EPISODE · Sep 8, 2026 · 14 MIN
名コンビ
from 余白の朗読室 · host tosusia
noteでも公開しています 名コンビ 会議室のテーブルには、試食済みの菓子の袋が何列にも並んでいた。 「そろそろ来るな」 課長がそう言ったのは、三ヶ月連続で新製品が振るわなかった報告を聞き終えた直後だった。 「そろそろ、と言いますと」 「ヒットだよ。こう続けて外れが続くとな、逆に来る気がするんだよな」 部下の三宅は、手元のノートパソコンから顔を上げずに答えた。 「過去五年の新製品データを見る限り、連続してヒットが出なかった後にヒット率が上がるという傾向は確認できていません」 「まあ、それはそうなんだけどな」 課長は机の上のパッケージ案を一枚手に取った。ウサギのキャラクターが大きく描かれている。 「これ、かわいくないか」 「類似キャラクター起用商品の過去平均販売数を出しますね」 三宅はキーボードを叩き始めた。かわいいかどうかには、結局答えなかった。 議事録を取っていた高橋は、思わずペンを止めた。 会話になっていない。 「発売日なんだけどな。一応、大安にしとくか」 「曜日・暦効果については過去データで有意差は出ていません」 「まあ、それはそうなんだけどな」 課長は信じているわけではない。ただ、外す理由もない、というだけだった。 商品名の候補が三つ、ホワイトボードに並ぶ。 課長が腕を組んだ。 「Cは語呂がいいな」 「発話しやすさですね。候補には残します」 三宅はそう言ってから続けた。 「Aは過去のヒット商品と文字数が近いです。購買データ上はAが有利です」 「うーん」 「アンケートの自由記述でも、Aに近い響きの商品への好意的なコメントが多く見られます」 「いや、俺はCの方が口に馴染む気がするんだよな」 「感覚のご意見として承ります」 高橋は二人の顔を交互に見た。 課長の声には少し熱がこもっている。 三宅の声は変わらず平坦だった。キーボードを打つ手だけが少し速くなる。 ──これはまずい。 高橋がそう思った瞬間、課長が身を乗り出した。 「じゃあ、全部それで」 「はい」 三宅はそう答えてパソコンを閉じた。 全部――何を指しているのか、高橋には最後まで分からなかった。 会議室に静けさが戻る。 高橋は、今の数十秒で一体何が決まったのか、まったく分からなかった。商品名なのか、パッケージなのか、発売日なのか。誰も結論を口に出していない。それなのに、二人とも満足そうにファイルを片付けている。 会議室を出たところで、高橋は隣を歩く先輩社員に尋ねた。 「あの、今の……何が決まったんでしょうか」 先輩は笑った。 「不思議だよな。最初は俺もそう思った。でも、あれで会話は成立してるんだよ」 「成立、してるんですか」 「ちゃんと新商品のプランはまとまってる。毎回そうなんだ」 高橋がまだ納得のいかない顔をしていると、先輩は少し声を落とした。 「課長は勘だけじゃ決めない。三宅は自分の勘では決めない。多分、それだけなんだよ」 高橋が振り返ると、廊下の向こうで課長と三宅が並んで歩いていた。 話しているのか、話していないのか分からない距離感で、それでも同じ方向へ歩いている。 「あの二人、うちじゃ最強コンビなんだよ」 先輩はそう言うと、資料を抱え直して先に歩いていった。 高橋はもう一度、二人の後ろ姿を見た。 何を話しているのか、誰にも分からない。 それでも、不思議なくらい外さない。 社内では、そんな二人を迷《めい》コンビと呼んでいた。
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