マタイ福音書18章15-20節「被造物を兄弟姉妹として」 episode artwork

EPISODE · Sep 6, 2026 · 19 MIN

マタイ福音書18章15-20節「被造物を兄弟姉妹として」

from 英隆一朗神父の福音お休み処

マタイ福音書18章15-20節「被造物を兄弟姉妹として」2026年9月6日年間第23主日ミサ長府カトリック教会 今日の福音書朗読とお説教の聞きどころ マタイ18章は、問題が起きたときには対話を重ね、心を一つにして祈るよう教えています。聖フランシスコが太陽や月、水や火を兄弟姉妹と呼んだように、動物や植物も共に生きる仲間です。私たちは自然から多くの慰めと力を受けています。災害や獣害を目先の対処だけで終わらせず、自然の訴えに耳を傾け、自分の体を整えることから、被造物と調和して生きる小さな一歩を始めたいと思います。 福音朗読 マタイ福音書18章15-20節  〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕15「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。 16聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。17それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。 18はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。 19また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。20二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」 被造物を兄弟姉妹として 今日の福音書は、マタイの18章、教会生活をどう送るかということについてのこの指針が、18章全体について実は書かれていてですね、聖書の言葉、イエス様の言葉は、やはり人間相手にしてですね、当然様々なことを私たちに諭してわけですね。 特に今回は、前半はこの兄弟の中で、いわゆるトラブルメーカーがいた場合ですね、問題を起こした人がいたらどうすればいいかということなんですけど、これもなかなか考えさせられる点ではあります。でも今日の後半は、願い事をする時には、この二人が地上で心を一つにして求めるならば叶えてくださると。どちらかというとこの人間関係のいい方ですよね。心を。二人の人が心を一つに合わせるならば、神様はその願いを聞き入れてくださるというですね。前半と後半とわりと対照的な2つのことが語られています。 今日は、あの被造物を大切にするミサということなので、これをですね、私たちのこの自然に対してエコロジーをどう生きていくかということで少しお話をしたいと思うのですが、なかなかラウダートシというですね、エコロジーに関する教皇様の回勅が出てから既にもう10年、ちょうど10年ぐらい経つんですけど、なかなかこの心構えにしても実践にしてもなかなか進まない。 その進まないうちに、逆に自然破壊というか、自然の異常気象や災害がどんどんどんどん頻発するようになってきて、危機的な状況が非常に逼迫しているような形になってきたわけですよね。そんな中で、私もあれこれ考えたり、本を読んだりいろいろするのですが、なかなかピンとくる点が見つからなかったんですが、今年がですね、フランシスコ年と言ってですね、アシジのフランシスコが亡くなって800周年記念ということで、今年は全世界的にフランシスコ年をお祝いしている年に当たってですね、その関係でアシジのフランシスコの伝記とか本を読んだり、いろいろ、あるいは彼のお祈りを祈ったりしていて、ご存知の方も多いと思いますが、晩年に作った「太陽の賛歌」というですね、有名なお祈りがあって、あれもしばしば個人的に唱えて唱えているんですけど、でもあれが非常に心に響くようになってきて、何か自然と自分との関わりを見つめ直す、何かきっかけが与えられたような気がします。 ご存じの方もおられると思うんですけれど、太陽を兄弟と呼んでですね、月を姉妹と呼ぶところから、そして神を賛美する、いわゆるブラザーサン、シスタームーンという形なんですよね。それから僕も確かに太陽を称えるって結局朝なんですよね。だから朝日が残った太陽に、僕も兄弟の太陽として神様を賛美して、シスタームーンと言ったら、やっぱり夜なんですよね。だからやっぱり外に出てですね、その月を見ながら、見えない日もちょっと割と今晩も見えないかもしれない。見えない。見える時は、その姉妹である月を通して神様を賛美するような、そういうお祈りをしてですね。そのあと続いて出るのは、火を兄弟と言うんですよね。