EPISODE · Aug 5, 2026 · 13 MIN
パッションの源への恩返しノベーション(1927回)
from 残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか" · host kotaro zamma
片桐はいりさんが、今現在、映画館のもぎりをしている理由に、深く感度させて頂きました曰く「自分の出自を問われたら、『映画館の出身』と答えたいです。俳優としての経歴を考えれば、『大学時代から小劇場の舞台に立ちまして……』と言うのがスジかもしれません。でも心の底では、演劇でもドラマでもなく、私は映画館の出身だとかたくなに思っています」「中学から女子校に通っていたのですが、学校生活や勉強に馴染めなくてね。唯一楽しかったのが、学校が催してくれた映画鑑賞会です。放課後には、おカネが許す限り有楽町や銀座の映画館に通っていました。内容はなんでも良かった。映画館で作中の別世界に入り込むことが、たまらなく面白かったんです」ここから私は思いました1、パッションの源を忘れない2、創る側と観る側の気持ち3、パッションの源への恩返し1、パッションの源を忘れない片桐さんが言われた「自分の出自を問われたら、『映画館の出身』と答えたいです。」との言葉から自分の出自を聞かれたときになんで答えるかなあと思いました会社に入って、新しいビジネスをいろいろ作ってきて、オープンイノベーションにたどり着いてきたものですみたいな感じに、私の場合、経歴を時系列に言っちゃうのですが、片桐さんは、自らのパッションの源がどこだったか?ということを、あえて出自に言うと言う意味で、とても素敵だなあと思いました自分の今に至る内発的動機の元はどこにあったのか?それを出自として語る、それは、自らのパッションの源を確認することでもあり、そして、他の人にもそうみてほしい、というメッセージでもあると、思いました2、創る側と観る側の気持ちよく言われるように、アートは、創る側から発信されて、観る側がそれを各々が解釈されることで、完成する、とのことですが片桐さんは、映画人・演劇人としての創る側と、そして映画館のもぎりとしての観る側の感情を、両方ともに、わかる人となってるんだなあと思いましたこれは、デザインシンキングにおける、見る側の人たちが、どんな思いでチケット買って、もぎりを通って、始まるまでの暗い中でワクワクして、ポップコーン食べながら、泣いて笑って、そしてリアルに戻っていくと言うような観客側の気持ちや行動や課題感を、共感として理解できることを常にやられていると言うことかと思いますそれは、恐らくは、クリエイティブに戻ったときに、その気持ちを理解しながら創ると創らないでは、全くものが変わってくるのではないか片桐さんの、映像や舞台での演技には、それが反映されているからこそ、唯一無二の感動を頂けてるのかもしれないなあと思いました3、パッションの源への恩返し自分が今ここにいるのは、奇跡的に会社に入らせて頂き、さまざまな人と出会わせて頂き、仕事を厳しく指導して頂き、愛を持って仲間に加えてもらえた、そのおかげだと思いますそして音楽活動も、小さい頃からピアノを学ばせてもらえて、めちゃくちゃ素敵なメンバーに巡り合って、音楽できる環境があって、今できているそれらに対して、何らかの恩返しをしたいと言う気持ちは、とても強いものがあると思います自分がワクワクさせれてもらえた、今の自分を創り上げてくれた全てのものや人に、恩返しをして死ぬこともしかしたら、それが1番幸せな生き方なのかもしれないなあと思いました片桐さんが、映画館でもぎりをやられているように、自分も、何かできることで恩返しをしたいそれは、まさに、内発的動機への恩返し、パッションの源を形作ってくれたものたちへの感謝イノベーターリップルモデルは、パッションから始まり、仲間と共に、誰かが喜ぶ大義を実現しますがその大義の中には、これまでの仲間や、パッションの源に対する感謝を、実現したいと言うことが、たくさん含まれていると思いましたと言うことで一言で言えばパッションの源への恩返しノベーションそんな話をしています参考:FRIDAY DIGITAL 「もぎりも担当」片桐はいりが今も映画館で働き続ける理由 2020年11月27日カルチャー https://friday.kodansha.co.jp/article/147760
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