PODCAST · arts
The Art of Being — しばたみなみ/minami
by minami shibata
アーティストしばたみなみが「存在すること」そのものをテーマに語る、アートと哲学のポッドキャスト。廃材や漂着物を素材に命を吹き込むアートプロジェクト「ORINASU」を軸に、創作、自然、社会、そして“生きること”をめぐる思考をやわらかく紡ぎます。静かな夜に、アトリエの音や制作の合間の独り言のように。「在ることの意味」や「感じるということ」を探す人たちへ。あなたの“存在”にもそっと光が届くように。The Art of Being — Minami ShibataAn artist and storyteller, Minami Shibata explores the meaning of existence through art, philosophy, and everyday reflections.From her project “ORINASU”, which transforms discarded materials into new life,she shares gentle thoughts about creation, nature, and the beauty of simply being.A quiet space for those seeking connection, reflection, and the art
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第43話「作業場が作品だったのかもしれない」
初試み作業場開放あらためオープンアトリエが終了しました。 たくさんの人に来ていただいた中で、「作品とは何か」「完成とは何か」改めて考える時間にもなりました。作りかけのモノや、実験途中のモノ、ずっとそこにあったモノ それらが繋がって、ひとつの空間になっていく感覚 もしかすると作業場そのものが作品だったのかもしれない色んな要素が混ざり合い溶け込み馴染み合うまるでカレーのような🍛また、アーティストとして13年続けてきた中で感じたこと 人との関わり、孤独とつながりいまだに何もうまく言い切れないままですが確かにそこある。そんな感じ!について
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第42話「信じるとすきのあいだ」
最近、「言い切らない」という感覚について考えています。 信じているわけじゃないけど、なぜか手放せないもの。 好きとも少し違うけど、確かに作用している感覚。インザメガチャーチを読んだことをきっかけに、 「人それぞれ」という言葉のやさしさと同時に、 どこかにある孤独のようなものにも触れました。人はつい、言葉で説明しきろうとするけれど、 その瞬間にこぼれてしまうものもある気がしています。余白やスキの中にあるもの、 そして「可変するヨリドコロ」とのつながりについて、 まだうまく言葉にできないまま、話してみました。
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第41話「可変するヨリドコロ」
一つの絶対的な拠り所と、無数に存在する拠り所。最近、長崎とか隠れキリシタンがキーワードでそれこそスペインでは教会もたくさんサグラダファミリアも見てきたし長崎の隠れキリシタンの教会、世界遺産登録にもなった話を聞いてそのキリシタンたちが守り続けた一つの信念 「ワレラノムネ アナタノムネ ト オナジ」この言葉だけを信じ抜いた壮絶な200年そこで思ったのがキリスト教など一つの絶対的な存在を信じる一神教と、日本的な仏教や文化の考え方は八百万の神。自然そのものがもはや神でもあるし何者でも誰かにとっての神的な存在になれるなんなら神に囲まれまくってるじゃんっていう無限数な感じ作ったり求めているモノ今、いろんなキーワードを集結させて一言で言うと「ヨリドコロ」これって一神教と、日本的な八百万のハイブリットなのではと どちらにも触れてきた中で見えてきた現時点 そのどちらでもない「可変するヨリドコロ」という考え方扉、祠、お守り(サカナ)という自分の作品の構造を通して、 信じる対象ではなく、信じる状態について考えている作用から在り方や生きるという事象について今、思うこと
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第40話「思い込みとか勘違いって、実は作用?」
ネイルに描いたサカナをきっかけに、 なぜか流れが良くなったと感じる最近。取材や仕事が決まったり、思わぬラッキーが重なったりして、 「これ、もしかしてサカナのおかげ?」なんて思い始めた話もちろん、冷静に考えれば偶然やタイミング、自分の行動の結果かもしれない。 でもその“思い込み”が、実際に行動や選択を変えているとしたら?そこから話は「お守り」という存在へ。 タイで制作したお守りの話や、そこに宿る関係性や記憶。 さらに、勝負服や縁担ぎなど、私たちの身近にある“お守り的なもの”へと広がっていきます。本当かどうかは分からない。 でも確実に、自分には作用している。サカナは運をくれるものではなく、 自分に作用させる装置なのかもしれない。思い込みかもしれないし、勘違いかもしれない。 それでも、流れが良くなるならそれでいい。軽い話のようでいて、 「消費」と「作用」を考えるきっかけにもなる回です。