それから水をシスター、姉妹と呼んで、そして風ですね、風を兄弟と、そして神を称えるということで、ちょっと風はちょっと難しいけど、一応水と火は最大の肝ですね。だからすべての物を兄弟や姉妹って呼んで、その兄弟姉妹の関係で神を称えるというのは、これは何か私は日本人として非常にピンと来るんじゃないかなという気がしますよね。単になんか自然を物のように扱うのではなくて、兄弟としてしまいとして受け取っていくと。なんかそういうところから何か自然を大切にする。そういう心が少しずつ私たちの中でも蘇ってくるんじゃないかなと思います。 もしかしたら皆さんの中でも、そういう様々な自然を通して癒されたり助けられたり、それはやっぱり自然が私たちにとって兄弟であったり、姉妹であったりから、助けられたり、ホッとしたり、森林浴とか自然に触れることで心が癒される体験ということもあるのではないかと思います。 10年、20年ぐらい前かな、大阪の釜ヶ崎というところで働いている時に、識字学級といってですね、あの、字を勉強する学校を開いていたんですけども、日本人ってみんなしきりに識字率が100って思ってるかもしれないですけど、実は字を書けない人はいる。日本の中でもですね、実際いるんですよね。だからそれで大人のための勉強会を開いたりしてたんですが。もちろん単に字を勉強するだけじゃなしに、自分の人生の振り返りみたいなですね、ことをやってて、その時に大体もう中年から初老の男性ばかりですよね。その中でなぜかその時のテーマが花について。この花ですよね。フラワーですけど、この花について分かち合いしましょうってことになったんですよね。そしたらみんな男でしょう。花とか言ったら、ゲーって感じで、女の人はお花を愛でる人が多いでしょうけど、男の人ってあんまり、少ない、少数派なんですよ。花も大事ですが、普通は別に全然興味がないっていう感じで。そこに集まった男性もみんなむさくるしい連中ですからね。花とか言うたらなんやねんそれみたいな感じで、割と。でもなんか流れでそのそのようなことを振り返ることになったんですよね。だから一人のそこにいた人でホームレスだったけどホームレスから立ち上なおってですね、生活保護をもらって暮らしだした人なんですけど。彼は中卒で神戸の工場で働いてたと。どういう工場がきかなかったけど、ケミカルシューズか紡績か造船か何かでしょうけど、中卒ですぐ働きだして、今の年齢でいったら高1か高2ぐらいですよね。もうとにかく仕事がきつくてきつくて、仕事がハードだし、もう先輩からものすごく言われてですね、めちゃめちゃ辛かったというんですよね。で、彼はその工場の隣が空き地というか原っぱだったから、この昼休みは広場に行っていつも泣いてたんです。空き地に行っていつも泣いてた。あまりに辛いから、毎日毎日泣いてたっていうんですよね。で、なかなか仕事が苦しくてですね、まだ子供ですよね。少年ですから。すごい辛くてですね。その時ちょうどこれがまた今。今からもうちょっと後かな。季節なんですけど。その空き地に彼岸花が咲いてたっていうんですよね。ちょうどその時にそれでその空き地に出て。本当にもう泣いてた時に。その彼岸花がいつも自分に頑張れ頑張れって励ましてくれたって言うんですよね。そのことを突然思い出して、その彼岸花にすごく励まされて、それで仕事を辞めずになんとか続けられたっていうことを彼にすれば。だから40年とかぐらい前の話でしょうけど。 だからやっぱり彼はクリスチャンでもなんでもないですけど、普通の日本人ですが、やっぱりその花、彼岸花に励まされたっていうか。それはやっぱり花がやっぱり姉妹であり兄弟であるからこそ励まされてたということですよね。それを思い出して、彼は何かちょっと生きる力を。 結局彼はその後神戸の震災でホームレスになって、あの時たくさんの人が失業したので、特に男性がですね、失業して、それで釜ヶ崎流れ着いて、僕がいたのが1990年代の後半だから、最後の僕が出会った最後のホームレスの人たちは、神戸の震災でホームレスになった人たちが流れ込んできた時期に、いたからそうだったんですけど、彼も中卒だけだから漢字が書けない。中卒という人はだいたい漢字が書けないんですよ。読めない書けないがだいたい普通なので、それでちょっと一緒に勉強とかやっていたわけですけど。 やっぱり何か私たちはこの植物や動物とかペットを飼ってる人たちはもう本当にそうだと思いますけども、どれだけペットに助けられている人が多いか。だから後半のあなた方のうち二人が地上に心を一つにして二人がというのは人間だけじゃないと思います。自分と動物と植物、自分と何か心の触れ合う者と心を一つにして願うならば、やっぱり主が力や励ましを与えてくださる何か。 それを私たちがしっかり心に刻むならば、私たちが自然に対する生き方とかですね、それが変わってくるのではないかというふうに思います。