EPISODE · Jun 28, 2012 · 35 MIN
林 芙美子 放浪記第三部 その6
from 林芙美子 新版放浪記 第三部 · host えぷろん
参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813音声再生時間: 35分04秒shinpan-hourouki3-6a.mp3
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参照テキスト: 青空文庫図書カード№1813 音声再生時間: 35分04秒 shinpan-hourouki3-6a.mp3 * (十二月×日) 火を燃やしたくなったので、からになった炭俵や、枯葉をあつめてどんどを燃やす。私はこうした条件のなかで生きる元気がない。少しもない。大切なものを探し出して燃やしてやりたくなる。部屋のなかへはいって、大切なものを探してみる。野村さんの詩の原稿を三枚ばかり持ち出して火の上にあぶってみる。焼けてしまえばこの詩は灰になるのだと思うと、憎さも憎しだけれども、何となく気おくれして、いけない事だと思い、またもとのところへしまう。 私は何も出来ない。勇気のない女になりさがってしまっている。今朝、私たちは命がけであらそった。そして、男はしたいだけの事をして街へ行ってしまった。あとかたづけをするのは私なのだ。障子は破れ、カーテンは引きちぎれ、皿も茶碗も満足なのはない。貧乏をすると云う事が、こんなに私達の心身を食い荒してしまうのだ。残酷なほどむき出しになるのだ。私は男をこんなに憎いと思ったことはない。私は足蹴(あしげ)にされ、台所の揚け板のなかに押しこめられた時は、このひとは本当に私を殺すのではないかと思った。私は子供のように声をあげて泣いた。何度も蹴られて痛いと云う事よりも、思いやりのない男の心が憎かった。 毎日のように、私は男の原稿を雑誌社に持って行った。少しも売れないのだ。何だかもう行きたくなくなったのよと冗談に云った事が、そんなに腹立たしいのだろうか……。私は、どんなに辛い時だってにこにこしている事なんかやめようと思う。どうしても行きたくない事も時にはある。わけのわからぬところへ使いに行くのはがまんがならないのだ。自分で行ってくればいいのだ。私はもう、そんな辛い使いにはあきあきした。 飯も食えないのに一人前の事を云うなッと怒った。飯が食えないと云って、物乞いのような気持ちには私はなれないのだ。 火を燃やしながら、私は今度こそ別れようと思う。そのくせ、一銭も持たないで家を飛び出した男の事を考えて無性に泣けて来る。どうしているかと哀れなのだ。 道の下の鯉の池が、石油色に光っている。大家さんの女中さんらしいのがかれすすきの唄をうたって横の道を通っている。大家さんは宮武骸骨さんと云う人なのだそうだ。家からずっと離れた丘の上に邸があるので、ここの人達を見た事がない。私の家は六畳一間に押入れに台所。土壁のないバラックで、昔は物置であったのかもしれない。私はここへ引越して来ると、新聞紙を板壁に二重に張った。蒲団は野村さんので充分だと云うので、下宿屋の払いの足しに売り払って、三円ばかし残しておいたので、私はカーテンや米を買ってお嫁入りして来たのだけれども……。火を燃やしながら、私はいろいろな事を考える。もう、これが私の人生の終りなのかもしれない。私は死にたいと思う。もう、こんな風な生きかたがめんどうくさいのだ。独りでいるには淋しいし、二人になればもっと辛いのだと思うと、世の中が妙にはかなくなって来る。 夜、破れたカーテンを繕いながら、いろいろな空想をする。火の気のない凍るような夜ふけ。あしおとがする度、きき耳をたてる。遠くで多摩川電車のごうごうと云う音がする。あんまり静かなので、耳の中がしんしんと鳴る。行末はどんなになるのか見当がつかない。