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第39話「分類わけじゃなくて、“どこから立ち上がるか”の話」
分類わけじゃなくて、「どこから立ち上がるか」の話。作品を整理する中で、ずっと引っかかっていた違和感。 これは作品なのか、仕事なのか。 依頼か、自主制作か。分けようとするほど、どこにも当てはまらないものが増えていく。そんな中で見えてきたのは、 分類ではなく「起点」という考え方でした。自分の内側から始まるのか、 場所や素材、環境から立ち上がるのか、 それとも日常に置かれる前提なのか。同じ出来事でも、見せ方によって変わっていくもの。そして後半では、 気づいたことをすぐにポッドキャストで話してしまうことや、 不特定多数に向けて言葉を置くことについても。もはや我ながら滑稽だ!とさえ思えてしまうこれは誰のためなのか、 そもそも“話す”ってどういう行為なのか。今の自分の思考の途中を、そのまま記録しています。
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第38話「好奇心とハッとする瞬間」
改めて「好奇心とハッとする瞬間」ってすごく大事だなと思う。 何かを頑張って掴みにいくというより、日々の中でふと感じる違和感や引っかかり、心が動く瞬間。 今回はそんな軽やかなテーマで、最近の出来事を交えながらお話ししています。
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第37話「当事者じゃない場所から、何を受け取るか」
消費や作用について考える中で、 「観測できる場所にいる自分の役割」について考えるようになりました。世界との距離、自分の立ち位置、 そしてこれから行くかもしれない未踏の地か既知の地かで 何を見て、何を受け取るのか。当事者になるわけではない立場で、 それでもどう関わり、何を表現するのかについて話しています。
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第36話「消費ってこういうことか、と思った話」
オープンアトリエを始めてから感じていた違和感。 それは「誰かに消費されている」というよりも、 “消費という構造”そのものに対する違和感だったのかもしれません。制作の中で起きた変化とあわせて、 「消費されるもの」と「作用するもの」の違い、 そしてオープンアトリエが少しずつ “消費から脱却する場”になってきている感覚について話しています。
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第35話 「存在は“関わって”初めて立ち上がる」
使い切ることと、循環すること滞留させない、出し切りたい作品や素材だけじゃなくて、空間も同じ 人が出入りして、循環が生まれる場所そのものが生きていく感覚がある逆に、どれだけ綺麗でも使われなければ、止まっていく。そんな「使い切ること」と「循環すること」作業場開放してみて思ったこと 今の自分の状態とか話してみました。
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第34話「開けてみたらこうなった|作業場開放初日」
オープンアトリエ初日を終えての記録。 しっかり雨の中、来てくれた方々。 思っていたよりも“開かれた場”になり、作品のこと、場のこと、人との距離感。 そして「共有しないを共有する」というテーマについても、少しずつ見えてきたことを話しています。まだ始まったばかりのこの場所の、最初の一歩の記録です。
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第33話「なぜ私は“見せない魚”を描いたのか — 神髄と3と6の宇宙」
最近、大きな魚の絵が完成しました。この作品は今回のオープンアトリエで展示しますが、 撮影不可にしています。骨董の世界に「めあかがつく」という言葉があります。 見られすぎることで、そのものの価値や在り方が変わってしまうこと。この作品は、消費される共有ではなく、 その場で静かに出会ってほしいと思っています。描いている途中で気づいたのは、 自分の作品の中に「3」と「6」という構造が繰り返し現れていること。六つの目を持つ魚。 三つの時間軸。 そして三つの星。この魚は泳いでいるというより、 思考の海を漂っている存在なのかもしれません。今回は、そんな「神髄」という作品について、 今の自分の思考と感覚をそのまま話しています。
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第32話「集大成であり、通過点 ― 層としてのわたし」