前半のこともちょっと一言だけ言うと、さっき言ったトラブルメーカーが何かあった時にどうしようって書いてあるかと言ったら、ちゃんと話し合えって書いてある。簡単に言えば、問題起きた人がいたら。ちゃんと話し合ってどうしていくか、それをちゃんと見つけなさいということをプロセスをしていっているわけなんですが、ここもなかなか考えさせる人間もものすごくこれは考えさせられることではあるんですが、もしかしたら動物や植物も私たちの兄弟であるんです。あるから、兄弟があなたに対して罪を犯したら。だからこれは今クマが現れてきて、人間に襲ったり、いろいろしている。そのようなこともここに当てはめて考えた時に、それを本当に受け止めて、対話というか、それができるかどうかということもやっぱりよくよく問わなければならないことだと思うんですよね。 私自身はアウトドア人間じゃないから、ガーデニングとかちょっと苦手でしないタイプではあるんですが、だから、自分の実践じゃなくて、読んだ本の中に出てきたんですが、有機農法をやっててですね、肥料を全く使わない農家の方の手記で、長崎だったと思うんですよね。だから全くこの農薬使わないとどういう問題があるかと言ったら、害虫がついてですね。で、結局育たないってことがあるわけですよね。だから、普通の農家は仕方がないから殺虫剤とかまいて害虫を殺してその野菜や果物を育てているわけですけど、でも、その有機農法にこだわったその人は、いくら害虫にやられても、徹底的に有機農法をやってですね、農薬散布を全くしなかったらどうなったかって言ったらですね、土から、本当に土から育てて、本当にこう元気な健康な野菜や果物を作ったら、害虫が全くつかないっていうね。それもびっくりですけど、普通は美味しくて立派な野菜とかできたら、そこに害虫がつくと思ったら、本当に健康な野菜とか果物には害虫が全くつかなくなるっていうんですよね。じゃあなんで害虫がつくかといったら、それが農薬とか、あるいは人工的な肥料とかで、その野菜や果物が不完全だからだっていうんですよね。不完全なものに害虫がついて、なんで害虫がつくかといったら、人間にそれは食べない方がいいという印で、害虫がついてるって言うんですよね。僕はその話を聞いたとき、本当かなと思ったんですけど。 でも考えてみたら、人間の健康もそうでしょう。本当に健康な人は病気にならないわけですよね。病気になる人はどこか悪いから悪さが悪いところがわかるために、病原菌が入ったり、ウイルスが入ったりして、いわば病気になるんですよね。一番大事なのは、害虫で農薬や農薬を使って害虫を殺したり、体に病気があったら、それはもちろん薬を飲んでますけど、一番大事なのははっきりしてますよね。健康な体を作ることが最も大事なことだということですよね。もちろん病気になったり、薬飲んだり、悪いところを手術で取る緊急的なこともありますけど、でも本当の本当は健康な体を作ることが一番大事なことだし、その野菜作りの話を聞いても、なるほどなというかですね。 そうすると、このトラブルメーカーの害虫とか病気は、果たして本当に害を与えているのか。人間によくよく本当に突き詰めれば、実はそれは何か私たちに一つのメッセージを与えてくれてて、どこが悪いかを教えてくれている。だからここで徹底的に話し合えということなんですけど、やっぱりよく徹底的にそのことを話し合って対応を続けるならば、どこかでやはり道が開かれてくることがあるのではないかなと思いますね。 もちろん緊急的にやらなきゃならない。だから、熊が現れたらそれはちょっと危ないですから、駆逐しなきゃならないのはそうですけど、でも、熊がこれだけ現れてきているのも、やっぱり理由があるだろうと思うんですよね。熊を追い払うことは緊急的にはしなきゃならないけれど、熊が出てこないような日本、日本の人類の生活の仕方を実は本当は工夫しなきゃならない。それを本当に見つけたら、熊は来なくなると思いますね。 それは非常に遠い話ではあると思いますが、私たちが自然を大切にするってことは、結局、対症療法的にあっちを切ったり、こっちを切ったり、農薬まいたりとかですね、洪水がこないようにダムを作ったり、もちろん必要ですけど、でも本当に必要なのは、やっぱり私たちがその兄弟姉妹と対話しながら、自然のどのように本当に調和して生きていくのかがいいのかを見出していかなきゃならないということですね。 それは簡単なことではないですけれども、でも私たちは日々の生活の中で、結局自分の体の健康とか考えるところから、実はもう自然を大切にする時は始まっているんじゃないかって気が強くしますが、被造物を大切にするという緊急で大きな課題、しかも何か何をするか分からない中で、私たちが少しでもその自然を大切にしていく、小さな一歩でも生み出していけるようにですね、このミサの中で祈りを捧げたいと思います。

