EPISODE · Apr 23, 2025 · 20 MIN
ボイスドラマ「湯上がり美人の郷」
from ヒダテン!ボイスドラマ · host Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会
東京の喧騒を離れ、ひとり旅に出た男性がたどり着いたのは、深い山あいに湧き出る奥飛騨温泉郷。その静寂と湯けむりの中で出会った、ひとりの若き女将との偶然の邂逅(かいこう)――『湯上がり美人の郷(さと)』は、都会で傷ついた心が、温泉と人のぬくもりに癒されていく過程を描いた、心洗われるラブストーリーです。高山市奥飛騨温泉郷・上宝地区の新穂高温泉を舞台に、地元の文化や食、そして“はんたいたまご”のようにじんわりと心に沁みる出会いを、繊細な描写とともにお楽しみください。この物語は、「ヒダテン!Hit’s Me Up!」公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Apple Podcastなど各種配信サービスでお聴きいただけます。また、「小説家になろう」でもテキスト版をご覧いただけます。<『湯上がり美人の郷(さと)』>【ペルソナ】・主人公:シズル(28歳)=東京のグラフィックデザイナー。失恋してふらりと旅に出た(CV:日比野正裕)・若女将:ミオリ(24歳)=新穂高温泉の老舗旅館の娘。つい最近母を亡くして若女将に(CV:小椋美織)【資料/新穂高温泉「新穂高の湯」】https://www.okuhida.or.jp/archives/2204【資料/濃飛バス「バスタ新宿→平湯温泉」】https://www.nouhibus.co.jp/highwaybus/shinjuku/[シーン1:東京・新宿のカフェ】◾️SE:カフェの雑踏「さよなら」「え?」「今までありがとう」「どういうこと?」「じゃあね」別れは突然やってきた。初夏の足音が聞こえ始める頃。新宿のカフェ。2年間付き合ってた彼女は、最後通告をするなり店を出ていった。追いかけることもできずに、頭の中は茫然自失。自動ドアが静かに閉まり、朝の空気がすうっと入り込んでくる。思えば、2年間彼女を待たせ続けていた。なのに、口から出るのは思っているのとは反対の言葉。「将来のこと?そんな未来のこと、考えたこともないよ」本当は迷っていた。自分の仕事で生活をしていけるのか 。でも、彼女にはいつも軽口を叩いていた。私の名前はシズル。池袋のデザイン事務所で働くグラフィックデザイナー。彼女は出版社の編集だった。だった・・?ああ、もう脳内では彼女との関係が“過去形”になっている。他人(ひと)からはよく、”優しい方ですね”なんて言われるけど、それって、褒め言葉じゃないよな。今なら、よくわかる。心の中はひどい天邪鬼だし。彼女なんて、私のこと「ジャック」なんて呼んでからかってた。これから、どうしよう・・・まさか、デートの日、会ったばかりでフラれるなんて、考えてもいなかったから。そういえば、デートの行き先、最近はいつも彼女が考えてたっけ。これか。こういうのが、たまってたんだなあ・・だめだ、負のスパイラルに迷い込んでしまっている。落ち着いて、まず、身の回りのものを見てみよう。いま、持っているのは・・・スマホと・・スマートウォッチと・・ノートパソコン。と、あんまり中身の入っていない・・財布。これで、なにができる?どこへいける?どこへ・・・?冷めたカフェラテをすすりながら、ふと顔をあげると、視線の端に巨大ビジョンのサイネージ。『湯上がり美人の郷(さと)』いいコピーだな。どこだろう・・・奥飛騨温泉郷(きょう)?それって、どこだっけ?高山?岐阜県高山市・・・今日中に着けるのかな・・スマホでサクっと調べてみる。あ、新宿から高速バスが・・・出発は?11時5分。間に合うな・・・[シーン2:平湯温泉バスターミナル】◾️SE:バスターミナルの雑踏「さむっ」奥飛騨って・・標高高いんだな。にしても、平湯温泉まで片道5時間か。距離にして300キロ弱。道中、長かった・・・だって、彼女のこと考えて、全然寝れなかったから。まあ、いいや。時間はたっぷりあったから、どこへ行くかも決めておいたし。奥飛騨温泉郷(きょう)・・じゃなくて、奥飛騨温泉郷(ごう)の新穂高温泉。乗合バスで30分か。ちょうどいい距離感だな。目的は、立ち寄り湯。ポスターのビジュアルがその『新穂高の湯』という温泉だった。露天の岩風呂。ゆったりと湯浴みをする女性の後ろ姿。後ろ姿なのに、湯けむりの向こうで微笑んでいるのが伝わってくる・・・ような気がした。平湯バスターミナルで、温泉卵を食べながらコーヒーを飲む。食べ終わる頃に乗合バスがやってきた。