EPISODE · Jun 29, 2026 · 18 MIN
諦観
from 余白の朗読室 · host tosusia
noteでも公開しています 諦観 その日も彼女はやってきた。 人というのは面白い生き物で、集団の中にいながら一人でいる者がいる。彼女がそうだった。いつも一人でやってきて、いつも同じ場所に立っていた。猿山をぼんやり眺めている人間というのは、たいてい、どこかで周囲とうまくやれていない。長い経験から、僕にはわかっていた。賑やかな場所にいるのに、そこにいない人間の顔だった。 僕もずいぶん長い間、こうしてぼんやりと眺めてきた。だからわかる。あれは、僕と同じ種類の孤独だった。 ほとんどの人間は僕を見ない。正確には、見ているが見ていない。彼らが見ているのは概念であって、僕ではない。騒げば笑い、動かなければ退屈そうに背を向ける。僕が何を考えているかなど、思いもよらないことだろう。それは仕方のないことだと、とうの昔に思うことをやめた。 仲間たちの中でも同じだった。 僕がどれだけ違う目でものを見ていても、それを伝える術がなかった。近づけば怯えられ、何かしようとすれば避けられた。仲間たちはすぐに騒ぎ、じゃれ合い、そしてすぐに飽きた。それが僕には、ずっと不思議だった。仲間たちの世界は単純で、僕の内側にあるものは、その単純さの中に収まらなかった。だから僕は黙って、いつもの場所に座っていることを覚えた。 彼女が初めて来たのは、木々が色づき始めた頃だった。 最初は気にとめなかった。しかし彼女は翌日も来た。その次の日も。いつも同じ場所に立ち、同じようにぼんやりとこちらを見ていた。 僕は彼女を観察するようになった。 彼女の目は、他の人間とは違った。何かを求めているわけでも、楽しもうとしているわけでもなかった。ただそこにあるものを、そのまま見ていた。僕がじっとしていても、彼女は見続けた。周囲から少し離れた場所にいる僕を、ずっと。 ある日、僕は彼女を見た。 意識して、見た。 彼女はその視線に気づいた。ほんの少し、体が固まった。それから、かすかに目を細めた。笑ったのかもしれなかった。僕には確かめる術がなかった。 それからも彼女は来た。僕たちはただ、見つめ合った。言葉はなかった。近づくこともなかった。それでも、彼女がこちらに目を向ける瞬間、僕の中で何かが静かに動いた。それが何なのか、僕には名前がわからなかった。ただ、彼女が来る日と来ない日では、何かが違った。 しかしある日、彼女は来なかった。次の日も。季節が変わり、木々が葉を落とした頃、彼女の姿は消えていた。理由はわからなかった。人の事情は、僕には届かない。 僕はいつもの場所に戻った。 それきりだった。所詮、柵の外と中では、交わることなどないのだから。
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