PODCAST · business
残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"
by kotaro zamma
イノベーションで世界をよりよく変えていこう、という闘う人々を応援するチャネルです。スタートアップや大企業、音楽家やアーティストなど、様々なイノベーターのビジョン、考え方、パッションを是非是非、全身で感じてください!
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人生を笑い飛ばすノベーション(1947回)
ブロードウェイミュージカル「シカゴ」30周年記念公演を観させて頂き、本場の迫力に圧倒されたとともに、人生を生き抜くヒントをいただいた気がしましたシアターオーブホームページからのストーリーより”1920年代のジャズ全盛時代、イリノイ州シカゴ。不倫を重ねていた夫と妹を殺した元ナイトクラブ・ダンサー、ヴェルマ・ケリーが収監されている監獄に、新顔がやってくる。彼女の名はロキシー・ハート。冴えない夫エイモスに飽き飽きしている女優志願の人妻ロキシーは、自分を捨てようとした愛人フレッド・ケイスリーを殺害したのだ。悪徳敏腕弁護士ビリー・フリンの力でメディアの注目を一身に集め、スターとなっていたヴェルマに負けじと、ロキシーもビリーを雇ってマスコミを利用し、正当防衛の“悲劇のヒロイン”として一躍メディアの寵児になっていく。"東急シアターオーブの公式サイトでは、『シカゴ』を「実話を基にした二人の悪女のスキャンダラスな物語」と紹介していますここから私は思いました1.生き抜く力2.物語の力3.人生を笑う力1.生き抜く力『シカゴ』に登場する人たちは、決してきれいごとだけでは生きていません。追い込まれれば、知恵を使う。人を頼る。時には、自分自身さえ演じる。もちろん、そのすべてを肯定するわけではありません。それでも私は、その姿から、人間が「生きたい」と思ったときに発揮する、ものすごいエネルギーを感じました。これは、イノベーションリップルモデルにおける、パッションの源とあい通じるものがあると思います逆に言えば、新規事業や、イノベーションを立ち上げるときに、「これを何としても実現したい」と思えるほどに自らのパッションを熱くすることができているかもちろん、そんなふうに自分を追い込まないとうまくいかないというわけではありませんでも、何かを成し遂げようと思う際には、特に、これまで誰もなし得ていないことを成し遂げようと思う際にはそれぐらいのパッションの熱さがあるか、と問われているような気がしました2.物語の力このお話は、すべて事実ではありませんが、実話をもとにしたお話と言われています先のストーリーで紹介されている通り、殺人を犯したはずのヴェルマは、悪徳敏腕弁護士ビリーの力で、いつの間にかメディアのスターに登りつめていきますここに、人間の物語を紡ぐ力と、心を動かす物語を信じてしまう性が、とてもよく描かれていると思いました歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリさんは、『サピエンス全史』の中で、「フィクションは、私たちに単に物事を想像する力を与えただけではない。それを共同で想像することを可能にした」と述べています。人間は、一人で物語を想像するだけではなく、同じ物語を多くの人と共有することによって、現実には存在しないものさえ社会を動かす力に変えてきたというのです。『シカゴ』を観ていると、まさに、この『物語が人を動かす力』の怖さと凄まじさを、まざまざと見せつけられた気がしました悪用することは厳禁としても、イノベーションや、自分が進めたいことを、本当に実現するためには、この「物語の力」を味方につけることができるか、とても大切だなあと思いました3.人生を笑う力そして、私が『シカゴ』を観ていて最も魅力を感じたのは、こんなにも重い題材を扱っているのに、とにかくエンターテインメントとして楽しいということでした。人間の欲望も、嫉妬も、失敗も、悲劇も、歌になり、踊りになり、笑いになっていく。もちろん、悲劇そのものを軽く扱っているわけではありません。むしろ、人生のどうしようもなさまで引き受けたうえで、それでも笑ってみせる。そこに、人間の強さがあるように思いました。以前、満島ひかりさんの言葉として「人生は茶番よ」という言葉を紹介したことがありますが、今回の『シカゴ』を観ながら、その言葉をふと思い出しました。人生には、どうしても避けられない失敗や挫折があって、起きてしまったことを、なかったことにはできないでも、それをどう意味づけるのか。どう語り直すのか。そして、いつの日か笑って語れるものにできるのか。そこには、人間にしかできない創造があるように思います。失敗を消すのではなく、失敗から新しい意味をつくる。悲劇を悲劇のままで終わらせず、次の物語へと変えていく。『シカゴ』の底には、人生は思い通りにならない。それでも、生きる。そして、最後には笑ってみせる。そんな、したたかで強い人間賛歌が流れているように感じました。一言でいうと、人生を笑い飛ばすノベーション。そんな話をしています。参考:東急シアターオーブホームページ 講演LINEUP ミュージカル『シカゴ』30周年記念来日講演サイトhttps://theatre-orb.com/lineup/26_chicago/ シカゴホームページ https://chicagothemusical.jp
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解くべき問題ノベーション(1946回)
今のコンピュータメモリ、通信、デジタル技術につながる「誤り訂正符号」の基礎を作った人物の一人である数学者リチャード・ハミングの講演「You and Your Research」を通じて、イノベーションのあり方について考えさせられました。曰く、“If you do not work on an important problem, it’s unlikely you’ll do important work.”「重要な問題に取り組まなければ、重要な仕事をすることはまずない。」しかしハミングは、単に大きな問題に挑戦しろと言っているわけではありません。“It’s not the consequence that makes a problem important, it is that you have a reasonable attack.”「結果の大きさが問題を重要にするのではなく、合理的な攻め方があることが重要なのです。」ここから、私は三つのことを思いました。1、重要な問題とは何か?2、合理的な攻め筋とは何か?3、なぜ重要な問題に取り組めないのか?1、重要な問題とは何か?我々がイノベーションへ取り組む際に、この問いはとても重要だと思いました果たして、我々が取り組んでいる問題は、重要な問題なのか?それを考える時に大切なのは、もしその問題が解けたとして、どんな素晴らしいことが待っているのか、それをあらかじめ考えておく、ということなのかもしれないなと思いましたよくあるのは、まずはやってみなければわからないじゃないみたいな話で、目の前の課題を解決することから、行動することが大事、という話を聞くこともありますとにかく行動してみる、ということは、悪いことでは全くないのですが、その先のゴールがなんなのか?を最初に考えておくことがとても大事だと思います我々が目指している世界は、こういうことなんだ、これができたら、こんなに素晴らしい世界が生まれるんだ、そしてそれは、たくさんの人たちを喜んでもらえるものになるはずだということを、少なくとも、どんな世界が開ける、その第一歩をやっている、というように考えておくことがとても大事だと思います私がいつもお話しする、イノベータリップルモデルにおける”パッション”から始まって、”仲間”と共に、誰かが喜んでもらえるものを作る、という最後の”大義”があるかどうか実は、そこまで考えて、自分自身が今やっていることを、意識している人というのは、少ないような気がしました自分がとくべき重要な問題はなんなのか?常に問い続けることが大事だと思いました2、合理的な攻め筋とは何か?しかし、重要な問題なら何でも取り組めばいい、というわけでもありません。ハミングは、タイムトラベルやテレポーテーション、反重力などを例に挙げています。実現すれば、とてつもないインパクトがあるけれども、そこに合理的な攻め方がなければならない。これは、言い方を変えれば、それは解ける問題なのか?(今ではなくとも)という問いなのかもしれないなあと思いました社会課題と言われているものが、10年前も変わらずにあり続けるというのは、実は、合理的な攻め筋が見えていないのかもしれないなあと思いますイノベーションや、何かのテーマの時に、自分として取り組む際に、とても大きな問題なのだけれども、果たしてそれは解ける問題なのか?という問いを自分にすることも、とても大事だと思います永遠の社会課題や、引用にある通りの、今の技術から考えて、到底実現できると思えないもの、道筋が見えていないものは、だからといって、道筋が完全に見えていなければ取り組むべきではない、ということではないと思います。大切なのは、「この方向からなら何かが見えるかもしれない」という、自分なりの攻め口、仮説を持てるかどうかなのだと思いました。だとすれば、それを、最初に見抜くことが大事だと思いました。もしろん、正解である必要はなくて、この攻め口なら、ヒントが見つかるかもしれない、そんな仮説が立てられるものではないといけないと思いました3、なぜ重要な問題に取り組めないのか?ハミングさんが調べたところによると、実は、重要な問題に取り組んでいる人ばかりではなかった、というところに、イノベーションや研究の難しさがあるのかもしれない、と思いましたイノベーションで言えば、実は、それが重要な問題なのかどうかでさえ、わかっていない、ということがたくさんあるのではないかと思いましたつまり、目の前にある解きやすい問題についつい取り組んでしまう、それは裏を返せば、重要な問題を突き止められていないから、そうせざるを得なくなってしまっている、ということも言えるかもしれないと思いました重要な問題を突き止めるということが、実は、最も重要にもかかわらず、そう簡単にはできないこと、だからだと思いますだからこそ、ジョンキーツさんが言われるところの、ネガティブケイパビリティのように、重要な問題がわからなくとも、とにかく、真の課題が突き詰められるまで、問い続けることができるかそれは、特に、期限が決まっているプロジェクトなどだと、本当に苦しい戦いになりますまずは、小さな成果でもいいから、成果を見せないと、何をしていただんだということになってしまうしかし、それを繰り返していたのでは、本当のイノベーションや研究は起こすことができない最後は、自分自身が、納得して、これは、とても重要な問題なのだ、と言えることを目指すということなのかもなあと思いましたそれは、本当にとくべき問題なのかこれは、ある意味、一生を左右することもあるかもしれないそれほど、重要な問いであると、思いました一言で言えば、解くべき問題ノベーションそんな話をしています参考:Richard Hamming「You and Your Research」(1986年3月7日、Bell Communications Researchでの講演)
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さ・か・さにするノベーション(1945回)
歌手の加藤登紀子さんの言葉に、人生の考え方のパラダイムシフトを教えて頂きました。曰く、「逆さの学校という本を書いたんですけど、ヒントはね、砂時計。砂時計はずっと一定程度時間がすると止まっちゃうでしょ。止まっちゃうんです。でやっぱり、ぎゃって、逆さにしないと新しい時間が始まらないじゃないですか。あれをふと思った時に、このね、じゃあ誰が逆さにするかですよね?」ここから私は思いました。1、砂時計は落ちても終わりじゃない2、逆さから見ると、常識が壊れる3、逆さにできるのは自分だけ1、砂時計は落ちても終わりじゃない砂時計はこれまで、人生の有限性を表す象徴として語られることが多かったように思います。でも、加藤登紀子さんから、人生の見方をひっくり返す、大きなパラダイムシフトを教えていただきました。砂時計は砂が全部落ちたら終わるけれども、どっこい、終わらない方法がある。それは、逆さにすれば、同じ砂から、また新しい時間が始まる。人生は、ただ残り時間が減っていくものではない。行き詰まった時、何かが終わったように見えた時、もう先がないと思った時などなど実は、向きを変えれば、そこからまた新しい時間を始めることができるのだと。「限りある人生」から、「何度でも始め直せる人生」へ。砂が落ち切ったことは、終わりではない。もしかすると、それは、次の時間を始める合図なのかもしれません。私は、この反転に、とても大きな希望を感じました。2、逆さから見ると、常識が壊れるでは、「逆さにする」とは何だろうと、考えた時に、私は、物事を見る向きを変えることなのかなあと思いました物事は、実は、見方によって、真実と思われていたことでさえ、全く逆の景色が見えてくることがある例えば、うんちを踏んだ時に、『なんてついてないんだ』と思うのか、『いや、運がついた』と思うのか。同じ出来事なのに、見方ひとつで景色が180度変わることもあります何か、壁にぶち当たった時に、あ、そうだ、砂時計を逆さまにしてみよう、こう思えるだけで、もしかしたら、新しい光が見えてくるかもしれないイノベーションの世界では、よく逆転の発想と言いますが、それによって、たくさんの課題が一気に解決することがありますとはいえ、常日頃バイアスに塗れている自分には、いつどうやるの?というふうに思いますしかし、加藤さんのお話を聞いて、困った時や、終わったと思った時にこそ、自分の中のイメージの砂時計をひっくり返すことを思い出す自らのバイアスを壊す、スイッチになるかもしれないなと思いました3、逆さにできるのは自分だけそして私は、加藤登紀子さんの最後の一言が、一番大切なのではないかと思いました。「じゃあ誰が逆さにするかですよね?」砂時計は、ひとりでに逆さにならない自分の砂時計は、自分じゃないと誰にもひっくり返すことができないそれがとても難しいことだなあと思いましたまずは、砂時計が落ち切ったことに気が付かなければならないそして、それで、全てが終わったということではないかもしれない、と気が付かなければならないそれは、誰も助けてはくれない様々なバイアスや、もしかしたら他人からの批判、誰も賛成してくれないことなのかもしれないでも、最後にひっくり返す決断だけは、誰かに代わってもらうことはできませんそこには、ほんの少しの勇気と、それでも立ち上がろうとするパッションが必要なのかもしれなあと思いましたでも、それをするという選択肢がある、ということを、忘れないようにしておく、心の隅っこに留めておくそれだけで、もしかしたら、暗闇の茨の道を照らす一筋の光になるかもしれないなと思いましたイノベーションの世界は、まさにそんなことの連続なのかもしれませんそれでも、自らのパッションに基づいて、何度も砂時計をひっくり返しながら、仲間と共に、大義を実現していくことを諦めない自分で勇気を持って逆さにした瞬間から、新しい時間が始まる。人生は、実は、残された砂が減っていくことだけではない。人生は、自らの意思で砂時計をひっくり返し、何度でも新しい時間を始めていくこともできる。そんな勇気をいただきました。一言でいうと、さ・か・さにするノベーション。そんな話をしています。参考: 第 2485 回 「さ・か・さ」の学校 歌手 加藤登紀子 テレビ静岡 https://www.sut-tv.com/program/terakoya/backnumber/single/index.php?id=438
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リキッドネットワーク・ノベーション(1944回)
科学やテクノロジー、イノベーションについて数多くの著作を持つアメリカの作家 スティーブン・ジョンソンのTED講演「良いアイデアはどこで生まれる?」を通じて、イノベーションのあり方について考えさせられました。曰く"心理学者のケビン・ダンバーは、良いアイデアが実際にはどこで生まれるのかを調べるため、研究者たちの仕事を観察しました。''"研究者が顕微鏡に向かっているときだけでなく、同僚と話しているときや、研究室の会議で議論しているときの様子も記録したのです。""そこで明らかになったのは、私たちが抱いている「ひらめき」のイメージとは異なるものでした。""重要な飛躍的アイデアの多くは、研究者が一人で考え込んでいるときではなく、毎週開かれる研究室の会議で生まれていたのです。”ここから、私は三つのことを思いました1、閃きは人との対話で生まれる2、未完成のアイデアを掛け合わせる3、流動的ネットワークをいかに構築するか1、閃きは人との対話で生まれる歴史に名を残している発明家は、何か1人の天才的な閃きから、生み出されていると思いがちな気がしていましたしかし、ダンバーさんの観察では、重要なアイデアの多くは、一人で顕微鏡に向かっているときではなく、研究室の会議で生まれていました。もちろん、お一人で閃かれている人もおられるのかとも思いますがそう考えると、実は1人の天才を育てたり、獲得してくることも必要ですがたくさんの人たちが集いながら、対話が生まれる環境づくりということが、もう一つ、発明やイノベーションを起こす手段として、重要なのかもしれないという気づきをいただきました2、未完成のアイデアを掛け合わせるオープンイノベーションというと、スタートアップ企業が推進しているビジネスを発表してそして、そのビジネスをさらなる成長へ導きながら、自社も成長できる大企業とマッチングをしていく、というのが主流な気がします今回のお話から、アイディア創発をするための、オープンイノベーションというものがあってもいいのかもしれないなと思いましたそれは、完成したビジネスモデルとのマッチングを目指す場ではなくて未完成なビジネスモデルや、まだアイディアレベルのお話や、こなれていない技術、または、試行錯誤してきた失敗の話などそんな人たちのお話が入り乱れることによって、そこから、新しいアイディアやビジネスや技術が生まれていく、または、ブラッシュアップされていくそんなオープンイノベーションの場こそ、爆発的なイノベーションを生む仕掛けの一つとして、もっとあってもいいのかもしれないなあと思いました3、流動的ネットワークをいかに構築するかジョンソンさんは、さまざまなアイデアが集まり、立場や関心の異なる人たちが互いに意見を交わす環境を、「流動的(リキッド)ネットワーク」と呼ばれていました17〜18世紀のイギリスのコーヒーハウスが、実はそんな場だっだった、とも言われていましたが、現在のカフェとはずいぶん違うものだなあと思いますまた、現在のオープンイノベーションの場や、コワーキングスペースや、閉じられているコミュニティとも違う気がする多様なアイディアや思想や技術を持っている人たちが、未成熟なものを自由に語り合いながら、セレンディピティの出会いと、掛け合わせのアイディアが生まれるような場所その場所に入るためには、必ず自分なりの未成熟なアイディア技術、失敗談などを持っていくことが、唯一の入場券年齢や役職や社会的地位などは、一切関係のない、メンターに相談するのとも違って、自分のアイディアを話したくてうずうずしている人たちが集うところそこから何が生まれたかなんて、成果をはかりようもないし、誰もそんな成果を求めていない、ただ面白いと思う人だけが集う、しかもオープンに人を迎え入れるところそんなところを作ることができれば、アイディア自体を、オープンイノベーションで、創発できる、面白くてワクワクする場ができたらいいなあと思いました「どうすれば、人と人のあいだで未完成のアイデアが流動し、掛け合わされる環境をつくれるか」一人の天才を探したり育てたりするのではなく、普通の人たちの知識や経験が出会い、誰も一人では思いつかなかったものが生まれる状態をつくる。イノベーションとは、人の能力だけの問題ではなく、人と人の「あいだ」をどう設計するかという問題なのかもしれないなあと思いました一言でいうと、リキッドネットワーク・ノベーション。そんな話をしています参考: TED日本語 - スティーブン ジョンソン: 良いアイデアはどこで生まれる?https://digitalcast.jp/v/12158/?utm_source=chatgpt.com
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シンクアウトサイドボックス・ノベーション(1943回)
シェア90%を超えるともいわれる、高性能半導体向けの層間絶縁材ABFの開発を牽引された味の素社長、中村茂雄さんの言葉にイノベーションの真髄を感じました。曰く、「まずこのABFの開発でですね、よく聞かれたのが、なぜ食品会社でこんなにいいものが作れたんだ、という質問なんですね。実はこの電子材料の領域で、この層間絶縁材というのは非常にたくさん使いますので、室温でしか保管してくれなかったんですよね。直射日光が当たらない倉庫に保管するっていうのが当時の常識でした。私が開発した材料っていうのは室温で3日間しか持ちませんでした。冷凍保管必須です。私どもは冷凍食品部門を持ってましたので、物流的にも倉庫的にもですね、冷凍というハードルがまずあまりなかった」そして、「ここで必要とされてたのは性能だったんですよね。基板メーカー様も、冷凍庫も冷蔵庫も導入してくれまして、室温で2日で使い切るプロセスを作ってくれました。今では層間絶縁材のそれが常識になってます。冷凍保管で使い切る。これが常識に変わりました。常識にとらわれていたんでは、これだけ性能の良いものは作れなかったと思うんですね。そこではシンクアウトサイドボックスが必要だったと思います。」ここから私は思いました。1、ゴールを、常識に合わせない2、異業種が、武器になる3、非常識は、新しい常識になる1、ゴールを、常識に合わせない私はイノベーションを支援する際に、とにかく真の課題を見つけ出すことを、徹底的にやっていきますがその真の課題の周りには、たくさんの常識と言われる壁があって、それを乗り越えない限り、真の課題には到達できないということがよくありますそれは、人が持っているバイアスだったり、商習慣だったり、規制やルールだったり、簡単には越えられない壁があるからこそ、その課題はこれまで解決されずに残っているのだと思いますその真の課題を見つけ、その解決というゴールに到達するためには、あらゆる常識を突き破らなければならない、ということをまさに、この話は教えてくれているなと思いました常識の世界では「室温で3日しか持たない」。通常であれば、これは商品にならないと考え、室温で長く保存できる材料を作ろうとするのではないでしょうか。真の課題に到達し、そして突き破るためには、ゴールを常識に合わせない、それを実例を持って教えていただいた気がしました2、異業種が、武器になるイノベーションの世界では、越境という言葉がよく使われますが人として越境して、新しい出会いやセレンディピティを手に入れるという言い方もありますし企業自体が、これまでの業界の枠を超えて、新しい領域へ踏み出すということも含まれていると思います越境によって、これまでの事業で培った強みである技術やスキル、ノウハウを別業界へ展開するのは、いうが易し行うは難しだと思います今回のお話は、まさにその越境させるビジネスとしては、まずは技術的な強みを活かした商品開発というところではあるのですが技術だけでなく、保管や物流まで、別事業で培った強みが新しい事業の競争力になる。まさに異業種だからこそ生まれた、強みの横展開だと感動しましたそれをもともと計算して展開されたのかどうかはわかりませんが、異業種だからこそ、同業者には持ちにくい競争優位性を持った展開のお手本のようなお話だと驚愕しました3、非常識は、新しい常識になる番組の中では、当初、この技術は、そんなに注目されていなかったとのことでしたが圧倒的なペインの解消をできる方法になっていたからこそ周辺の企業がこれまでのやり方を変えてでも、これを使いたいという常識に変わっていったのだなあと思いましたそういう意味では、これまでできなかった、圧倒的な真の課題、そこにある大いなるペインを解消するゴールを達成できるものであればこれまでの常識はひっくり返るということを、身をもって教えていただいたと思いました面白いのは、常識をひっくり返したイノベーションほど、成功した後には、それが当たり前になってしまうことです。だから私たちは、それがかつて『非常識』だったことさえ忘れてしまう。だからこそ、『常識は変えられる』という事例を語り継ぐこと自体が、イノベーションのマインドセットをつくるのだと思います中村さんの言葉を借りれば、シンクアウトサイドボックス。それは、常識という箱の中で答えを探すのではなく、箱の外に出て考えられるか、ということなのだと思います一言でいうと、シンクアウトサイドボックス・ノベーション。今日の非常識は、明日の常識になる。そんな話をしています。参考:テレビ東京『カンブリア宮殿』2026年8月20日放送「驚異の大進化! 味の素 世界攻略の舞台」
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人生のシュルレアリスムを悦ぶノベーション(1942回)
