PODCAST · education
本の朗読
by 前川工作室
前ちゃんが気になった本を朗読していきます。聞きながら本の内容を理解して、勉強していきましょう。もちろん、分からないところはいつでも聞いてください。
Episodes
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夢野久作ードグラ・マグラ33
絶対探偵小説 脳髄は物を考える処に非ず ===正木博士の学位論文内容=== 一記者 ナニ。吾輩の学位論文「脳髄論」の内容がナゼ学界に発表されないかッテ……アハハ。馬鹿にするな。物議を起すのを怖がって発表を差控えるような吾輩じゃないよ。実はチョット書き添えたい事があるから、手許に引取っている迄の事さ。 その内容を話せって云うのか。ウン。それあ話せない事はないさ。……しかし話したら直ぐに新聞に書くだろう。実はこの前に吾輩が話した「地球表面上は狂人の一大解放治療場」云々の記事を、君の新聞に書かれたんで、少々弱らされたよ。自家広告の宣伝記事だというので、ダイブ方々で八釜しかったらしいんだ。...
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夢野久作ードグラ・マグラ32
◆葉書は左記へお出し下さい。 九州帝国大学医学部精神病学教授 斎藤寿八氏自室気付 面黒楼万児宛 ┌───┐ │ │ └───┘ 地球表面は 狂人の一大解放治療場 九州帝国大学 正木敬之氏談 精神病科教室 去る三月初旬以来、九州帝国大学精神病科本館裏手に起工されて、その附属病院の工事と共に着々進捗しんちょくしつつある「狂人解放治療場」は、過般来かはんらいその内容が厳秘中であったが、右は同科新任教授正木博士が私費を投じて開設したものである事が判明した。右に就つき正木博士は同教授室に於て、往訪の記者に対しかく語った。...
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夢野久作ードグラ・マグラ31
八...
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夢野久作ードグラ・マグラ30
六...
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夢野久作ードグラ・マグラ29
五 ▼スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ。あ――ア――あア――ア。エ――エ。さても皆さん斯様かような次第で。一人のキチガイ患者が出ますと。ほかの病気と品事しなことかわって。あとに残った正気の家族が。あるにあられぬ責め苦を受けます。トテモこうして自宅うちへは置けない。どうかせねばと思案をしても。どうも仕様が見当りませぬ。とかくするうち無理算段した。金は無くなる、仕事は出来ない。やがて一家が干乾ひぼしは眼の前。さても切なや、悲しや、辛つらや……チャカポコチャカポコ……...
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夢野久作ードグラ・マグラ28
四...
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夢野久作ードグラ・マグラ27
▼あ――ア。確かな事実は一つもわからぬ。わからぬ筈だよ不思議は御座らぬ。凡およそ天下が広いというても。人の脳髄ホントに調べて。腹の立つほど簡単明瞭。奇妙キテレツ珍妙無類な。脳の作用を見貫みぬいた者なら。問わず語りで烏滸おこがましいが。ここに居ります私わたくしばっかり。……なぞと云うたら皆さん方は。そういうお前の脳味噌だけが。毎日天日てんぴに焼かれたお蔭で。性しょうが変って来きたものダンベイ。なぞとお笑いなさるか知らぬが。真実ほんとにそうダンベイかも知れぬが。そこが私の道楽仕事じゃ。世界各地の博士や学者を。アッといわせる研究仕遂しとげて。二十億万人類社会の。アタマの入れ換えするのが楽しみ。いずれ…
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夢野久作ードグラ・マグラ26
二 スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ…… ▼あ――ア――ああア。 扨も昔のその又昔。むかし昔のその大昔。科学知識の進まぬ頃では。人の身体の病気というても。人の心の病気と同様。何が何やら解らぬために。診察治療が当てズッポーだよ。家相、方角、星占いだよ。 何んぞ彼んぞの障りというては。祈祷、禁厭、御神水じゃ、お守札じゃ。御符なんぞを頂戴させて。どうぞ、こうぞで済まして来たが。それじゃ治療らぬ病気の数々。そこで薬が発見されます。...