オープンアトリエ「存在と痕跡の祝祭」について。 今回の展示は、これまでの制作の集大成のようでもあり、 同時に、まだ途中にいるという感覚でもあります。カラフルだった時代、 今の深いトーン、 取得物コレクション、 そして“層”という考え方。終わりと始まりが同時にある、 その曖昧で確かな場所について話します。
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第31話「構造に風を通す ― 金の雲と“隙”の話」
最近、絵が“整いすぎている”ことに違和感を感じていました。 スキがない。呼吸ができない。そこに金色の雲を置いたら、突然風が通った。分断しているようで、ひとつの口を持つ魚。 構造と流動、完成と隙、そのあいだの話。今日は制作の途中経過をそのまま話しています。
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第30話「内の世界はいつもひとつ」
まるで名探偵コナン「真実はいつもひとつ」そんな言葉にも聞こえる、ひとは日々、あらゆる瞬間にたくさんの刺激を受ける現在、没頭中のアルミ線画の原点はメキシカンアートそこにタイから持ち帰った木との相性が抜群すぎるアジアと南米、そして装飾文化であり敬愛する画家のほとんどはオーストリアをはじめヨーロッパに線画の中にみる点描はアボリジニーと、あらゆる民族・地域の体現が詰まっている。
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第29話「拠り所はどこにある?精神をベースに生きるということ」
人は消える。肉体は終わる。でも関係性は終わらない。私の原体験・いないけど、いる・見えないけど、通じている・形はなくても、関係は続くという存在論と世界観について
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第28話「金額では計らない価値」
「作品」って聞くと、なぜか構えてしまう。でも実際、誰かの作ったものを手にしたとき、心は確かに躍る。これは答えを出す回ではなく、“なぜそう感じるのか”を考えながら話す回です金額では測れない価値について、静かに、つらつらと
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第27話「不定期定期 編集後記|引きこもりアクティブウィーク」
「編集後記」日々の断片をどう編集して出しているか、制作との距離感や、今の発信スタンスについてのメモみたいな回です。
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第26話「アーティストと経営者は水と油?」
最近、経営者系のコンテンツをよく見ていて気づいたことがあります。私はHow toやマネタイズに惹かれているのではなく、「周りに理解されなくても貫く精神」に共鳴していたんだな、ということ。アーティストは自己実現、経営は社会実装。一見、水と油のようで、でも完全に分離しているわけでもない。混ざるけど、溶けすぎない、そのあいだを探している感覚について話しました。最近は「居心地の悪さ」ではなく「違和感」という言葉を使いたい。消耗する違和感と、拡張される違和感。私は後者のほうへ、ズンズン行きたいと思っています。かわいいものを作る時間も、考えが止まっているように見える時間も、全部、次の言葉と制作のための準備期間。そんな最近の思考の記録です。
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第25話「社会との接続」
先日登壇した博多湾シンポジウムと前回、話した気候変動とアート、そしてアーティストと社会の関係について今考えていることを話しています。環境問題を伝えるためにアーティストになったわけではないけれど、気づけば現場に立ち、社会と接続していました。アートは答えを出すものではなく、世界をどう捉え、どう捉え直すかの記録だと思うこれは、その途中経過の音声メモ
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第24話「アートと気候変動」
年末に聞いた「アートこそ、消費社会の一員として気候変動に向き合うべき」という言葉今回は、ACCJの年末トークや海外の事例をきっかけに、「アートやカルチャーって、気候危機にどう関われるんだろう?」という問いについて、ゆるく話しています。答えを出す回ではありません。でも、アートができること、アーティストが立っている場所について、一度立ち止まって考える15分
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第23話「人生の目的、幸福とは」
人生の目的ってなんだろう、の今の思うところ伊藤淳二さんの『人生』って本を読んでいてこの本の冒頭で幸福とは現実を尊くとらえ、現実生活を豊かにすること何かのために人生を賭けるんじゃなくて、自己の根底に人生の目的を置く、とかいてあり、人生の目的?誰かのためではなく自分の根底の…外付けの目的ではなく日々をすごす中で感じていることなどなど新年一発目、話してみました今年もよろしくお願いします!
