連絡先
from 余白の朗読室 Hosted by tosusia
noteでも公開しています 連絡先 メールに気づいたのは、昼休みのことだった。 差出人はechoというサービスで、件名には「登録されている緊急連絡先への通知」とあった。 名前を見て、少し考えた。 同棲していたわけでもない。 ちょっと付き合って、いつの間にか会わなくなった。 そういう相手だった。 なぜ自分が緊急連絡先なのか、見当もつかなかった。 echoというサービスは聞いたことがあった。 SNSや写真から自動で日記を作っていく仕組みで、利用者に予期せぬことがあった場合、登録された連絡先に通知が届くらしい。 妻には言わなかった。 アクセスするかどうか、昼休みが終わっても決められなかった。 共通の友人から、数年前に近況を聞いたことがあった。 当時よく一緒に遊んでいた仲間で、今も集まっているらしかった。 この間みんなで旅行に行ったよ、と友人は楽しそうに言った。 写真を見せてもらった。 彼女はよく笑っていた。 そういう子だったと、そのときも思った。 夜、妻が先に眠ってから、開いた。 最初の投稿は五年前だった。 まだ付き合っていた頃だ。 近所の公園の写真。 特に何でもない景色だった。 短い文章が添えてある。 読みやすく、明るい文体だった。 そういう子だったと思い出した。 なぜか、ずっと記憶に残っている相手だった。 忘れようとして、忘れられたと思っていた。 投稿は続いていた。 別れた後も、続いていた。 自然消滅だと思っていた。 お互いそういう感じだったと思っていた。 連絡が減って、会わなくなって、それだけのことだと。 投稿の中に、自分の名前が出てきた。 別れてから半年後の投稿だった。 どこかの喫茶店の写真と、短い文章。 (あの人が好きだったブレンドを頼んだら、やっぱり苦かった) 次のページに進めなかった。 しばらくして、続きを読んだ。 名前が出てくるたびに、手が止まった。 出てくる回数は、少しずつ減っていった。 それでも、完全にはなくならなかった。 そして、三年前の投稿に、見覚えのある名前が出てきた。 妻の旧姓だった。 (今日、村瀬さんから連絡があった) (偶然知り合って、仲良くなった人だった) (話しているうちに、彼の名前が出た) (そこからしばらく、ふたりで笑いながら話した) (楽しかった) (でも途中から、彼女の話し方が少し変わった) (気づかれたと思った) (たぶん、全部) (それからは、当たり障りのない話が続いた) (帰り際になって、彼女は言った) (結婚するつもりです、と) (お幸せに、と言った) (そう言えた自分を、少し褒めてあげたい) 手が止まった。 最後に名前が出てきたのは、その翌年だった。 (もう引きずるのはやめようと思う) (何度目かわからないけど) 最後の投稿は先月だった。 晴れた日の空の写真。 キャプションはなかった。 画面を閉じた。 隣の部屋から、妻の寝息が聞こえた。 幸せそうに眠っていた。
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