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夢野久作ードグラ・マグラ25
キチガイ地獄外道祭文 ――一名、狂人の暗黒時代―― 墺国理学博士 独国哲学博士 面黒楼万児めんくろうまんじ 作歌 仏国文学博士 ▼ああア――アア――あああ。右や左の御方様へ。旦那御新造、紳士や淑女、お年寄がた、お若いお方。お立ち会い衆の皆さん諸君。トントその後は御無沙汰ばっかり。なぞと云うたらビックリなさる。なさる筈だよ三千世界が。出来ぬ前から御無沙汰続きじゃ。きょうが初めてこの道傍に。まかり出でたるキチガイ坊主……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……...
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夢野久作ードグラ・マグラ24
その声が自分の耳に這入ると私は又、自分の耳を疑った。正木先生のような偉大な、達人ともいうべき人が自殺する……そんな事が果して在り得ようか。 そればかりでない。この精神病科教室の主任教授となった人が二人とも、ちょうど一年おきに、しかも場所まで同じ海岸の潮水に陥って変死する……そんな恐ろしい暗合が、果して在り得るものであろうか……と驚き迷い、呆れつつ若林博士の蒼白い顔を凝視した。 そうすると若林博士も今までになく、儼然げんぜんと姿勢を正して私を凝視し返した。又も、神様に祈るような敬虔な声を出した。...
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夢野久作ードグラ・マグラ22
「……胎児の夢の主人公……胎児に魘おびやかされて……何だか僕にはよく解りませんが……」 「イヤ。今のうちは、ハッキリとお解りにならぬ方が宜よろしいと思いますが」 と若林博士は私をなだめるように椅子の中から右手を上げた。そうして例の異様な微笑を左の眼の下に痙攣ひきつらせながら、依然として謹厳な口調で言葉を続けた。...
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夢野久作ードグラ・マグラ21
といったような事だったと記憶しておりますが、これには流石さすがの斎藤先生も呆あきれておられましたようで……一緒に聞いておりました私も、少なからず驚かされた事でした。第一、こんな予言者めいた事を、正木先生が果して本気で云っておられるのか、どうかすら判然致しませんでしたので……正木先生がこの時、既に、自分自身で、そのような精神病者を作り出して、学界を驚ろかそうと計劃しておられた……なぞいうような事が、その時代にどうして想像出来ましょう。……のみならず正木先生が、かような突拍子もない事を云って人を驚かされる事は、その頃から決して珍らしい事ではありませんでしたので、斎藤先生も私も、この事に就いては格別…
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夢野久作ードグラ・マグラ20
若林博士は、こう説明しつつ大卓子テーブルの前に引返して、ストーブに面した小型な廻転椅子を指しつつ私を振り返った。私はその命令に従って手術を受ける患者のように、恐る恐るその椅子に近付くと、オズオズ腰を卸おろすには卸したが、しかし腰をかけているような気持ちはチットモしなかった。余りの気味悪さと不思議さに息苦しくなった胸を押えて、唾液つばを呑込み呑込みしているばかりであった。...
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夢野久作ードグラ・マグラ19
その図は、西洋の火焙ひあぶりか何かの光景らしかった。 三本並んだ太い生木なまきの柱の中央に、白髪、白髯はくぜんの神々しい老人が、高々と括くくり付けられている。その右に、瘠やせこけた蒼白い若者……又、老人の左側には、花輪を戴いた乱髪の女性が、それぞれに丸裸体まるはだかのまま縛り付けられて、足の下に積み上げられた薪から燃え上る焔と煙に、むせび狂っている。...
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太宰治ー斜陽ラスト
路傍の樹木の枝。葉の一枚も附いていない枝、ほそく鋭く夜空を突き刺していて、 「木の枝って、美しいものですわねえ」 と思わずひとりごとのように言ったら、 「うん、花と真黒い枝の調和が」 と少しうろたえたようにしておっしゃった。 「いいえ、私、花も葉も芽も、何もついていない、こんな枝がすき。これでも、ちゃんと生きているのでしょう。枯枝とちがいますわ」 「自然だけは、衰弱せずか」 そう言って、また烈しいくしゃみをいくつもいくつも続けてなさった。 「お風邪じゃございませんの?」...
