EPISODE · Jun 10, 2020 · 1H 35M
われらのラッセル我们的罗素哲学03(第1章第1段落)
from われらの哲学 レオンラジオ 楠元純一郎
オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」作詞作曲 楠元純一郎編曲 山之内馨<われらのラッセル哲学第3回(『哲学の諸問題』第1章第1段落)ラジオ収録20200603>↓「继续阅读」を押すと全文が読めます。↓【ラジオパーソナリティー】 楠元純一郎(法学者) レオー君(美術家・録音編集者)【ゲスト】 松尾欣治(哲学者・大学外部総合評価者) 冯宪中(国際経済学者) 石川啓子(HSK試験監督官)みなさん、こんばんは、2020年6月3日(水曜日)、レオンレイディオです。しょうちゃんも、ふみちゃんも聴いてる?それではいってみましょう!レオ君とナンユアンの、レオンレイディオ。はい、今夜は、哲学者の松尾欣治先生、国際経済学者の冯宪中老師、HSK試験監督官で歌手・漫画家の石川啓子先生にお越しいただいております。啓子さんのオリジナル曲はいろいろありますが、とくに「ひとりの湘南ロード」が大好きです。私の場合、この歌を聴くとなぜか70年代後半ごろの情景が思い浮かばれ、なつかしく感じられます。さて、今回はラッセル哲学第3回目で、『哲学の諸問題』の第1章第1パラグラフを味読いたします。それでは始めます。まず、Chapter 1からですね。I Appearannce and Reality第1章 事物の様子と本性(本当の姿・性質)第1章 表象和真实 Appearanceはあらゆる感覚(五感である視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、そして、第六感も?人によっては ⁉︎)を使って、そしていろいろな条件の下で、とらえることのできる、感じたままの様子にすぎません。また、事物の本当の姿と性質であるRealityはきっと必ずどこかに存在するはずですが、「実はこれです!」と言って、ずばりそれを指し示すことは誰にもできません。 結局それは、感じたままの経験であるその様子から分析し、想像し、判断することによって、本物の姿を帰納的に考察するしか方法がないのです。 私は当初Appearanceを外見とか、外観とかと考えてみましたが、感覚は視覚だけではないので、結局、そのような訳を避けました。 Realityは、私の辞書では、現実とか、真実とか、実在とか出てきます。経験的な現象として現れるあらゆる様子だってある意味、現実だし、実在というと哲学用語みたいで、とたんに難しく感じられるし、そうするとその中では真実が一番その訳に近そうな気がしますが、では、具体的に何が真実なのだろうかと考えると、事物の本性とか、本当の性質といった言葉に行き着き、そして、本当の姿(これは視覚的なものに限らない意味です)と訳すのが適当だと考えました。ちょっと大人びた言葉では、「事物の様子と本性」と、今のところですが、そのように考えております。<第1章第1パラグラフ>IS THERE ANY KNOWLEDGE in the world which is so certain that no reasonable man could doubt it?この世の中に、まとも(合理的)な人ならば疑おうとしても疑うことのできない確かな知識は存在するのであろうか?这世界当中是否存在任何的知识,真切到我们人类找不到理由去怀疑的呢?This question, which at first sight might not seem difficult, is really one of the most difficult that can be asked.この問題は一見してそれほど難しいようには思われないが、質問される問題の中で、実にもっとも難しい問題の一つなのである。这个问题乍一看并不难,可确实是人们所能提出来的最难的问题之一。When we have realized the obstacles in the way of a straightforward and confident answer, we shall be well launched on the study of philosophy -- for philosophy is merely the attempt to answer such ultimate questions, not carelessly and dogmatically, as we do in ordinary life and even in the sciences, but critically after exploring all that makes such questions puzzling, and after realizing all the vagueness and confusion that underlie our ordinary ideas.realize obstacle launch dogmatically puzzling vagueness confusion underlie我々が率直に自信をもって回答するのに支障があることに気づいたとき、我々は哲学の勉強をまさに始めているのであろう。その哲学というのは、我々が日常生活において、そして科学的研究においてすら起こしてしまう不注意で独断的なものであってはならず、そのような問題を不可解なものにするあらゆる事象を探求した後で、そして、我々が普通で当たり前だと思っている考えにあるあらゆる曖昧さや混乱を理解した後で、批判的にそのような究極の問題に答えようとする試みにほかならないのである。簡単にいうと、 「我々が、なにか率直に自信をもって答えにくいと感じた時こそ、まさに哲学を始めているのです。哲学というのはある究極の問題に答えようとする試みです。それは我々が日常生活においてよくやるように、そして科学を研究する場合ですら犯してしまうような不注意で独断的なものであってはなりません。そうではなくて、「哲学をする」というのは、我々が普通で当たり前だと思っている考え、つまり、常識だと思っていることには曖昧さや混乱があるということをわかった上で、批判的にそのような問題に答えようとする試みなのです。」当我们意识到在我们自信而率直地回答问题的道路上存在的阻碍时,我们就将会处在研究哲学的良好开端——这是因为,哲学仅仅是回答这些终极问题的一种尝试,它并非好像我们在日常生活中,甚至是在科学当中那样粗枝大叶而武断地回答,而是在探究过所有导致这个问题使人困惑的东西后,以及在我们认识到暗藏在我们平常的思想之下的暧昧与混乱之后,才进行的批判性的回答。
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