PODCAST · society
ラジオネイティブ
by radio native|FIELD assistant
The best is yet to be. 暮らしをつなぎ続ける「ネイティブ」たちに、未来の生き方を学ぶラジオ。極地建築家・村上祐資と、ネイティブ編集長・今井尚がお届けします。MC:村上祐資、今井尚 D:西哲男
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#100.【フィールドアシスタント】ラジオネイティブでつかんだことと、これから
美しい結論はいらない。どんな人かが大切ではなく、何をして何をつかんだのかにフォーカスをあてる。ふつうのインタビュー番組とは少し違った手法で続けてきたラジオネイティブが100回をむかえました。このポッドキャストは今回で一区切り。これまでゲストに教えていただいたヒントや、続けてきた100回の感覚をもとに、次のステージへと進みたいと思います。The best is yet to be.
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#099.【フィールドアシスタント】訪問者でも住民でもない、間の人たちの声
2021年3月から毎週続けてきたラジオネイティブがいよいよ100回をむかえようとしています。これまでに出ていただいたゲストは19人。特徴は、さまざまな地域やフィールドで活躍されていながら、その地域・フィールドの生活者ではなく、かつ、一時的にやってきた訪問者でもない。その間に立って、誰かと誰かをつなぐような、舞台裏で活躍する人たちだったと思います。多くのヒントから何を受け取ることができたのか、今の思いを2回にわたり、フィールドアシスタントの村上祐資と、このシリーズの編集長今井尚で話します。
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#098.【ふりかえり:#085~#096】コミュニティーの無名性と、身の丈の規模感
石川県加賀市の大土町と、北海道白老町の飛生という二つのコミュニティーについて振り返ります。人口としては1人になった大土町と、アートを中心に外部から人が集まる飛生は全く性質が異なります。それでも、その在り方には共通点も違いもありました。コミュニティーは誰かの権威によって育つものではないし、また想定を超えて広がるときに生まれる「ここから先は違う」というような違和感もあるようです。コミュニティーが存続するために必要なのは、それぞれの事情は違うものの、その適正な範囲というものがあるのかもしれません。
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#097.【ふりかえり:#085~#096】限界集落で生まれる新たなコミュニティーの可能性
石川県加賀市と北海道白老町を舞台に3人のゲストにお話を伺った過去3シリーズを振り返ります。どの方々も、限界集落と言われるような周縁の地域に根付き、そこに長くあった歴史や文化、風景に注目し、再解釈しながら新たな作品や活動を生み出すという共通点がありました。またコミュニティーとの関係においては、自分が何者かという個とコミュニティーとの関係が一つのポイントとなりそうです。またそこで生まれる新たなコミュニティーが、長く根付いていくためには、強い軸を持ちながらも間口は狭めない、ある種のあいまいさを許容することも一つのヒントと言えそうです。
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#096.【ゲスト:木野哲也さん】コミュニティーづくりで探る「共生の方法」
北海道で文化芸術プロジェクトづくりに関わる木野哲也さん。もともとは自身もミュージシャンでした。プレーヤー側だったからこそ、活動の範囲が今はアートの世界まで広がっても、作り手の気持ちがわかるといいます。飛生に限らず、これまでも様々な場所でつくってきたコミュニティー。それを広げ、育てていくことで「Ways of Living Together」(共生の方法)を考えたいと話します。
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#095.【ゲスト:木野哲也さん】「アート×地域資源」で始まる新しい1ページ
北海道白老町で1986年から続く「飛生アートコミュニティー」。発足当初の第1世代からメンバーは変わり、今は地域との交流も進んでいます。北海道で文化芸術プロジェクトづくりにかかわる木野哲也さんは、それを森から街へ「降りていく」と表現します。アートと地域資源(地域ではぐくまれる生活文化)が交わることで、新たなアート作品が生まれ、地域にとってもこの活動が文化としての広がりを見せています。両者がクロスすることで、このコミュニティーは新たなフェーズに入ろうとしているのかもしれません。