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太宰治ー斜陽19
六 戦闘、開始。 いつまでも、悲しみに沈んでもおられなかった。私には、是非とも、戦いとらなければならぬものがあった。新しい倫理。いいえ、そう言っても偽善めく。恋。それだけだ。ローザが新しい経済学にたよらなければ生きておられなかったように、私はいま、恋一つにすがらなければ、生きて行けないのだ。イエスが、この世の宗教家、道徳家、学者、権威者の偽善をあばき、神の真の愛情というものを少しも躊躇するところなくありのままに人々に告げあらわさんがために、その十二弟子をも諸方に派遣なさろうとするに当って、弟子たちに教え聞かせたお言葉は、私のこの場合にも全然、無関係でないように思われた。...
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夢野久作ードグラ・マグラ18
「……さあ……それにつきましても私は迷わされましたもので、要するにこの一文は、標題から内容に到るまで、徹頭徹尾、人を迷わすように仕組まれているものとしか考えられませぬ。……と申します理由は外でも御座いませぬ。この原稿を読み終りました私が、その内容の不思議さに眩惑されました結果、もしやこの標題の中に、この不思議な謎語なぞを解決する鍵が隠されているのではないか。このドグラ・マグラというのは、そうした意味の隠語ではあるまいかと考えましたからで御座います。……ところが、これを書きました本人の青年患者は、この原稿を僅か一週間ばかりの間に、精神病者特有の精力を発揮しまして、不眠不休で書上げてしまいますと、…
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太宰治ー斜陽18
翌日、手の腫れは、昨日よりも、また一そうひどくなっていた。お食事は、何も召し上らなかった。お蜜柑みかんのジュースも、口が荒れて、しみて、飲めないとおっしゃった。 「お母さま、また、直治のあのマスクを、なさったら?」 と笑いながら言うつもりであったが、言っているうちに、つらくなって、わっと声を挙げて泣いてしまった。 「毎日いそがしくて、疲れるでしょう。看護婦さんを、やとって頂戴ちょうだい」 と静かにおっしゃったが、ご自分のおからだよりも、かず子の身を心配していらっしゃる事がよくわかって、なおの事かなしく、立って、走って、お風呂場の三畳に行って、思いのたけ泣いた。...
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夢野久作ードグラ・マグラ17
部屋の中央から南北に区切った西側は、普通の板張で、標本らしいものが一パイに並んだ...
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太宰治ー斜陽17
「寒くない?」 「ええ、少し。霧でお耳が濡れて、お耳の裏が冷たい」 と言って笑いながら、 「お母さまは、どうなさるのかしら」 とたずねた。 すると、青年は、とても悲しく慈愛深く微笑ほほえんで、 「あのお方は、お墓の下です」 と答えた。 「あ」 と私は小さく叫んだ。そうだったのだ。お母さまは、もういらっしゃらなかったのだ。お母さまのお葬とむらいも、とっくに済ましていたのじゃないか。ああ、お母さまは、もうお亡くなりになったのだと意識したら、言い知れぬ凄さびしさに身震いして、眼がさめた。...
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夢野久作ードグラ・マグラ16
九州帝国大学、医学部、精神病科本館というのは、最前の浴場を含んだ青ペンキ塗ぬり、二階建の木造洋館であった。 その中央まんなかを貫く長い廊下を、今しがた来た花畑添いの外廊下づたいに、一直線に引返して、向う側に行抜けると、監獄の入口かと思われる物々しい、鉄張りの扉に行き当った……と思ううちにその扉は、どこからかこっちを覗いているらしい番人の手でゴロゴロと一方に引き開いて、二人は暗い、ガランとした玄関に出た。...
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太宰治ー斜陽16
五...