ブルトンさんの『シュルレアリスム宣言』の言葉に、誰の人生にもあるシュルレアリスムの考え方を教えて頂きました。曰く「私は純粋にシュルレアリスム的な悦びを信じているつまり、他のすべてのひとびとのあいつぐ挫折を知りつくしていながら自分がうちのめされたなどとは思わずにのぞむところから出発し、理にかなった道とはちがうあらゆる道を通って行けるところまで行く、人間の悦びをである。」ここから私は思いました。1、人生はデペイズマンの嵐2、人生をシュルレアリスムとして楽しむ3、そこに生まれる新結合の価値を楽しむ1、人生はデペイズマンの嵐この言葉から、私はブルトンさんがシュルレアリスムを唱えた意味の一つが、少しわかるような気がしましたつまり、単なる作品として悦ぶことや、知的好奇心を満足させるためのものじゃなくてもしかすると、大変な人生をいかに喜びに満ちたものとして過ごしていくことができるか。そんな思いも、シュルレアリスムに託されていたのかなと思いましたデペイズマンとは、シュルレアリスムの代表的な考え方で、見慣れたものを、本来あるはずの場所から引き離し、異質な場所に置くことで、新しい見え方を生み出すことができる、そんなことかと思います自分の人生で考えてみたら、思いも寄らなかったことはたくさんあって僕が今オープンイノベーションをやっているのも、たまたま久しぶりに会った先輩に誘われた先に、オープンイノベーションのイベントがあってまるで、シュルレアリスムを象徴する「解剖台の上のミシンとこうもり傘」のように、自分がそれまで出会ったことのない人たちや、まったく違う行動様式と突然出会った。その衝撃がまさに今の自分を創ることに繋がっていることを考えると、あれが自分のデペイズマンだったのかもしれないなと思いますオープンイノベーションプロジェクト立ち上げの何度にも及ぶ失敗や、実際のビジネスでの手痛い撤退など思い描いていた人生の配置を大きく崩されるような出来事も、たくさんありました。それもまた、人生に起きたデペイズマンだったのかもしれません。うちの父は、「まさかの坂に気をつけろ」とよく言っていましたが、それを思い出しました2、人生をシュルレアリスムとして楽しむそんな突拍子もない人生の出会いを、良きにせよ悪しきにせよ、どう受け止め、どう味わうことができるか、ということをブルトンさんは問いかけてくれてるのかと思いましたダリのえび電話のように、受話器が海老だった時に、気持ち悪いと言って、手を離すか面白いと言って、エビの感触や匂いを楽しみながら、電話をするかそれは、秋元康さんが言われていた、うんこを踏んだ時に、なんてついてないんだと思うか、なんて運がついてるんだと、どちらに思うか論にもとても通じる気がしましたもちろん、起きた出来事そのものを、無理に良いものだと思う必要はないし、痛いものは痛いし、失敗は失敗なのだと思います。でも、その出来事によって、それまでとは違う場所に自分が置かれてしまった時に、『こんな配置もあるのか』と眺めてみる。それが、人生をシュルレアリスムとして悦ぶ、ということなのかもしれません。その「ずれ」や「違和感」そのものを、すぐに元に戻そうとせず、しばらく味わってみる。思いがけない出来事も、道を外れたことも、偶然の出会いも、人生という作品をつくる一部だと考えてみる。「悪い出来事を良い出来事に変える」のではなく、「予定された意味から出来事を解放する」そうすると、例えば人生の挫折の見え方さえ変わってくるのかもしれないなあと思いました3、そこに生まれる新結合の価値を楽しむシュンペーターが、イノベーションを「新結合」と捉えたように、デペイズマンにも、それまで関係のなかったものを思いがけず出会わせる力があります。デペイズマンが起きる。異質なものが出会う。そこから新結合が生まれる。この二つには、どこか深いつながりがあるような気がしました。人生のデペイズマンによって、私たちは異質な人、場所、経験、考え方と出会い、本来なら出会わなかったもの同士が、偶然、同じ場所に置かれる。そこから、例えば私がオープンイノベーションの人生を独立して歩み始めたように、思いもしなかった新結合、そして人生が生まれることがあるのかもしれないなあと思います大切なのは、人生で偶然生まれてしまった組み合わせの面白さを、逆にこれって面白いのでは?と楽しむ方向へもっていけることなのかもしれません。そこには、合理性だけではたどり着けない、セレンディピティを生む、イノベーションの種があるのではないでしょうか挫折によって配置が崩れ、そこに異質なものとの出会いが生まれ、思いがけない新結合へとつながっていく。人生には、そんなこともあるのかもしれません。一言でいうと、人生のシュルレアリスムを悦ぶノベーション。そんな話をしています。参考:NHK「100分de名著」ブルトン『シュルレアリスム宣言』(3)「異質なものを並置せよ」2026年8月17日放送
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対立はなくさないノベーション(1941回)
政治理論家シャンタル・ムフの「闘技的多元主義」という考え方に、対立や融和のあり方について、とても考えさせられました。ムフさんはこう述べます。「敵対とは敵同士の闘いであり、闘技とは対抗者同士の闘いである。」「民主政治の目的は、敵対を闘技へと転換することである。」「よく機能する民主主義には、異なる政治的立場の活発な衝突が必要である。」ここから私は思いました。1、対立をなくそうとすることの危うさ2、争いながら、関係が壊れない状態をつくる3、対立は、イノベーションの宝庫かもしれない1、対立をなくそうとすることの危うさ対立というと、その対立軸を何とか一つにまとめられないだろうか、お互いを知る対話を繰り返すことで、一つの考えにまとまっていくよ、なんて私はついつい考えてしまうなあと思います喧嘩した子供などをみても、仲直りしなきゃダメだよ、みたいに、そして、仲良くなれてよかったねーみたいにするだろうなあと思いますしかし、そこには落とし穴があって、表面的には仲直りをしたように見えても、片方は自分は我慢しなくちゃならないんだとか、押し付けられたみたいな、不満というのが、沸々と溜まっているみたいなこともあるかもしれませんそして、人間の価値観は、育った環境、経験、立場、さまざまな要因で違いがあって、それを無理やり変えるということは、本当に難しいしそれをやってしまうのは、ある意味その人が大切にしてきた価値観まで否定してしまうことにもなりかねないとも思いますそれは、政治でも、企業でも、家庭でも、学校でも、あらゆるレベルですべてを一つにしようとすることむしろ、対立を無理になくそうとすると、誰かの意見を押さえ込んだり、異論を言えなくしたりする、そんな危うさが生まれるのではないか、とも思いますだから実は、大切なのは、対立をなくすことではなく、対立があることを前提にすること。なのかもしれないなあと思いました2、争いながら、関係が壊れない状態をつくるムフさんが示した「対抗者」という考え方は、そこに一つの新しいあり方を提示いただいているのかもしれないと思いましたそれは、対立する相手を「敵」と見るか「対抗者」と見るかに大きな違いが生じるということです敵とは、排除すべき相手。対抗者とは、「私はあなたの考えには反対する。しかし、あなたがその考えを主張する権利は認める」という相手です。つまり、対立をなくして争わないことを目指すのではなく、争いながらも関係が壊れない状態に持っていく。対立を関係の破壊にまで持ち込まないということが、実は、目指すべき真のゴールなのかもしれないなあと思いました例えばラグビーのノーサイドの考え方のように、「対抗者」とは本気でゲームで戦っても、相手自身は否定しない。むしろ、「対抗者」がいないと、ラグビーは成り立たなくなってしまう対立をなくすことがゴールではなく、どう対立から壊れない状況を作るか。それが、敵を対抗者に変えるという、ものすごいイノベーティブな考え方だなあと思いました3、対立はイノベーションの宝庫かもしれない世の中にはたくさんの対立軸があって、どちらが勝つのか・負けるのか、どちらが選ばれるのか・選ばれないのか、そこにゴールを持ってきているような気がしますしかし、考えてみると、対立軸というのは、ある意味、違いがあるもの同士ということになるので対立している二つのものを、どちらか一方にするのではなく、違いを残したまま、新しく結び直したり、掛け合わせたりすることができればシュンペーターさんがイノベーションを、既存の要素を新しく組み合わせる「新結合」と捉えたように、その違いそのものが、新しい結合を生み出す種になるのかもしれないと思いました。世の中に対立がたくさんあるということは、見方を変えれば、そこにはまだ解かれていない問いがたくさんある。つまり、対立とは、イノベーションの宝庫なのかもしれない。敵対から、対抗へ。対抗から、新結合へ。対立をなくすのではなく、対立は新しいものを生み出す宝庫であると捉え直す一言でいうと、対立はなくさないノベーション。そんな話をしています。参考 シャンタル・ムフ「Deliberative Democracy or Agonistic Pluralism?」IHS Political Science Series, 2000.(引用部分は筆者訳)
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強い意見を、弱く持つノベーション(1940回)
30年以上にわたり、シリコンバレーを拠点に、テクノロジーと社会の未来を研究してきた未来予測家、ポール・サフォーさんの言葉に、イノベーションのあり方について、深く考えさせられました。曰く「強い意見を、弱く持つ。」「予測するなら、何度も予測せよ。そして、自分が間違っていることを最初に証明する人になれ。」「未来予測の目的は、未来を予言することではない。現在において意味のある行動を取るために、何を知る必要があるのかを教えてくれることだ。」(いずれも原文より訳)ここから私は思いました。1、不完全でも、まず強く仮説を持つ2、自分が間違っている証拠を探す3、未来を当てるより、未来を変える1、不完全でも、まず強く仮説を持つイノベーションや新規ビジネスのワーキングなどに取り組んでいると、必ず言われるのが「もう少し調べてから」「もう少しデータが集まってから」「もう少し確信が持ててから」と言っているうちに、なかなか自分の仮説を決められず、動き出すことができない特に中長期の環境のことなど、いくら調べても、すべての情報が揃うことはないので、どんどん時間が過ぎていってしまう、ということがよくあると思いますサフォーさんが言われる「強い意見を持つ」というのは、今、自分が持っている情報の中で「私はこうなると思う」「私はこれが必要だと思う」と、まずDAY1仮説を持ってみることなのではないかと思いました曖昧なまま、成り行きに任せると、時間がかかるし、一向に検証活動に入ることができない間違っているかもしれない。いやおそらく間違っている。それでも、まず自分なりの旗を立ててみる。イノベーションの最初の一歩には、そんな勇気が必要なのかもしれないと思いました。2、自分が間違っている証拠を探す普通、自分が仮説を立てると、知らず知らずのうちに、自分が正しいことを証明するためのヒアリングやリサーチになってしまうことがあると思いますその理由の一つとして、人間には、自分の考えに合う情報を集めやすい「確証バイアス」がある、ということがあると思いますここで、サフォーさんが、すごいなあと思うのは、「自分が間違っていることを、自分で証明しにいく。」ということです。自分の仮説では説明できないデータはないか。自分とまったく反対の意見には、何か見落としているものがないか。自分の予測を壊してしまう事実はないか。自分自身の仮説や結論を体系的に壊そうとすると語っています。これは、なんでもいいからとりあえず仮説を作っていく、ということではなくその時点で持っている情報から、自分なりに最も確からしいと思えるところまで考え抜いて、仮説をつくりしかし、その仮説に執着せずに、むしろ壊すとしたらどんなものなのかを、徹底的に検証しつづけるそれが「強い意見を、弱く持つ」という、一見矛盾した言葉の意味なのかもしれないと思いました。3、未来を当てるより、未来を変える未来予測家というと、「未来を当てる人」だと思っていましたがでもサフォーさんは、未来はあらかじめ決まっているものではなく、今の私たちの行動によって、未来の展開そのものが変わっていくと考えています。だから未来を予測する目的は、「私は未来を当てました」と言うことではなくいくつもの未来の可能性を考えて、「では、どの未来に行きたいのか」「その未来に近づくために、今日、何をすればいいのか」を考えること予測を変えることは、負けではなく負けではなく、むしろ前進なのかと思います。未来を予測するのは、未来を当てるためではない。未来を創るために、今日の行動を変えるため。強い仮説を持つ。でも、その仮説を弱く持つ。それは、間違っていたら、誰よりも早く自分で壊すことであり、そして、また新しい仮説を持ち、その繰り返しによって、未来を「当てる」のではなく、未来に働きかけ続けること自分の正しさを守ることより、未来を変えることの方が大切。そんなマインドセットなのかなと思いました。一言でいうと、強い意見を、弱く持つノベーション。未来とは、予測して待つものではなく、仮説を何度でも変えながら、自分たちの行動によって創っていくものそんな話をしています。参考:ポール・サフォー「効果的な未来予測のための6つのルール」(原題:Six Rules for Effective Forecasting)、『ハーバード・ビジネス・レビュー』2007年7–8月号『エデュコム・レビュー』「ポール・サフォー インタビュー――『強い意見を、弱く持つ』に賭ける」(原題:Paul Saffo Interview: Betting on “Strong Opinions Weakly Held”)、1998年5–6月号
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大きな問いを楽しむノベーション(1939回)
1937年にノーベル生理学・医学賞を受賞した生化学者、アルベルト・セント=ジェルジさんの言葉に、イノベーションのあり方について、深く考えさせられました。彼は、研究についても、こんな言葉を残しています。「研究とは、誰もが見ているものを見て、誰も考えなかったことを考えることである。」(原文より訳)そして彼は、アメリカのウッズホールに移り住んで釣りを始めた時、いつも、とても大きな釣り針を使っていたそうです。「私はいつも、とても大きな釣り針を使っていた。どうせ何も釣れないだろうと思っていたし、小さな魚が釣れないより、大きな魚が釣れない方が、ずっと面白いと思ったからだ。」(原文より訳)ここから私は思いました。1、同じものを見て、違う問いを持つ2、小さく始めても、大きな問いを忘れない3、釣れなくても、大きな魚は面白い1、同じものを見て、違う問いを持つイノベーションというと、とかく誰も見たことのない新しいものを見つけることだと思ってしまいがちかなと思います先進事例調査や、未来予測プロジェクトなど、ついついまだ見ぬ未来をお手軽に探してしまうことも、あるかもしれないなあと思いましたでも、実は、本当に新しいものは、みんなが当たり前だと思って通り過ぎているものに、「なぜ、こうなっているんだろう」「本当に、これでなければいけないのだろうか」と、誰も立てなかった問いを立てることにかかっている。という言葉には、目から鱗が落ちる思いがしましたジェルジさんも、植物が傷つくと茶色く変色するという、誰もが目にするような現象に着目し、その背景にある酸化還元の仕組みを研究する中で、後にビタミンCと呼ばれる物質の研究へとつながっていったそうです。イノベーションとは、誰も見たことのないものを見る力ではなく、誰もが見ているものに、違う問いを立てる力そこに大きな鍵があるのかもしれない、と思いました2、小さく始めても、大きな問いを忘れない最初に大きな志があっても、あまりにも巨大な課題だと、進まなすぎて、諦めてしまうことが、あると思いますだから、まずは小さな成功から始めることは、間違いではないしかし、それで満足してしまって、自分自身の大きな志を忘れてしまってはいかん、とジェルジさんは言ってくれているように思いました答えを出しやすくしようとすればするほど、私たちは無意識のうちに、問いそのものまで小さくしてしまうのかもしれません。イノベーターリップルモデルでも、自分自身の想いである「パッション」から始まり、「仲間」と共に、たくさんの人たちが喜んでもらえる「大義」を掲げていくその「大義」は、決して小さくしてはいけない、大いなる「大義」のもとに、小さな成功を重ねながら、進んでいくということを、忘れちゃいけないと思いました3、釣れなくても、大きな魚は面白いそして私が最も考えさせられたのは、ジェルジさんが、「小さな魚が釣れないより、大きな魚が釣れない方が面白い」と言っていることです。誰もが見ているけど、自分だけが、これって何か違うんじゃない、とか、なんでこうなっているの?みたいな問いが出てくるものはそう簡単には答えが出てくるものでは、ないことが多いと思いますでも、だからこそ、面白いそれは、なんらかの成果を早く上げて、みんなに認められたいというような外発的動機ではなく自分の中からどうしてもこれを何とかして解いてみたいという、極めて内発的動機なのかもしれないなと思いました答えがすぐに出ないような、問いを自分だけが思いついちゃったこれこそが、パッションの源に火をつける原動力なのかもしれないなと思いました誰も見たことのないものを探すのではなく、誰もが見ているものに、誰も考えなかった問いを立てるたとえ何も釣れなくても、大きな釣り針を、海に投げ続ける。それは、釣れない可能性も高いが、万が一釣れちゃったら、すごいことになるぞと考えると、ワクワクしちゃうそんな、誰もが見ている当たり前のものに、大きな問いという釣り針を投げてみる一言でいうと、大きな問いを楽しむノベーション。そんな話をしています。参考:アルベルト・セント=ジェルジ『生体とエネルギー』服部勉訳、みすず書房、1958年米国ウッズホール海洋生物学研究所「アルベルト・セント=ジェルジ」紹介資料
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1人でも救えたらノベーション(1938回)
坂本美雨さんが、徹子さんに、なぜ諦めずにユニセフ親善大使を続けられるのか?と言う問いへの徹子さんの答えがとても心に刺さりました曰く"例えば一人の子供でも救えたら。私たちは子供を救うってことはできないでしょう、普通。でも一人でも救えたらそれでいいじゃないかって、私は思ってるんです。全部の子供救うのはとても無理でも。だから一人の子供を救えたらそれでいいかな。一人でも泣いてる子がいたらちょっとね、抱いてあげらればいいかなってそういうところから始めようと思ってる。"ここから私は思いました1、できない理由を「大きさ」にしない2、「一人」は一つの世界である3、小さな勝利(Small Wins)1、できない理由を「大きさ」にしない世界には、今の自分からは見えていないけれども、あまりにも大きな問題があって戦争、飢餓、災害、差別、貧困、などなどその大きさを前にすると、「自分一人が何かをしても、何も変わらない」と思ってしまって、日々を送ってしまうあまりにも大きな問題を前にして立ちすくんでしまう、見ないふりをしてしまうでも、徹子さんは「全部の子供を救う」こと、繰り返される大きな社会課題全体を解決することを、自分の行動の条件にしていませんでした全部は救えなくても、一人なら救えるかもしれない。そこからなら、始めることができるこれは、社会課題や巨大な課題へ向き合うときの、とても大切な視点だと思いました。できないことの大きさを見るのではなく、自分にできる一歩を考える大きな理想を掲げながら、目の前の一人に手を伸ばせるか 数や、金額の大きさに、ついつい捉われてしまう私ですが、目から鱗が落ちる思いと感動を頂きました2、「一人」は一つの世界である人を一人救うことができるって、それだけで本当に凄いことだと思いますその人にとっては、人生の全て、世界の全てだと思いますその人が自分と考えてみると、自分の全てが失われてしまうことそれを救ってくれるというのは、その人からすると、世界を救ってくれたと同じかと思います一人は数じゃない一つの世界なんだと思いました3、小さな勝利(Small Wins)組織心理学者のカール・E・ワイクは、1984年の論文 “Small Wins: Redefining the Scale of Social Problems” でこう書いています「ひとたび小さな勝利が達成されると、次の小さな勝利を後押しする力が動き始める。」また、論文には「問題の規模を行動を促すために大きくすると、フラストレーション、興奮、無力感などが生じ、思考と行動の質が低下する」という趣旨の記述があります実は、徹子さんの行動には、一人を大切にする、ということ、目の前のできることから始める、ということから、更に大きな社会課題を動かしていく、その第一歩にもなり得ると思いましたそして、これは、普段の行動においても、同じことが言えると思います行動科学者のBJ・フォッグが、Tiny Habits(小さな習慣)で「シンプルにすることが、行動を変える。」といわれていますモチベーションは上がったり下がったりする。だから、モチベーションを上げようとするのではなく、行動の方を小さくする。本を一冊読むのではなく、一文読む。運動するのではなく、まず運動着を着る。そして私は、徹子さんの「一人でも救えたら」という言葉にも、同じものを感じました。志を小さくするのではない。最初の行動を小さくする。そうすることで、動けなかった自分が動き始める。そして、その小さな一歩が次の小さな一歩を生み、いつか大きな志へとつながっていく。そんなことを思いましたということで一言でいうと、徹子さんの言葉を借りて1人でも救えたらノベーションそんな話をしています参考: 徹子の部屋 坂本美雨 2026/8/10 テレビ朝日 https://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/guest/0350/
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余白のフィードバック・ノベーション(1937回)
編集者の佐渡島庸平(さどしまようへい)さんの「アドバイス」と「感想」の違いについての考え方に、イノベーションを生み出す関係性のヒントを感じました。曰く、"アドバイスをすると、その通りにしか動かない。アドバイスは、指示に近い。それよりも、その状態から連想した自分の体験を話す。すると、それを受けて、相手も連想する。具体的な指示に近いアドバイスには余白がなくて、聞いてしまった相手は主体的に動けなくなる。もっと余白がたくさんある感想であれば、聞いた相手がその余白を埋めた時に主体的に動ける。そして、こちらが想像もしないようなことを行う余地が生まれる。使役的な関係ではなく、中動態的な関係を築くためには、アドバイスにならない、感想を言う必要がある。"ここから私は思いました。1、 アドバイスが創造性を狭めるとき2、感想から余白をつくる3、想像の上をいく余白1、アドバイスは創造性を狭めるとき自分も起業家のメンタリングをする場合がありますが、ついついアドバイスをしてしまうことがあるなあと思いました特に自分がやってきたことや、失敗したことなど、善意から「こうした方がいい」または「こうやっちゃダメだよ」みたいにしかし、それは、職人からの伝承など、定型的なやり方などについては、良いと思うのですが、こと、イノベーションのような、本人のパッションが原動力になり、まだ誰も成し遂げていないことに挑戦するような場合は創造性の可能性を狭めてしまうことがあるのだなあと改めて思いましたよくある壁打ちというのは、実は聞いてもらえるだけで良くて、その中で自分で答えを見つけることができる、と言われますが実はアドバイスをあえてしない、こちらの方がなかなか難しいのですが、それだけでもいいということもあるなあとも思いました2、感想から余白をつくるさらに一歩進んだ方法として今回のお話は響きましたよく先輩に何か聞いた時に「それを考えるのがお前の仕事だ」と丸投げされることもありましたが「いる意味ないじゃん」とよく思ってました。それもある意味、あえて放任する育成方法だと思いますがそうではない方法として、「感想を言う」、というやり方がある、と言うことは、目から鱗が落ちる話でしたそれは、自分はこう思ったということを伝えながら、対話がはじまり、それをどう解釈して落とし込むかは、全て相手に委ねることができるその余白で相手がどう自分自身で変化していくかに、クリエイティビティを発揮してもらえる素晴らしい方法だなあと思いました3、想像の上をいく余白ある意味、武道でいうところの、守破離なのかもしれないなあとも思いましたまだ型ができていない場合は、「守」として、型をアドバイスしながら徹底的に教え込むことも大事かなとその上で、型を破り「破」、そして想像の上を超えてもらう「離」最後の想像を超えてもらうためには、アドバイスをもらってしまうと、その枠からでられなくなってしまうので「感想」から対話を始めて、自らの殻を「破」り、 自分自身の答えへたどりつく「離」を実現してもらう 「相手が今どの段階にいるかによって、教えるのか、感想を返すのかを変えることが必要なのかと思いましたそのために、佐渡島さんが「使役的な関係ではなく、中動態的な関係」と表現しているところも、とても興味深いです。 私はここから、「私があなたを動かす」という一方向の関係ではなく、対話の中で互いに影響し合い、そこから何かが生まれていく関係を想像しました。誰かの正解通りに動くのではなく、互いの言葉から連想し、それぞれが余白を埋めながら、誰も最初には想像していなかった場所へたどり着く。 創発を生みたいときに必要なのは、優れたアドバイスを与えることではなく、感想から対話を始め、相手が自ら考えられる余白を残すことなのかもしれませんアドバイスは「答え」を渡す。感想は「余白」を渡す。一言でいうと、余白のフィードバック・ノベーション。そんな話をしています。参考:本: 想像の上をいく アウトプットを引き出す 編集者のフィードバック 令和8年5月1日 初版発行 著 者 佐渡島庸平 発行 株式会社クロスメディア・パブリッシング
