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残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"

PODCAST · business

残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"

イノベーションで世界をよりよく変えていこう、という闘う人々を応援するチャネルです。スタートアップや大企業、音楽家やアーティストなど、様々なイノベーターのビジョン、考え方、パッションを是非是非、全身で感じてください!

  1. 1000

    自分が作らない限り存在しないノベーション(1834回)

    サラリーマンから脚本家に転身された長久允さんの言葉に、物を創ることについて、深く感がさせられました曰く"すべての創作物がそうだと思う。 どんな芸術も、基本的には、作者が勝手に作りたいと思い、勝手に作っている。どうして私たちは、頼まれてもいないのに、書くことをやめられないのだろうか。 それはきっと、こういう理由だと思うのです。 ""自分の中に浮かんだ物語は、自分が作らない限り、存在しないから。""だから私たちは、頼まれてもいないのに、書くしかない。 今日、書くしかない。 今日、死ぬかもしれないから!"そこから私は思いました1、誰もが価値を創りたい2、生きることは価値を作ること3、パッションに火がつく時が来る1、誰もが価値を創りたい私もサラリーマンをやりながら、音楽を続けていましたので、何かとても共感することが多かったのですがその原点は何かと思った時にハーバード大学の広中先生の言葉を思い出しました「誰かに編み物をしてあげたり、庭の手入れをしたり、日々の工夫をして生きている人たちは、みんな創造者である」この言葉は大好きなのですが、イノベーターとか、創造者とかいうと、自分とはかけ離れた、何か特別な勉強と教育を受けられた、雲の上の人、みたいに思うのですが実は、普通に生きている人たちが、創造者としての活動をしている、ということなのだと思います大きな作品をつくる人だけが創造者ではなくて、誰かのために何かを工夫する、その一つひとつが創造なんだと。長久允さんの言われている「頼まれてもいないのにやってしまう」という衝動も、実はこういう日常の中にすでにあることなのではないかなあと思いました日々を少しでも良くしたい。少しでも誰かに喜んで欲しいこれはイノベーターリップルモデルにもつながるのですが、小さな思い(パッション)が、身近な仲間と共に、誰かが喜んでくれることをしたい(大義)誰もが持っていることでその小さな動きの中に、価値を生み出そうとする行動が現れている自分たちは、誰もが価値をつくりたい存在なのかもしれないと、改めて思いました2、生きることは価値を作ること「利己的な遺伝子」で有名なリチャード・ドーキンスさんは、以下のように言われています「私たちは生存機械である。自己複製子として知られる利己的な分子を保存するために盲目的にプログラムされたロボット機械なのだ。」そして、さらにそれは発展して、文化の中にも遺伝子のように広がるものがあると考え、「ミーム」という概念を提示していますつまり、生物は遺伝子ののる箱として、子孫を増やすということで、基本的な新しい価値を誰もが創りますがこと人間においては、子供を作るのと同じように、何らかの文化を創るということも、遺伝子に組み込まれているということなのかもしれないなあと思いましただとすると、ある意味、遺伝子の作用により、子供を作ることと同様に、生きること自体が、我々は何らかの価値を創る存在としてあるということになるかと思いますだからこそ、きっと、我々は、広中先生の言われる通り、誰もが創造者として、活動してしまい、ある意味、それが生きがいにつながっている、そんなことを思いました。3、パッションに火がつく時が来るイノベータリップルモデルの起点になるパッションにいかに火をつけるかが、創造の原点になると思うのですが必ずしも、誰もが、何かを創りたいと明確に思っているものでもないと思いますそれは、きっと、突然、訪れるものなのではないかと思います長久さんが、サラリーマンをされていて、体調を崩された時に、自分の思う通りの脚本を作りたい、と思われたように何かをきっかけに、ああ、自分はこれをやり切ってからじゃないと、死んでも死に切れない、そんな思いが炸裂する時が、その時が、パッションに火がついた時なのかもしれないなあと思います有名なスティーブ・ジョブズさんの言葉に、「もし今日が人生最後の日だったら」と問い続ける、というお話がありますがなかなかそれをいい言葉だなあと思っても、本当に実行に移せるかというのは、もしかしたら、難しいかもしれないなあと思います私はよく、自分のパッションの源がどこにあるのかを、時あるごとに観てみる子をがいいかもしれないと、情熱のポートフォリに、自分で書き込んでみることをおすすめしたりしていますがそれでも、その時が、パッションに火がつくタイミングではないと、燃え上がるようなことはないかもしれませんでも、その時は、きっと、人生においては、必ずくるその瞬間を逃さないように、普段から意識しておくのは良いのかもしれないなあと思いましたということで一言で言えば自分が作らない限り存在しないノベーション自分の子供を産むように、創造していくそれがとても自分の充実のためにもいいような気がしましたそんな話をしています参考:本: あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室 2026年3月10日 プリント版第1刷発行 2026年3月10日 電子版発行 著 者 長久允 発行所 ダイヤモンド社