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#094.【ゲスト:木野哲也さん】ここで積み重ねてきた時間そのものが作品
北海道白老町の飛生で10年以上つづく飛生アートコミュニティー。その中心人物である木野哲也さんに今回もお話を聞きます。参加するのは0歳から70歳まで、9割が普段はアートに関わらない人たちが集まり、森づくりの活動を中心に、アートイベントも開かれています。森やアトリエとして活用されている古い校舎に集まる人たちが、日々、こんな活動はどうだろうと今後の話を膨らませる。木野さんはここでの積み重ねてきた時間そのものが作品だと言います。「アート=見る」だけではない、アートの概念を広げてくれるお話が聞けました。
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#093.【ゲスト:木野哲也さん】アート拠点で森づくりをする意味
前回まで彫刻家の国松希根太さんに聞いてきた北海道白老町での作品作り。制作の拠点となっている廃校になった小学校・飛生アートコミュニティーは、アトリエとしての機能だけでなく、かつての学校森を利用した森づくり活動が行われる場にもなっています。なぜ、森を? このプロジェクトを進めるのが、北海道で文化芸術プロジェクトをすすめる木野哲也さんです。話を聞くと、作ろうとしていたのは森そのものというよりも、そこに集う人の輪=コミュニティーそのものでした。
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#092.【ゲスト:国松希根太さん】出会った景色から広がる心の風景
北海道白老町で彫刻家として活動される国松希根太さんの作品は、山や地平線など自然をテーマにした作品が多く見られます。それは白老で出会った風景を写し取るのではなく、氷山や砂漠など、そこから広がる心の風景につながっています。ある部分では抽象化され、見る人がそこにそれぞれの記憶の風景を重ねることもあります。白老という町に暮らし、生活するなかで続けてきた制作と暮らしのバランスについても聞きました。
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#091.【ゲスト:国松希根太さん】人や風景に出会い、変化していった制作プロセス
北海道白老町で彫刻家として活動する国松希根太さん。廃校になった小学校にできた共同アトリエで制作を続ける中で、素材の選び方や向き合い方、制作のプロセスも少しずつ変化していったといいます。そのきっかけは、ほかのアーティストとの出会いや、周辺の自然との出会い、あるいは繰り返される日常の暮らしであったりしました。
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#090.【ゲスト:国松希根太さん】時間をかけて近づいていった飛生という地域
芸術家のためのアトリエとして活用されている北海道白老町の旧飛生小学校。ここを拠点とする彫刻家の国松希根太さんが初めてこの町にやってきたのは1986年のことでした。同じく彫刻家の父とともに移住した当時は小学3年生。札幌とは違う小さな町の暮らしに戸惑いつつも、少しずつこの町を知っていきました。やがて自らもこの町で制作するようになり、一歩ずつこの地域の人々や自然との関係を深めていくことになりました。
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#089.【ゲスト:国松希根太さん】北海道の森に残る小学校をアトリエに
北海道白老町の飛生(トビウ)と呼ばれる場所にある廃校になった小学校。ここは1980年代からアーティストがアトリエとして活用してきた場所です。いまこの場所で制作活動を続けているのが彫刻家の国松希根太さんです。山や湖、海など自然に囲まれたこの場所を歩きながら、ふと自分だけが感じた自然の風景と思いを元に作品を制作しています。初回はこの町がどんな場所なのか、お話を聞きました。
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#088.【ゲスト:木村悟之さん】ドイツでの経験から、加賀での挑戦へ
石川県加賀市を中心に活動される映像作家の木村悟之さん。加賀に来る前の5年間はドイツ・デュッセルドルフを拠点に活動していました。ドイツでは有名か無名かにかかわらず、映像を使った表現をする人が多く、国のサポート体制や交流の場も用意されていました。映像をもっと楽しめばいいんだ、そんな思いを胸に日本にもどった木村さん。スマホの発展で見る側・撮る側という境界があいまいになり、映像とのかかわりが変化する中、映像ワークショップという法人を立ち上げ、新たな挑戦を始めようとしています。