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夢野久作ードグラ・マグラ15
けれども、この時に若林博士は何と思ったか、急に唖おしにでもなったかのように、ピッタリと口を噤つぐんでしまった。そうして冷たい、青白い眼付きで、チラリと私を一瞥しただけで、そのまま静かに眼を伏せると、左手で胴衣チョッキのポケットをかい探って、大きな銀色の懐中時計を取り出して、掌てのひらの上に載せた。それからその左の手頸に、右手の指先をソッと当てて、七時三十分を示している文字板を覗き込みながら、自身の脈搏を計り初めたのであった。...
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太宰治ー斜陽15
私がいま、あなたに求めているものは、ロパーヒンではございません。それは、はっきり言えるんです。ただ、中年の女の押しかけを、引受けて下さい。...
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夢野久作ードグラ・マグラ14
しかし私はもとの通り、狐に抓つままれたように眼を瞠みはりつつ、寝台の上を振り返るばかりであった。……見た事もない天女のような少女を、だしぬけに、お前のものだといって指さされたその気味の悪さ……疑わしさ……そうして、その何とも知れない馬鹿らしさ……。 「……僕の……たった一人の従妹……でも……今……姉さんと云ったのは……」...
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太宰治ー斜陽14
四 お手紙、書こうか、どうしようか、ずいぶん迷っていました。けれども、けさ、鳩のごとく素直に、蛇のごとく慧かれ、というイエスの言葉をふと思い出し、奇妙に元気が出て、お手紙を差し上げる事にしました。直治の姉でございます。お忘れかしら。お忘れだったら、思い出して下さい。...
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夢野久作ードグラ・マグラ13
今朝暗いうちに、七号室で撫でまわして想像した時には、三十前後の鬚武者ひげむしゃで、人相の悪いスゴイ風采だろうと思っていたが、それから手入れをしてもらったにしても、掌てのひらで撫でまわした感じと、実物とが、こんなに違っていようとは思わなかった。...
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太宰治ー斜陽13
そこまで読んで私は、その夕顔日誌を閉じ、木の箱にかえして、それから窓のほうに歩いて行き、窓を一ぱいにひらいて、白い雨に煙っているお庭を見下みおろしながら、あの頃の事を考えた。...
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夢野久作ードグラ・マグラ12
そう云う中うちにモウ私の頭の上で鋏が鳴出した。若林博士は又も寝台の枕元の籐椅子に埋まり込んで、何やら赤い表紙の洋書を外套のポケットから引っぱり出している様子である。 私は眼を閉じて考え初めた。 私の過去はこうして兎とにも角かくにもイクラカずつ明るくなって来る。若林博士から聞かされた途方もない因縁話や何かは、全然別問題としても、私が自分で事実と信じて差支えないらしい事実だけはこうして、すこしずつ推定されて来るようだ。...
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太宰治ー斜陽12
焼け死ぬる思い。苦しくとも、苦しと一言、半句、叫び得ぬ、古来、未曾有、人の世はじまって以来、前例も無き、底知れぬ地獄の気配を、ごまかしなさんな。 思想? ウソだ。主義? ウソだ。理想? ウソだ。秩序? ウソだ。誠実? 真理? 純粋? みなウソだ。牛島の藤は、樹齢千年、熊野の藤は、数百年と称えられ、その花穂の如きも、前者で最長九尺、後者で五尺余と聞いて、ただその花穂にのみ、心がおどる。 アレモ人ノ子。生キテイル。 論理は、所謂、論理への愛である。生きている人間への愛では無い。 金と女。論理は、はにかみ、そそくさと歩み去る。...
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夢野久作ードグラ・マグラ11
若林博士はここで又、ちょっと息を切って、唇を舐なめたようであった。...
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太宰治ー斜陽11
三 どうしても、もう、とても、生きておられないような心細さ。これが、あの、不安、とかいう感情なのであろうか、胸に苦しい浪が打ち寄せ、それはちょうど、夕立がすんだのちの空を、あわただしく白雲がつぎつぎと走って走り過ぎて行くように、私の心臓をしめつけたり、ゆるめたり、私の脈は結滞して、呼吸が稀薄になり、眼のさきがもやもやと暗くなって、全身の力が、手の指の先からふっと抜けてしまう心地がして、編物をつづけてゆく事が出来なくなった。...
