EPISODE · Dec 26, 2025 · 14 MIN
ボイスドラマ「二千本桜」
from ヒダテン!ボイスドラマ · host Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会
荘川の地に咲いた、一本の奇跡の桜。そして、その桜に人生を捧げた、ひとりの青年。御母衣ダム建設によって移植された「荘川桜」・・・その前に現れたのは、静かに佇む青年・りょう。彼が出会ったのは、人ではない“桜の精”さくらでした。太平洋と日本海を桜でつなぎたい・・・そんなひとりの車掌の夢は、やがて二千本の桜となり、本物の「さくら道」として、この地に遺されていきます。実話をもとにした、切なく美しいファンタジー。「桜を守った人」と「人を見守った桜」の物語を、ぜひお聴きください。【ペルソナ】・さくら(500歳/CV:岩波あこ)=荘川桜の精。復活した荘川桜の下でりょうと出会う・りょう(34歳/CV:岩波あこ)=白鳥出身の路線バス車掌。さくらに惹かれていく【プロローグ:4月末/荘川桜/開花】■SE/小鳥のさえずり/湖面のさざなみ「おかえり・・・」1970年4月。10年前に移植された荘川桜が初めて薄紅色の花をつけた。一重咲きのエドヒガンザクラ。ダムの底にある、寺の境内にあったときの姿そのままに。桜の前では、ダムに沈んだ村の人たちが寄り添って泣いている。その中にひとり。声にならない声をあげて、感極まっている青年がいた。もう1時間以上もずっと私の方を見つめている。「よく・・戻ってきたなあ」そればかり繰り返している。うふふ・・面白いひと・・私は興味がわいて、ゆっくりと彼の前へ。つい悪戯心が働き、声をかけてしまった・・・「あなた、中野(なかの)の人?」「え・・・」・・・驚いた・・私が見えるの?彼は視線を落とし、私の瞳を見つめる。「きみは・・・」「私・・・?私は荘川桜の・・・・・櫻守・・かな」「桜守・・・えっと、ぼくはリョウ。家は中野じゃなくて白鳥だよ」「お隣ね」「バスの車掌なんだ」「あら。珍しい」「名古屋から金沢を結ぶ長距離路線さ」「そう。じゃあ、太平洋と日本海をつなぐお仕事、ってことかしら」「太平洋と日本海を結ぶ・・・・・いい言葉だ」「私、海って見たことないの」「え・・」「そもそも、無理な話だもの」「見られるよ」「え・・・?」「ダムの底に沈むはずだったこの桜だって、いまこうして御母衣湖を見下ろしているんだもの」「でもどうやって・・・?」「桜と桜をつなぐんだよ」「まあ・・・」「ずっと桜を前にして思ってたんだ」「なあに・・・」「こんな、心が震えるような思いを、分かち合いたい」「まあ・・・」「ひとりでも多くの人に、この気高い姿を見てほしい」「あ・・・」「どうだい。凛々しくて、大きくて、包み込むような優しさ」「うん・・・」「ちっぽけな悩みなんて、くだらないって思えてくる」「そうね・・・」「いま世界中でおこっているような争いごとなんて、ばかばかしくなってくるよ」そう言ってリョウは、目を輝かせた。花びらは、はらはらと静かに舞い落ちる。儚げな淡い桜色の風景。荘川の村人たちはみな、希望に満ちた表情で老木を見つめていた。【シーン1:5月頭/荘川桜/落花盛】■SE/小鳥のさえずり/湖面のさざなみ「さくら、見てごらん」2週間後。五月晴れの荘川桜公園。落花盛んな荘川桜が御母衣湖に花筏を作っている。車掌のお仕事が非番の日の午後。足元にリョウがしゃがみこむ。「これ・・根あがりだろ」ああ・・蘖(ひこばえ)たちね。幹の周りに芽吹いた子どもたち。「ちゃんと芽吹いてるんだ・・」そうよ。だって生きているんだもの。「やっぱり・・すごいよ。命がつながってる」ちらほらと顔を出した蘖たち。自分たちはここにいる。生きているんだ、って主張して。「この子たちを連れていってあげよう」目をきらきらさせてリョウが呟く。「荘川に芽吹いたほかの兄弟たちもいっしょに」そういってリョウが取り出したのは、小さなスコップ。蘖を傷つけないように、土の中の小さな生命をすくい取っていく。この人は、本当に桜に優しい。【シーン2:夏/名金線鳩ヶ谷/白川郷】■SE/セミの鳴き声/バス走行音それからリョウは、非番になると私のところへやってきた。蘖や苗木を探して、バス路線に桜の苗を植えていく。まずは荘川桜に近い、白川郷の鳩ヶ谷(はとがや)停留所から。「停留所に桜が咲いたら、みんな喜んでくれるかな」そりゃ嬉しいに決まってる。春が待ち遠しくなるはずよ。桜を植えるのはバス路線。名古屋方面へ向かって。正ヶ洞(しょうがほら)。前谷(まえだに)。北濃(ほくのう)。向小駄良(むかいこだら)。そしてリョウの家がある美濃白鳥(みのしろとり)へ。