EPISODE · Mar 15, 2026 · 22 MIN
香油の香りで満たしてください(稲葉基嗣) – ヨハネ 12:1–8
from 小山ナザレン教会 · host 小山ナザレン教会
2026年3月15日 四旬節第4主日説教題:香油の香りで満たしてください聖書: ヨハネによる福音書 12:1–8、イザヤ書 43:16–21、詩編 126、フィリピの信徒への手紙 3:4–9説教者:稲葉基嗣 -----マリアの行動は当時の人々にとっても異様で、いくつもの点で驚くべきものでした。彼女が用いた油は、ナルドの香油と呼ばれています。それは、およそ1年分の賃金に相当するものでした。彼女はそんな貴重な香油をイエスさまの足に注ぎ出しました。その際、彼女は髪をおろし、その髪でイエスさまの足についた香油を拭い始めます。彼女の行動はまるで、奴隷のような行動でした。なぜマリアはこのような行動を起こしたのでしょうか。やはり関係があるのは、この出来事の前に起こったことです(11章参照)。彼女の兄弟であるラザロが病気で亡くなったからです。イエスさまは、死者の中からラザロをよみがえらせてくださいました。きっとマリアは、イエスさまへの感謝をどうにかして伝えたかったのでしょう。それは、その場にいる人たちにとって、無駄なことのように見えたと思います。実際、イエスさまの弟子のひとりである、イスカリオテのユダは言いました(5節)。「なぜ、この香油を300デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」そんな正論を耳にし、イエスさまは彼女の行動をどのように受け止めたでしょうか。イエスさまは言います。「この人のするままにさせておきなさい。私の埋葬の日のために、それを取っておいたのだ。」(7節)イエスさまは、自分の死にマリアが備えてくれたと受け止めました。葬りの準備のために油が注がれる時、そこに居合わせるのは家族や親戚だけです。そう、イエスさまは、血縁や社会的な立場を越えて、その場に集まっていた人たちを家族として受け止める宣言をされたのです。マリアも、マルタも、ラザロも、弟子たちも、そして、あのイスカリオテのユダさえも。主イエスにあって、家族とされている。それは何よりも、私たち、教会の姿です。主イエスにあって、結ばれて、私たちは共に生きることができる。家族のように、時には家族以上に、助け合って生きることができる。私たちは何よりも、イエスさまから損得勘定抜きの愛情や恵みを受けています。罪を赦され、救いの希望を与えられ、復活の命に生きる望みを与えられています。ですから、マリアが注いだような高価な香油をイエスさまから既に注がれているのは、何よりも、私たちの側です。ですから、私たちは主イエスにあって、愛や憐れみを共に生きる人たちに、ナルドの香油のように注ぐことができるはずです。イエスさまが愛に満ちたナルドの香油の香りをみなさんを通して、みなさんの日常に満たしてくださるはずです。
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