EPISODE · Aug 30, 2026 · 23 MIN
なぜ私たちに聖霊が与えられたのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 16:4b–15
from 小山ナザレン教会 · host 小山ナザレン教会
2026年8月30日 三位一体後第13主日説教題:なぜ私たちに聖霊が与えられたのか?聖書: ヨハネによる福音書 16:4b–15、イザヤ書 48:12–16、詩編 95、ローマの信徒への手紙 8:26–27説教者:稲葉基嗣 -----聖書を読んでいると、時々、矛盾したことを発見することがあります。ヨハネ福音書の中に収められているイエスさまの言葉には、まさに矛盾があります。イエスさまは何度も弟子たちからどこへ行くのかと尋ねられていました。自分の死をほのめかしながら、自分は神のもとへ行く。だから、弟子たちと一緒にいることはできないと、イエスさまは何度も伝えました。それなのに、なぜイエスさまは「あなたがたのうち誰も、『どこへ行くのか』と尋ねる者はいない」(5節)と語ったのでしょうか。イエスさまが去ることについて、イエスさまに問いかけたときの弟子たちの大きな関心は、イエスさまがいなくなった後、自分たちはどうなってしまうのか、ということにありました。その際、不安を抱え、心を騒がせる弟子たちをイエスさまは励ましました。その意味で彼らの質問は、イエスさまのことをあまり考えていないものでした。だから、イエスさまは、これまで弟子たちから何度もどこへ行くのかと尋ねられていても、「どこへ行くのか」と尋ねる者はいないと言ったのでしょう。そもそもなぜイエスさまが離れていく理由を語る必要があったのでしょうか。イエスさまが去っていくことは、イエスさまの使命に反するように思えるためです。イエスさまが弟子たちのもとを去る理由は、彼らに聖霊を与えるためです。肉体を持ったイエスさまは、すべての人と一緒にいることができません。だから、イエスさまは天に昇り、すべての信仰者のもとに聖霊を送り、聖霊によって結ばれることによって、すべての人と共にいることを望みました。聖霊なる神は、イエスさまの言葉が今を生きる私たちにとって、どのような意味があるのかを私たちに示す方です。聖書に書き記された言葉を聖霊が私たちにとって生き生きした、温かな血の通った息づいた言葉へと変えてくださることを願い、私たちは祈り、聖書の言葉にいつも耳を傾けています。変わりゆく社会、文化、人々の生活に常に神が語りかけ、共に生きるために、私たちには助けが必要です。出会ったこともない新しい問題に頭を抱え、これからどうするべきなのかと、私たちは何度も悩みます。そんな私たちと一緒に聖霊もうめき声をあげ、神に祈りの声を上げながら、一緒に歩むべき道を模索してくださっています。聖霊が伴い、私たちとイエスさまを結びつけてくださいます。どうか聖霊を通して語りかけられる神の言葉にいつも耳を傾け、これからも信仰の旅路を続けていくことができますように。
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