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EPISODE · Jun 8, 2026 · 16 MIN

NEXUS DUEL

from 余白の朗読室 · host tosusia

noteでも公開していますNEXUS DUEL脳と機械を繋ぐインターフェースが実用化されて、十年が経った。考えるだけでいい。意図が信号になり、信号がロボットの四肢を動かす。最初は指一本動かすのに一時間かかった。それが半年で歩けるようになり、一年で走れるようになった。右手と左手を同時に使うような感覚、と開発者は説明した。慣れれば当たり前になる、とも。三島拓海がNEXUS DUELに出会ったのは、二十三歳のときだった。競技の仕組みは単純だ。操縦者はカプセル型のコックピットに入り、脳波インターフェースでロボットと接続する。アリーナの中でロボット同士が戦う。武器あり、格闘あり、制限時間なし。観客席は常に満員だった。超人的なスピードと力で繰り広げられる戦いは、人間同士では不可能な領域に達していた。拓海は才能があった。二年で国内ランク十位以内に入り、四年で世界ランク三位になった。しかしそこから先へ進めなかった。原因はわかっていた。健常者である拓海には、どうしてもズレがあった。自分の体を動かすときの感覚と、ロボットを動かすときの感覚が、ほんの僅かに一致しない。意識の端で常に差異を感じる。その誤差は訓練で小さくなったが、消えることはなかった。世界ランク一位の男、カルロス・メンデスには、そのズレがなかった。生まれつき全身の随意運動ができないカルロスにとって、ロボットの操作が唯一の「体」だった。比較する自分の体の感覚がない。だからズレもない。ロボットが、そのまま彼自身だった。タイトルマッチは五試合制だった。先に三勝した方が世界チャンピオンになる。第一試合、拓海は四分で負けた。カルロスのロボットは迷いがなかった。呼吸するように剣を振り、呼吸するように間合いを詰めてきた。拓海が対応しようとするたびに、僅かなズレが命取りになった。第二試合、拓海は作戦を変えた。守りを固めて相手の癖を読もうとした。カルロスには癖がなかった。毎回、同じ精度で、同じ判断をした。乱れる理由がなかった。六分持った。結果は同じだった。二連敗。あと一敗で終わる。控室に戻って、拓海はシートに深く沈んだ。天井を見ながら、初めてその考えが浮かんだ。いっそ、自分も体が動かなければよかった。カルロスにはズレがない。自分の体の感覚を知らないから。ならば自分も——。馬鹿げている、とわかっていた。それでも考えが止まらなかった。眠れなかった。練習する気にもなれなかった。ズレを消す方法を考え続けて、たどり着く先がいつもそこだった。三日後の夜、拓海はカルロスにメッセージを送った。話がしたい。それだけ書いた。返信は来ないかもしれないと思った。チャンピオンが挑戦者の相手をする義理はない。三十分後、返信が来た。明日の午後でどうか、と書いてあった。オンラインで繋いだ画面の向こうに、車椅子の男がいた。細い腕が膝の上に置かれていた。目だけが、鋭く動いた。「メッセージを見て、何かあると思った」とカルロスは言った。日本語が堪能だった。「二連敗した挑戦者が話しかけてくるのは、普通じゃない」「体を壊そうと思った」と拓海は言った。沈黙があった。「なぜ」「あなたにはズレがない。私にはある。それが全てだと思った。ならばいっそ——」「壊すぐらいなら、俺によこせ」カルロスは笑っていた。画面越しでも、それがわかった。拓海は言葉を失った。「お前が羨ましい」とカルロスは続けた。「勝つたびに思う。アリーナでは何でもできる。走れる、跳べる、戦える。しかしコックピットを出れば、それで終わりだ。勝てば勝つほど、そのことが——」カルロスは少し止まった。「大きくなる」「私はあなたのズレのなさが羨ましかった」と拓海は言った。「体を壊せばあなたに近づけると思った」カルロスはしばらく黙っていた。それから、また笑った。今度は少し違う笑い方だった。「持つものが持たないものを羨む。お互い、ないものを欲しがっているな」「そうですね」「この体を欲しがられたのは、初めてだ」とカルロスは言った。笑うには重すぎた。しかし笑わずにいるのも難しかった。ふたりはしばらく、黙ったままそこにいた。拓海は自分の愚かさを思った。絶望していたのは自分だけではなかった。しかし自分と違い、カルロスはその絶望を抱えたまま、頂点に立ち続けていた。「三戦目」と拓海は言った。「今持っているもの全てをぶつけます」カルロスは何も言わなかった。ただ、静かに頷いた。画面が切れた。第三試合の日、アリーナは超満員だった。拓海はコックピットに入り、インターフェースを接続した。信号が繋がる瞬間、いつものように意識がロボットの全身に広がった。指先まで、足の裏まで。そしていつものように、ほんの僅かなズレを感じた。今日もある、と思った。それでいい、とも思った。アリーナの向こうに、カルロスのロボットが立っていた。

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This episode was published on June 8, 2026.

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