EPISODE · Aug 9, 2026 · 20 MIN
ぶどうの木につながり、実を結ぶ(稲葉基嗣) – ヨハネ 15:1–17
from 小山ナザレン教会 · host 小山ナザレン教会
2026年8月9日 三位一体後第10主日説教題:ぶどうの木につながり、実を結ぶ聖書: ヨハネによる福音書 15:1–17、エゼキエル書 15:1–6、詩編 133、ガラテヤの信徒への手紙 5:22–23説教者:稲葉基嗣 -----イエスさまは、「私はまことのぶどうの木」と言い、弟子たちのことをぶどうの木の枝と表現しました。イエスさまはこの時、自分と弟子たちとの関係性、そして自分と私たちとの関係性こそが大切だと伝えました。イエスさまが望んだのは、ぶどうの木と枝がつながり続けているように、親密な関係を弟子たちとの間に築き続けることです。イエスさまは、弟子たちの友となり、私たちの友となってくださいました。イエスさまはこのぶどうの木とその枝のイメージを用いて私たちに伝えています。それはぶどうの木であるイエスさまにつながっている私たちが、実を結ぶことです。友であるイエスさまとの関わりの中で、良い実が私たちの中で育まれていきます。友として共に生き、豊かな交わりを持つことを通して、イエスさまは私たちを養い、豊かな命に溢れた歩みへと招き入れてくださっているのです。イエスさまの私たちに対する友としての関わりは、ご自分の命を投げ出すほどのものでした。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」と語り、ご自分がこれから歩もうとしている道について、弟子たちにほのめかしました。自分の命を最後まで守り抜くことよりも、私たちを最後まで愛し抜くことをイエスさまは選んでくださいました。その愛を受けた私たちもまた、誰かのために自分を用いて生きるよう招かれています。ぶどうの木であるイエスさまのうちに留まり、イエスさまと共に生きていくとき、私たちはイエスさまを通して、神の愛を受けます。神の憐れみを受け、平和の思いを与えられます。そういったものが私たちのうちに実を結んでいきます。その実は、自分のためだけに結ばれるものではありません。実というものは誰かを養うため、誰かの命を生かすためにあります。私たちは誰もが違う存在ですから、それぞれが結ぶ実は様々な形をしています。神はそれを喜んで、見つめて、「互いに愛し合いなさい」と語りかけてくださいます。自分だからこそ持っている実を携えて、私たちはこの世界へと出て行きます。そんな風に、枝である私たちが実を携えて出て行くことを通して、神の愛や憐れみは、この世界へと広がっていきます。
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ぶどうの木につながり、実を結ぶ(稲葉基嗣) – ヨハネ 15:1–17
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