高千穂さんのご縁です。

PODCAST · religion

高千穂さんのご縁です。

仏教にまつわる色々なお話を、分かりやすくお話していただく番組です。仏教由来の言葉、豆知識、歴史、迷信、風習、教義、作法などなど。 出演は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正さん。お相手は、丸井純子さん。お悩み相談もメールで受け付け中![email protected]▼メール [email protected]★地上波ではRKKラジオ(熊本)FM91.4    AM1197で、毎週水曜日 午後6時10分から放送中。是非生放送でもお聴きください。

  1. 98

    【仏教の旗】──世界を繋ぐ五色の旗印と誓い

    🔶仏旗の由来と国際的な意義仏教には、世界中の仏教徒が共通して掲げる「仏旗(ぶっき)」という旗があります。これは1950年にスリランカで開催された「世界仏教徒連盟(WFB)」の第1回会議において、国際的な仏教の旗として正式に採択されました。お釈迦さまの教えを仰ぎ、仏道を歩む世界中の人々を一つに繋ぐ大切な旗印として、各国の寺院や法要の際などに掲げられています。🔶五色の輝きが表すお釈迦さまの徳仏旗は青、黄、赤、白、橙(だいだい)の五色で構成されており、それぞれにお釈迦さまのすぐれた徳(特徴)が象徴されています。青は「頭髪」の色で乱れのない心を、黄は「身体(金色)」の色で揺るぎない心を、赤は「血液」の色で大いなる慈悲の心を、白は「歯」の色で清らかな心を、そして橙は「聖者の法衣(けさ)」の色で、あらゆる迷いから離れた不動の心を表しています。これらの色が重なり合うデザインには、真理の光が世界を照らす願いが込められています。🔶世界共通の誓い「三帰依文」色とかたちによる象徴が仏旗であるならば、言葉による共通の拠り所が「三帰依文(さんきえもん)」です。「帰依(きえ)」とは、サンスクリット語の「さらな(saraṇa)」の訳語で、「拠り所とする」「全てをお任せする」という意味です。お釈迦さま(仏)、その教え(法)、そして教えを学び伝える集い(僧)の三宝(さんぼう)を敬うこの誓いは、2500年前から変わらぬ仏教徒の入門の言葉であり、世界中どこの寺院でも共通して唱えられています。🔶宗派を超えた仏教徒の連帯世界には多くの宗派があり、長い歴史の中で教えのかたちも多様化してきました。しかし、第二次世界大戦後の1950年、悲惨な戦争を繰り返さないために世界中の仏教徒が協力し合う必要性が叫ばれました。そこで、細かな教えや文化の違いを超えて、「共にお釈迦さまの弟子である」ことを再確認するために定められたのが、この仏旗と三帰依文なのです。これらは、平和への祈りと国際的な協力の精神を象徴する、仏教界の羅針盤といえます。🔶今週のまとめ仏教には「仏旗」と呼ばれる万国共通の旗があり、1950年の世界仏教徒会議で正式に採択されました。旗に使われる五つの色は、お釈迦さまの身体の特徴や徳を象徴しており、それぞれに慈悲や知恵の意味があります。「三帰依文」は仏・法・僧の三宝を拠り所とする誓いの言葉で、世界中の仏教徒が共通して唱えるものです。仏旗や三帰依文の統一は、第二次世界大戦後の平和への願いと、宗派を超えた国際協力の精神から生まれました。考え方や文化が違っても、同じお釈迦さまの教えを歩む旗印を持つことで、私たちは世界と繋がることができます。次回テーマは「降誕会(ごうたんえ)──親鸞聖人のお誕生日」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  2. 97

    【現代教育の課題と仏教の役割】──情緒を育む「心の教育」

    ゲスト:「terakoya 和多志家(「わたしや)」の蓮田大華(はすだ たいが)さん🔶現代教育の現実と子供たちの自己肯定感現在、不登校の小中学生は約30万人を超え、過去最多を記録しています。これに伴い、日本の子供たちの自己肯定感は先進国の中でも最低水準にあるといわれており、「自分にいいところがある」と思えない子供が増えているのが現状です。学校教育に馴染めず、自分の殻に閉じこもってしまう。そうした子供たちの心の叫びに対し、現代の教育システムがどう応えていくかが大きな課題となっています。🔶デジタル社会とSNSがもたらす影響現代の子供たちは常にデジタルの刺激に晒されています。NTTの調査によれば、小学6年生で約6割、中学生では約9割がスマートフォンを所持しています。SNSは便利である反面、子供には刺激が強すぎ、依存性や「見えないいじめ」の温床となる危険も孕んでいます。オーストラリアやアメリカの一部の州でSNSの利用制限が議論されているように、情報過多な社会の中で、いかに自分を見失わずに生きていくかが問われています。🔶仏教における「情操教育」と「教化」の歩み仏教には、明治時代から続く「少年教化(しょうねんきょうけ)」という長い歴史があります。これは単に知識や作法を教えるのではなく、命の尊さや情緒を育む「情操教育」を指します。お寺で開催される「日曜学校」や「子供会」といった活動は、非日常的な空間でお経を読み、お話を聞き、仲間と交流することを通じて、学校や家庭では得られない豊かな情緒を育む大切な役割を担ってきました。🔶「情緒」と「知性」の優先順位教育において知性を磨くことは重要ですが、蓮田大華さんは「情緒(心の育み)」が先にあるべきだと説いています。何のために勉強するのか。それは自分の心や情操を豊かにし、自分や他者を大切にするためであるべきです。情緒という土台があってこそ、初めて知性は正しく活かされます。AIが正解を提示する時代だからこそ、自らの心で答えを見つけ出すための「心の土台」作りが必要不可欠です。🔶金子みすゞの詩にみる命の多様性浄土真宗の門徒でもあった詩人・金子みすゞさんの「みんなちがってみんないい」という言葉は、仏教の慈悲の心を象徴しています。阿弥陀さまという仏さまは、個々の違いを否定せず、ありのままの姿を丸ごと受け入れてくださいます。それぞれの個性を尊重し、認め合うこと。教育に馴染めない子供たちも含め、あらゆる命がそのままで尊いのだと全肯定する仏教のまなざしこそが、現代教育の閉塞感を打ち破る鍵となるのかもしれません。🔶今週のまとめ現在、不登校の増加や自己肯定感の低下など、子供たちを取り巻く教育環境は深刻な課題に直面しています。SNSの普及による強い刺激や「見えないいじめ」から子供を守るため、大人がそのリスクを理解する必要があります。仏教には「教化」を通じて子供たちの情操を育んできた長い歴史があり、お寺はその拠り所としての役割を持っています。知性を磨くこと以上に、まずは情緒(心)を育むことを優先する教育のあり方が、今の時代には求められています。「みんなちがってみんないい」という教えの通り、個々の違いを認め合い、命を丸ごと肯定する視点が大切です。次回テーマは「仏教の旗」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。ゲストは「terakoya 和多志家(わたしや)」の蓮田大華(はすだ たいが)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  3. 96

    【仏教と教育】──寺子屋の精神と二宮尊徳の教え

    ゲスト:「terakoya 和多志家」の蓮田大華(はすだ たいが)さん🔶教育の基盤としての寺子屋文化江戸時代、日本各地に広がった「寺子屋」は、お寺や民家を舞台に、読み書きそろばんといった「実学」を教える地域密着型の教育機関でした。この寺子屋こそが当時の日本の高い識字率を支え、明治5年の「学制(がくせい)」発布以降の近代教育の確かな土台となりました。お寺と教育は、歴史的に切っても切り離せない密接な関係にあり、学びを地域で育む精神は今もなお受け継がれています。🔶改革者としての二宮金次郎(二宮尊徳)教育の現場で親しまれてきた「二宮金次郎」といえば、薪を背負いながら本を読む銅像のイメージが強いですが、彼は生涯で600以上の農村を復興させた偉大な改革者でもありました。金次郎が大切にしたのは、学びと行動を一致させること。単に知識を得るだけでなく、それを身近な人や社会のためにどう活かすかを考える。この「生きた学び」こそが、実学の本質であるといえます。🔶『仏説観無量寿経』にみる独自の解釈二宮尊徳は、浄土真宗で大切にされる『仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)』の言葉、「光明遍照(こうみょうへんじょう) 十方世界(じっぽうせかい) 念仏衆生(ねんぶつしゅじょう) 摂取不捨(せっしゅふしゃ)」を独自に解釈していました。彼はこの「如来の光」を、日々恵みを与えてくれる「太陽」に例えて農民たちに説きました。難しい教理を、農作業に励む人々の生活に即したメタファー(比喩)を用いて分かりやすく伝える。ここにも、学びを生活に結びつける彼の姿勢が表れています。🔶現代に活きる寺子屋式の異学年交流現在、熊本市中央区新大江で「terakoya 和多志家(わたしや)」を運営する蓮田大華(はすだ たいが)さんは、学年の枠を超えた教育を実践されています。同じ年齢で区切られる学校教育とは異なり、異なる学年の子供たちが同じ空間で学び合うことで、自然と教え合いやコミュニケーションが生まれます。「誰かに教えること」は最大の学びであり、この伝統的な寺子屋のシステムは、現代においても非常に画期的な学習方法として注目されています。🔶「積小為大」の精神と継続の力二宮尊徳の教えに「積小為大(せきしょういだい)」という言葉があります。小さなことを積み重ね、習慣にしていくことで、やがて大きな事を成し遂げられるという意味です。これは現代の子供たちにとっても、そして私たち大人にとっても極めて大切な視点です。5月23日(土)には、熊本市国際交流会館(または新都心プラザホール)にて映画『二宮金次郎』の上映会も予定されています。彼の生涯を知ることは、私たちの教育や生き方を見つめ直す貴重なご縁となるでしょう。🔶今週のまとめ江戸時代の寺子屋教育は、日本の近代教育の基盤となり、高い識字率と商業の発展に大きく寄与しました。二宮金次郎(尊徳)は、学びを日常生活や社会復帰に繋げる「実学」を重んじた改革者でした。尊徳は『観無量寿経』の教えを、農民に馴染み深い「太陽」に例えて説くなど、独自の柔軟な解釈を持っていました。現代の「寺子屋」的な異学年教育は、教え合う環境を通じて子供たちの心と知識を育む優れた手法です。「積小為大」の教えの通り、日々の小さな積み重ねを大切にすることが、豊かな学びと人生に繋がります。次回テーマは「仏教と現代教育(後編)」です。ゲストの蓮田大華さんと共にお送りします。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。ゲストは「terakoya 和多志家」の蓮田大華(はすだ たいが)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  4. 95

    【熊本地震から10年】──月明かりに照らされる「救い」の心

    🔶2度の震度7がもたらした甚大な被害2016年(平成28年)4月14日午後9時26分、そしてそのわずか2日後の16日未明。熊本を襲ったのは、観測史上類を見ない「2度の震度7」という激震でした。災害関連死を含め276名もの尊い命が失われ、家屋の倒壊や墓石の転倒など、街の景色は一変しました。震災から10年が経過した今、お寺の建物の歪みや修復された墓石を目にするたび、あの時の恐ろしさと震災の爪痕の深さを改めて思い知らされます。🔶SNSの有用性とフェイクニュースの恐ろしさ震災当時、情報のライフラインとなったのがSNSでした。断水時の給水情報や入浴支援など、生活に直結する情報の拡散には目を見張るものがありました。しかしその一方で、ライオンが逃げ出したという虚偽の情報(デマ)が拡散されるなど、情報の真偽が問われる事態も発生しました。混乱の中で何を信じるべきか、SNSの便利さと隣り合わせにある「情報の不確かさ」への危機管理は、現代の防災における大きな課題となりました。🔶法然上人の歌にみる月明かりの慈悲不安な夜、ふと見上げた夜空に輝く月明かりに救われた記憶があります。法然上人が詠まれた「月かげの いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ」という歌があります。月明かり(仏さまの慈悲)は、どのような寂しい里にも平等に降り注いでいますが、その光を仰ぎ見る人の心の中にこそ、月は静かに宿ってくださるという意味です。暗闇の中で自分を包み込んでくれる月明かりは、まさに阿弥陀さまの救いの光そのものでした。🔶震災における心のよりどころとしての仏教仏教の教えは、直接的に震災という現実を消し去るものではありません。しかし、どのような絶望の淵にあっても「私を見捨てない仏さまがご一緒である」という確信は、折れそうな心を支える大きなよりどころとなります。目に見える救済だけでなく、目に見えない「心の支え」があることは、人が独りではないと感じ、前を向くための静かな、しかし確かな推進力となるのです。🔶10年を経て語り継ぐ防災とご縁の絆震災から10年が経ち、街は復興が進みましたが、人と人との繋がりの大切さは変わりません。災害を乗り越える力は、日頃からの近所付き合いや地域の絆の中にあります。災害はいつどこで起こるかわかりません。10年という節目に当時の記憶を風化させることなく、常に「防災」の意識を持ち、互いに支え合える「ご縁」を日々大切に育てていくことが、私たちに課せられた大切な役割です。🔶今週のまとめ2016年の熊本地震から10年。2度の震度7という激震がもたらした記憶は、今も私たちの心に深く刻まれています。震災時はSNSが有用な情報源となる一方で、デマの拡散という恐ろしさもあり、情報の扱い方を学ぶ機会となりました。法然上人の歌「月かげの」に象徴されるように、どんな苦難の時でも平等に注がれる仏さまの光が、心の支えとなりました。宗教の役割は、どうしようもない不安に寄り添い、「独りではない」という安心感を人々に届けることにあります。10年の節目に改めて防災の意識を高め、地域の人々との繋がりという「ご縁」を大切にしていくことが、未来への備えとなります。次回テーマは「仏教と言葉(ありがとうの由来)」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  5. 94

    【花まつり】──お釈迦さまの誕生と「ブルーメンフェスト」の心

    🔶灌仏会の由来とルンビニの花園4月8日は「花まつり」です。お釈迦さまのお誕生日をお祝いするこの行事は、正式には「灌仏会(かんぶつえ)」と呼ばれます。およそ2,500年前、現在のネパールにあるルンビニの花園でお生まれになったお釈迦さまを祝し、色とりどりの花で飾られた「花御堂(はなみどう)」が作られます。天から「甘露(かんろ)の雨」が降り注いだという伝承にちなみ、誕生仏の像に甘茶をかける風習が今に伝わっています。🔶白い象の夢と摩耶夫人の誕生お釈迦さまの誕生には神秘的なエピソードがあります。母である摩耶夫人(まやぶにん)が、白く大きな象が体の中に入ってくる夢を見られ、お釈迦さまを身ごもられたといわれています。お生まれになったお釈迦さまは、すぐに七歩歩まれ、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言葉を発せられました。これは「この世に生きるあらゆる命は、何ものにも代えがたい尊いものである」という、命の平等を宣言されたお言葉です。🔶「花まつり」という名称の意外な歴史お釈迦さまのお誕生日を祝う行事自体は非常に古く、日本では推古14年(606年)に法興寺(ほうこうじ/現在の飛鳥寺)で行われた記録が『日本書紀』に残されています。しかし、「花まつり」という呼び名の歴史は意外にも浅く、明治34年(1901年)にドイツへ留学していた僧侶らが、ベルリンのホテルで開催したのが始まりです。🔶ドイツ語「ブルーメンフェスト」から広まった名称当時、ベルリンに集まった憲法学者の美濃部達吉(みのべ たつきち)さんら18名の日本人は、お釈迦さまの生誕を祝う「ブルーメンフェスト(ドイツ語で「花の祭り」)」を開催しました。このイベントがドイツで大いに盛り上がり、大正5年(1916年)に日本でも日比谷公園で大規模な「花まつり」が挙行されたことで、この名称が全国に定着しました。伝統的な仏教行事が、ヨーロッパの文化と交わって新しい名前を得たという非常に興味深い歴史があるのです。🔶宗派を越えた仏教共通の喜び花まつりは、浄土真宗、浄土宗、日蓮宗、禅宗など、宗派の垣根を越えてお祝いできる仏教共通の祭典です。熊本でも、仏教連合会による「稚児(ちご)行列」が下通り・上通りのアーケードで行われるなど、地域に親しまれています。かつて甘いものが贅沢品だった時代、甘茶を分かち合うことは大きな喜びでした。時代は変わっても、甘茶の風味を楽しみながら、お釈迦さまが示された「命の尊さ」に思いを馳せる大切なひとときです。🔶今週のまとめ4月8日はお釈迦さまの誕生日を祝う「花まつり(灌仏会)」で、ルンビニでの誕生を伝えています。お釈迦さまは誕生の際「天上天下唯我独尊」と仰り、すべての命が等しく尊いことを示されました。「花まつり」という名称は1901年にベルリンで開かれた「ブルーメンフェスト」が語源となっています。渡辺海旭和上や美濃部達吉氏らがドイツで始めた祭りが、現在の日本の花まつりのルーツとなりました。宗派を越えて甘茶や稚児行列を楽しみ、命の恵みを分かち合うのが仏教共通の願いです。次回テーマは「熊本地震(発生から10年)」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  6. 93

    【仏教と桜】──散りゆく姿にみる命の真実

    🔶良寛和尚の辞世に見る諸行無常江戸時代の曹洞宗の僧侶であり、歌人としても知られる良寛(りょうかん)和尚の辞世の句に「散る桜 残る桜も 散る桜」という歌があります。今を盛りと咲き誇り、枝に残っている桜も、やがては等しく散っていく。この歌は、仏教の根本的な教えである「諸行無常(しょぎょうむじょう)」を鮮やかに示しています。私たちは今、精一杯に生きていますが、同時に誰もがいつかは命を終えていく存在であることを、散りゆく桜の姿を通して良寛さんは優しく、しかし厳かに語りかけています。🔶親鸞聖人九歳の決意と「仇桜」の歌浄土真宗の宗祖・親鸞(しんらん)聖人は、わずか九歳の春に京都の青蓮院(しょうれんいん)で出家されました。その際、得度(とくど)の儀式の導師を務められた慈円(じえん)和尚が、夜も更けたため「儀式は明日にしましょう」と提案されました。しかし、聖人は「明日ありと思う心の仇桜(あだざくら) 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは」という歌を詠み、今夜のうちの出家を懇願されました。「明日もあると思っているこの心は、嵐が吹けば夜のうちに散ってしまう桜のように儚いものです」という決意は、慈円和尚の心を強く打ち、その夜のうちに儀式が執り行われました。🔶花の終わりを彩る日本語の感性日本語には、花の終わりを表現する独特の言葉が数多く存在します。桜は「散る」、梅は「こぼれる」、椿は「落ちる」、牡丹は「崩れる」といったように、それぞれの花が命を終える姿を繊細に捉えています。これらは単なる自然現象の描写ではなく、命が尽きゆく瞬間にもその個性に合わせた美しい名前を与えようとした、先人たちの深い慈しみの心の表れといえるでしょう。🔶「死」を「往く」と捉える往生の教えでは、人の命の終わりはどう表現されるのでしょうか。「死ぬ」や「終わる」といった言葉がありますが、浄土真宗においては「往(ゆ)く」という言葉を用います。これは「往生(おうじょう)」、すなわち「浄土に往(い)き生まれる」ことを意味します。命が終わればすべてが消えてなくなるのではなく、阿弥陀さまの導きによって仏さまとして新しいステージへと生まれていく。死を「終わり」ではなく、次への「始まり」として捉えるこの教えは、死の恐怖に立ちすくむ私たちに大きな安心を与えてくれます。🔶桜の散り際が問いかける今を生きる姿勢桜の美しさは、その華やかさとともに、潔く散っていく儚さにあります。私たちは一日の終わりを迎えるたびに、確実に人生の最期へと近づいています。しかし、その終わりをただの「消滅」と見るか、お浄土への「往生」と見るかによって、今を生きる心持ちは大きく変わります。散りゆく桜を眺めながら、自らの命の尊さと、阿弥陀さまに抱かれた「必ず救われていく命」であるという喜びに出会ってほしい。桜という花は、そのような問いを私たちに投げかけているのです。🔶今週のまとめ良寛和尚の「散る桜 残る桜も 散る桜」という歌は、すべての命が等しく無常であることを教えています。九歳の親鸞聖人が詠まれた歌は、明日をも知れぬ命の儚さと、今この瞬間に仏道へ進む強い決意を示したものです。日本語には「散る」「こぼれる」「落ちる」など、花の終焉を慈しむ豊かな表現が備わっています。浄土真宗では死を「終わり」とせず、お浄土へ「往(ゆ)く(往生する)」という希望ある言葉で捉えます。桜の散り際を見つめることは、自らの命のあり方に向き合い、仏法に出会う尊いご縁となります。次回テーマは「花まつり」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  7. 92