  2. 999

    孤独がパッションを生み育てるノベーション(1833回)

    ハンナアーレントさんの言葉に、イノベーションへのヒントと勇気をいただきました曰く「これに反して孤独な人間は独りきりであり、それゆえ『自分自身と一緒にいることができる』。人間は『自分自身と話す』能力を持っているからである。換言すれば、孤独においては私は『私自身のもとに』、私の自己と一緒におり、だから〈一者のうちにある二者〉であるがそれに反して独りぼっちであることの中では私は実際に一者であり、他のすべてのものから見捨てられているのだ。厳密に言えばすべての思考は孤独のうちになされ、私と私自身との対話である。」1、孤独を感じたら問いを考えてみる2、問いがあるから「二者」になる3、内なる対話がパッションを育てる1、孤独を感じたら問いを考えてみる私は独り身なので、孤独を感じることは、日常茶飯事なのですが孤独と独りぼっちは違う、というハンナさんの言葉に、目から鱗が落ちる思いでした。それは、孤独を寂しいなどネガティヴに感じたら、問いを立ててみよう、と言われてる気がしましたなんでも良いけど、あれはなぜ気になるのか。これは何が引っかかっているのかなあなど社会課題みたいな大それたことである必要もなく、いつも通り過ぎるワンコは、犬好きな私に、なぜガウルのかみたいな、どうでも良いことが、良いような気がします。それは少し楽しめそうな気がしました2、問いがあるから「二者」になるここが私としては、とても面白い気づきだったのですが、問いが生まれた瞬間、人は一人ではいられなくなるのかも知れないなあと、いうことです。実際は1人なんですが、問いを立てた自分に対して、なんか返してくる自分が出現してるのかも知れないぞと思いましたそれが、ハンナさんの言われるところの〈一者のうちにある二者〉ということなのかも知れないなあとくだらねえことを言ってるなあと、いうツッコミもあれば、いやあのワンコは、ガルってるように見えて、実は喜んでるのでは?みたいな仮説が生まれてきたり今度は、思い切って、ガルってる頭さわっちおうかなあ、とか、ジャーキーチラリと見せちゃうか、とかとかそれは、問いがあったおかげで、自分の中にもう1人が生まれて、いつの間にか、そいつと対話しているそしたら、もう孤独って、寂しくないなどポジティブな方向に向かえるのかもなあと、思いました3、内なる対話がパッションを育てるそれは、もしかしたら、寂しくないどころが、イノベーターリップルモデルの起点となる、パッションを育てることになるのかも知れないぞとも思いました。なんだか一人だなあとと思ったらくだらない問いをたててみるそうすると、ツッコミ自分がどこからともなく現れてきていつしか、なんか我慢できないほどに、気になることができてきちゃう。なんか確認しなきゃ気が済まないことができてきちゃう。それこそが、実は、パッションの源が生まれ始めていることになる。そんな風に思いましたなので、1人でいることは、実は、イノベーターリップルモデルの起点となる、パッションを生み育てる、そんな大切な時間むしろそんな時間を取ることによって、自らが気付いてさえなかった、パッションに気づき始める孤独とは、そんな素敵な環境でもある、そんなことを思いました一言でいうと孤独がパッションを生み育てるノベーションそんな話をしています^ ^参考:本: 全体主義の起原3─全体主義[新版] 著訳者名 ハンナ・アーレント 大久保和郎・大島かおり訳 発行所 株式会社みすず書房

  3. 998

    短い問いに長々と答えるノベーション(1832回)