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少数者の声が常識を壊すノベーション(1936回)
東洋製罐グループホールディングス 会長の大塚 一男(おおつか いちお)さんの言葉にイノベーションの真髄を頂きました曰く"多分三分の一くらいの人しか賛同されてないと言うことかもしれないけど、それは無視できないんじゃないかなと思うんですよね。いろんな人がいるわけですよね。特にハンデキャップを背負った方たちとか、高齢者とか、そういう人たちにもやっぱ便利していきたいわけですね。例えばちょっと例がちょっとあれかもしれませんけど、マッチっていうのは両手でないと、つけらないですよね。片手の人って難しいですよね。だけど、 100円ライターは片手で付けられますよね。それはハンディキャップの人が便利なだけではなくて、やっぱり健常者も便利なわけでやっぱりそのハンデ背負ってきた人たちが、便利になることが、実は世の中みんなが便利になると言うこと。"ここから私は思いました1、最も痛みの強い人から始める2、多数決ではなく、パッションの強さ3、少数者の声が常識を壊す1、最も痛みの強い人から始める昔、QC活動をやっていた時に、パレート図を使って、まずはたくさんクレームがあったり、声がたくさんあがっているところから、手をつけていこう、ということをよくやっていましたその延長線上で、イノベーションを考える時も、つい「より多くの人が困っていること」を探そうとしてしまうのかもしれないと思いますパレート図は「全体への影響が大きいところ」を見るけれども、イノベーションは「たった一人でも、痛みが深いところ」を見る。そんな違いがある気がしました。最も強く困っている人を見る。片手しか使えない人、高齢者、障害を持つ人。多数の人にとっては小さな不便でも、ある人にとっては「できない」という大きな壁になることがある。その最も強い痛みの中にこそ、まだ誰も解決していない課題が隠れているのかもしれないなと思いましたここに、改善型のビジネスと、創発型のビジネスの違いがあるのかもしれないとも思いました2、多数決ではなく、パッションの強さ大塚さんの「三分の一くらいの人しか賛同されてないと言うことかもしれないけど、それは無視できない」という言葉が、とても印象に残りました。とかく企業や組織の中での、GO or NO GOの意思決定は、わかりやすさと効率性から、多数決に流されることもままある気がしますしかしながら、イノベーションは、ピーターティールの言葉を借りるなら、「賛成する人がほとんどいない、大切な真実」にこそ、出現するじゃあ何を基準に判断するんだ?と問われたら、私は、そこに熱量があるか、ということに尽きるかと思いますどうしても、これをやるんだ!誰が反対しても、たとえ、この組織でできなかったとしても、私ははやり遂げて見せる!くらいの熱量があるかどうか。それが最も大切な気がしますそして、もしそれがあるのだとしたら、あとはそれを汲み取ることができる組織としての仕組みがあるかまたはリーダーがそういう判断ができるイノベーションの本質をわかっている素養がある人なのかにかかってくるような気がしました3、少数者の声が常識を壊す今は基本的には、見えているニーズには、ほとんど誰かがソリューションを作られている時代だと思いますだからこそ、新しいイノベーションを創発するためには、みんなが、それでいいと思っていること、当たり前だと思っていることつまりそれは、人間が抗うことができないバイアス、その中にこそ、新しいイノベーションの種があるということかと思いますそれが見えているかもしれない、少数の人たちを現場100回で見つけ出し、もしかして我々が思っていたことって、実は間違っていたのではないか、もっと違う世界があってもいいのではないかということに気づかせてもらえるかどうかということが大切と思いますつまり少数者の声は、多数者には見えなくなっている、社会の中の無意識の前提を教えてくれる可能性があるそして、その前提を壊すことで新しいものが生まれる。ここに、イノベーションの本質があるのではないかと思いました多数者の中に答えを探すのではなく、少数者の声から、多数者が気づいていない常識のバイアスを発見し、その常識を壊すことで、新しい世界をつくる。一言でいうと、少数者の声が常識を壊すノベーション。そんな話をしています。参考: カンブリア宮殿2026年8月13日放送 世界初!日本初!を連発 知られざる巨大黒子企業https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/backnumber/2026/0813/
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愛する能力ノベーション(1935回)
映画『アイ・アム・サム』に、人間の能力とは何なのか、深く考えさせられました。あらすじは、こんな感じです。「知的障害のある父サムは、一人娘ルーシーを育てていましたが、養育能力を問題視され、娘と引き離されてしまいます。サムは娘と再び暮らすため、弁護士の力を借りながら闘っていきます。」ここから私は思いました。1、能力とは何か2、弱さは、つながる力になる3、愛する能力1、能力とは何か学校も会社も就職も、様々な試験によって「能力」を測られるので、それに合格するために必死にみんな頑張っているんだと思います確かに提供すべきサービスを、サービス提供者になったら、きちんと提供する必要があるので、それは必要なことなんだろうとも思いますそんな世界では、サムには、できないことがたくさんあります。けれど、娘を愛するという「能力」においては、彼は誰にも負けないものを持っていました。ここに、この映画が突きつけてくる大きな問いがあるように思います。そもそも、人間の能力とは何なのだろう。測りやすい能力だけを「能力」と呼んでしまった瞬間、私たちは、人間にとって本当に大切な「能力」を見失ってしまうのかもしれないなあと思わせて頂きました2、弱さは、つながる力になるサムは、一人ではルーシーを育てられないから、周りの人たちに助けてもらいます。普通なら、それは親としての「弱さ」と評価されるかもしれません。ここで、戸谷洋志さんの『弱い責任』という考え方を思い出しました。私は、自分でできないからこそ、積極的に人に頼りに行くことが、本当に責任を果たすということになるのではないかと思いました。「一人でできない」ということを認め、誰かの力を借りることも、一つの能力なのではないかと思いました。弱さを隠して一人で抱え込むのではなく、弱さを開くことで、人と人との間につながりが生まれる。サムの子育ては、一人の強い父親が娘を守る物語ではなく弱さを持った人たちが互いに補い合いながら、一人の子どもを育てていく、つながりの物語にも見えました。3、愛する能力今回のお話から私が感じたのは、もしかしたら、人間が持つさまざまな能力の中で、最も根源的なものの一つが「愛する能力」なのかもしれない。いうことでした。記憶力がいい人もいれば、頭の回転が速い人もいれば、人の気持ちを慮ることができる人もいる。各々、背が高い人がいたり、筋力が強い人がいたり、走るのが速い人がいたり身体と同じように「能力」も、人それぞれで得意なこと、不得意なことがあるのが、自然だし、それが特徴として、個性が生まれるのかなとも思いますそんな中で、もしかしたら、誰もが根源的に持っていて、そして最強な「能力」は、「愛する能力」なのかもしれないなあと思いましたそして、その「能力」を忘れずにいられれば、得意なことや不得意なことが違っていても、互いに補い合いながら生きていけるのではないか。サムがルーシーに与え続けたものは、まさにそれだったような気がします「できること」の量だけで測る社会から、「誰かを愛することができる」という、数値化できない能力も大切にする社会へ。イノベーションも同じなのかもしれません。足りないものを探して人を排除するのではなく、その人にしかない力を見つけ、それぞれの弱さを補い合う。そこから、今までとは違う社会の形が生まれてくるのではないでしょうか。それは、イノベータリップルモデルの、誰かの「パッション」から、自分だけではできないところを「仲間」と共に補い合いながら、誰かが喜んでもらえる「大義」へと波紋が広がっていくのにも、呼応することかと思います一言でいうと、愛する能力ノベーション。そんな話をしています。参考作品:映画『アイ・アム・サム(I am Sam)』2001年/監督:ジェシー・ネルソン/Amazon Prime Videoにて視聴参考:戸谷洋志『生きることは頼ること――「自己責任」から「弱い責任」へ』講談社現代新書、2024動画で観たい方はこちらhttps://youtu.be/kuR0aebDAfE
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最も小さい人から見る世界ノベーション(1934回)
イエズス会の神父の李聖一さんの言葉にイノベーションのあり方について、考えさせられました曰く”他者への他者っていう時に、アザーズっていう時によく言われるキリスト教って、隣人愛の宗教ですよねとかっていう隣人という概念とは全然違います。私の隣人とか私の近くにいる人じゃないんです。アザーズっていうのは最も小さい人々そしてこの正義というものから、弾き出されている抑圧されている人々”ここから私は思いました1、他者とは、私の近くにいる人ではない2、正義から弾き出される人を思う3、最も小さい人から世界を見る1、他者とは、私の近くにいる人ではないここで言われている通り、私も「隣人愛」とは、周りにいる人たちのことを指しているのかと思っていました。しかし、今回のお話の中で語られるアザーズ:他者とは、「最も小さい人々」。私はこの言葉を聞いて、むしろ、自分から遠く離れた人にまで想像力を向ける、ということなのかと思いました。価値観も違う。境遇も違う。自分とは接点すらなく、放っておけば、その存在に気づくことさえない人。そういう人たちの存在にまで目を向けるという考え方に、とても考えさせられました。哲学者エマニュエル・レヴィナスは、他者を、自分の理解の中に完全には回収できない存在として捉えました。つまり、自分が理解できる人だけを見るのではなく、自分には理解できない人がいるということを、まず認識する。そして、その人の側から世界を見ようとすることができるか。私はこの「他者」という考え方に、宗教という枠を超えて、社会やイノベーションを考える上でも大切な視点があるように思いました。2、正義から弾き出される人を思う正義とは、本来、人を守るためのものですが、土地と場所、文化、風土、育ち方が違えば、各々の正義がそこにはあるということに難しさを感じることがあります『進撃の巨人』の壁の内側と壁の外側で正義が違うように、『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンとジャベール警部の正義が違うように、各々の正義があるがゆえに、その正義から弾き出されてしまう人が生まれることもあるだからこそ、本当に問わなければならないのは、「これは正しいか」だけではなく、「この正しさから、誰がこぼれ落ちているのか」ということも重要ということを、改めて教えていただけた気がします正義の中心に立って世界を見るのではなく、その正義から弾き出された人の側から、もう一度世界を見直してみる。そこに「他者」という存在が持つ、大きな意味があるようにも思いました3、最も小さい人から世界を見るそして私は、ここにイノベーションの原点もあるように思いました。イノベーションというと、例えば成長産業を狙えなど、多くの人に受け入れられるものをつくることだと考えがちですがしかし、本当に世界を変えるものは、むしろ、これまで見過ごされてきた「一人」から始まるのかもしれないとも思いますその人の場所に立って世界を眺めてみるとすると、それまで当たり前に見えていた社会の仕組みに、まったく違う景色が現れるのではないかと最も小さい人は、社会の弱点を最も早く教えてくれる存在でもあるとも思いましただから、その一人のために仕組みを変えることは、単なる救済ではなく、その一人が見せてくれた世界から、これまで誰も気づかなかった課題を発見し、新しい仕組みをつくっていくことができるそれこそが、真のイノベーションなのかもしれないなあと思いました多数の人が見ている場所から、未来を見るのではなく最も小さい人の場所に立ったときに初めて見える未来がある。一言でいうと、最も小さい人から見る世界ノベーション。そんな話をしています。参考: NHK こころの時代~宗教・人生~“他者のために” アルペ神父と広島8月10日(月) https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-X83KJR6973
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生き方を受け継ぐノベーション(1933回)
診療所医師でありパイロットでもある次田展之(つぐたのぶゆき)さんが、離島医療に挑戦するきっかけについて語った言葉に、深く考えさせられました。曰く"彼だって、やっぱすごいリスク負ってたわけですよ。人生かけてね。で、まあそういう精神っていうのをね、多分自分も受け継いではいるんですよ。だからやっぱり僕もその勤務医っていうね、安泰安定した立場にずっといたらダメだなと思ったわけですよ。だから僕にしかできないことって多分あるんだろうなと思ってだから多分ロックさんと飛んでなかったら、僕は離島医とかに挑戦してないんですよね。"ここから私は思いました1、挑戦は伝染する2、自分にしかできないことは何か3、生き方は次の生き方を生む1、挑戦は伝染する私が会社に入った頃は、将来は1人で生きていける人間になりたいなと、漠然と思っていましたが、このような形で、独立するとは思っていませんでした2013年にオープンイノベーションという手法にであって、7年間スタートアップ企業の皆様と触れ合わせていただいたことが自分自身も、人生のリスクを背負いながら、自分の足で歩いてみたいと、思わせてもらえたと思います私の他にも、来ていただいた方の中から、スタートアップの皆様の生き様に触れて、自分も何かやりたくなった、という人は、少なくなかったと思います誰かが本当にリスクを背負い、自分の人生をかけて何かに挑んでいる姿を目の前にしたとき、その生き方そのものが、こちらの心を突き動かす、そういうことが実際にあるなあとつくづく思います次田さんが受け継いだのも、ロックさんのアクロバット飛行の知識や技術だけではなく、「人生をかける」という精神だったのかもしれないなあと思いました挑戦する人の存在やパッションが、別の人の中に眠っていた挑戦する心を呼び覚ます私が今、オープンイノベーションのイベントをやっているのも、そういう人たちのパッションに触れて自分自分も鼓舞されるし、さらに、そこに来ていただける方々にも、挑戦のかけらを味わってほしいという思いがあるなあと思いました2、自分にしかできないことは何か次田さんの、フライングドクターというのは、唯一無二の存在だなあと、感動しましたそれは、自分にしかできないことは何かを探された結果なのかと思いますそれはある意味、自分軸と仕事軸の掛け合わせなのかもしれないなあと思いました自分軸である、アクロバット飛行という経歴と、仕事軸である医師というものが、かけ合わさった先に、離島でのフライングドクターという、新たなイノベーションが生まれたという考え方もできるかなと思いました企業向けのイノベーションのワーキングの中で、私はいつも、自分軸を見つめ直すことと、会社軸との交わりを考えてみるセッションを行うのですがそれは、仕事の中ではないところに、その人ならではの人生の中でのパッション溢れることがあって、それと掛け合わせることによってまさに、その人だからこその価値が浮かび上がってくるそんな形で、自分にしかできないことを、探ってみるということも、ありなのかもしれないなあと思いました3、生き方は次の生き方を生む内村鑑三さんの、後世への最大遺物の話を思いだしました思想、ビジネス、お金、いろいろ遺すものはあると思いますが、誰もが残せるのは、その人の、生き様であると、いうような内容がとても好きですロックさんの生き様が、次田さんのフライングドクターを産んだようにきっと、フライングドクターの生き様を見られた方が、次のパッション溢れる人の生き様を産んでいくのだろうなあと思いましたそれは、決して、特別な人生を歩んだ人の特権ではなく、自分の親の生き様や、先輩の生き様、友人、知り合い、たまたま旅先で出会った人様々な人たちの生き様が、自分の中に新しい気づきを置いて行ってくれているし、自分自身の生き様も、きっと、誰かの心の中に、少しでも、何らかの光を灯してくれるそんなことになっているのではないかなあと思いましたということで、一言で言えば生き方を受け継ぐノベーションそんな話をしています参考:MBS 情熱大陸 2026年08月09日(日) 放送分 次田展之 診療所医師・パイロットVol.1414 空を飛び 島民の命を守る 瀬戸内海の“フライングドクター” https://www.mbs.jp/jounetsu/2026/08_09.shtml
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利他は合理的であるノベーション(1932回)
実験寺院 寳幢寺(ほうどうじ) 僧院長の松波龍源(まつなみ・りゅうげん) さんと、深井龍之介さん、野村高文さんとの対談からの、お釈迦さまの教えの解説に、目から鱗が落ちる思いでした曰く"たとえ人生が1回きりであっても、先ほどお話ししたように、私という存在は他者に担保されているのだから、自分の利益のためには鏡写しの存在である他者の利益も最大化する必要がある。 さらに、人生が無限繰り返しゲームである可能性も否定できないのだから、相手を出し抜こうとする行動は、未来のあなたの損になりますよという説得方法。お釈迦様はこの二段構造で、人びとの心にアプローチしたんじゃないでしょうか。"ここから私は思いました1、他者の利益は自分の利益2、人生を繰り返しゲームとして捉える3、利他と利己を超える視点1、他者の利益は自分の利益ギブアンドテイクという言葉は、特にビジネスの世界では、商慣習としても使われるものかと思いますがこの考えの凄いところは、ギブのみで、テイクしなくても、それは、自分の利益になっている、という考えかと思いますなぜなら、私は他人の存在なしにいられないから写し鏡であり、他人との信頼関係の上でも、自分に損が降りかからないようにできるからという考え方は、ある意味、とても論理的な、納得感があるなあと、目から鱗が落ちるようでした他者を損なうことは、結果的に自分が生きる環境を損なうことにつながる。一方で、他者の利益を増やすことは、自分の生きる世界を豊かにするということかなとこの意味で利他とは自己犠牲ではなく、「自己と他者を切り離さない視点」という捉え方ができるのかもしれないなと思いました2、人生を繰り返しゲームとして捉える”輪廻転生”ということが、本当にあるのかどうかは別として、考え方として、関係性は、長期に続いていくという捉え方をしたらその時の関係が終わればいいという判断は、難しくなってくるというところが、非常に面白い考え方だと思いますこれはまさにゲーム理論で、一度きりの関係と繰り返される関係で合理的な行動は変わるのと同様で一度きりなら裏切りが得になる場合もあるが、関係が続くなら話は違ってきて短期的な利益のための裏切りは、長期的には信頼や機会の損失として跳ね返ることになる人生も同様で、他者を出し抜く行為は一時的な得に見えても、長期的には自分の可能性を狭めていくことになるのでここからも、利他は道徳ではなく、時間軸を長く取ったときに現れる合理性なのだということだなあと思いました3、利他と利己を超える視点今回のお話の本質は、「利他を選びなさい」という単純な道徳ではないのだということを教わった気がします他者を大切にすることは自分を大切にすることでもあり、その行為は未来の自分にも返ってくる、という構造にあるのだとこの視点に立つと、「利他か利己か」という対立自体が意味を失って他者の幸福を増やすことが、自分の幸福を増やす世界をつくるということに行き着くような気がしましたそれは、イノベータリップルモデルの、自らのパッションから、仲間と共に、誰かの喜ぶことを実現する大義を持つという構造とも、とても響き合うと思いました一言で言うと利他は道徳ではなく構造であり、短期と長期、自己と他者を統合したときに現れる合理性なのだと利他は合理的であるノベーションそんなことを思いました参考:本: 視点という教養 世界の見方が変わる7つの対話 紙書籍発行日 2022年6月20日 著者 深井龍之介・野村高文 発行所 株式会社イースト・プレス
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社会貢献で人を育てるノベーション(1931回)
日建設計の大松敦社長の言葉に、社会貢献への向き合い方を教えて頂きました曰く"日建設計の基本にね。価値ある仕事で社会に貢献する。その仕事を通じて人が成長する。最後に会社も発展すると。会社にとっては短期的に見ると、これ良くないかもしれないけど社会にしっかり貢献することで、一緒にやったプロジェクトメンバーも育つしそれはひいては 5年後 10年後必ず会社の発展にもつながりますよという信念で説得しました"ここから私は思いました1、社会貢献は見せかけではない2、会社軸と社会貢献軸の交わりが何か3、会社の大義に入れ込む1、社会貢献は見せかけではない 以前、SDGSプロジェクトのご支援をさせていただいたことがあって、本業で貢献しているところもあれば、ある意味、これもSDGSに入れることもできるのではないか的な、アピールの要素もあった気がしますそれだけ、社会貢献型ビジネスや、ソーシャルインパクトのビジネスというのは、通常の企業経営と、共に進めていくというのはコストもかかり、手間もかかり相当な揺るぎないパッションがないと難しいものなのかもしれないなあとも、思います今回のお話を聞いて、日建設計という企業は、会社の在り方にそれが組み込まれて、会社経営と両立することを実践している企業なのだなあと感動しました2、会社軸と社会貢献軸の交わりが何か今回の、日建設計の大松敦社長のお話は、まさに、会社軸と社会貢献軸の交わりに答えを出している、という意味で、画期的な考え方だと思いましたつまり、その会社経営軸と、社会貢献軸の、交わりの部分は、人材育成である、という、発見をされた、または定義されたということなのかもしれないなあと思いました会社経営においては、人材育成は、売り上げを上げ、利益を創出するためには、最も重要なことなのですぐには利益は出なくとも、社会貢献をすることにより、人材が育成されるという果実を得られるのであれば、それは会社経営の根幹を支える活動になるそれが中長期的に、会社を伸ばすことに繋がるというのは、単なるアピールではない、本気で社会貢献ありきで取り組むモチベーションになるなあと思いました3、会社の大義に入れ込むさらに驚きなのは、それが、会社の基本理念に明確に記述されているということでしたそれによって、今の社長が言っているだけでなく、今後、会社が存続する限り、その考え方で、会社がドライブされていくことになる、ということに繋がると思います社会貢献をすることこそ、会社経営の根幹である人材を育成することに繋がり、それがひいては、会社の利益にも貢献することになるこの方程式が、会社のミッションに、仕組み化されているからこそ、お題目やアピールではない、本物の社会貢献が企業活動として実現されていくのだと思いました経営学者のドラッカーさんが言われていた「企業の社会的責任とは、社会問題を経済的な機会や利益へと転換することである」というようなお話と、とても符合すると思いましたということで一言で言えば社会貢献で人を育てるノベーションそんなことを思いました参考:カンプリア宮殿【一級建築士が1000人!日本最大の建築家集団 2026/8/ 7(金)テレビ東京 https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/
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ほんの一つでもノベーション(1930回)