どうにかなるだろうと思ってもみる。朝から飯をたべていないので、躯(からだ)じゅうが凄(すご)んで来る。虎のようにのそのそと這いまわりたいような烈しい気持ちになる。 部屋の中を綺麗(きれい)にかたづけて寝床を敷く。ここにも敷布のない寝床。寝巻きがないので裸で私はおやすみ。水へ飛びこむような冷たさ。こっぽりと着物を蒲団の上にかける。着物の匂いがする。時々、枕もとで鯉がはねる。夜更けの街道をトラックが地響きをたてて坂を降りて行く。 冒涜(ぼうとく)はおつつしみ下され 私には愚痴や不平もないのだ ああ百方手をつくしても このとおりのていたらく 神様も笑うておいでじゃ 折も折なれば 私はまた巡礼に出まする 時は満てり神の国は近づけり 汝(なんじ)ら悔い改めて福音を信ぜよ ああ女猿飛佐助のいでたちにて 空を飛び火口を渡り 血しぶきをあげて私は闘う 福音は雷の音のようなものでしょうか 一寸おたずね申し上げまする どうにも空腹にたえられないので、私はまた冷い着物に手を通して、七輪(しちりん)に火を熾(おこ)す。湯をわかして、竹の皮についたひとなめの味噌を湯にといて飲む。シナそばが食べたくて仕方がない。十銭の金もないと云う事は奈落の底につきおちたも同じことだ。トントン葺(ぶ)きの屋根の上を、小石のようなものがぱらぱらと降っている。ここは丘の上の一軒家。変化(へんげ)が出ようともかまわぬ。鏡花(きょうか)もどきに池の鯉がさかんにはねている。味噌湯をすする私の頭には、さだめし大きな耳でも生えていよう……。狂人になりそうだ。どうにもならぬと思いながら、夜更けの道を、あのひとがあんぱんをいっぱいかかえてかえりそうな気がして来る。かすかにあしおとがするので、私ははだしで外へ出て見る。雪かと思うほど、四囲は月の光りで明るい。関節が痛いほど寒い。ぱったりと戸口で二人が逢えばどんなに嬉しかろう……。 遠いあしおとは何処かで消えてしまった。硝子戸(ガラスど)を閉ざして、また七輪のそばに坐る。坐ってみたところで、寒いのだけれども、横になる気もしない。何か書いてみようと、机にむいてみるのだけれども膝小僧が破れるように寒くてどうにもならない。少し書きかけてやめる。かんぴょうでもいいから食べたい。 (十二月×日) 朝。思いがけなく母がまっかな顔をしてたずねて来る。探し探しして来たのだと云って小さい風呂敷包みをふりわけにかついで、硝子戸のそとに立っていた。私はわっと声をあげた。ああ、何と云うことでございましょう。浜松で買ったと云う汽車のべんとうの食い残しの折りが一ツ。うで玉子が七ツ。ネーブルが二ツ。まことにまことにこれこそ神の国の福音のような気がする。私へのネルの新しい腰巻きに包んだちりめんじゃこ。それに、母の着がえと髪の道具。顔も洗わないで、私は木の香のぷんと匂うべんとうを食べる。薄く切った紅(あか)いかまぼこ、梅干、きんぴらごぼう。糸ごんにゃくと肉の煮つけ、はりはり、じゅうおうむじんに味う。 田舎も面白いことがない由なり。不景気は底をついとるぞなと母は歎く。いくら持っているのと聞くと、六十銭より持っておらぬと云う。どうするつもりなのと叱ってみる。四五日泊めて貰えれば、お父さんも商売の品物を持って来ると云う。 霜のきつい朝だったのだけれど、ぽかぽかとした陽が部屋いっぱいに射し込む。泊めたくても蒲団がないのよと云ってはみたものの、このまま何処へこのひとを追い出せると云うのだろう……。三枚の座蒲団をつないで大きい蒲団を一枚ずつ分けて何とか工夫をして寝て貰うより仕方がない。 陽のあたる処へ蒲団を引っぱって来て母に横になって貰う。母はもう部屋の様子で、私の貧しい事を察したとみえて、何も云わないで、水ばなをすすりながら羽織をぬいで、寝床の中へはいった。私は小さい火鉢に、昨日のどんど焼きの灰を入れて火を入れる。やがて、湯がしゅんしゅんとわく。