    【仏教と料理】──命の根源を見つめる「お斎(おとき)」の心

    🔶お釈迦さまと乳粥にみる食の原点仏教において「食」は命の根源であり、悟りへの道とも深く関わっています。かつて過酷な苦行で命を落としかけたお釈迦さまを救ったのは、村娘スジャータが捧げた一杯の「乳粥(ちちがゆ)」でした。この供養によって体力を回復されたお釈迦さまは、極端な苦行では真の悟りを得られないと気づき、中道の教えを見出されました。乳粥という一つの料理こそが、仏教の歴史を大きく動かす原点となったのです。🔶「醍醐味」の語源と仏教の深い縁私たちが日常的に使う「醍醐味(だいごみ)」という言葉は、仏教経典の『涅槃経(ねはんぎょう)』に由来しています。経典では、牛乳を精製する過程を五段階(乳・酪・生酥・熟酥・醍醐)で示し、最後に出来上がる最高級の乳製品を「醍醐」と呼び、それを仏の教えに例えました。また、カルピスの名称も、この最高級の乳漿を意味するサンスクリット語「サルピル・マンダ」を参考にして生まれたといわれており、仏教と食には意外な繋がりがあります。🔶浄土真宗における肉食と親鸞聖人の歩み仏教では不殺生戒(ふせっしょうかい)に基づき肉食を避ける文化がありますが、浄土真宗では伝統的に肉食を禁じてきませんでした。これは、自らの修行や功徳によって仏になるのではなく、阿弥陀さまの無差別な救いの中に生かされているという教えに基づいています。親鸞聖人ご自身も「非僧非俗(ひそうひぞく)」として一般の人々と同じ生活を送り、食の制限を設けませんでした。ちなみに、聖人が好まれたのは「小豆(あずき)」であり、現代でも「御正忌報恩講(ごしょうきほうおんこう)」などの法要では伝統的な小豆粥が振る舞われています。🔶仏事の食事「お斎」に込められた意味法事などで供される食事を「お斎(おとき)」と呼びますが、これは本来、僧侶が食事を摂る決まった時間を指す「斎時(さいじ)」に由来しています。私の祖父である高千穂正史(たかちほ まさふみ)は、法事の席で「亡き人の思い出を語り合うことこそが、何よりのご馳走である」と説いていました。形としての料理だけでなく、共に亡き人を偲び、命の繋がりを確認するその豊かな時間が、私たちの心を育む糧となるのです。🔶命をいただく感謝の作法と追憶私たちは日々、多くの命に支えられて生かされています。浄土真宗では、食前には「多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうを恵まれました。深くご恩を喜び、ありがたくいただきます」と唱え、食後には「尊いいのちを、おいしくいただきました。御報謝(ごほうしゃ)に努めます。おかげでごちそうさまでした」と合掌します。飽食の時代だからこそ、食前食後の言葉を通じ、命への感謝と亡き人への追憶を大切にしていきたいものです。🔶今週のまとめ仏教と食には密接な関係があり、お釈迦さまを救った乳粥は仏教の原点ともいえます。「醍醐味」という言葉は、牛乳の精製過程で最高の味を仏の教えに例えた経典の言葉が語源です。浄土真宗では修行による制限を設けず、ありのままの生活の中で命をいただく感謝を説きます。法事の食事「お斎(おとき)」は、亡き人の思い出を分かち合う「心のご馳走」をいただく場です。食前食後の言葉を通じて、多くの命に支えられている事実を喜び、感謝を深めることが大切です。次回テーマは「仏教と桜」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  8. 91

    【春のお彼岸】──「聴く」ことでつながる浄土の心

    🔶お彼岸の由来と波羅蜜多の心3月20日の「春分の日」は、お彼岸の中日です。お彼岸の語源は、サンスクリット語の「パーラミター」を音写した「波羅蜜多(はらみった)」であり、「悟りの岸へ至る」ことを意味します。太陽が真東から昇り、真西に沈むこの時期、私たちは西に沈む太陽の姿に「西方浄土(さいほうじょうど)」を想います。科学的な目線を超えて、阿弥陀さまの限りない命と光の救いに心を寄せる、それが浄土真宗のお彼岸の歩みです。🔶外陣の広さにみる「聴聞」の精神浄土真宗の本堂には、阿弥陀さまを安置する「内陣(ないじん)」と、参拝者が座る「外陣(げじん)」があります。特徴的なのは、参拝者が座る外陣が非常に広く造られている点です。これは、お救いの話を聞く「聴聞(ちょうもん)」を何よりも大切にするためです。多くの人が集まり、共に教えを聞くための場所が、お寺の設計そのものに組み込まれているのです。🔶お寺から生まれた落語の伝統お寺の本堂には、僧侶が教えを説くための「高座(こうざ)」や、話を補足するための黒板、マイクが備えられています。実は、日本の伝統芸能である「落語」の起源は、お坊さんの法話にあります。江戸時代の僧侶で「落語の祖」と呼ばれる安楽庵策伝(あんらくあん さくでん)上人は、法話を基に滑稽な話を生み出しました。寄席の用語である「前座(ぜんざ)」も、法話の前に司会を務める若い僧侶が由来となっています。🔶蓮如上人が説く「聴聞」の極意浄土真宗の中興の祖である蓮如上人は、『蓮如上人御一代記聞書(れんにょしょうにんごいちだいきききがき)』の中で「仏法は聴聞に極まることなり」と説かれました。聴聞とは、阿弥陀さまの救いのお話を、そのまま真っ直ぐに聞き届けることです。「なぜこの私が救いの目当てとされたのか」という慈悲の物語を繰り返し聞かせていただく「法座(ほうざ)」は、お寺にとって最も重要な場なのです。🔶お墓参りから法話への一歩お彼岸といえばお墓参りですが、それだけでなく、ぜひお寺の本堂で開催される「法話」にも足を運んでいただきたいのです。最近ではお寺の掲示板やSNSで情報を発信する寺院も増えています。亡き人を偲ぶお墓参りという尊いご縁をきっかけに、仏さまの心を聞かせていただく。それが、自分自身の命を見つめ直し、豊かな人生を歩むためのお彼岸の本来の過ごし方といえます。🔶今週のまとめお彼岸はサンスクリット語の「波羅蜜多」を語源とし、悟りの世界であるお浄土を想う期間です。浄土真宗のお寺は教えを聞く「聴聞」を重視するため、参拝者が座る外陣が広く造られているのが特徴です。落語の祖とされる安楽庵策伝上人は僧侶であり、落語の形式や「前座」などの用語はお寺の法話が由来です。蓮如上人は「仏法は聴聞に極まる」と示され、仏さまのお救いをそのまま聞くことの大切さを説かれました。お彼岸はお墓参りだけでなく、お寺で法話を聞くことを通じて仏さまの心に触れる尊いご縁の場です。次回テーマは「仏教と料理」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  9. 90

    【3.11 東日本大震災】──「そこにいる」という宗教者の役割

    🔶震災から15年、記憶と現実へのまなざし2011年3月11日、午後2時46分。宮城県三陸沖を震源としたマグニチュード9.0の巨大地震は、津波や震災関連死を含め2万2,000人以上の尊い命を奪いました。震災から15年が経過した今なお、福島県の大熊町や双葉町など7市町村には帰還困難区域が残り、避難生活を余儀なくされている方々がおられます。仙台市立荒浜小学校の跡地のように、校舎の2階まで津波が押し寄せた記憶を留める遺構は、私たちに自然災害の脅威と命の重さを静かに語り続けています。🔶心の傷「PTSD」とサバイバーズ・ギルト被災された方々が抱える苦しみは、目に見える被害だけではありません。死の危険に直面した体験が強烈なストレスとなり、悪夢や不安、現実感の喪失を引き起こす「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」に苦しむ方が多くおられます。また、「なぜ自分だけが生き残ってしまったのか」と自らを責める「サバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)」という心の痛みもあります。こうした心の傷は、生活基盤が整い、日常を取り戻し始めた頃に、ふとした拍子に表面化することが少なくありません。🔶臨床宗教師の誕生とその役割震災をきっかけに、公共空間で心のケアを担う「臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし)」という存在が注目されました。これは欧米の「チャプレン(宗教を背景に施設等でケアを行う専門職)」をモデルに日本で生まれたものです。布教や伝道を目的とするのではなく、相手の価値観を尊重しながら、被災された方の悩みや孤独に寄り添います。宗教者の本来の役割は、何かを教え導くこと以上に、苦悩の中にいる方と同じ場所で「ただ、そこにいる」ことにあるのです。🔶「ただ聴く」という寄り添いのかたち被災地における宗教者の主な活動は、相手の話を丁寧に聴く「傾聴(けいちょう)」です。家族を突然失った悲しみ、伝えられなかった後悔、あるいは日常の些細な愚痴。誰にも言えずにいた思いを言葉にすることで、整理のつかない感情が少しずつ和らいでいくことがあります。災害がいつどこで起き、いつ命を落とすかわからないという人間のありのままの現実に直面したとき、宗教者は共に立ち止まり、その苦悩を分かち合う「聴き手」としての役割を担います。🔶カフェ活動を通じた安らぎの提供臨床宗教師の実践の一つに、被災された方々の集いの場となる「カフェ」の活動があります。温かいコーヒーやお菓子を囲みながら、宗教者と住民が肩を並べて語らう場です。つらい記憶を無理に引き出すのではなく、安心して集まれる場所を提供し、対話のきっかけを作ります。誰かに思いを打ち明けられる場があることは、明日を生きていくための小さな、しかし確かな支えとなります。15年という月日が経っても、失われたものは戻りませんが、悲しみを抱えたまま共に歩む営みは続いています。🔶今週のまとめ東日本大震災から15年が経ちますが、今なお震災の記憶と帰還困難区域という現実が残されています。被災地では震災による直接的な被害だけでなく、PTSDやサバイバーズ・ギルトといった心のケアが重要です。臨床宗教師は、布教ではなく公共空間で人々の苦悩に寄り添う、日本版チャプレンとしての役割を担っています。宗教者の役割は、何かを説くこと以上に「そこにいる」こと、そして相手の話を丁寧に聴くことにあります。カフェ活動などの集いを通じて、つらい記憶や孤独を抱える人々の心が和らぐ場を支援し続けることが大切です。次回テーマは「春のお彼岸(おひがん)」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  10. 89

    【学問の起源と「まねぶ」心】──龍谷大学から学ぶ仏教の英知

    🔶日本における大学制度の変遷と起源日本の大学の起源は、701年の「大宝律令」にまでさかのぼります。当時は貴族の子弟を対象とした官吏養成機関でしたが、その後、日本最古の総合大学といわれる「足利学校」や、弘法大師空海にゆかりのある「種智院(しゅちいん)」など、多様な教育の場が生まれました。近代に入り、明治19年の「帝国大学令」によって西洋式の大学制度が整えられ、大正7年の「大学令」を経て、現在の私立大学を含む高等教育の枠組みが確立されていきました。🔶現存する最古の大学としての龍谷大学日本に現存する最古の大学は、京都にある「龍谷大学」です。その歴史は江戸時代の1639年(寛永16年)、西本願寺に設けられた「学寮(がくりょう)」に始まります。以来、学林、大教校と名を変えながらも一度も途切れることなく継続され、すべての記録が現存しています。重要文化財に指定されている大宮キャンパスの本館などは、幕末から明治にかけての面影を今に伝えており、学生たちは歴史的な重みを感じながら学問に励んでいます。🔶善導大師の説く「学仏大慈心」の教え浄土真宗の学問の根底には、中国の高僧・善導(ぜんどう)大師が『観経四帖疏(かんぎょうしじょしょ)』の中に記された「学仏大慈心(がくぶつだいじしん)」という言葉があります。これは「仏さまの大慈悲心を学ぶ」という意味です。仏さまの慈悲とは、すべての命を慈しみ、煩悩から解き放って仏にしようと願う心です。この尊いお心を学び、自分自身の指針としていくことこそが、仏教を学ぶ真の意義であるといえます。🔶「学ぶ」の語源に見る真似ることの大切さ「学ぶ」という言葉の語源は、真似をするという意味の「まねぶ」にあるといわれています。私たちは最初から仏さまのような慈悲の心を持つことはできませんが、そのお姿や教えを「真似る」ことから始め、少しずつ自分の中に吸収していきます。これは仏教に限らず、あらゆる学問や技術の習得に通じる姿勢です。先人の知恵や真理を敬い、自らの肉体や行動を通して実践していくことに、学びの本質があります。🔶大学生活という人生のかけがえのない経験大学は単に知識を得る場所だけではありません。親元を離れた一人暮らしや、社会の仕組みを知るアルバイトなど、学生時代のすべての経験がその後の人生の財産となります。仲間と語り合い、汗を流し、時には失敗しながら学んだ人間関係や社会経験は、教室での講義と同じくらい貴重なものです。これから大学を目指す方々には、学問はもちろん、その時期にしかできない多様な経験を宝物にしてほしいと願っています。🔶今週のまとめ日本に現存する最古の大学は、1639年に始まった本願寺の学寮を起源とする龍谷大学です。龍谷大学の大宮キャンパスには、重要文化財に指定された歴史ある学舎が今も残っています。善導大師は「学仏大慈心」と説き、仏さまの慈悲の心を学ぶことの大切さを示されました。「学ぶ」の語源は「まねぶ(真似る)」にあり、仏さまのお心を真似て実践することに学びの意義があります。大学生活における学問や様々な社会経験は、その後の人生を支えるかけがえのない財産となります。次回テーマは「3.11(東日本大震災)」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  11. 88

    【卍(まんじ)の意味】──吉兆の印に込められた願い

    🔶卍の語源と世界共通の吉兆の印地図記号でお寺を表す「卍」は、単なる記号ではなく「万」という漢字でもあります。そのルーツはインドのサンスクリット語「スヴァスティカ」にあり、幸福や幸運を意味します。ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の胸の瑞毛(ずいもう)に由来し、仏教ではお釈迦さまの胸に現れた「吉兆の印」とされています。実はその歴史は極めて古く、ウクライナのメジリチ遺跡(旧石器時代)で発見されたものが最古といわれ、宗教の枠を超えて世界中で用いられてきた根源的な形なのです。🔶日本における歴史と地図記号への定着この印が中国へ伝わると、693年に武則天(ぶそくてん)によって「万(まん)」と呼ぶことが定められました。これは「あらゆる吉祥が集まる」という意味が込められています。日本では、奈良・薬師寺の薬師如来像の足の裏に刻まれているものが現存する最古の例といわれ、1300年以上も前から幸福の象徴として親しまれてきました。明治13年(1880年)には、国土地理院によって正式に寺院を表す地図記号として定められ、今日に至ります。🔶時代を越えて人々を惹きつける形卍は、古今東西を問わず人々を惹きつける魅力を持っています。江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎は、晩年に「画狂老人卍(がきょうろうじん まんじ)」と号しました。また、現代の若者の間でも「マジ卍」という言葉が流行したように、その形や響きには理屈を超えて心に訴えかける力があるのかもしれません。特定の宗派の紋(浄土真宗の「下がり藤」など)とは異なり、卍はお寺全体の共通の印として、世界中の人々に「ここは聖なる場所である」ことを伝えています。🔶「四つのL」で味わう仏さまの働き私の祖父である高千穂正史(たかちほ まさふみ)は、卍の形を「四つのL」が組み合わさったものとして味わっていました。一つ目はLove(慈悲)。すべての命を救うという阿弥陀さまの慈愛。二つ目はLife(限りない命)。いつでもどこでも私を支える命。三つ目はLight(限りない光)。どんな暗闇にいても届く仏さまの知恵の光。そして四つ目はLiberty(自由・解放)。迷いやとらわれから解放され、真実の道へと導かれる自由です。🔶仏さまの働きを象徴する卍卍という形には、これら「Love、Life、Light、Liberty」という仏さまの命の働きが凝縮されています。それは私たち一人ひとりに向けられた、限りない救いのエネルギーの象徴です。お寺の門前で卍のマークを見かけたときは、それが単なる記号ではなく、太古の昔から人類が願い続けてきた「幸福への祈り」であり、今ここにある私を包み込む「仏さまの慈悲の働き」そのものであることを思い出していただければと思います。🔶今週のまとめ卍はお寺の地図記号であるだけでなく、サンスクリット語の「幸運」を語源とする漢字です。その歴史は古く1万年前の遺跡からも発見されており、世界中で吉兆の印として用いられてきました。日本では薬師寺の如来像に刻まれたものが最古とされ、1300年以上前から幸福の象徴とされています。高千穂正史和上は、卍をLove(慈悲)、Life(命)、Light(光)、Liberty(自由)の「四つのL」として味わいました。卍の形には、私たちを救いへと導く仏さまの多面的な働きが象徴されています。次回テーマは「学問(日本最古の大学)のお話」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  12. 87