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夢野久作ードグラ・マグラ10
……で……そのような次第で御座いますからして、現在、私の手に残っておりまする該事件探究の方法は、唯一つ……すなわち、その事件の中心人物となって生き残っておいでになる貴方御自身が、正木先生の御遺徳によって過去の御記憶を回復されました時に、直接御自身に、その事件の真相を判断して頂くこと……その犯行の目的と、その犯人の正体を指示して頂くこと……この一途いっとよりほかに方法は無い事に相成りました。それほど左様に神変自在な手段をもって、その事件の犯人たる怪魔人は、踪跡そうせきを晦くらましているので御座います。……こう申しましたならば、もはやお解かりで御座いましょう。その事件に就いて、私自身の口から具体的…
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太宰治ー斜陽10
あの頃から、どうもお母さまは、めっきり御病人くさくおなりになった。そうして私のほうでは、その反対に、だんだん粗野な下品な女になって行くような気もする。なんだかどうも私が、お母さまからどんどん生気を吸いとって太って行くような心地がしてならない。...
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夢野久作ードグラ・マグラ9
しかし若林博士は、どこまでも落付いていた。端然として佇立ちょりつしたままスラスラと言葉を続けて行った。その青白い瞳で、静かに私を見下しながら……。 「……その事件と申しますのは、ほかでも御座いませぬ。……何をお隠し申しましょう。只今申しました正木先生の精神科学に関する御研究に就きましては、かく申す私も、久しい以前から御指導を仰いでおりましたので、現に只今でも引続いて『精神科学応用の犯罪』に就いて、研究を重ねている次第で御座いますが……」 「……精神科学……応用の犯罪……」...
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太宰治ー斜陽9
私は翌日から、畑仕事に精を出した。下の農家の中井さんの娘さんが、時々お手伝いして下さった。火事を出すなどという醜態を演じてからは、私のからだの血が何だか少し赤黒くなったような気がして、その前には、私の胸に意地悪の蝮が住み、こんどは血の色まで少し変ったのだから、いよいよ野性の田舎娘になって行くような気分で、お母さまとお縁側で編物などをしていても、へんに窮屈で息苦しく、かえって畑へ出て、土を掘り起したりしているほうが気楽なくらいであった。...
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夢野久作ードグラ・マグラ8
……けれども……その次の瞬間に私は、顔を上げる事も出来ないほどの情ない気持に迫られて、われ知らず項垂れてしまったのであった。 ……ここはたしかに九州帝国大学の中の精神病科の病室に違いない。そうして私は一個の精神病患者として、この七号室? に収容されている人間に相違ないのだ。 ……私の頭が今朝、眼を醒した時から、どことなく変調子なように思われて来たのは、何かの精神病に罹かかっていた……否。現在も罹っている証拠なのだ。……そうだ。私はキチガイなのだ。 ……鳴呼。私が浅ましい狂人きちがい……。 ……というような、あらゆるタマラナイ恥かしさが、...
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太宰治ー斜陽8
風呂場で、手と足と顔を洗い、お母さまに逢あうのが何だかおっかなくって、お風呂場の三畳間で髪を直したりしてぐずぐずして、それからお勝手に行き、夜のまったく明けはなれるまで、お勝手の食器の用も無い整理などしていた。 夜が明けて、お座敷のほうに、そっと足音をしのばせて行って見ると、お母さまは、もうちゃんとお着換えをすましておられて、そうして支那間のお椅子いすに、疲れ切ったようにして腰かけていらした。私を見て、にっこりお笑いになったが、そのお顔は、びっくりするほど蒼あおかった。 私は笑わず、黙って、お母さまのお椅子のうしろに立った。 しばらくしてお母さまが、...
