EPISODE · Jun 7, 2026 · 23 MIN
【週刊】ナマケもんマガジン 第38回
from ナマケもん戦略研究所 ラジオ · host ナマケもん
(2026-06-07)週刊「ナマケもんマガジン」は、NOTEで過去1週間で投稿された連載記事の解説とオリジナル音楽を融合した思想系エンターテインメントです。 テーマは“どう勝つか”ではなく“どう続くか”。拡大量と効率至上を超え、Non-Exhaustive Growth(消耗しない成長)を語ります。 後半では『ブラックなホワイト社会』『制度敗戦』などの著作をモチーフに制作した楽曲を公開。 NOTE、Youtube、Spotify、Apple Podcastと連動し、思想・音楽・制度論、経営思想、文化論、社会論など、ジャンルを超えて横断するナマケもんの世界へ。 ★ NOTE:https://note.com/orangeman_x ★ Spotify:https://open.spotify.com/show/0j8dq3eGR2MEtDcTzTHiyt?si=HNERZsCVS5CEOB9_l2LMBg ★ Apple Podcast:https://podcasts.apple.com/us/podcast/ナマケもん戦略研究所-ラジオ/id1839105994 ★ Youtube 再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PL2dBzmu5dVYFRLdl5Nx7sOQ_aGixVoufh #ナマケもんマガジン #ナマケモノ戦略 #経営思想 #制度創生 #共感の経済 #NonExhaustiveGrowth Ⅰ.連載記事の解説パート ① 『危機と戦争の金融資本主義』第2章「フランス革命と近代金融資本主義の誕生」 フランス革命は、王政の崩壊や共和制の成立という政治的事件として語られることが多いですが、本章ではそれを金融制度の転換として読み直しています。旧体制の財政危機、国債、徴税、戦費調達、紙幣発行といった問題は、革命の背後に常に存在していました。つまり近代金融資本主義は、安定した平時の中から自然に生まれたのではなく、危機と戦争、国家の再編の中で形成されていったのです。ここで示される重要な視点は、金融とは単なる経済技術ではなく、国家が自らを維持し、危機を乗り越え、戦争を遂行するための制度でもあるという点です。危機は制度を破壊するだけではありません。むしろ、危機を契機として別の制度が作動し、新しい秩序が生まれていきます。本章は、金融資本主義の起源に、国家権力、暴力、信用、戦争が深く組み込まれていたことを明らかにしています。 ② 『死の社会学』第10章「三者比較 ― 日本・メキシコ・西欧近代の死の文化」 本章では、日本、メキシコ、西欧近代という三つの文化圏における死の扱い方が比較されます。日本では、死は慎みや静けさと結びつき、供養や追悼を通じて日常から一定の距離を置かれる傾向があります。メキシコでは、死者の日に象徴されるように、死は祝祭化され、可視化され、生活の中に組み込まれます。一方、西欧近代では、生命は絶対的な権利として理念化される一方で、戦争、死刑、植民地支配などを通じて制度的に命が奪われてもきました。この比較によって見えてくるのは、死の文化とは単なる風習の違いではなく、社会が人間の命をどこに配置するかという制度設計の問題でもあるということです。死を隠す社会、死を祝う社会、死を権利として制度化する社会。それぞれの死の扱い方は、生きている人間の感覚や共同体のあり方を形づくります。死をどこに置くのかという問いは、実は生をどのように守るのかという問いでもあるのです。 ③ 『MBA的常識の限界』第4部 第1章「二次元マトリクス(Scale × Relationship)」 本章では、第4部の実践的な枠組みとして「Scale × Relationship」という二次元マトリクスが提示されます。Scaleとは規模、Relationshipとは関係性です。この二つの軸で企業を捉えることで、単純に成長企業か停滞企業かという見方を超え、企業の状態をより立体的に理解することができます。規模は大きいが関係性が薄い企業、規模は小さいが関係性が深い企業、規模も関係性も中途半端な企業。それぞれの位置には、それぞれの強みと弱みがあります。ここで重要なのは、規模が大きいこと自体を否定しているのではなく、規模と関係性のバランスを問うている点です。大きくなればなるほど、顧客、従業員、地域との関係は抽象化されやすくなります。一方、小さな組織は深い関係性を保ちやすい反面、スケールの限界を抱えます。このマトリクスは、企業が自らの現在地を確認し、どの方向へ移動すべきか、あるいは移動しない方がよいのかを考えるための地図なのです。 ④ 『制度敗戦Ⅲ ― 分配と承認の統治論』序章「分配と統治の普遍原理を問い直す」 今週から始まった新連載『制度敗戦Ⅲ ― 分配と承認の統治論』は、分配と承認を統治の根本原理として問い直す試みです。分配というと、通常は所得、財源、税制、社会保障といった物質的な配分の問題として理解されます。しかし本連載が扱う分配は、それだけではありません。人々が社会の中でどのように位置づけられ、何を受け取り、どのように承認されるのか。つまり分配とは、物質だけでなく、存在位置や役割の配分でもあるのです。ここで承認が重要になります。人は、単に所得があれば社会の中で安定するわけではありません。自分が必要とされている、自分の存在が見られている、自分の役割がある。こうした承認が失われると、制度は形式的には維持されていても、人々の内側では空洞化していきます。本連載は、制度を単なる仕組みではなく、人間をどこに置くのかという統治の思想として捉え直していきます。 Ⅱ.音楽コーナー(Music Section) 『空間(移動のリスク)』 今回の音楽コーナーでは、アルバム『究極の生存戦略』より第2曲「空間(移動のリスク)」を取り上げます。前回の「生命(遅さの合理性)」が、速さや拡大を前提としない生存のあり方を問う曲だったとすれば、今回の楽曲は「移動すること」が本当に自由なのかを静かに問いかける一曲です。現代社会では、移動できることが自由や能力のように語られます。どこへでも行けること、変化に対応できること、場所に縛られないことは、一見すると可能性の象徴です。しかしその一方で、どこにも根づかないこと、どこにも守られないこと、どこにも戻れないことでもあります。空間を移動することは、単なる距離の移動ではありません。関係を切り替え、生活の基盤を変え、身体と時間に負荷をかける行為です。だからこそ、移動は自由であると同時に、消耗でもあります。金融も企業も人も移動を求められる時代に、この曲は「どこへ動くのか」だけでなく、「何を動かさずに守るのか」という問いを差し出してくれます。生き残るためには、ただ動けばよいわけではありません。留まることの知性、根づくことの強さを思い出させる楽曲です。#ナマケもんマガジン #ナマケモノ戦略 #経営思想 #制度創生 #共感の経済 #NonExhaustiveGrowth #スローキャピタリズム #思想系エンターテインメント #持続する社会 #ナマケもんラジオ
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(2026-06-07)週刊「ナマケもんマガジン」は、NOTEで過去1週間で投稿された連載記事の解説とオリジナル音楽を融合した思想系エンターテインメントです。 テーマは“どう勝つか”ではなく“どう続くか”。拡大量と効率至上を超え、Non-Exhaustive Growth(消耗しない成長)を語ります。 後半では『ブラックなホワイト社会』『制度敗戦』などの著作をモチーフに制作した楽曲を公開。 NOTE、Youtube、Spotify、Apple Podcastと連動し、思想・音楽・制度論、経営思想、文化論、社会論など、ジャンルを超えて横断するナマケもんの世界へ。 ★ NOTE:https://note.com/orangeman_x ★ Spotify:https://open.spotify.com/show/0j8dq3eGR2MEtDcTzTHiyt?si=HNERZsCVS5CEOB9_l2LMBg ★ Apple Podcast:https://podcasts.apple.com/us/podcast/ナマケもん戦略研究所-ラジオ/id1839105994 ★ Youtube 再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PL2dBzmu5dVYFRLdl5Nx7sOQ_aGixVoufh #ナマケもんマガジン #ナマケモノ戦略 #経営思想 #制度創生 #共感の経済 #NonExhaustiveGrowth Ⅰ.連載記事の解説パート ① 『危機と戦争の金融資本主義』第2章「フランス革命と近代金融資本主義の誕生」 フランス革命は、王政の崩壊や共和制の成立という政治的事件として語られることが多いですが、本章ではそれを金融制度の転換として読み直しています。旧体制の財政危機、国債、徴税、戦費調達、紙幣発行といった問題は、革命の背後に常に存在していました。つまり近代金融資本主義は、安定した平時の中から自然に生まれたのではなく、危機と戦争、国家の再編の中で形成されていったのです。ここで示される重要な視点は、金融とは単なる経済技術ではなく、国家が自らを維持し、危機を乗り越え、戦争を遂行するための制度でもあるという点です。危機は制度を破壊するだけではありません。