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#087.【ゲスト:木村悟之さん】住む・住まない。限界集落とのかかわりのカタチ
「思いが熱ければ熱いほど大丈夫かなっていう感じで見てしまうんですよね」。石川県加賀市にある「人口1人」となった限界集落、大土町にかかわり続ける映像作家の木村悟之さんは、ここ数年間を振り返り、そう話します。木村さん自身、最初は住むことを夢見ていましたが、今は住むのではなく関わり続けることにちょうどいい距離感と、この地区での居場所を見付けられていると言います。暮らしは非日常ではなく、日常を築くこと。一時のお祭りではなく、持続可能なかかわりについて考えます。
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#086.【ゲスト:木村悟之さん】町に残る古い映像をアーカイブして残す活動
石川県加賀市の山の中にある、人口が1人という大土町。この町に残る古い写真や8ミリなどの映像を集め、デジタル化して保存する活動をしている映像作家の木村悟之さんに話を聞きます。発掘された映像をデータベースのように整理していく中で、時代によるカメラの使われ方の変化や、町の暮らしのストーリーが浮かび上がってきました。また客観的な視点で整理する中で、木村さんの町との距離感にも変化が。移住を願っていた当初から、いまはそこに住まなくてもかかわりを持ち続ける関係に納得感を感じていると言います。
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#085.【ゲスト:木村悟之さん】森の中に残る、人口1人の町に出会って
石川県加賀市山中温泉大土町。かつて炭焼きで栄えたこの町は、いまは一人の住人が残り、町を守っています。ドイツで活動していた映像作家の木村悟之さんがやってきたのは2018年でした。すぐに「心がときめいた」という木村さん。この町に住みたいと思い、唯一の住人である二枚田昇さんに相談しながら暮らせる可能性を探りましたが、そう簡単にはいきません。それ以来、ずっと町とかかわり続ける木村さんに、今回は町の様子を紹介してもらいました。
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#084.【ふりかえり:#072~#082】暮らしをつなぎ続けるためのヒントを探る
テキストのノートと、音声のポッドキャストでお届けしている「ネイティブ」。これまで数多くのゲストにお越しいただき、「暮らしをつなぎ続ける」にはどうしたらいいのかを考えようと、様々な話を伺ってきました。それぞれの話はつながりもなければ、分野も違う話です。でも共通していたことのひとつに、それぞれの活躍される世界をほかの人にどうやってつないでいくかに尽力されている方が多かったと感じます。異なる世界を越えていくには、時には黒子に徹したり、ハイブリッドな存在になったりといった工夫や知恵がありました。そうした各個人のアイデアや挑戦が「ネイティブ」を通じて融合し、一つの大きなヒントになっていくことを願います。ネパールについて、そして今後のネイティブについて村上さんと今井で話しました。
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#083.【ふりかえり:#072~#082】ネパールを形づくる力について
これまで様々な人に、様々な角度からネパールについての話を聞いてきました。今回と次回は、フィールドアシスタントの村上祐資と、ネイティブ編集長の今井尚が、そこに通底するものについて考えてみたいと思います。複雑な地形に由来する他民族・多文化の多様性。そして表からは見えにくい、暮らしを支える人たちや気質の存在もありました。大国に囲まれ、決して大きくはない国ネパール。自分たちではどうしようもない状況があっても、常に変化し続けることによって、何とか適応しようとする力がそこにはある気がしています。
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#082.【ゲスト:村上祐資】居候してみて見えた、カトマンズの暮らしの裏側
部屋の扉にかけられたたくさんの南京錠、決められた食事の順序、決してバックヤードを見せないガイドの気配り。ネパールでは公と私や、内と外をしっかり分ける場面があるかと思えば、スタッフとも共同生活をする家族のような会社のスタイルや、人件費を度返しした心のこもったきめ細やかなサービスもあります。ネパールの家族の形や、公私の区切りは日本とはずいぶん違うようです。これまでのシリーズからも見えてきたネパールの持つ「包容力」の謎に、フィールドアシスタント代表の村上祐資さんと迫ります。