「小さい子は5年くらいかかるかな。大きな苗木なら来年には花をつけるだろう」嬉しそうなリョウの顔。私を見て、子どもみたいに笑う。「最近は、バスに乗ってても窓の景色が気になるんだ。あ、ここに桜が咲いたら、きれいだろうなあ。長良川のここの堤防に植えたら、美濃の人たちも花見できるかな。って、そんなことばっかり考えてる」リョウ、こんな表情するんだね。桜に夢中になってくれて、私も嬉しい。「桜のトンネルができたら楽しいだろうなあ」「リョウ、あなたいくつ?」「34。さくらは?」「私?私は500歳よ」「またそういうことを言って」「だって・・・ほんとだもん」「ようし、日本海へもつなげないと」そう言って今度は、荒田町島(あらたまちじま)、城端(じょうはな)、福光(ふくみつ)へ。すべての停留所には、桜の並木がつながった。子どもたちもみんな、すごく、喜んでる。春になれば幸せそうに舞い上がる桜吹雪。御母衣ダムなんてほんのりピンクに染まるほど。リョウは持ち前の明るい性格がどんどんヒートアップしていく。非番の日だけでなく、バスに乗り込むときはいつも桜の苗木を持ち込んだ。「はい、停車します」停留所じゃないところでバスを停止させる。バスを降りるリョウの手にはスコップと桜の苗木。リョウがスコップで掘り、運転士が桜を植える。乗客は微笑んでそれを見守っていた。気が付けば、桜の並木は、二千本。名古屋から、岐阜を通り、美濃、荘川、白川郷、金沢、そして輪島まで。まだ幼い若木たちが作る、小さな桜のトンネル。それは沿線のひとたちの未来を桜色に染めていった。【シーン3:春/落花盛な荘川桜】■SE/小鳥のさえずり/湖面のさざなみ初めてリョウと出会ってから13年。名古屋から金沢へ。太平洋から日本海まで、もう少しで桜のトンネルはつながる。みんなが期待して待ち望んでいたとき。リョウと連絡がとれなくなった。どうしたの?あんなに毎日、私のところへやってきて。君の顔を見ないとやる気がでない、って言ってたのに。私、必死であなたを探したわ。あなたが植えた桜の花びらをたどって・・・【シーン4:冬/寒さに耐える荘川桜】■SE/吹雪の音/病院の部屋「よくここがわかったね」「ずいぶん探したのよ」「すまない。きみに連絡をとる方法がわからなくて」「荘川桜が散ってしまう前に、なんとか見つけなきゃって」「ああ、そうか」「あなた、荘川桜の蘖たちをいろんなところに植えてくれたでしょ。花びらは私の眷属だから。開花するまで待って、それを辿ったの」「そうだったね」「桜のトンネルは完成したの?」「うん。あと少しだったんだけど・・」「やだ。なに弱気になってるの。がんばって。早く良くなって」「ああ・・」「聞いたわ。車掌さんの給料だって、ぜんぶさくらのためにつぎこんだんでしょ」「うん・・」「桜も大切だけど、自分のことももっと考えて。私、前にも言ったじゃない」「そうだっけ・・」「リョウが桜を植え続けられるのは、あなたの周りにあなたを支えてくれる人たちがいるからだって」「そんなこと言われたっけ?「言ったわよ。みんながあなたのことを考えてくれるからリョウも私も、こうしてやりたいことをやってられるんだよ」「そうだね・・・」「ねえ、リョウ・・」「なんだい?」「私を海へ連れてってくれるんでしょ」「うん・・・だけど・・・」「どうしたの?」「さくら、お願いがあるんだ」「なあに?」「ぼくがもしいなくなっても、桜の並木を植え続けてくれないか?」「私が?」「だってこんなこと、さくらにしか頼めない」「・・・・・・わかった。いいわよ。そのかわり、早く元気になりなさい」「ありがとう。さくらに会えてよかったよ」リョウは私の顔を見つめて、静かに微笑んだ。潤んだ瞳に私の顔が映る。私の笑顔を見たリョウは、安心して、静かに目を閉じた。【シーン5:春/輪島に咲く桜】■SE/波の音「さくら、ありがとう」「いやね。私じゃないわ。あなたの意志を継いだ、いろんな人たちが実現させたこと」「君がいなければできなかった」「それは、あなたの周りの人たちに言いなさい」「そうだね」リョウが植え続けた桜は、いろいろな人の意志に引き継がれて太平洋から日本海・輪島まで、しっかりつながった。毎年春になると、沿線の桜は淡い薄紅色の景色を作り出し、みんなリョウと荘川桜を思い出す。金沢の兼六園には、リョウの名前のついた桜まであるそうだ。うふふ。らしいな。そういえば、リョウは私の子どもたちひとりひとりに名前をつけていた。みんな、ちゃんと覚えてるよ。あなたのことを自分の親だと思ってるから。
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