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偉人の名言366命日編〜人生が豊かになる一日一言〜
by 久恒啓一
2005年から本格的に始めた全国を巡る私の「人物記念館の旅」は800館を越えるところまでになってきました。 この「聖人巡礼」では、主に近代現代日本を創った偉人たちの崇高な人生を観察し、そこから絞り出された珠玉の名言を蒐集してきました。 「偉人の名言366 命日編」では、その日に亡くなった偉人の名言を音声で紹介し、私の感想などを簡単に記した文章も配信いたします。 偉人の名言は人生百年時代の人生観を磨き上げるためのソフトインフラです。 一日一言を深く味わうことによって、充実した日々と、その集積である素晴らしい生涯を実現される一助になれば幸いです。 【久恒啓一】 図解Web:http://www.hisatune.net/ プログ:http://k-hisatune.hatenablog.com/ Facebook:https://www.facebook.com/keiichi.hisatune note:https://note.mu/hisatune メルマガ:http://www.mag2.com/m/0000272218.html ■Produced by KOELAB https://koelab.co.jp/
Episodes
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6月30日 高宮行男(実業家、予備校経営者)
予備校教師は5者を兼ねなければならない。学者、医者、役者、芸者、そして易者だ 高宮 行男(たかみや ゆきお、1917年1月26日 – 2009年6月30日)は北海道出身の実業家で予備校経営者。学校法人高宮学園代々木ゼミナール理事長を務めた。 高宮の言う5者とは、学問を教える立場の「学者」。鬱屈した浪人生の心を支え、癒す「医者」。教室を舞台に見立て、教師役を演じる「役者」。艶やかな衣装や芸で魅せ、生徒の羨望の的となる「芸者」。そして志望校に導くアドバイスや“読み“ができる「易者」である。教育者に求められる理想の資質を見事に言い当てている。 【久恒啓一】...
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6月29日 地井武男(俳優)
ただ、スターは無理でも、味のある脇役ならなれると思ってたんです 地井 武男(ちい たけお、1942年5月5日 – 2012年6月29日)は、日本の俳優。 1963年に俳優座養成所へ第15期生として入所。...
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6月28日 宮澤喜一(大蔵官僚、政治家)
一億一心の対極、それがリベラル 宮澤 喜一(みやざわ きいち、1919年(大正8年)10月8日 – 2007年(平成19年)6月28日)は、日本の大蔵官僚、政治家。 現在では影の薄くなった保守本流、ハト派の宏池会の流れの中にあった宮澤喜一は、リベラルとは「一億一心の対極」にあると述べている。一億火の玉、一億総保守、、など時代の空気に同調しない。主義主張を声高に論じるのではなく、全体の制約から距離を置いて、独立した個人とした自由な生き方、自分で考えることを放棄しない、自立自尊、それがリベラルであるということだろう。心に留めておきたい言葉である。 【久恒啓一】...
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6月27日 アルビン・トフラー(評論家、作家、未来学者)
将来の文盲とは、読み書きのできない人ではなく、学ぶことも、学んだことを捨てることも、また学び直すこともできない人のことである アルビン・トフラー(Alvin Toffler、1928年10月4日 – 2016年6月27日)は、アメリカの評論家、作家、未来学者。...
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6月26日 辰巳渚(文筆家、考現学者)
『捨てる!』技術 辰巳 渚 ( 1965年11月27日 ー2018年6月26日)は、文筆家、考現学者 。 東京都立立川高等学校、お茶の水女子大学文教育学部地理学科を卒業後、パルコに入社。マーケティング雑誌『月刊アクロス』の編集者および記者となる、その後筑摩書房の編集者を経て1993年にフリーとなる。...
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6月25日 二代目 尾上松緑(歌舞伎役者)
舞台が好きになるか、ならないか 二代目 尾上松緑(にだいめ おのえ しょうろく、1913年(大正2年)3月28日 – 1989年(平成元年)6月25日)は、日本の歌舞伎役者。屋号は音羽屋。重要無形文化財保持者(人間国宝)。日本芸術院会員。文化勲章。...