警視庁で「神」と呼ばれる捜査支援分析のスペシャリスト、三浦達也さんの言葉に、深く考えさせられました。"自分は何をやってもダメだみたいなことを思ってしまう人もいるかもしれないけど、それは決してそうじゃなくて何か失敗するっていうことは、自分が否定されることじゃないですよね。ほぼほぼ人生すべてと言っていいほど挫折ですけど、ほんの一つでも、自分に向いてたことがうまくいったからそういうチャンスは絶対あると思う。すべての人に。だから諦めるな。何かある、絶対ある。"ここから私は思いました1、失敗と自己否定を分ける2、ほんの一つを探し続ける3、「何かある、絶対ある」を信じる1、失敗と自己否定を分ける何かに失敗したとき、私たちは「これは自分には向いていなかった」という出来事を、「自分はダメな人間だ」という自己否定に変えてしまうことがあると思いましたしかし、失敗したのは「自分」ではなく、「その方法」や「単に自分には合わなかった」だけってことが、たくさんあると思います心理学者キャロル・ドゥエックが提唱した「グロース・マインドセット」では「自分の基本的な資質は伸ばすことができると信じている人にとって、失敗は傷つくものではあっても、その失敗がその人自身を定義することはない。」と言われています失敗は、自分の価値を証明する判決ではない。むしろ、「ここではなかった」と教えてくれる情報なのだと思います。2、ほんの一つを探し続ける三浦さんの言葉で特に心に残るのは、「ほんの一つでも、自分に向いてたことがうまくいった」というところです。人生のすべてで成功する必要などない。十の挑戦のうち九つがうまくいかなくても、残った一つが、自分の人生を大きく変えることがあると思いますユニクロの柳井正さんは『一勝九敗』と言われていました。10回新しいことを始めれば9回は失敗する。だとすれば、9回の失敗は「自分には何もない」という証明ではなく、「一つ」にたどり着くための過程なのかもしれないなあと思いました自分の才能そのものがないのではなく、まだ、その才能が生きる場所に出会っていないだけかもしれない。だから大切なのは、失敗しないことではなく、「自分の一つ」に出会うまで、試し続けることなのだと思いました。3、「何かある、絶対ある」を信じる「だから諦めるな。何かある、絶対ある。」この言葉に、挫折を繰り返してきた、三浦さんだからこそ、語れる熱いパッションを感じました。「ほぼほぼ人生すべてと言っていいほど挫折」と語った人が、その果てにたどり着いた言葉だなあと思います。プロデューサーの秋元康さんが、売れる人と売れない人の違いは、あと1ミリで届くところにいるのに、諦めちゃうかどうかが分かれ目、というようなことを言われているのを思い出しました百のことができなくてもいい。ほんの一つ、自分だからできること。ほんの一つ、自分が夢中になれること。ほんの一つ、誰かの役に立てること。その一つとの出会いが、それまでの挫折の意味さえ変えてしまう。だから、まだ見つからないなら、探し続ければいい。「何かある、絶対ある。」三浦さんから、とても勇気の出る言葉をいただいた気がしました一言でいうと、ほんの一つでもノベーション。そんな話をしています。参考: プロフェッショナル 仕事の流儀 神と呼ばれる男 警視庁警部補の記録〜捜査支援分析・三浦達也〜8月8日(土) https://www.web.nhk/tv/an/professional/pl/series-tep-8X88ZVMGV5/ep/NR3MRPNRWM
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ハリーポッター・ノベーション(1929回)
ファンタジー小説のハリーポッターで、ハリーが両親のお墓を前にして、墓碑銘の意味を考える場面に、ハリー・ポッターの真のメッセージを感じました"ハリーは、たった一度しかその意味を理解するチャンスがないかのように、ゆっくりと墓碑銘を読み、最後の言葉は声に出して読んだ。『最後(いやはて)の敵なる死もまた亡ぼされん』「この意味は・死後に生きること」「そうね・・・・・死を超えて生きる。」しかし、両親は生きていない、とハリーは思った。死んでしまった。空虚な言葉で事実をごまかすことはできない。両親の遺体は、何も感じず、何も知らずに、雪と石の下に横たわって朽ち果てている"ここから私は思いました1、死を直視する2、最後の敵とは何か3、死を超えて残るもの1、死を直視するハリーポッターの素晴らしいのは、魔法というファンタジーの世界なのだけれども、実は現実の世界の痛みがありありと描かれているところだと思います絵画や鏡の中に、死んだ人たちが蘇っているように見えても、実はそれは、本当の生きていた人とは、全く別のものになっているつまり、死は、魔法では超えられない、だからこそ、生きている時の懸命さに、光が当たっているのだと思います死という取り返すことのできない現実を直視する。それでも、その先を生きる、次の新たな世界へ踏み出せる、みんなそういうものなんだよということを、ハリーは教えてくれてる気がしました2、最後の敵とは何か『最後(いやはて)の敵なる死もまた亡ぼされん』この墓碑銘の言葉は、聖書に書かれている言葉だそうですが、我々の最後の敵となるのは、死であるということかと思います確かに、どんなにお金持ちであろうと、名誉があろうと、誰にでも必ず訪れるのが死であるので、人類共通の敵は何かと言われたら、死、ということなのかもしれません宇宙人が攻めてきて、初めて人類は一つになれるのでは?という話もありますが、もし、人類共通の最後の敵が「死」なのだとしたら、その敵を前に、人類はもっと一つになっても良いのではないかとも思いました 最大の敵である、死をどのように捉えて、どのように戦い、そして乗り越えようとするのか人類同士で争ってる場合ではなく、死、そのものに向き合うことで、みんなが一つになれるそんなメッセージでもあるような気がしました3、死を超えて残るものハリーのお母さんが、ハリーをヴォルデモートから救い、そして勝利した最後の魔法は、愛、だったのではないかと思いますそれは、我々マグルでも唯一使える魔法にて、どんな魔法にも負けることがない、最大の魔法と言っても良いのかもしれないなとその魔法は、物語の中でもハリーを救い、そしてこれからの生きる力を与えてくれて、物語を抜け出して、我々の心にまでも、影響を及ぼしてくる、決して消えることのない、魔法我々はハリーと同じように、その最大の魔法の使い方を、ホグワーツみたいなところで、もっともっと学ばなければならないと言われている気がしましたイノベーターリップルモデルで言えばパッション我々は実は、愛という最大の魔法を持っている仲間人類共通の敵である、死に対して、愛を持って一致団結できる大義愛を受け渡していくことで、死を超えて生きていくそんなことを思いました一言で言えばハリーポッター・ノベーションそんな話をしています参考: こころの時代~宗教・人生~ファンタジーに秘められた宗教 (5)『ハリー・ポッター』8月3日(月) https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-X83KJR6973/ep/WQGQG337GR
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シュルレアリスム・ノベーション(1928回)
詩人のアンドレ・ブルトンのシュルレアリスムの定義に、深く考えさせられました曰く"心の純粋な自動現象であり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり。"(友人スーポーが自動記述で書いた)''解剖工場と安価住宅が最高層の都会を破壊するだろう"ここから私は思いました1、デフォルトモードネットワーク2、意味からの脱却3、観るものの解釈への拡大1、デフォルトモードネットワークこれを聞いて、現代の脳科学でいうデフォルトモードネットワークの働きと、どこか響き合っているようにも感じました理論的に精緻に考えている時の脳の働きではなく、散歩や音楽を聴いている時に、あたかも休んでいるような時にこそ、働く脳の部位がありさらにその働きが、とてもクリエイティブな発想や発明を湧き起こしている事例がたくさんあるというデフォルトモードネットワークそれを最大限に活用することこそ、新たなクリエイティビティの先にあると、感じていたのではないかそんなことを思いました2、意味からの脱却先にあげたスーポーさんの、自動記述の文章は、まさに全体としては、何を言おうとしているのか、よくわからないけれども、何かを伝えてきているような気がするまさに心の純粋な自動現象を掬い取ることこそが最も大事で、そこに理性や美学、道徳上の気遣いは全く存在させないあえて理性で意味を固定しないことで、無意識から立ち上がる意味を受け入れようとしていたのではないかと思いましたそれは、ブルースリーさんの名言「考えるな、感じろ」という言葉にも、どこか通じるものをそしてそこに、言葉や理性を超えた表現を目指す、というパッションのようなものを感じました3、観るものの解釈への拡大そうだとすると、書いた方にも、それがなぜそこに出現したのかわからない状況での表現ということになるとそれを観る側が、どう解釈していくかという幅が、非常に広いものになっていると思いましたこれこそ、観る人がいるからこそ、作品は完成するという、その態度にも通じることかと思いますシュルレアリスムは、一人の芸術家の表現では終わらず、同じ問題意識を持った仲間が集まり、一つの運動へと広がっていったことを鑑みるとイノベータリップルモデルで考えると心の純粋な自動現象というものを世の中に打ち出すという強力なパッションがあってそしてそこに、これまでの表現の限界を感じていたアーティストが仲間として加わり既存の概念を破壊するだけではなく、新しい表現による形作られる世界を、大義として目指していくそんな超イノベーティブな活動だったのかもしれないと、思いましたシュルレアリスムは、新しいアートの運動だけではなく、人間の心そのものを解放しようとする挑戦だったのかもしれないなあとということで、一言で言えばシュルレアリスム・ノベーションそんな話をしています参考: 100分de名著 アンドレ・ブルトン“シュルレアリスム宣言” (1)20世紀最大の芸術革命 2026/8/3https://www.web.nhk/tv/an/meicho/pl/series-tep-XZGWLG117Y/ep/68241LZP6Q
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パッションの源への恩返しノベーション(1927回)
片桐はいりさんが、今現在、映画館のもぎりをしている理由に、深く感度させて頂きました曰く「自分の出自を問われたら、『映画館の出身』と答えたいです。俳優としての経歴を考えれば、『大学時代から小劇場の舞台に立ちまして……』と言うのがスジかもしれません。でも心の底では、演劇でもドラマでもなく、私は映画館の出身だとかたくなに思っています」「中学から女子校に通っていたのですが、学校生活や勉強に馴染めなくてね。唯一楽しかったのが、学校が催してくれた映画鑑賞会です。放課後には、おカネが許す限り有楽町や銀座の映画館に通っていました。内容はなんでも良かった。映画館で作中の別世界に入り込むことが、たまらなく面白かったんです」ここから私は思いました1、パッションの源を忘れない2、創る側と観る側の気持ち3、パッションの源への恩返し1、パッションの源を忘れない片桐さんが言われた「自分の出自を問われたら、『映画館の出身』と答えたいです。」との言葉から自分の出自を聞かれたときになんで答えるかなあと思いました会社に入って、新しいビジネスをいろいろ作ってきて、オープンイノベーションにたどり着いてきたものですみたいな感じに、私の場合、経歴を時系列に言っちゃうのですが、片桐さんは、自らのパッションの源がどこだったか?ということを、あえて出自に言うと言う意味で、とても素敵だなあと思いました自分の今に至る内発的動機の元はどこにあったのか?それを出自として語る、それは、自らのパッションの源を確認することでもあり、そして、他の人にもそうみてほしい、というメッセージでもあると、思いました2、創る側と観る側の気持ちよく言われるように、アートは、創る側から発信されて、観る側がそれを各々が解釈されることで、完成する、とのことですが片桐さんは、映画人・演劇人としての創る側と、そして映画館のもぎりとしての観る側の感情を、両方ともに、わかる人となってるんだなあと思いましたこれは、デザインシンキングにおける、見る側の人たちが、どんな思いでチケット買って、もぎりを通って、始まるまでの暗い中でワクワクして、ポップコーン食べながら、泣いて笑って、そしてリアルに戻っていくと言うような観客側の気持ちや行動や課題感を、共感として理解できることを常にやられていると言うことかと思いますそれは、恐らくは、クリエイティブに戻ったときに、その気持ちを理解しながら創ると創らないでは、全くものが変わってくるのではないか片桐さんの、映像や舞台での演技には、それが反映されているからこそ、唯一無二の感動を頂けてるのかもしれないなあと思いました3、パッションの源への恩返し自分が今ここにいるのは、奇跡的に会社に入らせて頂き、さまざまな人と出会わせて頂き、仕事を厳しく指導して頂き、愛を持って仲間に加えてもらえた、そのおかげだと思いますそして音楽活動も、小さい頃からピアノを学ばせてもらえて、めちゃくちゃ素敵なメンバーに巡り合って、音楽できる環境があって、今できているそれらに対して、何らかの恩返しをしたいと言う気持ちは、とても強いものがあると思います自分がワクワクさせれてもらえた、今の自分を創り上げてくれた全てのものや人に、恩返しをして死ぬこともしかしたら、それが1番幸せな生き方なのかもしれないなあと思いました片桐さんが、映画館でもぎりをやられているように、自分も、何かできることで恩返しをしたいそれは、まさに、内発的動機への恩返し、パッションの源を形作ってくれたものたちへの感謝イノベーターリップルモデルは、パッションから始まり、仲間と共に、誰かが喜ぶ大義を実現しますがその大義の中には、これまでの仲間や、パッションの源に対する感謝を、実現したいと言うことが、たくさん含まれていると思いましたと言うことで一言で言えばパッションの源への恩返しノベーションそんな話をしています参考:FRIDAY DIGITAL 「もぎりも担当」片桐はいりが今も映画館で働き続ける理由 2020年11月27日カルチャー https://friday.kodansha.co.jp/article/147760
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制度的起業家ノベーション(1926回)
慶應義塾大学総合政策学部教授の琴坂将広さんより、新たなイノベーションの形を教えていただきました曰く"制度的起業家とは、「新しい制度を創造したり既存の制度を変革したりすることで、自らに有利な機会を創出する組織的アクター」と定義できる。テスラのイーロン・マスクは、その典型例だ。彼は電気自動車を製造・販売するだけでなく、スーパーチャージャー・ネットワークという新たなインフラを構築し、各国政府に働きかけて購入補助金制度を整備させ、ディーラーを介さない直販モデルの合法化を推進した。つまり、電気自動車が成功するための「新たなゲームのルール」を自ら創造したのである。"1、ルールを守るというバイアス2、ルールの破壊ではなく創造3、大きな大義の必要性1、ルールを守るというバイアスルールはもちろん、守るべきものとして定められたものなので、守らなければならないのですが、時代のアップデートともに時代にそぐわなくなってくるものでもあるということを、あらかじめ、自分の中にビルトインしておくことは、とても重要なことだと、改めて思いましたイーロンマスクさんの事例のように、起業家は特に、ルールを変えイノベーションを起こすというところに、面目躍如があるのかもしれないですね逆に言えば、バイアスがあるからこそ、イノベーションが起こしやすい領域であり、突破の鍵が見つかれば、誰もに先駆けて市場を創造してい具ことができるそれが制度的起業家ということなのかもしれないなと思いました2、ルールの破壊ではなく創造そこで難しいのは、単に、これまでのルールを破壊することではなく、新しいルールを創造することにあるということのような気がしますともすれば、ルール自体が古いからという理由で、そのルール自体を破壊してしまうような方法では、対立を深くする気がしますこれまでそのルールがあったという理由と背景がそこにあって、それを理解した上での、新たなルールづくりをしていく破壊ではなく、時代に合った新しいルールを創造していくそこには、今の時代にあったルールとは、いったい何なのかという、説得力のある、物語が必要になってくると思います3、大きな大義の必要性そこで、重要となってくるのは、これからどのような世界を創っていくべきなのかという、大義なのではないかと思いますこれから世界がどうよくなっていくのか、のビジョンをもてることが、新たなルールの創造に、人がついてくるかどうかが決まる気がします制度的起業家は、国や世界をどう変えていくかの大きなビジョンによって、どれだけの仲間を味方につけていけることができるか国や世界までも、仲間として集ってくる、そんなことを目指し、実現していく、そんな起業家なのかもしれないと思いましたこれからの起業家は、もちろんパッションも大事ですが、売上目標も大事ですが、世界をどう変えていくべきなのか、という大きな大義を持てるかに、かかってきているのかもしれないなと思いましたということで、一言で言えば制度的起業家ノベーションそんな話をしています参考:本: 経営戦略の進化〈理論編〉 電子版発行日 2026年4月28日 Ver. 1.0 著者 琴坂将広 発行所 東洋経済新報社
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セレンディピティを組み込むノベーション(1925回)
映画監督の是枝監督の言葉にクリエイターの真髄をみました曰く"(他の人の意見を)出すことはいいことなんですよ出したものが否定されたとしても、そうじゃないって選択肢が僕の中で残ればなぜそうじゃないかを考えることで、何が正確かを見つけられる"ここから私は思いました1、セレンディピティを組み込む2、インプロビゼイションの力3、個の力を超える1、セレンディピティを組み込むシステムエンジニアをやっていたときには、いかに想定外のことが起きないように、予測してその対処も全て共有化しておくそれでも絶対はないので、その場合についても計画しておくという、やり方を徹底してやってましたクリエイティブの真髄は、それとは全く逆で、予想外のことをいかに起こしていけるか、ということが、実はとても重要ということに、改めて気が付かされましたしかもそれを待つだけではなく、仕組みとして入れていく、ということが、いかに大事かと番組では、なりたての助監督の提案が実際に映像にのこっていく、それがまた次の提案を生み出していくそんなスタンスや行動、そして実践が、セレンディピティを産んでるのだなあと、感動しました2、インプロビゼイションの力インプロビゼイションとは、ジャズなどのの即興演奏のことですが、ある一定のルールの中で、自由なな発想で各々がプレイすることで、思いもよらない演奏が生まれてきて感動することが多々ありますこれを、今回のようなクリエイティブな仕掛けとして入れ込むということは、とても面白いと思う反面、それらを最終的にどうまとめていくのか、そこにが難しさがあると思いましたもちろん、フリージャズのように、どうなってもオッケー、というやり方も一つのやり方かと思いますしかし最終的に、創り上げたものを、観ている人、聴いている人に、わかるように仕立て上げていく、ということが求められることもあると思いますそれが1番難しいし、それを仕立て上げられるという、スキルとノウハウ、さらには経験と自損がないと、とてもじゃないけど、怖すぎてやってられない自由とまとめる、この二つの微妙な匙加減をやり切れる、そういう人が必要になってくると思います3、個の力を超えるもしそれができたなら、その作品は間違いなく、1人で創り上げるものよりも、より、意外性があり、クレエイティビティの高いものを作ることができるのだろうなあと思いましたメンバーの力を最大限に出してもらうために、極限まで自由に羽ばたかせる、それどころか各々に生まれるセレンディピティを最大化するそしてそれを、最終的には、この力を超えた創造物として、世の中の人たちに、わかるように伝えるそれができる人が、チームとしての、個を超える、クリエイティブを作れる人なのかもしれないイノベータリップルモデルでも、個のパッションから、仲間と共に、個を超えるものに、波紋を拡大させられることができるかそれが、たくさんの人たちに受けいられる大義への昇華ができるかどうかの、分かれ目にもなるかもしれないと思いました一言でいうとセレンディピティを組み込むノベーションそんな話をしています参考: NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 探しても 探しても ~映画監督 是枝裕和~ 7月31日(金) https://www.web.nhk/tv/an/professional/pl/series-tep-8X88ZVMGV5/ep/R6NM14Y79N
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違うまま共にに生きるノベーション(1924回)
違うまま共にに生きるノベーション(1924回)スーパー歌舞伎「もののけ姫」にめちゃくちゃ感動し、プログラムの中にあった、スタジオジブリの依田謙一社長からの、宮崎駿さんが、もののけ姫の映画の企画書で書いていたという言葉に、感動しました曰く"少女は、最後に少年にいうだろう。「アシタカは好きだ。でも人間を許すことはできない」と。少年は微笑みながら言うはずだ。「それでもいい。私と共に生きてくれ」と。そういう映画を作りたいのである。''ここから私は思いました1、それぞれの正義2、許さないを受け入れる3、違うまま共に生きる1、それぞれの正義改めてスーパー歌舞伎で「もののけ姫」を観させていただき、このストーリーには悪役もヒーローもいないのだなあとつくづく思いましたそれぞれが、それぞれの正義のために戦い、傷つき、そして新たな正義を模索していく、そんな物語に思えました進撃の巨人の塀の中の人と、外の人と、景色が全く違うように、自然界と人間というのも、いつの間にか、全然違う正義を持つようになってしまったのかもしれないなと思いましたもともとは、同じ正義のもとにあったはずなのに、いつの間にか、それが対立するものになっていってしまうこれは、自然と人間だけではなくて、国と国の関係や、人間関係や組織関係においても、そのようなことが起きて、そして、いつの間にか、対立軸ができてしまっているまさに世界の縮図だなあと思いました2、許さないを受け入れる少女が「人間を許すことはできない」と言った中で、少年が「それでもいい」と許していることが、とても大きな考え方の転換になるのではないかと思いました例えば、子供が喧嘩をした場合でも、謝りなさい、から始まって、じゃあ、お互いに握手、という形で、暗黙に、謝ったんだから、許してあげなさい、ということがあるのではないかと思いましたお互いに違いがあることを認識して、そして、お互いに許し合うこと、ということがとても大切だとは思うのですが、現実問題では、そんな都合のいいことはほとんどないどうしても、許せない、という感情が湧き上がってきてしまうそういう現実を見つめるのだという強いメッセージを感じましただからこそ、許してくれない、ということを受け入れた上で、どうするのか、という起点に初めて立つことができるそんな考え方を学びました3、違うまま共に生きる人間関係の中では、あまり合わない人とはそもそも合わないことが最善策、みたいなことを言われるのもよく見る気がします先方が許してくれないから、なんか、考え方が合わないから、じゃあいいや、と言って、2度と会わないような選択をとっていくこともあるなあと思いましたしかし、この少年は、それでもいいから、共に生きる、ことが大切と言ってくれてるのかなあと思います人それぞれでいいんじゃないの、という突き放した考え方から一歩進んで違うんだけど、もっと関わっていこうよ、という、違うからこそ、一緒にいて、面白いんじゃないと言えるような方向性の気がします知ってる、僕のこと、嫌いなんでしょ、それでいいよ、でも僕は、全然君のことは嫌いじゃないから、それでいいよと言ってくれているようなそれがいつしか、きっと本当の共生をすることができる、きっと第一歩になると信じているからなのかもしれないなあと思いました答えはないけど、答えを一緒に探していくことができるかもしれないそんな可能性に賭けてみる、そんな宣言なのかもなあと思いましたということで、一言で言えば違うまま共にに生きるノベーションそんな話をしています参考:スーパー歌舞伎「もののけ姫」原作 宮崎駿 オリジナル音楽 久石譲 脚本 丹羽圭子 戸部和久 上演台本・演出 横内謙介 協力 スタジオジブリ 出演 市川團子 市川中車 他 新橋演舞場 制作 松竹 のプログラムより動画で観たい方はこちらhttps://youtu.be/IKzU7Pw9K8o
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ディア・エヴァン・ハンセン・ノベーション(1923回)