茶の葉もないので、べんとうの梅干を入れて熱い湯を母へ飲ませる。 父は輪島塗りの安物を仕入れたので、それを東京で売るのだそうだ。東京には百貨店と云う便利なものがあるのを知らないのだ。夜店で並べて売ったところで、いくらも売れるものではない。私は困ってしまう。うで玉子を一つむいて食べる。あとは男へ食べさせてやりたい。 「東京も不景気かの?」 「とても不景気ですよ」 「どこも同じかのう……」 梅干をしゃぶりながら母が心細い顔つきをしている。今度の男さんは、どのような人柄で、何の商売かとも母は聞かない。非常に助かる。聞かれたところでどうしようもないのだ。母はからの茶筒に手拭をあて、暫(しばら)く眠った。口を開けて気持ちよさそうに眠っている。昼過ぎになって野村さん戻って来る。 母を引きあわせようとする間をすりぬけて、机へ向いて本を読み始める。母と私は台所の板の間に座蒲団を敷いて坐った。湯をわかしてうで玉子を四つにネーブルを二つ、机のそばへ持って行って、おみやげですよと云うと、只、ほしくないよッときつく云って、みむきもしない。私はかあっとして、うで玉子を男の頭にぶちつけてやりたい気になった。何と云うひねくれたひとであろうかとやりきれなくなって来る。まだこのひとは怒っているのだろうか……。このえこじな、がんこなところが私には不安なのだ。私の書きかけの詩の原稿がくしゃくしゃにまるめられて部屋のすみに放ってある。私はそれを拾ってしわをのばしているうちに、何とも切なくなってきて、誰にもきこえないように泣いた。どうしたらいいのか自分でもわからない。母は息をころしたように台所の七輪のそばにうずくまっている。泣くだけ泣くと、すぐからりと気持ちが晴れて、私はもうどうでもいいと云う思いにつきあたって気が軽くなった。母がしょんぼりしたかっこうで、私を見るので、私はにゅっと舌を出してみせた。涙がこぼれぬ要心のために、舌を出していると、こめかみと鼻の芯(しん)がじいんと痛くなる。 台所の土間へ降りて、縁の下にかくしてある風呂敷の中に、しわをのばした原稿をしまう。見られては悪いものばかりはいっている。長い間書きためた愚にもつかないものばかりだけれども、何となく捨てかねて持ち歩いている私の詩。これこそ一文にもならぬものだ。焼いてしまいたいと何度か思いながら、十年もたったさきへ行って、こんなこともあった、あんなこともあったと思うのも無駄ではないとも思える。 どうにもやりきれないので、外出をする支度をする。何処と云って行くあてはないのだけれども、一応母を連れ出してよく話をしなければならぬ。私は粉炭(こなずみ)を火鉢の中に敷いて、火をこっぽりと埋めて、やかんをかけておいた。二つある玉子を母にもむいてやる。母は音もさせないで玉子をのみこむように食べた。 「一寸、そとへお母さんと出て来ます」 と、机のそばへ行ったのだけれど、男は相変らずみむきもしない。二人で外へ出た時は、腹の底から溜息が出た。私は何度も深呼吸をした。私がそんなに厭(いや)な女なのだろうかと思う。まるで自信がなくなってしまう。ごみくずのような気がして来る。只、私は若すぎると云うだけだ。何も知らないのかも知れない。それでも自分には何の悪気もないのよとべんかいめいた気持ちにもなるのだ。 たまにささやかな金がはいって、五銭で豆腐を買い、三銭でめざしを買い、三銭でたくあんを買って、三色も御ちそうが出来たと云うと、つまらんことを自慢にすると小言が出るし、たまに風呂へ行って、よその女のように首へおしろいを塗って戻ると、君の首はいくびだから太くみえてみにくいのだと云う。どうしたらいいのか私にはわからない。この男と一生連れそってゆくうちには、はがねのようにきたえられて、泣きも笑いもしない女に訓練されそうな気がして来る。私はふところへいれて来た玉子をむいて、母へもう一つ食べなさいと口のそばへ持って行ってやった。