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第22話「まだ描ける、描けた」
作品の定義とはなにか?かわいい他者の表現への憧れと葛藤と描けたというより、まだ描きたい衝動があったことへの想い
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第21話「今だからこその確信と自信と、」
ただ年齢を重ねてきたとか逆な年齢は関係ないという話ではなく、積み上げた時間が言葉になったような開き直りや諦めではなく清々しい腹落ちの話無意識の意識は静かにおいて、そんな静かな話なのに少々、聞きづらいです。外で作業をしている途中で…だったのでネックウォーマーつけたままだったのを反省、ご了承ください!!!
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第20話「ジャーナリズムと哲学と思想と」
写真は平面だけど、完全に空間だった話東京都写真美術館で思ったこと感じたことジャーナリズム 、思想 、哲学写真を展示してる。じゃなくてもはや総合芸術!インスタレーション事実を伝えるだけじゃないどう見るか、どう関わるかをリアルを突きつけられた壁画に限らず絵を描いてるとき、作ってるときいつもこんなことをブツクサと考えたりなんたりしたながらやってんよ、の話
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第19話「宮崎、延岡編」②
宮崎県は延岡市、北浦中学校にて三年生のみんなとツリーを制作多くの人が「高校受験」というはじめての進路選択をするのでは?それを目前に控えて別れではないけど離れ離れになる寂しさとこれからへのワクワクと不安そんな中で、ふとしたときに思い出して欲しい故郷そんな思い出のツリーをつくりたいと発起人、森さんの思い。そのお手伝いをさせていただいた話
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第18話「宮崎、延岡編」
日常について話そうかと、それっぽいタイトルやテーマを設けると何かを意識して変になるというわけで、何もないただ日常をつぶやいてみた
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第17話「タイふりかえり③」哲学者ハイデガーにふれてみて
哲学者ハイデガーの著書「存在と時間」の手前「存在と時間 入門編」を読んでみて、ハイデガーさん、言ってること同じじゃん!という、なんとも調子に乗った読み方をしながら存在と現象と時間の関係性世界は関係性でできている。その、足し算なのか掛け算なのか…超個人的見解と新たな疑問と瞬間の直感で分かったつもりになっても喋ってみるとまたわからなくなるそれを繰り返している今日この頃です
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第16話「タイふりかえり②」Shangri-la
アーティストインレジデンス in Thailand振り返り第2回目いつも以上にお聞き苦しいところがあります、申し訳ないです!!私へのラベリングがない土地、タイで純粋に作品をみてもらうことができた幸せそんな幸せの境地、楽園?桃源郷?について
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第15話「タイふりかえり①」
アーティストインレジデンス in Thailandを終えて早10日、振り返り第一回目・タイへ行くことがきまって、・実際の現地で、・予想外しかないというか、予想してない・アーティストの肩書き? 一つに絞れなくていいという解
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第14話「世界は広くて近い」
今回のエピソードでは、タイでの滞在制作を通して感じた“世界は広いのに、手を伸ばせば意外とすぐ届く”そんな不思議な距離感について話しています。素材の出会い、人とのつながり、文化の違い。そのすべてが作品づくりを更新し続けてくれる瞬間。そんなタイで参加したギャラリーナイト、オープニングレセプションでの話
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第13話「不可解の愉快、愉快な不可解」
今回のエピソードでは、私が制作の中でよく感じる “不可解の愉快” についてお話しします。なぜアーティストは、誰に頼まれたわけでもない実験を重ね、自分で自分にツッコミを入れながら、それでも手を動かさずにはいられないのか。タイでの滞在制作で生まれた新しい線画の実験、プリミティブな表現への衝動、そして「創作する」という行為そのものが持つ不思議な喜び。つかみどころのない感覚を、言葉にできるところまで言葉にしてみました。制作に関わる人も、そうでない人も、少し肩の力を抜いて聴いてもらえたら嬉しいです。
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第11話「13年目の真実」
《ORINASU》として活動を始めて13年。「環境」や「循環」というテーマの奥に、本当に伝えたかった“存在の意味”が見えてきました。かたちを変えながら続いてきたこのプロジェクトの根っこ、そして今、なぜタイで制作しているのか──。“13年目の真実”として、これまで語らなかった思いや転換点を話しています。
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第10話【質問】「しばたみなみにとって“ごみ”あるの?」