Episode metadata supplied by the publisher feed · Published Sep 6, 2026

Embed this episode

Ready to play

マタイ福音書18章15-20節「被造物を兄弟姉妹として」

0:00 19:04

No transcript for this episode yet

We transcribe on demand. Request one and we'll notify you when it's ready — usually under 10 minutes.

No similar episodes found.

沒有聽過 的 聖經 靈魂 學習 上帝 真 神 可以 祝福 來 愛 你 我 透過每天一集的播出,找出中文聖經中的一個章節來閒聊一下如何思考其中的奧妙!基督徒的生活上的點點滴滴和困惑不解也可以在這裡尋找到解決方法。每日聖經查詢分享經驗,舒緩壓力!信仰上帝永遠愛在一起。閒聊?聆聽我的播客節目內容:詳細將聖經每一章節解説。仔細觀察聖經每一節所做的解釋 由聖靈啓發的基督徒信仰智慧和我親身經驗的見證分享! 敬請期待我為信徒們準備好的精美的基督徒信仰生活化見證和閲讀聖經故事分享生命經歷:如果聖經的教導不能應用在你我生命上帶來益處的話,再好的經文也是毫無意義!讓我將聖經帶入各位生活中的對話,我提供了實用的方法來實現基督徒該有的信念,並激勵你走上深刻而積極的信仰之路。如何跟隨耶穌的道路、真理、生命? 閲讀聖經故事 經文討論:基督徒 信仰 ⋯信靠上帝 耶和華 的旨意 及聖子 耶穌的愛! 跟隨耶穌成為門徒,幫助更多人認識上帝並且得到救贖生命! 和天父上帝建立親密關係,聆聽上帝和 耶穌的旨意。人生的目標和意義:孤獨? 寂寞? 絕望? 悲傷? 尋求被聖靈安慰嗎?中文 欽定本聖經 解決人生 心靈 信仰困擾! 你今天過得怎麼樣? 親愛的基督徒? 你的基督徒生活已經有平安和喜樂了嗎? 我也會在我的播客節目中談論人類的苦難和悲慘的生活。基督教信仰和智慧是受聖靈和我個人經驗的啟發。 日本語の聖書-口語訳「聖書」-Kougo-Yaku-The Bible in Japanese 日本語の聖書 音声日本語聖書https://www.wordproject.org/bibles/jp/このポッドキャストは月に 1 回更新されます。作業が完了すると更新は停止します。This podcast Will be updated once per month.When the work is complete, the updates will stop. 

Frequently Asked Questions

How long is this episode of 英隆一朗神父の福音お休み処?

This episode is 19 minutes long.

When was this 英隆一朗神父の福音お休み処 episode published?

This episode was published on September 6, 2026.

Can I download this 英隆一朗神父の福音お休み処 episode?

Yes. Use the download control on the episode player to save the publisher-provided media file.
URL copied to clipboard!