もうほしゅうないと云うので厭な気持ち。むりやり食べさせる。 私は歩きながら、ふっと、前に別れた男のところへ行って十円程金をかりようかと思った。芝居をしていたひとなので、旅興行にでも出ていたらおしまいだと思ったけれども、運を天に任せて渋谷へ出て、それから市電で神田へ出てみる。街は賑やかで、何処も大売出し。明るい燈火が夜空にほてっている。停留所のそばには、団扇(うちわ)だいこを叩いてゆく人達がいた。レディメイドの洋服屋が軒なみに並んでいる。母は茶色のコオールテンの上下十五円の服を手にして、お父さんに丁度よかねと、いっとき眺めていた。金さえあれば何でも買えるのだ。金さえあればね。 私は洋服を見たり、賑やかな神保町(じんぼうちょう)の街通りを見たりして、仲々考えがさだまらなかった。やっとの思いで母を通りに待たせて、そのひとの家へ行ってみる。路地をはいると魚を焼く匂いがしていた。台所口からのぞくと、そのひとのお母さんがびっくりして私を見た。お母さんはあわてた様子でどもりながら、風呂へ行っているよと云った。私はすうっとあきらめの風が吹いた。どうでもいいと思った。急いでさよならをして路地を出ようとすると、そのひとが手拭をさげて戻って来た。私は逢うなり十円貸して下さいと云った。もやの深い路地の中に、男は当惑した様子で、家へ戻って行った。そしてすぐ何か云いながら五円札を持って来て、これだけしかないと云って、私の手にくれるのだ。私は息が出来ないほど体が固くなっていた。罪を犯しているような気がした。あなたの平和をみだしに来たのではないのよ。美しいおくさんと仲良くお暮し下さいと云いたかった。私はまるで雲助みたいな自分を感じる。芝居に出て来るごまのはいのような厭な厭な気がして来た。走って路地を出ると、洋服屋の前で母はしょんぼり私を待っていた。私の顔を見るなり母は、「何処か便所はなかとじゃろか? どうしようかのう、冷えてしもて、足がつっぱって動けん」と云う。私は思いきって母をおぶい、近くの食堂まで行った。食堂の扉を開けると、むっとするほどゆげがこもって、石炭ストーヴがかっかっと燃えてあたたかい部屋だった。母を椅子にもおろさないで、私はすぐ、はばかりを借りて連れて行った。腰が曲らないと云うので、男便所の方で後むきに体をささえてやる。何と云う事もなく涙があふれて仕方がないのだ。涙がとまらないのだ。男達の残酷さが身にこたえて来るような気がした。別に、どの人も悪いのではないのだけれども、こうした運命になる自分の身の越度(おちど)が、あまりに哀れにみじめったらしくてやりきれなくなるのだ。 私は今日から、ものを書く男なぞ好きになるのはやめようと心にきめる。俥夫(しゃふ)でも大工でもいいのだ。そんな人と連れ添うべきだ。私も、もう、今日かぎり詩なぞ書くのはふっつりやめようときめる。私の詩を面白おかしく読まれてはたまらない。ダダイズムの詩と人は云う。私の詩がダダイズムの詩であってたまるものか。私は私と云う人間から煙を噴いているのです。イズムで文学があるものか! 只、人間の煙を噴く。私は煙を頭のてっぺんから噴いているのだ。 母をストーヴのそばの椅子に腰かけさせる。座蒲団を借りて、腰を高くして楽にしてやる。 「御飯に、よせなべに、酒を一本頂戴」 酒が十五銭、よせなべが二人前六十銭。飯が一皿五銭。私は熱い酒を母のチョコと私のチョコについだ。酒が泡を吹いている。盃(さかずき)がまた涙でくもってぼおっと見えなくなる。私はたてつづけに三四杯飲む。酒が胸に焼けつくようだ。壁の鏡のそばで、学生が二人夕刊を読みながら、焼飯を食べている。母も眼をつぶって盃を口へ持って行っている。二本目の酒を註文(ちゅうもん)して、また独りで飲む。心の中がもうろうとして来る。母はよせなべのつゆを皿盛りの御飯にかけてうまそうに食べている。 