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PODCAST · society

朝倉人文知

福岡県朝倉市で「人文知調査事業」を営む個人がお届けするポッドキャスト番組です。人文知を活かしたまちづくりや事業への挑戦のほか、農業やデザインのお手伝い、小学生へのサッカー指導、中学生向けの歴史塾など、朝倉での日々の生活の中で気づいたことやリアルな想いもゆるやかにお話ししていきます。基本は一人語りですが、時にはゲストをお招きすることも予定しています。【こんな方におすすめ】地方移住やまちづくり、地域活性化に興味がある方歴史、宗教、哲学などの「人文知」に関心がある方地域の文化や習慣のルーツ(なぜそのルールがあるのか)を知りたい方朝倉市のディープな背景に触れたい方※ 内容次第では配信後1週間で削除するものもあります。

  1. 31

    #21 サッカー日本代表と人文知

    サッカー日本代表を入口に、人文知について話しました。多分、これを聞くとワールドカップがもっと楽しくなります。-----朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  2. 30

    【#3 吉松家歴史】朝倉に残された数々の神社

    吉松家歴史シリーズ本編の第3回です。前回は、斉明天皇が朝倉へやってきたこと、そして朝倉橘広庭宮がどこにあったのかについて考えました。今回はその続きとして、斉明天皇一行が朝倉に滞在していた時期に関係するとされる神社の由緒を見ていきます。取り上げるのは、恵蘇八幡宮、宮野神社、別所神社、宮地嶽神社、そして麻氐良布神社など、朝倉周辺に残る神社です。これらの由緒には、戦勝祈願、天皇の病気平癒、神聖な場所の継承など、当時の朝廷と地域社会の関係を考えるうえで重要な手がかりが含まれています。ただし、神社の由緒は長い時間のなかで後世の解釈や信仰が重なっていくものでもあります。今回は、それらをそのまま事実として読むのではなく、「なぜそのような伝承が残ったのか」「当時の人々は何を説明しようとしたのか」という視点から読み解いていきます。特に重要なのは、斉明天皇が朝倉を離れたあと、数々の神社や祭祀を誰が担ったのかという点です。吉松家の記録では、初代・吉松定家が宮野に残り、複数の神社の祭儀を預かったとされています。そこには、朝廷が新しく作った祭祀だけでなく、もともと朝倉にあった信仰を取り込み、地域の宗教的な秩序を再編していく動きがあったのではないかと考えます。吉松家がなぜ朝倉に残ったのか。その出発点を、神社の由緒と地域信仰の変化から探る回です。---福岡県朝倉市で1400年以上続く「吉松家」の歴史を辿りながら、日本の地方社会における人々の生存戦略を読み解く歴史番組です。日本の歴史は、幕府や戦国大名といった支配者層を中心に語られがちですが、実際に地域に根ざし、実務や祭祀を担っていたのは在地の中間層でした。本番組で取り上げる吉松家は、飛鳥時代(西暦661年)の斉明天皇による朝倉行幸を起源とし、現代まで記録が残る一族です。彼らは武力によって勢力を拡大したわけではありません。時代の変化に直面するたびに、自らの役割を変えることで家を存続させてきました。古代の「神官」から始まり、戦国時代には大名・秋月氏のもとで税や戸籍を管理する「行政官」へ。豊臣秀吉の九州平定で権力基盤を失うと「庄屋」として帰農し、江戸時代には水不足の村を救う治水事業や水車の開発を指揮。そして明治維新による身分制度の崩壊後は、土地を離れて「医師」という専門職へと転身しました。シリーズを通じて、系図や地域史料をもとに彼らの変遷を追います。表舞台には出ない中間層が、いかにして現状を冷静に認識し、環境に適応してきたか。その歴史的記録から、現代社会を生きる上での一つの視点を探ります。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  3. 29

