EPISODE · Mar 5, 2025 · 13 MIN
ボイスドラマ「パラドックス」
from ヒダテン!ボイスドラマ · host Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会
『パラドックス』は、H・G・ウェルズの名作『タイムマシン』に敬意を表しながら、現代の科学と哲学を絡めたオリジナルの時間遡行譚です。(CV:桑木栄美里)【ストーリー】<シーン1:高山駅/2023年12月31日>■SE/高山駅前の雑踏「クレタ人は嘘つきだ。とクレタ人が言った。考えたんだけど、これパラドックスじゃないかも」「もう仕事のこと考えるのやめたら。今から温泉行くんでしょ。ゆっくり楽しんできてよ」「でも・・・君と一緒に新しい年を迎えられないのは辛いなあ」「しょうがないでしょ。所長から急遽頼まれちゃったんだもの。総務省との新年会議。代理で出てくれって」■BGM〜waiting-at-the-station-348876098.wav2023年の大晦日。高山駅で、彼を見送る。本当は2人で行くはずだった年末年始の北陸旅行。私だけ仕事の都合で行けなくなってしまった。彼は延期しよう、と言ったけど、キャンセル代がもったいない。私が背中を強く押して、ソロ旅行を楽しんでもらうことにしたんだ。「所長によろしく伝えといて」「やあよ。そんな嫌味なこと」私と彼は、同じ職場で働く同僚。大きい声では言えないけど、AI秘密研究組織「Takayama AI Cyber Electronic Labo=TACEL(ターセル)の研究員である。初めて聴く人のためにあらためて説明しよう。TACELとは、高山市役所の地下15階にある政府の秘密期間。私も彼も最先端デバイス開発部門で働く理論物理学者なのだ。「温泉、楽しんできてね」「次は必ず付き合うこと。約束だぞ」「りょうかい」◾️BGM:reminiscence-cello-soloist-348542027.wavその約束は果たせなかった。2024年元旦に北陸を襲った大地震。TVのニュースが犠牲者の名前を伝える。その中に彼の名前が載っていた。<シーン2:研究室/2024年1月1日>◾️BGM:burying-a-friend-346768844.wav結局、政府は対応に追われ、新年の会議も中止となった。なんのために、彼は一人で死んだの?こんなことなら、私も一緒に行けばよかった。考えても仕方のないこと。それでも私の頭の中には、後悔の念が駆け巡る。どうしようもない思いに心が砕けそうになったそのとき。小さな思いが心に火を灯した。過去に戻れば彼を救えるのでは・・・。彼と共同研究していたプロジェクト。テーマは『一般相対性理論の到達点』アインシュタインが作った物理の理論を応用してタイムマシンを研究開発していたのだ。タイムマシンなんてSFの世界、と思ったら大間違い。現実の世界でも、あと10年もすれば実用化される。『速く動くほど時間の流れは遅くなる』アインシュタインの特殊相対性理論を進めれば未来へ行くことはできる。難しいのは過去へ行くことだ。だが私たちは一歩先を行く研究開発をしていた。過去形なのは、チーフエンジニアだった彼がいなくなったから。私ひとりで研究を続けることは物理的にも人材的にも不可能。事実、所長はすでにプロジェクトの中止を決めた。それでも、彼を救うためには、やらなければならない。悲壮な思いで私は心に誓う。ところが、今回の彼が亡くなったことを重く見た総務省は新たな補助金を交付。研究費はなんと10倍に増額された。これを受けて、プロジェクトは再び始動。2人の優秀なアシスタントもつけてもらった。私は、寝る間も惜しんで研究開発を続ける。所長から、少しは息抜きしないと・・・と心配されたけどそんな時間はない。私が生きている間に完成させないと。タイムマシンの意味がない。<シーン3:研究室/2024年12月31日>一年後の大晦日。奇跡的なスピードでプロジェクトは終わりに近づいていた。前日にタイムマシンのプロトタイプが完成したのだ。アシスタントたちに年末年始休暇をとらせ、私はひとりタイムマシンに乗り込む。行き先はもちろん、1年前。<シーン4:高山駅/2023年12月31日>■SE/高山駅前の雑踏「クレタ人は嘘つきだ。とクレタ人が言った。考えたんだけど、これパラドックスじゃないかも」「待って!やっぱりやめて!行かないで」「え?どうして?キャンセル代がもったいないって言ったの君だろ」「わかってる。だけど今の私はあのときの私じゃないの」「どういうこと?」私は彼にゆっくりと説明する。タイムマシンが完成して、私が未来からきたこと。旅行を止めるのはそれ相応の理由があること。