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太宰治ー斜陽7
それから、きょうまで、私たち二人きりの山荘生活が、まあ、どうやら事も無く、 安穏あんのん につづいて来たのだ。部落の人たちも私たちに親切にしてくれた。ここへ引越して来たのは、去年の十二月、それから、一月、二月、三月、四月のきょうまで、私たちはお食事のお支度の他は、たいていお縁側で編物したり、支那間で本を読んだり、お茶をいただいたり、ほとんど世の中と離れてしまったような生活をしていたのである。二月には梅が咲き、この部落全体が梅の花で埋まった。そうして三月になっても、風のないおだやかな日が多かったので、満開の梅は少しも衰えず、三月の末まで美しく咲きつづけた。朝も昼も、夕方も、夜も、梅の花は、...
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夢野久作ードグラ・マグラ7
この名刺を二三度繰り返して読み直した私は、又も唖然あぜんとなった。眼の前に咳嗽せきを抑えて突立っている巨大な紳士の姿をモウ一度、見上げ、見下ろさずにはいられなかった。そうして、 「……ここは……九州大学……」 と独言ひとりごとのように呟つぶやきつつ、キョロキョロと左右を見廻わさずにはおられなくなった。 その時に巨人、若林博士の左の眼の下の筋肉が、微かすかにビクリビクリと震えた。或あるいはこれが、この人物独特の微笑ではなかったかと思われる一種異様な表情であった。続いてその白い唇が、ゆるやかに動き出した。...
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太宰治ーわが半生を語る(完)
生い立ちと環境 私は田舎のいわゆる金持ちと云われる家に生れました。たくさんの兄や姉がありまして、その末ッ子として、まず何不自由なく育ちました。その為に世間知らずの非常なはにかみやになって終いました。この私のはにかみが何か他人ひとからみると自分がそれを誇っているように見られやしないかと気にしています。...
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夢野久作ードグラ・マグラ6
それから私は約十五分か、二十分の間ウトウトしていたように思う。満腹したせいか、全身の力がグッタリと脱け落ちて、掌と、足の裏がポカポカと温かくなって、頭の中がだんだんと薄暗いガラン洞になって行く……その中の遠く近くを、いろんな朝の物音が行きかい、飛び違っては消え失せて行く……そのカッタルサ……やる瀬なさ……。 ……往来のざわめき。急ぐ靴の音。ゆっくりと下駄を引きずる音。自転車のベル……どこか遠くの家で、ハタキをかける音……。 ……遠い、高い処で鴉がカアカアと啼いている……近くの台所らしい処で、コップがガチャガチャと壊れた……と思うと、すぐ近くの窓の外で、不意に甲走かんばしった女の声……。...
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太宰治ー斜陽6
汽車は割に空いていて、三人とも腰かけられた。汽車の中では、叔父さまは非常な上機嫌じょうきげんでうたいなど唸うなっていらっしゃったが、お母さまはお顔色が悪く、うつむいて、とても寒そうにしていらした。三島で駿豆鉄道に乗りかえ、伊豆長岡で下車して、それからバスで十五分くらいで降りてから山のほうに向って、ゆるやかな坂道をのぼって行くと、小さい部落があって、その部落のはずれに、支那ふうの、ちょっとこった山荘があった。 「お母さま、思ったよりもいい所ね」 と私は息をはずませて言った。 「そうね」 とお母さまも、山荘の玄関の前に立って、一瞬うれしそうな眼つきをなさった。...
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夢野久作ードグラ・マグラ5
……コトリ……と音がした。 気が付くと私は入口と反対側の壁の隅に身体を寄せかけて、手足を前に投げ出して、首をガックリと胸の処まで項垂れたまま、鼻の先に在る人造石の床の上の一点を凝視していた。 見ると……その床や、窓や、壁は、いつの間にか明るく、青白く光っている。 ……チュッチュッ……チョンチョン……チョン……チッチッチョン……。 という静かな雀の声……遠くに辷って行く電車の音……天井裏の電燈はいつの間にか消えている。 ……夜が明けたのだ……。...