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6月24日 別所毅彦(プロ野球選手(投手、監督、解説者)
やろう、やれる、やるぞ 別所 毅彦(べっしょ たけひこ、1922年10月1日 – 1999年6月24日)は、兵庫県淡路市出身のプロ野球選手(投手)・コーチ・監督、解説者・評論家。 別所毅彦は「やろう、やれる、やるぞ」の単純な反復で、目標を一つ一つ乗り越えてきた。管理者の立場では、部下を伸ばすために「壁」を設定してやることが仕事だと知る。目標という大きな壁を設定し、苦労で自信をつけさせ、その自負で高い目標に挑戦させるのである。野球の世界で得た哲学は、経済、経営、そして職業、人生でも同じである。一芸を極めるとはこういうことだろう。 【久恒啓一】...
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6月23日 吉永祐介(検察官)
巨悪は眠らせない 吉永 祐介(よしなが ゆうすけ、1932年(昭和7年)2月14日 – 2013年(平成25年)6月23日)は、岡山市生まれの検察官(第18代検事総長)。 吉永祐介は特捜部の絶頂期を形づくり、「巨悪は眠らせない」という名言を吐くなど大事件を手がけた「ミスター検察」と呼ばれた仕事師だった。 「われわれは汚れたところをきれいにするどぶさらい」だと言い、同じく池波正太郎『鬼平犯科帳』の主役である長谷川平蔵を好んだという。検事も裁判官も、その理想は「長谷川平蔵」だったのだ。現代の司法はその伝統を継いでいるだろうか? 【久恒啓一】...
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6月22日 滝沢修(俳優、演出家)
俳優の仕事とは、結局は自分がどんなに豊かであるかに尽きる 滝沢 修(たきざわ おさむ、1906年11月13日 – 2000年6月22日)は、日本の俳優、演出家。...
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6月21日 増田通二(経営者、パルコ社長、会長)
本だけじゃダメだ。本物を見なければいけない 増田 通二(ますだ つうじ、1926年4月27日 – 2007年6月21日)は、日本の経営者。パルコ社長、会長。 増田通二は渋谷パルコのオープンの前年にスペインのバルセロナでガウディのサグラダ・ファミリア聖堂に出会い、頭を「ガーン」と殴りつけられる。47歳だった。建築という「定職」に導かれたという思いだった。自分もガウディのように自分の夢を見ようと考え、全国にパルコを建てていき、パルコがないのは新宿と横浜だけだというまでになる。増田のソフトとハードを動的に捉える力量は希有のものであった。本物との出会いが心に火をつけ、人生を変える。 【久恒啓一】...
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6月20日 早坂茂三(政治評論家)
世間に媚びを売らず、背伸びせず、自分を深く耕して一芸を身につけ、淡々とわが道を進む 早坂 茂三(はやさか しげぞう、1930年6月25日 – 2004年6月20日)は、日本の政治評論家。 早坂茂三の人生の軌跡を眺めると、「背伸びせず、自分を深く耕して一芸を身につけ」ることに邁進した人だったと思う。それは、自分をよく知り、わきまえて、自分をよく知る人とともに歩んだ早坂という男の人生観と処世術である。深い共感を覚える。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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6月19日 美川英二(ラグビー選手)
交際費をたくさん使って一流の人達と一流の場所でたくさん会いなさい。そうすれば人を見極める力が養えるはずだ 美川 英二(みかわ えいじ、1933年8月17日 – 1999年6月19日)は、日本のラグビー選手、実業家。横河電機社長。 美川の言うように、組織のトップになると一流の人との接触による鮮度の高い情報入手と人物の見極め、そしてトップのあり方への示唆が、直接・間接に業績に直結するようになる。美川英二の葬儀時の奥様は「英二は戦士の如く働いたと思います。最後だけは私の我侭をお願いして家族だけで過ごすことが許されました」とお礼の言葉を述べた。何か切ない気もする。 【久恒啓一】...
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6月18日 山本直純(作曲家、指揮者)
直純死すとも音楽死せず 山本 直純(やまもと なおずみ、1932年12月16日 – 2002年6月18日)は、日本の作曲家、指揮者。 山本直純はクラシック音楽の大衆化による人々の民度をあげ、幸福度をあげる仕事をライフワークにして、その道を迷うことなく歩んだようだ。確かに「直純死すとも音楽死せず」だ。山本直純は大衆の中に生きている。大衆に音楽に親しむきっかけを与えた影響力の大きい偉い人である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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6月17日 宿沢広朗(ラグビー選手)
銀行が必要ないと言えば、ラグビーに賭ける覚悟はある。ただ、両方やっていないと、価値がないんじゃないかと思う 宿沢 広朗(しゅくざわ ひろあき、1950年9月1日 – 2006年6月17日)は、埼玉県出身の元ラグビー選手、ラグビー日本代表監督。...