    【山本仏骨和上の生涯】──母の言葉に導かれた念仏の道

    🔶浄土真宗における呼び名と学階制度浄土真宗では、僧侶を「和尚(おしょう)」と呼ぶことは少なく、一般的には「住職」や「ご院家(ごいんげ)」、親しみを込めて「おっさん(御師さん)」などと呼びます。また、お寺の跡継ぎのことは「新発意(しんぼち)」と呼ぶ独特の習慣があります。こうした呼び名の一方で、学問を深く修めた僧侶には「学階(がっかい)」という位が授けられます。最高位の「勧学(かんがく)」やそれに次ぐ「司教(しきょう)」といった方々は、教えを導く立場として「和上(わじょう)」と敬称されます。本願寺派の僧侶約3万人の中で、この高位にある方はわずか30数名という、非常に厳しい研鑽を積まれた方々です。🔶勧学・山本仏骨和上の歩み今回ご紹介する山本仏骨(やまもと ぶっこつ)和上は、1910年(明治43年)に石川県の一般家庭に生まれました。お寺の出身ではないながらも、最終的には龍谷大学教授を務め、最高位の「勧学」にまで昇り詰められた、現代浄土真宗を代表する高僧の一人です。しかし、その人生は波乱に満ちたものでした。正規の教育は小学校までという厳しい逆境の中から、仏道への道を切り拓いていかれたのです。🔶スペイン風邪の惨禍と母の遺言山本和上が幼い頃、世界中で「スペイン風邪」が猛威を振るい、当時の世界人口の約3分の1が感染するという未曾有のパンデミックが起こりました。和上の家庭も例外ではなく、父と5人の兄弟を次々と亡くし、最後には母も病床に伏しました。見舞いに訪れた人々が、残される幼い我が子を案じて涙する中、お母様は「私は死んでもこの子から離れません。お浄土へ参らせていただき、そこからこの子を生涯守り続けます」と、明るい声で言い残されたといいます。🔶逆境の中で支えとなった母の眼差し母を亡くした後、和上は親戚の家に預けられ、子守などの奉公をしながら少年時代を過ごしました。同年代の子供たちが中学校へ通う姿を見て、進学できない自分を嘆き、悔し涙を流す日々もありました。しかし、そんな時にいつも思い起こされたのが、死の淵にありながら「お浄土から見守っている」と語った母の言葉でした。その言葉が、絶望の淵にあった和上の心を支え、学問の道、そして仏道へと突き動かす大きな力となったのです。🔶終わりなき命の繋がりと念仏の喜び山本和上の人生を導いたのは、極限の状態にあってもお念仏を喜び、救いの中に生きたお母様の姿でした。死は決して断絶ではなく、阿弥陀如来のお浄土において「仏」となり、今を生きる私たちを支え続ける働きとなる──。このお母様の確信は、まさに浄土真宗が説く「あらゆる命を救い取って捨てない」という阿弥陀如来の慈悲そのものでした。和上の功績は、この温かな命の繋がりを、自らの生涯をかけて証明し続けた点にあるといえるでしょう。🔶今週のまとめ 山本仏骨和上は、一般家庭の出身から本願寺派の最高学階「勧学」に至られた、近代を代表する高僧です。 浄土真宗では師弟子という壁を作らず、学問を修め教えを導く指導者を「和上」と敬意を持って呼びます。 幼少期にスペイン風邪で家族のほとんどを失い、小学校卒という境遇から苦学の末に龍谷大学教授となられました。 死を目前にしたお母様の「お浄土から生涯守り続ける」という言葉が、和上の生涯を支える光となりました。 お母様が示された念仏の姿は、死を超えて続く阿弥陀如来の救いと命の繋がりを物語っています。次回テーマは「卍(まんじ)の意味」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  13. 86

    【涅槃会】──お釈迦さまの入滅と「救い」のかたち

    🔶涅槃会の由来とニルヴァーナの意味2月15日は「涅槃会(ねはんえ)」です。これは、仏教の開祖であるお釈迦さまが入滅(にゅうめつ)、すなわちその生涯を終えられた日の法要を指します。涅槃とはサンスクリット語で「ニルヴァーナ」といい、もともとは「火を吹き消すこと」を意味します。私たちの迷いである「煩悩の火」を吹き消した悟りの境地のことであり、中国では「滅度(めつど)」とも訳されました。🔶お釈迦さまのご生涯と最後のお食事お釈迦さまは29歳でご出家(しゅっけ)され、35歳で悟りを開かれました。それから45年間にわたり「み教え」を説き続け、80歳で入滅されました。今から約2,500年前、日本でいえば縄文時代のことです。お釈迦さまが亡くなられた原因は食中毒であったといわれ、経典『涅槃経』には「スカーラ・マッダヴァ(柔らかい豚、あるいはキノコ料理の意)」を召し上がったと記されています。当時の僧侶は、信徒から供えられたものは肉であってもいただくのが作法であり、その伝統は現在も東南アジアの上座部仏教などに引き継がれています。🔶涅槃図にみる「北枕」と約束事お釈迦さまが入滅される様子を描いた「涅槃図(ねはんず)」には、いくつもの約束事があります。お釈迦さまは頭を北にし、西を向き、右脇を下にして横たわっておられます。これを「頭北面西右脇臥(ずほくめんさいうきょうが)」といい、現代の「北枕」の由来となりました。本来、これはお釈迦さまの尊いお姿に倣ったものであり、決して縁起が悪いものではありません。また、図には満月と8本の沙羅双樹(さらそうじゅ)が描かれ、教えが不滅であることを象徴しています。🔶生きとし生けるものとの別れと摩耶夫人涅槃図にはお弟子さんだけでなく、馬、猿、象といったありとあらゆる生き物たちが集まり、お釈迦さまの死を嘆き悲しむ姿が描かれています。一説に「猫」が描かれないのは、お釈迦さまへの薬を運ぶネズミを猫が捕まえてしまったからだという逸話もあります。また、空の上からはお釈迦さまの母である摩耶夫人(まやぶにん)が、天女とともに亡き息子のもとへ駆けつける姿が描かれており、一切の命がお釈迦さまを慕う様子が表現されています。🔶入滅という「方便」が示す導きお釈迦さまが亡くなられたことは、単なる命の終わりではありません。仏教ではこれをお釈迦さまが私たちに示された「方便(ほうべん)」、つまり救いのための導きであると捉えます。生死(しょうじ)を超えた悟りの境地を、自らの生涯をもって示されたのです。涅槃会という日は、お釈迦さまを偲ぶとともに、時代や宗派を超えて、私たちが本来出会うべき「救い」と「命のありよう」を改めて見つめ直す大切なご縁となります。🔶今週のまとめ 2月15日は涅槃会。お釈迦さまが80歳で入滅された日を偲ぶ、仏教において極めて大切な法要です。 涅槃(ニルヴァーナ)とは「煩悩の火を吹き消した状態」を指し、仏さまの悟りの境地を意味します。 涅槃図に描かれたお釈迦さまのお姿は、現代の「北枕」の由来となった尊い形です。 涅槃図にはあらゆる動物や天界の摩耶夫人までが登場し、お釈迦さまとの別れを惜しむ姿が描かれています。 お釈迦さまの入滅は、私たちに命の真実と救いのかたちを指し示す尊い「方便」でもあります。次回テーマは「山本仏骨(やまもと ぶっこつ)和上」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  14. 85

    【動物と仏教】──身近な命との向き合い方

    🔶ペットという身近な命とのご縁現在、日本で飼育されている犬猫の合計数は約1,600万頭にのぼり、15歳未満の子どもの数(約1,435万人)を上回っています。それだけ動物という存在は、私たちの日常生活において身近な「命のご縁」となっているのです。仏教の視点から動物を考えるとき、そこには「迷いの中に生きる存在」という厳しさと、「尊い平等な命」という慈しみの両面が見えてきます。🔶六道輪廻における畜生道という世界仏教には、迷いの世界を六つに分けた「六道輪廻(ろくどうりんね)」という教えがあります。動物は「畜生道(ちくしょうどう)」に分類され、本能(欲)のままに生き、楽しみが少なく苦しみが多い世界とされています。これを「愚鈍(ぐどん)に生きて真理を知らない」という意味で「愚痴(ぐち)」とも呼びます。人間とは異なる迷いの形を生きる存在として、まずはその違いを見つめる立場があります。🔶シビ王の物語にみる命の平等一方で、動物を人間と「同じ救いの対象」として尊ぶ見方もあります。古くから伝わる「シビ王(しびおう)」の物語では、タカに追われたハトを救うため、シビ王が自らの肉を切り、ハトと同じ重さ分をタカに与えて両者の命を救いました。これは「命の重さに人間も動物も区別はない」という仏教の平等観を象徴しています。命に優劣をつけない、慈悲のまなざしがここにあります。🔶親鸞聖人が説く命の繋がり浄土真宗の宗祖・親鸞聖人は、著書『歎異抄(たんにしょう)』の中で「一切の群生(ぐんじょう)は、みなもって世々生々(せせしょうじょう)の父母(ぶも)兄弟(きょうだい)なり」と述べられました。生きとし生けるものは、幾度も生まれ変わりを繰り返す中で、かつて自分の父母であり兄弟であったかもしれない存在だという教えです。目の前の動物を、他人事ではない深い縁(えにし)ある命として受け止める姿勢を説いています。🔶他の命に支えられているという自覚私たちは、他の命をいただくことで生かされています。詩人の金子みすゞさんは、その詩「大漁」の中で、浜が祭りのように湧く一方で、海の中では何万ものイワシの弔いがあるだろうと詠みました。近年注目される「アニマルウェルフェア(動物福祉)」の考え方も、単なる愛護にとどまらず、私たちの生活を支えてくれる動物たちのストレスを減らし、尊厳を守る取り組みです。こうした具体的な配慮の中に、平等を育てる一歩があります。🔶今週のまとめ現代社会において、動物は子どもより数多く存在するほど、人にとって身近な命のご縁となっています。 仏教では動物を「畜生道」という迷いの存在と見る一方で、等しく尊い平等な命としても捉えます。 親鸞聖人は「すべての命はかつての父母兄弟である」と説き、命の境界を超えた繋がりを示されました。 私たちは他の命に支えられて生きていることを自覚し、動物への配慮や制度づくりに関心を持つことが大切です。 阿弥陀如来の救いはすべての命に届いており、共に仏となる道を歩む「いのち」であることを忘れてはなりません。次回テーマは「繁栄(はんえい)」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  15. 84

    【現代の葬儀】──変わりゆくかたち、変わらない意味

    🔶宮型霊柩車の激減とその背景 かつて葬送の象徴だった、金飾りの施された「宮型霊柩車」が姿を消しつつあります。2003年には全国で2,000台以上が走っていましたが、現在は10分の1の220台ほどにまで激減しました。その背景には、近隣住民から「自宅の前を通るのは縁起が悪い」という苦情が寄せられるなど、死を忌み嫌い、遠ざけようとする意識の変化があります。現在では全国150以上の自治体で、火葬場への宮型霊柩車の乗り入れが制限されるようになっています。🔶葬儀の場と家族のかたちの変遷 葬儀の簡素化は、社会構造の変化と深く結びついています。かつては自宅で執り行われ、地域住民が列をなす「葬列」がありましたが、明治時代に葬儀社が誕生し、やがて葬儀会館での式が一般的となりました。三世代同居から核家族化、そして単身世帯が約半数を占める現代において、住環境(マンションなど)の変化もあり、葬儀のかたちが変化していくのは時代の必然とも言えます。🔶死を「縁起」で捉える心への問い 霊柩車を「縁起が悪い」と避ける心理の根底には、死を恐れ、穢れ(けがれ)として遠ざけたいという人間の感情があります。しかし、仏教(浄土真宗)では、死を穢れとは捉えません。そのため、葬儀の後に「清めの塩」をまく習慣もありません。亡くなった大切な方を穢れとして扱うのではなく、最後までその命の尊さに敬意を払い、感謝の心で送ることを大切にします。🔶葬送儀礼が持つ本来の意味 葬儀や通夜、火葬といった一つひとつの儀礼には、深い意味が込められています。霊柩車のルーツが「葬列」にあるように、それは亡き人を丁寧にお送りする真心のかたちでした。形式が質素になること自体は時代の流れですが、その奥にある「意味」まで失われてはなりません。儀礼を簡略化する現代だからこそ、私たちが何を大切にすべきかを改めて見つめ直す必要があります。🔶死別を「自己の命」に向き合うご縁に 仏教において葬儀とは、単なる別れの儀式ではありません。亡き人が「仏さま」となられ、新たなる関係が始まる場です。死を終わりと見るのではなく、死別という出来事をご縁として、今を生きる私が「自らの命」を見つめ直す。死を恐れるだけでなく、自分もいつか終わりゆく命であることを受け入れていく。そのまなざしを持つことが、亡き人への敬意となり、私たちの生きる力となります。🔶今週のまとめ宮型霊柩車は全盛期の10分の1に激減。死を遠ざける社会心理や自治体の規制が影響しています。社会や家族のあり方が変化し、葬儀の場は「家」から「会館」へと移り、簡略化が進んでいます。浄土真宗では死を穢れと見ないため「清めの塩」は使いません。命の繋がりを尊びます。葬送儀礼の形式が変わっても、そこに込められた「亡き人を送る意味」を忘れてはなりません。葬儀は死別を機に、自分自身の命のあり方に向き合う大切な「ご縁」の場です。次回テーマは「動物と仏教」です。どうぞお楽しみに。 お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  16. 83

    【丙午と「迷信」をほどく】 — 親鸞の視点で考える一年の心得

    🔶 今回のテーマ今週は「迷信」を取り上げます。なかでも話題に上がりやすい丙午(ひのえうま)と出生数の揺れ、その背景にある物語、そして仏教的な受け止め方を整理します。🔶 丙午とは何か十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)の組み合わせでできる六十通り(六十干支)のうちの一つが丙午です。六十年で一巡するため、干支が生年に戻る年を「還暦」と呼びます。🔶 なぜ「丙午の女は強い」という話が広まったのか江戸期に広まった八百屋お七の放火事件を素材にした芝居や読み物が、後世の想像と結びついて「丙午生まれの女性は気性が激しい」といった根拠の薄い俗信を後押ししました。物語上の極端な行為が、出生年一般の性格づけに飛躍して結びつけられたのが問題の核心です。🔶 数字が示す「迷信の社会的影響」1966年(昭和41年)は丙午に当たり、前年に比べ出生数が大幅に減少した事実があります。個人の決断に社会的な思い込みが影響し得ることを示す一例です。令和の現在は状況が変わりつつありますが、不確かな通念が行動を左右する危うさは教訓として残ります。🔶 親鸞の視点:日柄や占いに振り回される私浄土真宗の宗祖親鸞聖人は、良し悪しの日取りや占いに執着する人の姿を「悲しいありさま」として嘆いた和讃を残しています。要点は明快です。いい日・悪い日という恣意的な物差しに生き方を明け渡すのではなく、煩悩を抱えたままの自分が阿弥陀如来のはたらきに遇うことこそ肝要、ということです。🔶 どう受け止めるか(実践のヒント)迷信は「蓋をして無視」よりも、由来を知って距離を取るのが有効です。出所と論理の飛躍を知れば、必要以上に怯えたり他者を傷つけたりせずに済みます。人生の大切な選択は、確かな情報と自分たちの意思で決める。そこに仏教でいう「今、この身に届いているはたらき」を聞きひらく姿勢が重なります。🔶 まとめ丙午の俗信は、物語が独り歩きした歴史的産物です。数字が示す影響を教訓に、思い込みよりも事実、そして念仏の教えに立ち返る心を大切にしたいものです。誰かの人生や尊厳を、根拠の薄い通念で狭めない——それが今年のはじめに確認したい「迷信との付き合い方」です。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂 光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井 純子(まるい じゅんこ)でした。

  17. 82

    【いのちをめぐる報恩講と“海の循環”】 — 田崎市場から考える仏教とSDGs

    🔶 今回のポイント親鸞聖人の御正忌にあわせて、御正忌報恩講の意義をたどりながら、「いただくいのち」と「生かされる私」を見つめ直します。ゲストは、海の卸売を担う 大海水産株式会社(熊本市・くまもと田崎市場) で働く幼なじみ、豊増 琢真(とよます たくま)さんです。🔶 報恩講とは浄土真宗の宗祖 親鸞聖人のご遺徳を偲び、阿弥陀如来の救いに遇う中心法要。起点は第3代宗主 覚如上人の『報恩講式』にさかのぼり、のちに第4代 存覚上人が整備。700年以上続く“報恩”の実践です。🔶 “いのち”を直視する親鸞の眼他のいのちをいただかずには生きられない私、煩悩に満ちた私。そのありのままを見つめ、「その私こそ救いの目当て」とする阿弥陀如来の本願を確かめます。科学が進んでも、生と死の根源的な問いは残ります。🔶 田崎市場の現場から見える循環豊増さんによると、魚は可食部が概ね半分。骨や頭など未利用部位は肥料へリサイクルして「捨てずに次のいのちへつなぐ」ルートを構築。海洋プラスチック対策にも関与し、行政と連携しながら地域発のSDGsを進めています。🔶 三方よし × いのちの礼儀漁師が命がけで獲った魚を卸が預かり、食卓へ届ける。売り手・買い手・世間がともに良しとなる関係は、仏教が説く「いのちが縁で支え合う」世界観と響き合います。食べられない部位も無駄にしない——それが“いのちへの報恩”です。🔶 まとめ御正忌報恩講は、私が他のいのちに生かされている事実を思い起こす場。海の恵み一皿にも無数のはたらきが通っています。無駄にせず次へ渡す。日常の小さな選択に、報恩は宿ります。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂 光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井 純子(まるい じゅんこ)。ゲストは 大海水産株式会社(熊本市・くまもと田崎市場) の 豊増 琢真 さんでした。

  18. 81

    【海と仏教】——“二つの海”が出会うところ

    新年最初の放送は、海の卸売を担う「大海水産株式会社」(熊本市・くまもと田崎市場)で働く幼なじみのゲスト、豊増琢真さんを迎え、「海と仏教」を語りました。仏教には海をめぐる二つのイメージがあります。ひとつは尽きない迷いを示す煩悩の海。もうひとつは、限りなく広がる阿弥陀如来の大いなる慈悲をたたえる海。相反するようでいて、実は同じ海の比喩であり、清濁を抱きとめる大きなはたらきの中に、迷いも救いも包まれていくと考えます。🔶田崎市場から食卓へ——“いのち”を受け渡す現場大海水産は熊本の台所・田崎市場で、県内外や海外から届く魚介を見極め、飲食店や家庭へ届けています。豊増さんの実感として、近年は海水温の上昇により水揚げの時期や漁場のずれが目立ち、北海道でブリが上がるなどの変化も体感しているとのこと。漁師が命がけで獲った魚を預かり、消費者に手渡す——現場はいつも“いのち”の重みと向き合っています。🔶海を守ることは、いのちを守ること海洋プラスチック問題など、海の環境悪化は魚の生存そのものを脅かします。会社としては寄付や行政との連携に取り組み、廃棄物の抑制や啓発にも協力。仏教が説く「私たちは他のいのちに生かされている」という視点に立てば、環境保全は信仰や倫理の実践とも重なります。🔶「いただきます」の意味をもう一度パックの切り身の向こう側には、海のいのち、漁の危険、流通の労苦、数えきれない人の手があります。「いただきます」は、その総体へ向けた感謝の言葉。仏教の言葉でいえば、煩悩の海を生きる私が、慈悲の海に照らされて「いのちの縁」をいただく営みです。🔶今日のひとこと広大な海に生かされる私たち。迷いも救いも同じ大海に抱かれている——そう受け止めると、目の前の一皿が少し違って見えてきます。🔶今週のまとめ海は迷いの比喩でもあり、慈悲の比喩でもあります。田崎市場の現場から見える環境変化は、海を守る責任を私たちに突きつけます。「いただきます」は、いのちの受け渡しに対する感謝の宣言です。来週は「いのち」をさらに掘り下げます。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂 光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井 純子(まるい じゅんこ)でした。