    【吉松家番外編#05】朝倉の由来

    今回は番外編として、「朝倉」という地名の由来について考えます。本編では、吉松家がなぜ朝倉という土地に根づいたのかを追ってきましたが、その前提として避けて通れないのが「そもそも朝倉とは何なのか」という問いです。日本書紀に記された斉明天皇の朝倉行幸、朝倉橘広庭宮の所在地、そして地域に残る地名や神社名を手がかりに、朝倉という名前がどのように成立したのかを読み解いていきます。一般には「朝が暗い場所だから朝倉」という説も語られてきました。しかし近年の研究や地形、周辺の寺社の成り立ちを踏まえると、それだけでは説明しきれない点も見えてきます。今回は、宮野説と志波説、麻氐良(マテラ)という古い地名の可能性、そして「旦座」「上座・下座」といった表記の変遷をたどりながら、朝倉という地名が生まれた背景を考えます。特に注目するのは、斉明天皇一行が訪れた地域が、もともと「マテラ」と呼ばれていた可能性です。その地名が日本書紀の編纂や二字好字化の流れのなかで、「朝倉」という表記へ変わっていったのではないか。あるいは、朝廷が座した場所、軍勢や物資を集める拠点という意味が重ねられたのではないか。今回は、そうした仮説をもとに話を進めています。また、朝闇神社や長安寺という地名・社名についても触れます。これらは「朝が暗いから朝倉」という説明と結びつけられがちですが、実際には英彦山信仰や寺院名の変化など、別の文脈から理解した方が自然かもしれません。あくまで現時点で資料を読みながら考えている仮説です。異なる見方や追加の資料があれば、ぜひ教えてください。---福岡県朝倉市で1400年以上続く「吉松家」の歴史を辿りながら、日本の地方社会における人々の生存戦略を読み解く歴史番組です。日本の歴史は、幕府や戦国大名といった支配者層を中心に語られがちですが、実際に地域に根ざし、実務や祭祀を担っていたのは在地の中間層でした。本番組で取り上げる吉松家は、飛鳥時代(西暦661年)の斉明天皇による朝倉行幸を起源とし、現代まで記録が残る一族です。彼らは武力によって勢力を拡大したわけではありません。時代の変化に直面するたびに、自らの役割を変えることで家を存続させてきました。古代の「神官」から始まり、戦国時代には大名・秋月氏のもとで税や戸籍を管理する「行政官」へ。豊臣秀吉の九州平定で権力基盤を失うと「庄屋」として帰農し、江戸時代には水不足の村を救う治水事業や水車の開発を指揮。そして明治維新による身分制度の崩壊後は、土地を離れて「医師」という専門職へと転身しました。シリーズを通じて、系図や地域史料をもとに彼らの変遷を追います。表舞台には出ない中間層が、いかにして現状を冷静に認識し、環境に適応してきたか。その歴史的記録から、現代社会を生きる上での一つの視点を探ります。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  4. 28

    【番外編】ポッドキャストはめっちゃいい

    今回は番外編です。ポッドキャストを始めてみて、思ったより続いていることや、運転中などに考えを話すだけでも頭の整理になることについて話しました。録ったものを全部出しているわけではなく、出してもよさそうなものだけを配信しています。後半では、人文知調査で普段どんなことをしているのかも少し話しています。本を読む、図書館に行く、論文や古い資料を読む。すごいことをしているというより、勉強する時間をちゃんと取っている、という話です。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  5. 27

    【番外編】ワールドカップその2

    今回も番外編で、ワールドカップの話です。日本対オランダの初戦を前に、いてもたってもいられなくなって話しました。朝倉には、白村江の戦いに関わる戦勝祈願の由緒を持つ神社がいくつかあります。そんなこともあって、今回は近所の神社をまわって、日本代表の勝利をお願いしてきました。後半では、今の日本代表への期待や、現代サッカーの変化についても話しています。今回は本当に優勝を目指してほしい。そんな気持ちで、試合前に残しておいた回です。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  6. 26

    #20地方の神社どうする

    太宰府天満宮のニュースを見て、地方の神社はこれからどう維持していくんだろう、という話をしました。朝倉には、集落ごとに社殿のある神社がたくさんあります。でも、古くなった社殿を建て替えたり、補修したりするお金を、今後も地域で出せるのか。もし規模を小さくしていくなら、せめて「そこに何があったのか」は残しておきたい。後半では、お宮参りなどの神社行事で、男性がスーツを着ることへの違和感も少し話しています。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  7. 25

    #19 現代の戦争に対して

    現代の戦争について話しました。中東情勢の悪化や、ロシア・ウクライナ戦争を見ながら、誰か一人を悪者にして終わる話ではないと思っています。戦争が起きる背景には、歴史や宗教、教育、政治、経済など、いろんなものが重なっています。だからこそ、会社や地域でも、歴史や人文知を学ぶことには意味があるのではないか。戦争を遠い話にせず、自分たちの態度として考えたい、という回です。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  8. 24

