EPISODE · Mar 6, 2026 · 17 MIN
ボイスドラマ「いきびな」
from ヒダテン!ボイスドラマ · host Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会
飛騨生きびなまつり。それは陸上部キャプテンの月愛にとってラストランだった・・・走ることにすべてを捧げてきた少女が、走れなくなった春に出会った“もう一つの歩み”を描きます・・・【ペルソナ】・月愛(かぐら=18歳/CV:小椋美織)=高山市街地の高校3年生。女子陸上部キャプテン。父は地元一之宮町の神社で氏子総代をつとめる・静馬(しずま=17歳/CV:日比野正裕)=高山市街地の高校3年生。男子陸上部キャプテン。地元奥飛騨温泉郷・上宝から陸上推薦で市街地の高校へ・月愛の後輩=もも(17歳/CV:高松志帆)=月愛の後輩・月愛の父(48歳/CV:日比野正裕)=飛騨一宮水無神社の氏子【シーン1:6月/女子陸上岐阜県大会】■SE/長良川競技場の歓声「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」「今年こそ!」全国インターハイの最終予選。女子3000メートル。飛騨地区予選を勝ち進み、県大会の決勝までたどりついた。「負けない!負けたくない!」6月だというのにトラックを焦がす日差し。ラスト、100。私の前には、誰もいない。「よし、いける!」「このまま逃げ切りたい」そう思った瞬間。私は左胸を手のひらで抑えた。ウェアの裏側に縫い付けたお守り。左胸に目をやり、無意識に顎を引いてしまった。後ろから追い上げてくるライバルの息遣いが聞こえてくる。■SE/ゴールの大歓声100分の1秒。瞬きよりも短い時間。隣を駆け抜けたライバルの胸が、私よりほんの数ミリ、先に白線を越えた。陸上競技のゴール判定は、胸の突き出し、いわゆる "トルソーの通過”で決まる。ゴール直前、顎を引いて下を向いてしまった私は、横から”胸を突き出した”ライバルに判定で負けてしまったのだ。たったひとつの過ちが、私の夏を、3年間の陸上生活を終わらせた。私の名前は、月愛。高山市内の高校に通う三年生。春からは東京の女子大へ進学する。陸上部キャプテンの私にとって、最後の夏。男子陸上部とともに飛騨地区の予選を勝ち上がり、ここ長良川競技場でインターハイ出場をかけた決勝に挑んだ。なのに・・・大歓声のなか、鋭い視線を感じて顔をあげる。スタンドに座る、男子陸上部キャプテンの静馬。無表情に見つめているけど、きっと心の中では嘲笑っているはず。ああ。よりによって・・・こんな無様な姿をあいつに見られるなんて。静馬は、奥飛騨温泉郷のある上宝町の中学校から陸上推薦で入学してきた。言ってみれば、中学陸上界のサラブレッド。2年生でキャプテンになった静馬と私は、なぜかソリが合わない。実際に顔を合わせることはほとんどないんだけど・・・男子陸上部と女子陸上部の確執は深い。グラウンドの利用をめぐっては毎回言い争い。早朝にひとりトラックを走っていると、必ず後ろから追い抜いていくのが静馬。得意げに走り去る背中を、いつも見せつけられていた。そして、血の滲むような思いで更新した私の自己ベスト。それをいともあっさりと塗り替えていったのも静馬。わかってる。そんなん単なる僻み。だけど私、自分の実力にダメ出しされているようで、記録会のたび、本当に傷ついた。すべてが終わった夏。客席のざわめきは、いつまでも私の耳にまとわりついていた。【シーン2:3月/卒業のあと〜掌の繭玉】■SE/トラックの練習風景年が明け、卒業式が終わっても、私はトラックを走っている。後輩たちと一緒に。去年、私の失態でインターハイ出場を逃したことがいまだに心にのしかかっている。せめて3月いっぱいまでは後輩たちの伴走者になりたい。私が果たせなかった夢を叶えてほしい。そんな思いが私を支配していた。二年生の静馬は来季に向けて、もう始動している。私のくせは、左胸に手をあてること。理由は、3年間ユニフォームの裏側に縫い付けていたお守り。卒業式のあと、私は お守り袋の糸を解(ほど)き、掌へ置いた。中学に入った年、母が手渡してくれた大切な護符。作ったのは母の祖母、つまり私のひいおばあちゃん。若い頃は、岡谷の製糸工場で働く糸引き工女だった。1952年。第一回目の「生きびな祭り」。18歳のひいおばあちゃんは、后役として生きびな行列に参加。そのあと水無神社のお守りを持って岡谷へ向かったという。当時は国鉄を乗り継いでも8時間以上かかったんだって。ひいおばあちゃんは岡谷でお守り袋の紐を解き、自分が引いた生糸で編み直した。それがこのお守り。今でも真珠のような絹の輝き。それを、うちでは代々の女性が受け継いできた。病室の母は、私に手渡すとき、「月愛。