EPISODE · Feb 17, 2015 · 53 MIN
音楽と哲学で生きる方向を見定める
from 哲楽 · host 哲楽編集部
風間コレヒコさんは、週の3日を障害者の自宅介助員として働き、残りの時間をミュージシャンとして活動している。高校時代に、地元の福岡で見たアンダーグラウンド・バンド「人間」のライブに衝撃を受け、直後に友人3人でバンドを結成。ノイズやパンクを織り込んだ音楽作りが、自分が初めて見つけた「夢中になれるもの」だった。 The post 音楽と哲学で生きる方向を見定める first appeared on 哲楽.
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風間コレヒコさんは、週の3日を障害者の自宅介助員として働き、残りの時間をミュージシャンとして活動している。高校時代に、地元の福岡で見たアンダーグラウンド・バンド「人間」のライブに衝撃を受け、直後に友人3人でバンドを結成。ノイズやパンクを織り込んだ音楽作りが、自分が初めて見つけた「夢中になれるもの」だった。 哲学との出会いは、高校卒業後に永井均氏の『〈子ども〉のための哲学』を手にした時に訪れる。「この本に書かれてあることが哲学なら、自分が小さい時からやってきたことと同じなのかもしれない」、そう考えると胸が躍った。本の内容と、小学校三年生の時に隣の席の松崎さんと話した不思議な会話が重なった。「他の人にとっての色の見え方は、確かめようがないはずだから、僕が赤と言っている色も、松崎さんにとっては青かもしれないよね」と言うと、松崎さんも「そうだね」と返したという。それからクラスの友達にも、青と赤をあべこべに呼ぶことを始めた。時々、間違って赤色を赤色と呼んでしまうと「え、風間にとっては青じゃないのかよ」と突っ込みを受けるほど、「風間君はちょっと変なやつ」という認識がクラスの中で共有されていた。通信簿には「風間君は哲学的なのは良いのですが、もう少し素直になりましょう」と書かれた。「哲学的」という言葉の意味が分からず、母に尋ねると、「あまのじゃくってことよ」との返答。その後、十数年経って初めて、永井氏の本で、自分の問いが哲学史上議論されてきたものだと知ったのだ。 その本を読み終わると、風間青年はすぐに福岡から千葉大に電話をかけた。「永井先生はいらっしゃいますか、ちょっと話をしてみたいんですけど」。そう言うと、電話越しの事務の女性は「では受験して下さい」と答えた。猛勉強でみごと千葉大に合格して、希望通りに永井ゼミに入ると、それから卒業までの4年間、言語哲学の世界に浸った。在籍中に「デラシネ」という3ピース・バンドも結成。アルバムをリリースするも、大学を卒業してから、仕事らしい仕事に就くことなく、アルバイトを転々とする。そんな時、音楽仲間から、障害者介助の仕事を紹介された。 ここでもまた、その面白さに急速にはまった。続けていて楽しい仕事は初めてだった。この仕事は、「頑張ってはいけない」仕事なのだと気がついたとき、自分の役割がわかった。自分が介助している人が赤信号を渡りたい、お酒を浴びるほど飲みたいと願ったら、一緒に間違いを犯すのが介助者の役割なのだと。重度障害者向けの福祉施設から出て、自由に生きたいと願う人々の生き方に寄り添うのは、飽くことなく刺激的だった。ライブの海外遠征で異文化の価値観の違いに触れたときと同じように毎日が新鮮だった。気がつくと、介助の仕事を始めて7年が経っていた。 そんなとき、「哲学」と「音楽」が不思議な形でリンクする体験をする。それまで楽譜でしか同一性を保てなかった音楽表現のなかで、演奏者個人のグルーヴ感が、コンピューターで正確に再現できるようになりつつあった。そのことと、哲学業界が言語論的転回を迎え、人の印象や観念の分析から、言葉の分析が哲学者の仕事として流行し始めたことがぴったり重なることに気がついたのだ。これこそ「現代の潮流」なのだと理解したことで、「それだったら」自分の音楽はコンピューターや言葉で再現できない表現を追求したいと思うようになった。 幼少期からの口ぐせ、「それだったら」。あまのじゃく精神がここでまた開花すると、月に一度の頻度で、ソロでのライブ活動を始めるようになった。「機械で再現できないのは、自分の身体そのものなのかも」。その直感を確かめるように、全国各地のライブハウスで、今もノイズ音を響かせている。 最後に「今度は哲学の話を書いて表現してみたい」と意気込みを語った風間さん。