    【吉松家番外編#04】吉松家の出自B

    今回は、吉松家の歴史シリーズの番外編として、吉松家の出自についての「もう一つの説」を取り上げます。本編で扱っている吉松家の歴史は、吉松家に伝わる『吉松系図』と、東京大学史料編纂所に残る『吉松系譜』をもとに、地域史や時代背景と照らし合わせながら読み解いているものです。その中では、吉松家は661年、斉明天皇の朝倉行幸に伴って朝倉へ来た人物を初代とする流れで語られます。一方で、別の記録には、吉松氏は英彦山の神領地に関わる社人として朝倉へ来たのではないか、という伝承も残っています。『筑紫史談』に記された朝闇神社(長安神社)に関する伝説では、もともと英彦山系の大行事社だった神社に、英彦山から吉松という社人が派遣され、その人物が神社を朝闇神社へ改めたとされています。この説を採ると、吉松家の出自は「斉明天皇に従って朝倉へ来た祭祀担当者」ではなく、「英彦山の神領地を管理するために朝倉へ来た神職者」ということになります。ただし、その後に恵蘇八幡宮や朝倉の神領地と関わっていく流れは、本編で扱う吉松家の歴史と大きく矛盾するものではありません。番組では、この説を本編の主説として採用するわけではありません。『吉松系図』『吉松系譜』という二つの記録が残っていることや、宮野周辺の伝承・古墳・居住地との整合性を考えると、基本的には本編で扱う出自説を軸にしています。ただ、別の伝承があることを隠したまま進めるのではなく、可能性の一つとして先に共有しておきたい、という回です。家の歴史は、ひとつの正解だけで整理できるものではありません。文書に残る歴史、地域に残る伝承、神社や地名に残る記憶が重なり合いながら、少しずつ輪郭が見えてきます。今回は、その複数の可能性をどう扱うかも含めて、吉松家の歴史を読むための補助線になる内容です。※家の歴史に関心を持った場合でも、同じ名字の個人宅を突然訪ねたり、面識のない方に家の歴史を聞きに行ったりすることは控えてください。ご質問がある場合は、番組宛にお問い合わせください。---福岡県朝倉市で1400年以上続く「吉松家」の歴史を辿りながら、日本の地方社会における人々の生存戦略を読み解く歴史番組です。日本の歴史は、幕府や戦国大名といった支配者層を中心に語られがちですが、実際に地域に根ざし、実務や祭祀を担っていたのは在地の中間層でした。本番組で取り上げる吉松家は、飛鳥時代(西暦661年)の斉明天皇による朝倉行幸を起源とし、現代まで記録が残る一族です。彼らは武力によって勢力を拡大したわけではありません。時代の変化に直面するたびに、自らの役割を変えることで家を存続させてきました。古代の「神官」から始まり、戦国時代には大名・秋月氏のもとで税や戸籍を管理する「行政官」へ。豊臣秀吉の九州平定で権力基盤を失うと「庄屋」として帰農し、江戸時代には水不足の村を救う治水事業や水車の開発を指揮。そして明治維新による身分制度の崩壊後は、土地を離れて「医師」という専門職へと転身しました。シリーズを通じて、系図や地域史料をもとに彼らの変遷を追います。表舞台には出ない中間層が、いかにして現状を冷静に認識し、環境に適応してきたか。その歴史的記録から、現代社会を生きる上での一つの視点を探ります。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  9. 23

    #18 ストーリー理解とファクト認識

    今回は、僕がよく使っている言葉の説明です。「ストーリー理解」と「ファクト認識」という言葉について話しました。目の前で起きていることだけを見るのがファクト認識。その背景にある理由や流れまで含めて考えるのがストーリー理解、という感じで使っています。地域の文化や集落のルールを考えるときにも、この違いはけっこう大事だと思っています。後半では、「コンセンサス」という言葉についても少し話しました。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  10. 22

    #17 人口動態を考える

    人口動態について話しました。国勢調査のニュースを見ながら、人口の増減は、地域の努力だけでどうにかできるものなのかを考えています。移住施策や地域の発信には意味があると思います。ただ、人口の大きな動きは、都市との距離、災害、社会の価値観、外からの影響にもかなり左右されます。だからこそ、人口を増やすことだけにこだわりすぎず、何が起きても冷静に考えられるようにしておくことも大切なんじゃないかと言う問いについて話をしています。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  11. 21

    #16 「朝倉市民」という共同体の難しさ

    「朝倉市民」という共同体について話しました。朝倉市ができてから、まだ20年ほど。旧甘木市、旧朝倉町、旧杷木町では、歴史も暮らしの感覚もかなり違います。だから「朝倉市のイベント」や「朝倉市の事業」と言っても、全員が同じように自分ごととして受け取れるわけではありません。九州北部豪雨の受け止め方にも、地域ごとの差があると思っています。朝倉市としてまとまっていくには、それぞれの地域の歴史を知ることが大事なのではないか、という話です。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  12. 20

    #15 ミュトスから考える地方への脅威

    Claudeの新しいAIモデル「ミュトス」のニュースをきっかけに、AIが地方に与える影響について話しました。性能が高すぎるAIが生まれたとき、それを公開するかどうか、どう使うか、誰が判断するのか。短期的には便利で儲かる技術でも、悪用されれば銀行や個人情報、社会の安心にまで影響が出るかもしれない。そう考えると、これからの社会では、作る側だけでなく、使う側、そして使わない人にもリテラシーが必要になっていくのだと思います。地方や高齢者の多い地域では、AIの危険性や可能性が実感されにくいからこそ、現状認識を間違えないことが大事になる。AIを過剰に怖がるのでも、馬鹿にするのでもなく、何ができて、何が苦手で、どう向き合うべきなのか。歴史や人文知の領域でAIを使って感じた限界にも触れながら、これからの地方に必要な判断力について考える回です。朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  13. 19

    #14 賃貸か持ち家論争を朝倉から考える

    賃貸か持ち家か、という話を朝倉で暮らす感覚から考えました。僕は基本的には持ち家もありだと思っています。ただし、親や配偶者の親が近くに住んでいるかどうかは、かなり大事だと思います。地方では、親の介護や運転免許の返納をきっかけに、地元へ戻る人も少なくありません。その時に、遠くで家を建てて生活を固めていると、かなり大きな負担になることがあります。人生は自分の計画通りにはいかない、という前提で考えた方がいいのではないか、という話です。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  14. 18