空腹に酒を飲んだせいか、馬鹿に御めいてい。私は下駄をぬいで椅子に坐った。両手の中に顔を伏せていると部屋のなかがシーソーのようにゆらゆらとゆれる。何も思う事はない。只、ゆらりゆらり体がゆれているきり。不ざまな卑しい女は私なのよ。ええ、そうなの……まことにそうなンです。蛆(うじ)が降りかかって来そうだ。 盃に浮いた泡をふっと吹く。煮えたぎった酒。おっかない酒。しどろもどろの酒。千万の思いがふうっと消えてなくなってゆく酒。背中をなでて貰いたい酒。若い女が酒を飲むのを、妙な顔で学生が見ている。世間から見ればおかしなものに違いない。だいぶあたたまったのか、母も椅子の上にちょこんと坐った。私はおかしくてたまらない。 「大丈夫かの?」 母は金の事を心配している様子。私は現在のここだけが安住の場所のような気がして仕方がない。何処へも行きたくはない。 〆(しめ)て一円四銭の払いなり。四銭とはお新香だそうだ。京菜の漬けたのに、たくあんの水っぽいのが二切れついている。 あかね射す山々、サウロ彼の殺されるをよしとせり。その日エルサレムに在る教会にむかいて大いなる迫害おこる……。ああ、すべては今日より葬れ。今日よりすべてを葬るべし。 瀬田へ戻ったのが十時。湯気のたっている熱いシュウマイをまず主にささげん。――野村さんはもう蒲団の中に寝ていた。机の横に、私の置いたままのかっこうで、玉子とネーブルがまだ生きている。私は部屋に立ったまま恐怖を感じる。足もとが震えて来る。壁の方をむいたまま動かない人を見てはもうろうとした酔いもさめ果てる。私は破れた行李(こうり)を出して、その中に座蒲団を敷き母をその中に坐らせる。早く夜明けが来ればいいのだ。七輪に木切れを焚(た)き部屋をあたためる。 新聞紙を折りたたんで、母の羽織の下に入れてやる。膝にも座蒲団をかけ、私も行李の蓋の中へ坐る。まるで漂流船に乗っているようなかっこうだ。 七輪の生木がぱちぱちと弾けて、何とも云えない優しい音だ。来年は私も二十一だ。はやく悪年よ去れ! 神様、いくらでも私をこらしめて下さい。もっとぶって、打ちのめして下さい。もっと、もっと、もっと……。私は手が寒いので、羽織の肩あげをぷりぷりと破って袖口で手を包んだ。血へどを吐いてくたばるまで神様、ぶちのめして下さい。 明日はカフエーでも探して、母を木賃宿(きちんやど)にでも連れて行こうと思う。あったかいシュウマイを風呂敷に包んで母の下腹に抱かせる。しんしんと寒いので、私は木切れを探しては燃やす。涙の出るほどけぶい時もある。駅の待合所にいるつもりになれば何でもないのだ。寝ているひとは死人のように動かない。全身で起きていて、あのひとも辛いのに違いないと思う。辛いからなおさら動けないのだ。 (十二月×日) 夕焼のような赤い夜明け。炭がないので、私は下の鯉屋の庭さきから、木切れを盗んで来る。七輪にやかんをかけて湯をわかす。机のそばのネーブルを一つ取って来て、母へミカン汁をしぼってそれに熱い湯をさして飲ませる。 さて、私もいよいよ昇天しなければならぬ。駅の近くの荒物屋へ行って、米を一升買う。雨戸がまだ一枚しか開いていない。暗い土間にはいって行くと、台所の方で賑やかな子供達のさわぐ声がして、味噌汁の香りが匂う。人々のだんらんとはかくも温く愉しそうなものかと羨ましい気持ちなり。男の為にバットを二箱買う。福神漬を五十匁買う。 帰ってみると、母は朝陽の射している濡れ縁のところで手鏡をたてて小さい丸髷(まるまげ)をなでつけていた。男は、べっとりと油ぎった顔色の悪さで、口を開けて眠っている。
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林 芙美子 放浪記第三部 その6
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