  19. 80

    【大晦日を味わう】——言葉の由来と「除夜の鐘」の意味

    🔶大晦日・晦日・つごもり「晦日(みそか)」は本来、月の30日を指しましたが、のちに月の最後の日という意味になりました。「大晦日」は年の最後の日、12月31日です。「つごもり(晦)」は太陰太陽暦で月末に月が隠れることから生まれた語とされます。🔶「師走(しわす)」の語源(諸説)「僧が走るほど忙しい」という説が知られますが定説ではありません。「年が果てる(年果つ)」が変化したという説、四季が極まるを語源とする説など、いずれも年の瀬の慌ただしさを映す説明です。🔶除夜の鐘と「除夜会(じょやえ)」「除夜」は大晦日の夜のこと。古い年を除き新しい年を迎える意です。浄土真宗本願寺派(西本願寺)では、除夜会や元旦会などの法要が営まれます。寺院によっては鐘を撞きます。🔶なぜ108回なのか有名なのは四苦八苦の合計という説明です。4×9+8×9=108もう一つの説明は次の組合せです。六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)に三つの受(楽、苦、不苦不楽)と二つの状態(染、清)と三つの時(過去、現在、未来)を掛け合わせ、六×三×二×三=108とする考え方です。ただし浄土真宗の自覚としては、煩悩は108で数え尽くせません。人は煩悩具足の凡夫であり、いのちが終わる時まで煩悩は尽きない存在です。だからこそ鐘の響きに自分のありのままを聞き、新しい一年に念仏のご縁を結び直します。🔶年末の寺の景色十二月は各家で営むお取越報恩講などがあり、僧侶も慌ただしくなります。帰省に合わせた墓参や寺参りも増え、師走の空気が境内に満ちます。🔶今週のまとめ晦日、大晦日、つごもりはいずれも月や年の締めを示す言葉です。除夜会は古い年を除く法要で、108という数え方には複数の説明があります。真宗の立場では、数え切れない煩悩を見つめ直す機縁として受けとめます。鐘の音を縁に、悔い改めと感謝で一年を締め、新たな年に念仏の一歩を踏み出しましょう。来年最初のテーマは「海と仏教」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  20. 79

    【クリスマス・イブに寄せて】――日本人の宗教観と「信じる」力

    🔶今週のテーマ12月24日の「クリスマス・イブ」を手がかりに、日本人の宗教行動、科学と宗教の関係、そして“人間はなぜ信じるのか”を考えます。🔶「イブ」は“前夜祭”ではなく「その夜」「イブ(Eve)」は evening(夕べ) の古い形に由来し、12月24日の夜 を指します。日本では“前夜祭”的に受け止められがちですが、本来は「クリスマスの夜」という意味です。🔶日本人の宗教行動の特徴クリスマスを祝い、結婚式はチャペルで、葬儀は仏式、正月は神社へ――複数の宗教文化が生活の中で共存しています。文化庁『宗教年鑑』や統計数理研究所の調査でも、「自分は無宗教」と感じながら 宗教的行事には親しむ 傾向が示唆されます。これは「特定宗教への強い帰属」より、行事や文化を通じて“宗教性”に触れる日本的なあり方と言えます。🔶科学と宗教――二項対立ではなく並び立つもの科学は「どう働くか」「何が起きているか」を説明し、人類の知を拡張してきました。しかし 「なぜ生まれ、死んだらどうなるのか」 といった究極の問いは、科学の方法だけでは答えきれません。だからこそ、科学の営みと宗教の応答は並び立つ。両者は互いの領分で人間を支えます。🔶“人間は苦悩する管”という比喩パスカルが「人間は考える葦」と語ったように、別の言い方をすれば人間は悩まずにいられない存在。欠けやすく、揺れやすいからこそ、人は何かを信じ、寄る辺を求める。この“信じる力”が文化や祈りを生み、季節の行事を温めてきました。🔶仏教から見た“平等”の眼差し先週までの流れとも響き合いますが、仏教は すべてのいのちは等しく尊い と観じます。「信じる」という営みは、弱さの証明ではなく、人間らしさのあかし。そこに救いの道が開かれます。🔶今週のまとめ「イブ」は24日の“その夜”。日本の宗教行動は多宗教的で、無宗教と宗教性の両立が日常に見られます。科学と宗教は対立ではなく相補。人は究極の問いに向き合うとき、信じる力を必要とします。だからこそ、季節の祈りを大切に――「揺れる私を支える“よりどころ”」として。次回のテーマは「大晦日のお話」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  21. 78

    【終活】のお話 ~仏教の視点で見直す~

    終活を仏教の視点で見直します🔶終活の目的を整理します終活は、人生の終わりに向けて準備する活動です。残される人への負担を減らし、自分自身の不安を和らげ、人生の集大成を整える時間でもあります。🔶終活で整える主な項目物や人間関係の整理(片づけ、連絡先の整備)財産の整理(相続・生前贈与・口座や保険の確認)医療・介護の意思表示(延命の可否、在宅/施設の希望など)葬儀・埋葬の方針(形式・喪主・菩提寺・お墓/納骨堂/合葬墓/散骨 など)書面の準備(エンディングノート、遺言書)🔶変わる葬儀・お墓のかたち家族葬、直葬、1日葬など多様化が進み、墓所も合葬墓や納骨堂など選択肢が広がっています。背景には、同居の減少や住居事情(仏壇を置きにくい間取りなど)といった社会構造の変化があります。🔶「伝える」終活――情報共有が要です菩提寺(ぼだいじ)の所在・連絡先、先祖の墓所・納骨先葬儀社の希望、喪主・連絡リスト、形見分けの意向エンディングノートに書くだけでなく、家族と対話して共有しておくことが大切です。書面に残らない「経緯・思い」も会話で伝わります。🔶浄土真宗から見た核心――『白骨の御文(はっこつのごもん)』蓮如上人(れんにょ しょうにん)の『御文(=本願寺派では『御文章(ごぶんしょう)』)』は、いのちの無常を静かに示します。「朝には元気な人が、夕べには白骨となる身」――だからこそ、阿弥陀如来(あみだ にょらい)の救いに遇(あ)い、念仏を申す道を聞き開いていくことが肝要だと説きます。終活は手続きや物の整理にとどまらず、「いのちの行方」を聞き、今を生き直す仏縁の機会でもあります。🔶実践のヒント(チェックリスト)菩提寺・墓所・過去帳の確認/連絡先を家族で共有した医療・介護・葬儀の希望を書き出し、家族と話し合った財産目録・重要書類の所在を一箇所にまとめたエンディングノートと遺言書(必要なら公正証書)の使い分けを理解した仏事の基本(枕経・通夜・葬儀・年忌法要の流れ)を菩提寺に相談した仏さまの教えを聞く場(ご法話・報恩講など)に足を運ぶ予定を入れた🔶今週のまとめ終活は「残すための整え」と同時に、「今を生き直す学び」です。社会の変化で葬送の形は多様化。だからこそ情報共有と対話が重要です。浄土真宗の要は、無常に目覚め、阿弥陀如来の救いを聞き開くこと。手続きの準備と、ともに歩む心の準備を両輪にしましょう。🔴次回のテーマは「クリスマス・イブに寄せて」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  22. 77

    【仏教と人権】──「仏のまなざし」で平等を考えます

    🔶世界人権デーの由来を押さえます12月10日は世界人権デーです。これは1948年(昭和23年)12月10日、パリで開かれた国連総会で「世界人権宣言」が採択されたことに由来します。宣言は前文と30条から成り、「すべての人は法の下に等しく保護される」ことなど、基本的人権の尊重という原則を国際的に掲げました。第2次世界大戦下の迫害や人権侵害の反省から、「人権の保障は世界平和の基礎である」という考えが広がったのです。🔶仏教の平等観をたどりますお釈迦さまは、すべての命は等しく尊いと説きました。これは、身分差を前提にした古代インド社会において画期的な教えでした。生まれや地位に関わらず、人はみな苦(生老病死)を生きる同じ存在であり、そこに差を設けない――それが仏教の平等です。🔶カーストと「無差別」の教えを照らします当時のインド社会には、バラモン(司祭)・クシャトリヤ(王侯・武人)・ヴァイシャ(庶民)・シュードラ(労働者)等の身分秩序(のちにカーストと呼ばれる)がありました。お釈迦さまは、その区別を超えて出家者の集いを開き、身分や出自で価値を量らない「無差別」の実践を示しました。🔶念仏と平等──法然・親鸞の転換を押さえます時代が下ると、学識や財力に依る修行が重んじられ、宗教世界にも階層差が生じました。これに対し、法然上人・親鸞聖人は「南無阿弥陀仏」と念仏を申す道こそ、誰にでも開かれたすぐれた行であると示しました。能力や功徳の“量”で救いが分かれるのではなく、阿弥陀如来の本願によって、どの命にも等しくはたらきが届く――ここに仏教の平等が具体化します。🔶『仏説阿弥陀経』の蓮の喩えを味わいます経典には「青色は青光、黄色は黄光、赤色は赤光、白色は白光を放つ」と説かれます。蓮はそれぞれの色のまま光を放ちます。仏の光に照らされた命は、ありのままの個性のまま尊く輝く、という譬えです。だれかと同じになることではなく、「違いのまま等しく尊い」――それが仏の平等です。🔶人権と仏のまなざしを重ねます世界人権宣言は「人間の平等」を掲げます。仏教はそこへ、さらに「いのち全体」への視野を重ねます。人も他の生き物も、互いに命をいただき合って生きる存在です。仏のまなざしに学ぶなら、差別や排除を退け、違いを違いのまま尊重する具体的なふるまい(言葉づかい、配慮、制度づくり)へと私たちの実践は導かれます。🔶今週のまとめ12月10日は世界人権デーで、人権尊重を国際社会が確認した日です。仏教の平等は「仏のまなざし」に立ち、出自や能力によらず、すべての命が等しく尊いと見る立場です。法然・親鸞は念仏の道を、誰にでも開かれた救いとして位置づけました。『仏説阿弥陀経』の蓮の喩えは、「違いのまま等しく光る」平等のかたちを示します。人権の実践に、仏のまなざしを重ねて、日々の言葉と行為に平等を育てていきます。次回テーマは「終活」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  23. 76

    【成道会特集:お釈迦さまの「中道」を今日に生かす】

    🔶成道会(じょうどうえ)特集|今回の放送でお伝えしたこと12月8日の成道会に合わせて、お釈迦さまが悟りに到るまでの道のり(四門出遊→出家→苦行と中道→スジャータの乳粥→菩提樹下の成道→初転法輪)を、できごとの順にたどりました。物語としての面白さだけでなく、「いま私がどう生きるか」へつながる視点も添えて解説しています。🔶放送の流れ(ダイジェスト)出発点:王子シッダールタの不安・豊かな生活を送りながらも、心は満たされなかった——ここに「苦(ドゥッカ)」の自覚が芽生えます。四門出遊:老・病・死・出家者との遭遇・老い・病い・死の現実に直面し、「苦を超える道」を探す決意が生まれます。出家と6年の苦行・ストイックな苦行を徹底するも、「苦行そのものでは悟れない」と見切りをつけ、中道へ。転機:スジャータの乳粥・心身を整え、再び“見る力”を取り戻す準備段階。成道:菩提樹下の瞑想・煩悩(誘惑)を見極め、明けの明星のころ「目覚め(ブッダ)」に到達。初転法輪:鹿野苑で五比丘に説く・四諦と八正道を示し、仏教の車輪が回り始めます。🔶放送で押さえたキーワード・ブッダ=「目覚めた人」:新発見ではなく、元からある真理への到達。・中道:快楽と苦行の両極端を離れた実践の道。・四諦と八正道:苦の事実と、その終息に向かう具体的な実践指針。・臘八会(ろうはちえ):多くの寺院で12/8に営まれる成道の法会名。🔶エピソードの読みどころ(番組の視点)・「なぜ“苦行”ではなく“中道”なのか?」——身体をすり減らす修行から、心身を調える実践へ。・「最初に説いた相手が“かつて去った五比丘”である意味」——関係の修復と普遍性の示し。・「科学的知見と信仰的伝承の重ね合わせ」——史実(地名・人名・法要)と伝承(明星・49日瞑想など)を区別して紹介。・「現代への置き換え」——“目の前の苦をどう見るか”“中道を日々の選択にどう落とすか”。🔶放送内の具体例(こんな話をしました)・老・病・死を「見ないままにしない」ことの効用。・SNS時代の“過剰な苦行”と“過剰な快楽”——心身のバランスを取り戻す「中道」のヒント。・仕事・家庭・介護など、揺らぎの中で「いま取れる最善」を選ぶ視点。・“悟りは遠い理想”ではなく、「苦を正しく見る」小さな実践の継続だという提案。🔶今回のまとめ成道会は、「苦」を避けずに見つめ、中道を実践へつなげる日です。四門出遊から初転法輪までの道のりを、歴史と伝承の双方から確認し、今日の暮らしの“選び方”に落とし込みました。🔶次回予告次回は「仏教と人権」。尊厳・平等・差別観と、仏教の視点を重ねてお届けします。🔶出演お話:熊本市中央区京町(きょうまち)・仏嚴寺(ぶつごんじ)    高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん    進行:丸井純子(まるい じゅんこ)

  24. 75

    【報恩講(ほうおんこう)】とは

    浄土真宗で最も大切な年中行事が報恩講です。宗祖・親鸞(しんらん)聖人のご命日にちなみ、仏さまのご恩、そして教えを伝えてくださった先人のご恩に「報(むく)いて恩に謝する」法要として営まれます。🔶日にちと暦を整えます親鸞聖人のご命日:旧暦11月28日(新暦換算では1月16日)。本願寺派(西本願寺)では、宗祖のご命日に合わせて御正忌(ごしょうき)報恩講を1月16日前後に厳修します。真宗大谷派(東本願寺)では、11月21日〜28日に報恩講を営むのが通例です。旧暦(太陰太陽暦)は月の満ち欠けを基本とするため年日が短く、閏月で季節のずれを調整してきました。明治以降は太陽暦(新暦)へ移行し、法要日程の運用に両派の伝統が残っています。🔶報恩講のはじまり第3代本願寺門主・覚如(かくにょ)上人(親鸞聖人の曾孫)が、法要の次第を整えた『報恩講式(ほうおんこうしき)』を撰述。その子の存覚(ぞんかく)上人が内容を整備・普及に尽力しました。第8代・蓮如(れんにょ)上人の時代には、全国の寺院・道場へと広く定着していきます。500年以上に及ぶ歴史をもつ行事です。🔶報恩講で何をするのかお勤め:正信偈(しょうしんげ)などをお唱えします。ご法話:阿弥陀如来の本願と親鸞聖人のご遺徳に学び、念仏の道を確かめ合います。趣旨:供養中心ではなく、恩を知り、恩に報いる仏事として、今を生きる私の聞法(もんぽう)の場であることが要点です。🔶歎異抄の一節を手がかりに親鸞聖人の言行を伝える『歎異抄(たんにしょう)』には、「親鸞は、父母の孝養のためとて、一念一度も念仏申したること候はず」とあります。念仏は誰かのために「してあげる供養」ではなく、阿弥陀如来の働き(本願力)に遇(あ)った私の口からおのずとあふれる称名である、という核心が示されています。生死は無常。だからこそ本願に身をまかせ、今ここで聞法し念仏申す。報恩講は、その原点に立ち返るご縁です。🔶旧暦と新暦のミニ知識旧暦(太陰太陽暦)は1か月を約29.5日と数えるため、354日ほどで1年になり、季節とずれます。ずれを補うため閏月(うるうづき)を置きました。新暦(太陽暦)移行後、本願寺派は新暦1月、大谷派は新暦11月にそれぞれの慣行で報恩講を営んでいます。🔶今週のまとめ報恩講は、親鸞聖人のご命日にちなむ「恩に報いる」法要。起源は覚如上人の『報恩講式』、整備は存覚上人、全国的な普及は蓮如上人。趣旨は供養中心ではなく聞法中心。阿弥陀如来の本願に遇い、念仏の道を確かめるご縁です。暦の違いにより、西本願寺は1月(御正忌報恩講)、東本願寺は11月に営むのが通例です。来週のテーマは「お釈迦さまのお話」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  25. 74

    【お布施のお話(その二)】 地位・所有・席へのしがみつきは、怒りや不満の芽に

    🔶「お布施(その二)」をやさしく読み解きます今週は、仏教の実践「布施(ふせ)」を前回につづいて深めます。ことば・人名・仏教用語を正しながら、日常に落とし込める形で整理します。🔶布施の語源を正します布施はサンスクリット語 dāna(ダーナ) の意訳です。「自分の持ち物・力・心を惜しみなく分かち合い、互いに助け合い喜び合うこと」を指します。なお、日本語の「旦那/檀那(だんな)」は仏教語で、施主・パトロンの意から来ました(関連語:檀家(だんか)・檀越(だんおつ))。浄土真宗では一般に「門徒(もんと)/門信徒」と呼び、「檀家」は用いないのが通例です。🔶六波羅蜜における布施菩薩の六つの修行 六波羅蜜(ろくはらみつ:布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)の第一が布施です。布施は次の三つに大別されます。財施(ざいせ):金品・物品・時間・労力などを分かち合います。法施(ほうせ):教え・知恵・気づきを分かち合います。無畏施(むいせ):恐れや不安にある人を安心へ導く支え(傾聴・付き添い・安全の提供など)です。いずれも見返りを求めない「贈与の心」が核です。🔶お金がなくてもできる「無財の七施」財産がなくても今日から実践できる布施が、**無財の七施(むざいのしちせ)**です。眼施(がんせ):温かなまなざしを向けます。和顔施(わがんせ/和顔悦色施):にこやかな表情で接します。言辞施(ごんじせ):やさしい言葉をかけます。身施(しんせ):体を使って手助けします。心施(しんせ/慈心施 じしんせ):思いやりを向けます。床座施(しょうざせ):席や場所を譲るなど、居場所を提供します。房舎施(ぼうしゃせ):雨宿りの軒を貸す・休ませるなど、憩いの場を与えます。🔶「床座施」を日常に生かしますバスや電車での席を譲ることは床座施の代表例です。要点は次の三つです。・相手の状況(高齢・妊娠・体調等)に気づく眼施をもつ。・和顔+言辞(やわらかな表情と一言)で申し出る。・断られても気を悪くしない(見返りを求めない)。さらに、職場などで役割やポジションを後進に譲る姿勢も、広い意味での床座施です。執着から一歩離れる修行といえます。🔶執着から離れるヒント地位・所有・席へのしがみつきは、怒りや不満の芽になります。小さな一歩(席を譲る・順番を譲る・発言枠を譲る)を日々の習慣にすると、心の柔らかさが育ちます。できない日があっても構いません。続けようとする志が、布施のいのちです。🔶今週のまとめ・布施は dāna の訳で、「惜しみなく分かち合う」実践です。・六波羅蜜の第一で、財施・法施・無畏施の三施を含みます。・無財の七施(眼施・和顔施・言辞施・身施・心施・床座施・房舎施)は、誰でも今日から始められます。・とくに床座施は、席や役割を譲る実践。執着を離れる小さな歩みが、やさしい社会の土台になります。来週のテーマは「報恩講(ほうおんこう)」のお話です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  26. 73