    【番外編】2026サッカーW杯

    今回は番外編で、2026年のサッカーワールドカップについて話しました。僕がサッカーを始めたきっかけは、2002年の日韓ワールドカップでした。朝倉で農家の人たちが試合の時間に合わせて家に帰ってきたり、点が入ると周りの家から声が聞こえたりしたことを覚えています。今回は、自分と同世代の選手たちにとって大事な大会でもあります。日本代表の仕事に少し関わったこともあって、今の代表にはかなり思い入れがあります。ワールドカップが、また子どもたちに何か残る大会になればいいなと思っています。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  15. 17

    #13 僕たちは未来に対しての責任があるのか

    僕たちは未来に対して責任があるのか、という話をしました。きっかけは、ヨーロッパでは若い世代がこういうテーマで論文を書くことがある、という話を聞いたことです。僕自身は、責任というより「後悔したくない」という感覚が強いです。歴史を見ていると、あとから「なぜあの時何もしなかったのか」と後悔している人たちがいます。子どもが生まれたこともあって、未来の社会について考える時間が増えました。少し大きいテーマですが、一度考えてみてもいい話だと思っています。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  16. 16

    【番外編】イベントの感想と告知

    今回は番外編でイベントの感想と告知です!

  17. 15

    #12 AIと人文知(2026年4月の記録)

    AIと人文知について話しました。AIはどんどん便利になっていますが、歴史や哲学のような分野では、まだ弱いところも多いと感じています。だからこそ、AIに聞けばすぐ分かることではなく、人が時間をかけて考える領域の意味は残ると思っています。後半では、2026年4月時点で使っているAIサービスの印象についても話しました。ChatGPT、Claude、Gemini、Canvaなどを使いながら、それぞれの得意なことや違いを整理しています。数年後に聞き返したら、答え合わせとして面白そうな回です。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  18. 14

    #11 朝倉のお裾分け文化

    朝倉に色濃く残るお裾分け文化について話しました。なぜ農家のおばちゃんに買ってきたお返しを渡すと嫌がられるのか。人類学者モースの「贈与論」を補助線に、もらう義務・渡す義務・返す義務のズレを読み解きながら、僕の家で実際にやっている「曖昧なリターン」の具体例についても話しています。-----朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  19. 13

    #10 年功序列とこれからの社会

    育休回で触れた「ジェンダーギャップ=意思決定層の偏り」と同じ構造の問題として、今回は「年功序列」を取り上げました。なぜ時代を変えるのは常に若者なのか。それは「若いから」ではなく「失うものがないから」だという話。鄧小平やチャーチルといった高齢で時代を変えた例外、コダックの倒産、明治維新の20年と現代の速度差。歴史の事例を辿りながら、変わり続けなければならない時代の意思決定について話しました。-----朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  20. 12

    【告知】Dads Meetup -父親交流会-

    イベントやります!■開催概要日時:2026年5月16日(土)14:00-15:30場所:連家(アサクラノートオフィス)/朝倉市宮野1919−3参加費1,000円(コーヒー付)/夫婦参加:1,500円定員:10名限定DMください✉️対象
・これからお父さんになる方👨
・今、子育て中のお父さん👨
・夫婦で参加したい方(お母さんだけも可)👨👩・日々喧嘩絶えない夫婦👨💥👩
・もう子育てが終わった先輩方(父母)👨👩👴👵などなど

  21. 11

    #9 市長選と民主主義【補足編】

    今回は、反響が大きかった「#6 市長選と民主主義」の続編・補足回です。前回の配信後、ご感想をいただきありがとうございました。今回は、前回触れた「民主主義と多数決の違い」について、ルソーの思想をさらに深掘りし、補足を行っています。また、投票率の低下といった民主主義の機能不全を改善するための長期的アプローチとして「教育」に焦点を当て話しています。-----朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ ⁠⁠[email protected]⁠⁠ 📷 Instagram DM → ⁠⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  22. 10

    #8 育休取ります!!

    育休を取ることにした、という話をしました。自営業なので、制度としての育休というより、仕事量を自分で減らすという形です。まったく仕事をしないわけではなく、継続している仕事や家でできることは続けていく予定です。後半では、男性が育休を取ることや、ジェンダーギャップについても話しました。これからの社会では、誰が意思決定に関われるのかがかなり大事になると思っています。その意味でも、男性が育休を取ることをもっと普通にしていきたい、という回です。朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  23. 9

    #7 地方の消防団について

    地方では当たり前の存在である「消防団」について話しました。その必要性も、活動する方々へのリスペクトもある。その上で──「消防団があるから移住しない」という若者の声が確実にあること、組織の文化が結果として町から若者を遠ざけているのではないか、という話を、中世ギルドの歴史と重ねながら考えてみました。-----朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected] 📷 Instagram DM → https://www.instagram.com/estadiodesign/※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  24. 8