[シーン3:新穂高の湯】◾️SE:湯浴みの音/湯気の滴る音/川のせせらぎ/カワセミの声「あ〜〜〜」「いい気分」「来てよかったぁ」新穂高の湯。本当に野趣あふれる大自然の中の露天風呂。こんなとこが、あるんだなあ。ポスターに惹かれてきちゃったけど、実物の方が何倍もいい。シズル感。デザインをするとき、よくこの言葉を使う。私の名前と同じ。視覚を刺激して表現する手法。さんざん使い倒したけど、現実のパワーにはかなわない。くだらないことを考えるのはやめて、ゆっくりと目を閉じる。湯あたりするまで、入っていようかな。なんて、考えていたとき。「失礼します」え?なに?なに?おそるおそる目を開けると、岩風呂の反対側で若い女性が湯に浸かっていた。しかも、裸で・・・って、当たり前か。お風呂だから。な、な、なんで?「あ、ご存知なかったですか?ここ、混浴なんですよ」こ、こ、こんよく〜!?「みんなちゃんとマナーを守って、いいものですよ。混浴って」知らなかった。人生初の混浴。しかも、こんな若い、美人の女性と・・・って、いやいやいや。見てない見てない。顔しか見てないから。いや、正確に言うと、顔というよりその愛くるしいえくぼ、かな。焦って緊張しているの、きっとバレバレ。私が湯あたりしそうになっているのに気づいたのだろう。彼女は、「お先に」と言ってあがっていった。ほんの短い時間だったと思う。彼女の姿が岩場から消えるのを見届けてから、私はあわてて湯から上がる。そそくさと着替えて、外へ出ると、彼女もちょうど帰るところだった。「あ、あの・・・」「はい?」しまった。思わず声をかけてしまった。言葉を続けないと・・・「この近くに、今日泊まれる宿ってないでしょうか?」「宿?」「どこも予約せずにここまで来てしまったものですから」「まあ」「今日、なんか、午前中から、いろいろあって・・」あ、関係ないことを。私は何を言っているのだろう。「それなら・・・うちへいらっしゃいませんか?」「う・・ち・・?」「うちは、小さいけど、温泉宿をやってるんですよ」「ああ、そうなんですか・・」「今日は、お客さん少ないから、よければどうぞ」「そ、それじゃ」「夕食までは少し時間あるから、散策でもしてからおいでなさい」そういって、彼女は旅館の名刺を手渡した。目の前に見える北アルプスの名峰にちなんだ名前。こんな、旅の偶然もいいかもしれない。湯けむりの向こうに沈む夕陽が、薄暮を茜色に染めていた。[シーン4:老舗旅館】◾️SE:温泉宿の引き戸/適度なざわめきの館内「いらっしゃいませ」「あ」玄関の真ん中。仲居さんたちの中心で私を出迎えてくれたのは、「ゆっくり散策、できましたか?」「は、はい・・」今日は、よく驚かされる日だ。新穂高の湯で出会った彼女・・・しっとりとした藍色の着物姿で・・・この老舗旅館の女将さんだったのか・・・「さ、さっきは・・」お礼を言おうとする私の目を見て、彼女は自分の口に指を当てる。そっと近づき、私の耳元で、「夕方の忙しい時間にさぼってたこと、バレちゃう」と囁き、いたずらそうな笑顔でウィンクした。思わずまた、ドキっとしたけど、私は小さくうなづいてフロントへ。彼女が言ってたとおり、今日はお客さんが少ないみたいだ。この宿は、屋内の大浴場のほかに混浴露天風呂や貸切露天風呂が6つもあるらしい。すごいな。自分の知らないことがこんなにあったなんて。私は、夕食前に、屋内の大浴場でさっと身体を洗って、髪の毛を乾かした。お風呂上がりのしっとり感を楽しみながら夕食の部屋へ。料理を運んできてくれたのは、なんと彼女、女将さんだった。一品ずつ丁寧にメニューの説明をしてくれる。山里からの恵みで満たされた八寸、岩魚のどびん蒸し、塩焼き、マスの昆布シメ・・こんな料理を口にするのは何年ぶりだろう。美味し過ぎて泣けてきそうだ。「メニューを考えたのは先代の女将なんですよ」「そうなんだ。先代はご隠居されて?」「いえ、母は先月亡くなりました。それで急遽私が即席の女将になったんです」「あ、ごめんなさい」「やだなあ、謝らないでください。私が始めた話ですから」そう言って申し訳なさそうにえくぼが笑う。「どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」「ありがとうございます」答えながら、先附を食べていなかったことに気づく。蕎麦サラダには温泉卵が乗っていた。このへんでは、はんたいたまご、と言うらしい。おもしろいな。私のことみたいだ。確かに、白身が固まりかけているのに、黄身が半熟、という、”はんたい”になっている卵だもの。温泉の熱で温める、本物の温泉卵だ。でも、知らなかった。温泉卵、いや、はんたいたまごって、こんなに美味しかったんだ。※続きは音声でお楽しみください。
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