたに黒いぶちぶちができたやうに見えますわ」——それは桔梗色の薄明の中での、おずおずとした告白でした。丘の上で輝きを競う花たち、夜空を渡る鳥、そしてつつましく咲く白い花。光と影、美しさと移ろい、声高な願いと静かな存在——それらが交錯する秋の日々の中で、この物語は静かに、しかし確かに何かを語りかけてきます。宮沢賢治が描く花たちの世界は、きらびやかな色彩と詩的な言葉に満ちながら、同時に深い静けさを湛えています。果物畑の丘に咲くダァリヤたちの、ある秋の物語。朗読でじっくりとお楽しみください。#傲慢 #植物
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おきなぐさ
📖『おきなぐさ』朗読 – 銀の糸をまとう小さな花の、光と風の物語🌸✨静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『おきなぐさ』。「うずのしゅげを知っていますか」——そう語りかけられて始まります。植物学ではおきなぐさと呼ばれるこの花は、黒朱子の花びらと青白い銀びろうどの葉を持ち、まるで黒い葡萄酒を湛えた変わり型のコップのように見えます。まっ赤なアネモネの従兄、きみかげそうやかたくりの花のともだち——この小さな花をきらいなものはありません。語り手は、花の下を往き来する蟻に尋ねます。「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい」。蟻は活発に答えます。「大すきです。誰だってあの人をきらいなものはありません」。黒く見えるこの花は、お日様の光が降る時には、まるで燃え上がってまっ赤に見えるのだと蟻は教えてくれます。花を透かして見る小さな生き物たちには、この花の真の姿が見えているのです。銀の糸が植えてあるようなやわらかな葉は、病気にかかった仲間のからだをさすってやるために使われるのだといいます。向こうの黒いひのきの森の中のあき地では、山男が倒れた木に腰掛けて、じっとある一点を見つめています。鳥を食べることさえ忘れて、その黝んだ黄金の眼玉を地面に向けているのは、かれ草の中に咲く一本のうずのしゅげが風にかすかにゆれているのを見ているからです。やがて場面は、小岩井農場の南、ゆるやかな七つ森のいちばん西のはずれへと移ります。かれ草の中に咲く二本のうずのしゅげ。まばゆい白い雲が小さなきれになって砕けてみだれ、空をいっぱい東の方へ飛んでいく春の日。お日様は何べんも雲にかくされて銀の鏡のように白く光ったり、またかがやいて大きな宝石のように蒼ぞらの淵にかかったりします。山脈の雪はまっ白に燃え、野原は黄色や茶の縞になり、掘り起こされた畑は鳶いろの四角なきれをあてたように見えます。その変幻の光の中で、二本のうずのしゅげは夢よりもしずかに話し合います。「ねえ、雲がまたお日さんにかかるよ」「走って来る、早いねえ」——雲のかげが野原を走り、山の雪の上をすべり、まるでまわり燈籠のように光と影が交互に訪れます。西の空から次々と湧き出てくる雲、どんどんかけて来ては大きくなり、お日様にかかっては雲のへりが虹で飾ったように輝く様子を、二人はじっと見つめているのです。そこへ風に流されて降りて来たひばりが、強い風の苦労話をします。「大きく口をあくと風が僕のからだをまるで麦酒瓶のようにボウと鳴らして行く」と。しかしうずのしゅげは言います。「だけどここから見ているとほんとうに風はおもしろそうですよ。僕たちも一ぺん飛んでみたいなあ」。ひばりは答えます。「飛べるどこじゃない。もう二か月お待ちなさい。いやでも飛ばなくちゃなりません」。それから二か月後。丘はすっかり緑に変わり、ほたるかずらの花が子供の青い瞳のように咲き、小岩井の野原には牧草や燕麦がきんきん光っています。風はもう南から吹いていました。春の二つのうずのしゅげの花は、すっかりふさふさした銀毛の房にかわっていました。そしてその銀毛の房はぷるぷるふるえて、今にも飛び立ちそうです——。光と影、風と雲、生き物たちの声が交わる野原で、小さな花が見つめるものは何か。黒く見えながら赤く燃える花。銀の糸をまとう葉。そして風を待つ銀毛の房。蟻や山男やひばりとの対話を通して、一本の植物の静かな時間が丁寧に描き出されていきます。変幻する春の光、すきとおった風、そして飛び立つ瞬間——野原に咲く小さな花の、見えないものを見る力と、やがて訪れる旅立ちの時が、詩的な言葉で綴られていきます。朗読でじっくりとお楽しみください。#星座 #植物
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畑のへり
📖『畑のへり』朗読 – 小さな蛙たちが見た畑の不思議な一日🐸🌾静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『畑のへり』。麻が刈り取られた後、畑のへりに一列に植えられていたとうもろこしが、ようやく立派に目立つようになりました。小さな虻やべっ甲色の透き通った羽虫たちが代わる代わる訪れて挨拶していきます。とうもろこしには頂上にひらひらした穂が立ち、大きな縮れた葉のつけ根には尖った青いさやができていました。風にざわざわと鳴る、穏やかな畑の一日——。そこへ一匹の蛙が跳んできて、このとうもろこしの列を目にして仰天します。上等の遠眼鏡で確かめた蛙は、何かを見るや否や、恐怖のあまり一目散に逃げ出しました。逃げた先で出会ったもう一匹の蛙に、息を切らせながら語るその姿——遠眼鏡に映ったものは、蛙の目には恐ろしい存在として映ったようです。兵隊なのか、幽霊なのか、何やら物々しい装いをした不気味な一団が、そこに並んでいたというのです。しかしもう一匹の蛙は遠眼鏡で確かめて、落ち着いて答えます。あれは恐ろしいものではない、ただのとうもろこしだと。けれども最初の蛙は納得しません。その装いのおかしさ、常識外れの贅沢さを次々と指摘します。二匹の議論は続き、世の中にはさまざまな不思議な姿をした生き物がいるのだという話になっていきます。そうこうしているうちに、人間が実際に畑に現れます。二匹の蛙は葉陰に隠れ、遠眼鏡でその様子を観察し始めます。人間がとうもろこしに何かをしている様子は、小さな蛙たちの目にはどのように映るのでしょうか。彼らの会話からは、見慣れた日常の光景が、まったく別の意味を帯びた出来事として解釈されていく様子が伝わってきます。この物語では、畑という身近な場所が、小さな生き物たちの視点を通して見ると、まったく別の世界に変わります。とうもろこしは謎めいた存在になり、人間は不思議な力を持つ生き物になる——蛙たちの会話を通して描かれるのは、見る者によって世界がいかに異なって見えるかということ、そして私たちが当たり前だと思っている日常が、別の目から見ればどれほど奇妙で驚くべきものかということです。蛙たちのユーモラスな会話、誤解と納得、恐怖と安心が入り交じる軽快なやりとり。畑のへりで繰り広げられる小さな騒動は、やがて静かに幕を閉じます。さやを失ったとうもろこしは、それでもやはり穂をひらひらと空に揺らしているのです。風にざわめく畑の穂、透き通った羽虫たち、そして遠眼鏡を覗き込む二匹の蛙——日常の風景の中に潜む不思議と、小さな生き物たちの生き生きとした世界を、朗読でじっくりとお楽しみください。#蛙 #動物が主人公 #人と動物
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革トランク