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#081.【ゲスト:村上祐資】ネパールの震源の村で見た、共に生きる暮らし
今回はフィールドアシスタント代表で極地建築家の村上祐資がゲストとして登場します。ここまでネパールについて集中的に聞いてきた話を振り返る前に、これまで何度もネパールとかかわってきた村上さんにも、見てきたネパールの暮らしについて聞こうと思います。2015年の大地震後、手作りのドームテントを震源に近い村に届けました。石積み造りの家が多く、多くの家が崩れてしまいましたが、そこで見た光景は、専門の職人さんだけでなく、多くの人が家づくりに参加し、自分たちで生きる暮らしでした。届けたドームは組み立て式。村の子どもたちが集まり、ひとときの時間を共有できたといいます。
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#080.【ゲスト:サティス・マン・パティさん】目標を失って見つけた山という世界
ネパールのカトマンズで登山ガイドの会社を営むサティス・マン・パティさん。山との出会いは、若いころ抱いていた夢がかなわず、目標を失いかけていたときに登った山から、白いネパールの山々が見えたことでした。その時「これはもしかしたら自分の仕事なのかもしれない」と思ったサティスさん。登山学校に入り、ライセンスを取得し、一から経験を積み重ね、エベレストをはじめ様々な山のガイドを続けてきました。技術面だけでなく信頼されるガイドとして長く続けてこられたのはなぜなのか。サティスさんの大切にしていることについて聞きました。
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#079.【ゲスト:サティス・マン・パティさん】ネパールのガイド お客さんには見せない裏側
高い山に恵まれたアウトドア大国、ネパール。登山でもトレッキングでも、外国人を案内するのは地域を熟知したネパールのガイドさんです。カトマンズのアウトドアガイド会社、ニレカアドベンチャーズのサティスさんはトレッキング生活中、特に朝食の時間にお客さんの様子を気にすると言います。テントから出てくる時間、朝食の進み具合などをさりげなく観察し、体調を崩していないかうかがうためです。途中の村で食事体験するときも、油や水の管理は大丈夫かなどを確認します。道案内や登山の技術サポートだけではない、旅を支える裏側の技について聞きました。
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#078.【ゲスト:サティス・マン・パティさん】100以上の民族が暮らす多様なネパール
北海道の1.8倍ほどの面積に人口2900万人が暮らすネパール。決して広くはない内陸の国ですが、標高は70~8848メートルまであり、100以上の民族が暮らしています。アウトドアガイドとしてカトマンズに暮らすサティス・マン・パティさんは、ネパールを西から東まで歩き、数多くの自国の民族に出会いました。異なる宗教、異なる自然環境、異なる文化…一言では語りつくせないネパールの魅力をサティスさんはうれしそうに話してくれました。
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#077.【ゲスト:サティス・マン・パティさん】ネパールの大自然にいざなうガイドの役目
今回からネパールでニレカアドベンチャーズというガイド会社をされているサティス・マン・パティさんにお話を聞きます。 ネパールの登山シーズンは、夏の雨季をはさんだ前後の春と秋。シーズンになると各スタッフがそれぞれの各村々から集まり、準備を始めます。エベレストなどの高所登山はもちろん、各地の様々な山やトレッキングツアーもサポートします。技術的な支援は仕事の一部でしかありません。山に至るまで何日もかかる移動では、毎日テントを設営し、食材を手配し食事を準備するいわゆるキャラバンというスタイルで、旅をできるだけ快適に進めます。ネパールの多様な自然や民族に出会うための裏方の仕事に迫ります。
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#076.【ゲスト:門谷“JUMBO”優さん】ネパールの遊動民族ラウテから学ぶこと
ネパールの森に暮らすラウテ族の取材を続けるドキュメンタリーフォトグラファー・門谷JUMBO優さん。ラウテの魅力にひかれて10年にわたり通い続けてきました。ラウテに出会ったことで、彼らの生き方から直接、あるいは時に反面教師としても学ぶことが多く、JUMBOさんにとっては世界を広げてくれる存在だと言います。この「世界を広げる」ことは、暮らしのなかで、自分らしく生きることと、コミュニティーに溶け込んで暮らしていくことという、一見相反する課題を乗り越える際のキーにもなるのではないかといいます。