    野田秀樹さんの舞台「華氏360度」に衝撃と感動を頂きました。そしてプログラムでの野田秀樹さんの言葉に、深く考えさせられました曰く「「短い問いに長々と答える」それが生きるということだ。この有名なシェイクスピアの蓄ある台詞も近頃は、的外れな時代になってしまった。「答えは短い方がいい」そんな時代だ。SNSでは「長々と答える」のは、オジサンの所業としてみ嫌われる。そしてAIに言わせれば「長々と一生という時間を費やして答える問題」など、問題そのものの方に問題があるということになりそうだ。簡潔で力強く聞とえる答えばかりが、世間を闊歩する。「悪者は速やかに殺せ」」中略「さて、このもっともらしい私の文章の問題点は、冒頭にある「シェイクスピアの含蓄ある台詞」が、私の手によって作られたフェイクであるということだ。私お得意の「フェイクスピア」のセリフだ。だから、今時の科学文明についての答えも、そう簡単には出ない。それでも「短い問いに長々と答えた」のが、この芝居であり、しかも答えになっていない。長々と答えても答えられようのない「短い問い」がこの芝居だ。相変わらず歯切れの悪い、始末の悪い文章だが、まずはご覧あれ。」ここから、私は思いました1、長々と答えを紡ぐ勇気2、フェイクを通して真実に近づく3、答えられなさを抱えたまま進む1、長々と答えを紡ぐ勇気「答えは短い方がいい」そんな空気が強くなっている今だからこそ、あえて長く考え答え続けるという勇気が問われている気がします。シェイクスピアの『ハムレット』の「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」という問いは、短くは答えられない問いの象徴だなあと思いました野田さんは、その“答えられなさ”を引き受けようとしているのかも知れない。すぐに結論を出さず、思考と語りの時間を削らない。今回のお芝居も、怒涛の言葉の渦と、3つの時代を行き来する悠久の時間を、ふんだんに駆使して、目眩く問いの数々を投げかけていただいた気がしました。2、フェイクを通して真実に近づく冒頭の言葉がフェイクだったと明かされる。この仕掛けがまさに野田さんの舞台における、言葉のフェイク合戦で、一体何を言ってるのか、次々に考えをめぐらさなければついていけない、そしていつの間にか感動してる、そんな仕掛けを思わせてもらいました。哲学者のルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは「語りえぬものについては沈黙しなければならない」と語りましたが野田さんは、語り得ぬものを、“フェイク”で語る。そんな気がします。本物ではない言葉だからこそ、人の心を動かすことにつながる。真実は、必ずしも“正しさ”だけでできているわけではなくて、むしろ、遊び、仮説、揺らぎの中にこそ、新しい意味が立ち上がることがあるのかも知れないなあと思いました3、答えられなさを抱えたまま進む野田さんの舞台は、言葉がどんどん違う意味を持ち始めて、真実と思っていたことがどんどんフェイクに入れ替わっていくそれは、簡単に答えられると思っていたことが、実はそんな簡単ではないことを、どんどん突きつけられていく思想家のハンナ・アーレントは人間を「自分自身と対話する存在」と捉えたと言われていますつまり、問いに答えることよりも問い続けること自体が、人間の営みなのかもしれないなあと思いました答えきれない問いを抱えながら、それでも語り、作り、進んでいく。その“未完のままの前進”こそが、創造の正体なのかもしれないなあとということで一言でいうと短い問いに長々と答えるノベーション野田さんのフェイクの中に真実があるのかも知れないそんなことを思わせて頂きました参考:舞台:華氏マイナス320度 作・演出 野田秀樹 出演 阿部サダヲ、広瀬すず、深津絵里他 https://www.nodamap.com/kashi/

  4. 997

    好奇心が波紋になっていくノベーション(1831回)

    オードリー・タンさんから、若い人へのAI時代に大切になるメッセージに、感動しました「実際に重要なのは3つのことだけです。それは『好奇心』『協力』そして『共助の精神』です。 これらは内発的な動機です。こうして人間にとっての意味が生まれるのです。より良いスコアを取ることやGDPを増やすことなどの外発的な動機ではなく、人々は本当に好奇心を持ち続け、協力し合い、互いに社会を良くしたいと願っています。 だから未来には、週休が3日や4日、あるいは6日になったとしても、残りの時間を助け合い、社会を思いやり、探究し、人々と協力するために費やせば、『豊かな人生だ』と感じることができるでしょう。」ここから私は、イノベーターリップルモデルととてもシナジーのある考え方だなあと思いました1、パッションは、好奇心の別の名前2、仲間は創発の原点にもなる3、大義は、共助の中で立ち上がる1、パッションは、好奇心の別の名前タンが言う「好奇心」は、イノベーターリップルモデルでいうところの「パッション」と重なります。心理学の文脈では、エドワード・デシとリチャード・ライアンが、『人を伸ばす力 ― 内発と自律のすすめ』(新曜社)の中で、人は外的な報酬よりも、内発的な動機によってより深く持続的に行動すると述べています。つまり、パッションというのは、気合いや意志というよりも、「知りたい」「やってみたい」という自然な衝動から始まると思いますその小さな火種が、波紋の最初の一滴になる。そう言ってる気がしました2、仲間は創発の原点にもなるイノベーターリップルモデルでは1人でできないことは、仲間を集めて分担しようと、言っていますまた一方の見方では、先に「協力」がくる場合もあると思います生物学者のリン・マーギュリスは、『細胞進化における共生』(講談社)において、生命の進化における大きな飛躍は、競争ではなく共生によって起きてきたことを示しました。つまり、何かを分担する為に仲間を求めるのではなくて何かを一緒にやろうとするプロセスの中で、新たなものが創発され、結果として仲間になる。仲間は“集めるもの”ではなく、“生まれるもの”のの起点になるそんな感でもあると思いました3、大義は、共助の中で立ち上がるタンさんの言う「共助の精神」とは、イノベーターリップルの、大義の根っこにあるものではないかと感じました経済思想家のカール・ポランニーは、『大転換』の中で、人間の経済は市場交換だけでなく、互酬性(助け合い)によって支えられてきたと論じました。だから、共助の精神があるからこそ、誰もが幸せになるべく大義が生まれてくる自分や仲間だけが幸せで良いという気持ちには、とても狭い範囲の大義しかいらない本当の大義は、共助の精神があるからこそ、生まれてくるものだと思いました共助の中で生まれた関係性が、「これはやるべきことだよね」という共通認識になったとき、それが大義になる。一言でいうと、好奇心が波紋になっていくノベーションそんな話をしています^ ^参考:本: 2030 来たるべき世界  発行日 2026年3月30日  企画 朝日地球会議  著者 エマニュエル・トッド オードリー・タン モニカ・トフト 三牧聖子 大野博人 越智光夫 佐橋 亮 錦田愛子  聞き手 青山直篤 五十嵐大介 高久 潤 望月洋嗣  コーディネーター 長野智子  発行所 朝日新聞出版