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6月16日 住井すゑ(小説家)
生きるとは創造すること 住井 すゑ(すみい すえ、1902年1月7日 – 1997年6月16日)は、奈良県出身の小説家。享年95。 56歳からライフワークに本格的に取り組んだ住井すゑは、書くのが面白くて朝は寝ていられずに書きまくった。その時間が青春のときであった。長い準備期期間を過ごした後に、創造の喜びを手にし、古事記にかわる歴史を完成させたのだ。その勇気と気概に敬服する。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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6月15日 十四代目 酒井田柿右衛門(陶芸家)
職人は不器用な人がいい 14代目 酒井田 柿右衛門(14だいめ さかいだ かきえもん、1934年8月26日 – 2013年6月15日)は、有田焼を代表する陶芸家で、“酒井田柿右衛門”の14代襲名者。...
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6月14日 谷岡ヤスジ(漫画家)
『鼻血ブー』『アサー!』『オラオラオラ』 谷岡 ヤスジ(たにおか ヤスジ、男性、1942年8月29日 – 1999年6月14日)は、日本の漫画家。 登場キャラクターは殺されてもすぐに復活するし、作風はエログロナンセンスであっても、谷岡の作品の底流に流れているのは、どうしようもない人間という存在にに対する深い愛情のように思える。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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6月13日 村田英雄(演歌歌手、俳優)
足がなくても歌は歌える 村田 英雄(むらた ひでお、1929年(昭和4年)1月17日 – 2002年(平成14年)6月13日)は、日本の演歌歌手、俳優。 NHK紅白歌合戦には1961年に初出場、1989年までに通算27回の出場を果たした。村田は野菜嫌いで肉食であったこともあり、その人生は「糖尿病との闘い」でもあった。35歳で糖尿病を発症。1996年には右膝下12センチで切断。2000年1月には左足も同様に切断し、車椅子生活となる。「足がなくても歌は歌える」は自ら鼓舞をした言葉である。生涯現役のまま、村田英雄の豪快な「人生劇場」は73年の幕を下ろした。 【久恒啓一】...
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6月12日 木村次郎右衛門(長寿の男性)
責任の重さみたいなのを痛感している。1日でも長く元気でありたい 木村 次郎右衛門(きむら じろうえもん、1897年(明治30年)4月19日 – 2013年(平成25年)6月12日)は、京都府京丹後市に在住していた長寿の男性である。...
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6月11日 原田利勝(明和地所創業者)
掃き溜めに一輪の花のような存在だった 原田利勝(1938年2月10日-2007年6月11日)は、明和地所創業者。 このような事実をみると、この企業には一論の花といわれた創業者・原田利勝という人物の創業の精神が生きている感じがする。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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6月10日 水野晴郎(映画評論家、映画監督、タレント)
いやぁ、映画って本当にいいもんですね~ 水野 晴郎(みずの はるお、1931年7月19日 – 2008年6月10日)は、日本の映画評論家、映画監督、タレント。 映画が好きでたまらないという映画人生がにじみ出る水野晴郎の解説と冒頭の短い言葉は今でも記憶に新しい。水野の場合は解説や評論であるが、対象は何でも、徹底した人生、一途の人には人々の尊敬の笑みがついてくるようだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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6月9日 塚本邦雄(歌人、詩人、評論家、小説家)
突風に生卵割れ、かつてかく擊ちぬかれたる兵士の眼 塚本 邦雄(つかもと くにお、1920年8月7日 – 2005年6月9日)は、日本の歌人、詩人、評論家、小説家。 塚本邦雄の名前と業績については、恥ずかしながら全く知らなかった。今回作品に接してみて、跳躍する驚くべき発想、絢爛たる豊かな語彙、冷え冷えとした眼差しなどに深く感銘を受けた。「人間の愚かさ。『人間の』は、よけいだ。愚かなのは、人間以外にない」と塚本邦雄は言う、冒頭の歌「突風に生卵割れ、かつてかく擊ちぬかれたる兵士の眼 」は、戦争の悲惨さと人間の愚かさをわずか31文字であますところなく伝える衝撃の作品だ。 【久恒啓一】...
