EPISODE · Sep 6, 2026 · 21 MIN
誰にも奪えない喜び(稲葉基嗣) – ヨハネ 16:16–24
from 小山ナザレン教会 · host 小山ナザレン教会
2026年9月6日 三位一体後第14主日説教題:誰にも奪えない喜び聖書: ヨハネによる福音書 16:16–24、ヨブ記 1:1–22、詩編 16、フィリピの信徒への手紙 4:4–7説教者:稲葉基嗣 -----私たちは人生のさまざまな場面で喜ばしい経験をします。でも、その喜びが決して永遠には続かないことを、どこかでわかっています。主イエスは「その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない」と言います(22節)。誰も奪うことができない喜びなど、あるのでしょうか?今日、私たちは旧約聖書からヨブ記を読みました。ヨブは一度にたくさんの財産を失い、大切な家族の命を失いました。このようなヨブの姿を見つめるとき、私たちは人生の不条理さを覚えます。イエスさまが語っている、誰にも奪われない喜びがあるなんて信じられません。それよりも、ヨブが経験した出来事の方が、はるかに私たちにとっては現実的なもののように感じてしまいます。もちろん、イエスさまは、私たちが人生を通じて経験する、そういった悲しみや苦しみに対して、鈍感で、無関心であったわけではありません。なぜイエスさまは喜びを奪い去る者はいないなどと語ったのでしょうか?「しばらくすると、あなたがたはもう私を見なくなる。」(16節)この言葉は、イエスさまが十字架刑へと、自らの死へと向かっていくその瞬間のことを伝えたものでした。でも、イエスさまはもう一度、「しばらくすると」と伝えます。それはイエスさまが弟子たちと再会できることを伝えた言葉でした。死者の中からよみがえりイエスさまは弟子たちと再び会いました。この復活の後の再会を見越して、イエスさまは弟子たちに伝えたのです。この喜びを誰も奪うことができないと。復活した主イエスとの出会いは、なぜ誰にも奪えない喜びをもたらすのでしょうか。それは何よりも、死が最終的な勝利者ではないことを弟子たちに、そしてすべての人に伝えるものでした。死の後に、復活の望みがあり、天の国において愛する仲間たち、家族や友人たちと再会する希望があると、イエスさまは伝えています。私たちが経験する悲しみや苦しみは変わらないかもしれません。でも、それでも、私たちには揺るがない望みがあります。消えない希望があります。主イエスにあって、明らかになった復活の命があります。復活の主であるイエスさまが私たちと共にいてくださる。主イエスにあって結ばれた教会に集う仲間たちと、喜びの時も、苦しみの時も、哀しみの時も、一緒に歩み、様々な時を乗り越えていきます。これこそ、私たちにとって、誰も否定できない、誰も奪うことができない喜びです。この喜びを心に抱き、天の御国へと向かう信仰の旅を一緒に続けていきましょう。
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誰にも奪えない喜び(稲葉基嗣) – ヨハネ 16:16–24
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