EPISODE · Sep 11, 2026 · 18 MIN
奥
from 余白の朗読室 · host tosusia
noteでも公開しています 奥 男が魔法を学び始めたとき、渡された書物はどれも同じことしか書いていなかった。火を熾す術、水を清める術、傷を癒す術。師に問うても、「これがすべてだ」としか返ってこない。 こんなものが真理であるはずがない。男はそう思った。 独りで研鑽を重ね、誰も教えなかった体系に辿り着いたのは、それから十年後のことだった。マナをより濃く、より深く。その理論を確かめようと、男は夜更けに術式を組んだ。 手の中で、マナが応えた。これまで感じたことのない密度だった。指先が痺れ、耳の奥で低い音が鳴り始める。危険だ、と頭のどこかが告げたが、もう遅かった。 光が膨らみ、視界が白く塗りつぶされる。足元の感覚が消え、次の瞬間には冷たい風が頬を打っていた。 目を開けると、見知らぬ土地だった。空の色が違う。太陽の位置がおかしい。振り返っても、術式を組んでいたはずの部屋はどこにもない。 ——戻れるのか。 心臓が早鐘を打つ。声を出そうとして、掠れた息しか出なかった。自分がどこにいるのか、なぜここにいるのか、何一つ分からないまま、男はただその場に立ち尽くした。 しばらくして、人影が近づいてきた。老いた魔法使いだった。 「また一人、来たか」 一拍置いて、老魔法使いは続けた。 「……君も”奥”へ踏み込みすぎたのだな」 その一言に、男は言葉を失った。 案内された先には、同じように消えた魔法使いたちが数人いた。彼らが操るマナは、男が十年かけて辿り着いた体系すら軽く超えていた。師と呼んでいた者たちの技が、急に浅く見えた。 男は震えた。 やはり、奥はあった。 それでも彼らは、口を揃えて言った。 「真理には、まだ遠い」 その言葉すら、男には歓喜だった。 「一人、消えた者がいる」 老いた魔法使いの一人がそう言った。もっとも優れた男だったという。ある日、痕跡ひとつ残さず、姿を消した。 「羨ましいことだ」 老魔法使いはそう呟いた。悔しさの滲む声だった。他の誰もが、同じ目をしていた。 その夜、男は眠らなかった。 より濃く。 より深く。 その先にも、まだ奥がある。
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