EPISODE · Mar 5, 2025 · 10 MIN
ボイスドラマ「たった1人の白線流し」
from ヒダテン!ボイスドラマ · host Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会
『たった一人の白線流し』は、高山市に実在する伝統行事「白線流し」をモチーフにした、卒業と友情の物語です。この物語の舞台となるのは、岐阜県高山市にある高校。そして、主人公は東京の美大へ進学したばかりの新入生。卒業式に出られなかった彼女が、ふるさと高山へ戻ることで迎える、予想もしなかった特別な卒業式——。本作は、番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種Podcastプラットフォームでお楽しみいただけます。美術部の仲間たちと過ごした日々、別れ、そして新たな一歩。そのすべてが、一筋の白線に込められ、流れていく瞬間を、ぜひ心で感じてください。[シーン1:美術館内〜芸術祭の準備風景]■SE/大学のキャンパス/美術部室〜携帯の着信音「もしもし」「もしもし」芸術祭の準備中、突然かかってきた1本の電話。それは、一ヶ月前に卒業した高校の先生からだった。「え?卒業証書?」ああ、そうだった。私、芸術祭の手伝いで、卒業式に出られなかったんだ。いまもまだこうやってバタバタしている。仕方ないよね。だって芸術祭がおこなわれるのは東京の美大。そんなとこ、まさか合格するなんて思わなかったんだもん。美大では、初夏の芸術祭に、部員の作品をまとめて出品する。その中になんと新入生の私の作品まで含まれるなんて。というわけで、芸術祭の準備を手伝いながら、自分の作品も描き上げなくてはならない。なんというプレッシャー。まだ、題材(テーマ)さえ決めていないのに。そんな慌ただしいさなかに届いた、顧問からの電話。卒業から1か月も経ったいま、卒業証書を渡したい、だなんて。電話をかけてきたのは美術部の顧問。ゴッホのようなあご髭を生やした顔は忘れようがない。私のふるさとは高山。高校の美術部で三年間を過ごした。部員全員が傾倒、というか、のめり込んだ画家はパブロ・ピカソ。ご存知のように、本名はもっと長ったらしい、あのピカソね。私たちの美術部は、男子がいなくて、女子が4人。自分たちのことをよく「アルジェの女たち」なんて呼んでたわ。作品自体はまあ、いろいろ意味深なんだけど。この春、唯一の3年生だった私が抜けたから、残っているのは3人ね。そういえば、み〜んなピカソに影響受けてたなあ。私が卒業するとき、2年生だった2人は、「青の時代」と「キュビズム」が好きだったから、オリヴィエとエヴァ。3年生だった後輩は、「シュルレアリスムの時代」を追いかけていたからマリー。私は、「新古典主義の時代」が好きだったから、オルガ。なんて、それぞれ呼び合って、楽しかった。知ってると思うけど一応、その時代その時代でピカソが愛した女たちよ。実際の彼女たちは、険悪な関係だったのにね。笑える。そんな楽しい高校生活が終わったのは、この春。顧問の電話は、美術部時代と同様に、ゆっくり、丁寧な口調だった。内容をまとめるとこんな感じ。卒業式の日、てっきり私も出席すると思って待っていた。なのに急に当日、東京の美大に呼ばれて欠席。そのあと連絡をとらないままひと月が経ってしまった。とりあえず卒業証書だけでも渡したい、と校長先生も言っている。東京から300キロもの移動は大変だと思うが・・・高山へ帰れそうな都合のいい日を教えてほしい。できれば、あまり遅くならないうちに。という話だった。来週には芸術祭の準備も落ち着くし。私は来週の土曜に帰ると伝えた。本当は高山祭には帰りたかったんだけど・・・急いでチケットを手配する。乗車駅は東京でも品川でもない。だって貧乏学生は、高速バスに決まってるでしょ。朝7時に新宿を出れば、お昼1時には高山駅へ着くんだもん。いったん実家へ帰って着替えて・・・あれ?着替えって・・・制服?卒業したのにセーラー服着たらもうコスプレじゃん。