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6月8日 青木定雄(実業家)
常識的なことをしっかりやることが、これが革命なんです 青木 定雄(あおき さだお(通名)、1928年6月23日 – 2017年6月8日)は、日本の実業家。在日韓国人1世。MKタクシー創業者。 消費者からみて当たり前の常識を、自らの企業で徹底して工夫を重ね、実現していったという印象が深い。それが社内の意識を改革し、さらに業界と地域を越えて波及していき、世直しが実現しているという思いが青木定雄にはあった。経営手法や評価には、嫉妬も含めて賛否両論、そして毀誉褒貶があるのは当然だが、「経営は一つの総合芸術である」と考えた交通の革命児、風雲児であったことは間違いない。 【久恒啓一】...
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6月7日 日高六郎(社会学者)
自由からの逃走 日高 六郎(ひだか ろくろう、1917年1月11日 – 2018年6月7日)は、日本の社会学者。...
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6月6日 なだいなだ(精神科医、作家、評論家)
人間、とりあえず主義 なだ いなだ(1929年6月8日 – 2013年6月6日)は、精神科医・作家・評論家。 1955年、慶応病院医学部神経科に入局、精神科医として勤務するかたわら、文筆活動を行う。医局には麻布中学の2年先輩の北杜夫がいた。 初老期では、今から取り組んでも中途半端に終わるのではないかと想い、大きなテーマに取り組む気持ちが萎えてきて鬱病になる。それでいいではないかと思えるようになったら鬱病はなおっていくと、この精神科医は言う。とりあえず主義者になればいいのだ。これがスペイン語の “nada y...
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6月5日 佐藤棟良(フェニックスリゾート創業者)
大地に足跡を残せ 佐藤 棟良氏(さとう・むねよし。1919年1月1日-2015年6月5日)は宮崎のフェニックスリゾート創業者。 佐藤棟良は、裸一貫で事業を興し、82歳にしてまた裸一貫にもどった。しかシーガイアは残った。「大地に足跡を残せ」という哲学は、皮肉なことに壮大な失敗の軌跡として実現したのである。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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6月4日 林隆三(俳優、ナレーター)
感情を込めないと、我々役者は 林 隆三(はやし りゅうぞう、1943年9月29日 – 2014年6月4日)は、日本の俳優及びナレーター。 「『夢千代日記』の山根刑事は忘れることができません。素晴らしかったです」と共演した吉永小百合が語ったように「感情を込める」ことができる名優だった。この人の渋い演技は私も好きだった。70歳で亡くなったが、もっと俳優の道を進んでいたら、さらに記憶に残る名演技を楽しめたのだろう。人には寿命がある。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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6月3日 モハメド・アリ(プロボクサー)
肯定の繰り返しが信念につながる。その信念が深い確信になると、物事が実現し始める モハメド・アリ(Muhammad Ali [muˈhɑməd ɑːˈliː]、1942年1月17日 – 2016年6月3日)は、アメリカ合衆国のプロボクサー。WBA・WBC統一世界ヘビー級チャンピオン。...
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6月2日 羽田健太郎(作曲家、編曲家、ピアニスト)
来年は今年よりちょっとだけいい音楽を弾けるようになりたい。それだけを思って走っています 羽田 健太郎 (はねだ けんたろう、1949年1月12日 – 2007年6月2日) は、日本の作曲家、編曲家、ピアニスト。 冒頭の言葉のように、少しずつ上手くなろうという意志は持っていたが、飲酒癖があり、50代に入ると体調を崩すことが多くなった。多彩な才能が過労を招き、それを乗り越えるために飲酒で紛らわそうとしたのであろう。健康管理の大事さを58歳で亡くなったハネケンの早い死は教えてくれる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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6月1日 松田道雄(医師、育児評論家、歴史家)
いい小児科医は歴史家でなければならない 松田 道雄(まつだ みちお、1908年10月26日 – 1998年6月1日)は日本の医師・育児評論家・歴史家。 親がいらいらして子どもにたいして平常心をもてないために子どもが緊張し、それが症状に出る。小児科医は診察を通じてその親子の格闘と成長を見つめ、励ましながら伴走する役割を持っている。主治医とは患者の歴史の目撃者であり、教訓の抽出者である。特に小児科医には子どもだけでなく親も含めた親子の歴史についての観察力が必要なのだろう。いい小児科医が歴史家であるとは虚をつかれる思いがするが、慧眼という外はない。 【久恒啓一】...
