EPISODE · Aug 31, 2014 · 49 MIN
なぜ子ども時代の問いを持ち続けられたのか
from 哲楽 · host 哲楽編集部
永井均さんは日本大学で哲学を教えている。哲学好きな読者ならば知らない人はいない、現代の日本の哲学を牽引してきた哲学者の一人だ。34歳で『〈私〉のメタフィジックス』を上梓してから、平均して年に一冊の著作を発表し続けている。難解でとっつきにくいというのが哲学の一般的なイメージである日本国内で、このペースで新刊本が次々に書店に並べられる、作家としての哲学者は数少ない。過去には、朝日新聞や日本経済新聞でもその随筆が連載され、大学で高校生と保護者向けの説明会を開けば、愛読者も詰めかける。それが哲学者、永井均さんだ。桜の新緑が眩しい4月のある日、編集部に永井さん自ら自転車で駆けつけて下さってインタビューが実現した。 The post なぜ子ども時代の問いを持ち続けられたのか first appeared on 哲楽.
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なぜ子ども時代の問いを持ち続けられたのか 永井均さんは日本大学で哲学を教えている。哲学好きな読者ならば知らない人はいない、現代の日本の哲学を牽引してきた哲学者の一人だ。34歳で『〈私〉のメタフィジックス』を上梓してから、平均して年に一冊の著作を発表し続けている。難解でとっつきにくいというのが哲学の一般的なイメージである日本国内で、このペースで新刊本が次々に書店に並べられる、作家としての哲学者は数少ない。過去には、朝日新聞や日本経済新聞でもその随筆が連載され、大学で高校生と保護者向けの説明会を開けば、愛読者も詰めかける。それが哲学者、永井均さんだ。 桜の新緑が眩しい4月のある日、編集部に永井さん自ら自転車で駆けつけて下さってインタビューが実現した。〈私〉の問題が最初に心に生じたのは、永井さんが5歳の時で、小学生の時の教室の風景が今でも記憶にあるという。「後ろから3番目で右から2番目の人が僕だな、それはなんでなんだ?」と考えたという。スペイン史が専門の歴史学者、岩谷十次郎さんが小学校一年から六年生まで担任の先生で、永井少年は後に哲学的大問題に発展するこの疑問を直接口にする事はなかったものの、他の突拍子もない発言に、岩谷先生は「なるほど」と頷き、「そう考えるのは偉いね」と誉めて下さった。その頃の永井少年は、ご両親から「消極的」と称され、お母様にひとつの課題を与えられた。それは、通りを行く知らない人に声をかけて道を尋ねるというもの。永井さんはこの時のことをこう振り返っている。「劣等感の過剰克服っていうのがあるじゃないですか。何か劣等なことを訓練すると逆にそれが得意になっちゃうことがたまにあって、そういう風な意味で妙に、大人しかったにもかかわらず、そのことをやたらにやっているうちに、むしろ、知らない人にも平気で話しかけるような人になっちゃうとかね。僕はね、性格的にはそういうところがあって、二重性があって、どっちが自分の本当の性格だかよくわかんない時があるんですね。それはそれによって開発されたかもしれない」 性格的な相対する二重性は永井さんの幼少期からのお人柄の特徴であり、それは哲学をするうえでは「複眼性」となって機能しているようだ。おそらく、いつでもどんな人にでも「なれる」からこそ、そのなり手の起源である「私」の方が哲学的謎だったのかもしれない。そのことを尋ねると、永井さんは頷き、少し考えて、「そうかもね、本来の人格がないっていうことなのかもね」と笑った。 インタビューのために自転車で編集部に到着するとすぐ、永井さんは新緑の桜が見える窓側で、編集部スタッフに瞑想の仕方を教えて下さった。目を閉じて、息をゆっくり吐きながら、ひとつずつ数えて、「鳥が鳴いているな、子どもの声が聞こえるな、と思ったらまた息に意識を集中させましょう」と。今、〈私〉の哲学は、坐禅や瞑想を経て、どこかに向かって哲学的に進化しているというよりは、それが生まれた場所へ帰る途中なのかもしれない。 インタビュー (写真・インタビュー:田中さをり) ――インタビューを始める前に一つお願いさせて頂いていたことがあります。『哲学の密かな闘い』という、ぷねうま舎から2013年に出された本の中から最初のページを少し朗読して頂きたいと思います。 永井:はい。「人間は動物ですから、生物学的な理由で生まれてきます。生物としての人間の一器官である脳は意識を生み出すので、脳があれば人間としての精神状態や心理状態が生まれます。ですから、世の中に人間がたくさんいて、多くの脳が意識を生み出していることは不思議ではありません。これは科学的に説明できる事態です。しかし、一つ不思議なことがあります。そのように意識をもつたくさんの人間のうちの一人が、なぜか私である、ということです。多くの人間がいて、様々な精神が存在するが、その中で私であるという特別な在り方をした人間はただ一人です。どうして、そんな例外的な在り方をしたやつが、一人だけ存在しているのでしょう。」 ――もう一つですね、約30年前に書かれた先生のデビュー作である『〈私〉のメタフィジックス』から朗読をお願いしたいと思います。 永井:「「他我問題」は通常つぎのような形で設定される。およそ私が体験しうる精神的・心理的諸状態は、すべて例外なく私自身のものであり、私が他者の精神的・心理的諸状態を体験することはありえない。私が他者について体験できるのは、外にあらわれた彼の身振り、表情、発声、発言といったものだけである。それゆえ、他者のその種の外的表出の背後に、実際に精神的・心理的諸状態が生起している否かは、私にとってつねに謎であるはずであり、さらには、そもそも諸々の精神的・心理的状態がそこに生起しうる精神や心が彼らにあるのかどうか(つまり彼らが私と同様に「我」であるのかどうか)さえ、私にとっては謎であるはずである。にもかかわらず、私は通常、外的表出の背後にある人々の心理的状態を問題なく理解しており、ときとして「振りをしている」のではないかと疑うことはあっても、すべての場合にそうするわけではない。いわんや、彼らに心があるかどうかを疑わしく思うことなどはまったくない。それはなぜであろうか。そこにはどのような機制がはたらいているのだろうか。」 子ども時代の問い ――ありがとうございます。今、読んで頂いた理由ですけれども、問いがすごく重なっているように私には思えて、30年近い時間を、この間21冊ぐらい本を出されているのですけれど、変わっていない問いをずっと出されているというのが永井先生の特徴の一つだと感じていました。日本の文化や、哲学という学問分野の中で、こういう子どもの頃の問いを持ち続けて、哲学という分野の言葉で書き続けていくのは二重に困難だったように思うのですけれども、なぜそれができたのかお聞かせいただけますか。 永井:二重ってどういうこと? ――二重というのは、日常生活でも日本人であるということで、哲学的な会話ってあまりないですよね。その中で子どもの時からその問いを持ち続けられてきたということも難しいと思いますし、哲学科に入ったら入った段階でいろいろな他の哲学者の本を読まされたりして、自分がこれをやりたいと思って哲学科に入ってもそれをやり続けることってすごく難しいと思うんですね。ですので、哲学科に入るまでの持ち続けられた難しさと、入ってから後もそれがずっとできたっていうのが、そういう意味で二重に難しかったのではないかと。 永井:まあ哲学を始める前は別にそんなに難しくなくて、それが生じてしまったから生じただけで、別に特に何か自分が何かしたってことはないわけですね。こういう問題が何か感じられたから、感じられただけですから。まあそれはしょうがないと。たまたまそうだったということですね。 ――何か文章に書かれたことはあったのですか? 哲学科に入る前に。 永井:あったといえばありますね。作文とかそういうもので。中学校の時とかに。こういうことを私は考えている。まあでも基本的に国語の先生ってのはみんなこういう問題を理解しないですね。先生で理解しがちなのはむしろ理系ですよね。これは学科で分類すると、こういうのは文系でかつ国語の先生みたいなものに作文とかで言うしかないけど、国語の先生は私の知る限り、こういう問題は決して理解しないっていう法則があるんですね。これが面白いところですね。 ――理系の先生というと? 永井:数学の先生。 ――こういう問題だというのを理解した? 永井:ということを理解した。そういう問題はあると。 ――ある! 永井:あると。 ――その時初めて自分が書いたことを、「そういうことってあるよね」と認めてくれる人がいたっていうことですか? 永井:そうですね。初めてというか。 ――書いたものに関しては。 永井:そうですね、はい。 ――言葉にされたことっていうのはもうちょっと前にあったのではないですか? 永井:あったような、ないような、よくわからない。自分でもはっきりしてないですからね、子どもの頃はね。だから言うっていっても、こんな今読んだような形でしっかり言うことはできないですから。だいたいそもそも通じるような形で言えないから通じないってこともありますよね。こういう風にちゃんと書けばわかる人でも、何か子どもがごちゃごちゃ言っても何言ってるかわかんないと思うでしょうから。 ――こういう問いが生じたっていうのは、一番最初は何歳ぐらいだったか覚えていらっしゃいます? 永井:一番最初の小さい時、小さいっていうのは幼稚園ぐらいですよ。 ――本当ですか!? 永井:ええ、そうですね。漠然とずっと、物心とともにあったっていうか…。まあ物心というよりも、まあもっと、2、3歳ぐらいだとすると、もうちょっと大きい5歳ぐらい。 ――5歳! 永井:漠然とあったと思いますよ。記憶、今の記憶じゃなくて、「小学生ぐらいの時に、その頃のことを思い出していた記憶」を今思い出すとそうですね。小学生ぐらいの時はむしろ、言葉で言える程度のことはもう思っ...
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