📖『革トランク』朗読 – 失敗と見栄と、ある青年の帰郷🎒🚂静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『革トランク』。楢岡の町に出て工学校の入学試験を受けた斉藤平太。いくつかの幸運が重なって、どうにか卒業までこぎつけた彼は、村に戻って建築設計の看板を掲げます。茶色の乗馬ズボンに赤ネクタイという出で立ちで、村の建物の設計を請け負った平太。あちこち忙しく監督して回りますが、どうも大工たちの様子がおかしい。みんな変な顔をして下ばかり向き、なるべく物を言わないようにしているのです。工事が完成したとき、平太は自分の致命的な設計ミスに気づきます。すっかり気分を悪くした彼は、そっと財布を開け、わずかな所持金を確かめると、その乗馬ズボンのまま、故郷を離れて東京へと逃げ出しました。東京での暮らしは厳しいものでした。言葉の訛りもあって仕事が見つからず、ついには倒れてしまいます。区役所に助けられ、撒水夫として働き始めた平太は、実家にもっともらしい理由をつけた葉書を送ります。しかし村長である父からの返事はありませんでした。それから二年。苦しい日々を過ごしながらも、平太は建築の仕事に戻り、監督として働くようになります。そんな彼のもとに、母の病を知らせる電報が届きます。月給をとったばかりだった平太は、立派な革のトランクを買います。けれども中に入れるものは、着ている服以外には何もありません。親方から要らない設計図を貰い、それをぎっしりと詰め込んだのでした。故郷の停車場に降り立った平太。大きな革トランクを担いで、野道を歩き、渡し場へとたどり着きます。夕暮れの川辺、せきれいが水面すれすれに飛び、月見草が咲いています。そこに集まってきた子供たちは、その立派なトランクを珍しがります——その声を聞きながら、平太は何とも言えず悲しい、寂しい気持ちになるのでした。この物語には、失敗から逃げ出した青年の姿が、ユーモアと哀愁を帯びて描かれています。繰り返される独特のフレーズが、どこか滑稽でありながら、人生の不条理さをも感じさせます。田舎と都会、見栄と現実、そして帰郷——夕暮れの川辺で立派なトランクを前にする平太の姿に、人間の弱さと切なさが静かに響きます。朗読でじっくりとお楽しみください。#衝動
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タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった
📖『タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった』朗読 – 春の野原で繰り広げられる少年の不思議な一日🌿🌞静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった』。早春の朝、ホロタイタネリという少年が、冬の間に準備した藤蔓を叩きながら、不思議な節回しの歌を口ずさんでいます。「西風ゴスケに北風カスケ」という独特の囃子詞が繰り返される中、窓の外に広がる春の野原の輝きと、陽炎の誘いに抗えなくなったタネリは、仕事を放り出して飛び出していきます。藤蔓を噛みながら野山を駆け回るタネリが出会うのは、まだ冬の眠りから覚めない木々たち、不思議な思考を漏らす生き物、そして一羽の美しい大きな鳥。春の息吹と冬の名残が混在する風景の中で、タネリは様々な存在に話しかけ、歌いかけ、遊びを求めます。時に相手にされず、時に恐ろしい何かに出会い、時に心を奪われるような美しいものを追いかけて。野原から丘へ、湿地から森へと続くタネリの放浪は、子どもの純粋な好奇心と孤独が入り混じる一日の冒険となっていきます。即興の歌や呪文のような言葉遊びが物語を彩り、現実と幻想の境界があいまいになる春の一日が、独特のリズムとともに展開されていきます。早春の風景を舞台に、自然の事物と対話を試みる少年の姿が描かれるこの物語。タネリが一日中噛んでいたという藤蔓、繰り返される「西風ゴスケに北風カスケ」という囃子詞、そして春の野山で出会う不思議な存在たち。宮沢賢治独特の言葉のリズムと、土着的でありながら幻想的な世界観が織りなす、春の一日の物語を朗読でじっくりとお楽しみください。#冒険 #人と動物 #衝動 #少年
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氷河鼠の毛皮
📖『氷河鼠の毛皮』朗読 – 極北へ向かう列車で繰り広げられる奇妙な冒険❄️🚂極寒の地へ向かう列車で繰り広げられる奇妙な冒険の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『氷河鼠の毛皮』。氷がまるでお菓子のような形をしているほど寒い北の地から、風に吹き飛ばされて切れ切れにやって来たという、不思議な語り口で始まる物語です。十二月二十六日、イーハトヴは激しい吹雪に見舞われていました。町は白だか水色だかわからない雪の粉でいっぱいになり、風は絶え間なく電線や枯れたポプラを鳴らし続けています。そんな中、夜八時のベーリング行最大急行に乗り込む人々がいました。北極の近くまで行くのですから、みんなすっかり用意を整えています。着物は厚い壁のように着込み、馬油を塗った長靴を履き、トランクにまで寒さ対策を施して。車内には様々な人々が乗り合わせていました。その中でも特に目を引くのは、顔の赤い肥った紳士でした。毛皮を一杯に着込み、二人前の席を取り、アラスカ金の大きな指環をはめ、十連発の素敵な鉄砲を持った、いかにも元気そうなその人物。彼はイーハトヴのタイチと名乗り、ラッコ裏の内外套、海狸の中外套、黒狐表裏の外外套、さらには氷河鼠の頸のところの毛皮だけで作った上着まで身につけていました。四百五十匹分もの氷河鼠の毛皮で作られたその上着は、実にぜいたくなものでした。タイチは黒狐の毛皮九百枚を持って帰るという賭けをしたのだと、得意げに語ります。同じ車内には、堅い帆布の上着を着て愉快そうに口笛を吹いている若い船乗り、痩せた赤ひげの男、商人風の人々など、それぞれに事情を抱えた乗客たちが座っていました。列車は吹雪の中を一生懸命駆け抜け、やがて雪は止み、青い月が鉄色の冷たい空にかかりました。野原の雪は青白く見え、唐檜やとど松が真っ黒に立ってちらちらと窓を過ぎていきます。酔いが回ったタイチは、帆布一枚だけの船乗りの青年に毛皮を貸そうと申し出ますが、青年は月とオリオン座の空をじっと眺めて答えません。氷山の稜が桃色や青にぎらぎら光って、列車は極北の地へと向かって進んでいきます。この物語は、語り手自身が「風に吹き飛ばされて来た切れ切れの報告」と述べているように、断片的で幻想的な語り口で進んでいきます。極寒の地へ向かう列車という閉ざされた空間で、贅沢な毛皮に身を包んだ人間と、その毛皮の持ち主である動物たちとの対立が描かれます。人間の欲望と自然界との緊張関係、そして意外な結末へと導かれる展開は、読む者を不思議な世界へと誘います。寒さと温かさ、豪華さと質素さ、支配と反抗といった対比が織り成す、北の国からの幻想的な物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#傲慢 #鉄道
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ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記
📖『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』朗読 – ばけもの世界を舞台にした奇想天外な成功譚🌟🎪不思議な響きを持つ名前の主人公が織りなす、幻想と現実が交錯する物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』。極度の困窮の中で家族を失い、一人残された少年が、奇想天外で滑稽なばけもの世界に放り込まれていく物語です。主人公は、空中で見えない網を投げる「昆布取り」という摩訶不思議な労働に従事することになり、現実感覚を失いそうになりながらも、やがて自らの力で新しい世界への扉を開いていきます。学問への憧れを抱いて主人公が向かった先は、あくびと一緒に筆記帳を呑み込んでしまう巨大な博士や、一銭のマッチを十円で売り歩く奇怪な商売、複雑怪奇な利息システムで絡み合った三十人もの監督たちが跋扈する、荒唐無稽なばけもの都市でした。化学の講義という名の支離滅裂な知識体系に翻弄されながらも、思いがけず司法の世界へと導かれ、二つの世界を股にかける珍妙な事件の数々に関わることになります。新たな地位を得たネネムは、勲章が壁一杯になるほどの大出世を遂げ、特別な「藁のオムレツ」まで食べられる身分となりました。しかし、その栄達の過程では、弱者を食い物にする馬鹿げた搾取構造や、真面目な顔をして不条理を繰り返す官僚制度の矛盾と向き合うことになります。威厳ある裁判長として振る舞いながらも、心のどこかで自分自身の滑稽さを感じずにはいられません。名声と権威に包まれ、火山の噴火さえも自分の意のままになるような錯覚に陥りながらも、ネネムの心を占め続けるのは、失われた大切なものへの想いでした。権力の絶頂で踊り狂っていた彼が、ある日の巡視で遭遇したのは、過去と現在、失ったものと得たもの、そして滑稽さと切なさが交錯する運命的な瞬間でした。この物語は、現実と幻想の境界を軽やかに行き来しながら、一人の青年の成長と家族への愛を描いています。この不思議な世界では、労働搾取や高利貸しの問題、官僚制度の矛盾といった出来事が次々と展開し、ユーモアと風刺が絶妙に調和しています。琥珀色のビールで満たされる東の空、ばけもの麦の収穫風景、クラレの花咲く丘でのサンムトリ火山の噴火——詩的な描写に満ちた幻想世界が、朗読によって鮮やかに立ち上がります。ペンネンネンネンネン・ネネムという滑稽な響きの名前に込められた、深い人間愛と社会への眼差し。ばけもの世界での奇想天外な冒険を通じて描かれる、失われたものを取り戻そうとする魂の軌跡を、朗読でじっくりとお楽しみください。#伝記 #妹