    500年後に記録を残すアプリ「Parchly」を作りました

    500年後に記録を残す日記アプリ「Parchly」の紹介です。歴史家が過去を知ろうとするとき、日記という史料が、圧倒的に足りません。後世に残っているのは、誰かに見られることを前提に書かれた文献や書物ばかり。本音の記録は、ほとんど残っていないのです。私たちが過去のリアルを日記からしか学べないように、2026年を生きる私たちの感情を未来の人が知るには、"誰にも見られない前提"で書かれた日記を読むしかないのかもしれません。だから、誰にも見せない。だから、本音が書ける。500年後に読まれることを想定した日記アプリ「Parchly」を作りました。-----朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ ⁠[email protected]⁠ 📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  25. 7

    #6 市長選と民主主義

    朝倉市長選が終わり、人文知を取り扱う事業を行う身として色々と感じたこと話しました。-----朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ ⁠[email protected]⁠ 📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  26. 6

    【吉松家番外編#03】星野氏の歴史

    今回は、吉松家の歴史シリーズを理解するための番外編として、星野氏の歴史を取り上げます。星野氏は、吉松家の文書に直接名前が出てくるわけではありません。しかし、朝倉地域の支配構造を考えると、吉松家が関わった神領地の上位に位置する地頭的な存在として、長く深い関わりがあったと考えられます。星野家に伝わる記録では、初代・星野種実は後鳥羽上皇の血を引く人物とされ、鎌倉時代初期に星野谷へ入ったと伝えられています。その後、承久の乱で流罪となった後鳥羽上皇に会いに行こうとする途中、朝倉に立ち寄り、恵蘇八幡宮や斉明天皇ゆかりの地を巡ったことが、星野氏と朝倉の最初の接点として語られます。また、元寇での武功によって、星野氏は鎌倉幕府から朝倉一帯の所領を与えられたとされます。そこから朝倉は、星野氏の領地でありながら、吉松家が神領地として関わる地域でもあるという、複雑な支配構造を持つようになります。後半では、星野氏の家臣による反乱、南北朝期に長慶天皇を上須川へ迎えたという伝承、秋月氏との所領交換、そして豊臣秀吉の九州平定によって武家としての星野氏が大きく転換していく流れにも触れています。星野氏の歴史は、伝承性の強い部分も多く、すべてをそのまま史実として断定できるものではありません。それでも、上須川に星野姓が多く残ることや、朝倉の神社・旧跡との結びつきを見ると、吉松家の歴史を考える上で欠かせない補助線になる回です。※家の歴史に関心を持った場合でも、同じ名字の個人宅を突然訪ねたり、面識のない方に家の歴史を聞きに行ったりすることは控えてください。ご質問がある場合は、番組宛にお問い合わせください。福岡県朝倉市で1400年以上続く「吉松家」の歴史を辿りながら、日本の地方社会における人々の生存戦略を読み解く歴史番組です。日本の歴史は、幕府や戦国大名といった支配者層を中心に語られがちですが、実際に地域に根ざし、実務や祭祀を担っていたのは在地の中間層でした。本番組で取り上げる吉松家は、飛鳥時代(西暦661年)の斉明天皇による朝倉行幸を起源とし、現代まで記録が残る一族です。彼らは武力によって勢力を拡大したわけではありません。時代の変化に直面するたびに、自らの役割を変えることで家を存続させてきました。古代の「神官」から始まり、戦国時代には大名・秋月氏のもとで税や戸籍を管理する「行政官」へ。豊臣秀吉の九州平定で権力基盤を失うと「庄屋」として帰農し、江戸時代には水不足の村を救う治水事業や水車の開発を指揮。そして明治維新による身分制度の崩壊後は、土地を離れて「医師」という専門職へと転身しました。シリーズを通じて、系図や地域史料をもとに彼らの変遷を追います。表舞台には出ない中間層が、いかにして現状を冷静に認識し、環境に適応してきたか。その歴史的記録から、現代社会を生きる上での一つの視点を探ります。朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  27. 5

