EPISODE · Jun 3, 2026 · 17 MIN
緊急連絡先
from 余白の朗読室 · host tosusia
noteでも公開しています緊急連絡先echoからの通知が届いたのは、葬儀の翌日だった。echoというサービスは知っていた。SNSや写真から日記を作り、利用者に予期せぬことがあると、登録された緊急連絡先に通知が届く。なぜ自分が緊急連絡先なのか、わからなかった。そこまで親しくなれたとは、思っていなかった。少なくとも、男はそう思っていた。最初に近づいたのは、こちらからだった。夫を亡くして、まとまった財産があるらしいと聞いていた。いつものやり方で、いつものように近づいた。優しくして、信頼させて、少しずつ金を引き出す。何度もやってきたことだった。ところが、うまくいかなかった。ある夜、男は酔って、昔のことを話した。荷物をまとめるたび、次の家に移されたこと。大人の優しさには必ず値段がついていると、いつの頃からか思っていたこと。話すつもりはなかった。気がついたら話していた。彼女は黙って聞いていた。それから静かに、自分の話をした。似たような子供時代だったと言った。それでも、と彼女は言った。人を信じることをやめなかったと。やめたら、もっと大切なものを失う気がしたから、と。その夜から、何かが狂い始めた。金を引き出そうとした日があった。いつも通りのはずだった。ところが、彼女の顔を見ていると、踏み切れなかった。全部わかっているような目だった。それなのに彼女は、いくらか必要なら出すと言った。その顔を見ていたら、口が動かなかった。結局、その日は何もしなかった。後日、何とかなったので大丈夫だと連絡した。ただ、もしうまくいかなかったときはお願いするかもしれないと付け加えた。自分でも、なぜそう言ったのかわからなかった。より大きな金を得るために、信頼を積んでいるのだと、自分に言い聞かせた。そう思うことにした。もうやめようと思ったのは、彼女が入院してからだった。少なくとも、その夜はそう思っていた。騙されたことに気づかれないまま逝ってくれた。そう思うことで、どうにか自分を保っていた。夜、echoを開いた。最初の投稿は二年前だった。出会った頃だ。読みやすい文体だった。穏やかで、どこか楽しそうだった。自分の名前が出てきた。初めて会った日の投稿だった。(感じのいい人だった。でも、目が笑っていなかった)手が止まった。続きを読んだ。数週間後の投稿に、こう書いてあった。(調べてみた。やっぱりそうだった。でも、会うのをやめようとは思わなかった)ページが進むにつれて、彼女が何をしていたかがわかってきた。(あの人の話を聞いて、昔の自分を思い出した。私も同じだった)(本当の顔が、少しずつ見えてきた気がする)(焦らなくていい。時間はある)(今日、あの人がお金はいらないと言った。あの人が少し驚いた顔をしていた。よかった)(こらえた。泣いたら、全部バレてしまう)最後の投稿は、入院する前日だった。(もう時間がないかもしれない。でも、悔いはない。あの人はきっと大丈夫だ)声が出なかった。床に額をつけた。どのくらいそうしていたか、わからなかった。泣いても、もう届かなかった。
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