    【お布施のお話(その一)】 お金がなくてもできる「無財の七施」

    🔶「お布施(その一)」をやさしく整理します「お布施=お金や物を渡すこと」と思われがちですが、仏教でいう**布施(ふせ)**はもっと広く深い実践を指します。今週は、用語を正しつつ、日常で生かせる形にまとめます。🔶布施の本来の意味布施はサンスクリット語 dāna(ダーナ) の意訳で、「自分の持ち物や能力・心を惜しみなく分かち合い、互いに助け合い喜び合うこと」を意味します。見返りや取引ではなく、純粋な贈与の心が要です。🔶六波羅蜜と三種の布施菩薩の修行である**六波羅蜜(ろくはらみつ)**のはじめに置かれるのが布施です。布施には大きく三つあります。財施(ざいせ):金品・物品・時間・労力を分かち合います。法施(ほっせ):教えや知恵・気づきを分かち合います(僧侶だけでなく、学んだことをやさしく伝える行為全般を含みます)。無畏施(むいせ):不安・恐れにある人を安心へ導く支え(傾聴・寄り添い・安全の提供など)。いずれも「相手の利益(やすらぎ)を願う心」が中心にあります。🔶布施の心得は「見返りを求めない」「これをしたから、相手は返してくれるはず」という計算は布施の心から離れます。結果や評価に執着せず、ただ相手のためにおこなう——その自由さが布施のいのちです。🔶お金がなくてもできる「無財の七施」財産がなくても実践できる布施として、仏教には無財の七施(むざいのしちせ)が説かれます。眼施(がんせ):温かいまなざしを向けます。和顔施(わがんせ)(和顔悦色施):にこやかな表情で接します。言辞施(ごんじせ):やさしい言葉をかけます。身施(しんせ):体を使ってできる助けをします(手伝い・介助など)。心施(しんせ/慈心施 じしんせ):思いやり・祈りなど心からの善意を向けます。床座施(しょうざせ):席や場所を譲るなど、快適な居場所を提供します。房舎施(ぼうしゃせ):雨宿りの軒を貸す・玄関先で休ませるなど、憩いの場を与えます。どれも「今日から・ここで」実践できます。🔶「和顔愛語(わげんあいご)」を合い言葉に和顔愛語とは、柔和な顔(和顔)と愛ある言葉(愛語)で人に接すること。対面でもオンラインでも、誹謗や刺々しさが生まれやすい時代だからこそ、表情と言葉に温度を取り戻すことが無畏施にもつながります。・まずは深呼吸→和顔→ひと言目をやさしく。・相手の事情を慮(おもんぱか)る一拍を置く。小さな実践が、身の回りの空気を確実に変えます。🔶今週のまとめ・布施は贈与の心であり、六波羅蜜の第一。・財施・法施・無畏施はいずれも「相手の安楽」を願う実践です。・結果を求めずおこなうのが布施のいのち。・無財の七施(眼施・和顔施・言辞施・身施・心施・床座施・房舎施)は、誰でも今日から始められます。・合い言葉は和顔愛語。顔と言葉から、やさしさを広げましょう。来週も引き続き、「お布施(その二)」をお届けします。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  27. 72

    【お手紙の話】浄土真宗とメディア

    🔶「お手紙(御文章)と本願寺」浄土真宗の教えが全国へ広がる過程で、大きな役割を果たしたのが「手紙」でした。室町期に本願寺の宗主・蓮如上人(れんにょ しょうにん)が人びとに向けて書き送った文書は、のちに『御文章(ごぶんしょう)』として編纂され、真宗大谷派(東本願寺)では『御文(おふみ)』とも呼ばれます。ここでは、その要点をやさしく整理します。🔶蓮如上人と『御文章』・著者は浄土真宗本願寺派の第八代宗主・蓮如上人です。・本願寺派では**『御文章』、真宗大谷派では『御文』と呼びます。・門信徒に平易な言葉で教えを伝えるための手紙で、のちに『五帖御文』としてまとめられ、法要やご法話で今も拝読されています。🔶時代背景(室町時代)・寛正(かんしょう)の大飢饉や戦乱で、人びとの暮らしは困窮していました。・識字率が高くない中でも、朗読・回覧に適した平明な手紙が大きな力を発揮しました。・ちょうど宗祖・親鸞(しんらん)聖人の大遠忌(だいおんき)の頃と重なり、教えを正しく広く伝える必要が高まっていました。🔶『白骨の御文』のエッセンス・『御文章』で最も知られる一節が「白骨の御文(はっこつのごもん)」です。・「朝には紅顔ありて、夕べには白骨となる身なり」と、いのちの無常を示し、 阿弥陀如来(あみだ にょらい)の本願に身をまかせ、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と念仏して生きる道を勧めます。・現在も法要・通夜・ご法話で拝読され、いまを生きる私に向けた言葉として息づいています。🔶「メディア」としての手紙、そして現代・交通・通信が乏しい時代、手紙(文書)は最強のメディアでした。・一通の手紙を読み聞かせ・回覧することで、非識字層にも教えが届きました。・現代は書籍・新聞・ラジオ・テレビ・インターネットと媒体が移り変わっても、 「誰にでもわかる言葉で、いのちの問題に応答する」という蓮如上人の姿勢は変わりません。🔶まとめ・正称は『御文章』(大谷派は『御文』)。著者は蓮如上人(本願寺派 第八代宗主)です。・背景には寛正の大飢饉と宗祖大遠忌があり、平明な手紙が教えの全国的な広がりを後押ししました。・『白骨の御文』は無常の事実を直視し、阿弥陀如来の本願にまかせる念仏の道を示します。・媒体が変わっても、やさしく・正確に伝えることが『御文章』の今日的意義です。来週のテーマは「お布施(その一)」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  28. 71

    【旅と本願寺】 鉄道の時代が参拝を変えた

    秋は旅に出たくなる季節です。なかでも京都(きょうと)は、今も昔も人びとを惹きつけます。観光地としての賑わいの陰には、「寺院参拝」と「鉄道の発展」が織りなした歴史の流れがありました。今回は、旅の視点から本願寺と京都の関係をたどります。🔶一生に一度の「本山参り」でした江戸時代、多くの庶民にとって移動手段は“徒歩のみ”でした。藩をまたぐ移動も容易ではなく、本願寺への参拝は「一生に一度」の大行事でした。やっとの思いでたどり着き、本堂の畳に頬ずりして喜んだ——そんな記録が各地に残ります。参拝は、信仰の確かめと人生の節目を刻む「旅」でもありました。🔶西本願寺(にしほんがんじ)という「目的地」が育てた旅京都にある西本願寺は、天正19年(1591)に現在地・六条堀川(ろくじょう・ほりかわ)へ移転しました。伽藍の中心は御影堂(ごえいどう)と阿弥陀堂(あみだどう)で、唐門(からもん)・飛雲閣(ひうんかく)などの国宝が建ち並びます。平成6年(1994)には「古都京都の文化財」として世界文化遺産に登録されました。“行き先としての魅力”が、遠路はるばるの参拝を後押ししてきました。🔶鉄道の時代が参拝を変えました明治以降、鉄道が全国に伸び、寺社参拝は「現実的な旅程」になりました。寺院参拝は鉄道会社にとっても重要な旅客需要となり、観光旅行が広がります。本願寺で営まれる大規模法要——たとえば宗祖・親鸞(しんらん)聖人の大遠忌(だいおんき/概ね50年ごと)は、全国からの参拝者を呼び込みました。「歩いて一生に一度」から「列車で計画的に」へ。参拝のかたちは、交通の発達とともに大きく変わりました。🔶京都の観光基盤と門前の宿が支えました鉄道網の整備は京都への人流を回復・加速させ、観光都市としての基盤づくりを後押ししました。本願寺周辺には、参拝者を受け入れる門前旅館や講中宿(こうじゅうやど)※が発達。今日ではシティホテルから歴史ある旅館まで選択肢が広がり、海外からの旅行者も伝統的な宿に滞在して文化に触れています。「寺を目的に泊まる」という旅のかたちが、今も息づいています。※講中宿=講(信徒の参拝グループ)を受け入れる宿。🔶数字で見る“いま”の京都(要点)近年の京都は国内外からの旅行者で活気づいています。観光地・宿泊・交通の受け皿が整い、寺院参拝と観光の相乗効果が続いています。かつての「団体参拝の列車旅」から、「個人がネットで計画する旅」へと多様化が進みました。🔶今週のまとめ旅が容易でなかった時代、本願寺参拝は人生を賭す「一度の旅」でした。鉄道の発展は参拝文化を大きく変え、京都という都市の観光振興にも連動しました。本願寺という確かな目的地が、信仰の道行きと旅の楽しみを結び、今に続く人の往来を育ててきたのです。来週のテーマは「お手紙のお話」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  29. 70

    【いい日・悪い日】を仏教から見てみると…

    🔶「いい日・悪い日」を仏教から見直します「今日は吉日?それとも凶日?」——占いに心が揺れることはあります。仏教、特に浄土真宗の視点では、日を良し悪しで決めつける前に、自分の在り方と他者への配慮を問い直すことが大切だと説かれます。今回は、仏教説話(ジャータカ)を手がかりに、「いい日・悪い日」をどう受け止め直すかを整理します。🔶説話で学ぶ「日取り」の落とし穴都の一家が婚礼当日に占いへ行き、占い師の機嫌を損ねた結果、「今日は不吉、明日にせよ」と言われます。都側は一方的に延期を決め、田舎の花嫁側は約束を守られないまま、その日のうちに別の縁談で嫁入りしてしまいます。翌日、都の一家が迎えに行くも時すでに遅し。口論は取っ組み合いにまで発展します。通りがかった賢者は、「星の動きで事の善し悪しは決まらない。行いそのものが善し悪しを左右する」と諭します。教訓は明快です。占いに依存し、約束や思いやりを後回しにすれば、良いはずの日も悪い日に変わってしまいます。🔶浄土真宗の視点—占いよりも「自省と責任」親鸞聖人は、占いや祈祷に頼り切って判断を委ねる姿を「悲しい人間の性(さが)」として見つめます。星や暦が私たちの価値や結果を決めるのではありません。決めるのは、今この瞬間の選択とふるまいです。「よい日かどうか」は外的条件ではなく、他者を尊び、約束を守り、心を尽くす私の姿勢によって育ちます。不確実な世の中で迷う私を、そのまま見捨てないと誓う阿弥陀さま(摂取不捨)に遇うとき、拠りどころは占いではなく“御恩に報いる実践”へと向きます。🔶「いい日」に変える具体的な視点・約束を最優先にします:相手の準備・時間・期待を尊重することが、日を良いものに変えます。・判断の責任を引き受けます:外部の“お告げ”に逃げず、理由と影響を言語化して自分で決めます。・相手の都合を織り込みます:自分の事情だけで動かず、関係者の事情を事前に確認し合います。・結果ではなく姿勢を整えます:万一、予定外の事態でも、誠実な対応が「悪い日」を「学びの日」に変えます。🔶今週のまとめ占いは参考にはなりますが、拠りどころにはできません。「良い日」は暦が与えるのではなく、約束を守り、他者を思いやり、自ら責任を引き受ける私の行いがつくります。揺れる心をそのまま抱えつつも、摂取不捨のはたらきに遇い、今日を「よく生きる」実践へと転じていきたいものです。来週のテーマは「旅と本願寺」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  30. 69

    【仏教SDGs】について 今日からできる“仏教×SDGs”の実践例

    🔶「仏教とSDGs」をやさしく整理しますSDGs(持続可能な開発目標)は、2015年に国連で採択された17の国際目標です。キーワードは「誰一人取り残さない」。貧困・教育・環境・ジェンダーなど、社会の課題を同時に解いていく視点を求めます。仏教にも、同じ方向を指す考え方が息づいています。ここでは浄土真宗の視点から、SDGsと響き合うポイントをまとめます。🔶SDGsの基本を押さえますSDGsは、国連加盟193か国が合意した“世界共通のものさし”です。目の前の課題だけでなく、その背景・つながり・未来世代まで含めて考えるのが特徴です。行動の理由を問い直し、選択を改善し続ける「学びの循環」が前提になります。🔶仏教と響き合うポイントを確認します浄土真宗には、阿弥陀さまの救いを表す「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」という言葉があります。意味は「一切のいのちを摂め取り、決して見捨てない」。まさに“誰一人取り残さない”に通じます。また、龍谷大学が掲げる行動哲学「自省利他」は、自分の在り方を省みつつ、他者の利益・しあわせをはかる姿勢を示します。自己中心の殻を破り、関係の網の目の中で生き直す視点は、SDGsの基盤とよく重なります。🔶近江商人の「三方よし」に学びます近江商人は「売り手よし・買い手よし・世間よし」を商いの規範としてきました。取引当事者の満足だけでなく、社会全体の益を同時に実現する発想です。この精神は、仏教の慈悲や「摂取不捨」と相性がよく、現代で言えばSDGsの先駆けといえます。利益の追求を否定するのではなく、「どうすれば社会の益と調和するか」を問い続けることが要になります。🔶今日からできる“仏教×SDGs”の実践例を挙げます・買い物:価格だけでなく、環境配慮・公平性・作り手の尊厳を意識して選びます。・仕事:自部署の成果が「世間よし」につながる設計かを定期的に振り返ります。・地域:過疎や孤立に目を向け、「取り残されやすい人」への橋渡しを習慣化します。・学び:自分の思い込みを点検し、異なる立場の声を聴く“自省”の時間を持ちます。・お寺:法要や行事を“分かち合いの場”として、食のロス削減やバリアフリーに取り組みます。🔶今週のまとめSDGsは「誰一人取り残さない」世界への約束であり、仏教の「摂取不捨」や「自省利他」と深く呼応します。近江商人の「三方よし」は、個人・組織・社会の益を同時に実らせる道しるべです。まずは足元から。“私の選択”を少しずつ整えることが、持続可能な社会への確かな一歩になります。来週のテーマは「いい日・悪い日」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  31. 68

    【仏教とお米】迷信に惑わされずに歩む 一椀のご飯が教えてくれる“いのちのつながり”

    🔶「仏教とお米」に宿る“いのちへの感謝”秋は実りの季節です。お米をいただくたびに、たくさんの“いのち”のつながりに支えられて生きていることを思い出します。今回は、浄土真宗における「御仏飯(おぶっぱん)」を中心に、お供えの意味や作法、迷信との向き合い方までを整理してご紹介します。🔶御仏飯の意味を学びます御仏飯とは、炊きたてのご飯を仏さまにお供えすることです。「今からいただく食べ物は、私のいのちを生かす尊いご縁です」と確かめ、仏さまの光の中で感謝を表します。浄土真宗では、亡き人への“施し”というより、今を生きる私が“いのちの事実”に気づくためのご縁として大切にします。🔶器と置き方を整理しますご飯を盛る器は「仏器(ぶっき)」といいます。お内仏(仏壇)では、中央の阿弥陀如来、左右の親鸞聖人・蓮如上人の前にお供えします(お家の荘厳により並べ方は異なります)。量は多すぎる必要はありません。まごころをこめた“ひと椀”で十分です。🔶正午までに下げます御仏飯は原則として正午までにお下げします。これは、釈尊の時代から伝わる「過午不食(昼を過ぎて食さない)」の戒めに由来します。お下げした御仏飯は、感謝をもって家族でいただきます。供えたものを無駄にせず、“お下がり”としていただく姿勢が大切です。🔶水と華瓶(けびょう)を整えますコップの水だけを「喉が渇くから」とお供えする考え方は、浄土真宗の趣旨とは少し違います。仏前には一対の「華瓶(けびょう)」を置き、常緑の「樒(しきみ)」を挿します。樒は“香りある清らかな水”を象徴し、仏さまへの敬いと感謝の心をあらわします。🔶“好物のお供え”を考えます故人の好物を供える気持ちは尊いものです。ただし、浄土真宗では亡き人はすでに仏さまです。仏前には基本のお供え(御仏飯・華瓶など)を調え、好物は法要後に参列者でいただくなど、“いのちに感謝して分かち合う”形にするとよいです。🔶避けたい迷信を確認しますご飯に箸を突き立てる、通夜に火を絶やさない“火の番”、葬儀後に塩をまく――これらは地域の俗習・迷信によるところが大きいです。火気のつけっぱなしは危険ですし、恐れや穢れの観念で亡き人を遠ざける発想は、阿弥陀さまの平等の救いにそぐいません。“感謝と念仏”を要に、安心・安全を優先した実践に整えましょう。🔶今日からできる“ひと手順”をまとめます朝、炊きたてのご飯を小さく盛って仏器に供える。一礼し、声に出さずとも「いただきます」と心で称える。正午までにお下げし、感謝をもっていただく。華瓶の樒を清潔に保ち、仏前を整える。迷信で不安にならず、念仏と感謝を深める。🔶今週のまとめ御仏飯は、私たちが“いのちのご縁”に気づき直すための、毎日の小さな礼拝です。お供えは仏さまへのお礼であり、同時に自分自身の心を正す実践でもあります。一椀のご飯から広がるたくさんのつながりに手を合わせ、今日の一日を丁寧にいただきましょう。来週のテーマは「仏教とSDGs」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  32. 67

