EPISODE · Feb 8, 2026 · 20 MIN
「出て来なさい」と主イエスは叫ぶ(稲葉基嗣) – ヨハネ 11:38–44
from 小山ナザレン教会 · host 小山ナザレン教会
2026年2月8日 公現後第5主日説教題:「出て来なさい」と主イエスは叫ぶ聖書: ヨハネによる福音書 11:38–44、創世記 8:13–19、詩編 42、ローマの信徒への手紙 6:4–11説教者:稲葉基嗣 -----「ラザロ、出て来なさい」(43節)。イエスさまが叫んだ先は、ラザロのなきがらが収められているお墓です。ラザロの姉妹であるマルタは、「もう臭います」とイエスさまに伝えます。マルタにとって、ラザロの死こそが決して覆ることのない現実でした。お墓に向かって叫ぶイエスさまの姿は、そんなマルタとは対照的でした。死の先に、復活の命がある。イエスさまはそのような確信をもち、お墓の前で神に感謝の祈りをし、ラザロの名前を呼びました。聖書が希望として証言し、教会が信じていることは、身体の復活です。私たちの常識では、死を乗り越えることは不可能です。けれども、神の愛が私たちの生涯を死に至るまで包み込み、死を迎えてもなお、神の愛と憐れみはすべての人に注がれ続けます。「出て来なさい」と呼びかけられ、私たちは復活の命を与えられる。そんな日がすべての人に訪れることをラザロの復活を通して、イエスさまは私たちに示してくださいました。また、将来の希望は、今を生きる私たちに命をもたらします。私たちの人生に、私たちの行動に、この世界を見つめる私たちの存在に、神によって与えられる命が入り込んできています。主イエスの十字架によって、神の愛を受け、罪を赦されている私たちは、主イエスにあって、死から命へと既に移されています。死から命へと移り、主イエスにある命をしっかりと掴んでほしいと、神は願っています。お互いの命を喜び、慈しみをもって見つめる。良いものを分け合い、与え合う。そのために、イエスさまは「出て来なさい」と呼びかけておられます。主イエスにあって、復活の命を手にし、その命の豊かさを分かち合うために、「出て来なさい」。これがイエスさまがきょうも、私たちに向かって叫び、呼びかけていることです。
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「出て来なさい」と主イエスは叫ぶ(稲葉基嗣) – ヨハネ 11:38–44
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