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5月31日 佐橋滋(官僚、通商産業事務次官)
古今東西のそれぞれの分野で偉かったという人の教えを受けてみる。それが本を読むということである 佐橋 滋(さはし しげる、1913年(大正2年)4月5日 – 1993年(平成5年)5月31日)は日本の官僚。通商産業事務次官。...
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5月30日 粕谷一希(評論家、編集者、出版事業家)
金は遣えば無くなるが、頭は使えば使うほど良くなる 粕谷 一希(かすや かずき、1930年2月4日 – 2014年5月30日)は東京府出身の日本の評論家、編集者、出版事業家。 「頭は使えば使うほど良くなる」は夫人が観察した粕谷の口癖である。「日本が知的になるには、本を大事にするということから始めなければならない」、そのことが日本人を知的にすると信じていた。粕谷一希は、編集という天職を全うする中で、優れた人物との交流を続けながら、自らの生きた「時代」と格闘したのである。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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5月29日 新藤兼人(映画監督、脚本家)
私は仕事をして生きてきた。その仕事の中に私自身が含まれていると私は思います。仕事とは、私であり続けること、私とは何かを考え続けることなんです 新藤 兼人(しんどう かねと、1912年(明治45年)4月22日 – 2012年(平成24年)5月29日)は、日本の映画監督、脚本家。1997年に文化功労者、2002年に文化勲章。...
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5月28日 藤村富美男(プロ野球選手、監督、解説者)
私の終生のライバルは、鶴岡(一人)さんただ一人です 藤村 富美男(ふじむら ふみお、1916年8月14日 – 1992年5月28日)は、広島県呉市出身のプロ野球選手・監督・解説者。 少年時代の沢村投手、現役時代の川上、別当など、気になる存在はいたが、藤村にとって南海ホークスで活躍した同じ呉出身の同年生まれの初代「ミスターホークス」で、プロ野球史上最多勝監督・鶴岡一人が終生のライバルであった。リーグは違ったが、その活躍を横目に見ながら、自分を鍛え、磨いていった野球人生であった。終生のライバルの存在は大きい。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ...
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5月27日 山地進(日本航空社長、会長)
教育は大切だからね 山地 進(やまじ すすむ、1925年5月12日 – 2005年5月27日)は、総務事務次官を経て日本航空社長、会長。 1997年の私の宮城大への転出にあたって山地会長に挨拶に伺うと、「君は個性派だったからね。会社にとっては明らかに損失だが、本人にとっては、その方がいいだろう。教育は大切だからね」と励ましていただいた。「教育は大切だ」という言葉が耳にこだましながら仕事をし続けてもう20年になる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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5月26日 山村聡(俳優、映画監督)
どうしても出演したい 山村 聰(やまむら そう、1910年(明治43年)2月24日 – 2000年(平成12年)5月26日)は、日本の俳優・映画監督。 日米合作の『トラ・トラ・トラ』は、黒澤明監督の降板事件があり、後任監督の人選は難航したが、「ハリウッドの映画制作に興味がある」という深作欣二が舛田利雄とともに共同監督として登板した。その主役の山本五十六は山村聡が演じている。山村はオファーを受け「どうしても出演したい」と東映側と相談し、ドラマ『あゝ忠臣蔵』と同時並行で撮影に臨んだ。風格俳優・山村聡の俳優魂を感じる逸話である。 【久恒啓一】...
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5月25日 米原万里(ロシア語同時通訳、エッセイスト、ノンフィクション作家、小説家)
よく聞きなさい、私は美人作家じゃなくて美人なのよ 米原 万里(よねはら まり、女性、1950年4月29日 – 2006年5月25日)は、日本の、ロシア語同時通訳・エッセイスト・ノンフィクション作家・小説家である。...
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5月24日 西丸震也(食生態学者、エッセイスト、探検家、登山家)
やりたいことを、やれる時にやってしまえ 西丸 震哉(にしまるしんや、1923年9月5日 – 2012年5月24日)は、日本人の食生態学者、、エッセイスト、探検家、登山家。 2008年には長野県大町に西丸震哉記念館が開館している。活躍の軌跡を伝えるコレクションや、関連資料を展示する記念館だ。パプアニューギニアの部族に関するコレクション、珍しい蝶の標本、探検登山時代の写真やスケッチ、絵画なども展示されている。41歳寿命説を提唱した本人は90歳近くまで、やりたいことをやれる時にやって、名前の通り、世間を震わせたのである。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ...