    【月のうさぎ】 自ら火に飛び込んだうさぎの話

    🔶「月のうさぎ」に宿る布施と慈悲お月見で親しまれる「中秋の名月」には、古くから心を澄ませる時間という意味合いがあります。今回は、月面にうさぎが見えるとされる由来を、仏教説話「ジャータカ(本生譚)」に基づいてわかりやすくご紹介します。月をめでる習わしと、そこに息づく布施と慈悲のこころをたどります。🔶中秋の名月の由来中秋の名月は、中国の「中秋節」を起源とする行事です。旧暦8月15日に月の恵みを喜び、実りに感謝する風習が日本へ伝わりました。日本では平安期に貴族文化として受容され、のちに庶民へ広がりました。お月見団子や秋の収穫物を供えるのは、自然への感謝を形に表す作法です。🔶月のうさぎの仏教的ルーツ月にうさぎがいるという伝承は、仏教の本生譚「ジャータカ」に由来します。お釈迦さまの前世を語る物語群の一つで、うさぎ・猿・山犬・カワウソが登場します。物語は、命を懸けた布施と、戒を守る尊さを伝えます。🔶物語のあらすじ(施しを求める修行者)森に修行者が現れ、動物たちに食べ物の施しを求めます。カワウソは川辺で魚を見つけ、持ち主の不在を理由に持ち帰ります。山犬は番小屋で肉や乳に出会い、応答がないまま持ち出します。猿は木の実を集め、正当に得た食べ物を用意します。🔶物語のあらすじ(うさぎの自己犠牲)うさぎは何も蓄えがなく、施せる食べ物を見つけられません。うさぎは「私をお召し上がりください」と自らを差し出します。修行者に殺生をさせないため、自ら火中へ飛び込む方法を選びます。これは「不殺生」の戒を守るための、徹底した思いやりの表れです。🔶結末と月面に刻まれたしるし修行者の正体は、仏法を守護する帝釈天でした。帝釈天は、うさぎの尊い布施心を後世に伝えるため、月の面にその姿を刻みます。以来、月にはうさぎの姿が見えると語り継がれます。物語は、無私の徳が永く記憶される尊さを示します。🔶物語が語る仏教の徳目うさぎは「布施(与える行い)」を身をもって示しました。修行者に殺させない配慮は「不殺生戒」を尊ぶ態度です。他者の苦を引き受けようとする心は「慈悲」の体現です。形だけでなく、心の在り方にこそ徳行の核心があると物語は教えます。🔶月光が象る智慧と平等の慈悲仏教では、闇を静かに照らす月は「智慧」の象徴と語られます。月光は分け隔てなく万物を照らし、「平等の慈悲」を想起させます。阿弥陀さまの光明になぞらえられ、迷いの闇を導く比喩として親しまれてきました。🔶季節の行事としての実践お月見団子や秋の恵みを供えることは、日々の「いただきます」を深める実践になります。月を仰ぐひとときは、利他心や感謝を見つめ直す時間になります。自然のめぐみに手を合わせる所作が、心の静けさを育てます。🔶今週のまとめ「月のうさぎ」は、自己犠牲的な布施と慈悲の象徴として語り継がれてきました。月光のように、静かで温かな心を忘れず、季節の行事を味わいたいものです。中秋の名月を前に、物語が照らす徳のひかりを胸に刻み直します。🔴来週のテーマは「仏教とお米」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  33. 66

    【仏教と火】通夜の晩に「火を絶やすと死者が迷う」は迷信

    🔶「仏教と火」に息づく光と香りお寺に足を運ぶと、必ずといっていいほど目にする「ろうそく」や「お線香」。これらには、仏教における深い意味が込められています。今回は、「仏教と火」をテーマに、その象徴的な意味や浄土真宗における作法、さらには迷信との違いまで、幅広くご紹介します。🔶ろうそくの火に込められた意味ろうそくの火は、仏さまである阿弥陀如来の「智慧」と「慈悲」を象徴しています。暗闇を照らす明かりは智慧、そして温かさをもつ炎は慈悲のあらわれです。心が氷のように凝り固まってしまっている私たちに、仏さまの知恵と慈悲の光が差し込むのです。🔶ろうそくの色と形の違い日本では江戸時代中期から色付きろうそくの文化が広まり、現在では用途によって様々な色のろうそくが使われています。一般的な白のろうそくは法事などでよく用いられ、赤は浄土真宗で最も重要な行事である報恩講、銀は中陰法要、金は結婚式や住職の就任式など、お祝いの場で用いられます。形状も、まっすぐな棒状のものや、ウエストがくびれた「イカリ型」と呼ばれる形があり、浄土真宗ではこの「イカリ型」が主流です。また、素材には「和ろうそく」と「洋ろうそく」がありますが、お寺ではすすが取りやすいことなどから和ろうそくが使われます。🔶お線香とお香の意味お線香やお香も火を使う仏具の一つです。日本書紀によると、お香は595年にはすでに使われており、悪臭を除き、心を落ち着かせる作用があるとされています。阿弥陀如来の「分け隔てない慈悲の心」を香りによって感じる——そんな意味が込められているのです。🔶浄土真宗の作法と起源お線香の使い方は宗派によって異なります。浄土真宗では、お線香は立てずに横にして供えます。これは、江戸時代以前に使われていた「抹香」の名残であり、抹香を粉状にして横に火をつけていたことが由来です。また、焼香の作法も特徴的です。一礼してから抹香を1回だけつまみ、額にあてずそのまま香炉に入れ、再び一礼します。このように、宗派ごとに異なる作法があるため、自分の信仰する宗派の作法に則って行うのが望ましいでしょう。🔶「火の番」は迷信?かつては通夜の晩に、ろうそくや線香の火を一晩中絶やさない「火の番」が行われていました。その理由は「火を絶やすと死者が迷う」といった迷信に基づいていたのです。しかし、現代では火事のリスクを考慮して、安全性の観点からも火を絶やすことが推奨されます。迷信と現実の区別をしながら、仏教の教えを大切にしたいものです。🔶今週のまとめ今週は「仏教と火」をテーマに、ろうそくやお線香に込められた意味や、浄土真宗における作法、そして迷信との向き合い方についてお話ししました。ろうそくの炎には阿弥陀如来の「智慧」と「慈悲」が表され、色や形には用途ごとの意味があります。お線香やお香には、心を清める香りとしての役割があり、その使い方にも宗派ごとの深い意味が存在しています。日常の中にある小さな「火」のひとつひとつにも、仏教の教えが息づいているのです。来週のテーマは「月の兎」。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  34. 65

    【お彼岸のお話】亡き人への祈りであると同時に、今を生きる私たちのためにあるもの

    🔶お彼岸の心を見つめ直す今年の秋のお彼岸は、9月20日から26日までです。中日(ちゅうにち)にあたる9月23日は「秋分の日」で、祖先を敬い、亡くなった人々をしのぶ日とされています。お墓参りやお寺参りをする方も多いこの期間、「彼岸」という言葉の語源は、サンスクリット語の「パーラミター(波羅蜜多)」から来ています。これは「悟りの境地に至ること」を意味し、仏教でいう「お浄土(じょうど)」を表しています。🔶太陽が教えてくれる彼岸の意味お彼岸は春と秋にありますが、この時期は太陽が真東から昇り、真西に沈む日です。その太陽の動きに重ねて、西方極楽浄土を思う日とされてきました。つまりお彼岸は、亡き人への祈りであると同時に、私たち自身が仏の教えを聞き、自らの心を見つめる機会なのです。🔶芦屋仏教会館に学ぶ「聞法(もんぽう)」の心昭和2年、兵庫県芦屋に「芦屋仏教会館」という施設が建てられました。これは、大手商社「丸紅」の創業者・伊藤長兵衛氏が私財を投じて建てたものです。伊藤氏は、当初「地域の人に教えを聞いてもらおう」と考えていましたが、仏教学者・梅原真隆先生の「それは違うのではないか」という言葉に戸惑います。伊藤氏は悩んだ末、考えを改め、「この私が教えを聞かせていただく場所として会館を建てよう」と計画を変更。梅原先生はその言葉を聞いて、「その言葉を待っていた」と感動したといいます。今でも芦屋仏教会館は、宗派を問わず多くの人が集う聞法の場として息づいています。🔶亡き人のためでなく、今を生きる私のためにお墓参りやお寺参りは、つい「亡き人のため」と考えがちですが、実は「今を生きる私自身のため」なのだと、仏教は教えてくれます。亡き人や仏さまから「今のあなたを見つめてほしい」という願いが届いている──そのことに気づかされるのが、お彼岸なのです。🔶今週のまとめ今週は「お彼岸の心」をテーマに、芦屋仏教会館と伊藤長兵衛氏のエピソードを通して、「仏教を聞くことの意味」について考えてみました。春分・秋分の日に、太陽が西へ沈む様子を見ながら「極楽浄土」を思う。お寺やお墓に手を合わせるのは、他者のためではなく、自らの心と向き合うため──そんなお彼岸の過ごし方を、あらためて見つめてみてはいかがでしょうか。来週は「仏教と火」というテーマでお届けします。お話は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん、お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)さんでした。どうぞまた来週。

  35. 64

    【平和を願う心】 ノーマン・ヨシオ・ミネタ氏の話 2001年にアメリカで起こった同時多発テロが発生した9月11日を前に

    🔶平和を願う心は尊い9月11日は、2001年にアメリカで起こった同時多発テロが発生した日です。旅客機4機がハイジャックされ、結果的に3,000人以上の命が失われました。この事件は、世界中に大きな衝撃を与えました。事件後は、アラブ系やイスラム教徒への差別や偏見が広まり、空港での人種差別的な扱いや、職場でのいじめ、ヘイトクライムなども発生しました。🔶ノーマン・ヨシオ・ミネタ氏の尊い行動6,438機の飛行機を短時間で安全に着陸させたのは、当時の運輸大臣、ノーマン・ヨシオ・ミネタ氏でした。事件発生からわずか2時間22分の間に、これほどの機数を無事故で着陸させるという前例のない判断と指導力が発揮されたのです。ミネタ氏は、アラブ系やムスリム系であることを理由にした航空機の搭乗拒否や、人種による選別的な取り扱いを厳しく禁止しました。その背景には、彼自身が太平洋戦争中、日系人であることを理由に強制収容された過去がありました。🔶ミネタ氏の遺したもの2022年、90歳で死去したミネタ氏の功績は、アメリカでも日本でも高く評価されています。アメリカでは、運輸省の入る建物に「ノーマン・Y・ミネタ連邦ビルディング」という名称が冠されました。さらに、駐日米国大使の公邸の一室には「ノーマン・ミネタ・ルーム」という名が与えられ、彼の功績が称えられています。また、出身地であるカリフォルニア州サンノゼの国際空港は、彼の名にちなんで「ノーマン・Y・ミネタ・サンノゼ国際空港」と名付けられています。🔶平和を願う心を忘れずに今でも中東では戦争やテロが続いています。平和を願う心、そして差別を許さない心。それを言葉だけでなく行動で示したのがミネタ氏でした。現在の日本はグローバル社会の一員であり、外国人と接する機会も増えています。そうした時代に生きる私たちは、ミネタ氏の姿勢から学び、多様な人々を排除することなく、平和を願い続ける心を大切にしていくべきでしょう。🔶今週のまとめ今週は「平和を願う心」というテーマで、ノーマン・ヨシオ・ミネタ氏の話をご紹介しました。日系人として強制収容された経験を持ちながら、差別に立ち向かい、平等と安全を守る行動を貫いたミネタ氏の生き方から、今を生きる私たちも学ぶべきことは多くあります。来週は「お彼岸のお話」です。どうぞお楽しみに。お話は熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん、お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)さんでした。

  36. 63

    【物の見方】 “それってあなたの感想ですよね?” の意味を考える

    🔶今週のテーマは「物の見方」この番組では、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)さんに、仏教にまつわるさまざまなお話をうかがってまいります。🔶和歌が伝える物の見方の違い「手を打てば鳥は飛び立つ 鯉は寄る 女中茶を持つ 猿沢の池」という和歌をご紹介します。猿沢の池(さるさわのいけ)は奈良公園にある池です。ある人が手を叩いたところ、鳥は驚いて飛び立ち、鯉は餌をもらえると思って寄ってきた、という情景が詠まれています。同じ行為でも、受け取る側によって反応は異なることを示しています。これは、見るものによって物の見方が異なるという、仏教的な視点に通じています。🔶仏教の教え「唯識(ゆいしき)」とは仏教では「唯識(ゆいしき)」という教えがあります。これは「すべてのものは心の働きによって生じている」という考え方です。たとえば、「一水四見(いっすいしけん)」という例えがあります。水という同じ存在も、見る者によって異なるものに見えるとされます。・人間にとっては、命を支える飲み物・天人(てんにん)にとっては、水晶のような床・魚にとっては住処・餓鬼にとっては燃え盛る炎このように、物の見え方は存在する側の心によって決まるとされているのです。🔶人間の価値観は経験で変わる人間の場合も同じです。生まれ育った環境、教育、経験などによって価値観が形成されます。たとえば、コップに水が半分入っていたとき、「もう半分しかない」と見る人もいれば、「まだ半分もある」と見る人もいます。人は五感を通して物事を認識し、そこに好き嫌いや善し悪しといった価値判断を加えて、自分だけの世界をつくり上げているとも言えます。🔶「それってあなたの感想ですよね?」の意味を考える「それってあなたの感想ですよね?」という言葉が、最近では子どもでも使うようになりました。しかし、それを言っている本人もまた、自分自身の感想の世界を生きているということを忘れてはいけません。つまり、私たちは誰もが自分の感想というフィルターを通して世界を見ており、その見方に絶対の正解はないということなのです。🔶仏さまは事実をありのままに見通す仏教における「仏になる」とは、自分の都合や感情、価値観から離れて、物事の本質や事実をそのままに見通すことができる存在になるということです。水が半分入ったコップを見て、「半分も」「半分しか」と感じるのではなく、「水が半分入っている」という事実そのものをありのままに見る。これが仏の視点であり、私たちが目指すべき心のあり方でもあります。🔶違いを認めることで穏やかに生きる私たちは完全に仏のような視点を持つことはできませんが、せめて「人によって物の見方は違うのだ」という前提を持つことで、怒りやトラブルを減らすことができるかもしれません。身近な人とであっても、見ている世界が違うことを認め合いながら暮らしていく。その心が、穏やかで平和な毎日を築く第一歩となるのではないでしょうか。🔶今週のまとめ今週は「物の見方」というテーマでお話ししました。「手を打てば鳥は飛び立つ 鯉は寄る 女中茶を持つ 猿沢の池」という和歌を通して、物の見方は人それぞれであり、それは自分の心の働きによって生じていることを学びました。仏さまはその心の働きから離れ、ありのままの姿を見通す存在です。私たちには難しいことですが、「人によって見方は違う」という前提を持つだけで、心穏やかに生きていく助けになることでしょう。🔵来週のテーマは「平和を願う心」です。どうぞお楽しみに。お話は仏嚴寺の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さんでした。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

  37. 62

    【蓮如上人と大阪のご縁】 "大阪の名付け親"とも言われる蓮如上人について

    🔶 蓮如上人とは浄土真宗本願寺派の第8代門主で、「浄土真宗中興の祖」と称されます。室町時代(1415年~)に生まれ、不遇の幼少期を経て、43歳で本願寺の門主となりました。荒廃していた本願寺を復興し、門信徒を増やしながら教えを広めました。🔶 教えの普及と工夫当時、本願寺は天台宗の傘下で、仏具やご本尊も天台宗の様式でした。蓮如上人はこれを改め、本願寺を浄土真宗の寺として確立されました。民衆にも理解できるよう、教えを簡潔に綴った「御文章」や「名号(阿弥陀仏と書いた紙)」を多数配布しました。読み書きができない人も多い時代に、視覚や口伝を通じて信仰が広まりました。*本願寺派(西本願寺)では「御文章(ごぶんしょう)」、大谷派(東本願寺)では「御文(おふみ)」と呼ぶことが一般的です。🔶 教団の広がりと対立教えは近江(滋賀)を中心に、近畿・東海・北陸などへ急速に広がりました。その影響力の大きさから、天台宗から敵視され、本願寺が焼き討ちに遭うという事件も起きました。その後、越前・吉崎御坊へ移り、そこを拠点としてさらに信仰を拡大しました。ただし、武力と結びついたことで「一向一揆」などの争いも起こり、蓮如上人は吉崎を去り、山科(京都)へ移られました。🔶 大阪との関わり山科本願寺の建立後、蓮如上人は晩年に現在の大阪にも拠点を移し、それが後の「石山本願寺」の基礎となりました。石山本願寺は、のちに織田信長との戦いの舞台となり、退去後は豊臣秀吉によって大阪城が築かれたため、その場所は「大阪城の元になった」とされています。当時「小坂」や「尾坂」などと呼ばれていたこの地に「大坂(のちの大阪)」という名を用いたのが蓮如上人だという説もあります。そのため、蓮如上人は「大阪の名付け親」と称されることもあり、大阪と浄土真宗は今も深い縁で結ばれているのです。🔶 熊本との関係蓮如上人の布教活動により、熊本にも浄土真宗のお寺が多く建立されました。熊本市中央区京町の仏嚴寺も、そうした歴史をもつお寺の一つです。🔶 まとめ蓮如上人は、荒廃した本願寺を再興し、民衆に向けた布教活動を展開された中興の祖です。京都から北陸、そして大阪と、各地を巡って教えを広め、今の浄土真宗の礎を築かれました。「大阪の名付け親」として、都市の成り立ちとも深く関わっています。🔵来週のテーマは「物の見方」です。どうぞお楽しみに。今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。 あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。 では、また来週お会いしましょう。出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう) 司会:丸井純子(まるい じゅんこ)

  38. 61

    【仏教とご法事】 三回忌は2年後 ご法事は自らの生き方を見つめ直す機会

    今週も、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正さんに、「ご法事」についてお話いただきました。🔶 ご法事とは何かご法事(仏事)とは、仏様の教えに出会う大切な場であり、亡き人のご縁によって縁ある人々が集い、仏様の教えを聞き、お念仏を称える場です。🔶 法事の種類主なご法事には、以下のものがあります:年忌法要(祥月命日):一周忌、三回忌など。月命日法要:毎月の命日のお参り。入仏法要:新たに仏壇を迎えた際の法要。お葬式や初七日、四十九日(中陰)なども法事の一部です。🔶 年忌法要のタイミング一周忌は亡くなった翌年、三回忌は2年後、七回忌は6年後に行います。その後は13回忌、17回忌、25回忌、33回忌、50回忌、さらには100回忌まで続きます。数字から1を引いた年数が、亡くなった年から数えた法要の年になります。🔶 ご法事の意味浄土真宗では、ご法事は供養のためではなく、亡き人をご縁として、私たちが仏様の教えに出会い、お念仏に生きることを再確認する機会です。ご法事を通して、自分自身もやがて命を終える存在であることを知らされ、阿弥陀様のお救いに出会うことができます。🔶 ご法事の三つの出会い参列者との出会い:同じように大切な人を亡くされた人々との共感。亡き人との新たな出会い:仏となった故人が寄り添ってくださる存在となります。阿弥陀様との出会い:仏様の教えとお救いにあう大切な機会です。🔶 ご法事は「誕生日」でもある浄土真宗では、亡くなった日は「浄土に生まれた日」と捉えられます。悲しみだけでなく、仏として生まれる誕生の日としての意味も込められています。🔶 ご法事の継続と意義ご法事は数年に一度、親戚や家族が集まり、亡き人を偲び、子どもたちの成長も感じることができる貴重な機会です。「いつまでやらなければならないのか」と感じることもありますが、それだけ大切な出会いの場であり、成長とご縁を感じる機会です。🔶 まとめご法事は、亡き人を偲び、仏様と出会い、自らの生き方を見つめ直す機会です。ご縁を大切にしながら、仏様のお救いに出会う大切な場であると改めて感じさせてくれます。来週のテーマは「大阪の名付け親 蓮如上人」です。どうぞお楽しみに。――――――――――――――――――――――――今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子(まるい じゅんこ)