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ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ
📖『ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ』朗読 – 創作の萌芽に宿る物語の種子🌱✨静かに語られる、ひとつの物語の誕生の瞬間。今回お届けするのは、宮沢賢治が半紙一枚に書き残した創作メモ『ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ』。「ペンネンノルデが七つの歳に太陽にたくさんの黒い棘ができた」——この印象的な一行から始まる十二の断章は、完成した物語ではなく、創作のための覚え書きとして残されたものです。短い言葉の連なりの中に、ひとりの人物の生涯が凝縮されています。赤い眼をした父、ばくち、森での昆布とり、モネラの町への旅立ち、恋人アルネとの出会い、フウケーボー大博士との奇妙な体験——簡潔でありながら、確かにひとつの人生の軌跡が描かれています。氷羊歯の汽車、化物丁場、岩頸問答、サンムトリの噴火、セントエルモの火——これらの幻想的な言葉たちは、『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』や後の『グスコーブドリの伝記』と共通する物語世界を示しています。特に火山や噴火といったモチーフ、主人公が人々のために奮闘する姿は、グスコーブドリの物語に色濃く受け継がれていくことになります。茶色なトランプのカードを作り、みんなの仕事を楽にしようと考えるノルデの姿からは、後の作品に登場する自己犠牲的な主人公たちとの関連を見て取ることができます。「噴火を海へ向けるのはなかなか容易なことでない」「太陽がまたぐらぐらおどりだしたなあ。困るなあ」といった言葉からは、自然災害と向き合う人間の姿が浮かび上がります。これらの覚え書きには、災害や飢饉と闘う物語へとつながる要素が込められています。記された言葉の中にも、人間と自然の関係、個人の犠牲と社会への貢献という、賢治文学の重要なテーマが既に胚胎しています。この創作メモは、物語の完成形を楽しむものというよりも、作家の創作過程を垣間見る貴重な資料です。記された言葉から、他の作品との関連や創作の一端を知ることができます。完成された作品とは異なる、生々しい創作の息づかいを感じられる、稀有な体験となることでしょう。一枚の紙に記された創作の種子が、どのような豊かな物語世界と響き合っているのか。その貴重な一端を、朗読の調べとともに味わってみてください。#伝記
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グスコーブドリの伝記
📖『グスコーブドリの伝記』朗読 – グスコーブドリが働き続けた日々の物語🌋🌾静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』。イーハトーヴの大きな森で、木こりの父と優しい母、妹のネリと共に幸せな幼年時代を過ごしたグスコーブドリ。しかし突然の気候変動による大飢饉が、この家族の運命を一変させてしまいます。両親を失い、妹とも離ればなれになったブドリは、一人厳しい世界に投げ出されることになります。てぐす工場での労働、沼ばたけでの農作業——様々な職業を通じて社会の現実を知ったブドリは、やがて科学への深い憧れを抱くようになります。クーボー大博士との出会いを経て、イーハトーヴ火山局で火山の観測と制御技術を学び始めるブドリ。そこは三百を超える火山を監視し、自然災害から人々を守る最前線でした。火山局での日々は、ブドリにとって真の学びの場となります。噴火の危険を事前に察知し、人工的に安全な方向へと導く技術。空気中に肥料を散布し、雨を降らせて農作物の収穫を助ける画期的な方法。科学の力によって自然災害を制御し、人々の暮らしを豊かにしていく可能性を、ブドリは身をもって体験していきます。技師として成長を遂げたブドリは、火山の観測と制御に情熱を注ぎ、人々の幸福のために働き続けます。そんな充実した日々の中で、ブドリは自分の人生に真の意味を見出していきます。しかし、平穏な時が過ぎゆく中で、再び人々を脅かす大きな試練が迫ってくることになります——。自然災害によって家族を失った一人の青年が、科学技術の世界に身を投じ、やがて大きな使命に直面していく物語。幼い頃の幸福な記憶から始まり、過酷な現実を経験し、学び続け、成長していくブドリの人生が、ここに静かに描かれています。農業、火山学、気象学といった科学的知識が物語に自然に織り込まれ、現実的でありながら理想的な世界が構築されています。個人の幸福と社会全体の福祉、科学技術の可能性とその責任といったテーマが、イーハトーヴという理想郷を舞台に、詩的な言葉と豊かな想像力によって展開されていきます。この物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#伝記 #少年 #妹
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気のいい火山弾
🌋『気のいい火山弾』朗読 – 優しさと忍耐が織りなす野原の小さな物語🗿✨静寂に包まれた物語の世界へお招きします。今回お届けするのは、宮沢賢治の『気のいい火山弾』。ある死火山のすそ野、かしわの木陰にじっと座り続ける一つの黒い石——「ベゴ」と呼ばれるその石は、卵の両端を少し平らに伸ばしたような丸みを帯びた形をしており、斜めに二本の石の帯が体を巻いています。稜のない滑らかな姿は、周囲の角ばった小石たちとは明らかに異なっていました。このベゴ石には特別な性質がありました——どんなにからかわれても、嘘を言われても、決して怒ることがないのです。深い霧に包まれた退屈な日々、稜のある石たちは面白半分にベゴ石をからかいます。「おなかの痛いのはなおったかい」「ふくろうがとうがらしを持って来たかい」「野馬が小便をかけたろう」——ありもしない出来事を持ち出して笑い転げる石たちに、ベゴ石はいつも穏やかに「ありがとう」と答えるのでした。やがてベゴ石の上には小さな苔が生え、おみなえしがそれを「かんむり」と呼んで冷やかします。苔が赤く色づくと、今度は「赤頭巾」と呼ばれ、苔自身もベゴ石を馬鹿にして踊り歌うようになります。「ベゴ黒助、ベゴ黒助、黒助どんどん」——野原中の生き物たちが口を揃えてあざけりの歌を歌う中で、ベゴ石は変わらず優しい笑顔を絶やしません。しかし、その平穏な日々に突然の変化が訪れます。眼鏡をかけた四人の人たちが、ピカピカする器械を持って野原を横切ってきたのです。彼らがベゴ石を見つけたとき、これまでとは全く違う反応を示すことになります。長い間この野原で過ごしてきたベゴ石に、新たな運命が待ち受けているのです。別れの時に語られるベゴ石の言葉には、長年の優しさと忍耐、そして周囲への変わらぬ愛情が込められています。ベゴ石の揺るぎない優しさと、それを取り巻く野原の生き物たちとの関係は、様々な場面を通じて描かれています。四季の移ろいとともに語られるこの小さな世界では、日常の些細な出来事が積み重なり、やがて思いがけない転機を迎えることになります。四季の移ろいとともに語られるこの小さな世界の物語は、ユーモアと温かさに満ちながらも、どこか深い静寂を湛えています。賢治が描く自然の中の小さな存在たちの会話は、時に滑稽で、時に切なく、そして最後には意外な展開を迎えます。野原に響く小さな声たちの交響楽、そして一つの石が辿る思いがけない運命の物語を、朗読の調べに乗せてお楽しみください。#いじめ