    【吉松家番外編#02】家の歴史の注意事項

    今回は、吉松家をはじめとする「家の歴史」を扱う上での注意事項についてお話ししています。朝倉の歴史には、まだ分かっていない空白の時代が多くあります。特に平安時代から戦国時代にかけての旧朝倉町周辺の歴史は、まとまった史料が少なく、地域に残る家譜や系譜、伝承を手がかりに読み解いていく必要があります。ただし、家の歴史は、今を生きている人たちの暮らしやプライバシーともつながっています。番組を聞いて興味を持ったとしても、同じ名字の家を探して突然訪ねたり、面識のない方に家の歴史を聞きに行ったりすることは控えてください。この番組で扱っている内容は、公開されている史料や図書館・資料館などで確認できる資料、また自分の親族や手の届く範囲で確認した情報をもとにしています。誰かの暮らしを侵害したり、個人のプライバシーに関わる情報を広めたりするためのものではありません。吉松家や朝倉の家の歴史について質問がある場合は、現地の個人宅を訪ねるのではなく、まず番組宛にお問い合わせください。答えられること、答えられないことはありますが、可能な範囲で対応します。家の歴史を調べることは、家を称えるためだけではなく、朝倉という地域がどのように形づくられてきたのかを理解するための手がかりです。その価値を大切にしながら、同時に、今を生きる人たちへの配慮も忘れずに進めていきたいと思います。福岡県朝倉市で1400年以上続く「吉松家」の歴史を辿りながら、日本の地方社会における人々の生存戦略を読み解く歴史番組です。日本の歴史は、幕府や戦国大名といった支配者層を中心に語られがちですが、実際に地域に根ざし、実務や祭祀を担っていたのは在地の中間層でした。本番組で取り上げる吉松家は、飛鳥時代(西暦661年)の斉明天皇による朝倉行幸を起源とし、現代まで記録が残る一族です。彼らは武力によって勢力を拡大したわけではありません。時代の変化に直面するたびに、自らの役割を変えることで家を存続させてきました。古代の「神官」から始まり、戦国時代には大名・秋月氏のもとで税や戸籍を管理する「行政官」へ。豊臣秀吉の九州平定で権力基盤を失うと「庄屋」として帰農し、江戸時代には水不足の村を救う治水事業や水車の開発を指揮。そして明治維新による身分制度の崩壊後は、土地を離れて「医師」という専門職へと転身しました。シリーズを通じて、系図や地域史料をもとに彼らの変遷を追います。表舞台には出ない中間層が、いかにして現状を冷静に認識し、環境に適応してきたか。その歴史的記録から、現代社会を生きる上での一つの視点を探ります。朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  28. 4

    #5【後編】集落文化について

    前編では朝倉に息づく集落文化の現状とその影響力について考えましたが、後編ではいよいよ「では、この文化を」という問いに向き合います。朝倉での人文知調査を通じて見えてきたのは、単なる制度の変更ではなく、人々のまなざしや関係性をどう「編み直す」かという視点でした。地域の伝統を尊重しながらも、現代の感性や外からの視点をどう融合させていくのか。現場での実践から得た、具体的かつ哲学的な考察をお届けします。「変える」のではなく「編み直す」:人文知の調査から見えた、文化変容の作法外部の視点と内部の論理:風通しの良い集落をつくるための「翻訳」の力歴史塾やサッカー、農業の現場から:多角的な活動が地域文化に与える微細な変化「心地よい不便さ」とどう付き合うか:効率化の先にある、豊かさの再定義未来の集落の姿:100年後にも残したい「朝倉の精神性」とは-----朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ ⁠[email protected]⁠ 📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  29. 3

    #4【前編】集落文化について

    福岡県朝倉市。この地に深く根付く「集落」というコミュニティは、現代社会を生きる私たちに何を問いかけているのでしょうか。今回のエピソードでは、朝倉での人文知調査事業を通じて見えてきた、集落文化の現状とその特異な影響力について深掘りします。単なる「古い習慣」として片付けられない、人と人が共に生きるための切実な知恵と、いま直面しているリアルな課題。朝倉の風土に触れながら、ゆるやかに、かつ真摯に語り合いました。「集落」を人文知の視点で読み解く:なぜ今、集落文化を見つめ直す必要があるのか朝倉に残る独自の互助精神:生活の中に溶け込んだ歴史と宗教の影社会への影響:集落の仕組みが、住む人の精神性に与えるポジティブ・ネガティブな側面変わりゆく風景:維持と変容のはざまで揺れる現場のリアル-----朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ ⁠[email protected]⁠ 📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  30. 2

    【吉松家番外編#01】朝倉地域の支配構造の変遷

    今回は、吉松家の歴史シリーズを理解するための番外編として、朝倉地域の支配構造がどのように変わってきたのかを整理します。中世の朝倉、とくに旧朝倉町を含む「上座」「下郷」と呼ばれる地域では、土地の支配は一人の権力者がすべてを握るような単純なものではありませんでした。軍事や警察権を持つ守護、土地や税を管理する地頭、そして地域に根ざした在地有力者が、それぞれ異なる権限を持ちながら重なり合っていました。この回では、古代の豪族支配から、大化の改新以後の朝廷による中央集権化、班田収授法、荘園制、神領地としての朝倉、そして大蔵氏・鎌倉幕府・星野氏・小弐氏・大内氏・大友氏・秋月氏へと移り変わる支配の流れを見ていきます。その中で吉松家は、武力で地域を支配した家というより、恵蘇八幡宮に関わる大宮司家として、神領地の宗教的権威を担っていた存在として位置づけられます。時代ごとに上位の支配者は入れ替わっていきますが、朝倉が神領地として扱われることには支配者側にもメリットがあり、その構造の中で吉松家は長く役割を保っていたのではないか、という見立てです。また、今後の本編で重要になる星野氏や古賀氏についても少し触れています。星野氏は朝倉周辺の地頭的な立場として、古賀氏は小弐氏の流れを汲む在地行政の担い手として、吉松家の歴史を理解する上で欠かせない存在になっていきます。かなり複雑な内容ですが、今後の吉松家シリーズを聞くための地図のような回です。---福岡県朝倉市で1400年以上続く「吉松家」の歴史を辿りながら、日本の地方社会における人々の生存戦略を読み解く歴史番組です。日本の歴史は、幕府や戦国大名といった支配者層を中心に語られがちですが、実際に地域に根ざし、実務や祭祀を担っていたのは在地の中間層でした。本番組で取り上げる吉松家は、飛鳥時代(西暦661年)の斉明天皇による朝倉行幸を起源とし、現代まで記録が残る一族です。彼らは武力によって勢力を拡大したわけではありません。時代の変化に直面するたびに、自らの役割を変えることで家を存続させてきました。古代の「神官」から始まり、戦国時代には大名・秋月氏のもとで税や戸籍を管理する「行政官」へ。豊臣秀吉の九州平定で権力基盤を失うと「庄屋」として帰農し、江戸時代には水不足の村を救う治水事業や水車の開発を指揮。そして明治維新による身分制度の崩壊後は、土地を離れて「医師」という専門職へと転身しました。シリーズを通じて、系図や地域史料をもとに彼らの変遷を追います。表舞台には出ない中間層が、いかにして現状を冷静に認識し、環境に適応してきたか。その歴史的記録から、現代社会を生きる上での一つの視点を探ります。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  31. 1

