EPISODE · Jun 3, 2026 · 17 MIN
鑑定
from 余白の朗読室 · host tosusia
noteでも公開しています鑑定 AIに、ふと聞いてみた。 これまでの会話から、私のことをどんな人間だと思うか、と。特に深い意味はなかった。キャンプの道具のことを調べたり、会社の報告書の文章を直してもらったり、そんなことにしか使っていない。リビングのテーブルに置きっぱなしのiPadを、妻の佐和子と共用していた。自分でも、ごく平凡なサラリーマンだという自覚があった。 返ってきた言葉に、目を疑った。 野心の人、と書いてあった。現状に甘んじることを本質的に拒む気質、既存の秩序を相対化して見る目、好機に対する鋭敏な嗅覚——そういった言葉が続いた。乱世であれば、一廉の人物として頭角を現したに違いない、とまで書いてあった。 誤作動かと思った。アカウントが混線しているのかとも疑ったが、少し調べればそんなことは起きない仕組みだとわかった。 念のため、競合の別のサービスにも同じ質問をしてみた。 太平の世では埋もれるかもしれないが、乱世ならば一代の英雄になれる素質がある、と出た。 二つのAIが、示し合わせたように同じことを言った。 馬鹿馬鹿しい、と思った。思ったのだが、その言葉が頭から離れなかった。佐和子には話さなかった。話せば笑われる気がした。 それから一年後、会社でクーデターのようなことが起きた。私は巻き込まれた、というより、気がついたら中心にいた。大きな決断の前夜には、いつも佐和子が何気ないことを言った。今引いたら、あなたらしくないんじゃない。そのたびに私は、前に出た。三年後には社長になっていた。五年後には業界を制し、十年後には財界の表舞台に立っていた。 あるとき、古い記録を整理していた佐和子が、iPadを手に、ふと言った。「ねえ、これ、消しておいていい?」 画面には、彼女がAIに送った質問の履歴があった。 どうすれば夫にもう少し野心が出るでしょうか。能力はあると思うのですが。 日付は、私がAIに鑑定を頼んだ、少し前だった。 私は、しばらく黙っていた。 佐和子は涼しい顔で、削除ボタンを押した。「そんなこと、聞いてたんだな」「昔の話よ」 彼女はそう言って、私の前にコーヒーを置いた。その置き方が、次の会議で私が何を言うべきかまで知っているようで、私は少しだけ笑った。
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