  5. 996

    排水作業にパッションの源が宿るノベーション(1830回)

    文筆家の土門蘭さんの言葉に、とても考えさせられました曰く"人の中には、言葉が通る水路がある。その水路は「ほんとうのこと」が湧いてくる自分の水源と、外の世界をつないでいる。きれいにしておかないと、いくら水源から「ほんとうのこと」が湧いたって、通りが悪くて外に出ない。そればかりか、滞った水が汚れて固まり、水源に蓋をしてしまう。その結果、中から「ほんとうのこと」が出てこなくなる。""言葉の水路をなるべくきれいに保っておくための、毎日の排水作業。それが「誰にも読ませない文章」を書く意味であり、そうしないとすぐに書けなくなってしまうんだと、独立してから気がついた。だから毎晩必ず「誰にも読ませない文章」を書いて、水路をリセットしてから眠るようにしている。"ここから私は思いました1、制御する自分を休ませる2、自分の根っこと繋がる時間3、排水作業にパッションの源が垣間見える1、制御する自分を休ませる誰かと話をする、SNSに発信する、報告書を書く、提案書を書く、みたいになにかを発信する機会は、誰にもたくさんあるかと思いますがコンプライアンスや誰かから批判を浴びないかなど、自然と自分を制御する力を使ってしまっているのかなと思いました実は自分の中には、自由に発信が湧いてくる水路と、それを制御しようとするアクティビティがあるという気づきは、目から鱗が落ちる話だと思いました自分の中で意識して、制御しようとするアクティビティをオフにするということを、意識して行うことが実はとても大切という学びを頂きました2、自分の根っこと繋がる時間土門さんは、そのために、日記をつけるという時間を必ず毎日確保されているというお話でした自分はそんな時間を確保できているのか?という問いを立てた時に、自分の場合、お風呂に入ってる時に、結構独り言で言ってることが、実はそうなのかもなあと思いました日記を書くということになると、自分の場合は、例えば自分が人知れずなくなってしまった時とかに、発見されたら嫌だなあとか、そんなとこまで考えてしまいますでももしかしたら、別に記録に残す必要もなくて、お風呂でも散歩でもトレーニングでもいいので、何か1人になってる時に、独り言で自分と会話する、と言うことでも自分の根っこと繋がって、誰にも恥ずかしくなくて、1人で、ぶつぶつ話すとか、もしかしたら、カラオケポックスとかでも、何か閉じられた空間で王様の耳はロバの耳じゃないですけど、自分の根っこから繋がる言葉を吐き出す、そんな機会を意識してつくことが自分の排水溝のお掃除になる、それは一つの気づきとして頂きました3、排水溝にパッションの源が垣間見えるもしかすると、そんな時が、実は、自分が気づいていない、パッションの源との接続できる良い機会なのかも知れないなあと思いましたそれは記録はしてないんだけど、ああ、なんか自分、そんな気持ちなのかあとか、気づいたらメモる、くらいでも良いのかも知れませんそういうパッションの源は、意識してない時に突然訪れるので、排水溝をとにかくスムーズにしておく作業がとても大切だなあと思いましたということで、一言で言えば排水作業にパッションの源が宿るノベーションそんなことを思いました参考:本: ほんとうのことを書く練習  「わたしの言葉」で他者とつながる文章術 2026年3月3日 プリント版第1刷発行 著者 土門蘭 発行所 ダイヤモンド社

  6. 995

    人生とどう向かい合って生きてきたかに美しさが出るノベーション(1642回)