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カイロ団長
📖『カイロ団長』朗読 – 三十匹のあまがえると舶来ウィスキーが巻き起こす騒動🐸🥃今回お届けするのは、宮沢賢治の『カイロ団長』。三十匹のあまがえるたちは、虫仲間から頼まれて花畑や庭をこしらえる仕事を愉快にやっていました。朝から夕方まで、歌ったり笑ったり叫んだりしながら働き、嵐の次の日などは依頼が殺到して大忙し。みんなは自分たちが立派な人になったような気がして大喜びでした。そんなある日、仕事帰りに見つけた新しい店。「舶来ウェスキイ 一杯、二厘半」の看板に誘われて入ってみると、店番のとのさまがえるが粟つぶをくり抜いたコップで強いお酒を出してくれます。飲めば飲むほどもっと欲しくなり、三百杯、六百杯と重ねるうちに、みんなぐっすり寝込んでしまいました。目を覚ますと勘定の請求が待っていました。しかし誰も払えるだけのお金を持っていません。結局、全員がとのさまがえるのけらいになることに。こうして「カイロ団」が結成され、とのさまがえるは団長として君臨することになりました。カイロ団長は次々と無理難題を押し付けます。木を千本、花の種を一万粒、そして石を九百貫ずつ運べという命令。体重がわずか八匁か九匁のあまがえるにとって、九百貫の石など到底運べるはずもありません。必死になって働くあまがえるたちと、威張り散らす団長。命令は日を追うごとにエスカレートし、「もし出来なかったら警察へ訴えるぞ。首をシュッポォンと切られるぞ」という脅し文句が繰り返されます。やがて青空高く、かたつむりのメガホーンが王さまの新しい命令を告げる声が響きわたります。人に物を言いつけるときの正しい方法についての布告——それは思いもよらない展開を巻き起こすことになります。物語の舞台は、黄金色の日差しが影法師を二千六百寸も遠くへ投げる朝から、木々の緑を飴色に染める夕暮れまで、時間の移り変わりとともに描かれていきます。舶来ウィスキーという異国の品物、粟つぶをくり抜いたコップ、石油缶いっぱいのお酒、くさりかたびら、鉄の棒——物語を彩る小道具たちも印象的です。けむりのようなかびの木を千本と数える機転、算術の得意なチェッコの暗算、「エンヤラヤア、ホイ」という掛け声、「よういやさ、そらもう一いき」という労働の声。通りかかる蟻の助言、もう一匹のとのさまがえるの登場、そして王さまの命令がもたらす予想外の事態。「どうか早く警察へやって下さい。シュッポン、シュッポンと聞いていると何だか面白いような気がします」とやけくそになって叫ぶあまがえるたち。石を引っ張ろうとして足がキクッと鳴ってくにゃりと曲がってしまう場面。どっと笑ってそれから急にしいんとなってしまう瞬間——ユーモラスでありながら、どこか痛切な場面の連続です。「お前たちはわしの酒を呑んだ」「仕方ありません」「今日は何の仕事をさせようかな」——くり返される命令と服従のやりとり。そこに響きわたる王さまの声は、この奇妙な関係にどんな変化をもたらすのでしょうか。宮沢賢治が描く、不思議でユーモラスな世界を朗読でお楽しみください。#蛙 #動物が主人公 #いじめ #傲慢
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ざしき童子のはなし
📖『ざしき童子のはなし』朗読 – 古い家にひそむ座敷童子の不思議な気配👦🏚️✨静寂に満ちた古い家に響く、不思議な気配の物語へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ざしき童子のはなし』。明るい昼間、みんなが山へ働きに出て、大きな家には子供がふたりだけ。誰もいないはずの静まり返った家の中から、どこかの座敷で「ざわっざわっ」と箒の音が聞こえてきます。ふたりの子供は肩にしっかりと手を組み合って、こっそりと音の正体を探りに行きますが、どの座敷にも誰もおらず、刀の箱もひっそりとして、垣根の檜がいよいよ青く見えるきり。遠くの百舌の声なのか、北上川の瀬の音なのか、どこかで豆を箕にかける音なのか——いろいろ考えてもやっぱりどれでもないようでした。確かにどこかで、ざわっざわっと箒の音が聞こえているのです。またある日のこと。「大道めぐり、大道めぐり」と一生懸命叫びながら、ちょうど十人の子供らが両手をつないで丸くなり、ぐるぐるぐるぐる座敷の中を回って遊んでいました。どの子もみんな、そのうちのお振舞いに呼ばれて来た子供たちです。ぐるぐるぐるぐる、回って遊んでいると、いつの間にか十一人になっていました。ひとりも知らない顔がなく、ひとりも同じ顔がなく、それでもやっぱり、どう数えても十一人だけいるのです。その増えた一人が座敷ぼっこなのだと、大人が出て来て言いました。けれども誰が増えたのか、とにかくみんな、自分だけは、どうしても座敷ぼっこでないと、一生懸命目を張って、きちんと座っていました。さらに別の出来事では、ある大きな本家でいつも旧暦八月のはじめに如来様のお祭りで分家の子供らを呼ぶのでしたが、ある年その一人の子がはしかにかかって休んでいました。「如来さんの祭りへ行きたい。如来さんの祭りへ行きたい」と、その子は寝ていて、毎日毎日言い続けます。本家のおばあさんが見舞いに行って「祭り延ばすから早くよくなれ」とその子の頭をなでて言いました。その子は九月によくなり、みんなが呼ばれることになりましたが、ほかの子供らは、いままで祭りを延ばされたり、鉛の兎を見舞いに取られたりしたので、なんとも面白くなくてたまりません。「あいつのためにひどい目にあった。もう今日は来ても、どうしたって遊ばないぞ」と約束し、その子が来ると次の小さな座敷へ隠れました。ところが、その座敷の真ん中に、今やっと来たばかりのはずのあのはしかを病んだ子が、まるっきりやせて青ざめて、泣き出しそうな顔をして、新しい熊のおもちゃを持って、きちんと座っていたのです。この物語には、北上川の朗妙寺の淵の渡し守が語る、月夜の晩に紋付を着た美しい子供を舟で渡した不思議な体験も収められています。座敷童子は家から家へと移り住み、その去来によって家の運命が左右されるという、古くから語り継がれる不思議な存在として描かれています。現実とも幻ともつかない、静かな午後の古い家で起こる小さな出来事たち。箒の音、増える子供の数、隠れた座敷に現れる影——日常の中にひそやかに息づく不思議な気配を、東北の言葉で語られるいくつかの体験談として記されています。座敷童子という東北地方に伝わる精霊の存在を通して、見えるものと見えないもの、そこにいるものといないものの境界があいまいになる、静謐で神秘的な世界が広がります。#童子
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とっこべとら子
📖『とっこべとら子』朗読 – 古狐が人を化かす不思議な悪戯の物語🦊✨静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『とっこべとら子』。 大きな川の岸に住み、夜な夜な人々から魚や油揚げを盗む古狐「とっこべとら子」をめぐる、二つの不思議な化かし話です。物語はまず、「こんな話は一体ほんとうでしょうか」という語りかけとともに、昔の出来事から始まります。慾深の六平じいさんが、ある秋の十五夜の晩、町から酔っぱらって帰る途中のこと。川岸で出会ったのは、ピカピカした金らんの上下を着た立派な侍でした。「拙者に少しく不用の金子がある」と言うその侍は、金貸しを業とする六平に、千両箱を次々と預けていきます。「ハイ、ヤッ」の掛け声とともに土手の陰から運ばれる箱は、月にぎらぎらと輝く小判でいっぱい。「そちの身に添う慾心が実に大力じゃ」と感心する侍の言葉に、六平はほくほくと十の千両箱を背負って家路につきますが――。しかし語り手は続けます。「どうせ昔のことですから誰もよくわかりませんが多分偽ではないでしょうか。どうしてって、私はその偽の方の話をも一つちゃんと知ってるんです。実はゆうべ起ったことなのです」。舞台は語り手の時代に移り、同じ川岸の近くに住む平右衛門という人の家で繰り広げられる出来事へ。平右衛門は今年の春に村会議員になり、今夜はそのお祝いの酒盛りです。