これを持って、いつか生きびな行列に参加してね」そう言って微笑む。「生きびな祭りにはね、女の子の幸せを願う、っていうひな祭り本来の意味もあるのよ」「だから、ひいおばあちゃんは大きな病気や怪我もなく人生を全うしたわ」「私はとうとう参加できなかったから・・・」私は言葉につまる。「やめてよ・・縁起でもない」「月愛の后姿、見たかったなあ・・・」「だからやめてって」普通は、后姿じゃなくて、花嫁姿でしょ。一之宮で生まれ、一之宮で育った母らしい。結局、母に后姿を見せることはできなかった。今年、私は締切ぎりぎりで生きびな行列に応募した。しかも、父には黙って。氏子をつとめる父にはあえて言わなかった。「后役」を含む「生きびな」の役職が最終決定するのは当日。私は通知がきたとき、父にさりげなく伝えた。「とうさん、私、生きびな行列に出ることになったよ」そう言うと、ひとことだけ、「そうか・・よかったな」いつもより優しい顔で言葉を返した。外は弥生の雪。水無神社も今頃は白い世界に染まっているだろう。【シーン3:3月終盤/OG月愛の伴走】■SE/トラックの練習風景3月の最終日。後輩たちと伴走する最後の日。私たちは、大八賀川のほとりを走った。一ヶ月前には白線流しをした堤防。「折り返しのラスト500よ!ここから粘ってね」と、その時。堤防の降り口から、原付バイクが、勢いをつけて坂を駆け上がってきた。「危ない!」先頭を走っていた一年生の後輩は、固まって動けない。私は、考えるより先に体が動く。後輩の細い肩を全力で突き飛ばす。代わりにはじき出されるようにして、堤防の急な斜面へと転落した。ゴツン、という、生々しい音が響く。右足が、斜面に突き出た土留め石に、激突した。視界の端には、薄紅色のつぼみを膨らませた桜の枝。やってしまった・・・右足の感覚が、鈍い痛みに変わっていく。これは・・・よくて捻挫。最悪の場合は、骨に・・・いや、悪いことを考えるのはよそう。「先輩! 月愛先輩!」後輩たちが慌てて駆け寄ってくる。その後ろに、男子陸上部の顔も。彼らも春の競技大会を目指して毎日走ってるんだ。冷たい顔で、うずくまる私を見ていたのは静馬。またしても、失態を見られてしまった・・・3日後に開催される生きびな行列が私の脳裏をかすめていった。【シーン4:4月3日/生きびな行列】■SE/小鳥のさえずり生きびな祭りの朝。私は痛みをこらえて、水無神社へ。配役は、后役。やった・・かあさん、見てる?約束、ちゃんと果たすからね。 午後からの生きびな行列に向けてメイクと着付けをしてもらう。重さ20kgを超える十二単。うまく歩けるだろうか。早朝、病院で痛み止めの注射をしてもらった。それでも、足の疼きはおさまらない。メイクさんが緊張をほぐそうと冗談を言ってくれる。私は、無理やり口の端(は)を上げて笑った。午後1時。神事のあと、いきびな行列が出発。旗持ちを先頭に、稚児。五人官女。右大臣。左大臣。そして私、后にお内裏様が続く。まさに大迫力の平安絵巻。大丈夫。いきびな行列の距離は、たった1km。陸上の3000mに比べたら大したことないわ。私は自分に言い聞かせる。笙の音が響くなか、境内を出発した行列は参道へ。大丈夫大丈夫。痛み止めの薬も飲んでいるんだから。行列は参道から沿道へ。たった数段の階段が、足の痛みを呼び戻す。足元は白足袋に浅沓(あさぐつ)。その中は、薄手の伸縮性テーピングをフィギュアエイトに固定している。これなら外からは見えない。浅沓の鼻緒は少し緩め、かかとにはクッション性の高い中敷きを忍ばせた。長襦袢の胸元には、もちろん、ひいおばあちゃんのお守り。砂利の参道へ着地したとき、痛みで一瞬立ち止まった。後ろで十二単の裾を持つ女官たちが不安になっている。あ、止まっちゃだめだ。歩き続けないと。大鳥居をくぐり神橋(しんきょう)を渡る。なんとかこらえて、一歩一歩踏みしめるように沿道を歩く。折り返し点を過ぎて再び、参道へ向かった。ラスト100。陸上なら体力をふりしぼってスパートをかけるところ。ふふ・・こんな状況でも陸上を思い出すなんて。もうすべて終わった世界なのに。あ、だめだ。激痛が襲ってくる。顔がゆがみそう。我慢できずに立ち止まった。私は足元を見る。そのとき・・「下を見るな」「前を向け」え?だれ?いや、あの声は・・・私は痛みと十二単の重さで振り返れない。「足首で歩かずに、丹田に重心を落とせ」この声!間違えようもない、この声は・・・静馬!なんで?どうして?裾持ちの女官の後ろ・・傘持ち?なんで静馬が?※続きは音声でお楽しみください。
Embed this episode
NOW PLAYING
ボイスドラマ「いきびな」
No transcript for this episode yet
Similar Episodes
No similar episodes found.