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#075.【ゲスト:門谷“JUMBO”優さん】変わりゆく最後の遊動民族ラウテ
かつてインドからネパールにかけて5部族いたといわれる遊動民族ラウテ。今も遊動生活を送る最後のラウテを追い続けるドキュメンタリーフォトグラファーの門谷JUMBO優さんにラウテの変化について聞きました。急速に近代化が進むネパールで彼らがいまだに存在し得ている理由はネパールの人たちが持つ包容力の高さにあるとみています。とはいえ、ラウテのあり方も静かに変化を迫られています。酋長が変わるごとにかつての伝統は変化し、新しい時代を向か合えようとしているようです。
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#074.【ゲスト:門谷“JUMBO”優さん】800年間、森を歩き続けるラウテの人たち
ネパールの移動民族ラウテ族を10年にわたり取材されているドキュメンタリーフォトグラファーの門谷JUMBO優さん。今年も地元からの「目撃情報」を頼りに取材にでかけたそうです。定住はせず、森の中を移動し続ける理由は、「木を切って器を作り交易するため」と一応の説明はつくものの、そのタイミングや規則性はいくら取材しても謎に包まれているそうです。どうやら彼らの中には何らかの共通意識があり、ラウテ族はもう800年ほどもそんな生活を続けていることに魅力を感じるJUMBOさん。現在150人ほどいる民族それ自体が一つの生き物のように感じるといいます。
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#073.【ゲスト:門谷“JUMBO”優さん】ネパールの森で移動生活を続けるラウテの人たち
前回までのシリーズに登場していただいた門谷JUMBO優さんが、長年追い続けている西ネパールの遊動民族ラウテ族の取材から戻られたと聞き、ネパールの首都カトマンズとつないでお話を聞きました。現地は今、雨季。標高の高い森は濃い霧に包まれ、寒いほどだそうです。そこに手作りのテントを張って暮らすラウテの人たち。近くには幹線道路の建設も進み、ネパールが確実に変わっていこうとするなか、どうして遊動生活を続けるのか。今回から4回にわたり、JUMBOさんが見てきた森の民族についてお話を聞きます。
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#072.【ゲスト:門谷"JUMBO"優さん】震災をきっかけに変容するネパール
#072.【ゲスト:門谷"JUMBO"優さん】震災をきっかけに変容するネパール by radio native|FIELD assistant
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#071.【ゲスト:門谷"JUMBO"優さん】仕事を通して意識が変わる。ネパールで起業したブランドの挑戦
海がなく輸出に不利、不安定な政情…、様々なハンディから国を離れて外国を目指す人も多い「出稼ぎの国、ネパール」。そんな国でアウトドアバッグのブランドを立ち上げた門谷JUMBO優さんのもとでは、これまでも数多くの人が働いてきました。ネパールはカーストの文化もあり、いまだに男尊女卑の考えが残る国ですが、仕事を通じて互いに支えあう風潮も生まれたといいます。また手に職をつけることで、国を離れなくても、その後の暮らしの支えにしていこうとすうる人も出てきました。ネパールの人たちと対等な立場でつながり続けようとするJUMBOさんの挑戦を聞きます。
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#070.【ゲスト:門谷"JUMBO"優さん】ネパールの人たちと同じ目線で社会問題を解決したい
ヒマラヤをはじめとする大自然をもとめて世界各国から登山家や観光客が訪れるネパールには、偽アウトドア用品をつくる職人たちが大勢いるといいます。ただ偽物は、一時の稼ぎになったとしても、ネパールの産業を向上させることにはつながりません。ドキュメンタリーフォトグラファーとしてネパールを見続けていた門谷”JUMBO”優さんは、ネパールへの恩返しを模索する中で、ビジネスという対等の立場に立ち、ネパールのオリジナルブランドをつくることを通して、支援したいと考えました。職人を育て、自信をもって海外に売り出せるクオリティの商品をつくる。それがThe 3rd Eye Chakra Field Bag Worksの始まりでした。
