EPISODE · Oct 21, 2025 · 9 MIN
一線を超えた以上、その対価を払うのが、“自由”への義務です。 from Radiotalk
from まもまもの雑談ラジオ · host 栗東少年まもまも
本編ではかなりマイルドに言いましたが、ごく一部のマナーレスのせいで鉄道路線が廃止になったり、報道機関が軒並み取り潰しになったとしても、それは分相応の“理由”があっての話です。当然、宗教団体だって社会奉仕に勤しみ、社会弱者や文化財保護の為に、信徒が納めた浄財をジャブジャブ使うなら、国や自治体だって、文句は言いません…しかし、その“中身”が国家転覆や国王室(日本だと皇室)の取り潰しを目論んでるとなれば、例え事実無根であっても“予防策”という名の下で弾圧を受ける事もあり得るのです。ま、日本国憲法が改定されない以上、法の下での蹂躙は、公安委員会でケチが付かない以上はあり得ませんが。 だがしかし、“法の下”という言葉程便利なモノはなく、過去に作られた法律も、時の指導者や司法の胸算用で、いくらでも悪用する事が可能であり、過去の政権が“国のため、民のため”と思って制定した法令も、定期的な見直しや存廃の選択をやらないと、歪曲した格好で運用され、本来守られるべき尊厳や財産等が、いつしか消失して取り返しの付かない事態に陥りかねません。つまり、一時の感情で自分的に良かれと思った事が、却って社会や世界を破滅させる可能性もあるのです。 特にメディアでの発言は、例え悪気がなかったとしても、公言してはいけない言葉があり、無名のブロガーでも、そこの“一線”だけは超えぬ様、言葉を選んで発信するのが大多数です。ただ、残念な事に、一部の界隈では“失言こそ本心”と捉えて、そこだけ切り抜いて拡散されがちです。だから バズった内容の多くが“笑えない虚構”であり、その薄っぺらい情報のみで騒ぐのは、虚構でキレる民衆を嘲笑いたい者の思うツボです。
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一線を超えた以上、その対価を払うのが、“自由”への義務です。 from Radiotalk
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