    #3 日記について

    過去の歴史や日常は、昔の人達が書いた何の変哲もないただの日記から学べることが多々あることを感じる中で、段々と日記を書く人が減っている現代の僕たちは後世に日常を残すことができるのか。

  32. 0

    【#2 吉松家歴史】吉松家がたどり着いた朝倉という土地

    今回は、吉松家が朝倉に来る前の前提として、そもそも朝倉という土地がどのような場所だったのかを考えます。朝倉は、山に挟まれた内陸の地域でありながら、筑後川を通じて外の世界とつながる土地でもありました。縄文・弥生時代の遺跡や、朝鮮半島とのつながりを感じさせる墓制、平塚川添遺跡に見られる環濠集落などから、古くから人や物が行き交い、発展していた地域だったことが見えてきます。また、661年に斉明天皇が朝倉へやって来た背景として、百済の滅亡、唐・新羅連合軍への危機感、そして白村江の戦いへ向かう時代状況にも触れています。朝倉は、筑後川による輸送力、博多湾から一定の距離を置いた防御性、豊後方面へ抜ける脱出路という条件を備えた、軍事的にも重要な場所だったのではないかという話です。後半では、日本書紀に記される「朝倉橘広庭宮」の所在地をめぐる宮野説・志波地区説にも触れます。天皇の宮殿機能は志波地区にあり、宮野は数万人規模の兵を置く軍事拠点だったのではないか。そう考えると、宮野に斉明天皇や戦勝祈願に関わる神社伝承が残っていることも説明しやすくなります。今回はまだ吉松家そのものは登場しませんが、次回以降の話を理解するための土台となる回です。---福岡県朝倉市で1400年以上続く「吉松家」の歴史を辿りながら、日本の地方社会における人々の生存戦略を読み解く歴史番組です。日本の歴史は、幕府や戦国大名といった支配者層を中心に語られがちですが、実際に地域に根ざし、実務や祭祀を担っていたのは在地の中間層でした。本番組で取り上げる吉松家は、飛鳥時代(西暦661年)の斉明天皇による朝倉行幸を起源とし、現代まで記録が残る一族です。彼らは武力によって勢力を拡大したわけではありません。時代の変化に直面するたびに、自らの役割を変えることで家を存続させてきました。古代の「神官」から始まり、戦国時代には大名・秋月氏のもとで税や戸籍を管理する「行政官」へ。豊臣秀吉の九州平定で権力基盤を失うと「庄屋」として帰農し、江戸時代には水不足の村を救う治水事業や水車の開発を指揮。そして明治維新による身分制度の崩壊後は、土地を離れて「医師」という専門職へと転身しました。シリーズを通じて、系図や地域史料をもとに彼らの変遷を追います。表舞台には出ない中間層が、いかにして現状を冷静に認識し、環境に適応してきたか。その歴史的記録から、現代社会を生きる上での一つの視点を探ります。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  33. -1