2017年のブロードウエイでトニー賞6部門を獲得した、ミュージカル ディア・エヴァン・ハンセンの日本初公演に感動してとても考えさせられましたこんなキャッチコピーから始まります"はじまりは、僕が僕に宛てた1通の手紙と、ひとつの嘘だった。"(ホームページより)ここから私は思いました1、確証バイアスが描く物語2、バイアスを砕く贈与の存在3、贈与がくれる自らの選択1、確証バイアスが描く物語素晴らしい音楽と、皆様の歌唱と演技、また美術もセットも、本当によく考えらえているなあと、とても感動しました私がとても印象に残ったのは、人は、事実よりも、自分が信じたい物語を信じてしまう、確証バイアスの怖さを思いました劇中では、一つの嘘が、周囲の「こうであってほしい」という願いと重なり、一つの大きな物語に、どんどん発展していきますこの物語を通じて思ったのは、私たちは、真実だけで生きているのではなく、善意からの希望に溢れた物語を、全く事実と異なる形に変容させながら、実は紡いでしまっているそんなことがあるのかもしれないなあと思いました2、バイアスを砕く贈与の存在イノベータは、どんなに世間の反対があろうと、そのバイアスを壊していく人であると、私は思っていますがこの物語から、そのバイアスに塗れた物語を壊すものとして、贈与の力、というものがあるのかもしれないなあと気づかせていただきました贈与の最も身近な姿は、親の愛情というのがあると思いますが、それは、「出世する物語」や「大成功する物語」を求めているのではなくてただ「あなたがあなたである」ということを、目指して、ひたすらに「自分らしく幸せに生きる」ことのみを、祈り、願っているものなのだと思いますそれに、触れた時、どんな確証バイアスに塗れた物語も、真の姿へ戻ることを助けてくれる、そういうパワーを持っているのだなあと、思わせていただきましたその時、人はありのままの自分と向き合えるのかもしれない、そんなことを思いました3、贈与がくれる自らの選択誰かが信じてくれたから、自分も自分を信じてみようと思える。それが贈与の素晴らしい力のような気がしますその結果、ありのままの自分を見つめることで、自らのパッションの源に沿った、選択をしていけるようになるのかもしれないなと思いました贈与で、誰かに与えられた愛は、依存させるものでは決してなく、自分自身で、自分の人生を選び取れるようにしてくれるだからこそ、本当の贈与は、人を自由にしてくれるものなのかもしれないと思いましたそんな素敵な物語を見せてくれたのが、ディア・エヴァン・ハンセンでした一言でいうと、ディア・エヴァン・ハンセン・ノベーション。そんな話をしています。参考:ミュージカル ディア・エヴァン・ハンセン ジャパン2026 脚本 スティーヴン・レヴェンソン 作詞・作曲 ベンジ・パセック/ジャスティン・ポール 翻訳・演出 小山ゆうな 訳詞 高橋知伽江 出演 柿澤勇人 安蘭けい 主催 ホリプロ/テレビ朝日
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星の時間ノベーション(1922回)
モモから、マイスターホラが教えてくれた、星の時間、について考えさせられました曰く"「それはね、あらゆる物体も生物も、はるか天空のかなたの星々にいたるまで、まったく一回きりしかおこりえないようなやり方で、たがいに働きあうような瞬間のことだ。そういうときには、あとにもさきにもありえないような事態がおこることになるんだよ。だがざんねんながら、人間はたいていその瞬間を利用することを知らない。だから星の時間は気づかれないままにすぎさってしまうことがおおいのだ。けれどもし気がつく人がだれかいれば、そういうときには世のなかに大きなことがおこるのだよ。」"ここから私は思いました1、自分にとっての星の時間とは?2、今が星の時間かもしれない3、誰かの星の時間になる1、自分にとっての星の時間とは?人生を振り返ると、「あの瞬間がすべての始まりだった」と思える出来事があるなあと思います誰かとのとの出会い。一冊の本との出会い。勇気を出して踏み出した一歩だったり独立の一歩を踏み出した時は、本当に怖くて寝れない夜を過ごしました。でもそれを踏み出したからこそ、今の自分がいると思える、自分にとっての、星の時間、だったのかもしれないと思います。哲学者のセーレン・キェルケゴールは、「人生は後ろ向きにしか理解できない。しかし、前向きに生きなければならない。」と言ったそうです。皆さんにとっての、星の時間って、いつですかね?必ず誰にでもある気がしました2、今が星の時間かもしれないマイスター・ホラが語るように、多くの人はその瞬間に気づかないまま通り過ぎてしまってるのだとすればもしかしたら、今が、その、星の時間、なのかもしれないでも、我々が知らないうちに来てるのだとすれば、常日頃、星の時間が来てるかもしれないと思って過ごすことは、楽しいし、充実した今を過ごせるかもしれないなあと思いますしそうすることで、せっかくきた、星の時間、を逃すことがない今を生きることで、星の時間、を生きることができ可能性が高まる、今、人生の分岐点を生きていると思うことが、星の時間過ごすことができる、お得な過ごし方かもしれないなあと思いました3、誰かの星の時間になるマイスターホラによると、星の時間は、互いに働き合う、ことが生じるということなので実は自分が、星の時間、を過ごすということは、誰かが、星の時間を、共に過ごしている、ということになるのかもしれないなあと思いました星の時間は、自分だけの時間じゃないとすると、自分が、星の時間、を意識することで、誰かの星の時間、を増やすことにもつながるということなのかもしれません今が、自分の分岐点なのかもしれないし、もしかしたら、誰かの分岐点なのかもしれない星の時間を生きることは、誰かにも、星の時間を生きることを繋げていける、そんなことを思いましたモモが、人の話を心から聞いてくれるその時が、その人にとっての星の時間にもなっているもしかすると、イノベーションは、自分の星の時間から始まって、誰かの星の時間を作っていく、そんな活動なのかもしれないな、とも思いました一言でいうと、星の時間ノベーション。そんな話をしています。参考:本: 岩波少年文庫127 モモ〔電子書籍版〕 二〇一七年七月二〇日 発行 作者:ミヒャエル・エンデ 訳 者:大島かおり(オオシマカオリ) 発行所:株式会社 岩波書店
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国家との共生ノベーション(1921回)
イーロンマスクさんが、スペースXを創業した翌年、スタンフォードでの講演した内容に、マスキズムの真髄を感じました曰く"国防高等研究計画局(DARPA)がインターネット黎明期の推進力となり、初期の開発コストの多くを引き受けたのと同じように、NASAもまた、初期段階で根幹技術の開発に資金を投じることで、実質的に同じ役割を果たしてきたと言える。そこに商業の自由競争を持ち込めれば、インターネットで見られたのと同じ劇的な加速が起きるはずだ。"マスキズムの著者のクィン・スロボディアン、ベン・ターノフ さん曰く"つまり宇宙は、「国家との共生」というロジックのもとでマスキズムが探していた次なるフロンティアだったのだ。""しかしマスキズムとは、企業が国家に取って代わることではない──両者の融合を志向するものだ。"ここから私は思いました1、国家と市場の融合2、国家は倫理をより重視し、市場は成長をより得意とする。3、ビジョンとソリューション1、国家と市場の裕 融合国家主導というと、ある程度の枠組みの中で、ともすれば自由が阻害されるのでは、と思いがちだし市場主導というと、自由にやり過ぎて、独占や逸脱があるようなイメージにもなりますが一見、対立しそうなこの二つの考え方で、互いの強みを生かし、お互いの役割を補完し合う「国家か市場か」という対立ではなく、「国家と市場」という発想なのかと思いました国家は長期的な投資やルールづくりを担い、市場は競争を通じて価値を社会へ届ける。インターネットも宇宙開発も、この二つが融合したからこそ、大きく発展しのたのだなあと思いましたヘーゲルが語ったように、本当に新しいものは、対立のどちらかを選ぶことではなく、その両者をより高い次元で統合すること、アウフヘーベンから生まれるのかもしれないと思いました2、国家は倫理をより重視し、市場は成長をより得意とする。国家と市場のアウフヘーベンがあったとして、その役割分担はどうなるかと考えた時に国家はより倫理を司り、市場が成長を担う、そんな役割分担なのかもしれないなあとも思いました成長しようとすると、どうしても倫理が疎かになるし倫理中心で行くと、成長を抑えてしまいがちになるドラッカーは、「利益は企業の目的ではなく、企業が社会に貢献し続けるための条件である」と述べたように両方が必ず必須になるので、融合することによって、より両面が強化されつつ促進されるそん形になればいいなあと思いました3、ビジョンとソリューション国家は選挙や株価に左右されにくいテーマについて、超長期のビジョンを描きやすい存在なのかもしれないなあと思いましたそしてそれを実現するソリューションを生み出せるのが、市場または、その中にいる人々というとかと思いますまた国家と市場はお互いに常日頃影響しあって、アップデートされていくことが大事とも思います市場からセレンディピティで生まれてくるソリューションや発明などにより、超長期のビジョンが新たにアップデートしていくことがあるかもしれないし国家からの地球規模、または宇宙規模の大いなるビジョンが描かれて、そこに新たなソリューションを築くアクティビティが生まれていくもちろん、それは特定の企業と国家が利益を共有するような癒着ではなく社会全体の未来を見据え、それぞれが役割を果たす協働なのかなと役割分担としての、そんな素敵な融合とコラボレーションが、できる世界は素敵かもしれないなあと思いましたもう少し抽象化すると「大きなビジョンを描く人」と「それを実現する人」が共生することがイノベーションを生む、ということでもあるのかもしれませんというとで一言でいうと、国家との共生ノベーションそんな話をしています参考:本: マスキズム 新たな独占の時代 電子版 2026年5月30日 version1.0発行 著者 クィン・スロボディアン、ベン・ターノフ 解説 斎藤幸平 訳者 樋口武志 発行所 株式会社飛鳥新社
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ネガティヴ・ビジュアリゼーション・ノベーション(1920回)
オハイオ州デイトンにあるライト州立大学哲学科教授のウィリアム・B・アーヴァイン さんより、古代のストア哲学者たちの知恵に、人の幸せへの考え方に目から鱗が落ちました曰く"たとえば、定期的に、人生が今よりもつらいものになる場合を想像するようにした。最悪の事態を想像し、潜在意識に錨を沈めれば(このような心理学の用語を使っていたわけではないが)、みじめになるだけのように思うかもしれないが、じつはその反対のことが起こった。錨があることによって、現状をどうとらえるかが変わる。現状をしばしば夢に見る最高の状況と比較するのではなく、より悪い状況と比較すれば、現状もそれほど悪くないと思えるようになった。"ここから私は思いました1、あえてネガティブな想像をする逆転の発想2、失って初めて価値を知る3、青い鳥はすぐそばにいる1、あえてネガティブな想像をする逆転の発想基本自分は、ポジティブシンキングな人間で、ディストピアよりもユートピアを思い描いていたいなあと思っていますし、何かあった時も、「前向きに考えよう」とか、「未来は明るい」みたいな、根拠のない思いがあると思いますしかし、ストア哲学者たちは、あえて逆を実践していたということに衝撃をいただきました。「もし今あるものを失ったら」「もし今日が最後の一日だったら」と想像するということ一見すると後ろ向きな発想で、暗くなってしまいそうですが、実は、それによって今あるものの価値が鮮やかに見えてくるという効果が、確かにあるなあと思いました哲学者セネカは、「未来の苦しみを前もって思索する者は、その苦しみに支配されない」と説いたと言いますネガティブな想像は、不安を増やすためではなく、現実を豊かに味わうための逆転の発想なのだなあと、改めて教えていただきました2、失って初めて価値を知る普段は、空気の存在のようで、もっと言えば、むしろ面倒くさいみたいに思っていた人が、突然、会えなくなってしまって、その価値の大きさに愕然とするということが、私も何回もありましたそれは今思い出しても、胸が締め付けられるほどの思いですが、その時には、全くそれを感じることはできませんでした空気のような存在ということは、いなくなれば、息が吸えなくなるんだよ、ということが、事前にはわかることができなかっただからこそストア哲学は、「実際に失う前に、その価値を感じよう」と教えてくれているのだなあと、改めてその重要性に気づきましたそれは、未来の目標を立てて、頑張っていく、それに向かっていくプロセスも幸せだと思うけれども今そこにある幸せに気づくこと、この大切さを忘れてしまうことは、とても厳しいことだとネガティブビジュアリゼーションは、それに気づける大切な営みだと、思います3、青い鳥はすぐそばにいるメーテルリンクの『青い鳥』では、幸せの青い鳥を世界中に探し回った兄妹が、最後に自分の家でその青い鳥を見つけます。幸福とは、遠くにあるものではなく、すでに自分のそばにあるものだった言われれば、そりゃそうでしょ、と思うのだけれども、実は、それに気づくことは本当に難しいなあと思います理想の未来を追うこと、目標を立てて突き進むこと、そこに幸せがあるはずと、ガンダーラというユートピアを目指すことそれも幸せの一つの形だと思いますが、実は、すでに幸せであると思えること、それができたら、もっと心が軽くなるかもしれないなと思いましたそれに気づかせてくれるネガティヴビジュアリゼーション・ノベーションそんな話をしています参考:本: ストイック・チャレンジ 逆境を「最高の喜び」に変える心の技法 2020年11月30日 電子書籍版発行 著者 ウィリアム・B・アーヴァイン 訳者 月沢李歌子 発行所 NHK出版
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辞める辞めないが自由な世界ノベーション(1919回)
ピューリッツァー賞受賞ジャーナリスト兼小説家のジュリア・ケラーさんの言葉に、深く考えさせられました曰く"唯一の絶対的な間違いは、何も選択しないこと。何も選択しなければ、誰かに人生を決められることになるだけだ。 科学者や学者、歴史家、そして多数の一般の人への「やめること」についてのインタビューを通じて、はっきりと浮かび上がったことがある。人が後悔するのは、何かをやめたことではなく、「やめるべきときにやめなかったこと」なのだ。""私は、世間の「やめること」に対する偏見が、どちらの方向からも、なくなればいいと願っている。つまり、やめるべきことをやめられなくてもひどい人間とは見なされず、やめられたとしても、それが過度にもてはやされたりはしない社会になればいい、と。"ここから私は思いました1、諦めるな、と、やめるべき2、辞める辞めないが自由な世界3、自らのパッションに従える世界1、諦めるな、と、やめるべき私も成功した起業家が必ずいう言葉として「諦めなかったから」ということを、お話しさせて頂くこともありますでもそれは、時と場合によっていて、「辞めるべき」時にやめないことも、良くない結果になるという、一面も知っておくことが大切だと思いました名言や金言には、必ずその反対の意味の名言や金言が、必ずあってというお話しは、先日もしましたが、その時々のコンテキストによるということが大事かと思います心理学者のエイブラハム・マズローは、「もし手元にある道具がハンマーだけなら、あらゆるものが釘に見えてしまう。」という趣旨の言葉を残しています。ふと立ち止まって、道具はハンマーだけじゃないと気づけたら、他の選択肢も見えてくる、そういうことなのかもしれないなと思いました2、辞める辞めないが自由な世界途中で辞めることは、負け犬と言われるんじゃないかたくさんの人に応援してもらっているから今更辞められないあそこで辞めたことが、自分は続かない人間だと思われているに違いないこれらは、私としてはよく考えてしまうことですそして、実際に、世間の中の常識として言われていることも確かにあると思いますでも考えてみると、これらは。すべて人からどう思われているか、という他人軸からの見え方を気にしている、ということのように思いますそれが、自分の自由な決断に影響を与えてくるそこがとても難しいことだよなあと思います3、自らのパッションに従える世界それを跳ね返すことができるのは、自らのパッションの源に沿って生きられている、という自分しかないような気がしました世間体という判断からは、そう言われるかもしれないし、確かに言われていると思うそんな状況になったとしても、これが自らのパッションの源に沿う道筋だということに確認をもてれば、最後は自分を支えてくれる気がします例えば、スタートアップを始めたとして、それがうまくいかなくて、そこで一旦清算したとしても「なんで諦めるの?」「諦めちゃうまくいかないよ」と言われていたとしてもそれこそが、自らのパッションの源に従ったのだとしたらそれは、Fast Failで、次なる道への礎になったと言えばいいし逆に、何度も何度もやり直しても、それでも全然うまくいかなかったとしてそれでも、自らのパッションの源は、それをやり続けることにワクワク感をずっと感じているのだとしたら」「そろそろ諦めなよ」「絶対ピボットしたほうがいいよ」と言われていたとしても、いつかくる時がくる、と言い続けていればいい。それを、自由に選べる世界誰かに言われたから、世間的にそうだからということに、影響されずに自らのパッションの源に従っていけるそしてそれだったら、応援するよ、と言ってくれる世界そんな世界が素敵なのかもしれないなあと思いましたということで、一言で言えば辞める辞めないが自由な世界ノベーションそんな話をしています参考:本: 日経ビジネス人文庫 やめる 最良の人生戦略 電子書籍データ作成日 2026年6月3日 第1版 著 者 ジュリア・ケラー 訳 者 児島 修 発 行 株式会社日経BP 日本経済新聞出版
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運を繋いでいくノベーション(1918回)
マイケル・サンデルさんの、言葉に深く考えさせられました"人はその才能に市場が与えるどんな富にも値するという能力主義的な信念は、連帯をほとんど不可能なプロジェクトにしてしまう。いったいなぜ、成功者が社会の恵まれないメンバーに負うものがあるというのだろうか? その問いに答えるためには、われわれはどれほど頑張ったにしても、自分だけの力で身を立て、生きているのではないこと、才能を認めてくれる社会に生まれたのは幸運のおかげで、自分の手柄ではないことを認めなくてはならない。自分の運命が偶然の産物であることを身にしみて感じれば、ある種の謙虚さが生まれ、こんなふうに思うのではないだろうか。「神の恩寵か、出自の偶然か、運命の神秘がなかったら、私もああなっていた」。そのような謙虚さが、われわれを分断する冷酷な成功の倫理から引き返すきっかけとなる。能力の専制を超えて、怨嗟の少ない、より寛容な公共生活へ向かわせてくれるのだ。"ここから私は思いました1、私は私と環境である2、自分はついてると言えているか?3、もらった運を繋いでいく1. 私は私と環境であるスペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセットが「私は私と私の環境である。」と言われたことを思い出しました生まれた時代、育った家庭、出会った人、健康、社会、そして自分を必要としてくれる市場。そのどれが欠けても、今の自分にはなれなかったと思います。 私が大企業に入れたのも、その中で切磋琢磨させてもらえたことも、あの時、もしあの人がいなかったら、もしあの出会いがなかったら、そんなことばっかりです。もちろん、その逆のこともあったのかもしれません。でも今ここに少なくとも言えるることは、私だけの力ではありえない、ということかと思いますだから実力とは、自分だけのものではないのだろうかと自分の努力と、自分を育ててくれた環境が重なり合って初めて生まれるものなのかもしれないと思いました2. 自分は「ついてる」と言えているか?経営の神様・松下幸之助さんには、採用面接で「君は運がいいと思うか?」と尋ね、「運がいいです」と答える人を採用したという有名な逸話があります。「私はついています」と言える人は、自分だけの力で生きてきたとは思っていないということ支えてくれた人との出会いも、失敗から学べた経験も、「運が良かった」と受け止めて、決して自分1人ではできることではなかったと思えているかサンデルさんが語る「謙虚さ」とは、まさにこの姿勢のことかもしれないなあと実力を誇るのではなく、運に感謝できる人ほど、本当に実力のある人なのだという気がしました3. もらった運を繋いでいくそんな風に、自分についてくれた運を振り返ってみると、間違いなくたくさん応援してくれたから今があるだとすると、それをもし、他に人にも同じように自分が運を与えることが少しでもできたら自分よりもより遠くへ飛べる人が出てくるのではないか自分が生涯に遺すべき遺産は、誰かに一握りの運を繋いであげることなのかもしれないなあと思いました例えば挑戦する人たちを応援すること。若い世代に選ぶ選択肢を見せてあげること失敗した人に、もう一度立ち上がる場所を残すこと。そうして、自分が受け取った幸運を社会へ返していく。オルテガが「私は私と環境である」と語ったのなら、その環境をより良くして次の人へ渡すことも、私たちの責任なのかもしれないなあと思います実力を競い合う社会から、運をつなぎ合う社会へ。一言でいうと、運を繋いでいくノベーションそんな話をしています参考:本:マイケル・サンデル 実力も運のうち 能力主義は正義か? 二〇二三年九月十五日 電子書籍版発行 著 者 マイケル・サンデル 訳 者 鬼澤 忍 発行所 株式会社早川書房
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危機をデザインで乗り越えるノベーション(1917回)
2017年に『Fast Company』より「最もクリエイティブなビジネスパーソン」の一人に選出された、Airbnb デザイン部元バイス・プレジデント ティム・アレン氏 さんと、レイ・イナモトさんの対談に、危機的状況の乗り越え方の真髄を教えて頂きました曰く"普通ならパンデミックの影響で業績が8週間で80%も下落するという経験をして、その8か月後に上場するなんて考えられませんが、Airbnbはデザインの力で最大の危機を乗り越え、上場を果たしたんです。""危機の時こそ、表面的な問題解決ではなく、根本的なニーズに立ち返ることが重要だと思います。Airbnbの場合、「宿泊予約が減った」という表面的な問題に対して「宿泊料金を下げる」という対症療法的な解決策もありました。 でも実際には、人々のライフスタイルそのものが変化していた。在宅勤務が当たり前になり、都市集中型の生活から分散型の生活へとシフトしていた。この根本的変化を理解したからこそ、長期滞在や郊外物件という新たな価値提案ができたんです。"ここから私は思いました1、危機は機会に変えられる2、根本的な課題を掘り下げる3、素早く動く1、危機は機会に変えられる自分は、危機的状況に陥ったら、どうしようどうしようと、焦った挙句に、モグラ叩きのような、とにかく目の前の対策を打っていくことに、躍起になってしまう気がしますでも、本当には、危機的状況がきているということは、何か、根本的な変化がきているのではないかと、冷静に考えを切り替えることが、とても大事なんだなあと思いました売上や利益が下がっている。じゃあ、コストをなんとか下げていこう、人件費をさげていこう、というのは、ある意味必要なこともあるかと思うのですがそこで、改めて、立ち止まって考える人が必要ということかと思いますそれは、もしかしたら、「変わらなければならい」サインなのかもしれない。さらに言えば、「変わること」によって、新たな機会に変えることができるのかもしれないそこに、手を打つかどうかで、危機を乗り越えるだけでなく、新たなチャンスに変えていくことができるかどうかの、境目になるんだなあということが実例として、よくわかった気がしました2、根本的な課題を掘り下げるAirbnbが注目したのは、いわゆる「宿泊需要」が激減するということではなく「人の生き方」が激変する、ということだったような気がしますコロナの時には、このままでは、「宿泊需要」はほとんどなくなってしまうのではないかと、誰もが思っていたと思いますでも、そこで、コロナで「人の生き方」が激変しているに違いない、そこにある新しいペインがなんなのか、ということを、いち早くおそらく現場100回で捉えていったのではないか、と思いました単純な「宿泊需要」は減るんだけれども、コロナで新しいペインを抱える「宿泊需要」が実は別に立ち上がっているそれは、コロナによる人の生き方が変わってきているから、という気づきが、大きな転換点になった、ということなのではないかと思いました3、素早く動く業績が8週間で80%下落して、その8か月後に上場という、圧倒的なスピードが、Airbnb の凄まじさだなあと改めて思いましたコロナという激変を、誰よりも早く、新たに生じる真の課題を捕まえて、そして、誰よりも早く仮説検証に取り組むこの思考と行動の速さこそが、Fast Failという根本原理を理解しているイノベーティブ企業の真髄でありだからこそ、どんな変化があっても、信頼され続けるブランドを持つことができるのだろうなあと、改めて思いましたそれは常にユーザに共感し続けるデザインの力であり、信頼されるブランドを作るブランドシフトなのかもしれないと思いますということで、一言で言えば危機をデザインで乗り越えるノベーションそんな話をしています参考:本: Brand Shift(ブランド・シフト) 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略 電子版発行日 2026年6月2日 Ver. 1.0 著者 レイ・イナモト 発行所 東洋経済新報社