むしろ、危機を契機として別の制度が作動し、新しい秩序が生まれていきます。本章は、金融資本主義の起源に、国家権力、暴力、信用、戦争が深く組み込まれていたことを明らかにしています。 ② 『死の社会学』第10章「三者比較 ― 日本・メキシコ・西欧近代の死の文化」 本章では、日本、メキシコ、西欧近代という三つの文化圏における死の扱い方が比較されます。日本では、死は慎みや静けさと結びつき、供養や追悼を通じて日常から一定の距離を置かれる傾向があります。メキシコでは、死者の日に象徴されるように、死は祝祭化され、可視化され、生活の中に組み込まれます。一方、西欧近代では、生命は絶対的な権利として理念化される一方で、戦争、死刑、植民地支配などを通じて制度的に命が奪われてもきました。この比較によって見えてくるのは、死の文化とは単なる風習の違いではなく、社会が人間の命をどこに配置するかという制度設計の問題でもあるということです。死を隠す社会、死を祝う社会、死を権利として制度化する社会。それぞれの死の扱い方は、生きている人間の感覚や共同体のあり方を形づくります。死をどこに置くのかという問いは、実は生をどのように守るのかという問いでもあるのです。 ③ 『MBA的常識の限界』第4部 第1章「二次元マトリクス(Scale × Relationship)」 本章では、第4部の実践的な枠組みとして「Scale × Relationship」という二次元マトリクスが提示されます。Scaleとは規模、Relationshipとは関係性です。この二つの軸で企業を捉えることで、単純に成長企業か停滞企業かという見方を超え、企業の状態をより立体的に理解することができます。規模は大きいが関係性が薄い企業、規模は小さいが関係性が深い企業、規模も関係性も中途半端な企業。それぞれの位置には、それぞれの強みと弱みがあります。ここで重要なのは、規模が大きいこと自体を否定しているのではなく、規模と関係性のバランスを問うている点です。大きくなればなるほど、顧客、従業員、地域との関係は抽象化されやすくなります。一方、小さな組織は深い関係性を保ちやすい反面、スケールの限界を抱えます。このマトリクスは、企業が自らの現在地を確認し、どの方向へ移動すべきか、あるいは移動しない方がよいのかを考えるための地図なのです。 ④ 『制度敗戦Ⅲ ― 分配と承認の統治論』序章「分配と統治の普遍原理を問い直す」 今週から始まった新連載『制度敗戦Ⅲ ― 分配と承認の統治論』は、分配と承認を統治の根本原理として問い直す試みです。分配というと、通常は所得、財源、税制、社会保障といった物質的な配分の問題として理解されます。しかし本連載が扱う分配は、それだけではありません。人々が社会の中でどのように位置づけられ、何を受け取り、どのように承認されるのか。つまり分配とは、物質だけでなく、存在位置や役割の配分でもあるのです。ここで承認が重要になります。人は、単に所得があれば社会の中で安定するわけではありません。自分が必要とされている、自分の存在が見られている、自分の役割がある。こうした承認が失われると、制度は形式的には維持されていても、人々の内側では空洞化していきます。本連載は、制度を単なる仕組みではなく、人間をどこに置くのかという統治の思想として捉え直していきます。 Ⅱ.音楽コーナー(Music Section) 『空間(移動のリスク)』 今回の音楽コーナーでは、アルバム『究極の生存戦略』より第2曲「空間(移動のリスク)」を取り上げます。前回の「生命(遅さの合理性)」が、速さや拡大を前提としない生存のあり方を問う曲だったとすれば、今回の楽曲は「移動すること」が本当に自由なのかを静かに問いかける一曲です。現代社会では、移動できることが自由や能力のように語られます。どこへでも行けること、変化に対応できること、場所に縛られないことは、一見すると可能性の象徴です。しかしその一方で、どこにも根づかないこと、どこにも守られないこと、どこにも戻れないことでもあります。空間を移動することは、単なる距離の移動ではありません。関係を切り替え、生活の基盤を変え、身体と時間に負荷をかける行為です。だからこそ、移動は自由であると同時に、消耗でもあります。金融も企業も人も移動を求められる時代に、この曲は「どこへ動くのか」だけでなく、「何を動かさずに守るのか」という問いを差し出してくれます。生き残るためには、ただ動けばよいわけではありません。留まることの知性、根づくことの強さを思い出させる楽曲です。#ナマケもんマガジン #ナマケモノ戦略 #経営思想 #制度創生 #共感の経済 #NonExhaustiveGrowth #スローキャピタリズム #思想系エンターテインメント #持続する社会 #ナマケもんラジオ
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