親類たちが集まって「ワッハハ、アッハハ」と大さわぎの中、一人だけ一向笑わない男がいました。小吉という青い小さな意地悪の百姓です。機嫌を悪くした小吉は座を立ち、門の横の田の畔に立つ疫病除けの「源の大将」を見つめます。それは竹に半紙を貼って大きな顔を書いたもので、青い月のあかりの中で小吉をにらんでいるように見えました。やがて酒盛りが済み、お客たちがご馳走の残りを藁のつとに入れて帰ろうとしたとき、平右衛門が冗談めかして声をかけます。「おみやげをとっこべとらこに取られなぃようにアッハッハッハ」。するとお客の一人が「とっこべとらこだらおれの方で取って食ってやるべ」と答えた、まさにその時――。この物語には、人間の欲深さと狡猾さ、そして古狐の知恵と悪戯心が絡み合って織りなす、どこかユーモラスで不思議な世界が広がっています。方言を交えた生き生きとした会話や、月夜の幻想的な情景描写も印象的です。六平じいさんの「ウントコショ、ウントコショ」という重い荷物を運ぶ声、酒盛りでの賑やかな笑い声、そして「神出鬼没のとっこべとらこ」が現れる緊迫した場面まで、音の響きや情景が目に浮かぶような描写に満ちています。現実なのか幻なのか、昔の話なのか今の話なのか――語り手自身が「多分偽ではないでしょうか」と言いながらも、「実はゆうべ起ったことなのです」と続ける、この曖昧さこそが物語の魅力の一つです。古狐の巧妙な悪戯は人間たちをどのように翻弄していくのか。川岸に住む古狐とその周りの人々が繰り広げる、不思議でどこか愛らしい化かしの世界を、朗読でじっくりとお楽しみください。#狐 #人と動物 #月 #方言
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チュウリップの幻術
📖『チュウリップの幻術』朗読 – 光に満ちた五月の農園で繰り広げられる不思議な午後🌷✨静寂の中に響く朗読の調べとともに、宮沢賢治の『チュウリップの幻術』の世界へと歩みを進めてみませんか。すもものかきねに青白い花が咲き誇る五月の農園。玉髄のように光る雲が四方の空を巡り、月光をちりばめたような緑の障壁に沿って、一人の洋傘直しがてくてくと歩いてきます。荷物を背負い、赤白だんだらの小さな洋傘を日よけにさしたその姿は、まるで有平糖でできているかのように光って見えます。黒く細い脚は鹿を思わせ、その顔は熱って笑っています。農園の中に足を踏み入れると、しめった五月の黒土にチュウリップが無造作に植えられ、一面に咲いて、かすかにゆらいでいます。そこへ青い上着の園丁がこてを下げて現れ、洋傘直しとの出会いが始まります。剪定鋏や西洋剃刀を研ぐ仕事を請け負った洋傘直しは、園丁の案内でチュウリップ畑を見ることになります。黄と橙の大きな斑のアメリカ直輸入の品種、見ていると額が痛くなるほど鮮やかな黄色、海賊のチョッキのような赤と白の斑、まっ赤な羽二重のコップのような半透明の花びら——様々なチュウリップが咲き競う中で、園丁が特別に誇らしげに指し示したのは、畑では一番大切だという小さな白い花でした。静かな緑の柄を持つその花は、風にゆらいで微かに光り、何か不思議な合図を空に送っているかのようです。その白いチュウリップの盃の中から、砂糖を溶かした水のようにユラユラと透明な蒸気が立ち上り、やがて光が湧きあがります。花の盃をあふれてひろがり、湧きあがりひろがり、青空も光の波で一杯になっていきます。山脈の雪も光の中で機嫌よく空へ笑い、チュウリップの光の酒が無尽蔵に湧き出します。洋傘直しと園丁は、その幻想的な酒に酔いしれながら、現実と幻想の境界が曖昧になっていく午後のひとときを過ごします。エステル工学校出身だと名乗る洋傘直しと、貧乏だが光る酒を誇る園丁。二人の会話は次第に不思議な調子を帯び、ひばりは歌とともに光の中に溶け、唐檜の若い擲弾兵たちは踊り出し、すももの義勇中隊も動き始めます。梨の木どもは蛹のような踊りを踊り、果物の木々は輪になって踊り歌います。光の酒に満たされた世界では、植物たちまでもが生き生きと動き回る生命を獲得していくのです。太陽の傾きとともに変化する光と影、雲の流れに左右される明暗、そして何より、あの白いチュウリップから湧き上がる光の酒が織りなす幻想の午後。現実の農園での些細な出会いから始まった物語は、いつしか光と色彩に満ちた夢幻の世界へと私たちを誘います。洋傘直しという職人が、あの特別な白いチュウリップによって束の間の幻想に誘われる、穏やかな午後のひととき。五月の午後の陽射しの中で繰り広げられる、現実と幻想が交錯する一篇。職人の手仕事から始まる日常が、花の魔法によって色鮮やかな異世界へと変容していく過程を、朗読の響きとともにお楽しみください。#心象スケッチ #夢 #植物
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ひのきとひなげし
📖『ひのきとひなげし』朗読 – 風に舞う花たちと夕暮れの庭で繰り広げられる不思議な物語🌺🌲静謐な朗読の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『ひのきとひなげし』。風の強い夕暮れ時、まっ赤に燃え上がったひなげしの花たちが、風にぐらぐらと揺れながら息もつけないような様子で立っています。その背後では、同じく風に髪も体も揉まれながら、若いひのきが立っていました。ひのきは風に揺れるひなげしたちを見て「おまえたちはみんなまっ赤な帆船でね、いまが嵐のところなんだ」と声をかけます。しかしひなげしたちは「いやあだ、あたしら、そんな帆船やなんかじゃないわ。せだけ高くてばかあなひのき」と反発するのでした。やがて銅づくりの太陽が瑠璃色の山に沈み、風がいっそう激しくなります。風が少し静まった頃、いちばん小さいひなげしがひとりでつぶやきます。「ああつまらないつまらない、もう一生合唱手だわ。いちど女王にしてくれたら、あしたは死んでもいいんだけど」。ひなげしたちは皆、美しい「テクラ」という名の花を羨ましがり、自分たちも「スター」になりたいと憧れを抱いているのでした。そんな中、向こうの葵の花壇から悪魔が現れます。最初は美容術師として、次は医者として姿を変え、ひなげしたちに美しくなる薬を提供すると申し出るのです。その代償として求めるのは、ひなげしの頭にできる「亜片」でした。お金のないひなげしたちは皆、その取引に心を動かされることになります。この物語は、「スター」になりたいと願うひなげしたちの心の動きを、繊細な心理描写で描いています。ひなげしたちの会話は生き生きとしており、それぞれの個性や想いが丁寧に表現されています。「スター」への憧れは、現代にも通じる普遍的な願望でありながら、花という存在を通して語られることで、美しさの本質を静かに浮かび上がらせます。風の音、雲の流れ、夕暮れから夜への時間の移ろい——自然の営みと生命の営みが重なり合う中で、ひのきという存在は静かな知恵と愛情深い眼差しでひなげしたちを見守ります。悪魔の甘い誘惑と、それに対するひのきの警告は、欲望と理性、表面的な美しさと本当の価値について、聞き手にも静かな問いを投げかけます。作品全体に流れる詩的なリズムと、方言を交えた親しみやすい会話のバランスも絶妙です。色彩豊かな情景描写は、まるで一枚の絵画を見ているような美しさで、朗読を通してその世界に深く入り込むことができます。夕暮れの庭という限られた空間の中で展開される小さな宇宙が、聞く人の心に静かな余韻を残すことでしょう。朗読でゆっくりとその世界をお楽しみください。#毒 #衝動 #植物
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よだかの星