大地震のことは・・・言えない。実は時間移動の研究中、2人で決め事を作った。タイムマシンで過去に戻ったときにやってはいけない4つの不文律。歴史の改変。個人的な利益の追求。パラドックスを引き起こす行動。自身の安全を危険にさらす行動。過去への介入や行動には、倫理的・物理的な問題が関わってくる。私が未来から来たことについて彼は冷静に耳を傾け、うなづいた。私は胸を撫で下ろす。彼が理論物理学者で本当によかった。旅館にキャンセルを入れ、私たちは高山駅から市内のアパートへ。「飲み物買ってくるよ」道路を渡って自販機へ走る彼。そのとき、■SE/急ブレーキの音反対車線の車が雪でスリップ。横断歩道の彼に突っ込んだ。「いや〜っ!!」<シーン5:タイムループの果てに>それからは、何度過去へ戻っても結果は同じ。必ず、予期せぬアクシデントが勃発する。結局、彼の命を救うことはできなかった。どうする?どうすればいい?やり直す時間はたっぷりあるのに、気が動転して何も考えられない。<シーン6:80万年後の世界>私がくだした結論は、『未来』。過去を遡ってもどうにもならないのなら、未来に答えを見つける。100年後の2124年に行き、未来の理論物理学者に相談してみよう。そのつもりだったが、マシンの入力フィールドにバグが発生。自動停止したのは、なんと80万年後の未来だった。ここは・・・見渡す限りの荒涼たる砂漠。砂埃で目も開けていられない。人影も見当たらないようだ。人類は滅亡してしまったのか。地球温暖化に警鐘を鳴らしていながら21世紀の人間はなんにもしてこなかったからなあ。あ。岩の向こうに人が!待って。止まって。思わずその手をつかむ。驚いた。細い。私もかなり細い方だけど私の半分くらいしかないんじゃない?まるで木の枝を掴んでいるみたい。顔を見ると10歳くらいの女の子だ。言葉、わかる?だめか。ここは日本じゃないのかな。いや、もう国という概念なんてないのだろう。人類はひどく退化してしまったのかもしれない。そのとき、大きな岩の向こうに別の視線を感じた。敵意にあふれた視線。私は女の子を連れてタイムマシンへ戻る。ここに隠れて。女の子をマシンに乗せた瞬間、岩陰から私よりも大きな人影が現れた。原始人のような姿形。しかも何体も何体も。これは・・・まずい!咄嗟にマシンに乗り込み、操作する。お願い!動いて!運良く、タイムマシンは作動した。行き先は、2023年12月31日。<シーン7:帰路/タイムマシンにて>マシンの中で私は女の子に語りかける。「言葉がわからなくてもいいから、聞いて。あなたを今から2023年の高山AI秘密研究組織=ターセルへ連れていく。そこで所長に預けるわ。きっとあなたにとって良い方法を考えてくれるはず。80万年後に出会ったのも何かの縁だもの」『エロイ』「え?エロイ?あなたはエロイって言うの?」女の子は、しきりに自分を指差して『エロイ』と繰り返す。そして、空を指差して『モーロック』と言う。自分の口へ、『エロイ』といいながら何度も指を入れる。そんな・・・まさか・・・さっきの原始人が『モーロック』?『エロイ』を食べるってこと?いやいや。そんな馬鹿げた話。考えるのはもうやめよう。帰ってきた2023年の大晦日。所長にエロイを預けて、私は何も告げずに高山駅へ向かう。タイムマシンは基盤を外して、プログラムを書き換えたからもう動くことはない。駅の改札にいる彼が私を見て口を開いた。「クレタ人は嘘つきだ。とクレタ人が言った。考えたんだけど、これパラドックスじゃないかも」「いえ、パラドックスよ。嘘つきじゃないクレタ人がいないとこの話は成立しない。因果律には抗えないもの。一切のものは何らかの原因から生じた結果。原因がなくては何ものも生れない」「なんだ。あんなにパラドックスだって言ってたのに」「考えが変わったの」だって私、実践したんだから。どうして、何度過去へ行っても彼を救えなかったのか。それは、因果律。彼が死ななければ、タイムマシン制作の補助金は降りない。補助金が降りなければ、タイムマシンを完成させることはない。彼を救えば存在しなくなるタイムマシンで、彼を救えるはずがない。クレタ人は全員が嘘つきではないってこと。私はスーツケースを目の前に置いた。「さ、行きましょう」『え?どこへ?』驚いて目を丸くする彼に笑顔で答える。「所長に直談判して休暇をもらったわ。私も一緒に温泉、行くわ」過去を少しくらい変えても私たちがいなければタイムマシンは完成しない。これで私たち2人の人生に明日以降はなくなるだろう。せめて、今晩はゆっくり温泉と最後の晩餐を楽しもう。
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