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#069.【ゲスト:門谷"JUMBO"優さん】野外で使えるカバンをネパールで作る
野外での仕事やライフワークのためのアウトドアバッグを作るブランド「The 3rd Eye Chakra Field Bag Works」をネパールで立ち上げた門谷JUMBO優さんにお話を聞きます。ドキュメンタリーフォトグラファーでもあるJUMBOさんが、大切な機材を野外で持ち運ぶ際にカバンに求めることは、堅牢で軽量なことに加え、朦朧とした状況でも使いこなせるシンプルさだといいます。ネパールは海がないため輸出にはハンディがあります。そんな土地でどうしてカバンづくりを始めたのか。今回から4回に渡り、モノづくりを通したJUMBOさんのネパールとの関わりに迫ります。
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#068.【ふりかえり:#051~#066】引き継ぐことと、受け継ぐことの意味
師匠から弟子へ、先輩から後輩へ、先人から現在へーー。ここ数回の放送で語られてきたことのひとつに、その世界の技を次の世代に伝えていくことがありました。どんな世界も新人にとって先輩の存在はとても大きく、そこまでの道のりを思うと果てしない気になるものですが、その世界の外から見れば新人もベテランもないプロの一人。こわくても、不安でも、「ステージ」に立ち続けることがまちがいなく成長につながっています。一方、ベテランにとっても、その世界を新たな目で見ようとする新人から学ぶこともあるはず。人から人へその世界をつないでいく過程には、効率が悪いからといっておろそかにしてはいけない大切なものがある気がします。
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#067.【ふりかえり:#051~#066】今、どのステージにいるのかを意識することの大切さ
カヌーガイドの子弟、ふりかけ会社の代表取締役、段ボール会社のお二人にお話を聞きいてきたこれまでの話をネイティブ編集長・今井尚と、フィールドアシスタントの村上祐資が2回にわたりふり返ります。段ボール箱は、中身を守るのが役割ですが、輸送中か、届いたときか、あるいは保存中、廃棄の時など様々なステージで少しずつその意味や役割が変わります。同じように、段ボール箱の開発する際も、カヌーのガイドツアーでも、ふりかけづくりの工程でも、そこには様々なステージがあり、それぞれのステージをどう意識するかが大切な気がします。互いのステージに干渉しすぎず、相手を尊重する関係、そこにヒントがありそうです。
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#066.【ゲスト:一丸欣司さん】見せてもらった背中、見せていきたい背中
ダンボールパッケージの設計開発を28年にわたり続けてきた日本トーカンパッケージの一丸欣司さんとの最終回です。新人の頃にチャンスを与えてくれた上司の存在と、その思いにこたえたいという気持ちが支えになってきました。リーダーになった今、新人に伝えたいのは、どんなに難しいオーダーでも、それを乗り越えて形にすることの楽しさだといいます。単身赴任でなかなか会えない息子さんからもらう「いい仕事しているね」という言葉が今の支えになっています。
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#065.【ゲスト:一丸欣司さん】「ゼロを1にする」それが箱作りの醍醐味
通販で届いたダンボール箱の中には、ワンタッチで開けられたり、ダンボールだけで商品を固定したり、おどろくような工夫がみられることがあります。でもその箱のどこを見ても、箱の設計者の名前は見当たりません。名前は残らなくても、さまざまな要求に技術者として答えを出し、「ゼロを1にする」。それが技術者の喜びであり、醍醐味だと、日本トーカンパッケージの一丸欣司さんはいいます。技術の進歩や時代が箱に求めるものはどんどん変わっていっても、その根幹は変わらないと言えそうです。
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#064.【ゲスト:一丸欣司さん】「人を包む」という新しいダンボールプロジェクト
ダンボール箱を中心とした、商品を包む箱や資材を開発し続けてきた日本トーカンパッケージ・包装開発センターの一丸欣司さんにとって、今回のオーダーは例のないものでした。それは包むものが「人間」であるということ。フィールドアシスタントの村上祐資が長年開発してきた参加型の組み立て式ドームを、ダンボールで制作することになりました。パッケージという枠を超えたモノ作りは、技術者の方々にどんな影響を与えたのでしょうか。