📖『よだかの星』朗読 – 醜い鳥が見つめた夜空の向こう側⭐🌙静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『よだかの星』。よだかは実に醜い鳥でした。顔はところどころ味噌をつけたようにまだらで、くちばしは平たく耳まで裂けています。足はよぼよぼで、一間とも歩けません。他の鳥たちは、よだかの顔を見ただけでもいやになってしまうほどでした。美しくないひばりでさえ、よだかと出会うと、いかにもいやそうに首をそっぽへ向けてしまいます。小さなおしゃべりの鳥たちは、いつでもよだかの真正面から悪口を言いました。「鳥の仲間の面汚しだよ」「あの口の大きいこと、きっとかえるの親類なんだよ」と。しかし、よだかは本当は鷹の兄弟でも親類でもありませんでした。かえって、あの美しいかわせみや蜂すずめの兄さんだったのです。蜂すずめは花の蜜を食べ、かわせみはお魚を食べ、よだかは羽虫を取って食べていました。よだかには鋭い爪も鋭いくちばしもなく、どんなに弱い鳥でも、よだかを怖がる理由はなかったのです。それなのに「たか」という名がついているのは、よだかの羽が無暗に強くて風を切って翔けるときは鷹のように見えること、そして鳴き声が鋭くてどこか鷹に似ているためでした。もちろん、本物の鷹はこれを非常に気にかけて嫌がっていました。よだかの顔を見ると肩をいからせて、「早く名前を改めろ」と言うのでした。ある夕方、とうとう鷹がよだかの家へやって来ました。鷹は「市蔵」という名前に変えて改名の披露をしろと迫り、「明後日の朝までにそうしなかったら、つかみ殺すぞ」と脅して帰っていきました。よだかは目をつぶって考えました。一体自分はなぜこうみんなに嫌われるのだろう。今まで何も悪いことをしたことがないのに──。あたりがうす暗くなると、よだかは巣から飛び出しました。雲とすれすれになって羽虫を捕らえていましたが、甲虫が喉でもがくとき、よだかは何だか背中がぞっとしたように感じました。そしてついに大声をあげて泣き出してしまいます。「ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩よだかに殺される。そしてそのよだかが今度は鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。よだかはもう虫を食べないで飢えて死のう」山焼けの火が水のように流れて広がる夜、よだかは弟の川せみの所へ飛んで行き、「今度遠い所へ行く」と別れを告げます。そして夜明けになると、霧が晴れたお日様に向かって飛び、「どうぞ私をあなたの所へ連れて行って下さい。焼けて死んでも構いません」と願いました。しかしお日様は「お前は夜の鳥だから、今夜空を飛んで、星にそう頼んでごらん」と答えます。夜になると、よだかは美しいオリオンの星、南の大犬座、北の大熊星、天の川の向こう岸の鷲の星へと次々に飛んで行き、同じように頼みます。しかし、どの星も相手にしてくれません。よだかは力を落として地に落ちていきますが、地面に足がつく寸前、俄かにのろしのように空へ飛び上がりました。そして高く高く叫びます──その声はまるで鷹でした。この物語は、外見の醜さゆえに世界から疎外された一羽の鳥の孤独と苦悩を描いています。他者からの拒絶、生きることそのものへの罪悪感、そして最後に選択する道──よだかが辿る軌跡は、現実と幻想が入り混じる夜の世界で静かに展開されます。美醜による差別、名前をめぐる争い、食べることの罪──これらの要素が夜空の下で静かに語られていきます。夜空に輝く星々を見上げるとき、そこにはどのような光が宿っているのでしょうか。月光に包まれた夜の世界で繰り広げられる、一羽の鳥の切ない魂の軌跡。醜いと言われた存在が見つめた夜空の向こう側には、何が待っているのか。詩的で美しい言葉の調べに乗せて語られるこの不思議な物語を、静かな朗読でじっくりとお楽しみください。#動物が主人公 #衝動 #星座 #いじめ
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やまなし
📖『やまなし』朗読 – 水底に響く幻想的な蟹の兄弟の物語🌊🦀静寂に包まれた水中世界へと誘う朗読をお届けします。今回の作品は、宮沢賢治の『やまなし』。小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈として語られる、時の流れと生命の営みを描いた幻想譚です。物語は五月、青じろい水の底で始まります。二匹の蟹の子供たちが、水銀のように光る泡を吐きながら不思議な会話を交わしています。「クラムボンはわらったよ」「クラムボンはかぷかぷわらったよ」——このクラムボンとは一体何なのでしょうか。兄弟蟹の愛らしいやりとりの中に、謎めいた存在の影がちらつきます。水の天井を流れる暗い泡、鋼のように見える青い空間、そして突然現れては消える銀色の魚。この静謐な水中世界に、ある日突然の出来事が起こります。白い泡が立ち、青びかりのぎらぎらする鉄砲弾のようなものが飛び込んできたのです。その青いもののさきはコンパスのように黒く尖り、魚の白い腹がぎらっと光って——。父さん蟹は「それは鳥だよ、かわせみと云うんだ」と子供たちを安心させ、「おれたちはかまわないんだから」と優しく声をかけます。やがて季節は移ろい、十二月。蟹の子供たちはよほど大きくなり、底の景色もすっかり変わっています。白い柔らかな円石、小さな錐の形の水晶の粒、金雲母のかけら——新しい世界の装いの中で、ラムネの瓶の月光が冷たい水の底まで透き通っています。天井では波が青じろい火を燃したり消したりし、あたりはしんとして、遠くから波の音だけがひびいてきます。月が明るく水がきれいなこの夜、眠らずに外に出た蟹の兄弟は、どちらの泡が大きいかで言い争いをしています。そんな微笑ましい兄弟げんかの最中、またしても天井から大きな黒い円いものが落ちてきました。今度はキラキラと黄金のぶちが光っています。「かわせみだ」と身をすくめる子供たちでしたが、お父さんの蟹は遠めがねのような両方の眼をあらん限り延ばして確かめてから言いました。「そうじゃない、あれはやまなしだ」——。水の中に漂ういい匂い、月光の虹がもかもか集まる幻想的な光景、そして家族三匹で追いかけるやまなしの行方。横歩きする蟹たちと底の黒い三つの影法師が合わせて六つ踊るようにして進む光景が描かれています。五月の緊張から十二月の平穏へ、恐怖から安らぎへと移りゆく時の流れの中で、小さな生命たちの日常が温かく描かれています。この作品は、水という透明な世界を舞台に、そこに住む小さな生き物たちの目線から語られます。クラムボンという謎めいた存在、突然の闖入者たち、季節の移ろいとともに変化する水底の風景——現実と幻想が溶け合う中で、生命の営みと自然の循環が静かに歌われています。蟹の兄弟の無邪気な会話、父さん蟹の優しい導き、そして水面を通して感じられる上の世界の気配が、独特の詩的な世界を織りなしています。青い幻燈のように美しく、透明な水のように清らかな物語の世界。時にユーモラスで、時に神秘的な水底の一日と一夜を、朗読でゆっくりとご堪能ください。#動物が主人公
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雪渡り
❄️『雪渡り』朗読 – 凍った雪原に響く、人と狐の交流譚🦊✨純白の雪が大理石よりも堅く凍り、空も青い石の板のように滑らかに澄んだ、そんな特別な冬の日の物語へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『雪渡り』。「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。」四郎とかん子の兄妹は、小さな雪沓をはいてキックキックキックと野原に出かけます。雪がすっかり凍って、いつもは歩けない黍の畑の中でも、すすきで一杯だった野原の上でも、好きな方へどこまでも行ける素晴らしい日。平らな雪面は一枚の板のようで、それが沢山の小さな鏡のようにキラキラと光っています。森の近くまで来た二人は、大きな柏の木が立派な透き通った氷柱を下げて重そうに身体を曲げているのを見つけます。そして森に向かって高く叫びました。「狐の子ぁ、嫁ほしい、ほしい。」すると森の中から「凍み雪しんしん、堅雪かんかん。」と言いながら、キシリキシリ雪を踏んで白い狐の子が現れます。それは紺三郎という名の、銀の針のようなおひげをピンと一つひねる小さな狐でした。最初は警戒していた四郎でしたが、狐の紺三郎が思いがけず礼儀正しく、しかも「私らは全体いままで人をだますなんてあんまりむじつの罪をきせられていたのです」と訴えます。紺三郎は自分で畑を作って播いて草をとって刈って叩いて粉にして練って蒸してお砂糖をかけた黍の団子を二人に差し出し、さらに「この次の雪の凍った月夜の晩」に行われる幻燈会への招待状を手渡します。ただし、その幻燈会は「十一歳以下」という条件付きでした。月日が過ぎ、青白い大きな十五夜のお月様が静かに氷の上山から登った夜、四郎とかん子は約束通り狐の幻燈会へと向かいます。