EPISODE · May 10, 2026 · 15 MIN
#25 【障害関連の言葉】言葉遊びは楽しいなー
from 見えない世界を、生きる · host ゆう
【iPhoneをお使いの方へ】この番組はiPhoneに最初から入っている紫色の「Podcast」アプリでも聴けます。アプリ内で『見えない世界を、生きる』と検索して、+ボタン(フォロー)を押すと、次回から通知が届きます。生まれつき目の見えない私が、普段考えていることやライフハックを語る番組「見えない世界を、生きる」。第25回のテーマは、「視覚障害関連の言葉と『多文化存在社会』の提案」です。今回は、普段私が考えている「言葉」についての持論を語ります。言葉の配置による印象操作や認知の仕組みから、過剰な用語の言い換えがもたらす息苦しさ、そして無理に理解し合おうとする「多文化共生社会」ではなく、ただそこに在ることを認める「多文化存在社会」というドライな距離感についてお届けします。【トピックス】 * 言葉の配置で変わる印象とフェイクニュース 「キャバクラでバイトする女子大生」と「昼間大学に通うキャバ嬢」。同じ事実でも基準点(アンカー)をどこに置くかで人間の評価は容易に操作されるという、認知の不思議と事実の切り取りについて。 * 過剰な言葉の言い換えとジョージ・オーウェル『1984年』 「Ladies and Gentlemen」の撤廃など、不自然な言葉の操作について。ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する思考を制限する言語「ニュースピーク」を引き合いに、言葉を無理やり変えることへの違和感を語ります。 * 「弱視」から「ロービジョン」への違和感 障害関連用語(バリアフリー、ロービジョン、ダイバーシティなど)の言い換えについての個人的な見解。「弱視」を「ロービジョン」と言い換えることで生じる、まるで必殺技やジョジョの奇妙な冒険のスタンド能力のような響きに対するツッコミ。 * 「多文化共生社会」ではなく「多文化存在社会」へ 無条件の理解や配慮を強要する「共生」の息苦しさへのアンチテーゼ。互いに干渉しすぎず、ただそこに存在することを認めるだけの「ドライな距離感」と、フラットな人間関係の提案について。※番組へのご意見・ご感想、話してほしい話題のリクエストはコメント機能や以下のフォームからお寄せください→ https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSechZTYE7fFPzBFE-4jZLmHE9s8tyGQ34ZTjH6MyAF5TDl5SA/viewform?usp=publish-editor
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