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EPISODE · Sep 17, 2026 · 21 MIN

代筆

from 余白の朗読室 · host tosusia

noteでも公開しています 代筆 最初の一通を書くのに、悠斗は三日かかった 正確に言えば、三日かかっても書けなかった 机の上には、母親が買ってきてくれた便箋が置かれていた。青い罫線が薄く引かれただけの、飾り気のない便箋だった 学校で文通相手を募集しているという話を聞いたのは、一週間ほど前のことだった。今どき文通なんて、とクラスの連中は笑っていたが、悠斗は少し興味を持った 知らない人と話すのは苦手だった けれど、手紙なら話せるかもしれないと思った 相手は同い年の女の子だった。名前は美月。隣の県に住んでいる。それ以外は何も知らない 悠斗は便箋に書いた 「はじめまして」 そこで止まった 趣味は何ですか、と書こうとした。でも、いきなり質問するのは変な気がした。自分の趣味を書くべきだろうか。ゲームと読書。そんなことを書いて、面白いと思ってもらえるだろうか 二十分ほど悩んだあと、悠斗はスマートフォンを手に取った 「文通の最初の手紙って、何を書けばいい?」 AIはすぐに答えた 簡単な自己紹介をして、なぜ文通を始めようと思ったのかを書き、最後に相手への質問を一つ添えると自然だという 「じゃあ、書いて」 少し考えてから、悠斗は付け加えた 「でも、あんまり大人っぽくしないで。中学生だから」 数秒後、文章が現れた 悠斗はそれを読んだ 自分が書こうとしていたものより、ずっとよかった 少し迷ったが、そのまま便箋に書き写した 十日ほどして、美月から返事が届いた きれいな字だった そして、文章もきれいだった 学校のこと、好きな本のこと、飼っている猫のこと。特別なことは何も書かれていないのに、読んでいると美月がどんな場所で暮らしているのか、なんとなく見えるような気がした 最後にこう書いてあった 「知らない人に手紙を書くのは少し怖かったけれど、悠斗くんの手紙を読んで、始めてよかったと思いました」 悠斗は、その一文を三回読んだ そして困った 最初の手紙より、もっといい返事を書かなければならないと思った またAIを開いた 美月から来た手紙の内容を説明した。うれしかったことも話した。猫の話が面白かったこと、自分は犬を飼ってみたいこと、紹介されていた本を図書館で借りたことも伝えた AIは、それを一通の手紙にした 悠斗は少し直して、便箋に書き写した それから手紙は続いた 月に二度ほどだった 春が来て、夏が来て、秋になった 美月は季節のことをよく書いた 「今日、帰り道で一輪だけ桜が咲いているのを見つけました。春はみんなで来るものだと思っていたけれど、少し気の早い春もいるみたいです」 そんな文章を読んで、悠斗は感心した 自分には絶対に書けないと思った 美月はきっと、本をたくさん読んでいて、頭がよくて、話していても楽しい女の子なのだろう 一方で、美月からは時々、 「悠斗くんの文章は不思議ですね。普通のことを書いているのに、読むと少し安心します」 などと書いてくる そのたびに悠斗は後ろめたくなった 自分の文章ではない そう思った でも、全部が嘘というわけでもなかった 何を書くかは自分で決めていた 美月の手紙が来なくて心配したことも、合唱コンクールで伴奏を失敗したと聞いて励ましたいと思ったことも、受験勉強がつらいという手紙を読んで自分も頑張ろうと思ったことも、本当だった ただ、それをどう書けばいいのか分からなかった だからAIに話した AIは悠斗の代わりに、それを言葉にした 三年生の冬、二人とも高校に合格した 悠斗はいつものようにAIに頼んだ 「合格おめでとうって伝えたい。僕も合格した。高校生になっても文通を続けたい。それから、今まで手紙をくれてありがとうって」 AIが文章を作った その日は塾に遅れそうだった。悠斗は急いで書き写し、封筒に入れて家を出た 三日後、ふと思い出して、AIが作った文章を読み返した 最後の部分を見て、悠斗の手が止まった 「高校生になる前に、一度お会いしませんか」 「え?」 