EPISODE · Aug 24, 2011 · 28 MIN
臓器移植法改正案に反対した科学哲学者、金森修さんの思い
from 哲楽 · host 哲楽編集部
「金森少年は、コミュニケーションに自信がなく、大学時代東京に出てきたときにも、人との接触に戸惑うことがあったという。そんな「私と世界とのしっくりいかなさ」 から解放してくれたのが、哲学だった。」哲楽第3号pp.28より The post 臓器移植法改正案に反対した科学哲学者、金森修さんの思い first appeared on 哲楽.
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金森修先生の訃報に接し、哲楽編集部一同、謹んで哀悼の意を表します。 2011年8月25日にご協力頂いたインタビュー記事の全文をここに公開いたします。思いつきうる反論をすべてご自身で織り交ぜながら御答え下さり、とても印象的なお話でした。 2016年5月27日 哲楽編集人 田中さをり 概要 金森修さんは、東京大学大学院教育学研究科で科学哲学を教えている。金森さんは、東京大学人文科学研究科博士課程に在籍、その最初の半学期を終えた後に、パリ第一大学に入学し、そこで哲学博士を取得したという経歴をもっている。実は子どもの頃の金森少年は、コミュニケーションに自信がなく、大学時代東京に出てきたときにも、人との接触に戸惑うことがあったという。そんな「私と世界とのしっくりいかなさ」から解放してくれたのが、哲学だった。今では哲学を一種の天職だと考えている。 改正案に反対表明した時の思い 金森さんは、2009年6月18日に臓器移植法改正案が衆議院を通過したとき、「生命倫理会議」の一員として緊急声明を発表している。友人の小松美彦氏とともに、臓器移植法改正案に反対の意思を表明したのだ。従来の臓器移植法においては、意思表明に従って提供したい人だけ提供するという形だったが、今回の改正によって、臓器を半ば自由に取ってしまえる形になりつつあるという。金森さんは、基本的に臓器移植に反対しているが、その根底には「死者をきちんと埋葬するのが人間の基本的な義務なのに、臓器がバラバラにされ運ばれていくのは埋葬の失敗ではないか」という感覚があるという。しかしその個人的な感覚はともかく、人によっては自分の体からの臓器提供を積極的に行いたい人もいるので、その意思は尊重すべきであり、1997年の臓器移植法はそのような臓器提供者の意思を尊重するという点で意義があるとする。このことを金森さんは、臓器移植法は「臓器移植一般推進法」ではなくて「臓器移植限定認可法」、つまり提供したい人に限定して提供を認めるという法律であるべきだ、と強調する。2009年の改正はこの線から決定的に逸脱するものというのが、金森さんの批判の焦点にある。 子どもの脳死臓器移植に対する考え 金森さんは子どもからの臓器提供の問題について「難しいですね」としながらも、非常に重い心臓病の子どもをもった親たちに、臓器移植は認められないとはなかなか言いにくいが、しかし臓器移植はやはりやめてもらいたい、一刻も早く人工臓器や代替医療を進めてもらいたい、と率直にその思いを語った。 子どもや親への教育は可能か 最後に、子どもからの臓器移植について子どもに教えるべきことがあるとしたら、そのポイントになるのは何かと尋ねた。「15歳未満の子どもに意思決定を迫るのは難しいが、動物や人間の命について考えるきっかけを与えることはできる。一番やってはいけないのは、「臓器移植はすべきであり、しない人は利己的で悪い人だ」、という方向に誘導する教育を行うことだ。あくまでも一人一人の生命観を尊重すべきであり、子どもからの臓器移植については、そういう話題があるということに留めるべきだ」。これが、3人のお子さんの父親でもある金森さんの答えだった。 インタビュー ——2009年の6月18日に衆議院の本会議で脳死を一律に人の死とする臓器移植法案のA案という法案が可決されました。党を超えていろんな意見が出された案だったんですが、この法案が可決された翌日に、生命倫理学研究者が集まっている生命倫理学会議というところで、緊急声明が出されまして、金森先生もこの場で反対の意見表明を出されております。この反対の意見を出された時のお気持ちをお聞かせ頂けますか。 金森: 私は確かに、7、8年前、もっとですかね、10年くらい前から、もともとの教養はフランスを中心としたヨーロッパのものが私の基盤なんですけれども、アメリカの生命倫理がやはり日本でも重要になってきているし、世界的にみても随分重要になっているので、主にアメリカの生命倫理学の歴史を勉強することになりました。それも、単に臓器移植だけでなくて、人工妊娠中絶などの問題をいろいろと勉強していました。