EPISODE · Jun 21, 2026 · 23 MIN
【週刊】ナマケもんマガジン 第40回
from ナマケもん戦略研究所 ラジオ · host ナマケもん
(2026-06-21)週刊「ナマケもんマガジン」は、NOTEで過去1週間で投稿された連載記事の解説とオリジナル音楽を融合した思想系エンターテインメントです。 テーマは“どう勝つか”ではなく“どう続くか”。拡大量と効率至上を超え、Non-Exhaustive Growth(消耗しない成長)を語ります。 後半では『ブラックなホワイト社会』『制度敗戦』などの著作をモチーフに制作した楽曲を公開。 NOTE、Youtube、Spotify、Apple Podcastと連動し、思想・音楽・制度論、経営思想、文化論、社会論など、ジャンルを超えて横断するナマケもんの世界へ。 ★ NOTE:https://note.com/orangeman_x ★ Spotify:https://open.spotify.com/show/0j8dq3eGR2MEtDcTzTHiyt?si=HNERZsCVS5CEOB9_l2LMBg ★ Apple Podcast:https://podcasts.apple.com/us/podcast/ナマケもん戦略研究所-ラジオ/id1839105994 ★ Youtube 再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PL2dBzmu5dVYFRLdl5Nx7sOQ_aGixVoufh #ナマケもんマガジン #ナマケモノ戦略 #経営思想 #制度創生 #共感の経済 #NonExhaustiveGrowth Ⅰ.連載記事の解説パート ① 『危機と戦争の金融資本主義』第4章「二度の世界大戦とドル覇権の成立」 今回の連載では、二度の世界大戦を通じて、世界金融の中心がポンドからドルへ移行していく過程が描かれています。戦争は軍事的衝突であると同時に、資金、信用、産業力、通貨秩序を組み替える巨大な制度変動でもありました。イギリスが戦争によって国力を消耗する一方、アメリカは工業力と金融力を背景に、世界経済の中心へと浮上していきます。ここで重要なのは、ドル覇権とは単に強い通貨の成立ではなく、「世界が何を基準に価値を測るのか」を決める力の成立だという点です。通貨は交換手段であるだけでなく、信用の形式であり、承認の装置でもあります。世界中の国や企業がドルとの関係で自らの位置を測られるようになるとき、金融秩序は中心と周辺を生み出します。この章は、覇権とは武力や資本だけではなく、価値を認める側に立つ力であることを示しています。 ② 『死の社会学』第12章「不処罰と司法制度の崩壊」 『死の社会学』第12章では、不処罰と司法制度の崩壊が、命の価値をどのように低下させていくのかが論じられています。殺人や失踪が起きても加害者が裁かれず、事件が解決されず、被害者の存在が制度の中で十分に記録されないとき、社会はその死を二重に消してしまいます。第一に暴力によって命が奪われ、第二に司法の不在によって、その死の意味が回復されないからです。司法とは、本来、被害を社会の中で確認し、失われた存在を公共的に記録する装置です。しかしそれが機能しないとき、被害者と遺族は制度の外側へ追いやられます。不処罰は、単なる行政能力の不足ではありません。それは、ある命が社会から十分に承認されていないという深い問題を含んでいます。この章が示すのは、命の重さは抽象的な倫理だけで守られるのではなく、制度がその死をどう扱うかによって左右されてしまうという現実です。 ③ 『MBA的常識の限界』第4部 第3章「現在地を測る(診断ツールとしてのマトリクス)」 『MBA的常識の限界』では、Scale、Relationship、Flexibilityという三つの軸を用いて、企業の現在地を測るためのマトリクスが提示されます。ここで問われているのは、単に企業を分析する方法ではありません。何を基準に企業の状態を理解するのか、という認識そのものの問題です。従来のMBA的な発想では、売上、利益率、成長率、市場シェアといった数値指標が重視されてきました。もちろん、それらは経営にとって重要です。しかし、測定できるものだけを重要視すると、企業の関係性、柔軟性、持続可能性は見えにくくなります。今回のマトリクスが持つ意味は、規模だけでなく、関係の深さや変化へのしなやかさを含めて企業を捉え直そうとする点にあります。これは人間の承認にも通じます。成果や肩書きだけで人を測れば、その人の存在全体は歪められます。同じように、企業も単一の指標で評価された瞬間に、その本来の可能性を見失うのです。 ④ 『制度敗戦Ⅲ ― 分配と承認の統治論』第2章「中央集権国家と成長モデル」 『制度敗戦Ⅲ』第2章では、中央集権国家と成長モデルの関係が論じられています。近代国家は、税を集め、予算を配分し、インフラ、教育、社会保障を整えることで、国民をひとつの制度空間へ統合してきました。高度成長期には、この仕組みは強力に機能しました。中央が資源を集め、それを成長分野へ配分し、人々に「より豊かになる未来」を提示する。その物語の中で、人々は社会の一員としての承認を得ることができました。しかし成長が鈍化し、配分できる資源が増えなくなると、この構造は揺らぎます。問題は、単にお金やサービスが不足することではありません。人々が、自分はこの社会に必要とされている、認められていると感じる基盤そのものが弱くなることです。中央集権国家は、分配の装置であると同時に、承認の装置でもありました。その機能が弱まるとき、現代の統治問題は財政問題を超えて、存在の承認をめぐる問題へと変わっていきます。 Ⅱ.音楽コーナー(Music Section) 『存在(歪む承認)』 今回の音楽コーナーでは、『究極の生存戦略』より第4曲「存在(歪む承認)」が取り上げられます。この曲が描くのは、存在そのものが無条件には認められにくくなった社会です。成果を出したときだけ評価される。数字に表れたときだけ価値があると見なされる。役に立つときだけ、そこにいることを許される。そうした条件付き承認の構造が、静かに浮かび上がります。ただし、この曲は単純に「認められたい」という感情を歌うものではありません。むしろ、承認を求め続けること自体が、人間を疲弊させ、存在の感覚を歪めていくことを問いかけています。金融ではドルが価値基準となり、司法では制度が命を記録し、経営ではマトリクスが企業を測り、国家は分配と承認を統治します。つまり私たちは常に、何らかの基準によって存在を測られているのです。この曲は、その基準の外側にある問いを差し出します。存在は、認められて初めて価値を持つのでしょうか。それとも、認められる以前に、すでに価値を持っているのでしょうか。『究極の生存戦略』が、人間存在の内側へ深く踏み込んだ一曲です。 #ナマケもんマガジン #ナマケモノ戦略 #経営思想 #制度創生 #共感の経済 #NonExhaustiveGrowth #スローキャピタリズム #思想系エンターテインメント #持続する社会 #ナマケもんラジオ
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(2026-06-21)週刊「ナマケもんマガジン」は、NOTEで過去1週間で投稿された連載記事の解説とオリジナル音楽を融合した思想系エンターテインメントです。 テーマは“どう勝つか”ではなく“どう続くか”。拡大量と効率至上を超え、Non-Exhaustive Growth(消耗しない成長)を語ります。 後半では『ブラックなホワイト社会』『制度敗戦』などの著作をモチーフに制作した楽曲を公開。 NOTE、Youtube、Spotify、Apple Podcastと連動し、思想・音楽・制度論、経営思想、文化論、社会論など、ジャンルを超えて横断するナマケもんの世界へ。 ★ NOTE:https://note.com/orangeman_x ★ Spotify:https://open.spotify.com/show/0j8dq3eGR2MEtDcTzTHiyt?si=HNERZsCVS5CEOB9_l2LMBg ★ Apple Podcast:https://podcasts.apple.com/us/podcast/ナマケもん戦略研究所-ラジオ/id1839105994 ★ Youtube 再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PL2dBzmu5dVYFRLdl5Nx7sOQ_aGixVoufh #ナマケもんマガジン #ナマケモノ戦略 #経営思想 #制度創生 #共感の経済 #NonExhaustiveGrowth Ⅰ.連載記事の解説パート ① 『危機と戦争の金融資本主義』第4章「二度の世界大戦とドル覇権の成立」 今回の連載では、二度の世界大戦を通じて、世界金融の中心がポンドからドルへ移行していく過程が描かれています。戦争は軍事的衝突であると同時に、資金、信用、産業力、通貨秩序を組み替える巨大な制度変動でもありました。イギリスが戦争によって国力を消耗する一方、アメリカは工業力と金融力を背景に、世界経済の中心へと浮上していきます。ここで重要なのは、ドル覇権とは単に強い通貨の成立ではなく、「世界が何を基準に価値を測るのか」を決める力の成立だという点です。通貨は交換手段であるだけでなく、信用の形式であり、承認の装置でもあります。