    愛知専門尼僧堂 堂長の青山俊董さんの、美しさに対する言葉に震えました"例えば、 1つの歌を聞いていても、技の上手いだけの歌と、その人の人生をどう生きてきたかの人生観を生き方を背景としたの歌とはね。歌の重さが違う、響きが違う。やっぱりね、いろんな人生がそれぞれの人生あるに決まってる。人生が幸せか不幸せはどうでもいいんです。それをどういただいてどう受けてきたか。そして 30年 50年の人生を一つ一つどんなことがあることに、どう取り組んで生きてきたか。皆さんのようないわゆる芸の仕事でも。そこに立っただけで、何か違うものがある。恐ろしいですね。それはごまかしようがない。""そういう意味でね。本分は絵とか歌とか芸ではなくて、自分の人生とどう取り組んだかと向かい合って生きてきたか。それが真ん中です。それが芸として現れる。そういうことではないかな。それが本当の意味での美しさということでもあるのではないかなって思えてならんのです。"ここから私は思いました1、日々の人生との向き合い方が全てに出る2、そこに本当の意味の美しさがある3、生き様が姿に現れる1、日々の人生との向き合い方が全てに出るアカペラグループ香港好運で33年歌を歌ってきましたが、この青山さんの言葉には、めちゃくちゃ考えさせられるところがありました20代の頃は、多少の風邪をひいても、ライブに支障があることなんてほとんどなく、かつ、さまざまなバンドと一緒になることがありましたが、負ける気がしない、みたいな気持ちで、良いバンドが出れば尚更燃えて、対抗して歌うみたいな気持ちがありましたでも、それらのライブは、自分としての満足感はあったものの、聴いてくれている人達に響いていないなあと、よく思っていたことも思い出しましたもちろん、技術として磨く必要はあるのですが、その歌をどんな気持ちで歌うのか、どう解釈して歌うのか、自分の人生に照らし合わせて歌うなんてことは、ほとんどやっていなかったなあと思いましたまた、それが、テクニックとしてするのではなく、さらに滲み出てくるものだ、ということに関しては、技術を磨くことだけでなく全く関係のない人生の部分に関しても、磨いていくことをしない限り、良い歌は歌えないという言葉は、心に突き刺さります。果たして自分の歌はどこまで人生が透けて見えてしまっているのだろうと考えると、かなり怖くなってしまいますが、それでも、これまでの人生が反映できるような、そしてこれからの人生も、そのために磨いていくことをすることがきっと歌だけでなく、さまざまなことに、透けて、滲んで見えるということは、心に刻みたいと思いました。2、そこに本当の意味の美しさがある自分が美しさを感じる時を考えてみると、何か、舞台やライブを見に行った時に、その人が本気で何かを伝えようとしている、または本気で観客を楽しませようとしてくれている、そこに後先を考えないフルスロットルで臨んでくれている、などを感じたときはその舞台やライブの内容云々よりも、その人のドキュメンタリー映像を見ている感覚で、とても美しくて、感動して涙が出ることがありますそして、それが、その時だけでは、絶対にできないもので、長い間、その思い出積み重ねてきたものを感じたときは、さらに神々しくさえ見えてくるなあと思いました見てくれが美しいという方もいらっしゃいますが、何かその日々の生き方が美しいと思える人は、何かのおりに、それが垣間見えたりすると、美しさに本当に感動するなあと思いました3、生き様が姿に現れるそしてそれこそが、内村鑑三さんが言われているところの、「後世への最大の遺物」における、思想、お金、事業はなかなか遺せなくても生き様だけは誰もが遺せる、と言われているものかもしれないなあと思いました。つまり、ただ生きているだけでは、生き様は遺せなくて、日々、自らと向き合って真摯に対応してきた人だけが、実は生き様を遺せる、そんなことなのかもしれないなあと思いましたそれはもしかしたら、一番難しいかもしれないけれども、誰もがやろうと思えばできる、という、本気で覚悟を持って取り組むかどうか、本人の意識にかかっている、そんなことを突きつけられている気がしました全てを完璧になんて生き切ることは、自分には無理だとしても、常日頃、忘れそうになったら、思い出したい、そんな言葉になりましたということで、一言で言えば人生とどう向かい合って生きてきたかに美しさが出るノベーションそんな話をしています参考:NHK  スイッチインタビュー「俳優瀧内公美✕青山俊董EP1」2025/10/17(金)https://www.nhk.jp/g/ts/K7Y4X59JG7/blog/bl/ppoboWY15R/動画で観たい方はこちらhttps://youtu.be/L8qzcbJu3Dc

  7. 994

    音楽は情動と論理の往復運動(1594回)

