EPISODE · Jul 29, 2026 · 16 MIN
ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード…ーーまたは、或るDJの「自伝」)ーー
from 珈琲 , Jazz & 巡礼と… · host jazzywada
人生というものは、不思議なものである。振り返ってみると、その時々では遠回りに思えた道が、実は一本の長い線になっていたことに気づく。私にとって、その道にはいつも音楽があった。1972年9月8日、午前0時5分。山陰放送『わだひろとのミッドナイト・パートナー』最終回。大学4年生だった私は、卒業と就職を目前に控え、深夜のマイクの前でリスナーに別れを告げていた。当時、ラジオは若者にとって特別な場所だった。顔も知らない誰かと、同じ音楽を聴き、同じ夜更かしをし、同じ時代を生きている。そんな不思議な連帯感があった。あれから半世紀以上。まさか再び、人前でレコードを回し、マイクを握ることになるとは思ってもいなかった。現在、私は福山市で「コーヒーとレコード音楽で愉しむ会」を続けている。気がつけば10年以上。参加費は無料。商売でもなく、イベントビジネスでもない。理由は実に単純だ。「自分が飲むコーヒーを淹れて、みんなで一緒に飲んでいるだけ。」それ以上でも、それ以下でもない。好きな音楽を流し、美味しいコーヒーを淹れ、その時間を誰かと共有する。その積み重ねが、地域の小さなコミュニティになっていった。誤解されることがある。レコードを聴き、コーヒーを自家焙煎していると、「昔ながらの人ですね」と言われる。しかし、実際はそうでもない。レコードは約3,000枚。その管理はデジタルデータベース。イベントの選曲ではAIも活用している。開催日、会場、参加者の年代などを入力すると、AIはそれらしいキューシートを作ってくれる。便利な時代になったものだ。ただし、最後の最後だけは任せない。実際にレコードへ針を落とし、自分の耳で確かめる。その作業だけは、人間がやる。AIは優秀だ。しかし、どうしても「ベタ」なのである。無難で、平均点が高い。だからこそ、その日の空気、その場の匂い、人の表情までは拾えない。最後の一枚を決めるのは、データではなく感覚だ。そこだけは、まだ人間の仕事だと思っている。コーヒーも同じだった。豆の価格が高騰したことをきっかけに、自家焙煎を始めた。使っているのはケニアAA。焙煎がうまくいった瞬間、部屋いっぱいに甘い香りが立ちのぼる。あの香りだけは、どんな最新の機械にも作れない。レコードもそうだ。盤を取り出し、ジャケットを眺め、針を落とす。音だけではない。紙の質感も、インクの匂いも、ターンテーブルが回り始める静かな時間も含めて、一枚のレコードなのである。便利さだけを追い求める社会では、こうした「手間」は無駄と言われるかもしれない。しかし私は逆だと思う。人間を人間らしくしているのは、案外その無駄の部分なのではないか。学生時代、私は落語研究会にも所属していた。「風紋亭」という名前も、その頃につけた高座名である。鳥取砂丘に風が描く模様、「風紋」。現れては消え、また現れる。そんな儚さに惹かれた。レコード会では、曲を流すだけではない。ジャケットを見せながら、その曲が生まれた時代やミュージシャンの物語を語る。音楽を聴くというより、紙芝居のように物語を楽しんでもらいたいのである。音楽は、背景を知ると何倍も面白くなる。1972年の最終放送で、私はリスナーへこんなことを話した。「大人になっても、何かを知りたいという気持ちだけは忘れないでください。」あの頃は若者だった。今では、その何倍もの年月を生きてきた。けれど、自分ではあまり変わった気がしない。AIを触るのも面白い。コーヒーを焙煎するのも面白い。新しいレコードを探すのも楽しい。結局、人は歳を取るのではなく、好奇心を失った時に老いるのかもしれない。人生は、一直線ではない。寄り道もする。迷子にもなる。遠回りもする。けれど、そのすべてが一本の「Long and Winding Road」だったのだと、今なら思える。レコードの針を落とす音。焙煎した豆から立ちのぼる甘い香り。コーヒーカップを手に笑う人たち。AIと向き合いながらも、最後は自分の耳と手を信じること。そのどれもが、私にとっては同じ一本の道の上にある。今日もまた、その道の続きを歩いている。ゆっくりと。遠回りをしながらも…
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