    【#1 吉松家歴史】朝倉で1400年の歴史を持つ宮野吉松家とは

    【#1 吉松家歴史】朝倉で1400年の歴史を持つ宮野吉松家とは今回は、福岡県朝倉市宮野に伝わる「吉松家」の歴史シリーズの導入回です。吉松家は、宮野という地域に1400年以上にわたって続いてきたとされる一族です。古代から江戸時代にかけて、朝倉という地域の中で神官・行政官・庄屋として役割を変えながら存続してきた家であり、その歴史を辿ることで、朝倉という土地がどのような場所だったのかが少しずつ見えてきます。今回の配信では、調査を始めるきっかけとなった自宅の庭に残る「荒神鎮座」の石祠、吉松家が関わったとされる恵蘇八幡宮、そして調査の土台となった『吉松系図』『吉松系譜』『吉松家系図解読』についてお話ししています。また、系図や伝承をそのまま「事実」として読むのではなく、吉松家が自分たちの歴史をどのように理解し、後世へ伝えようとしたのかという視点から読み解いていくことも、このシリーズの大切な前提です。次回以降は、吉松家の具体的な歴史に入る前に、そもそも朝倉とはどのような場所だったのか、斉明天皇はなぜ朝倉に来たのか、筑後川や地理的条件が地域にどのような影響を与えたのかを考えていきます。---福岡県朝倉市で1400年以上続く「吉松家」の歴史を辿りながら、日本の地方社会における人々の生存戦略を読み解く歴史番組です。日本の歴史は、幕府や戦国大名といった支配者層を中心に語られがちですが、実際に地域に根ざし、実務や祭祀を担っていたのは在地の中間層でした。本番組で取り上げる吉松家は、飛鳥時代(西暦661年)の斉明天皇による朝倉行幸を起源とし、現代まで記録が残る一族です。彼らは武力によって勢力を拡大したわけではありません。時代の変化に直面するたびに、自らの役割を変えることで家を存続させてきました。古代の「神官」から始まり、戦国時代には大名・秋月氏のもとで税や戸籍を管理する「行政官」へ。豊臣秀吉の九州平定で権力基盤を失うと「庄屋」として帰農し、江戸時代には水不足の村を救う治水事業や水車の開発を指揮。そして明治維新による身分制度の崩壊後は、土地を離れて「医師」という専門職へと転身しました。シリーズを通じて、系図や地域史料をもとに彼らの変遷を追います。表舞台には出ない中間層が、いかにして現状を冷静に認識し、環境に適応してきたか。その歴史的記録から、現代社会を生きる上での一つの視点を探ります。---朝倉の片隅から、ゆるやかにお届けしています。普段は「人文知調査事業」として、歴史や哲学などの視点から地域や事業を読み解くことをしています。ご感想やご質問、「こんな話を聞いてみたい」といったリクエストをお待ちしています。✉️ [email protected]📷 Instagram DM → ⁠https://www.instagram.com/estadiodesign/⁠※内容次第では配信後1週間で削除する回もあります。あらかじめご了承ください。

  34. -2

    #2 朝倉のサッカー事情

    今回は福岡県朝倉市のサッカー事情に関するお話です。

  35. -3

    #1 先祖調査について

    朝倉の地域性を深く理解するため、人文知調査の一環として自身のルーツを一つのサンプルに調査を行いました。この配信では、恵蘇八幡宮にまつわる伝承の確認から、戸籍の取得、現地での墓石調査、さらには国立国会図書館や大学のデータベース活用まで、僕が実際に踏んだ調査の手順を具体的に公開します。自身のルーツを知ることは、現代の自分を説明する確かな根拠になると思うので、ぜひ、皆さんの調査の参考にしてください。

  36. -4

    #0 福岡県朝倉市での人文知調査ポッドキャストはじめます!

    福岡県朝倉市で生まれ育ち、「人文知調査事業」を営む坂田がお届けするポッドキャスト番組です。人文知を活かしたまちづくりや事業への挑戦のほか、農業やデザインのお手伝い、小学生へのサッカー指導、中学生向けの歴史塾など、朝倉での日々の生活の中で気づいたことやリアルな想いもゆるやかにお話ししていきます。基本は一人語りですが、時にはゲストをお招きすることも予定しています。【こんな方におすすめ】地方移住やまちづくり、地域活性化に興味がある方歴史、宗教、哲学などの「人文知」に関心がある方地域の文化や習慣のルーツ(なぜそのルールがあるのか)を知りたい方朝倉市のディープな背景に触れたい方

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福岡県朝倉市で「人文知調査事業」を営む個人がお届けするポッドキャスト番組です。人文知を活かしたまちづくりや事業への挑戦のほか、農業やデザインのお手伝い、小学生へのサッカー指導、中学生向けの歴史塾など、朝倉での日々の生活の中で気づいたことやリアルな想いもゆるやかにお話ししていきます。基本は一人語りですが、時にはゲストをお招きすることも予定しています。【こんな方におすすめ】地方移住やまちづくり、地域活性化に興味がある方歴史、宗教、哲学などの「人文知」に関心がある方地域の文化や習慣のルーツ(なぜそのルールがあるのか)を知りたい方朝倉市のディープな背景に触れたい方※ 内容次第では配信後1週間で削除するものもあります。

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福岡県朝倉市で「人文知調査事業」を営む個人がお届けするポッドキャスト番組です。人文知を活かしたまちづくりや事業への挑戦のほか、農業やデザインのお手伝い、小学生へのサッカー指導、中学生向けの歴史塾など、朝倉での日々の生活の中で気づいたことやリアルな想いもゆるやかにお話ししていきます。基本は一人語りですが、時にはゲストをお招きすることも予定しています。【こんな方におすすめ】地方移住やまちづくり、地域活性化に興味がある方歴史、宗教、哲学などの「人文知」に関心がある方地域の文化や習慣のルーツ(なぜそのルールがあるのか)を知りたい方朝倉市のディープな背景に触れたい方※...

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