林の中の空き地には狐の学校生徒たちが集まり、栗の皮をぶっつけ合ったり、相撲をとったり、小さな鼠位の狐の子が大きな子狐の肩車に乗ってお星様を取ろうとしたりしています。燕尾服を着て水仙の花を胸につけた紺三郎の司会で始まる幻燈会。上映されるのは「お酒をのむべからず」「わなに注意せよ」「火を軽べつすべからず」という三つの教訓的な出し物です。太右衛門や清作が酔っ払って野原の怪しいまんじゅうやおそばを食べてしまった写真、わなにかかった狐のこん兵衛の絵、焼いた魚を取ろうとして尻尾を焼いた狐のこん助の絵が、足踏みと歌声に合わせて映し出されます。「ひるはカンカン日のひかり、よるはツンツン月あかり、たとえからだを、さかれても、狐の生徒はうそ云うな。」狐の学校生徒たちが歌う校歌のような歌声が、月明かりの下で響きます。二つの章から構成されるこの物語は、堅く凍った雪の上を自由に歩き回れる特別な日を舞台に、人間の子どもたちと狐たちの出会いと交流を描いています。四郎とかん子の純真さ、紺三郎をはじめとする狐たちの礼儀正しさと真摯さ、そして互いに対する偏見を乗り越えていく過程が、冬の美しい情景とともに綴られています。雪がキラキラと光る野原、月光に照らされた青白い森、そして「キックキックトントン」という楽しいリズムに乗せて歌われる数々の歌。物語は読者を、雪の結晶のように繊細で美しい幻想的な世界へと誘います。登場人物たちの心の動きが丁寧に描かれ、疑念から信頼へ、警戒から友情へと変化していく様子が、冬の夜の静寂の中で静かに、しかし確実に進んでいきます。凍った雪の上を渡りながら紡がれる、心温まる交流の物語。月夜に開かれる幻燈会で、四郎とかん子、そして狐の学校生徒たちがどのような体験を共にするのか、ぜひ朗読でお楽しみください。#狐 #人と動物 #少年 #月 #弟
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セロ弾きのゴーシュ
📻『セロ弾きのゴーシュ』朗読 – 夜の水車小屋で繰り広げられる音楽と動物たちの不思議な物語🎼🐱静寂な夜に響くセロの音色に導かれる、不思議で美しい物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』。町の活動写真館でセロを弾く係のゴーシュは、仲間の楽手の中でいちばん下手で、いつも楽長にいじめられています。「セロがおくれた」「糸が合わない」「表情ということがまるでできてない」──練習のたびに厳しく叱られ、ついには「きみ一人のために悪評をとるようなことでは、みんなへもまったく気の毒だ」とまで言われてしまいます。町はずれの壊れた水車小屋で一人暮らしをするゴーシュは、悔しさと情けなさで涙をこぼしながらも、夜中まで必死にセロの練習を続けるのでした。そんなある夜、練習に疲れ果てたゴーシュのもとに、思いがけない来訪者が現れます。最初に扉を叩いたのは、半分熟したトマトを重そうに運んできた大きな三毛猫でした。「シューマンのトロメライをひいてごらんなさい。きいてあげますから」と生意気に注文をつける猫に、ゴーシュはむしゃくしゃした気持ちをぶつけるように、まるで嵐のような勢いで「印度の虎狩」を演奏します。すると猫は慌てふためき、パチパチと火花を散らしながら風車のようにぐるぐると回り始めました。翌夜には天井の穴からかっこうが降りてきて、「音楽を教わりたい」と真面目な顔で頼みます。「ドレミファを正確にやりたい」「外国へ行く前にぜひ一度いる」と説明するかっこうとの奇妙な音楽レッスンが始まります。「かっこう、かっこう」と一生懸命に叫ぶかっこうとの奇妙な音楽レッスンが続いていきます。その次の晩に訪れたのは、背中から棒切れを二本取り出した狸の子でした。「小太鼓の係り」だと名乗る狸の子は、「愉快な馬車屋」という譜面を持参し、ゴーシュのセロに合わせてセロの駒の下をぽんぽんと叩き始めます。なかなか上手な狸の小太鼓に、ゴーシュは思わず「面白い」と感じるのですが、狸の子からは意外な指摘を受けることになります。最後に現れたのは、病気の子供を連れた野ねずみの親子でした。「この児があんばいがわるくて死にそうでございます」と必死に頼む野ねずみのお母さん。ゴーシュが医者ではないと断ると、野ねずみは驚くべきことを告白します。実は近所の動物たちは病気になると、ゴーシュの演奏を聞きに床下にやってきて、その音で病気を治していたというのです。兎のおばあさんも、狸のお父さんも、意地悪なみみずくまでも──みんなゴーシュの音楽によって癒されていたのでした。毎夜繰り広げられる動物たちとの不思議な交流。猫の生意気な注文、かっこうの真面目な音楽談議、狸の子の楽しげな小太鼓、そして野ねずみによって明かされる音楽の持つ不思議な力。一見ばらばらに見える出来事が、夜の水車小屋で静かに積み重なっていきます。町の公会堂で開かれる演奏会まで、もうあと十日──。第六交響曲の練習に苦戦し続けるゴーシュと動物たちとの心の交流は、思いもよらない展開を見せていきます。音楽を愛する全ての人の心に響く、成長と友情の美しい調べが奏でられる夜の物語です。音楽の持つ不思議な力と、努力を続けることの意味が、動物たちとの心温まる交流を通して静かに浮かび上がってきます。下手だと言われ続けたゴーシュが、夜な夜な訪れる動物たちとの出会いの中で発見していく音楽の真髄。それぞれ個性豊かな動物たちとの予想もつかないやりとりが次々と展開されていきます。夜の水車小屋に響くセロの音色と、次々と現れる動物たちとの予想もつかない出会いの物語を、朗読でゆっくりとお楽しみください。#猫 #鼠 #人と動物 #芸術 #月
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鹿踊りのはじまり
📖『鹿踊りのはじまり』朗読 – 夕陽に踊る鹿たちとの神秘的な出会い🦌✨静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『鹿踊りのはじまり』。西のちぢれた雲間から赤く注ぐ夕陽、白い火のように燃えるすすきの穂——そんな苔の野原で、疲れて眠った語り手の耳に聞こえてきたのは、風が語る鹿踊りの本当の精神でした。物語の舞台は、まだ丈高い草や黒い林に覆われていた頃の北上の地。膝を痛めた嘉十が、山の湯治場へ向かう道すがら、銀色の穂を出したすすきの野原をゆっくりと歩いていきます。青いはんの木の木立の下で小休止をとった嘉十は、鹿のために栃の団子を残し、「こいづば鹿さ呉でやべか」と独り言を言いながらその場を離れました。ところが手拭いを忘れたことに気づいて引き返すと、そこには思いがけない光景が待っていたのです。六匹の鹿たちが、嘉十の白い手拭いの周りを環になって回っているではありませんか。鹿たちにとって、その正体不明の白い物体は大いなる謎でした。「生ぎものだがも知れないじゃい」「青じろ番兵だ」と囁き合いながら、代わる代わる恐る恐る近づいては、びっくりして逃げ戻ることを繰り返します。一匹が勇気を出して鼻先で嗅いでみれば「柳の葉みだいな匂だな」、別の一匹が舌で舐めてみては「味無いがたな」と報告し合う様子は、ユーモラスでありながらも愛らしく描かれています。太陽がはんの木の梢にかかる夕暮れ時、鹿たちの行動は次第に不思議な展開を見せていきます。ぎらぎらと光るすすきの海、輝く木々、そして野原に響く鹿たちの声——それは現実と幻想の境界を曖昧にしていく、まさに魔法のような時間の始まりでした。この物語は、人間と野生動物との間の見えない境界線を繊細に描きながら、自然の神秘的な営みに対する深い畏敬の念を込めて語られています。隠れて観察していた嘉十と鹿たちとの間に、いったいどのような出来事が起こるのか。夕暮れの野原で繰り広げられる不思議な時間は、思いもよらない方向へと展開していきます。宮沢賢治の詩的な言葉遣いが紡ぎ出す幻想的な物語。鹿たちの愛らしい会話と、黄金に輝く夕陽の中で織りなされる自然と人間との交流を、朗読でじっくりとお楽しみください。風が語る透明な物語の世界に、心静かに耳を傾けてみてはいかがでしょうか。#人と動物 #衝動 #方言
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月夜のでんしんばしら
