見たい夢|DreamSync
from 余白の朗読室 Hosted by tosusia
noteでも公開しています 見たい夢|DreamSync 中村は、ファンタジーの世界の勇者になりたかった。 ドリームシンク(DreamSync)という装置がある。見たい夢に近い映像を見て、その時の脳波を測定し、寝ている間に同じ波形を頭に送り込む。見たい夢の続きが見られる、という触れ込みだった。 中村は剣と魔法の映画を見返し、装置を装着して眠りについた。 夢の中で、中村は町の広場に立っていた。鎧をまとい、腰には剣。旅の準備は整っている。仲間たちが「さあ、出発だ」と声をかけてくる。中村は頷き、町の門に向かって歩き出した。 ——はずだった。 気づくと、中村は地下鉄の改札に向かっていた。定期券を取り出そうとしている。仲間たちが困惑した顔で立ち尽くしている後ろで、電光掲示板が「まもなく発車」と告げていた。 目が覚めた中村は、しばらく天井を見つめていた。 翌日、中村はもっと没入感のある映画を選んで、再挑戦した。今度こそ、と気合を入れて眠りについた。 夢の中で、中村は洞窟の奥に眠る宝箱を開けた。黄金がざくざくとこぼれ落ちる。仲間たちが歓声を上げる。中村は思わず呟いた。 「これで、住宅ローンが返せる」 仲間の一人が「何の話だ」と聞き返してきたところで、目が覚めた。 三日目、中村はドラゴンと対峙していた。炎を吐かれ、地面に叩きつけられる。意識が朦朧とする中、頭に浮かんだのは次の言葉だった。 「保険、入ってたっけ」 そこで目が覚めた。中村は布団の中で、しばらく動けなかった。 「現実が混ざるのは、現実の生活があるからだ」 中村はそう結論づけた。会社に一月の休職を願い出た。理由は説明しづらかったので、体調不良ということにした。 休職した中村は、来る日も来る日も、剣と魔法の映画やアニメを見続けた。朝から晩まで、ファンタジーの世界だけを頭に入れ続けた。 効果は、少しずつ表れた。 四日目の夢では、地下鉄の駅は出てこなかった。ただ、宝箱を開けた瞬間に「確定申告、そろそろだったな」という考えが一瞬よぎっただけだった。 十日目の夢では、住宅ローンの話は出なかった。ただ、ドラゴンに襲われながら、保険のことを一瞬だけ考えた。 二十日目には、現実の言葉は、ほとんど顔を出さなくなっていた。中村は手応えを感じていた。 そして、休職も終わりに近づいたある夜。中村は、これまでで一番気合を入れて映画を見直し、装置を装着した。 夢の中で、中村は町の広場に立っていた。鎧をまとい、腰には剣。仲間たちが「さあ、出発だ」と声をかけてくる。 中村は、迷わず町の門へと歩き出した。 洞窟を抜け、竜の谷を越え、魔物の群れと戦いながら、中村たちは旅を続けた。地下鉄も、ローンも、保険も、一度も頭をよぎらなかった。完璧だった。ようやく、本物のファンタジーの夢を、最後まで見ることができた。 旅の終わり、仲間たちが焚き火を囲んでいた。 「なあ、これ……次の宿場町まで干し肉がもたないんじゃないか」 「水袋も半分だ。川を見つけなきゃ、明日の昼には空になる」 「馬の飼葉も残り少ない。こいつらまで腹を空かせたら、谷は越えられないぞ」 「それより、鍛冶屋に預けた鎧の修繕代だ。銀貨三十枚、まだ払ってない」 「薬師の傷薬もツケのままだ。次に町へ戻ったら、まず間違いなく捕まる」 「……つまり」 「銀貨がない」 最後は中村が受けた。中村は、焚き火の炎を見つめながら、静かに天を仰いだ。 「——冒険の軍資金が、足りない」 そこで、目が覚めた。 中村はしばらく天井を見つめたあと、深いため息をついた。休職期間はあと三日で終わる。 中村は布団から起き上がり、家計簿のアプリを開いた。
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