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5月23日 熊井啓(映画監督)
未覺池塘春草夢 熊井 啓(くまい けい、1930年6月1日 – 2007年5月23日)は、日本の映画監督。 多くの監督作が『キネマ旬報』ベスト・テンに選出され、ベルリン国際映画祭やヴェネツィア国際映画祭の各賞を受賞した。日本を代表する社会派映画の巨匠である。 妻からは偽悪的で韜晦的でもあったとも評された熊井啓は、色紙を求められると「未覺池塘春草夢」と書いた。その夢とは映画をつくることであり、強じんな精神力をもって意気軒昂な姿でその夢を生涯持ち続けた。熊井啓は少年の志を持ち続け、実現した人である。こういう気概がものを生み出すのだ。 【久恒啓一】...
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5月22日 平岩外四(財界人、経営者、東京電力会長、第7代経団連会長
タフでなければ生きていけない。やさしくなければ生きている資格がない 平岩 外四(ひらいわ がいし、1914年(大正3年)8月31日 – 2007年(平成19年)5月22日)は、愛知県常滑市出身の財界人、経営者。東京電力会長、第7代日本経済団体連合会(経団連)会長。...
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5月21日 藤山寛美(喜劇役者)
順番を待っているだけの人間には永久に順番が来ない 藤山 寛美(ふじやま かんび、本名:稲垣 完治(いながき かんじ)、1929年6月15日 – 1990年5月21日)は、日本の喜劇役者。 1951年の「桂春団治」では、寛美に与えられたのは主役の渋谷天外に「ツケを払うとくなはれ!」というセリフだけだったのだが、アドリブで延々とアホ役を続け、人気が沸騰した。やはり、寛美はただ順番を待つ人ではなかった。与えれたチャンスで出番をもぎ取る。その姿勢を生涯貫き、ついに喜劇王となったのだ。順番を待つだけの人には永久に順番は来ない。至言である。 【久恒啓一】...
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5月20日 牧野剛(評論家、市民運動家、河合塾講師)
曲がったキュウリ 牧野 剛(まきの つよし、1945年9月24日 – 2016年5月20日)は、日本の評論家、市民運動家。河合塾講師。 河合塾の名物講師であった牧野剛は「曲がったキュウリ」を合い言葉に、弱者の視点に立って権力の腐敗を衝く姿勢は、多くの学生に共感を呼んだ。現在の立憲民主党の辻元清美は教え子である。曲がったキュウリは八百屋などで選別されてしまい、お店に並ばずに処分されてしまうことが多いが、まっすぐなキュウリと比べても味は変わらず、むしろ強いという意味である。それは弱者に向けての励ましの言葉である。牧野剛はまがったキュウリに未来を託そうとしたのだ。 【久恒啓一】...
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5月19日 七代目 中埜又左エ門(経営者)
“衛”には守るという意味があり後ろ向きであるが、“エ”は工夫の“工”にも通ずる 七代目中野(中埜) 又左衛門(なかの またざえもん。本名は中埜政一。1922年11月28日−2002年5月19日)は、日本の経営者。半田市名誉市民。...
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5月18日 伊藤ユミ(歌手)
追いかけて追いかけて すがりつきたいの あの人が消えてゆく 雨の曲がり角 伊藤 ユミ(いとう ユミ、1941年4月1日 – 2016年5月18日)は、日本の歌手で、ザ・ピーナッツのメンバーである。ザ・ピーナッツの伊藤エミは双子の姉。 冒頭に掲げた「追いかけて追いかけてすがりつきたいの.あの人が消えてゆく雨の曲がり角」で始まる『恋のフーガ』(作詞:なかにし礼。作曲:すぎやまこういち)、そして「哀しいことも ないのになぜか 涙がにじむ」で始まる『ウナ・セラ・ディ東京(作詞:岩谷時子。作曲:宮川泰)、「京都 大原 三千院...