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#063.【ゲスト:一丸欣司さん】積み重ねたノウハウと技術で「包む」。知られざるダンボール包装の世界
商品を包み、安全に確実に届けるダンボール箱。ひとたび開封してしまえば無用になることも多いダンボール箱ですが、精密機械などの場合、どこにどれだけの力がかかることを許容できるかなどを計算し、箱作りに半年以上かかることもあるといいます。さらに量産するには生産性やコストも視野に入れなければなりません。そんな包装開発の技術者としてキャリアを積んできた日本トーカンパッケージの一丸欣司さんに4回にわたりお話を聞きます。
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#062.【ゲスト:佐藤康博さん】開発は過程にこそ価値がある。ダンボール技術者のこれまでと未来
ダンボール箱を完成させることがゴールだとしても、技術者としてはそこに至るまでに重ねる失敗や試行錯誤にこそ価値があると、日本トーカンパッケージ・包装開発センター長の佐藤康博さんは考えます。元々は物を運ぶために発展してきたダンボールですが、これからはその枠にとらわれず、あらたな思考を持つ開発者も期待されています。技術者として求められることや、これから進むべき道について聞きました。
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#061.【ゲスト:佐藤康博さん】モノにも人にも「やさしいダンボール箱」とは?
ダンボール箱の設計開発をする日本トーカンパッケージ・包装開発センター長の佐藤康博さんにとって、理想の箱とは、中に入れるモノにとっても、箱をつくる機械にとっても、やさしくあることだと言います。そのために必要なのはダンボールの特性を考え「声を聞く」こと。形が複雑でうまく包むのが難しい製品をうまく箱の中で収めた箱を見ると、思わずうならせられると言います。今回も知られざる箱の世界の話を聞きました。
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#060.【ゲスト:佐藤康博さん】強くて丈夫。でも開けやすいダンボール箱の話
「買い物に行くと、製品じゃなくて箱に目が行っちゃいますね・・・」。日本トーカンパッケージでダンボール製品の包装開発センター長をする佐藤康博さんは、そう話します。倉庫の中やトラック輸送の最中に製品を守るのがダンボール箱の本来の役割ですが、実際には家庭や店頭で開封のしやすさも求められます。開けやすくすればするほど、強度は落ちる。その矛盾を前に、工夫を重ね、開発をしていくのが面白いところといいます。
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#059.【ゲスト:佐藤康博さん】通販で家庭に増えたダンボールの基礎知識
ネット通販の普及や、コロナ禍でますます家庭に商品を届けてもらう機会が増え、身近になったダンボール。昔の段ボールに比べて、形もサイズも、デザインも開け方も面白いものが増えています。ダンボール製品の開発をする日本トーカンパッケージの佐藤康博さんは、この道30年のベテランですが、今はダンボールの世界の激変期と言います。身近でありながら、奥が深い段ボールの世界をのぞいてみます。
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#058.【ゲスト:安部直也さん】元祖ふりかけ「御飯の友」が100年続いた理由と教わること
ふりかけの元祖とされる熊本の「御飯の友」。その製造販売をするフタバの代表取締役・安部直也さんは、このふりかけが100年続いてきた理由について、「自分が食べたものを自分の子どもに食べさせる、その繰り返しがあったから」と考えます。いつでも当たり前にあるということの大切さ。ただその道のりは簡単ではありませんでした。社長に就任して1年足らずで経験することになった熊本地震では社屋が被災。社員とともに一丸となって再建と事業の立て直しに取り組みました。受け継いできたものは守り、新たな挑戦もやめない。次の100年も見通した話を聞きました。
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#057.【ゲスト:安部直也さん】伝統を守るための、新たな挑戦
「食糧難の100年前にふりかけをつくった吉丸末吉が、もし今生きていたら何をつくるだろう」。元祖ふりかけ「御飯の友」で知られるフタバ(熊本市)の代表取締役・安部直也さんは、伝統を守るための新たな取り組みを考えます。主原料のいりこは年々、同じ品質のものが手に入りにくくなってきているために、現場では今までにない工夫や試行錯誤が重ねられているそうです。変えないために、変わらなければならないことがある。伝統を守るための最先端の取り組みについて聞きました。