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自分の思考を持つノベーション(1916回)
まさに世界的コンサルタントの大前研一さんからの言葉に震えました曰く"コンサルタントとは、知識をひけらかす職業ではない。答えを知っている人間でもない。むしろ、誰も答えを持っていない問題に対して、自ら仮説を立て、構造を整理し、解決への道筋を示す「思考の職人」である。そのために必要なのは、流行のフレームワークでも、華やかな経歴でもない。徹底して考え抜く力と、現場から学び続ける姿勢である。""考え続ける者だけが、やがてAIにも負けない「自分の思考」を持つようになる。そしてそれこそが、どの時代においても通用する最大の資産となる。"ここから私は思いました1、誰も答えを持っていない問題2、現場100回3、自分の思考を持つ1、誰も答えを持っていない問題この本の中にも書いてありましたが、コンサルタントに聞くよりも、自分の会社のことは自分が一番よくわかっているから、と言われることも多くあるなあと思いましたでも、本当のコンサルタントの価値は、会社の内部の人間も、誰も答えを持っていたい問題を発見してそして、そこに「問い」を立てて、仮説から解決策までを、苦しみながらも、伴走してくれるひと、ということなのかもしれないなと思いましたまさに先日お話しした生物学者で思想家の最首悟(さいしゅさとる)の提唱する「問学(もんがく)」の達人ということなのかもしれないと思いました2、現場100回それと同じように必要なことは、現場から学びつづける姿勢それは、現場100回であり、畑村洋太郎さんの言われる、三現主義、すなわち、現場・現物・現人、それに尽きるということなのだなあと思いましたAIは、徹底した平均値の回答を得意としてきますが、実はその現場の真の課題に気づいている現場のごく少数の人たちの意見そういうことを丁寧に拾いあげて、そこから仮説を構築して検証していく、それをなん度も繰り返していくことからしか誰もが気づいていない問題や、真の課題に到達できないということだなあと思いました3、自分の思考を持つ人は、それぞれ違う個性を持っていて、私はそれを、パッションの源という形で、いつもお話ししていますがそのパッションの源を、掛け合わせた思考をすることが、自分なりの思考方法になっていくのではないかと思っています既存のフレーム当てはめた課題の捉え方や、輝かしい経歴の威を借りたお話では、それこそAIによる答えの方が、よっぽど良い答えを出してくるかもしれないそこに、人しか持ちえない、パッションの源の回路を通していくことで誰もが違和感を持たない事象への問いや、当たり前と思われている真の課題への、その人なりのアプローチができるのだろうなあと思います誰も答えを持っていない課題に対して、圧倒的な現場100回と、自分のパッションの源を掛け合わせることで自分の思考としての、自分なりの意見や、課題や、答えを見つけることができる、そんなことを思わせていただきました大前さんの名著「企業参謀」は、コンサル二年目の時のメモ帳が元になっているというような話を伺って大前さんは、まさに、自分の思考を、現場と自らのパッションの源で、若き頃から実行されていた方なのかもしれないなあと思いましたということで一言で言えば自分の思考を持つノベーションそんな話をしています参考:本: 大前研一入門 「初の半自叙伝」──世界的戦略コンサルタントはいかに生まれたか 2026年7月16日 電子書籍版発行 著者 大前研一 発行所 株式会社プレジデント社
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そばにいるだけノベーション(1915回)
生物学者で思想家の最首悟(さいしゅさとる)さんのお話しに深く考えさせられました曰く"お医者さんの最後のお手当ては、自分を治療と化すことなんていのがあってね。 じゃあそのトリートメント、治療ってのは何かっていうともうただ患者のそばに座ってるだけっていうのがある。もう言葉もかけない手もさすらないただもう座ってる。それが自分が治療と化したことなんだっていうのがあってね。結局は人がそばにいるだけ。つまりお医者さんに会うと病気が治っちゃうって私も実際体験があるんです。喘息がね、ふっと消えちゃうっていう体験もしてるけども、やっぱりその人といるっていうことだけで、お互いにどういう影響を及ぼし合ってるか。本当に奥が深いと思うんですね。"ここから私は思いました1、いることが価値になる2、いてくれるという安心感3、いてくれたという価値1、いることが価値になる昔、運動会とか楽しみなことがあると、前の日に必ず自家中毒になって、病院に運ばれてましたところが病院に着いた途端に、よくなっちゃう。一応点滴はして帰るけど。みたいなことが、しょっちゅうありました医者の究極は、自分が治療になること、というのは、とてもしっくりきましたそれはもう、何もしなくても、いてくれるだけで、元気になっちゃうお医者さんでなくとも、子供にとっては、親がそんな存在のように、人は、根源的には、誰かがいることじたいを価値と感じるそんな生き物なのかもしれないなあと思いました2、いてくれるという安心感いることが価値になる、ってなんなのかを、反対の立場から考えてみるといてくれるというかさ安心感なのかなあと思いましたそれは、きっと、誰でもいいわけではなくて、とても強い信頼感と安心感のある人でなければならないなあと思います会社のプロジェクトでも、火を吹いた時に、あの人が来てくれたから、もう大丈夫だ、みたいなことが、とっても心の支えになったなぁとも思います心理的安全性のある職場なんていいますが、それは組織としても、たとえ組織がなくても、1人でも、安心できる人がいたら最大の力を発揮することができるそれが人間なのかもそれないなあと思いました3、いてくれたという価値じゃあ、たとえば、その人がいなくなってしまったら、その安心感はなくなってしまうのか?と思った時にそれほどの安心感や信頼感を与えてくれた人ならば、それは、決してなくならないのではないかと思いました一度でも、そんな人との出会いがあった人ならば、まるでその人の一部が、体の中に、いてくれるそんな感覚を持つことができるのではないかと思いましただから、いてくれる、ということは、時空を超えて、いてくれる、ということになるような気がしましたイノベータリップルモデルでは、パッションから、仲間を作って、そして大義に向かって行きますがそこで出会った仲間は、きっと、いてくれるだけで安心できたりまたは、いてくれたことが、今の自分を支えてくれるそんな仲間こそが、とっても大切なんだろうなあと思いました一言で言えばそばにいるだけノベーションそれだけで、どんなに素敵なことだろうと思いましたそんな話をしています参考:NHK Eテレ東京 こころの時代 わからなさのなかで~最首悟の思想をたどる~2026/7/20(月)https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-X83KJR6973/ep/K7QYR56NJ8
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問学(もんがく)ノベーション(1914回)
生物学者で思想家の最首悟(さいしゅさとる)さんが東京大学の最終講義でお話しした言葉に、感動しました曰く"一般教育というのは、何を教えるかではない。何を教えるべきかという問いを教師が持つことである。私はそのような教育というのを、特殊に位置づけるためには、問学(もんがく)という言葉を復活させたらよろしいと。学問というのはあまりにも擦り切れている。専門家ということがそこではあまりにも特殊化されて出てきてしまう。問学も学問と全く同じ意味であるけれど、やはりそこに特殊に問いを立てる学、それも近代科学技術が要求した解ける形の問いではない。そのような制約を払った問いを最も重要視する学"ここから私は思いました1、教師自身が自らを問い続ける2、解けない問いを問い続ける3、誰もが問いを持つ世界1、教師自身が自らを問い続けるこれまで、問いを考えることが重要であると、いうお話は、最近ではたくさん聞くようになりましたがそれを教える、教師自身が、「何を教えるべきかを問い続ける教師」であることを、明確に言われたのは初めて聞きました問い続けることを教えるのが教師ではなく、自らが何を教えるべきかを問い続けるのが教師、というのは、とても心に刺さりましたそれを見る生徒も、自ずから、自ら何を学ぶべきなのか、なぜ学ぶべきなのかを、問い続けることになっていくまずは自らがその範を示すということが、問学においては、教師自らを問う、そういう姿勢に現れるということなのだと、学ばせていただきました2、解けない問いを問い続ける学校での試験は、まさに、絶対に溶ける問題を解かせることが主流でやられてきていますそれとは、全く逆で、問学においては、決して解けない問いを、問い続けるということをすることが大事なのである、ということを改めて認識しましたそれは、より根源的な問いとなり、様々な解釈や立場による違いにより、如何様にも問い続けることができるそういう問いに、向き合うことがとても大切ということだと思います「どうすれば売上が上がるか」という問いではなく、「私たちは何のために存在するのか」「本当に解くべき課題は何か」という、簡単には答えの出ない問いがこれまで意識されていない真の課題を導きだ出して、新しい時代を切り拓く鍵を握ることになるのだと思います哲学者カール・ヤスパースは、「哲学するとは、問い続けることである」と述べてい流ように解けない問いを持ち続けることが、人間を成長させるものになる、そんなことかと思いました3、誰もが問いを持つ世界問学の大義は何なのだろう、と考えた時に、世界中のすべての人々が、問いを持つことができる世界、そんな世界を目指すことなのかもしれないと思いました我々はなぜ、紛争をしているのだろう、なぜ止められないのだろう、なぜ対立が生まれてしまうのだろうすべての人が、自らに対して、問いを立てられている世界それは、自分自身の主張だけが、世界においては正しいことではなく、相手がなぜそういうことを言っているのかを、一旦聞き入れることができる世界自分たちの常識や信念が揺らぐような考え方が、自分たちと同じように何の疑いもなく信じられている世界があるかもしれないそんな想像ができる世界、自ら自身を疑うことが、みんなが是とする世界そんな世界が問学によって、出現することができたら、素敵なだなあと、思いました「この社会は本当にこれでいいのだろうか。」「私は何を成し遂げたいのだろうか。」「未来の子どもたちに何を残したいのだろうか。」その問いこそが、一人ひとりの人生を動かし、仲間を巻き込み、やがて社会を変える力になりのかもしれないイノベーションとは、新しい答えを生み出すことではなく誰も立てなかった問いを立てることから始まるということで、一言で言えば問学(もんがく)ノベーション学問と問学、逆さまにすることで、全く違う世界が出現するそんな話をしています参考:NHK Eテレ東京 こころの時代 わからなさのなかで~最首悟の思想をたどる~2026/7/20(月)https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-X83KJR6973/ep/K7QYR56NJ8
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問学(もんがく)ノベーション(1914回)
生物学者で思想家の最首悟(さいしゅさとる)さんが東京大学の最終講義でお話しした言葉に、感動しました曰く"一般教育というのは、何を教えるかではない。何を教えるべきかという問いを教師が持つことである。私はそのような教育というのを、特殊に位置づけるためには、問学(もんがく)という言葉を復活させたらよろしいと。学問というのはあまりにも擦り切れている。専門家ということがそこではあまりにも特殊化されて出てきてしまう。問学も学問と全く同じ意味であるけれど、やはりそこに特殊に問いを立てる学、それも近代科学技術が要求した解ける形の問いではない。そのような制約を払った問いを最も重要視する学"ここから私は思いました1、教師自身が自らを問い続ける2、解けない問いを問い続ける3、誰もが問いを持つ世界1、教師自身が自らを問い続けるこれまで、問いを考えることが重要であると、いうお話は、最近ではたくさん聞くようになりましたがそれを教える、教師自身が、「何を教えるべきかを問い続ける教師」であることを、明確に言われたのは初めて聞きました問い続けることを教えるのが教師ではなく、自らが何を教えるべきかを問い続けるのが教師、というのは、とても心に刺さりましたそれを見る生徒も、自ずから、自ら何を学ぶべきなのか、なぜ学ぶべきなのかを、問い続けることになっていくまずは自らがその範を示すということが、問学においては、教師自らを問う、そういう姿勢に現れるということなのだと、学ばせていただきました2、解けない問いを問い続ける学校での試験は、まさに、絶対に溶ける問題を解かせることが主流でやられてきていますそれとは、全く逆で、問学においては、決して解けない問いを、問い続けるということをすることが大事なのである、ということを改めて認識しましたそれは、より根源的な問いとなり、様々な解釈や立場による違いにより、如何様にも問い続けることができるそういう問いに、向き合うことがとても大切ということだと思います「どうすれば売上が上がるか」という問いではなく、「私たちは何のために存在するのか」「本当に解くべき課題は何か」という、簡単には答えの出ない問いがこれまで意識されていない真の課題を導きだ出して、新しい時代を切り拓く鍵を握ることになるのだと思います哲学者カール・ヤスパースは、「哲学するとは、問い続けることである」と述べてい流ように解けない問いを持ち続けることが、人間を成長させるものになる、そんなことかと思いました3、誰もが問いを持つ世界問学の大義は何なのだろう、と考えた時に、世界中のすべての人々が、問いを持つことができる世界、そんな世界を目指すことなのかもしれないと思いました我々はなぜ、紛争をしているのだろう、なぜ止められないのだろう、なぜ対立が生まれてしまうのだろうすべての人が、自らに対して、問いを立てられている世界それは、自分自身の主張だけが、世界においては正しいことではなく、相手がなぜそういうことを言っているのかを、一旦聞き入れることができる世界自分たちの常識や信念が揺らぐような考え方が、自分たちと同じように何の疑いもなく信じられている世界があるかもしれないそんな想像ができる世界、自ら自身を疑うことが、みんなが是とする世界そんな世界が問学によって、出現することができたら、素敵なだなあと、思いました「この社会は本当にこれでいいのだろうか。」「私は何を成し遂げたいのだろうか。」「未来の子どもたちに何を残したいのだろうか。」その問いこそが、一人ひとりの人生を動かし、仲間を巻き込み、やがて社会を変える力になりのかもしれないイノベーションとは、新しい答えを生み出すことではなく誰も立てなかった問いを立てることから始まるということで、一言で言えば問学(もんがく)ノベーション学問と問学、逆さまにすることで、全く違う世界が出現するそんな話をしています参考:NHK Eテレ東京 こころの時代 わからなさのなかで~最首悟の思想をたどる~2026/7/20(月)https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-X83KJR6973/ep/K7QYR56NJ8
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転換期だから本質を見失わないノベーション(1913回)
小澤征爾さんとの長年の絆YA、36年間東京都交響楽団のソロ・コンサートマスターを務めるなど、バイオリニストのレジェンド矢部達哉さんの言葉に感動しました"今まで生きてきた中で、今が一番大転換期っていう感じがするんですよ。社会としてもそうだし、人々の歩みっていうことにも関してもそうだし、価値観の大転換みたいなのが今起こってるような気がしてで、それがいいこともあれば、必ずしもいいことだけではないと僕は思っているんです。クラシック音楽がこうやって何百年も残ってきた過程っていうのは、ある種やっぱり奇跡だと思っていて素晴らしい音楽っていうのは、人種とか国境とか関係なく、全ての人の心に届くものであるからこそ残っている。音楽家たちはその作曲家の代理人としてそれを届けて、次の時代に続けていくという使命というか、責任はあると思うので普遍的な本質的なことっていうのを、今こそ忘れてはいけない時代なんじゃないかなということを思っています。"ここから私は思いました1、変化が目的になる2、時代を超えて残るものの中にある本質3、本質を見失わない変化とは1、変化が目的になる確かに今は、AIが出てきて、シンギュラリティはもうすでに超えているのかどうか、みたいな大転換の時代に来ている気がしますでも、変わること、自体が目的になっていって、本当に大切なことが、忘れ去れていくということも、ありそうで恐ろしく感じる時があります経済は成長し続けなければいけない、科学技術は進化し続けなければいけない、とにかく変化し続けることが、勝ち残りの原理原則であるみたいなことは、何か後ろから追っかけられているようで、果たして、それが目的でしたっけ?と一度問い直してみるということも、大切だなあと、改めて思いました2、時代を超えて残るものの中にある本質矢部さんが言われている、クラシック音楽が何百年も残ってきた過程がある意味奇跡のようだ、という言葉に、とても重みを感じましたこんなに激変して、変わっていくことこそが、進化であり、イノベーションであり、必須なことのように思われていても実は、脈々と変わらずに残ってきているものがある。そして、それを残し続けていこうという人たちがいる実はそんな中に、本当に大切なものが、あるからこそ、残ってきているし、残そうとする人たちが絶えないのかもしれないなあと思いました名著と言われる本にしても、歌舞伎のように400年以上続く、今となっては文化と言われるもにしてもそこには、変化し続けながらも、残り続ける本質がある、その大切さを忘れてはいけないのではないかと思いました3、本質を見失わない変化とは太刀川さんの進化思考で言われるように、適応と変異は、両輪が回ることで、38億年の生物が生き残ってきているのだとすれば適当と変異は、両方ともに、大切なことだということになります今のAIのように、あまりにも、変異のスピードが急激すぎると、もしかすると、変異すること自体が目的化して、本質を損なう恐怖みたいのが出てくる気がします経営学者ピーター・ドラッカーは、「文化は戦略に勝る。」という言葉で知られています。どれほど戦略や技術を変えても、人を大切にする文化や使命が失われれば、その変化は長く続かない矢部さんが「作曲家の代理人として次の時代へ届ける使命」と語られたように、私たちもまた、未来を創るだけでなく、本当に価値あるものを次の世代へ受け渡していく責任があるなあと思いました変化を恐れないこと。そして同時に、本質を見失わないこと。我々が培ってきた本質とは何なのかを、今一度、噛み締めていくことが大事なのかもしれないなあと思いましたイノベーションを起こすことが目的ではなく、我々の本質を見失わずに、さらにその本質をアップデートしていけるようなことに、イノベーションを起こしていく必要があるそんなこと思いました一言で言えば転換期だから本質を見失わないノベーションそんな話をしています参考:クラシックTV「The Legend 矢部達哉」2026/7/20(月) NHKEテレ東京 https://www.web.nhk/tv/an/classictv/pl/series-tep-14LJN694JR/ep/1694NN5XGV
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選ばれるものになるノベーション(1912回)
トヨタの豊田章男社長の言葉に、生きて行く上での真髄について、教えて頂きました曰く"日本がね、なんかワールドスタンダード取るとかね。それは無理と思ったほうがいい日本ってのは小国なんですよ。小国だけど存在感あるんですよ。大きさ云々じゃない。""日本人いてよかったとかね、日本のトヨタあってよかったなとかね。いう風になるのが我々の役割じゃないかなと思うんですけどねどこの国からもね、日本が選ばれる国じゃないと生き残れないと思いますよ。"ここから私は思いました1、世界一よりも存在価値2、小さき個性3、選ばれるものになる1、世界一よりも存在価値世界販売台数で世界一の自動車会社であるトヨタの豊田章男社長の言葉だからこそ、とても胸に響きました実は世界一の販売台数を目指していたから、世界一になったのではなくいてくれて良かった、あってくれて良かった、というとても身近な存在価値を追求してきたからこそ、結果として世界一になったのだなとそして、今でも変わらずに、ひたすらに身近な存在価値を、あくなき追求をしているということなのだなと、感動させていただきましたそれは、外発的な動機では全くなくて、内発的な動機に、裏打ちされていることでまさに、パッションの源なのだなあと思いました。あえていうなら究極の利他パッションなのかもしれないとも思いました2、小さき個性大きさよりも、存在感、という言葉にも、大いに感動させていただきました確かに大きいことで、大きな存在感を示す、ということは世の中にはたくさんあると思います大規模な投資額、大規模な施設、大規模な実験、大規模な人数、、まさに物量で、他を凌駕して行くというのは、一つの王道なのかもしれませんがそうじゃなくとも、存在感を示すことができるのだ、という勇気の言葉に聞こえました山椒は小粒でピリリと辛い、とは昔、よく聞いた諺でしたら、最近あまり聞かなくなったような気がします人数が減っていくから、市場規模が小さくなって行くから、投資額が多くないから、、それは事実だとしても、だから、なんなんだ、という気概を教えていただいた気がしましたパッションの源で言えば、個性派パッションに火をつけて小さき個性、存在感を出していける、という気概が必要と思いました3、選ばれるものになる以前、藤井風さんのインタビューを紹介した時にずっと実家から出してもらえなくて、外から声がかかる人間になれ、と父から言われていたので、必死にピアノに齧り付いていたそんなような話があったかと思いますまさに、選ばれるものになるとは、選んで欲しいと、プロポーザルをうまくすることではなく誰もが、放っては置けない存在になる、ということだと思いますそのために、自分自身を誰にも負けないくらいに、磨いて磨いて磨き抜く会社や自身のソリューションを、そこまで徹底的に磨き抜いているかそう問いかけられているような、背筋がピンと張らされてくるような、そんな気持ちにさせていただきましたということで、何か生きていく真髄をいただいた気がしました一言でいえば選ばれるものになるノベーションそんな話をしています参考: NHKスペシャル インサイド・トヨタ 次世代カローラ開発に密着 日本の製造業の未来を問う 2026/7/19 https://www.nhk.jp/g/ts/2NY2QQLPM3/blog/bl/paJnovBDza/bp/pWQpnaQM9r/
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自分軸で多忙感を乗り超えるノベーション(1911回)