    久石譲さんと養老孟司さんの素敵な対談から、音楽の正体が少し垣間見えたような気がしました曰く"松果体もヤコプソンの器官も、退化傾向にある。だけど、耳だけは、半規管は退化できません。いわば古い感覚器が耳だけは非常に強く残っているんですよ。身体の運動に直接つながっていますから。 脳の中では当然、近い関係にある。つまり脳からいうと、聴覚は古いところに直接届いている。それがいわゆる情動に強く影響するということなんです。""情動というのは、実は脳でいうと古い部分、「爬虫類の脳」といわれている「大脳辺縁系」というんですけど、そこにかなり大きな影響を与える。実は、それが一番遠いのは目なんですよ。目は非常に客観的。だから、見て感動するより、聴いて感動する方がよっぽど多いんです。"ここから私は思いました1、聴覚が情動を掻き立てる2、視覚が論理を組み立てる3、音楽は情動と論理の往復運動1、聴覚が情動を掻き立てる以前、このチャンネルで、確かNHKの番組から、原始の世界における音楽の誕生の理由を、お話ししたような気がしますがその際に、音楽は原始の世界では、狩りをする際に重要なコミュニケーション手段であり、かつ、狩に行く際には勇気を奮い立たせるし、そして無事生還した際には、みんなで喜び合うそれが音楽の重要な役割として育ってきたと言うようなことだったように記憶しています今回のお話は、まさに、そのような原始の時代から、音楽は非常に人類にとって大切なものであり、特に、情動という言葉では説明しきれないものを表現することに、とても役に立っていたということは、大いに共感できる内容だなあと思いました2、視覚が論理を組み立てる逆に、視覚がそこから非常に遠いところにあるというお話も、とても興味深く思いました情動に対して、客観性を持つ、視覚というのは、もしかすると、論理を組み立てるのに一役買っていたということなのかもしれないなとも思いました考えてみると、数学や物理学は、資格により数字による計算を論理的に解いていくことで、学者同士が会話ができるというものでもあるしもっと言えば、科学技術の発展は、その視覚を通した膨大や演算の先にあるとすると、視覚は技術革新の根本をなすものであり、大きな鍵を握ったものだったのかもしれないとも思いました3、音楽は情動と論理の往復運動そう考えると、聴覚は原始の情動、視覚は論理の先端科学ということで、実は、音楽には、両方の要素が混ざり合って入っていることに、とても面白さがあるなあと思いました音を紡ぐことによる情動、そしてそれを楽譜という極めて論理的な構造物で表現をしようとする試み、これは、情動と論理を往復運動させることによって、より音楽というものを理解しながら、発展させていこうという、意識がそうさせているのかもしれないなあとも思えてきました太刀川さんの進化思考における、適応が情動であり、変異が技術であり、それらをクルクル回すことで、進化のサイクルがぐるぐる回るその先に、新しい音楽の姿が生まれてくるような、太古の時代には単なるコミュニケーションと共鳴の手段だった音楽は論理を掛け合わせることによって、太古には味わえなかった情動や感動を生み出していくものとして、どこへ向かっていくのだろうと、思いを巡らせてしまいました音楽には、情動と論理が混ざっているので、音楽をやるということは、少なくともその両方を鍛えられる、人間としての成長にも欠かせないものだし、これからの進化にも実は欠かせないもの、なのかもしれないそんなことを思いました。一言で言うと音楽は情動と論理の往復運動そんな話をしています参考:本: 脳は耳で感動する 電子書籍版 2025年1月30日発行 著者 養老孟司 久石譲    発行所 株式会社実業之日本社音声で聴きたい方はこちらhttps://open.spotify.com/episode/6h3ANI30iiunEaGRnacaXX?si=hork2_FvQFOTQpCqbK5wXQ動画で観たい方はこちらhttps://youtu.be/M8DaXXi8jvk

  8. 993

    踊りだからできる飛躍ノベーション(1542回)