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#056.【ゲスト:安部直也さん】食に豊かさを与えてくれる友だち、それがふりかけ
なかなかご飯を食べない子供たちが、ふりかけがあるとどうして食べてくれるんだろう。それは単純にご飯に味がつくからだけなのでしょうか。振りかけるという行為によって自分も料理の過程に参加できるから? 与えられた食事を食べるのではなくどの味にするか選択できるから? 彩り? 大正時代初期に発明されたふりかけが今も生き続ける意味を、熊本の元祖ふりかけを今に伝えるフタバの代表取締役・安部直也さんと考えました。
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#055.【ゲスト:安部直也さん】カルシウム不足を補うサプリ? ふりかけ誕生の秘話
大正2年、熊本の薬剤師・吉丸末吉が日本人のカルシウム不足を補うために考案したのがふりかけの元祖とされています。それから100年以上、吉丸さんの味と思いを変えずに今に伝え続けているふりかけが、株式会社フタバの「ご飯の友」です。熊本ではどの家にも必ずあるほどの定番。ただ、その味を変えずに伝え続けるには大変な苦労もあるようです。代表取締役の安部直也さんに聞きました。
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#054.【ゲスト:木名瀬裕さん&辻亮多さん】「自分らしく生きる」を目指してほしい
北海道・釧路川で長年カヌーガイドをし、多くの後輩を育ててきた木名瀬裕(通称・がってん)さん。今その門下生が各地で活躍しています。それはガイドの舞台に立ち続けていてもいいし、そうでなくてもいい。がってんさんの願いは、誰もが「自分らしく」生きられているかどうかということ。「がってんは、地球上のいろんな人に対してのミッションをいつも持っていた」とふり返る門下生の一人、辻亮多さんとともに先人の存在、後輩の存在の意味に迫ります。
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#053.【ゲスト:木名瀬裕さん&辻亮多さん】ゲストには見せないガイドの舞台裏
かつて北海道・釧路川でカヌーガイドをしていた木名瀬裕さんと、その門をたたいた辻亮多さん。冷たい北海道の川旅では、刻一刻と変化する状況を把握し、その人の性格・クセを把握し、失敗の許容度を個別に判断していきます。迫りくる自然の脅威も、時にはゲストに伝えるべき劇場のシーンの一コマになることも。そのために、ツアーの前には入念なフィールドリサーチをし、その川のポテンシャルを性格につかみます。自然へのあこがれだけでは続かない、ガイドの仕事の極意を聞きました。
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#052.【ゲスト:木名瀬裕さん&辻亮多さん】ガイド業は表現者。区切りのない自然の中で何を伝えるか
ガイドの表情、佇まい、空気感によって同じ自然に出かけたとしても、ゲストが受け取るものは違ってくる。かつて北海道・釧路川でガイドをしていた木名瀬裕さん(がってんさん)はそういった意味で、「ガイド業は表現者」だと言います。がってんの元で修行をした辻亮多さんは、当時の暮らしが故郷に次ぐもう一つの原風景となり、今は天塩川をフィールドに自分自身のガイドの世界を広げています。
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#051.【ゲスト:木名瀬裕さん&辻亮多さん】より自分らしい時間を過ごせるか、それがガイド業で大切なこと
かつて長く北海道・釧路川でカヌーガイドをしてきた木名瀬裕さん(通称がってんさん)と、その弟子で、今は北海道北部でガイドをする辻亮多さんの師弟にお越しいただきました。がってんさんはガイド業にとって大切なことは、仕事以外の時間にあるといいます。地域とかかわり、自然により深く入っていく。食べることすら畑を耕せばいい。ガイド業とはガイドだけで生きていくことではなく、より自分らしい時間を過ごせるかが大切だと言います。がってんさんも辻さんも、共通するのは意識をゲストに向けるということ。辻さんは自分の冒険は必要なこととしつつ、その経験はガイドへの糧として蓄えていると話します。ガイドという仕事の、普段は見えない部分を聞きました。
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