作業療法士でユークロニア株式会社代表の菅原洋平さんのお話に新たな気づきをいただきました。曰く"つまり、自分が主体的に行動している感覚が得られるかどうかです。 この感覚を「行為主体感」と呼びます。 「行為主体感」が得られれば、多忙感を覚えることはなくなります。""心理学では、私たちの時間感覚を「ムービング・タイム」と「ムービング・エゴ」という2つの概念で説明しています。""ムービング・タイムとは、時間が自分に向かって迫ってくる感覚です。''"一方、ムービング・エゴとは、自分が時間の中を前進している感覚です。""このムービング・エゴこそが行為主体感そのものです。"ここから私は思いました1、多忙感は仕事量ではない2、フロー状態3、自分軸が多忙感を超える1、多忙感は仕事量ではないせっかくの三連休なのに、なんだか休んだ気がしなかったなあ、なんてことを思っている方などもいらっしゃるかもしれません私もふとした時に、ああやることが山積みでどうしよう、なんて、とても休んでる暇なんてないなあとか、思っちゃうことがまま、ありますそんな時に、実は、多忙感というのは、実は仕事の量ではなく、自分自身の仕事への向き合い方にあるということに、目から鱗が落ちる思いでしたつまり、忙しいと感じているのは、やることが多いわけではなくて、「行為主体感」、つまり、主体的にやることへ対してむかえているかどうかにある、ということなので自分から全てのことへ対して、主体的に向き合えている、状態を作ることができれば、それは自然と消えて行くということと理解しました2、フロー状態ミハイチクセントミハイさんの、フロー状態を思い出しました寝食を忘れて絵を描いていたとか、音楽を作っていたとか、プログラムを書いていたとか、ゲームをやっていたとかなんらかのことで、そんな状態の時が誰でも経験したことがあるかもしれません技術軸と挑戦軸が、頂点に達して、自らのパッションの源と同一化した時に、人は、フロー状態に入って完全な没入状態になるということかもしれませんその時こそ、「行為主体感」の権化として、「多忙感」を忘れることができる、という究極に姿なのかもしれないなあと思いました3、自分軸が多忙感を超えるとはいえ、なかなか仕事のような、全てそれに没入できるものばかりでもないよなあと思った時に、自分軸、他人軸が一つヒントになるかなあと思いましたイノベーションワーキングの際に、よくこの話はするのですが、自分軸では、自らが問いを発することができて、他人軸は、問いを与えられる、という真逆なのでイノベーションは問いを発する自分軸にいて、物事を見ている時ではないと、イノベーションに最も大切な問いを発することができないだから、一旦他人軸にあるものを、自分軸との重なりがないかを見てみて、そして、その重なりを発見することができれば例えば、会社からのミッションに関しても、自分軸からみることができる部分ができて、イノベーションを起こしていく準備ができることになる、そんな話をしています例えば、なんだか、普段、忙しくて、気が休まらない人向けにも、実は、自分軸と他人軸の整理をしてみて、自分軸から他人軸を少しでも重なって見える点があればそれを軸に、多忙感を少しずつ軽減できるのかもしれないなあと思いました普段のやっていることを、なるべく「行為主体感」のあるものへ、変換して行くことそれが多忙感をやっつける一つの方法なのかと、気づかせていただきましたということで、一言で言えば自分軸で多忙感を乗り超えるノベーションそんな話をしています参考:本: 多忙感 2025年11月30日 電子版発行著者 菅原洋平 発行所 株式会社サンマーク出版
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生も死も一つの表れ方ノベーション(1910回)
仏教学者の植木雅俊さんからの、日蓮さんの死生観に関するお話に、深く考えさせられました曰く"日蓮の死生観は、波が生まれたり消えたりしても海そのものはなくならないのと同じように、人が死んでもその生命本体は一貫して存在し続けているという思想から来ています。生も死も、その生命本体の一つの表れ方に過ぎないのだから、自分が殺されたところで「私」という生命はなくならないと考えるのです、と。もちろん、誰かが亡くなってしまうことは、「今生の別れ」という意味でとても悲しい。でも、生命本体はなくなってしまったわけではなく存在し続けているのだから、今その人がいる場所に向かって祈ればいい。その場所ー霊山浄土は、決してはるか遠くではなく私たちが生きるこの世界の中に、現実と分かちがたく存在している。そう、日蓮は考えていたのだそうです。"ここから私は思いました1、自分の中に共にいてくれる2、思いや言葉で共に生き続けることができる3、少なくとも科学では、まだ答えが出ていない問いへの考え方1、自分の中に共にいてくれる私の周りでも、「今生の別れ」として、会えなくなってしまっている人が沢山いますので、それを考えると、大変残念な気持ちになってしまいます日蓮さんの死生観に照らして考えると、別れではなくて、生命本体の表れ方にすぎず、一貫して存在し続けているとしたら、少し気持ちが安らぐ気がします私は自分の中に、たくさんの人たちが入っていると感じることがあって、それは、たとえば、大変な時に、その人の言葉が思い浮かぶような時ですああ、そういえば、あの人、こんなこと言ってたようなあ、と思い出す時に、その人のかけらが、自分の中にまるで生きているような、そんな感覚を持つことがありますそんな時には、物理的には2度と会えないけれども、実は、共にいてくれる、そんな感覚を持たせてくれて、ありがたいと、思います2、思いや言葉で共に生き続けることができる自分自身が死ぬ時には、どうなっちゃうんだろう、というのは、怖さと共に、小さい頃から、考えることがありましたサルモネラ菌で倒れた時は、「ああ、こんな感じで、意識が遠のいていっちゃうのかなあ」と思ったこともありますでも、実は、自分という生命はなくならない、または、今いる世界に、思いや言葉で共にいることができるんだ、と考えたら、その怖さが少しは和らぐ気がしてだからこそ、限りある今という時間を大切に生きたいと思いました。 内村鑑三さんの、「後世への最大の遺物」のように、思想、事業、お金、生き様、などを残していって、少しでも次の世代に役立ててくれたらそれは、自分が存在した価値や意義が、次の世代へ受け継がれていくという意味で、とても嬉しいことだと思います思いや言葉で共に生きるづけることができる、という考え方があるからこそ、今この人生を精一杯生き切ることが何より大切なのだと教えてくれているような、そんな優しさを感じました。3、少なくとも科学では、まだ答えが出ていない問いへの考え方死んだらどうなるのか?という問いに関しては、今のところは、少なくとも科学では、まだ答えが出ていない問いへの考え方という中でわからないからこそ、どう考えるか、ということが、ということがとても大切なんだなあと思いましたユヴァルノアハラリさんが言われていたように、人は物語を創る力がある、ので、そこにどんな物語を作ることが、みんなの幸せにつながるのか、ということがとても大切だと思いました究極的には、その考え方が、あっている、あっていないは別として、そう考えることで、多くの人の心が少しでも救われるのであれば、そのような物語にも大きな意味があるのではないかと思いました人生は、選択した人生を、精一杯しあわせな物語にしていくことが大事なようにだからこそ、今日という一日を大切に生き、その積み重ねが人生になり、その人生が誰かの中で生き続ける。そんな物語を私は信じたいと思いましたもちろん、客観的事実として、科学的に解明していくことも大事だと思いますが解明できないことは、考え方や物語で幸せな方向へ持っていくそれは、決して、誰かの話を盲信することなどではなく、自分自身で納得できるものとして、自分で物語化して行くことが大切かと思いました日蓮さんは、生命は永遠につながるという思想を説きながらも、同時に「命というものは第一の宝」と語っています。だからこそ、この考え方は死を願うためではなく、限りある今を精一杯生きるための死生観なのだと、私は受け止めましたということで、一言で言えば生も死も一つの表れ方ノベーションそんな話をしています参考:本: 血肉となる読書 なぜ読むことだけが人生を変えるのか 電子版 発行日 2026年5月1日 著者 斎藤幸平/小川公代/安田登/秋満吉彦 発行所 株式会社あさま社
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無意識を汲み取ろうとするノベーション(1909回)
上智大学外国語学部英語学科 教授の小川公代さんの言葉に新たな気づきを頂きました曰く"フロイトは、人間の行動には自分の欲求を満たそうとする「快楽原則」と、制約やその行為の結果を踏まえて欲望を制御する「現実原則」が働いていると言いました。""結局、「生きる」とは、経済的にうまくいけばいいという現実原則と自分は何に突き動かされているのかという快楽原則、この両方の均衡の上に成り立っているのだと思います。 そして、その快楽原則と深く関連するのが自分の「無意識」です。""頭で考えているだけではなく自分の中の無意識を汲みとろうとしなければ、血相が変わるほど夢中になれることや深く集中できる活動が何かは見えてこないのではないか。"ここから私は思いました1、現実原則と快楽原則のせめぎ合い2、無意識に快楽原則あり3、快楽原則こそパッションの源1、現実原則と快楽原則のせめぎ合いまさに、私の人生も、なんとか経済的に持ち堪えれるかと、やってて面白いことをいかに時間を作ってやるのかこのせめぎ合いでここまできているなあと、大いに共感させていただきましたそしてともすれば、経済的活動が忙しくなりすぎて、自分が一体何にワクワクするのかすら、忘れてしまうということも今でも起きていますある程度の経済的余裕があるか、自給自足に振り切ることができているかそれがないと、どうしても、現実原則に引っ張られてしまうそれがなかなか難しいなあと常々思います2、無意識に快楽原則あり小川さんは、夢に怪物が出てくるという悪夢に、とても悩まされていたそうですでもそれが後から考えると、快楽原則と逃げずに対話するために、無意識が悪夢を見させていたのかもしれないというようなことをおっしゃっています自分の無意識はなかなか把握することはできませんがなぜか、イライラしてしまうなぜか、涙が出てしまう変な夢ばかり見てしまうなどの何か普段と違う違和感を感じることが大切なのかもしませんそして、それが、実は、自分の快楽原則を忘れてるのではないか?というメッセージである可能性があるということは大きな気づきとなりました3、快楽原則こそパッションの源私は常日頃、自分軸における、パッションの源を忘れないように、または、定期的に思い出すように、していくことがとても大切と言っているのですが多忙すぎる毎日を送っている場合には、そんなことはなかなかできるものではないというふうにも思っていますでも、今回の、小川さんのお話のように、自分の無意識に、なんらかの異変が起きた場合にはちょうど、パッションの源を、一度、おさらいする時期が到来しているよ、というアラームとして活用させていただくことは、多忙な毎日でも、快楽原則、つまり、自分を突き動かすような、普段は忘れてしまっているかもしれない、パッションの源を思い出すそれを心に留めておいてもいいなあと思わせていただきましたということで、一言で言えば無意識を汲み取ろうとするノベーションそんな話をしています^^参考:本: 血肉となる読書 なぜ読むことだけが人生を変えるのか 電子版 発行日 2026年5月1日 著者 斎藤幸平/小川公代/安田登/秋満吉彦 発行所 株式会社あさま社
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リバース・ラグジュアリー・ノベーション(1908回)
電気と水を自然エネルギーで自給する完全オフグリッド型のラグジュアリーホテル「WEAZER(ウェザー)を展開されているARTHの高野由之社長のイノベーターぷりに感動しました曰く"ウガンダという国は豊かな自然、リソースとしては豊かなんですけど、停電だったり水だったり、あるいは綺麗な水の供給が行われない。そんなすごい厳しいインフラ環境だったので、よし、じゃあ僕たちがもし地球上で初めて、この降り注ぐその雨や太陽エネルギーみたいな自然のリソースだけをインプットした宿泊施設を作ることができれば僕たちのこの事業の展開がインフラがちゃんと整っているところ以外でも展開できるっていう風にちょっと夢を見てですね。そこから 6年ぐらい研究開発を重ねて、実はこの日本においても既存のインフラに頼らないテクノロジーというのは結構社会の中ですごく大きい可能性と必要性があるというふうに思って、それであの今展開させていただいています"ここから私は思いました1、リバースイノベーション✖️ラグジュアリー2、仕掛け学3、一つのイノベーションは様々な課題を一気に解決する1、リバースイノベーション✖️ラグジュアリーウガンダでのインフラ問題があると知った際に、普通は諦めるか、もっとインフラの整ったところへと考えると思いますが逆にそれを解決できれば、これまでにないホテル展開ができるのでは?という逆転の発想に、イノベーターを感じました完全オフグリッドを実現するために5年かけて実現させたことがまさにイノベーターと思いますがそれをリバースイノベーションとして日本への展開をさせて、僻地でインフラがない、かつ知られざる風光明媚な場所へ展開するという発想が、またイノベーターだなと思いますさらには、それを単に提供するだけではなく、ラグジュアリーにすることでこれまでにない風光明媚な場所で、ラグジュアリー体験をする、そして、だからこそブランド高い商品価値として、ビジネス的にも成り立たせるという驚くべきイノベーションだなあと、ひたすら感動しました2、仕掛け学これはもしかしたら、仕掛け学と言ってもいいのかもしれないなあと思いました仕掛け学は、大阪大学大学院経済学研究科の松村教授提唱された考え方ですが、個人的欲求と、社会的欲求を掛け合わせることによる社会課題解決ができる考え方と思っていますWEAZERは、個人的欲求である、これまでに観たことのない景観が見たい、だったり、ラグジュアリーな体験がしたいというものと社会的欲求である、インフラもない過疎な地域に人を呼びたい、地域創生をしたい、というものを両方を、オフグリッド技術により、掛け算することで、いっぺんに実現できる、まさに仕掛け学といってもいいのではないかと思いました社会課題は、真面目に正面から向き合うことも大切ですが、全く関係のない個人の欲求を満たすことによって、自然と社会課題が解決していくそんなアプローチとも言えるなあと思いました3、一つのイノベーションは様々な課題を一気に解決するイノベーションの本質は、一つのソリューションで、一変に様々な課題が解決されてしまう、というパワーがあることだと改めて思いましたラグジュアリーだけど、見たことも行ったこともない景色が見たい過疎化していくこの地域に、なんとか人を呼びたい電気、水道などの、インフラ設備を構築するのはあまりにお金がかかり過ぎるインフラのない地域で適切に医療を受けることができないまさにWEAZERは、これらの世界の課題を一気に解決することができる、真のイノベーションかもしれないそんなことを思いましたということで一言で言えばリバース・ラグジュアリー・イノベーション参考: テレ東 カンブリア宮殿【秘境に次々出現!絶景ホテルの秘密】 2026/7/16 https://www.tv-tokyo.co.jp/broad_tvtokyo/program/detail/202607/18189_202607162306.html
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異物をあえて呑み込むノベーション(1907回)
NHK「100分de名著」プロデューサーの秋満吉彦そんから、斉藤孝平さんのお話で刺激的だったことに、とても感銘を受けました曰く" 「読んだ本の中で違和感を覚えたり、納得できなかったりする部分が出てきても、まずはすべて一度受け入れる」""私自身も含め、人はどうしても、わからない部分は「まあいいや」「ピンと来ないな」と読み飛ばして、抱いた違和感を排除してしまいがちです。 ですが、その違和感──私の言葉で言うならば「異物」──をとりあえず一度吞み込んでおくと、後から、その違和感が自分の中で芽吹いて、新たな発見につながることがある。「異物」と感じられた部分が、むしろ一番大事だったと気づかされることは、しばしばあります。"ここから私は思いました1、自分の常識を疑う2、異物を呑み込む3、デフォルトモードネットワークに賭ける1、自分の常識を疑う自分の理解できない話が出てきた時には、本に限らず、私は、「良くわかんないな」とか、「自分とはちがう」というネガティヴなイメージで反発してしまうことがよくあるなあと思いましたでも実はそれこそが、イノベーションの種を拾う、絶好の機会である、という話には、とても感銘を受けました自分の常識と反発するからこそ、そこに自分にとっては新しいイノベーションの可能性があるのではないかと捉え直してみるまたは、なぜ違うのか、なぜ反発したくなるのかと、一瞬考えてみるそんな態度が、新しい価値を生み出す態度としては、とても大切なんだなあと、改めて教えて頂きました2、異物を呑み込むとはいえ、異物はすぐに理解できるものではないからこそ、異物であるとも言えると思いますだからそこで諦めてしまうのではなく、理解できなくとも、一旦飲み込んでおくそして、心の片隅に異物として、留めておくこれは、ジョンキーツさんの言われる、ネガティヴケイパピリティに通じる考え方なのかもしれません呑み込んで、すぐに苦いと言って吐き出すのでは、なく、自分の中に留めておくことができるか私の場合は、呑み込んでも忘れちゃうので、メモっておくのですが笑それもイノベーターとしのノウハウなのかもしれないなあと思いました3、デフォルトモードネットワークに賭ける人の脳は、何もしていないように見える時間にも働き続けていて、神経科学では、ぼんやりしているときや散歩をしているときに活動する脳のネットワークをデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)という話を今までもさせていただきましたこの違和感、異物、それを脳やメモに書き留めておくことで、いつの日か、散歩をしている時、お風呂に入っている時、音楽を聴いている時ふとした時に、脳の水面に浮かび上がった異物が、ある化学反応を起こして、新しい気づきを得られる時が来るかもしれない発明家と言われている人たちのひらめきは、そのようなことから、生まれているケースが多いというお話もよく聞きます自分が気に入ってる情報だけでなく、全く理解できない、反論したくなる、全然違うと思うそんなことを一旦呑み込むそこに自分の新しい価値を発見する、さらにはバージョンアップさせることができる鍵が潜んでいる一言で言えば異物をあえて呑み込むノベーションそんな話をしています^ ^参考:本: 血肉となる読書 なぜ読むことだけが人生を変えるのか 電子版 発行日 2026年5月1日 著者 斎藤幸平/小川公代/安田登/秋満吉彦 発行所 株式会社あさま社
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一隅を照らすノベーション(1906回)
俳優の高嶋政伸さんが、父である高嶋忠夫さんからいただいた言葉に、感動させていただきました。曰く"父親が、あのえらい坊様が言った言葉だけど一隅を照らすもの、これ国の宝なりっていうことを言ってくれたんですよね。片隅でもいいけど、その一隅を照らすものはもういわゆるその国の宝なんだともしお前 30秒とか1分とか 30秒しか出番がなくても、その時間が輝いていれば、お前は国の宝なんだとめげずにやれよっていうのはまあ言われて、まあやっぱりグッとくるもんがね。やっぱりありましたよね。"ここから私は思いました1、内発的動機者2、誰もが創造者である3、全世界1世帯あたり一法人化1、内発的動機者”一隅を照らすもの”この言葉は、最澄さんが「山家学生式(さんげがくしょうしき)」の中で言われた”国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝と為す。一隅を照らす、これすなわち国宝なり”からきているものかと思いましたまず私が思ったのは、こういう人たちというのは、デシ&ライアンさんが言われている、”内発的動機”を持たれた方なのかもしれないなあということですつまり、”外発的動機”としての、名をあげるとか、お金をたくさん儲けるということよりも、まずは、自らの周りを照らすこと、それは極めてプライベートな範囲での、誰かへの価値を提供している人、ということなのかと思いました私の父を思い出します。サラリーマンで転勤が出世コースだったにも関わらず、家族のことを優先して、それを断っていたと聞いています。結局、出世されていったのですが。自分の周りの大切な人や、物や、事を、大切にすることを一番に考えるというのは、自分の内面から出てくる動機で、イノベータリップルモデルにおける、パッションから、周りの仲間と共に、最小限の周りの人たちを喜んでもらう大義を実現するそんな人たちのことなのかもしれないなあと思いました2、誰もが創造者であるよくお話ししていますが、ハーバード大学の広中先生の言われている、誰かに編み物をしてあげたり、庭の手入れをしてあげたり、それこそが、みんな創造者であると言うことだ、と言う話を思い出します照らす、というのは、言い換えると、誰かに何かの価値を提供するということだと思いますそれは、もしかしたら、笑顔を見せてあげることだったり、うまくいかないかもしれないけれども、何かの声をかけてあげることだったり、という、本当に小さなことでも、照らすということになるような気がします創造というと、大袈裟に聞こえてしまいますが、実は、誰かに何かをしてあげたい、そこから行動に結びついたものは、すべて創造と言っていいのだと思いますそれは、誰にもできることで、きっと、たくさんの人たちが、普通の生活の中で、意識せずとも、照らしている、ということだと思いました3、全世界1世帯あたり一法人化これは私が勝手に言っていることですが、誰もが誰かに価値を提供できているのだとすれば、それを、対価としてお金をもらえるような仕組みにさえすることができれば、誰もが、誰かの価値を手伝う人(雇われる人)から、自分の価値を提供する人(雇う人)になれるのではないかと思っています企業に勤めている人たちが、辞めて独立をした方がいいと言っているわけではなくて、勤めていながらにしても、自分が創造した価値を自分で提供できる、そんな立場を手に入れることでやらされている人生から、やっている人生に、転換できるのではないかと思っています企業の中で、それを実現できている人も、もちろんいて、それは、幹部だったり、一部の人だったりというように思います誰もが一隅を照らす、ことが実感できる世界そんな世界がきたら良いなあと思っていますということで一言で言えば一隅(いちぐう)を照らすノベーションそんな話をしています参考: 徹子の部屋 高嶋政伸 2026/7/14(火) テレビ朝日 https://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
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末広がりノベーション(1905回)
7月大歌舞伎を観させていただき、めちゃくちゃ感動したと共に、能狂言を素材にした狂言舞踏「末広がり 長唄囃子連中」に大いに笑わせていただき、かつイノベーションのあり方についても考えさせられましたプログラムより"幕が開くと、能舞台を模した松羽目の舞台に大名が現れ、太郎冠者に"末広がり(扇)”を買いに行くよう命じますが、太郎冠者が、”末広がり”がどのような物かを知らないことが、この物語の肝となります。都の市に赴き、「末広がり買いましょう」と声を上げた太郎冠者は、人に勧められるままに古傘を買い求めます。役目を終え安堵した太郎冠者は、酒を飲んで主人の許に戻り、買ってきた傘を差し出すので大名は怒りますが、太郎冠者は買ってきた傘が末広がりであると言い張ります。そして、傘をさすなら春日山」と傘を手に踊り始めます。"ここから私は思いました1、ボケは進化思考の変異2、ボケからイノベーションが始まる3、ボケを許容できる世界が必要1、ボケは進化思考の変異太刀川英輔さんの「進化思考」によると、生物は、変異と適応を繰り返して、進化してきたとの理解ですがお笑いで言ってみたら、ツッコミは、徹底的に深掘りをしていくので、適応で、ボケは、どんどん横に話がそれていくので、変異、ということができると思います「末広がり」における太郎冠者が、末広がりのことを、傘だと、ボケてきたところから、この物語は始まりますのでまさに、おっちょこちょいに見える太郎冠者が、実は、イノベータとして、大いにボケて、それが変異となって、新たな進化を促進し始めているかもしれないという見方ができると思いました。2、ボケからイノベーションが始まる「末広がり」のお話は、扇を頼んだのに、太郎冠者が傘を持ってきちゃったところから、話が回り始めますが太郎冠者がガンとして、これが「末広がり」なのだと言い張るからこそ、イノベーションが生まれるのだと思いますじゃあ、例えば、傘がおめでたい、末広がり、だという世界だとしたらどうなるんだ?と考えられるかどうかが、ボケをイノベーションにできるかどうかの境目なのだと思いますそれは、ピーターティールが、誰もが賛同しないあなただけの真実、みたいなことに通じるものだと思います傘で言うと、この傘でおめでたいことってなんだろう?と考えた時に、傘の上で鞠を回しまくると言うところへ到達したのかもしれないなと思いましたつまり、普通の人が見たら、単なる間違いに過ぎないことが、イノベータのレンズを通してみたら、これまで誰も気づいていなかった、さらなる新しい素敵な世界が広がっていた、ということ、それがイノベーションが生まれる瞬間なんだろうなと思いました3、ボケを許容できる世界が必要「末広がり」が素晴らしいのは、そんなおっちょこちょいの太郎冠者と、いつの間にか、一緒になって、大名が踊り始めて見事なほどのシンクロした踊りをみんなに見せつけるところだなあと思いましたつまりそれは、そんな、おっちょこちょいがいるからこそ、人生は楽しくなるんじゃあないか、と言ってくれているようなさらには、そんなおっちょこちょいが、実はあたらしい世界を連れてくるのさ、と言ってくれているような、そんな温かい気持ちになりましたそして、それは実際に、扇も素晴らしいですが、傘で鞠を回すという、まさにイノベーションを生み出してより喜んでくれる人が増える、ある意味、新しい大義を作られた、張本人こそおっちょこちょいの太郎冠者であると言うことかと思いますそして、そんな優しい世界にこそ、新しい進化が生まれる、新しいイノベーションが生まれるこの世界はそう言う原理原則でできているんだという、素敵なメッセージをいただいた気がしましたと言うことで、一言で言えば末広がりノベーションそんな話をしています参考:7月歌舞伎「末広がり 長唄囃子連中」 出演 市川染五郎、中村隼人 他 歌舞伎座 松竹 https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/976/