📖『月夜のでんしんばしら』朗読 – 電信柱たちの不思議な夜間行軍🌙⚡静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『月夜のでんしんばしら』。ある晩、恭一は草履を履いて鉄道線路の横をすたすたと歩いていました。本来なら罰金ものの危険な行為でしたが、その夜は線路見回りの工夫も来ず、窓から棒の出た汽車にも遭いませんでした。九日の月がうろこ雲に照らされ、冷たい星がぴっかりぴっかりと顔を出す美しい夜、停車場の明かりが見える頃、突然とんでもないことが起こります。線路沿いに立ち並んでいた電信柱の列が「ぐゎあん、ぐゎあん」と唸りながら、大威張りで一斉に歩き出したのです。みんな瀬戸もののエボレット(絶縁具)を飾り、てっぺんには針金の槍をつけた亜鉛の帽子をかぶって、片脚でひょいひょいと行進していきます。そして恭一をばかにしたように、じろじろ横目で見ながら通り過ぎていくのでした。電信柱たちの唸り声はやがて立派な軍歌に変わります。「ドッテテドッテテ、ドッテテド、でんしんばしらのぐんたいは はやさせかいにたぐいなし」と歌いながら、工兵隊や竜騎兵として堂々と行進していきます。中には疲れ果てた古い柱もいれば、元気に号令をかける柱もいて、それぞれに個性豊かな電信柱たちの大軍団が織りなす光景は圧巻です。そんな中、恭一の前に現れたのは背の低い顔の黄色な老人でした。ぼろぼろの鼠色の外套を着て「お一二、お一二」と号令をかけながらやって来るこの不思議な人物は、自分を「電気総長」と名乗り、握手をした途端に青い火花を散らせて恭一を驚かせます。電気総長は得意気に電気にまつわる昔話を語り、自分の軍隊の規律正しさを自慢します。月夜に繰り広げられるこの幻想的な光景の中で、恭一は一体何を体験することになるのでしょうか。この物語は、宮沢賢治独特の科学的な想像力と詩的な表現が見事に融合した作品です。電信柱という無機物に生命を与え、電気という当時まだ新しい技術への驚きと親しみを、ユーモラスで幻想的な物語に仕立て上げています。軍隊に見立てた電信柱たちの行進は、規律正しくも滑稽で、電気総長の豊富な体験談からは当時の人々の電気に対する素朴な驚きが伝わってきます。九日の月とうろこ雲が織りなす美しい夜景の中で繰り広げられる、電信柱たちの壮大な行軍劇。現代の私たちには当たり前の電気も、この物語の中では魔法のような不思議な力として生き生きと息づいています。科学と幻想、現実と夢の境界を軽やかに超えた魅力的な世界を、朗読でじっくりとお楽しみください。#月 #柱 #歌曲 #鉄道 #兵隊
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かしわばやしの夜
📖『かしわばやしの夜』朗読 – 月光に踊る木々たちとの不思議な一夜🌙🌳静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『かしわばやしの夜』。夕暮れ時の野原で、ひえの根もとに土をかけていた清作の耳に、かしわばやしから響く奇妙な声——「欝金しゃっぽのカンカラカンのカアン」。銅づくりのお日様が南の山裾に落ち、野原がへんにさびしくなった頃、その声に導かれるように林へ向かった清作が出会ったのは、赤いトルコ帽をかぶり、鼠色のだぶだぶした服を着た背の高い画かきでした。最初は険悪な雰囲気でしたが、清作が「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン」と叫び返すと、画かきは急に機嫌を直し、二人は一緒に林の奥へと向かいます。林の中は浅黄色に染まり、肉桂のような甘い香りに満ちています。そこで出会う柏の木たちは不思議な生き物たちでした。片脚を上げて踊りの真似をしていた若い柏の木は、二人を見てひどく恥ずかしがり、清作をちょっとあざ笑います。清作をつまずかせようとするごつごつした古木、風に乗って「せらせらせら清作」と囃し立てる木々——しかし清作は負けずに「へらへらへら清作、ばばあ」と言い返し、木々を驚かせてしまいます。やがて二人がたどり着いたのは、十九本の手と一本の太い脚を持つ柏の木大王の元でした。大王は清作を「前科九十八犯」と呼び、山の木を切った罪を問い詰めます。清作は山主の藤助に酒を買ってちゃんと許可を得ていると反論しますが、「なぜ俺には酒を買わないのか」という大王との問答は平行線をたどります。そんな中、東の山脈に桃色の月が昇り、あたりの空気が一変します。若い柏の木たちは両手を月に向かって伸ばし、「おつきさん、おつきさん、おっつきさん」と歌い始めます。柏の木大王もまた、月の装いの変化と夏のおどりの第三夜を歌い上げ、画かきの提案で不思議な夜の祭典が幕を開けます。やがて「のろづきおほん、おほん、おほん」と奇妙な囃子言葉とともに現れるふくろうの一団も加わり、月光の下で繰り広げられる幻想的な音楽会は思いがけない展開を見せていきます——。この物語は、宮沢賢治独特の豊かな想像力と詩的な言葉遣いに満ちています。現実と幻想の境界があいまいになる夕暮れ時から夜にかけて、木々が人間のように振る舞う不思議な世界が展開されます。気の荒い清作と気まぐれな画かき、意固地な柏の木大王と清作をからかいたがる若木たち、そして夜の森に住むふくろうたちが織りなす交響楽は、月光の下でどのような展開を見せるのでしょうか。宮沢賢治の筆が描く、月光に包まれた幻想の森の一夜。ユーモアと詩情、そして人間と自然の微妙な関係を描いたこの不思議な物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。#芸術 #傲慢 #月 #植物
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山男の四月
🎧 宮沢賢治「山男の四月」朗読 – 春の陽だまりで始まる、不思議な変身譚。現実と幻想が溶け合う、静謐な午後の物語。春の日、金色の目をした山男が檜林で狩りをしていました。兎を狙っていたのに捕まえたのは山鳥。獲物を手に日当たりの良い枯れ芝の上で横になると、紫色のかたくりの花がゆれ、青い空には白い雲がふわふわと流れていきます。「飴というものはうまいものだ。天道は飴をうんとこさえているが、なかなかおれにはくれない」――そんなことをぼんやり考えながら空を眺める山男の心は、なんだかむやみに軽やかになっていきます。やがて山男は町へと向かい、入口の魚屋で軒に吊るされた茹で蛸に見とれています。「あのいぼのある赤い脚のまがりぐあいは、ほんとうにりっぱだ」と感心していると、大きな荷物を背負った中国人の行商人が現れます。「あなた、支那反物よろしいか。六神丸たいさんやすい」と声をかけてきて、「長生きの薬」を勧めるのですが……。この作品には、宮沢賢治特有の精緻な自然描写と、どこかとぼけた味わいの会話が織り交ぜられています。山男の素朴で率直な物の見方、中国人行商人の片言の日本語、そして静かに流れる春の時間――それらが重なり合って、読む者を不思議な世界へと誘います。「雲というものは、風のぐあいで、行ったり来たりぽかっと無くなってみたり、俄かにまたでてきたりするもんだ」という山男の呟きのように、この物語もまた、現実と非現実の境界をゆらゆらと行き来しながら展開していきます。春の陽だまりの心地よさと、どこか不安な予感とが入り混じる、独特の雰囲気を、心に響く朗読でゆっくりとお聞きください。#毒 #夢
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ABOUT THIS SHOW
Audibleで数々の文学作品を朗読してきたナレーター 渡部龍朗(わたなべたつお) が、宮沢賢治作品の朗読全集の完成を目指し、一編ずつ心を込めてお届けするポッドキャスト。 ▼ 朗読音声とテキストがリアルタイムで同期する新体験オーディオブックアプリ「渡部龍朗の宮沢賢治朗読集」iOS版 / Android版 公開中 ▼ 【iOS】https://apps.apple.com/ja/app/id6746703721【Android】https://play.google.com/store/apps/details?id=info.watasei.tatsuonomiyazawakenjiroudokushu幻想的で美しい宮沢賢治の言葉を、耳で楽しむひとときを。物語の息遣いを感じながら、声に乗せて広がる世界をお楽しみください。
HOSTED BY
渡部製作所
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