「ごみ」って、なんだろう。誰かにとって不要でも、私にとっては“素材”かもしれない。存在をどう見るかで、世界の見え方は変わる。いただいた質問をきっかけに、“ごみ”と“存在”についてはなします果たしてアンサーになっているのか、「ごみ」ってなんだ?皆さまも是非、一緒に考えてみてください
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第9話「“祈り”は行為なのか、状態なのか」
祈りは特別な儀式ではなく、日々の中にある。整えること、手を動かすこと──その積み重ねが“祈り”になる。制作を通して見つけた、静かな祈りのかたち。
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第8話:「“境界”をほどく」
私たちは無意識のうちに「境界」を感じている。それは線を引くためではなく、混ざり合うための余白。異なるものが出会い、ひとつになる瞬間──その美しさを作品を通して探ります。
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第7話「“土地の記憶”と対話する」
旅先の風土に触れ、食を通して土地と溶け合う。その土地の「記憶」と対話するように暮らし、感じ、つくる。今回はタイでの体験を通して、“風土とフード”の関係を語ります。
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第6話「“時間”という素材」
誰にでも、何にでも誰にも知り得ない「時間」という素材がある。その積み重ねが“今”の自分をつくり、作品に深みを与える。待つこと、熟すこと──それ自体が創造の一部。素材と人、それぞれの「待機時間」が重なり合う瞬間について。
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第5話「なぜポップな色を選ぶのか」
好きだから、惹かれるから、無意識に選んでいる色知らず知らずのうちに選ぶ無意識な偏色祈り、原始性、生命の根源ポップな色彩の奥にある「生きること」への祈りの形など第五話「なぜポップな色を選ぶのか」
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第4話「作品ができる瞬間」
伝えたいという気持ちから始まった漂着物での作品づくり素材に導かれながらだいすきなモノづくりで伝えるアートという現象、モノに宿る心作品ができるまでの「前段」について。第四話「作品ができる瞬間」
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第3話「”存在感”ってなんだろう」
私の中で大きくなっていく「存在感」という言葉私自身、他者があり存在を認識する「ごみ」ってなんだろうからはじまった「存在」ってなんなんだろう「存在」と「不在」不在=不要=ごみ¿漂着物が放つ存在感意味が生まれる瞬間をめぐって。第三話「”存在感”ってなんだろう」
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第2話「拾うという行為について」
いいもんみっけたんで、目があっちゃったんで拾っちゃう。そもそも「ごみ」ってなんなん? 回収?制作?拾うことから始まる“対話”や、ビーチクリーンの中で感じたことについて話しています。第二話「拾うという行為について」
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第1話「なぜ、話そうと思ったのか」
福岡を拠点にアーティスト活動をしている「しばたみなみ」ですいつもは言葉を作品に乗せていますが自分の言葉で発してみる。という試みいわゆる「ごみ」と言われる廃材や海で集めた漂着物で作品を作ることについて前段ゆるく、ポッドキャストスタートしましたの第一話「なぜ、話そうと思ったのか」
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アーティストしばたみなみが「存在すること」そのものをテーマに語る、アートと哲学のポッドキャスト。廃材や漂着物を素材に命を吹き込むアートプロジェクト「ORINASU」を軸に、創作、自然、社会、そして“生きること”をめぐる思考をやわらかく紡ぎます。静かな夜に、アトリエの音や制作の合間の独り言のように。「在ることの意味」や「感じるということ」を探す人たちへ。あなたの“存在”にもそっと光が届くように。The Art of Being — Minami ShibataAn artist and storyteller, Minami Shibata explores the meaning of existence through art, philosophy, and everyday reflections.From her project “ORINASU”, which transforms discarded materials into new life,she shares gentle thoughts about creation, nature, and the beauty of simply being.A quiet space for those seeking connection, reflection, and the art
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