また私は必ずしも脳死の問題を中心に追っかけていたわけでもなく、むしろ私の30年来の悪友の小松美彦というのがいまして、彼がこの問題に関しては日本で最も明確でなおかつ一貫した反対論を言ってきている人でしたので、いわば彼に任せたという感じでいたわけです。97年に臓器移植法ができたときにも注目していたわけですが、その後ご存知のように、大量の移植手術が行われるわけでもなくきたわけですよね。確かに97年の法案もダブルスタンダードみたいなところがあって、いろんな問題もあったのかもしれないですけれど、今になって考えてみると、2009年に急激に改正された、私に言わせれば改悪なんですけれど、それにくらべれば、自分自身の意見をきちんと言って、その人の死生観に合わせて提供するなら提供する、提供しないなら提供しないということがきちんと確保されていたので、今みたいに死後に家族が当人の意思を忖度してみたいなね、そんな曖昧なことではなかったというふうに思っています。ですので、2009年の改正は非常に許しがたいと思っていたので、ずっと小松などに任せていて私自身はほとんどこの問題に関しては書いてさえもいなかったんですけれども、あの時に急遽、生命倫理会議という一時的な会を作りまして、小松が代表になって、私も参加して、2〜3回厚生労働省に行って、意見表明をしたわけです。 その時は何としてでも1997年の段階に留めるというか、そういう気持があった。脳死の後で臓器移植のために自分の臓器を提供することがあっても良いとは思うんですが、それはあくまで、あのぐらいのレベルでといいますか、年に数例といいますか、そのくらいのレベルでやるのがちょうどいいといいますか。臓器移植法というのは、本来は臓器移植限定認可法、つまりどうしても提供したい人はどうぞ提供して下さい、自分の死生観がありますので、ご当人の意思に従う、というかたちでいいのではないか。ところがそれが2009年以降、2010年から施行されているんですが、家族の意志の忖度とかですね、つまり亡くなった人間の体っていうのがはっきりとはいわないまでも、半ば間接的に国家のものであって、国家がそれをどういうふうに使うかというのは、国家に任せなさいみたいな、そういう流れですよね。そういう流れの中に我々の体、特に、遺体が位置づけられるということに対する非常に強い違和感があったから反対を表明したわけです。 ただ、ご存知の通り、2010年、去年からですか、施行されている中でほぼ数倍のペースで臓器移植は増えてますよね。これが国民の意思なのか、いろんなコーディネータとか全体の流れの中で、日本人というのはいざとなるとそういう流れの中に割とのってしまう方なので、そういう流れの中にのっているだけなのか、それとももともと臓器を提供しても良いと思った人が今までの数倍は潜在的にいたのか、それはよくわからないですけれども。今の段階ではそのどちらなのかよくわからない状態なのではないかと思っています。 私自身は今でも根本的にはまったく意見を変えていませんで、もちろんご自分の死生観によるっていうことは大原則なんですが、ただ、もっといえばですね、私の場合には脳死臓器移植に関しては割と昔から一貫した考え方をとっています。小松美彦の場合には脳死患者と言われても、脳死という概念が科学的につつけばつつくほどいろんな問題があって、ひょっとすると痛みを感じているかもしれないし、やっぱり生きている、死んでいる状態とはいえないんだっていう考え方ですね。だから生きている人間から臓器をとるなんてとんでもないということになるわけです。他方、私の場合はですね、脳死というのが仮に医学的に死んでることにほぼ準じるということになったとしても、なおかつ臓器移植などはするべきではないという考え方に立っています。これは科学の位相にある判断ではないのです。 なんで私がそういう考え方をとるようになったかというと、自分自身の精神分析はちょっと無理なのでよくわかりません。それはやはり宗教的な位相にあるものです。例えばですね、昔ギリシャ悲劇にソフォクレスっていう大変有名な悲劇作家がいたんですが、彼には『アンティゴネ』という有名な作品があります。細かいことは忘れちゃいましたけど、ある戦いで兄が亡くなって遺体が転がっているわけですよね。ところが政治的に勝った方が、遺体が転がっているのを、動物が食らうに任せるというか、腐るに任せる、放っておけ、埋葬するなという命令を出しているときに、アンティゴネは、命令に逆らえば自分も殺されるというのはわかってはいたが、兄の体を埋葬しようとするわけですよね。それで結局確かアンティゴネも殺されちゃうんだと思うんです。あのアンティゴネの気持、あの感覚に近いといいますか。 つまり、私に言わせると、臓器移植というのは亡くなった人の体をバラバラにして、わざわざヘリコプターを使ってまでして、あるもの...
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