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5月17日 古岡秀人(編集者、出版事業家)
戦後の復興は教育をおいてほかにない 古岡 秀人(ふるおか ひでと、1908年12月15日 – 1994年5月17日)は編集者、出版事業家。 古岡は社員には早くから「高齢化時代に社会貢献できることを用意しておきなさい」と語っていた。現在の学研ホールディングスは、「教育」を基軸に出版事業、塾事業、教材・教具の制作・販売、保育園の運営に加え、創業者の言葉通りに高齢者住宅、介護サービス等、医療福祉分野にも事業を展開している大企業となっている。今日の学研の隆盛は古岡秀人の時代を見る「目」が冴えていたことを証明している。時代をどう見るかが事業の成否を決める。 【久恒啓一】...
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5月16日 邱永漢(実業家、作家、経済評論家、経営コンサルタント)
人生とは、「お金」という煉瓦を「時間」というセメントで積み上げていく作業工程 邱 永漢(きゅう えいかん、1924年3月28日 – 2012年5月16日)は、日本および台湾の実業家、作家、経済評論家、経営コンサルタント。...
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5月15日 高坂正堯(国際政治学者)
古典を読んでわからなければ自分をアホだと思いなさい。新著を読んでわからなければ、著者をアホだと思いなさい 高坂 正堯(こうさか まさたか、1934年(昭和9年)5月8日 – 1996年(平成8年)5月15日)は日本の国際政治学者。 29歳で『現実主義者の平和論』でデビューした高坂正堯は「私は下賀茂に住まう京都人として死にたい」とつぶやき、若くして惜しまれながら世を去った。 この文章を書きながらもはや古典となった感のある高坂正堯の書を含め、やはり古典に親しむべきであるとの想いを強くした。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by...
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5月14日 鈴木俊一(政治家、第9~12代東京都知事)
節目節目に古井(喜実)さんという人がいろいろな形で登場するんです 鈴木 俊一(すずき しゅんいち、1910年(明治43年)11月6日 – 2010年(平成22年)5月14日)は、日本の政治家、内務・自治官僚。第9~12代東京都知事。 都知事4選の選挙では真向法で柔らかい体を見せて驚かされたことが記憶にある。「地方自治の巨星」鈴木俊一は2010年に99歳で死去。わずかに数ヶ月100歳に届かなかった。この人の立派な経歴の中でも古井喜実という若い時の上司がたびたび登場する。これほどの人でも大きな転機には必ずこの先輩に相談している。やはり、人には仰ぎ見る「師匠」が必要のようである。 【久恒啓一】...
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5月13日 瀬戸雄三(実業家)
リーダーは不満や行動ができない理由などを引き出して負担を取り除かねばならない 瀬戸 雄三 (せと ゆうぞう、1930年2月25日 – 2013年5月13日) は日本の実業家。 絶頂期に入社し30年続く転落で「夕日ビール」と揶揄されたアサヒビールの社長としてスーパードライを無敵の商品に育て上げた人である。...
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5月12日 蜷川幸雄(演出家、映画監督、俳優)
大きい物語を書くことを恐れるな 蜷川 幸雄(にながわ ゆきお、1935年10月15日 – 2016年5月12日)は、日本の演出家、映画監督、俳優。 小さなつぶやきで成り立つ演劇は現在の社会の姿と同じだからインパクトはない。演劇の場所は大きな物語を語ろうとするところにあるのだ。こういう蜷川幸雄の時代に対する強烈なメッセージは、私には小さな物語ではなく大いなる物語を描こう、矮小な計画ではなく遠大な構想を持て、そして閉塞的な状況を突破せよ、と聞こえる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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ABOUT THIS SHOW
2005年から本格的に始めた全国を巡る私の「人物記念館の旅」は800館を越えるところまでになってきました。 この「聖人巡礼」では、主に近代現代日本を創った偉人たちの崇高な人生を観察し、そこから絞り出された珠玉の名言を蒐集してきました。 「偉人の名言366 命日編」では、その日に亡くなった偉人の名言を音声で紹介し、私の感想などを簡単に記した文章も配信いたします。 偉人の名言は人生百年時代の人生観を磨き上げるためのソフトインフラです。 一日一言を深く味わうことによって、充実した日々と、その集積である素晴らしい生涯を実現される一助になれば幸いです。 【久恒啓一】 図解Web:http://www.hisatune.net/ プログ:http://k-hisatune.hatenablog.com/ Facebook:https://www.facebook.com/keiichi.hisatune note:https://note.mu/hisatune メルマガ:http://www.mag2.com/m/0000272218.html ■Produced by KOELAB https://koelab.co.jp/
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