そんなことは頼んでいない 悠斗は画面を見つめた 取り消せるはずもなかった 手紙はとっくに届いている 一週間後、美月から返事が来た 封筒を開けるのが怖かった 断ってくれ 悠斗は初めて、返事が来たことを喜べなかった 便箋を開いた 「私も、会ってみたいと思っていました」 悠斗はベッドに倒れ込んだ 「どうしよう」 AIに相談した 「会ったら絶対にがっかりされる」 何にがっかりされると思うのか、とAIは尋ねた 「僕は手紙みたいに話せない。気の利いたことなんて言えないし、たぶんずっと黙ってる。そもそも、あの手紙を書いたのは僕じゃない」 少しして、AIが答えた 「手紙の文章を作成したのは私です。しかし、そこに書かれていた出来事や感情は、あなたが私に伝えたものです」 「でも、騙してたことになるだろ」 「その点については、正直に話して謝るべきだと思います」 悠斗はしばらく画面を見ていた 「怒るかな」 「分かりません」 珍しく、AIは役に立たない返事をした 続けて文章が表示された 「ただし、文章を代筆してもらったことと、気持ちまで偽物だったことは同じではありません。その二つを混同しないでください」 悠斗は読み返した 「確かに文章は私が書きました。しかし、美月さんから手紙が届いて喜んだのはあなたです。返事が遅くて心配したのも、受験を応援したいと思ったのも、会うことを怖いと思っているのも、あなたです」 「では、何て言えばいい?」 しばらくして返事が来た 「それは、あなた自身で考えたほうがいいと思います」 待ち合わせは駅前の小さな公園になった 三月の終わりだった 悠斗は約束の二十分前に着いた 何度も頭の中で練習した ごめんなさい 実は、今までの手紙はAIに書いてもらっていました でも、書いてあったことは全部本当です いや、違う そんな言い方では言い訳みたいだ スマートフォンを取り出した AIに相談しようとして、やめた 今日はもう、頼らないと決めていた 十分ほどして、一人の女の子が公園に入ってきた 悠斗と目が合った 女の子が少し頭を下げた 「悠斗くん?」 「うん。美月さん?」 「はい」 想像していたのとは少し違った 美月は手紙のように堂々としていなかった むしろ、ひどく緊張しているように見えた 二人は向かい合った 沈黙した 悠斗の頭の中から、さっきまで練習していた言葉が全部消えた もう言うしかない 「あの」 「あの」 また重なった 美月が黙った 悠斗は息を吸った 「ごめんなさい」 「ごめんなさい」 二人とも固まった 「え?」 「え?」 今度も重なった 美月が目を丸くしている 「どうして悠斗くんが謝るの?」 「いや、その……美月さんこそ」 美月はうつむいた そして、小さな声で言った 「私、謝らないといけないことがあって」 「僕も」 「手紙のこと」 悠斗の心臓が跳ねた 美月は鞄の持ち手を両手で握った 「私、文章を書くのが苦手で」 「え?」 「最初の手紙から、ずっとAIに書いてもらってたの」 悠斗は何も言えなかった 「桜の話とかも?」 「桜を見つけたのは本当。でも、気の早い春とか、ああいうのは……」 美月の顔が赤くなった 「AI」 悠斗は吹き出した 笑うつもりはなかった でも、止まらなかった 「何?」 「いや、ごめん。違うんだ」 美月が不安そうな顔をした 「僕も」 「え?」 「僕も全部、AIに書いてもらってた」 今度は美月が黙った 数秒して、美月が笑った 二人で笑った 悠斗は、こんなに安心したことはなかった 「じゃあ……」 美月が言った 「あの手紙、全部?」 「全部」 「最初から?」 「最初から」 「私も」 また二人で笑った それから二人は駅前の喫茶店に入った 「何飲む?」 「何でもいい」 「僕も」 「それじゃ決まらないね」 「うん」 沈黙した 手紙なら、こんなことはなかった 「あの」 「うん」 「猫、元気?」 「元気。あ、それは本当だよ」 「分かってるよ」 「犬飼いたいっていうのは?」 「それも本当」 「よかった」 また沈黙した でも、不思議と嫌ではなかった 「手紙のほうが楽だったね」 悠斗が言った 「うん」 美月は笑った 「でも、こっちのほうが早い」 「何が?」 「返事」 「ああ」 悠斗も笑った その日の会話には、気の利いた言葉が一つもなかった それでも二人は、夕方になるまで帰らなかった

Episode metadata supplied by the publisher feed · Published Sep 17, 2026

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