世界中の国や企業がドルとの関係で自らの位置を測られるようになるとき、金融秩序は中心と周辺を生み出します。この章は、覇権とは武力や資本だけではなく、価値を認める側に立つ力であることを示しています。 ② 『死の社会学』第12章「不処罰と司法制度の崩壊」 『死の社会学』第12章では、不処罰と司法制度の崩壊が、命の価値をどのように低下させていくのかが論じられています。殺人や失踪が起きても加害者が裁かれず、事件が解決されず、被害者の存在が制度の中で十分に記録されないとき、社会はその死を二重に消してしまいます。第一に暴力によって命が奪われ、第二に司法の不在によって、その死の意味が回復されないからです。司法とは、本来、被害を社会の中で確認し、失われた存在を公共的に記録する装置です。しかしそれが機能しないとき、被害者と遺族は制度の外側へ追いやられます。不処罰は、単なる行政能力の不足ではありません。それは、ある命が社会から十分に承認されていないという深い問題を含んでいます。この章が示すのは、命の重さは抽象的な倫理だけで守られるのではなく、制度がその死をどう扱うかによって左右されてしまうという現実です。 ③ 『MBA的常識の限界』第4部 第3章「現在地を測る(診断ツールとしてのマトリクス)」 『MBA的常識の限界』では、Scale、Relationship、Flexibilityという三つの軸を用いて、企業の現在地を測るためのマトリクスが提示されます。ここで問われているのは、単に企業を分析する方法ではありません。何を基準に企業の状態を理解するのか、という認識そのものの問題です。従来のMBA的な発想では、売上、利益率、成長率、市場シェアといった数値指標が重視されてきました。もちろん、それらは経営にとって重要です。しかし、測定できるものだけを重要視すると、企業の関係性、柔軟性、持続可能性は見えにくくなります。今回のマトリクスが持つ意味は、規模だけでなく、関係の深さや変化へのしなやかさを含めて企業を捉え直そうとする点にあります。これは人間の承認にも通じます。成果や肩書きだけで人を測れば、その人の存在全体は歪められます。同じように、企業も単一の指標で評価された瞬間に、その本来の可能性を見失うのです。 ④ 『制度敗戦Ⅲ ― 分配と承認の統治論』第2章「中央集権国家と成長モデル」 『制度敗戦Ⅲ』第2章では、中央集権国家と成長モデルの関係が論じられています。近代国家は、税を集め、予算を配分し、インフラ、教育、社会保障を整えることで、国民をひとつの制度空間へ統合してきました。高度成長期には、この仕組みは強力に機能しました。中央が資源を集め、それを成長分野へ配分し、人々に「より豊かになる未来」を提示する。その物語の中で、人々は社会の一員としての承認を得ることができました。しかし成長が鈍化し、配分できる資源が増えなくなると、この構造は揺らぎます。問題は、単にお金やサービスが不足することではありません。人々が、自分はこの社会に必要とされている、認められていると感じる基盤そのものが弱くなることです。中央集権国家は、分配の装置であると同時に、承認の装置でもありました。その機能が弱まるとき、現代の統治問題は財政問題を超えて、存在の承認をめぐる問題へと変わっていきます。 Ⅱ.音楽コーナー(Music Section) 『存在(歪む承認)』 今回の音楽コーナーでは、『究極の生存戦略』より第4曲「存在(歪む承認)」が取り上げられます。この曲が描くのは、存在そのものが無条件には認められにくくなった社会です。成果を出したときだけ評価される。数字に表れたときだけ価値があると見なされる。役に立つときだけ、そこにいることを許される。そうした条件付き承認の構造が、静かに浮かび上がります。ただし、この曲は単純に「認められたい」という感情を歌うものではありません。むしろ、承認を求め続けること自体が、人間を疲弊させ、存在の感覚を歪めていくことを問いかけています。金融ではドルが価値基準となり、司法では制度が命を記録し、経営ではマトリクスが企業を測り、国家は分配と承認を統治します。つまり私たちは常に、何らかの基準によって存在を測られているのです。この曲は、その基準の外側にある問いを差し出します。存在は、認められて初めて価値を持つのでしょうか。それとも、認められる以前に、すでに価値を持っているのでしょうか。『究極の生存戦略』が、人間存在の内側へ深く踏み込んだ一曲です。 #ナマケもんマガジン #ナマケモノ戦略 #経営思想 #制度創生 #共感の経済 #NonExhaustiveGrowth #スローキャピタリズム #思想系エンターテインメント #持続する社会 #ナマケもんラジオ
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