    歌舞伎『刀剣乱舞』の舞台に型の伝統とイノベーションによる飛躍を感じて、感動しまして、演出の尾上菊之丞さんの言葉が刺さりました曰く"そして今回は「大喜利所作事」、つまり刀剣男士の踊りをご覧に入れます。歌舞伎俳優が刀剣男士を演じ、その刀剣男士が歌舞伎俳優に扮するという二重構造の「大喜利所作事」です。歌舞伎本丸にて寛ぐ刀剣男士たちが、古典の歌舞枝舞を踊ってみたらどうなるのか、縁ある各地の民謡に興じてみたらどうなのか。歌舞伎の定番から物語の新解釈など、踊りだからこそできる飛躍は、歌舞伎と「刀剣乱舞」の融合が無限の可能性を秘めていることを感じさせます。"ここから私は思いました1、四重構造の掛け合わせ2、型と踊りの言語を超える飛躍3、伝統のリフレーミング1、四重構造の掛け合わせ歌舞伎の歴史的な演目は一切観たことがなく、現代のものと掛け合わせた新作歌舞伎しか観たことがない私ですが今回のゲームの刀剣乱舞を歌舞伎と掛け合わせた本演目は、歌舞伎役者とその後ろで演奏や唄を歌う黒御簾の人々の迫力がもの凄く、しばし圧倒されて拍手が止まらない状態でした考えてみると、元々、刀を刀剣男士として擬人化したゲームであり、その刀剣男士が歌舞伎役者として演じられ、さらにその歌舞伎役者が刀剣男士の刀の縁の舞踏を踊る、という刀→刀剣男士→歌舞伎役者→刀ゆかりの民謡乱舞四重構造の掛け合わせをやられる中から、果たして何が生まれるのか?というもの凄くイノベーション要素の強い立て付けをされていつところがクリエイティブとしてはめちゃくちゃ大変だったと思いますが、がどこまでも自由に発想できるとても面白い構造を作られていたなあと感動しました2、型と踊りの言語を超える飛躍またそのクリエイティブが、全て自由ではなく、あくまでも歌舞伎という厳格な型の中でのイノベーションを起こすという、ある意味、制限があるからこそ、またそこにイノベーションが起きるという構造にもなっていたと思いますそしてそこには、舞踏と黒御簾の皆様の唄と演奏飲みの、言語という制限が取り払わせている中での表現ということで、だからこそ、我々が感じさせてもらえる余白がたっぷりとあって、一人一人が自由に感じさせていただくことができる、そんな構造にもなってたかと思います今回、琵琶の方が女性で、かつそこで歌われ、演者が激しく踊られるという演出は、何か鬼気迫るような迫力と、物語における、生きるべきか?歴史通りに死ぬるべきか?それを見届けなければならない母の思い、のような心の葛藤を感じて涙が出てきました3、伝統のリフレーミング400年以上の歴史を持つといわれる歌舞伎は、出雲阿国さんという方が、アイドルから脱出するために、当時流行りの歌舞伎ものを取り入れたそうですが現在、伝統になっているものも、元を正せば、これまでの伝統を打ち破る破壊的なフレーミングをしてきて、新たに生まれたことを考えると現在の伝統と言われているものも、進化論思考における、適応と進化の、両方を繰り返さない限り、衰退という道が襲ってくるのが、世の常なのかもしれないと思うに今回の新作歌舞伎の挑戦は、「大喜利所作事」における、もしかしたら、大きなリフレーミングのきっかけを与えたのかもしれない、それはすぐには現れないかもしれないけれども、歌舞伎役者の中に熟成されて、いつの日か、新たな伝統が生まれる、そんなことにつながるのかもしれないなあと思いましたということで、刀剣乱舞と掛け合わせることで、四重構造の掛け合わせを実施し、「大喜利所作事」において、型と踊りの言語を超える飛躍を起こし、将来には伝統のリフレーミングにつながるかもしれない、そんな素晴らしい経験をさせていただきました一言で言えば踊りだからできる飛躍ノベーションそんなことを思わせていただきました^^参考:歌舞伎『刀剣乱舞』原案「刀剣乱舞 ONLINE」(DMM GAMES/NITRO PLUS) 演出:尾上菊之丞、尾上松也 脚本:松岡亮 出演:尾上松也、中村獅童等 https://www.kabuki-toukenranbu.jp音声で聴きたい方はこちらhttps://creators.spotify.com/pod/profile/u6b8bu9593-u5149u592au90ce/episodes/1542-e35dmcs動画で観たい方はこちらhttps://youtu.be/h3R-u323HPo

  9. 992

    アイディアはオープンにするノベーション(1162回)

