EPISODE · May 21, 2023 · 21 MIN
嘆きの中で神を求める(稲葉基嗣) – アモス5:1−17
from 小山ナザレン教会 · host 小山ナザレン教会
2023年5月21日 復活節第7主日 聖書:アモス書5:1−17,マタイによる福音書25:31−46,ローマの信徒への手紙3:21−26,詩編8 説教題:嘆きの中で神を求める 説教者:稲葉基嗣 ----- 【説教要旨】 どの広場でも、どの通りでも、嘆きの声が北王国中に響いていました。この嘆きの声の正体は、ヘブライ語ではキーナーという、愛する人を亡くしたとき、葬りのときに歌う嘆きの歌でした。生きている自分たちに向かって歌われる嘆きの歌を聞くようにと、アモスは北王国イスラエルの人々に向かって語りました。 アモスが聞くようにと招く嘆きの歌は、まったく希望を見いだせない歌です。イスラエルは自分の力で起き上がることができません。イスラエルに手を差し伸べて、倒れた身体を起こしてくれる人もいません。その上、その身体は地に捨てられ、野に放置されたままで、誰も適切な葬りをしてくれないことを想像させられます。 アモスがこのような言葉を語らなければならなかったのは、北王国の社会の中で正義が捻じ曲げられていたからです(7節および10〜13節を参照)。歪んだ正義が蔓延った結果、キーナーが北王国の中に響き渡っていました。 自分の国や自分の所属するグループに向かって、嘆きの歌を歌うことは、古代イスラエルだけに見られた現象ではありません。国が滅んだわけではないけど、すでに滅びを迎えたかのように歌うこの嘆きの声は、形を変えてこの世界で響き続けています。嘆きがわたしたちの人生を包み込んでいるように見えます。 アモスのこの言葉を前にするとき、わたしたちに出来ることは嘆くことだけだと感じてしまいます。けれど、「本当にそうなの?」とアモスが言っているように感じるのは、わたしだけでしょうか。嘆きに溢れるイスラエルに対して、アモスは神を求めよ、生きよと叫びました。 なぜこの言葉が希望となるのでしょうか。それは、神があらゆることをひっくり返すことが出来るからです。きょう読んだアモス書の箇所の中心は、嘆きの歌キーナーではありません。すべてを転覆させることの出来る創造主である神をたたえる讃美歌です。神は不正義をひっくり返し、正義をもたらすことができる方です。そうであるならば、この嘆きの歌さえも喜びの歌へと変えることもできるでしょう。だから、神を求めよ。神によって生かされなさい。嘆きの声が溢れる北王国の中でアモスはその嘆きがひっくり返されることを願い、ひたすらそこで暮らす人々に訴え、語りかけたのです。 このようなアモスの言葉に耳を傾けるならば、嘆きに同調し、声を合わせるだけがわたしたちの選ぶことができる生き方ではないことは明らかです。嘆きがあふれる現実の中で、私たちはただ嘆くだけでなく、神を求め続けます。神にこそ、わたしたちの希望があるからです。
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