  39. 60

    【戦争と平和】 戦後80年という節目の年 「怨親平等」の心を

    戦後80年という節目の年にあたる今年、番組では戦争の記憶と仏教の教えから平和について考えます。🔶 サンフランシスコ講和会議と仏教精神1951年、サンフランシスコ講和会議でスリランカ代表のジャヤワルダナ氏は、お釈迦さまの言葉を引用してスピーチを行いました。「怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。 怨みを捨ててこそ息む。」スリランカは日本に対する戦後賠償請求を放棄しました。この精神は「怨親平等(おんしんびょうどう)」と呼ばれ、仏教の慈悲の心に基づいた行動でした。🔶 日本と仏教の戦争協力の歴史浄土真宗を含む仏教各宗派は、戦時中に教えを曲げて国家に協力しました。仏教の本来の教えとは異なる方向に進んでしまった過去を、今こそ見つめ直す必要があります。🔶 浄土真宗の平和に向けた声明戦争は命を奪い、命の尊厳を踏みにじる行為。「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」という親鸞聖人の言葉の通り、私たちは状況次第で争いの加害者にもなり得る存在。だからこそ、同じ過ちを繰り返さないために、状況を作らない努力が必要であると説かれています。🔶 詩「死んだ男の残したものは」から学ぶこと谷川俊太郎さんの詩「死んだ男の残したものは」を紹介。死者が遺したものは、物質ではなく、生き残った私たち自身であること。歴史の犠牲の上にある現在を認識し、二度と戦争を繰り返さないという意志を持つことが重要。🔶 まとめスリランカの怨親平等の実践や、谷川俊太郎さんの詩から、私たちは戦争と平和について深く学ぶことができます。日本が歴史の中で犯した過ちを正しく理解し、語り継ぎ、未来に活かす努力が求められています。平和を守り続けるためには、仏教の教えや宗教心を日常生活の中で大切にしていく姿勢が欠かせません。来週のテーマは「ご法事」。「三回忌はいつ?」という疑問にもお応えしながら、法事についてわかりやすくお話していきます。――――――――――――――――――――――――今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。出演:お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子(まるい じゅんこ)

  40. 59

    【戦争と平和】 当時 仏嚴寺も空襲に遭い、ご遺体が運び込まれていた悲しい事実が…

    🔶 お寺と戦争の関わり・昭和17年、戦争のために「金属回収令」が施行され、寺院の梵鐘や仏具も供出を余儀なくされました。・浄土真宗本願寺派の調査によると、当時の約9割の寺院が梵鐘を供出し、戦後に戻ってきたのはわずか5%ほどでした。・梵鐘は溶かされ、戦闘機や爆弾などに使われたとされています。🔶 熊本の空襲とお寺の記憶・熊本市京町にある仏嚴寺も空襲に遭い、近くの気象台に焼夷弾が落ちて犠牲者が出たそうです。・ご遺体が仏嚴寺に運び込まれたこと、機銃掃射による被害の痕跡が額縁に残っていることなど、戦争の記憶が今も語り継がれています。🔶 戦時中の宗教と国家・戦時中、国家による統制のもと、仏教も本来の教えを曲げて国家に奉仕するよう求められました。・浄土真宗もその例外ではなく、信仰と国家政策のはざまで悲しい歴史が刻まれました。・その過ちを繰り返さぬよう、今後も平和の大切さを語り継いでいく必要があります。🔶 戦争の記憶を次世代へ・お寺には戦時中の遺物が多く残されており、当時の生活や悲劇を知る手がかりとなっています。・戦争を経験した世代が少なくなる中、語り継ぎの重要性が高まっています。・戦争の悲惨さを後世に伝え、平和を大切にする社会を築くことが、今を生きる私たちの役割です。🔶 世界の戦争と日本の平和・現在もウクライナや中東など、世界各地で戦争が続いています。・日本は戦争をしない国として、平和を守り育てていくことが大切です。・宗教の視点から、戦争と平和を見つめ直す機会を持つことが求められています。🔶 まとめ・今年は戦後80年を迎えます。・戦争を経験した方の話を直接聞く機会が減っている中で、戦争の悲惨さと平和の尊さを語り継ぐことが重要です。・身近な人々が経験した戦争の話から学び、平和な社会の実現に努めていきたいと感じました。*来週も引き続き、「戦争と平和」をテーマにお届けいたします。――――――――――――――――――――――――この番組では、リスナーの皆さまからのお悩み相談を受け付けています。メールは → [email protected] までお寄せください。今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子(まるい じゅんこ)

  41. 58

    【若者と仏教】 意外と若者は仏教に興味がある

    🔶 テーマ:「若者と仏教」今週も、福岡県の私立校・筑紫女学園で宗教科教諭を務める小杭浄海(おぐい じょうかい)さんをゲストに迎え、若者と仏教の関わりについて語っていただきました。🔶 現代の若者と宗教の距離NHKや統計数理研究所の調査によると、日本の若者の宗教離れは近年顕著。仏教やお寺に対し、「高齢者のためのもの」という印象を抱く若者も多い。一方で、筑紫女学園では仏教の授業中に寝ている生徒はほとんどおらず、意外に関心があることが分かる。🔶 若者が仏教に興味を示す背景多くの高校生が、身近な人の死などを通して「命」と向き合う経験をしている。自分自身の死についても意識し始める時期であり、仏教で語られる命の話に惹かれる側面がある。「仏教=難しそう・堅苦しい」というイメージはあるが、授業を通じて興味を持ち直す生徒も多い。🔶 授業で使用される教材とアプローチ高校では「見真(けんしん)」という教科書を使用。親鸞聖人が朝廷より賜った「見真大師」の名に由来。難解な文言も多いため、教師が現代の話題や具体例を交えて丁寧に解説。身近な話題と仏教を結びつけることで、生徒の理解を深めている。🔶 宗教教育の意義SNSや科学技術が中心となる現代においても、「命には限りがある」という普遍的事実は変わらない。仏教は「縁起」や「気づき」を大切にし、他者とのつながりや感謝の心を育む。宗教的価値観は、すぐに理解できなくても、大人になってから心に残る教えとなることも多い。若いうちに宗教に触れることは、人間形成の大きな礎となる。🔶 まとめ宗教が若者から遠ざかっている現状がある一方で、仏教的な命の教えには多くの若者が興味を示している。教育現場での宗教授業は、彼らに新たな視点を与え、自らの生き方を見つめる機会となっている。*来週のテーマは「戦争と平和」。引き続き小杭浄海さんとともにお送りします。この番組では、リスナーの皆さまからのお悩み相談を受け付けています。メールは → [email protected] までお寄せください。今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子(まるい じゅんこ)ゲスト:筑紫女学園中学高校 宗教科教諭・専念寺 小杭浄海(おぐい じょうかい)

  42. 57

    【仏教と教育】 教育は知識だけでなく、人間としての在り方を学ぶ場

    🔶 テーマ:「仏教と教育」熊本市中央区京町にある仏嚴寺の住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)さんと、今週もゲストに福岡県・筑紫女学園中学校・高等学校で宗教の先生をされている、佐賀県の専念寺ご所属の小杭浄海(おぐい じょうかい)さんをお迎えし仏教と教育の関係について紹介。🔶 仏教と教育の歴史的背景江戸時代の「寺子屋」は、庶民が読み書きそろばんを学ぶ場として、お寺が担っていた。明治13年、博多の萬行寺で七里恒順和上による日本初の仏教系「日曜学校」が始まり、全国に広まった。子どもたちに親鸞聖人の教えや阿弥陀如来の救いを伝える目的があった。🔶 仏教教育の特徴命の尊さやつながり(縁起)を重視。「迷惑をかけないように」という道徳的視点に加え、「迷惑をかけながらも支え合って生きている」という仏教的視点を教える。他者に支えられていることへの気づきを通じて、「自分も支える側になる」意識を育む。🔶 まとめ仏教の教えは人との関係性や感謝の心を育む教育の基盤として有効。教育は知識だけでなく、人間としての在り方を学ぶ場でもある。来週のテーマは「若者と仏教」。小杭浄海さんとともに引き続きお送りします。出演:お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子(まるい じゅんこ)ゲスト:筑紫女学園中学高校 宗教科教諭・専念寺 小杭浄海(おぐい じょうかい)――――――――――――――――――――――――今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。

  43. 56

    【浄土真宗と海】 「海」は限りない慈悲の象徴 全てを受け入れる

    🔶 浄土真宗と海熊本市中央区京町にある仏嚴寺の住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)さんと、今週はゲストに福岡県・筑紫女学園中学校・高等学校で宗教の先生をされている、佐賀県の専念寺ご所属の小杭浄海(おぐい じょうかい)さんをお迎えしています。高千穂:はい、今週もどうぞよろしくお願いいたします。小杭:よろしくお願いいたします。丸井:おふたりは同級生だそうですね?高千穂:そうなんです。龍谷大学大学院時代の同級生で、まさに“ご縁”でつながった仲間なんです。丸井:本当に素敵なご縁ですね。では、今週のテーマは?高千穂:はい、今回は「浄土真宗と海」についてお話しいたします。🔶 海の日と仏教のつながり7月21日は海の日。海の恩恵に感謝し、海洋国・日本の繁栄を願う国民の祝日です。高千穂:そして今回のゲスト、小杭浄海さん。お名前に“浄”と“海”が入り、まさに今日のテーマにぴったりなんですよ。小杭:私の名前は「海のように清らかな心を持ってほしい」という親の願いから付けられたんです。🔶 煩悩の海と浄土の海高千穂:浄土真宗には“海”を用いた多くの表現があります。一つ目は「煩悩の海」です。親鸞聖人が詠まれた和讃には、「生死の苦海ほとりなし ひさしくしづめるわれらをば 弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける」とあります。この「生死の苦海」は、私たちが煩悩に悩まされながら、六道輪廻のなかで苦しみ続ける姿を表しています。一方で、「大悲の海」もあります。「本願力(ほんがんりき)にあいぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし」ここでの「功徳の宝海」は阿弥陀様のお徳が、まるで広大な海のように満ち満ちているという意味です。小杭:阿弥陀様の救いの広さ、深さを“海”に例えているんですね。🔶 海の性質と仏の徳高千穂:海の特性にも意味があります。・広大さ:阿弥陀様の徳の広さを表す・深さ:迷いの深さ、生死の苦しみの深さを示す・動き続けること:如来の働きが常に私たちに及んでいること・すべてを受け入れること:川の水が全て海に注ぐように、どんな命も阿弥陀様は救ってくださる小杭:私の名前「浄海」にも、そうした意味が込められていると日々感じています。🔶 親鸞聖人と海との出会い高千穂:親鸞聖人は京都のお生まれなので、幼い頃は海を見る機会がなかったと思われます。ですが、流罪となって越後に赴かれた際、新潟県の居多ヶ浜で初めて本物の海をご覧になったとされています。小杭:そのときの広大で深い海の景色を見て、親鸞聖人がそれまで学んできた教えの真意をより深く実感されたのではないでしょうか。🔶 海のような心を生徒たちへ小杭:仏教では「海」は限りない慈悲の象徴とされます。私も「浄海」という名前にふさわしく、そうした広く深く清らかな心を持って生徒たちと接していきたいと思っています。丸井:素敵なお話ですね。🔶 今週のまとめ高千穂:今週は「浄土真宗と海」をテーマにお話ししました。煩悩の海、功徳の宝海など、海に例えられる仏の教えは数多くあります。海のように広く、深く、そしてすべてを包み込む阿弥陀様のお救い。その偉大さをあらためて感じるご縁となりました。🔶 次回予告:仏教と教育について丸井:来週は「仏教と教育」について、小杭浄海さんを引き続きゲストにお迎えしてお送りします。どうぞお楽しみに。🔶 お悩み相談、受付中この番組では、リスナーの皆さまからのお悩み相談も受け付けています。メールは → [email protected] まで。今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子(まるい じゅんこ)ゲスト:小杭浄海(おぐい じょうかい)

  44. 55

    【お盆のお話し】 亡き人とのご縁を感じる時間

    🔶 お盆の始まりは、目連尊者と母親の物語丸井:「高千穂さん、今週はどんなお話でしょうか?」高千穂さん:「今週は『お盆』についてのお話です」お盆というのは実は略語で、正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といいます。この「盂蘭盆」は、インドの古代語サンスクリット語で「ウランバーナー」という言葉に由来し、「逆さ吊るしの苦しみ」という意味を持っています。🔶 盂蘭盆会の由来:母を思う目連尊者の供養これは、お釈迦様の弟子である目連尊者(もくれんそんじゃ)のエピソードに基づいています。ある日、目連尊者が神通力で亡き母の様子を探ると、母親は“餓鬼道(がきどう)”という、飢えと渇きに苦しむ世界に堕ちていたのです。どうにかして母を救いたいと願った目連尊者は、お釈迦様に相談しました。お釈迦様はこう言いました。「7月15日、修行を終えた僧たちに食べ物を供え、供養をすれば母は救われるであろう」これが「盂蘭盆会」、そしてお盆の由来とされています。🔶 インドや東南アジアには「お盆」がない?高千穂さん:「実はこのお盆の風習、日本や中国、韓国など東アジアに見られるもので、タイやインドネシアといった仏教国には“お盆”はありません」お盆は大乗仏教の教えに基づいた文化的な行事であり、日本では推古天皇の時代(西暦606年)に『日本書紀』に登場するなど、古くからの歴史があります。🔶 なぜ7月盆と8月盆があるの?「お盆といえば8月」と思う方もいれば、「7月だよ」という地域もありますよね。これは旧暦と新暦の違いによるもので、もともとお盆は旧暦の7月15日とされていました。しかし旧暦をそのまま新暦に置き換えると、農繁期と重なってしまい、供養が難しくなる地域があったため、ひと月遅らせて8月15日をお盆とする風習が広がったのです。高千穂さん:「同じ熊本でも地域によって7月盆と8月盆が混在していますが、今では全国的には8月盆が主流となっています」🔶 キュウリの馬とナスの牛は仏教じゃない?丸井:「お盆といえば、キュウリの馬やナスの牛も思い浮かびますよね?」高千穂さん:「あれ、実は仏教の教えとは直接関係がないんです」それらは日本各地の民間信仰や風習と融合したものであり、仏教と地域文化が重なり合ってできたお盆ならではの風景と言えます。🔶 浄土真宗におけるお盆の意味高千穂さん:「浄土真宗では、お盆は亡き人の命日をご縁として、私が仏法と向き合う時間です」亡くなった方を偲ぶことをきっかけに、親鸞聖人の教え、そして阿弥陀如来のはたらきに触れる機会。それが浄土真宗における“お盆”の本質なのです。🔶 お坊さんも忙しい!お盆は早めの準備をお盆は初盆(ういぼん)や帰省など、家族にとっても準備が多く、慌ただしい時期です。高千穂さん:「お坊さんたちもスケジュールがぎっしり詰まるので、早めにお盆の準備や日程調整をしておくのがおすすめです」🔶 まとめ:お盆は、亡き人とつながる“今”を生きる行事今週は「お盆」をテーマにお届けしました。高千穂さん:「お盆の語源は“盂蘭盆会(うらぼんえ)”。母を思う目連尊者の心がきっかけとなり、僧侶への供養を通じて亡き人を救うという教えが生まれました。その風習が中国を経て日本へ伝わり、旧暦と新暦の違いによって、現在のように7月盆・8月盆に分かれました」お盆はただの休暇ではなく、亡き人とつながる大切なご縁のとき。自分の命、そして命のつながりをあらためて感じる行事として、大切にしていきたいですね。🔶 次回予告:「浄土真宗と海」について次回は「浄土真宗と海」という、少しユニークなテーマでお話しします。どうぞお楽しみに。🔶 あなたのお悩み、聞かせてくださいこの番組では、リスナーの皆さまからのお悩み相談も受け付けています。メールは → [email protected] までお寄せください。今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正司会:丸井純子

  45. 54

    【嘘も方便】 阿弥陀さまの“お慈悲”のかたち

    🔶 「嘘も方便」って、本当は仏教用語?丸井:「高千穂さん、今週はどんなお話でしょうか?」高千穂さん:「今週は『嘘も方便(ほうべん)』というテーマです」日常生活でよく聞くこの言葉。「嘘も方便だから…」と軽く使われがちですが、実は仏教に由来する深い意味を持つ言葉なのです。🔶 方便(ほうべん)とは「手段・方法」のこと「方便」は、インドの古代語サンスクリット語で「ウパーヤ(upāya)」という言葉を漢訳したものです。もともとは「接近する」「到達する」といった意味を持つ動詞に由来し、転じて「目的のための手段」を表すようになりました。高千穂さん:「たとえば川を渡るとき、向こう岸に行くには“いかだ”が必要ですよね。でも、川を渡りきったら“いかだ”は必要なくなる。その“いかだ”こそが方便なんです」🔶 仏さまの姿も“方便”浄土真宗では、仏さまのお姿そのものも方便とされています。高千穂さん:「本来、仏さまの姿は私たちには見ることができないものです。でも、阿弥陀さまは私たちにもわかるように、仮の姿をとって目の前に現れてくださる。それが方便なんです」つまり、私たちに教えを届けるために“姿”をもって現れてくださること自体が、仏さまのお慈悲の表れだというのです。🔶 二種類の方便:善巧方便と権化方便仏教には、方便にも種類があります。善巧方便(ぜんぎょうほうべん) 仏さまや菩薩が、私たちの理解力に合わせて教えを巧みに伝えてくださる“慈悲の手段”  権仮方便(ごんげほうべん)   未熟な私たちが真理に直接触れられないため、仮の教えを通して少しずつ導いてくださる方法🔶 金獅子(きんじし)のたとえ:わかりやすく伝える智慧高千穂さん:「わかりやすい例として、『金獅子(きんじし)の比喩』というお話があります」たとえば、子どもに“金の延べ棒”を渡しても価値がわかりません。でもそれを“金のライオン像”にすれば、「ライオンだ!」と喜び、興味を持ちます。丸井:「つまり、教えが伝わる“かたち”に変えてくださるということですね」高千穂さん:「そうです。その“形を変える”ことが方便なのです。たとえ仮の姿でも、本質は“金”=真理であり、お慈悲の心に変わりはありません」🔶 まとめ:方便とは、私たちへの深い思いやり今週は「嘘も方便」というテーマでお届けしました。高千穂さん:「『方便』とは仏教において、“真実の教えを伝えるための仮の手段”を意味します。私たちは本来、仏さまの姿も教えも、そのままでは理解できません。だからこそ、阿弥陀さまは私たちの理解に合わせて、姿や教えのかたちを変えてくださる――それが方便であり、仏さまのお慈悲のあらわれなのです」🔶 次回予告:「お盆」のお話次回は「お盆」をテーマにお話しします。先祖を敬う心、迎え方や意味について、やさしく解説していただきます。どうぞお楽しみに。🔶 あなたのお悩み、聞かせてくださいこの番組では、リスナーの皆さまからのお悩み相談も受け付けています。メールは → [email protected] までお寄せください。出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。