インタビューが終ると、言葉をつなげた。「あと、もう少し喋ってみたいんですけど」。穏やかなその声は、小学校の教室で、隣の席の松崎さんに向けられたものと同じだったのかもしれない。 インタビュー ※音声収録の後に加筆・編集していますので、podcastの内容と同一ではありません。 哲学界にノイズをぶちまける快感 ——先日、雑誌の主催で「哲楽ライブ」というイベントを行いました [i] 。これは、生粋の哲学者と哲学科出身のミュージシャンが歌い、語るライブということで、哲学科を卒業した方々や、哲学を今まさに学んでいる方々が、ご友人や恋人を連れて来られるように企画しました。風間さんもそこで朗読と、永井均先生との対談と、ノイズのライブも披露してくださったので、その時の感想からお話いただきたいと思います。 風間:そうっすね、やっぱり対談に関してはあれでしたね、うまく説明できないなっていうか。話していて人に伝わっている時って、伝わってるなって感じが喋っていてわかるものなんですけど、あの時は、掴みきれない感じがずっとあって。音楽をやっていても一緒なんですけど、会場の空気みたいなのを掴めている時ってやっぱりやっていてわかるんですけど。普段は、あんまり話すことってないですから、あの時は、難しいもんだなっていうか(笑)。まあ自分の哲学的なアレが足りてないというのもあるんですけどね。 ——表現する難しさということですか? 風間:そうっすね。永井先生は直感的にずばって、誰にでもわかるような言葉で言えたりとか、そういうのがすごいなあと思って。やってみて、そのへんが勉強になりましたね(笑)。 ——普段のライブとどの辺が違っていました? 風間:ライブと全然違うっちゃあ違うんですけど。会場の空気を掴めてるかどうかみたいなところとかはすごく似てるなあと思いましたけど。うーん。まあちょっといっぱいいっぱいでしたね(笑)、あの時は。 ——対談のあとにもライブを控えていて。結構配線が大変な、仕掛けが大掛かりなものだったので、それがうまくいくかどうかっていうのも頭にありつつお話いただいていたと思うのですけれど。 風間:ちなみにリハの段階では一回もまだ配線がうまくいっていなくて、「まあなんとかなるっしょ」みたいな感じで、リハを終えてたんですけど、時間が残り5分ぐらいになってたじゃないですか。「音、出ないかもな」っていうのはちょっと思ってたけど。でも、ライブはライブですごく楽しかったですね。あの時って僕のライブで見る顔の人もちらほらいたけど、基本的にはやっぱ哲学関係の人だなあ、と。だから、普段ノイズとかにそんなにこう馴染んでないだろう人たちの前でノイズをまき散らすのって、ノイズのやりがいがあるっていうか(笑)。 ——怖いと思わなかったですか? 風間:いやぁ。普段はずっとライブハウスとかでやってるもんだから、逆にわかってる人の前でわかってることをやっちゃう面白くなさ、みたいなのがあって。哲学の世界もそうかもしれないですけど、音楽の世界もわりとやっぱり閉じてるんですよね。ライブハウスにくる人ってすごく限定されていて。企画もよく自分でやったりするんですけど、どうやったら普段来ない人たちを巻き込めるかみたいなことをよく考えているもんで、ライブハウスとかに集まってくるような人たちじゃない人たちがいるところでやれるってのは、すごく楽しかったですね。 ——私が後で聞いた話だと、哲学を音楽で、音楽的な文法というか表現の形態で表現する時に、「ノイズってすごく、考えてみればぴったりだったかもしれないですね」ということを言っていた人がいて。風間さんにお願いしてよかったなと(笑)、思っていました。 風間:普段はああいうのをいつもやっているわけじゃないですけど、何か音楽を演奏してくれっていう話になって、何がいいかなあと思って。普段やってるやつとかよりも、ノイズフィードバックのほうが何か、いいかなって思って。僕も何か、それはわかる気がするんです。 ——多分、聞いてくださっている方には、どんな感じのライブだったかイメージできないと思うのですが、どういう仕掛けだったのか、教えて頂けますか? 風間:あれはそうですね、一台だけフィードバックを起こしてて。フィードバックってのは、まずテレビにはビデオカメラで撮った映像が流れてるんですけど、でもそ...
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