EPISODE · Jun 2, 2026 · 14 MIN
連絡先
from 余白の朗読室 · host tosusia
noteでも公開しています連絡先メールに気づいたのは、昼休みのことだった。差出人はechoというサービスで、件名には「登録されている緊急連絡先への通知」とあった。名前を見て、少し考えた。同棲していたわけでもない。ちょっと付き合って、いつの間にか会わなくなった。そういう相手だった。なぜ自分が緊急連絡先なのか、見当もつかなかった。echoというサービスは聞いたことがあった。SNSや写真から自動で日記を作っていく仕組みで、利用者に予期せぬことがあった場合、登録された連絡先に通知が届くらしい。妻には言わなかった。アクセスするかどうか、昼休みが終わっても決められなかった。共通の友人から、数年前に近況を聞いたことがあった。当時よく一緒に遊んでいた仲間で、今も集まっているらしかった。この間みんなで旅行に行ったよ、と友人は楽しそうに言った。写真を見せてもらった。彼女はよく笑っていた。そういう子だったと、そのときも思った。夜、妻が先に眠ってから、開いた。最初の投稿は五年前だった。まだ付き合っていた頃だ。近所の公園の写真。特に何でもない景色だった。短い文章が添えてある。読みやすく、明るい文体だった。そういう子だったと思い出した。なぜか、ずっと記憶に残っている相手だった。忘れようとして、忘れられたと思っていた。投稿は続いていた。別れた後も、続いていた。自然消滅だと思っていた。お互いそういう感じだったと思っていた。連絡が減って、会わなくなって、それだけのことだと。投稿の中に、自分の名前が出てきた。別れてから半年後の投稿だった。どこかの喫茶店の写真と、短い文章。(あの人が好きだったブレンドを頼んだら、やっぱり苦かった)次のページに進めなかった。しばらくして、続きを読んだ。名前が出てくるたびに、手が止まった。出てくる回数は、少しずつ減っていった。それでも、完全にはなくならなかった。そして、三年前の投稿に、見覚えのある名前が出てきた。妻の旧姓だった。(今日、村瀬さんから連絡があった)(偶然知り合って、仲良くなった人だった)(話しているうちに、彼の名前が出た)(そこからしばらく、ふたりで笑いながら話した)(楽しかった)(でも途中から、彼女の話し方が少し変わった)(気づかれたと思った)(たぶん、全部)(それからは、当たり障りのない話が続いた)(帰り際になって、彼女は言った)(結婚するつもりです、と)(お幸せに、と言った)(そう言えた自分を、少し褒めてあげたい)手が止まった。最後に名前が出てきたのは、その翌年だった。(もう引きずるのはやめようと思う)(何度目かわからないけど)最後の投稿は先月だった。晴れた日の空の写真。キャプションはなかった。画面を閉じた。隣の部屋から、妻の寝息が聞こえた。幸せそうに眠っていた。
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