  46. 53

    【仏教と音楽】 伝統と現代をつなぐ旋律

    🔶 宗教と音楽の深い縁丸井:「高千穂さん、今週はどんなお話でしょうか?」高千穂さん:「今週は『仏教と音楽』というテーマでお話しします」宗教と音楽は、古くから切り離せない深い関わりがあります。キリスト教では賛美歌やミサ曲、クラシック音楽もその多くが教会音楽に起源を持っています。丸井:「仏教でも音楽って重要なんですか?」高千穂さん:「そうですね。たとえば雅楽(ががく)が挙げられます。神社のイメージが強いかもしれませんが、仏教でも大切にされてきました。さらに称名(しょうみょう)、つまりお経や念仏も、節やリズムがあり、音楽的な要素を含んでいるんです」🔶 正信偈の多彩な節浄土真宗で大切にされている「正信偈(しょうしんげ)」にも、節が存在します。高千穂さんによると、現在は「送付(そうふ)」「行譜(ぎょうふ)」「真譜(しんぷ)」の三種類の節がありますが、昔は十種類以上の節が存在し、地域によって歌い方が異なったそうです。高千穂さん:「全国が今のように繋がっていなかった時代、各地で独自の節が生まれたんですね」🔶 親鸞聖人の「和讃(わさん)」と民衆への伝わり方親鸞聖人は、教えを広く民衆に伝えるため、当時の流行歌であった「今様(いまよう)」の旋律に乗せ、かな交じりの柔らかな言葉で「和讃」を作りました。高千穂さん:「『教行信証』のような漢文の書物は、当時の庶民には難しかった。だからこそ和讃が作られたんです」🔶 明治以降の仏教と洋楽の融合明治維新で西洋文化が日本に入り、仏教界でも西洋音楽の要素を取り入れた「仏教唱歌」が生まれました。これにより、伝統を守りながらも時代に合わせた新たな表現が模索されてきました。丸井:「伝統と新しいもののバランス、難しいですね」高千穂さん:「そうなんです。伝統だけだと古びてしまう。でも、新しいものばかりだと本来の形が崩れる。だからこそ、法要や儀式では伝統的な節、みんなで集まる場面では新しい歌、それぞれ役割を分けて大切にしてきたんです」🔶 音楽が問いかける“変わるもの・変わらぬもの”丸井:「言葉も音楽も、時代とともに変わっていく。でも全部が変わったら大切なものが失われてしまう。その加減って難しいですね」高千穂さん:「まさにその通りです。音楽一つとっても、私たちの暮らしや価値観と深く関わっています。伝統を守りつつ、新しいものも取り入れる――その姿勢が仏教にも求められているのだと思います」🔶 まとめ:音楽に学ぶ仏教の柔軟さ今週は「仏教と音楽」というテーマでお届けしました。高千穂さん:「仏教の音楽は、称名や雅楽など古くからのものもあれば、明治以降の仏教唱歌のように新しい風も取り入れてきました。伝統と革新のバランス、その難しさと大切さを改めて感じていただければと思います」🔶 次回予告:「嘘も方便」について来週は「嘘も方便」というテーマでお話しします。仏教的に“嘘”はどんな意味を持つのか?興味深いお話をお届けします。どうぞお楽しみに。🔶 あなたのお悩み、聞かせてくださいこの番組では、リスナーの皆さまからのお悩み相談も受け付けています。メールは → [email protected] までお寄せください。出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。

  47. 52

    【英語と法話】言葉の壁を越えて伝えるには

    🔶 英語で法話仏教を言葉の壁を越えて伝えるにはこんにちは、丸井純子(まるい じゅんこ)です。熊本市中央区京町の仏嚴寺(ぶつごんじ)より、今週も高千穂光正(たかちほ こうしょう)さんとともに、仏教にまつわるお話をお届けします。🔶 仏教の教えを英語で伝える難しさ丸井:「高千穂さん、今週はどんなお話でしょうか?」高千穂さん:「今週は“英語で法話”というテーマで、浄土真宗の教えを英語に翻訳することの難しさについてお話します」日本に根付いた仏教の言葉や文化を英語に訳すのはとても難しいことです。なぜなら、その背景にある文化や感性が異なるからです。🔶 芭蕉の俳句を訳すと…?たとえば、松尾芭蕉の有名な句「古池や かわず飛びこむ 水の音」。これをラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、"The old pond — a frog jumps in — the sound of water"と訳しました。丸井:「英語だと、なんだか大きなウシガエルがドボンと飛び込んだような印象ですね」高千穂さん:「そうなんですよ。日本語では静かで風情があるけど、英語にすると印象が変わるんですよね」🔶 浄土真宗のキーワードも苦労の連続仏教用語を英語にする際も同じ苦労があります。たとえば「信心(しんじん)」は英語で「Faith(フェイス)」と訳されることが多いです。また「浄土」は「Pure Land(ピュアランド)」とされます。高千穂さん:「でも、この“Faith”や“Pure Land”という言葉では、日本語が持つニュアンスや奥深さをすべて表すのは難しいんですよね」🔶 アメリカで広がる「ゴールデンチェーン」そんな中、アメリカの仏教界で大切にされている一つの歌があります。それが「ゴールデンチェーン(Golden Chain)」です。これは1920年、ハワイの女性僧侶ドロシー・ハンドさんが作詞したもので、日曜学校などで今も歌い継がれています。🔶 日本語訳されたゴールデンチェーン高千穂さん:「英語では少し難しいので、日本語に訳されたものをご紹介します」私は世界に広がる阿弥陀仏の金の鎖の一つで、明るく強く輝き続けます。私は生きとし生けるものすべてに対して思いやり深く、弱いものを守ります。私は阿弥陀仏からいただいた美しい心を大切にし、美しい言葉を語り、美しい行いをします。金の鎖の一つ一つが輝き続け、世界のすべての人が大いなる安らぎに満たされますように。英語では「Golden Chain of Love(愛の金の鎖)」と表現されており、キリスト教文化の影響も感じられます。丸井:「仏教ではあまり“Love”という言葉は使わないですよね」高千穂さん:「そうですね。本来は“慈悲”を表しているんですが、英語では“Love”という言葉で伝えるんです」🔶 文化の違いを超えて伝わる“心”言葉の壁はあるものの、人が宗教を求める心はどこでも同じです。アメリカでは、日系人だけでなく、まったく仏教と縁のなかった人たちが仏教に触れ、その教えに感動し、信仰を深めています。🔶 翻訳しない、という方法もある高千穂さん:「あるアメリカの先生が“信心(しんじん)はそのままShinjinでいい”と言われていました」たとえば“豆腐”といった言葉が、そのまま“tofu”として定着しているように、“Shinjin”という言葉も、そのまま浸透させていくのも一つの方法です。🔶 まとめ:言葉は違っても“心”は伝わる今週は「英語で法話」をテーマに、仏教を世界に伝えることの難しさと面白さをお届けしました。高千穂さん:「アメリカでは“ゴールデンチェーン”という歌が浄土真宗の教えを伝える手段として根付いています。文化や言葉は違っても、仏教の教えが世界中で受け入れられているという事実は、私たちにとっても喜びです」🔶 次回予告:「仏教と音楽」について来週は「仏教と音楽」をテーマに、心に響くお話をお届けします。🔶 あなたのお悩み、聞かせてくださいこの番組では、リスナーの皆さまからのお悩み相談も受け付けています。メールは → [email protected] までお寄せください。出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。

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    【仏教と雨】 梅雨の季節に心を見つめなおす

    熊本市中央区京町の仏嚴寺(ぶつごんじ)より、今週も高千穂光正(たかちほ こうしょう)さんとともに、仏教にまつわるお話をお届けします。🔶 お坊さんの足元にも「雨対策」あり丸井:「雨の日でも、お寺のお仕事ってあるんですね」高千穂さん:「もちろんあります。実は私たちが履いている草履には、雨の日用のビニールカバーを装着するんですよ」草履の下には足袋を履いていますが、雨水が染み込むと泥だらけになってしまいます。そのため、足元を守るための“雨具”もしっかり用意されているんです。🔶 インド仏教における雨季(うき)と安居(あんご)仏教が生まれたインドにも「乾季(かんき)」と「雨季(うき)」があります。インドの雨季は非常に激しく、なんと3か月以上雨が降り続くこともあります。この期間、仏教教団では「安居(あんご)」と呼ばれる学びの時間が設けられていました。これは、修行僧たちが移動することで小さな命を踏んでしまうのを避けるため、一か所にとどまり、学問や修行に励むというものです。🔶 日本にも伝わる安居の精神この「安居」の伝統は、日本にも伝えられました。浄土真宗本願寺派では、毎年7月下旬ごろに「安居」と呼ばれる最高峰の勉強会が京都で開かれます。高千穂さん:「私もかつてお手伝いで参加したことがありますが、全国から集まった精鋭の僧侶たちが真剣に学び合う様子は圧巻でした」九州からの参加は大変ではありますが、学びへの熱意は地域を越えてつながっています。🔶 源信(げんしん)和尚の教えに学ぶ今回は、親鸞聖人が心の師と仰いだ七高僧のひとり、源信和尚(げんしんかしょう)が著した『往生要集(おうじょうようしゅう)』のお言葉を平易にご紹介します。高い山には雨水はとどまらず、必ず低いところに流れていく。これと同じように、人もおごり高ぶれば仏の教えは心に入らない。反対に、謙虚な心で師の教えを敬えば、その功徳は自らに流れ込むのだと。🔶 仏教的に見る“高い山”と“謙虚な谷”高千穂さん:「これはまさに“自力の思い上がり”を戒めたお言葉です」努力や修行に偏るあまり、自分こそが正しいという思いにとらわれてしまうと、阿弥陀様のはたらき=他力の救いを素直に受け入れることができなくなってしまう。それが仏教の世界でいう「自力の限界」なのです。🔶 まとめ:梅雨の季節は、学びのチャンス今週は「仏教と雨」をテーマにお届けしました。高千穂さん:「仏教が生まれたインドには3か月以上続く雨季があり、その間、修行僧たちは一か所にとどまり学びを深めていました。この教えは日本にも伝わり、今も“安居”という形で大切にされています」そして、原信和尚の言葉にあるように、謙虚な心で教えを受け止めることの大切さ――雨の時期だからこそ、自分の内面と静かに向き合う機会にしたいものですね。🔶 次回予告:「英語で法話」について次回は「英語で法話」というちょっと変わったテーマでお届けします。仏教の教えを、もし英語で伝えるなら?という興味深いお話です。どうぞお楽しみに。🔶 あなたのお悩み、聞かせてくださいこの番組では、リスナーの皆さまからのお悩み相談も受け付けています。メールは → [email protected] までお寄せください。🔶出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。

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    【仏教と蓮の花】のお話し ―仏嚴寺・高千穂光正さんと語る仏教のお話―

    蓮の花に宿る仏の教え―仏嚴寺・高千穂光正さんと語る仏教のお話―🔶今週のテーマは「仏教と蓮の花」熊本市中央区京町にある仏嚴寺(ぶごんじ)のご住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)さんと、丸井純子(まるい じゅんこ)さんが語り合います。蓮の花が象徴する「清らかさ」蓮の花――仏教では「れんげ」とも呼ばれ、お釈迦様が悟りを開いたときにもその足元に咲いていたと伝えられる、美しい花です。浄土真宗の仏様である阿弥陀様も、蓮の花の上に立っておられる姿で表されます。では、なぜ蓮の花がこれほど大切にされてきたのでしょうか。それは、蓮が「泥の中から咲く花」だからです。この泥は、煩悩に満ちた私たちの生きる世界を表します。そんな世界に染まることなく、清らかに咲く蓮の姿は、仏教の理想そのもの。「どんなに汚れた世界の中でも、美しい花を咲かせられる――」そんな希望と慈悲の象徴として、仏教では蓮が尊ばれてきたのです。🔶阿弥陀様は「立って」おられる理由仏様といえば、座っている姿を想像する方が多いかもしれません。けれど、浄土真宗の阿弥陀様は「立って」おられます。それは、「救いに行くために座っている暇などない」という姿勢の現れ。さらにお顔は、やや斜め前に傾けておられます。「今すぐあなたのもとへ向かいますよ」という、まさに“やる気満々”の姿なのです。🔶浄土の世界と「白蓮華(びゃくれんげ)」仏教発祥の地・インドでは、蓮は国家の花。仏教と深く結びついた特別な花とされています。浄土真宗の教えの中でも、「正信偈(しょうしんげ)」には極楽浄土を「蓮華蔵世界(れんげぞうせかい)」と表現し、蓮が咲き誇る美しい世界として描かれています。また、念仏を唱える人は「白い蓮の花」のようだとも語られます。心清らかに阿弥陀様を信じ、念仏に生きる人々を称えて、そう呼ばれるのです。🔶念仏に生きた人々――妙好人(みょうこうにん)そのような念仏者たちは「妙好人」と呼ばれます。親鸞聖人の教えに目覚め、阿弥陀様の慈悲を喜び、感謝とともに生きた人々――それが妙好人です。今回はその中から、妙好人・浅原才市(あさはら さいち)さんをご紹介します。浅原才市さん――「念仏の日暮らし」浅原才市さんは、1850年・江戸末期に島根県温泉津(ゆのつ)で生まれました。もとは下駄職人でしたが、福岡の七里(しちり)先生という高僧と出会い、念仏の道へ。以来、20年以上も七里先生の話に耳を傾け、お念仏の喜びを歌にして人々へ伝えました。昼も夜も、寝ても覚めても「南無阿弥陀仏」。まさに「念仏の日暮らし」と呼ぶにふさわしい生き方です。歌に込めた信仰の喜びたとえば、次のような歌があります:寝るも仏 起きるも仏 覚めるも仏冷めて敬う 南無阿弥陀仏胸に六字の声がする親の呼び声 慈悲の催促 南無阿弥陀仏ここでいう「親」とは阿弥陀様。念仏を唱える私の声も、阿弥陀様の導きによって出てくるものだ――そんな深い気づきを表しています。🔶「自分は鬼」――角を描かせた肖像画ある日、画家が才市さんの肖像画を描いたときのこと。できあがった絵を見た才市さんは「これはわしじゃない。角を描いてくれ」と言いました。「わしは鬼だ。怒り、妬み――そんな心を持っている」と。頭に2本の角を描かせて完成した肖像画を見て、「これが本当のわしだ」と喜んだそうです。才市さんは、自らの煩悩に気づき、それを抱えながらもなお、阿弥陀様の慈悲に感謝して生きていたのです。🔶まとめ今週は仏教と蓮の花についてのお話でした。蓮の花は、泥の中から清らかに咲くその姿が、私たちの生き方の理想を表しています。念仏を喜び、感謝して生きた先人――妙好人たち。浅原才市さんのような念仏者の存在は、現代に生きる私たちにも、温かい光を届けてくれます。🔶次回のテーマは「仏教と雨のお話」。番組では、あなたのお悩み相談も受け付けています。メールは [email protected] までお寄せください。お話は仏嚴寺の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。聞き手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。ご縁に感謝して、また来週――。

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    【共命鳥(ぐみょうちょう)の教え】 二つの頭と一つの命が語ること

    🔶 共命鳥とは?阿弥陀経に登場する不思議な鳥今週のテーマは「共命鳥(ぐみょうちょう)の教え」です。高千穂さん:「共命鳥は、『仏説阿弥陀経』に登場する極楽浄土に住む美しい鳥のひとつです」“共命”とは「命をともにする」という意味。この鳥は体は一つ、頭が二つ。それぞれ別の意識を持ちながら、一つの命を生きる不思議な存在です。仏教では、この鳥を通じて人間の「煩悩(ぼんのう)」や「自己中心的な心」のはかなさを説いています。🔶 提婆達多(だいばだった)と共命鳥の物語ある日、弟子が釈尊(お釈迦さま)にこう尋ねます。「仏法を聞いていたはずの提婆達多は、なぜ釈尊に深い恨みを抱いたのですか」この問いに対し、お釈迦さまは共命鳥のたとえ話をもって答えられました。🔶 二つの頭と一つの命:破滅へ向かう心昔、雪山のふもとに共命鳥が住んでいました。一つの体に、カルダとウバカルダという二つの頭がついており、それぞれに独立した意識を持っていました。ある日、カルダがウバカルダに黙って「摩頭迦という果樹の実」を食べてしまいます。これは非常に良い香りと功徳を持つ果実だったため、ウバカルダはひどく怒りました。そしてあるとき、ウバカルダは毒の花を見つけます。「この毒を食べれば、カルダを苦しめることができる」と考え、眠っているカルダに黙って自ら毒の花を食べてしまいました。その結果――共命鳥は、体ごと死んでしまったのです🔶 お釈迦さまが語った深い意味死の間際、カルダはウバカルダにこう語ります。「私は良かれと思って花を食べた。だが、あなたは怒りにかられて毒を口にした。その結果、私たちはともに命を落とした。怒りや憎しみに利はなく、それは自らを、そして他者をも破滅させる」お釈迦さまはこう締めくくられました。「カルダは私・釈尊でありウバカルダは提婆達多である」🔶 共命鳥が教えてくれること高千穂さん:「共命鳥は、“自他は分けられるものではない”という教えを体現した存在です」現代に置き換えるなら――家庭や職場で、良かれと思ってしたことが誤解される自分の不満が、誰かへの攻撃になり、結局自分にも返ってくる私たちの中にも、“ウバカルダ”のような怒りや嫉妬の心が生まれることがあります。丸井:「他人を責めたつもりが、自分自身をも傷つけていた――思い当たるふしがあります」🔶 まとめ:一つの命をどう生きるか今週は「共命鳥(ぐみょうちょう)の教え」をテーマにお届けしました。高千穂さん:「共命鳥の物語は、他者と命をともにするという在り方を、優しく、そして厳しく伝えてくれています。自己中心的な怒りや執着が、やがて自分自身をも苦しめるということ。仏教が説く“縁起”や“慈悲”の心を、物語を通じて学ぶことができます」人との関係に悩んだとき、心の中の“ウバカルダ”と向き合うヒントになるかもしれません。🔶 次回予告:「仏教と蓮の花」次回は「仏教と蓮の花」をテーマにお届けします。泥の中から美しく咲く蓮の花は、なぜ仏教で大切にされているのか――その象徴的な意味に迫ります。🔶 あなたのお悩み、聞かせてくださいこの番組では、リスナーの皆さまからのお悩み相談も受け付けています。メールは → [email protected] までお寄せください。出演お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)司会:丸井純子今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。では、また来週お会いしましょう。

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仏教にまつわる色々なお話を、分かりやすくお話していただく番組です。仏教由来の言葉、豆知識、歴史、迷信、風習、教義、作法などなど。 出演は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正さん。お相手は、丸井純子さん。お悩み相談もメールで受け付け中![email protected]▼メール [email protected]★地上波ではRKKラジオ(熊本)FM91.4    AM1197で、毎週水曜日 午後6時10分から放送中。是非生放送でもお聴きください。

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