確かに顧問は、制服で来てほしいって言ってたけど。まあ、いいか。とにかく、来週の土曜までに芸術祭の準備終わらせなくっちゃ。作品のテーマは、高速バスの中でゆっくり考えようっと。[シーン2:高山のバスターミナル]■SE/バス停の雑踏「う〜〜〜〜〜ん!」高山駅のバスターミナル。高速バスを降りた私は大きく背伸びをする。6時間の長旅だからね。最近の高速バスはトイレもあるし、座席もゆったりしていて全然疲れないんだけど。「ただいま〜!」駅前で誰にともなく、叫びたくなった。やっぱりここは私の居場所。空気も美味しいし、駅前の騒音も最高。あ、いけない。あんまゆっくりしていられないんだった。急いで実家へ帰り、両親への挨拶も早々に制服に着替える。たった一ヶ月しか経っていないのに、なんだかもうしっくりこない。”時間”という魔女が、私に”老いの魔法”をかけたようだ。だめだめ。時間がない。高校時代と同じように慌てて自転車に乗る。ちょっと急げば、約束の2時に間に合うな。なんだか、また思い出したぞ。そういえば私、ほぼ毎朝遅刻ギリギリで走ってなかったっけ。あの頃と変わんないじゃん。鍛冶橋を渡って、朝市の堤防沿いに万人橋(まんにんきょう)へ。合崎橋(あいさきばし)を渡れば、懐かしい母校だ。いやホント。懐かしい、っていう感じがピッタリなんだよなあ。高校生のときは呼ばれるとビクビクした職員室。なんの罪悪感もなく、入っていくのは、ヘンな感覚。勢いよく扉を開けると、部活の顧問が入口に立って待っていた。「あ、先生」「おう、きたな」やっぱりゴッホにしか見えない。ウケる。いつものクセでヒゲをさすりながら、体育館に行こう、と優しく話しかけた。「さ、体育館行こ」体育館?別に職員室でいいのに。ひょっとして、わざわざ壇上でやるんじゃ?いやあ、ないない。それはない。だって今日は土曜だし、そんなんおかしいし。不審な思いのまま、顧問についていく。あれ?体育館、電気ついてる?顧問がゆっくりと扉を開けた。『おめでとう!』え?え?えーーーーーーーっ?体育館の壇上には、部活のみんな、アルジェの女たちが並んでいた。オリヴィエ。エヴァ。そしてマリー。しかも頭の上には「オルガのための卒業式」って描かれたアートっぽいイラスト文字の看板が吊るされている。ちょっとぉ。泣かせようとしたってだめだからね。私、卒業式出ても、絶対泣かない、って決めてたんだから。わざとらしいくらいの笑顔で、私は壇上に上がる。看板の下、スポットライトが当たる舞台で、私は名前を呼ばれ、卒業証書を受け取った。「おめでとう」笑顔を絶やさず、拍手をするみんなの元へかけよる。「みんな、ありがとう!」え?このあと?なにかあるの?やだやだやだ。サプライズはなしよ。私はみんなに背中を押されて体育館を出る。一緒に歩いていったのは、学校の前を流れる大八賀川(だいはちががわ)。え?大八賀川?ってことは?そう。橋を渡って向こう岸へ。校舎とグラウンドを正面に見ながら、3人の仲間が横断幕を広げる。『切磋琢磨』という筆文字の上に、『ファイティン!オルガ!』というイラスト文字。やるの!?白線流しを?グラウンドの前では顧問が笑顔で手を振っている。ああ、だから、制服で来いって言ったのね。私は、セーラー服からスカーフをはずし、ねじって1本の線にする。それをゆっくりと川へ流す。白線は、雪解け水の混じった川面を静かに流れていった。しばらく目で追いながら、顔をあげるとアルジェの女たちが拍手をしながら泣いている。やめてよ。それ、反則よ。でも、みんなに手を振る笑顔の私も、瞳からは大粒の涙があふれていた。1か月後、芸術祭に並んだ私の絵画は100号の大作。新古典主義に倣った画風はなんと優秀賞を獲得した。テーマは『白線流しと友情』手前に流れてくる白線と川の流れの躍動感。遠くから手をふる3人の仲間と顧問。その間に、スカーフのないセーラー服姿の私。1人だけの白線流し。私は一生忘れない。
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