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夢野久作ードグラ・マグラ4
「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様。あんまりですあんまりですあんまりですあんまりですあんまりです……」 そのかよわい……痛々しい、幽霊じみた、限りない純情の怨みの叫び……。 私は頭髪かみを両手で引掴んだ。長く伸びた十本の爪つめで、血の出るほど掻きまわした。 「……お兄さまお兄さまお兄さま。妾は貴方あなたのものです。貴方のものです。早く……早く、お兄様の手に抱き取って……」 私は掌てのひらで顔を烈しくコスリまわした。 ……違う違う……違います違います。貴女あなたは思い違いをしているのです。僕は貴女を知らないのです……。...
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太宰治ー斜陽5
翌る日、もとの運転手の松山さんにお伴ともをたのんで、お母さまは、お昼すこし過ぎにおでかけになり、夜の八時頃、松山さんに送られてお帰りになった。 「きめましたよ」 かず子のお部屋へはいって来て、かず子の机に手をついてそのまま崩れるようにお坐りになり、そう一言おっしゃった。 「きめたって、何を?」 「全部」 「だって」 と私はおどろき、 「どんなお家だか、見もしないうちに、……」 お母さまは机の上に片肘かたひじを立て、額に軽くお手を当て、小さい溜息をおつきになり、 「和田の叔父さまが、いい所だとおっしゃるのだもの。私は、このまま、眼をつぶってそのお家へ移って行っても、いいような気がする」...
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太宰治ー斜陽4
蛇の卵を焼いたのを、お母さまに見つけられ、お母さまはきっと何かひどく不吉なものをお感じになったに違いないと思ったら、私も急に蛇の卵を焼いたのがたいへんなおそろしい事だったような気がして来て、この事がお母さまに或いは悪い祟たたりをするのではあるまいかと、心配で心配で、あくる日も、またそのあくる日も忘れる事が出来ずにいたのに、けさは食堂で、美しい人は早く死ぬ、などめっそうも無い事をつい口走って、あとで、どうにも言いつくろいが出来ず、泣いてしまったのだが、朝食のあと片づけをしながら、何だか自分の胸の奥に、お母さまのお命をちぢめる気味わるい小蛇が一匹はいり込んでいるようで、いやでいやで仕様が無かった。…
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夢野久作ードグラ・マグラ3
私はヨロヨロと背後うしろに蹌踉めいた。モウ一度眼を皿のようにしてその声の聞こえて来る方向を凝視した……。 ……何という奇怪な言葉だ。 ……壁の向うの少女は私を知っている。私の許嫁だと云っている。……しかも私と結婚式を挙げる前の晩に、私の手にかかって殺された……そうして又、生き返った女だと自分自身で云っている。そうして私と壁一重ひとえを隔てた向うの部屋に閉とじ籠こめられたまま、ああして夜となく、昼となく、私を呼びかけているらしい。想像も及ばない怪奇な事実を叫びつづけながら、私の過去の記憶を喚び起すべく、死物狂に努力し続けているらしい。 ……キチガイだろうか。 ……本気だろうか。...
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太宰治ー斜陽3
弟の直治は大学の中途で召集され、南方の島へ行ったのだが、消息が絶えてしまって、終戦になっても行先が不明で、お母さまは、もう直治には逢あえないと覚悟している、とおっしゃっているけれども、私は、そんな、「覚悟」なんかした事は一度もない、きっと逢えるとばかり思っている。 「あきらめてしまったつもりなんだけど、おいしいスウプをいただいて、直治を思って、たまらなくなった。もっと、直治に、よくしてやればよかった」...
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夢野久作ードグラ・マグラ2
私は身を飜えして寝台の枕元に在る入口の扉ドアに駈け寄った。鍵穴だけがポツンと開いている真鍮の金具に顔を近付けた。けれどもその金具の表面は、私の顔を写さなかった。只、黄色い薄暗い光りを反射するばかりであった。 ……寝台の脚を探しまわった。寝具を引っくり返してみた。着ている着物までも帯を解いて裏返して見たけれども、私の名前は愚おろか、頭文字らしいものすら発見し得なかった。 私は呆然となった。私は依然として未知の世界に居る未知の私であった。私自身にも誰だかわからない私であった。...
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