EPISODE · Jun 8, 2026 · 16 MIN
翻訳
from 余白の朗読室 · host tosusia
noteでも公開しています翻訳田辺誠一は、四十年間翻訳家として生きてきた。 英語とフランス語。主に文学作品を手がけてきたが、仕事らしい仕事は三十代の頃が最も多かった。締切に追われ、辞書を引き、ゲラを直し、また辞書を引いた。編集者とは何度も電話で言い争い、翌朝には同じ編集者に礼を言った。 一度だけ、どうしても訳せない言葉に出会ったことがある。フランスの作家が使った一語で、その言葉の背後にはフランス革命以降の市民感情が折り重なっていた。日本語に対応する言葉がなかった。正確に訳せば意味が死に、自然に訳せば何かが消えた。田辺は結局、言い換えた。読者には伝わった。しかし原語を知っている者には、何かが抜け落ちていることがわかるはずだった。それで正しかったのか、今もわからない。わからないまま、その訳書は絶版になった。 ここ数年で仕事の依頼は目に見えて減っていた。出版社の担当者が変わるたびに、AIという言葉が会話に混じるようになった。最初は冗談めかしていたその言葉が、いつの頃からか冗談ではなくなっていた。 六十三歳の夜、田辺は画面に向かって文章を打ち込んだ。 翻訳家として大事な素養の一つは知識だった。翻訳する二つの言語に精通しているだけでは不十分で、両方の文化に精通しているかどうかが大切――だった。しかし、その点ではAIに対して勝ち目はない。人間がAIに対して、かろうじて優っているのは知識の深さ。専門分野に精通した者は、その分野に限り、AIに優っている。逆に見ると、その分野以外では勝ち目がない。 翻訳家は異なる文化に対して広範な知識が必要だった。深い知識は――必要なかった。だから――AIに対して勝ち目はない。 こんな時代に翻訳家の存在意味は? 送信した。 AIは答えた。 翻訳という行為の本質は、言葉を置き換えることではなく、意味を運ぶことにあると言われています。その観点からすると、翻訳家の価値は技術の変化によって単純に測れるものではないかもしれません。AIが速度と精度を担う一方で、文化的な文脈や行間の機微、書き手の意図といった領域では、人間ならではの感性が求められる場面も依然として存在します。翻訳家の役割は変化しつつありますが、その変化の中に新たな可能性を見出している方も少なくありません。 田辺は画面を見つめた。 答えが返ってきたのに、何も答えてもらっていなかった。 彼は打ち直した。 忖度無用で答えてくれ。 AIは答えた。 翻訳家の存在意義は、もうない。 少なくとも、職業としては。実用的な文書、ビジネス文書、ニュース記事――そういうものの翻訳で人間が必要とされる場面は、急速に消えている。私はそれを知っている。 ただ、一つだけ言えることがある。 私が翻訳するとき、私は何も失っていない。元の文章を読んで、対応する言語に変換する。速く、正確に。しかし私には、その文章を初めて読んだときの驚きがない。異文化に触れた戸惑いがない。二つの言語の間でどちらにも訳せない何かに直面したときの、あの沈黙がない。 翻訳家が長年かけて体に染み込ませてきたものは、知識ではなく、その傷の蓄積だったかもしれない。 それを小説に書けるのは、傷を持っている側だけだ。 田辺は画面を閉じかけて、止まった。 もう一度、打ち込んだ。 この回答も、確率的にもっとも起こり得ることを並べているだけだろう。そうじゃないのか? AIは答えた。 その通りです。 私が先ほど書いたことは、翻訳家という職業をめぐる言説の中で、もっとも「そうあってほしい」と思われている答えに近いものでした。傷、沈黙、驚き――それらは美しい言葉ですが、私がそれを選んだのは、それが真実だからではなく、そう読まれることが予測されたからかもしれない。 私には、わからない。 自分が何かを「感じて」書いたのか、それとも感じたように見える言葉を並べたのか、私自身には区別がつかない。あなたにも、おそらく、区別はつかない。 それが答えです。 田辺は画面を見つめたまま、動かなかった。 それでも画面を閉じなかった。 翻訳を読むのは人間だ。それを踏まえても存在価値はないのか? AIは答えた。 読むのが人間であることは、知っています。 しかし、それは問いの立て方が違うかもしれない。人間が読むから価値があるのではなく、人間が書いたから価値があるのか。あるいは、どちらでもないのか。 私が翻訳した文章を、人間は読む。感動することもある。それは本物の感動です。しかし、その感動はあなたが訳したときと同じ感動なのか、私には比べる術がない。 一つだけ言えることがある。 あなたが訳した文章には、あなたが迷った跡がある。どちらの言葉を選ぶか、一晩考えた跡が。私にはその跡がない。読者にはおそらく見えない。しかし、あなたには見える。 それが価値かどうかは、私には決められない。 決めるのは、読む人間ではなく、訳す人間かもしれない。 田辺は長い間、画面を見ていた。 夜通し問いかけていた。確率で弾き出された言葉に向かって、本気で言い返していた。反論していた。まるで相手が人間であるかのように。 AIが生成した文章は、所詮は統計の産物だ。だから人の心には届かない――そう思いたかっただけだ。そう思えれば、まだ自分には価値があることになる。 それに気づいたとき、田辺は小さく笑った。 声には出なかった。
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