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コーチャビリティがパッションを仲間へ繋ぐノベーション(1904回)
株式会社U-ZERO 代表取締役 CEO兼CPO の三村真宗(みむら・まさむね)さんの言葉に、新たな気づきを頂きました曰く"「コーチャビリティとはどういう意味?」と聞くと、「他者からの助言をちゃんと聞き入れる能力のことだよ」と教えてくれました。""華やかな実績を引っさげて入社した人が伸び悩み、目立たなかった人が周囲の助言を吸収してめきめき頭角を現す。その差を分けていたのは、多くの場合、コーチャビリティでした。"ここから私は思いました1、アンカリングバイアスコーチャビリティという言葉は、初めて聞いたのですが、確かに非常に重要な能力だなあと、勉強させていただきました。その一つに、既存の知識がアンカー(錨)で固定されてしまい問題の本質が見えなくなることを、アンカリングバイアスと言いますが、まさに自分もそういう時があるなあと思いました以前もお話しした、ボストンコンサルティングの秘伝のタレにも、できない事実を受け入れる素直さこれがとても大切と書かれているように、基本的マインドセットの一つとして、意識することが大事だと思いますまた、エドワード・W・サイードさんが”現代の知識人はアマチュアであるべきである”と言われるように、専門的な知識をつけていくことによる、弊害として、心しておくべきこと、というようにも思いました2、フィードバックは才能を超えるこれで思い出したのが、「超一流になるためには才能か努力か」というアンダース・エリクソンさんの本で超一流の先生に教えを乞うことというのがあるのですが、これもまさに、コーチャビリティがあるからこそ、それに大きな意味があるということなのだなあとも思いました自らのコンフォートゾーンを抜ける鍛錬を続けていても、そこに誰かからの、適切なフィードバックがありそして、それをコーチャビリティ高く、自分のものとして吸収していくことこそがもしかしたら、自らの才能を超えるほどの成長を促す鍵なのかもしれない、とも思いました3、コーチャビリティがパッションを仲間へ繋ぐそう考えると、イノベータリップルモデルでは、自らのパッションから始まり、第二段階としては、足りないところを仲間と共に、共創していくところが大事なのですがその仲間とのコミュニケーションにおいて、自分よがりなパッションを、仲間からのフィードバックに対してもコーチャビリティ高く、アップデートができる人ではないと、イノベーションのリップル(波紋)は広がらずに、つきてしまうのかもしれないと思いましたイノベーションを誰かが喜んでくれる大義まで、リップルを拡大するためにも、コーチャビリティを持つということはイノベータによっては必須の能力なのだなあと、思わせていただきましたということ、一言で言えばコーチャビリティがパッションを仲間へ繋ぐノベーションそんな話をしています参考:本: フィードバック経営 「沈黙の組織」から「高め合う組織」へ 電子書籍版データ作成日 2026年6月3日 第1版 著者 三村真宗 発行者 発行 株式会社日経BP
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インとアウトを両立ノベーション(1903回)
モスフードサービスの中村 栄輔(なかむら えいすけ)社長の言葉に、とても共感させていただきました曰く"お客様のそうすると、モスの良さである、モスって面白いことやるよね。美味しい商品面白い味を提供するよね。食べ方を提供するよねという期待があるじゃないですか。それに応えるようにするために(商品企画とマーケティング)をまた分けたと。ですから、多分ね、これって 3年なのか 5年なのか一緒にしたりね離したりした方がいいんじゃないかなというのはね。私の結論なんですけどね。"ここから私は思いました1、パッションからプロダクトアウト2、ユーザニーズからマーケットイン3、インとアウトを両立する1、パッションからプロダクトアウトモスバーガーは、私が大学生の時、本当によくお世話になりました。きんぴらご飯バーガーのイノベーティブな衝撃は今でも覚えています。スティーブ・ジョブスさんのMACやiphoneのように、お客様のペインや声を実現したというよりは、自分の作りたいものをこだわり抜いて作ったものが、時代を切り開く新たなイノベーションとなるということが一つはあると思いますまさに初期のモスバーガーも、テリヤキバーガーやライスバーガーなど、「誰も想像すらしていなかったものが、食べてみたら新しくおいしすぎた」という商品を生み出してきたのだと思いますその原点には、プロダクトアウトの精神があると思いますまさにイノベーションは、1人のパッションから生まれていく、その典型がプロダクトアウト型なのだと思いました2、ユーザニーズからマーケットイン一方で、ユーザーがとても痛みを伴っているのに、様々なバイアスで、それを課題とは認識できずに、そういうものと認識ているところに、真の課題を明らかにして、新しいソリューションを展開する、マーケットイン型のイノベーションもあると思います山口周さんが言われるところのアジェンダシェイパーが活躍する世界もあると思いますし、デザインシンキングの第一歩も共感から始まるというのもその世界かと思いますモスバーガーにおいては、新とびきりアボカドは、ターゲットの女性客からボリュームがありすぎるという声があったとのことで、そこで翌年に肉を小さくしてその分値下げし大ヒットしたとのことです。ユーザーは何に困り、何に喜び、何を期待しているのか。マーケットインとは、お客様に迎合することで決してなく、お客様の真の課題を深く理解するイノベーションなのだと思います3、インとアウトを両立する実は、イノベーションは、どちらもあるということが、組織としてどのようにするのがベストなのかという時に迷われるポイントだよなあと、改めて思いました私が大企業のイノベーション組織を見て感じるのは、イノベーション組織を、全く別の組織にするか(プロダクトアウト型)、既存事業部の中に入れるか(マーケットイン型)でも、大きく揺れるということを思います中村社長の言葉から、何年かおきに、それを往復運動させるというのは、とても、良い方法だなあと感動しました私はなんとかそれを両立できないかと考えて、アクセラレーション型組織という仲介組織を置くことで、プロダクトアウトで出てきたものを、マーケットイン組織にできるだけ早く組み込んでいく、ということをやっていたこともありますあとは、イノベーション案件をポートフォリオ化して、アウト型とイン型のバランスをとっていくということもやっていましたこのバランスをどのようにしていくのか、そして、各々の企業の状況、コンテキストに合わせて、柔軟に動きを変えられるようにしていくということがまさに経営者の腕の見せ所なのだろうなと思いましたということで一言でいえばインとアウトを両立ノベーションそんな話をしています参考:テレ東 カンブリア宮殿 2026年7月2日放送 売上高 過去最高 モス流"客を呼び込む"戦略https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/backnumber/2026/0702/動画で観たい方はこちらhttps://youtu.be/EvzSMzekgx0
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ファッション・リフレクション・ノベーション(1902回)
モデルで俳優のUTAさんが、モデルになるきっかけを、お婆様の樹木希林さんがアドバイスされた言葉に感動しました曰く"その時に、洋服を着ることっていうのは、自分をこう客観視することができる。それは人生においてもとても大事なことであると思う。こう自分を俯瞰して見るっていうことは本当に大事なことなので、そういういい訓練になるんじゃないかと言ってくれて。それでじゃあ一度パリのオーディションにチャレンジしてみようということで"ここから私は思いました1、ファッションはリフレクション2、個性派パッション3、新しい共感1、ファッションはリフレクション洋服を着ると言うことは、必ず鏡を見ることになるので、自分を客観的に見ることができるそれは、外側だけではなくて、自分自身と言うものを俯瞰して見ることができることにつながると言う樹木希林さんの言葉は、めちゃくちゃ響きました人のことはとやかく言えても、自分のことは、自分が一番わからない。そういうもんだと思いますそこで大事になるのが、メタ認知とか、リフレクションという方法で客観視していくことで、正ししい判断により近づいていく、そういうことなんだろうなあと思いますそれを、モデルをやることで、洋服を着ることになることで、その訓練や鍛錬になるというのは、全くもってそんな発想は今まで聞いたことがありませんでした長年名優として継続されてきた樹木希林さんの含蓄のある言葉に、目から鱗が落ちる思いでした2、個性派パッションファッションは、自己表現の一つでもあるので、パッションの源からすると、自分自身をどう見せたいのか、という個性派パッションに近い気がしますそれは、必然的に、自分の内面が出てしまうことになると思いますスティーブ・ジョブスさんが黒のタートルネックを着ていたことは有名ですが、余計な判断をできるだけ切り捨てるということから、常に同じものを選ぶということだったと思いますがそれは、それだけ全身全霊Appleのことだけを考えて生きていきたい、そんな内面が伝わってくる気がします。そんなことからも、みんながついていきたくなる、ブランディングになっているのかと思いますリフレクションで自分を見つめながら、自分自身の個性派パッションをどう表現していくか洋服はそういう役割を持つものだと思いました3、新しい共感この言葉は、養老孟司さんが言われていた言葉ですがオリジナルというのは、誰もが全く観たことがないもの、ということでは、決してなくてどこかで観たことがあるような気がするけど、新しいというような、共感をするのだけども、でも新しいそれがオリジナルティとして定着していくものである。そんな話だったかと思いますリフクレクションで自らをメタ認知して、個性派パッションで、自己表現へ挑戦をして、でもその表現方法は、決して観たことがないものではなく、どこかに共感ができる点がありながらも、とっても新しく個性的であるそんなブランディンができるような、洋服やスタイルへ到達する実は、ファッションは、そんな深い役割があることなのかもしれないなあと思いましたということで、一言で言えばファッション・リフレクション・ノベーションファションは、自分をメタ認知できる多いなるイノベーションであるそんなことを思いました参考: 徹子の部屋 UTA 2026/7/1(水)テレビ朝日https://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
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自分で選んだ方を正解にするノベーション(1901回)
様々な書籍を出されているペズルさんからの言葉に、とても考えさせられました曰く"名言集を読んでいると、ときどき正反対のことを言っているように見える言葉に出会います。たとえば、・私たちの最大の弱点は、あきらめることだ。ーエジソン・断念の仕方さえ身につけば、人生はけっこう楽しい。ーフロイト「絶対にあきらめるな」というエジソンと、「時にはあきらめよう」というフロイト。偉人でさえ意見が割れていることを知ったとき、思ったのです。「ああ、どっちもあるんだ」と。''"今のあなたに必要なのは、背中を押す名言かもしれません。あるいは立ち止まることを許す名言かもしれません。ページをめくりながら、そのときのあなたに、いちばんしっくりくる言葉を1つでも見つけてもらえたらーあるいは、「どっちでもいい」と肩の力を抜くきっかけになればー。それが、この本をつくった理由であり、願いです。"ここから私は思いました1、真実はない。あるのは解釈のみ2、自分で選んだ方を正解にする3、自分で選ぶことが大事1、真実はない。あるのは解釈のみこのお話は、常日頃感じていたことを、明確なエビデンスで示してくれてて、まさにそうだよなあと思いました「諦めろ」と「諦めるな」。ビジネスをやってる世界でも、特にスタートアップで成功された人の言葉を聞くと、必ずいうのが、諦めなかったから、成功したと思います、という言葉一方で、時代の流れから取り残されていて、イノベーションのジレンマに陥ってる時、既存の事業をいつまでも引きずらずに新たな展開へと舵を切るべきな時などは、やめる勇気、が大切と言われると思いますこれはまさにシチュエーションや、コンテクストによって、判断は変わってくるということだと思います哲学者フリードリヒ・ニーチェは、「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」という趣旨の言葉を残しました。つまり、生じてる事態は一緒でも、それをどのような文脈で捉えるかによって、判断は180度変わってくる現在の解釈が、通り一遍の判断に任せていないか、定量ではなく、定性的なコンテキストをきちんと見た上で判断しようとしているかそれがとても大事だと思いました2、自分で選んだ方を正解にする人生の選択で、あの時こうしておけば良かったなあと、いうことも、多々ありますでも時を戻すことは決してできないであれば、選択が正解か失敗かを問うのではなく、選んだ道をいかにすれば正解になるのかを、その後の行動で示していくことがとても大事な気がしましたやっぱりエジソンの名言に従っておくべきだった、と言っても後の祭りですそれを嘆くよりも、じゃあ次に何をすれば、それは成功へ近づくのか、それがとても大事だと思いました 名言が対になってあるのも、実は、どちらでもいい、または、どちらも正解、ということが、ありうるからだと思いますだったら、自分が選んだ道が、その後も正しくあるためには、何をすべきかに、力を集中した方が良いかなあとおもいました3、自分で選ぶことが大事どっちを選んでもいいんなら何も考えなくて良くね?と思う節もあるかと思いますが、それはそうではないと思います最後は自分で選択した!という事実が後々の自分を支えてくれるからと思いましたそうしないといつのまにか、誰々のせいでこうなった、とかこの本にあるようなある偉い人のお言葉に従ったらこうなった、みたいな言い訳がどんどんでてくる、と思います人生の岐路のような選択の際には、あくまでも自らのパッションの源にどう引っ掛かるのか、をきちんと考えながら、選択する必要があると思いますその上で、思った通りの結果が出なかったとしても、その結果が正解になるまでやり続ける、それが大切になるのかもしれないなあと思いました実存主義哲学者ジャン=ポール・サルトルが、「人間は自由の刑に処せられている」というようなことを言われていたように選択することはとても勇気と責任が生じると思いますそれを最後は自らが判断するそこから、次の正解への道筋が見えてくると思いましたということで一言で言えば自分で選んだ方を正解にするノベーション(1901回)そんな話をしています参考:本: どっちもある名言集 2026年3月14日 第1刷発行 著者 ペズル 発行所 株式会社ライツ社
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噂のリップルモデルノベーション(1900回)
辻村深月さんの小説「ファイア・ドーム」に圧倒されて深く考えさせられました紹介文は以下の通りです"人はなぜ大きな事件に魅了されてしまうのか噂は、軽薄な娯楽だ。25年前、平穏だったはずの地方都市は、百貨店受付嬢誘拐殺人事件の発生、その報道により揺り動かされ、「噂」という大量の炎が、加害者のみならず被害者にも降り注ぎ、燃えさかった。ようやく静けさを取り戻したかに見える町に燻り続ける因縁が、いま新たな事件を呼び起こす――。「もう言われてるよ! どうせ、親が殺したんだろうって!」――本文より"ここから噂の持つ力について、イノベータリップルモデルに即して考えてみましたイノベータリップルモデルは、イノベーションを進める上で、必要な3つの要素を、私なりに定義してみたものですがパッション:抑えきれないうちなる思いが出てきて仲間:自分1人ではできないことを分担して大義:誰かが喜んでもらえる新たな価値へ昇華するこれに沿って噂について考えてみました1、パッションの不在2、敵を作り仲間化する3、大義より面白さ1、パッションの不在噂は、誰がそれを発信したのか、わからないうちにどんどん広がっていきます特にSNSでは、全てが匿名化し、分散化されているので、なぜ、どのような経緯で、広まったのかと言うことでさえ、わからなくなってしまうだからこそ、みんながよってたかって広めてしまうことができやすくなっているこれは、言ってみれば、責任の分散化、または、責任の無効化と言ってもいいのかなと思いましたイノベータリップルモデルは、明確に、誰かが始めていることがわかり、むしろ、その人の思うの強さがあるからこそ、波紋は拡大していくのですが噂のリップルモデルは、誰がはじめたか、わからならい状態だからこそ、より拡散しやすい新しい価値を作ろうとするイノベータリップルモデルと、起点が全く反対の構造をしている、と思いました。2、敵を作り仲間化するなぜこれが起きるのかと言うところについて、一つ思い出したのは社会学者のルネ・ジラールさんが人は共同体の不安を解消するために「スケープゴート」を作り出すと指摘したことです。つまり、噂は、誰かを悪者にすることで安心したいという心理が生み出すものなのかもしれないなと言ってみれば、仮想敵国を作ることによって、一致団結するみたいな、敵を作り上げることで、その他の人たちと仲間になっていこうとするアクティビティのように思いましたイノベータリップルモデルが、1人のパッションに賛同する人たちが仲間になるのと比較して1人の悪者を仕立て上げることで、仲間を募っていく。ある意味、人間の心理をついた、恐ろしい仲間作りの手法かもしれないと思いました3、大義より面白さそして、拡散される噂には、まことしやかな物語が必ずついて回っていると思いましたユヴァル・ノア・ハラリさんが、『サピエンス全史』で、人類は「虚構を共有する能力」によって大きな集団を形成できたと述べていたことを思い出しましたこれは、人類が他の勢力に負けない非常に大きな社会的パワーを得た能力であると同時にその物語が真実かどうかは別として、真に迫ったものや、興味を引くものであれば、人は信じてついていってしまうという側面もあると思いましたイノベータリップルモデルでは、1人のパッションに対して、そして、その1人が思い描く、誰かを助けたい、またはもっと良くしたい、と言う大義によって、より拡散をしていくのですが噂のリップルモデルは、最後は、物語がよくできているところや、物語が面白いもになっている、と言うことで、より拡散をしてくイノベータリップルモデルも、噂のリップルモデルも、拡散力については、実は、ものすごいパワーを両方とも持っていますがパッション、仲間、大義でできているモデルと責任の分散化、敵を作り仲間化、物語の面白さで拡散するモデルと両方のモデルがあると言うことを認識する必要があるなあと深く思いましたある意味ポジティブなリップルモデルとネガティブなリップルモデル両方の構造を理解しておくことが、とても大切と思いましたと言うことで一言で言えば噂のリップルモデルノベーションそんな話をしています参考:本: 小学館eBooks ファイア・ドーム 2026年6月5日 電子書籍版発行 著 者 辻村深月 発行所 株式会社 小学館 参考:KADOKAWA文芸WEBマガジン 【対談】辻村深月×澤村伊智 『ファイア・ドーム』『ざんどぅまの影』刊行記念https://kadobun.jp/feature/talks/fbybhc8wn1cg.html
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成瀬はご近所の大義を目指すノベーション(1899回)
舞台「成瀬は天下をとりに行く」に爽快感と感動と勇気を頂きました!やはり成瀬はめちゃくちゃイノベーターだなと。舞台の宣伝は以下のように続きます"かつてなく最高の主人公・成瀬あかりが、舞台でも我が道を全力で駆け抜ける!2024年本屋大賞受賞、宮島未奈の大人気小説が初の舞台化!""「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。"ここから私は思いました1、圧倒的に今を生きる2、仲間が寄ってくる3、ご近所の大義を目指す1、圧倒的に今を生きる実はこの小説を読んだ時にも、このチャンネルでお話をしているのですが、この舞台は、また全く違う感動を与えていただけましたプログラムによると演出・脚本のG2さんは、各エピソードを一旦バラして、再構成するという荒技を繰り出して、それが、全キャストが各々大活躍するという、とても舞台として面白い物語を見せていただきましたそして主役の山下美月さんが、舞台初にも関わらず、素晴らしい成瀬を演じられていて、それにも大感動でした。冒頭にあったように、「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」という一見意味不明の言葉から始まるこの物語は成瀬あかりにとっては、自分自身が今この瞬間をかけて、何者にも変え難い衝動に、周りの人がどう思うとかは、全く関係なく、ひたすら今を、パッションの源に捧げるそういう生き方ができる人なんだと思いましたしかもその発想が、常人では思いつかない発想をする。つまり、ピーターティールが言うところの「あなたが他の人と意見が一致しない、重要な真実は何ですか?」まさにそれだけを追いかけている、それでそれをやるのは今しかないと思って、すぐに行動できるまさにゼロトゥワンなんだなあと思いました2、仲間が寄ってくるイノベーターというと、近寄りがたい、孤高の人、というイメージもありますが、成瀬の面白いところは、いつのまにか近くの人を仲間に巻き込んでいる、というところだと思います友人の島崎から、他の人まで、いつも誰かが巻き込まれるのですが、それは、仲間になってほしいとピッチをするわけでもなく恐らく成瀬があまりにも、夢中になっているというか、楽しそうにやっているというか、信じてやっているというか、そう言う姿に、何故か気になって仕方がないという、巻き込まれ方のような気がしますイノベーションにおける仲間集めは、なかなかに大変で、いろんなところでピッチしたり、紹介してもらったりするのですがもしかすると、自分のパッションに没頭して取り組んでいる人には、自動的に人は惹きつけられるものなのかもしれないなあとも思いましたそしてそれを決して煙たがらない、常に誰に対してもオープンにフラットに接していくと言うところが、実は仲間づくりには大切なのかもしれないあと思いました3、ご近所の大義を目指す舞台と小説のタイトルは、成瀬は天下をとりに行く、という、一見マッチョな、織田信長?みたいなことを、小説を読む前までは思っていたのですが実はそんなことは全くなくて、むしろ私は、成瀬はご近所の素敵なことをとりに行く、または、見えている世界の大義を目指す、そんな行動に思えましたそれはまさに、ハーバード大学の広中先生が言われていた、誰かに編み物をしてあげたり、庭の手入れをしてあげたり、それこそが、みんな創造者であると言うことだ、と言う話を思い出しましたきっと、世界を変えるイノベータな人は、遠くから革命を起こす人ではないのだろうなと思います目の前の人を大切にし、目の前の町を愛し、目の前の日常を面白くする人自分のパッションの源に誠実に生きて、その小さな波紋が、やがて大きなうねりになっていくそして、いつかは、本当に天下を変えてしまっているのかもしれないそんなイノベータの姿を見させていただきました一言でいうと成瀬はご近所の大義を目指すノベーションそんな話をしています参考:舞台 成瀬は天下をとりに行く 原作 宮島未奈 脚本・演出 G2 キャスト 山下美月 藤野涼子 制作 松竹株式会社https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/naruse_2607m/
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イノベーションで世界をよりよく変えていこう、という闘う人々を応援するチャネルです。スタートアップや大企業、音楽家やアーティストなど、様々なイノベーターのビジョン、考え方、パッションを是非是非、全身で感じてください!
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