EPISODE · Nov 22, 2010 · 31 MIN
その1:サンデル教授のJUSTICE講義に出席
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哲学ラジオが小林教授とともにお送りするハーバード・レポートその1。サンデル教授のJusticeの講義に関するレポートをお届けします。 The post その1:サンデル教授のJUSTICE講義に出席 first appeared on 哲楽.
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What this episode covers
哲学ラジオが小林教授とともにお送りするハーバード・レポート、まずは、その1として、サンデル教授のJusticeの講義に関するレポートをお届けします。 * Q1 Justice講義について(2:52) * Q2 学生たちの議論についての印象(10:50) * Q3 Justice講義のティーチング・アシスタントの印象について(14:57) * Q4 Justice講義のティーチング・アシスタントのシステムについて(18:40) * Q5 日本のティーチング・アシスタントとの違い(24:08) * Q6 院生にとってのティーチング・アシスタント・システム(28:01) <関連情報> * NHK「ハーバード白熱教室」第11回、「愛国心と正義、どちらが大切?」 書き起こしテキスト (田中) 哲学の生態に迫るウェブマガジン『フィロソフィー・ズー』哲学ラジオコーナを担当し ます、田中紗織です。 みなさん、今日私はどこに来ていると思われますでしょうか? 結構寒い所なのですが、 かなり興奮しております。アメリカ、ボストンにあります、ハーバード大学にきており ます。ハーバード大学は、1636年に設置されたアメリカで最も古い大学です。『正義論』 で有名なジョン・ロールズもかつてこの大学で教鞭をとっており、日本に対する原爆投 下の不正について訴えました。日本の哲学専攻の学生も、ロールズ以降サンデル教授ま でにつづく正義論から、たいへん多くを学んでおり、私自身もかつてその一人でした。 この場所から哲学ラジオのレポートができることを非常に嬉しく思います。今回は、哲 学ラジオの特別企画として、ハーバード大学の様子を中心にお伝えしていきます。千葉 大学で政治哲学の教鞭をとられております小林正弥教授に同行させて頂きまして、あの、 マイケル・サンデル教授のJusticeの講義にも出席いたします。他にもさまざまな角度か ら白熱教室が生まれた背景を取材いたします。さらに、ハーバード大学に現在日本人留 学生として在籍中の小林亮介さんのインタビューもお届けいたします。また、番外編と しましては、最後に、MITマサチューセッツ工科大学から、チョムスキー・レポートもお 届けしたいと思います。 では、哲学ラジオが小林教授とともにお送りするハーバード・レポート、どうぞごゆっ くりお聴き下さい。まずは、サンデル教授のJusticeに関するレポートをお送りします。 それではさっそくいってみましょう。 はい。改めまして、哲学ラジオの田中です。今日は、ハーバード大学に、小林正弥教授 に同行させていただきました。最初に、サンデル教授によるJusticeという、あの有名な、 学部生向けの講義に出席させていただきました。最初のJusticeが始まったのが朝11:00、 院生たちのゼミが終わったのが夜の7:00。本当に分刻みのスケジュールで、大学のお仕 事や取材をつぎつぎとこなされている様子を間近で拝見することができました。その様 子を今日はお伝えしたいと思います。 最初に、学部生講義Justiceについて、小林先生にお話いただきたいと思います。よろし くお願いします。 (小林) はい、よろしくお願いします。NHKの『白熱教室』でご覧になったひとが多いのではない かと思いますけれど、Justiceの講義の場所というのはサンダーズ・シアターという有名 な場所です。外からみるとちょうど教会ですね。立派な教会のような感じ。東大の安田 講堂にも近いですけれど、そのなかです。朝の11:00から1時間ですかね。入れ替わりの ところはすごく激しく学生さんたちが出入りをするという感じです。われわれはちょう どその1階の真ん中あたりで聞いていたわけです。 今回の講義は、12回のシリーズのなかではだいたい11回ぐらいに相当すると思うのです。 カントに対するアリストテレスの立場が出てきて、今日のいわゆるリベラル—コミュニ タリアン論争です。ロールズのようなカント的リベラルの立場。それと、今日は「ネオ・ アリストテレス的」という言葉を使っていましたけれども、コミュニタリアン。前回ま での講義でその論争の中身をお話されたと思うんですが、簡単に要約をして二つの主体 間の対立について説明をされた。ひとつはvoluntaristというふうに言います。日本語で 「主意主義的」というふうに訳していますね。人間があることを自由意志によって選択 をするということを中心にする考え方です。これに対するネオ・アリストテリアンの考 え方は、「物語的な自己論(narrative account of self)」で、マッキンタイアの考え 方に基づく説明をしていました。これがサンデル自身が言うところの「負荷ありし自己 (encumbered self)」という考え方になるわけです。 おそらくここまで前回で話をしていて、今日、その二つの対立に基づいて、政治的ある いは道徳的な責務についてどう考えるか。これも『白熱教室』で話していましたけど、 三つの種類の責務がある。一つ目は人間としての普遍的な道徳的義務ですね。二つ目が、 約束をする、あるいは契約をすることによって生じてくる自発的な責務(obligation) ですね。この二つがvoluntaristの考え方に対応するということです。一つ目は、人間が 人間として持つ普遍的な義務ですから、普遍主義的です。二つ目のほうは契約をするこ とによって生じるので、particularですね。特殊なもの、あるいはそのひとたちに限定 されているものという意味で、particularです。これに対して、物語論的な自己に対応 する考え方というのが、連帯とか構成員(membership)としてのobligation。これはあ るコミュニティに属することから生じてくる。だから明示的な契約とか合意に基づくも のではなくて、しかし特殊(particular)なobligationである。この三つについて説明 し、第一の考え方と第二の考え方では、ふつうの市民には政治的な義務、市民としての obligationは存在しない。政治家などは自分で公職についているわけですからその責任 があるけれど、ふつうの市民は何かをしなければいけないということがない。それに対 して三つ目の考え方が、historyとか、あるいはrepublicですね。citizenという資格に おける責務を持っている。だから人々がコミュニティに対して責任感を持つとか、忠誠 心を持つとか、公共的な責務を負うとか、そういうことを意味しているわけです。議論 としては、一つ目、二つ目だけで十分であるかどうかということを議論していこう。こ れが日本の11回目の講義とだいたい対応する内容であったということです。 すこし目新しいと思ったのが、いまお話した主体間と責務の関係を明確に話をされてい たということと、もうひとつはコミュニタリアン的と言われる立場について、「物語論 的な(narrative account)自己」とか「ネオ・アリストテレス的(neo Aristotelian)」 という言い方をしていたことです。マッキンタイアもアリストテレスも『白熱教室』に は登場しているのですけれど、よりその関係を明確に定式化しているという印象を受け ました。サンデル先生に、終わったあと「『ネオ・アリストテレス的』という言葉を使っ ているところが新しかった」というふうに聞いたところ、確実にこういうふうに言葉遣 いをしたと決めたわけではなさそうですけれど、「そのほうがclarifyするのに役立つの ではないか」というふうに言っていました。「どう思うか」と聞かれたので、私として は「明晰にするためにはとても役立つのではないか。ただ逆に言うと、同じギリシアで も、プラトンとかソクラテスについてはこういうのは出てこない。このへんとの関係は
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