EPISODE · May 21, 2024 · 8 MIN
多様性とは、必要以上に“深入り”しない事… from Radiotalk
from まもまもの雑談ラジオ · host 栗東少年まもまも
特に、社会に変革を求めるなら、自分の“思惑通り”に事が進まず、却って排斥されるのがオチだと認識する事が大事です。何故なら、自分自身が世間や相手を見下し、愚弄してる以上、世間一般的には“お前が邪魔やねん”って事です。要はヲタクをキモいだの社会悪だのと言って罵るポリコレやツイフェミは、ヲタク界隈のみならず、他のマイノリティからも忌み嫌われ、犯罪に手を染めた輩と“同類”として見做されてる事に、当事者自身が気付いてないのです…どこまでも“社会的被害者”という立場で依存したいからです。 仏法における“五重相対”って概念も、その至極は臨機応変に対応適合していく事であって、単なる正邪判別の指標という訳ではありません。どこまでいっても比較対象の明確化と選択肢の範囲を絞る目安として用いるのであって、問題を他方に丸投げして逃げるか、一切を自身に抱え込むかでも、その“結果”は変わる訳であり、真の意味での“正解”は、どこにも存在しません…あくまでそれは、個々の判断に委ねられ、民主主義である以上は“多数決”で責任を分散させて支え合う社会を築こうってのが本筋です。これが絶対王政や独裁政治であれば、最高責任者一人の“決断”によって社会や領土等の命運が決まってしまう訳で、トップダウンの命令に歯向かうには、分相応の結果を突き付けなければいけません。どっちにしても、救済すべき存在が何なのか?そこの判断は個々の自由であるなら、そこで生じた結末に対する責任も、その選択を行なった者“全員”が、各々に受ける“義務”が生じるのです。
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