    "あるアイデアを思いつく人が1万人いたとします。しかし、そのうちのほとんどの人は思いついても、それを真剣に事業モデルにしようとはしません。 むしろアイデアは盗まれるものと割り切って積極的に開陳し、事業協力者を増やしていくほうがゴールへの近道だったりもします。 事業化へのあくなき情熱が盗人に勝てないようであるのならば、そのアイデアは最初から成功しないものか、自分だけの力量では成就しえないものだったとあきらめるしかないのです。" ここから私は思いました 1、面白いアイディアには必ず壁がある →壁を乗り越えるのが勝負の分かれ目 2、誰もが反対するものこそアイディアの種 →見えてるビジョンが違う 3、オープンイノベーション →オープンとクローズのパランス これは、普段私も知らず知らずのうちに、いいアイデアが生まれた時は、ステレスにしてたりするので、なかなかに見につまされるお話しでした ベンチャー企業の皆様が、なぜ成功したのかという問いに、諦めなかったから、という話はいつもしていますが、それはつまり、何度も壁にぶち当たったということだと思います つまり、どんなにいいアイディアとわかっても、それを実現することが、壁を越えることが、とても大変だといことなので アイディアだけあったとしても、壁を越えられる仲間を見つけて越えた人が勝ってしまうのであれば、オープンにして、仲間を増やした方がいい、というのはとてもリーズナブルな話なのだなあと改めて思いました また、逆にみんなに反対されるアイディアというのもありますが、これは、誰から見ても高い壁があるよねーという、常識を覆さないと実現できないアイディアなのですが これがまた、逆にイノベーションに近いアイディアであることも、よくあると思います。この場合は、最初のケースよりも、より高い壁が顕在化してるということなので それこそ、どんどんオープンにして、否定され続けても、ファストフェイルの気持ちで、それこそ、イノベーションだと進んでいく、ということになるかと思います そして、実はこのアイディアオープン問題は、オープンイノベーションを推進してる担当の時代に、とても悩んだ問題でもあります その時は、事業部にできるだけオープンにして、具体的にペインを明らかにして、自分たちのやりたいことも明らかにして、募集をかけましょー、と言っても、事業部側からすると、虎の子のサービスだったりすると思うので、とても難しい局面を多々経験しました その時に思ったのは、コアとしてここだけは出しちゃダメ、というところと、オープンにして具体的に集めよう、というバランスをとっていきましょう、ということでした でも基本的には、アイディアの段階であれば、まだ知財を取れることでもなのであれば、できるだけオープンにして、仲間を増やして、一気にビジネス化へのスピードを加速する方を選びましょう、というスタンスでやっていました イノベーション3つのフレームの通り、パッションが熱くても、応援してくれるイケてる仲間がいるかどつか、ここがポイントになると、そして大義を目指す、というやり方をしてたのを思い出しました ということで、イノベーションでも、オープンイノベーションでも、基本的には アイデアはオープンにするノベーション それがスピードと壁を乗り越える、大きな手段と、そんなことを改めて思いました そんな話をしています^ ^ 参考:本: ボスコン流どんな時代でも食っていける「戦略思考」 2015年7月29日 初版第1版発行   著者:牧野知弘 発行所:SBクリエイティブ株式会社 音声で聴きたい方はこちら https://podcasters.spotify.com/pod/show/u6b8bu9593-u5149u592au90ce/episodes/1162-e2ortdl 動画で見たい方はこちら https://youtu.be/BA8DXTnHHTA

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    日々のイノベーションに生きがいがあるノベーション(1159回)

    ハーバード大学・京都大学教授の広中平祐さんの言葉にとても共感しました "私は常々「創造のある人生こそ最高の人生である」といっているんです" "創造というのは、決して学者や芸術家の専売特許ではなくてね、人間の作業というのは全部、創造じゃないかと思うんです。" 結婚だって創造だし、生徒を指導することも創造です。母親がわが子のためにセーターを編む、掃除のやり方を工夫する、老人が植木を栽培して育てるのも、まさに日常生活の中での確実な創造だと思います。" ここから私は思いました 1、日常生活にイノベーションがある 2、誰もがイノベーターである 3、イノベーションは生きがいになる この話を聞いて私の父のことを思い出しました。何も趣味がない人でしたが、料理や洗濯やDIYや庭いじりをひっきりなしにやっていました 私は、''なんでもできる人"になりたいと、小さい頃から言っていたそうですが、それは父のことだったのかもしれないなと、ふと思いました 日々の何気ない中に、課題を見つけては、黙々とそれを解決していく、それこそが、イノベーターなのだと改めて思いました そしてそれは、実は、私の父のように、誰もがやってることで、ある意味、日々小さなパッションが生まれて、誰か仲間に手伝ってもらって、そして大義として誰かをよろごばせている その繰り返しをしている人は、たくさん世の中にいるので、その意味では、誰もが実はイノベーターなのだと、大それたことをする人だけがイノベーターではないのだと思わせて頂きました さらには、人生100年時代といいますが、その中で、大切なことの一つに、生きがいを持つということがありますが それこそ、日々の中に工夫を重ねてる人生をしている人は、日々イノベーターであり、日々生き生きと、生きがいを持って生きてる人なのだろうなあと イノベーターになる訓練をすることは、生きがいを持てる人生を過ごせることにもつながるのだろうなあと 日々のイノベーションに生きがいがあるノベーション そんなことを思わせて頂きました^ ^ 参考:本:一生学べる 仕事力大全 藤尾秀昭監 令和5年12月25日 出版社 致知出版社 動画で見たい方はこちら https://youtu.be/hGkGOTSPYf0 音声で聴きたい方はこちら https://podcasters.spotify.com/pod/show/u6b8bu9593-u5149u592au90ce/episodes/1159-e2krlf9

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