EPISODE · Sep 20, 2026 · 21 MIN
世に勝っている?(稲葉基嗣) – ヨハネ 16:25–33
from 小山ナザレン教会 · host 小山ナザレン教会
2026年9月20日 三位一体後第16主日説教題:世に勝っている?聖書: ヨハネによる福音書 16:25–33、イザヤ書 30:18–26、詩編 47、ガラテヤの信徒への手紙 6:14–18説教者:稲葉基嗣 -----勝つことを追求し続けるとたくさんの歪みを抱えてしまうでしょう。誰かに勝つことや他の誰かを出し抜くことや、他の誰よりも上に立つことばかり考えることが、常に良いものを私たちの人生やその周囲にもたらすとは限りません。でも、それなのに、私たちの生きるこの世界は戦いを続け、勝利を求めています。イエスさまは、「私は既に世に勝っている」(33節)と語りました。結局イエスさま自身も、私たちのこの世界と同じような価値観の下で、勝利というものを考えていたということなのでしょうか。イエスさまは弟子たちに向かって、「あなた方には世で苦難がある」(33節)と語りかけました。この苦難に対して「勇気を出しなさい」とイエスさまは語っています。つまり苦難の中にあったとしても、その苦難から解放されなかったとしても、その苦難の中において救いがあるということです。イエスさまが、世に対して勝利した方法とは、十字架の上にかかり、命を失うということでした。明らかにそれはイエスさまの勝利とは思えないことです。でもイエスさまは既に世に勝っていると言います。それは、イエスさまのこの十字架上での出来事において、神がすべての人の罪を赦すからです。この世界のあらゆる罪、悪に、神が勝利する手段が、イエスさまの十字架でした。イエスさまがここで語っている「世に勝っている」とは、私たちが想像するような勝利とは絶対的に違います。それは、力による、暴力的な勝利ではありません。イエスさまが勝ったと言っているのは、罪に対してです。罪の支配を終わらせることこそ、イエスさまの語る勝利です。イエスさま自身が傷つきながら、私たちを、そしてこの世界を愛することでした。私たちやこの世界が抱える罪を徹底的に赦すことでした。ですから、私たち自身は、世に勝つ必要などありません。私たちが招かれている世界は、イエスさまから受けた愛をお互いに分かち合っていく世界です。勝利を追い求めて誰かと接するのではなく、神から受けた赦しを喜びながら、お互いに向き合って、手を取り合うことができる世界です。イエスさまが「私はすでに世に勝っている」と語っているように、そのような世界はもう既に始まっています。
Embed this episode
Ready to play
世に勝っている?(稲葉基嗣) – ヨハネ 16:25–33
No transcript for this episode yet
Similar Episodes
No similar episodes found.