EPISODE · Oct 28, 2020 · 18 MIN
われらのラッセル我们的罗素哲学23(第1章第20段落)
from われらの哲学 レオンラジオ 楠元純一郎
オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」作詞作曲 楠元純一郎編曲 山之内馨<LeoNRadio日の出 われらのラッセル哲学第23回(『哲学の諸問題』第1章第20段落)>ラジオ収録20201028日本語翻訳者 楠元純一郎(法学者)中国語翻訳者 レオー(録音師・美術家)日本語監訳者 松尾欣治(哲学者・大学外部総合評価者)中国語監訳者 冯宪中(国際経済学者) Among these surprising possibilities, doubt suggests that perhaps there is no table at all.これらの驚くべき可能性の中においては、おそらく食卓なんてそもそも存在しないのではないかという疑念も呈せられる。 在这些令人惊讶的可能性中,怀疑表明也许根本就没有桌子。Philosophy, if it cannot answer so many questions as we could wish, has at least the power of asking questions which increase the interest of the world, and show the strangeness and wonder lying just below the surface even in the commonest things of daily life.哲学には、それが我々が望むほど多くの問題に答えることができないとしても、少なくとも世界に対する興味を増大させる問題を問いかける力があり、日常生活のごくありふれた物においてすら、表面のすぐ下には不思議さと驚きがあることを示しているのである。哲学如果不能如我们所希望的那样回答这么多问题,那么它至少有能力提出一些问题,这些问题可以增加世界的趣味性,并显示出即使在日常生活中最普通的事物中也存在着表面之下的奇怪和惊奇。<第1章のポイント> 我々が視覚、聴覚、触覚等の五感を使って感じられるままの様子、すなわち、物事の現象は、その本当の姿(真実)とは異なっているはずであり、我々が捉えているのは、ただ、その真実のセンスデータの記号(しるし)にすぎない。 どこまでいっても真実には迫ることができないとしたら、そもそも真実なんてこの世に存在していないのではないかという疑念さえ生じる。 それゆえ、我々が日常なにげなく使っている食卓ですら、哲学的な問いによっては、実に驚くべき不思議な可能性を秘めているのである。<松尾先生のコメント> 『哲学の諸問題』の第1章は、この本の全体15章の予告編のようなものであり、後々の展開のための布石が随所に散りばめられています。その布石というのは「あれ?」と思わせるような手品の仕掛けみたいなものなんです。第2章からはいよいよその種明かしが始まりますので、みなさま、これからどんどん楽しくなりますよ、お楽しみに!
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