EPISODE · Apr 17, 2026 · 42 MIN
信念は、廻り回って螺旋階段 ~ドーナツホールのグラビティ~ 漠然#31
from バク然らいぶらり · host ハマナカ,どてらい
自信、信仰、信念。普段何気なく使っている言葉だけど、実際のところはひどく曖昧。その正体にハマナカとどてらいが挑む!ゲーム脳のふたりの得意とする「自信ゲージとステ振りの醍醐味」の話題から始まり、過去の漠然の新たな理解「脊髄時代から脳みそ時代、その先へ」。メインタイトルの「信念は、廻り回って螺旋階段」、「ドーナツホールのグラビティ」など、独自の“漠然哲学”を披露する!毎週金曜日に配信している「終わらない雑談」。ゆるっと聴き流して。【目次】00:00:00 自信ゲージとステ振りの醍醐味00:09:58 脊髄時代から脳みそ時代、その先へ00:16:59 信念は、廻り回って螺旋階段00:22:13 ドーナツホールの神秘00:29:45 自分に説明するために、ワークする00:37:19 最終的には直感にBET【要約】00:00:00 自信ゲージとステ振りの醍醐味前回までの「自信を貯金する」という話を受け、今回は自信をゲームのゲージに例えるところから始まる。ロックマンXのライフゲージのように、自信にも分野ごとの長さや残高があるのではないか。ハマナカは折り紙に特化した長い自信ゲージを持ち、それを塗装や別の創作にも変換しながら使っている。一方どてらいは、文章や進行、空手など、分野ごとに自信の残量が違うことを考える。人生やスキル形成は、ゲームのステ振りに似ている。何に特化し、どこを捨て振りし、どのゲージを軸に他分野へ変換するのか。ふたりのゲーム脳が、自信をスキルツリーとして捉え直していく。00:09:58 脊髄時代から脳みそ時代、その先へ話は、#18で生まれた「脊髄トーク」と「脳みそトース」の再解釈へ。どてらいは当初、脊髄トークと脳みそトースは行ったり来たりするものだと考えていた。しかしハマナカは、そこには不可逆な変化があるのではないかと考える。一度脳みそを通して考える経験をすると、完全に元の脊髄トークには戻れない。けれど、脳みそを通し続けた先には、反射的にまとまった言葉が出る新しい段階があるのではないか。知る前には戻れないが、知った先で新しい直感が育つ。過去の漠然がここで一段深く理解されていく。00:16:59 信念は、廻り回って螺旋階段脊髄と脳みその往復は、単なる行ったり来たりではなく、螺旋階段のように少しずつ上へ登っていくものではないか。経験し、考え、また直感に戻る。その繰り返しの中で、人は少しずつ本質に近づいていく。では、その螺旋階段の中心にあるものは何なのか。ふたりはそこに、信念や信仰のような“重力”を見る。人は完全に自由に動いているようで、実際には自分の価値観や過去の経験に引っ張られている。信念は、行動の方向を決める重力であり、螺旋階段の中心軸なのかもしれない。00:22:13 ドーナツホールの神秘話はさらに、ドーナツホールの神秘へ。ドーナツの穴そのものには実体がない。けれど、周囲に生地があることで、穴は確かにそこに「ある」ように見える。信念や信仰も、それ自体を直接つかもうとすると曖昧だが、周囲の行動、選択、言葉、好き嫌い、時間の使い方を見ることで、中心にある空洞のようなものが浮かび上がるのではないか。人は、自分の信念を直接語るよりも、自分が何に時間を使い、何を避け、何に惹かれるかによって、その輪郭を示している。00:29:45 自分に説明するために、ワークするハマナカとどてらいは、なぜ人は自分の行動を説明したくなるのかを考える。直感的に選んだことでも、後から「なぜ自分はそうしたのか」を物語として説明することで、自分の中に納得が生まれる。創作や仕事に没入し続けるには、ただ好きだからだけではなく、自分に対する説明が必要になることがある。ワークするとは、他人に見せるためだけではなく、自分に自分を説明するための営みでもある。自己説明の積み重ねが、自信ゲージや自分神話を形づくっていく。00:37:19 最終的には直感にBET最後は、直感と理由づけの関係へ。人は自分の選択にあとから理由をつけることが多い。けれど、それは嘘というより、自分の物語を整える作業でもある。どれだけ考えても、最終的には直感に賭けるしかない瞬間がある。考え抜いた上での直感は、単なる脊髄反射とは違う。脳みそを通し、経験を積み、自己説明を繰り返した先に出てくる直感は、螺旋階段を登った先の判断なのかもしれない。【漠然なる気付き】自信はひとつの大きな塊ではなく、分野ごとに長さや残高の違うゲージとして捉えるとわかりやすい。得意分野に長い自信ゲージを持っていると、それを別分野へ変換して使えることがある。人生や創作はゲームのステ振りに近い。何に特化し、何を捨て、何を変換するかで進み方が変わる。脊髄トークと脳みそトースは、単純に行き来するものではなく、経験によって不可逆に変化していく可能性がある。一度考えることを覚えると、完全に「知らない頃の直感」には戻れない。しかし、脳みそを通した先には、考え抜いた経験を含んだ新しい直感が生まれる。経験と思考の往復は、円ではなく螺旋階段に近い。戻っているようで、少しずつ上に登っている。信念や信仰は、螺旋階段の中心にある重力のようなものかもしれない。人は自由に選んでいるようで、自分の過去、好き嫌い、価値観、信念に引っ張られている。ドーナツホールのように、信念そのものには実体がないように見えるが、周囲の行動や選択によって輪郭が浮かび上がる。自分の信念は「何を語るか」より、「何に時間を使い、何を避け、何に惹かれるか」に表れやすい。自分に説明するためにワークすることがある。作業や創作は、他人のためだけでなく、自分の納得を作るためにも行われる。直感は理由のないものではなく、経験や自己説明の積み重ねから出てくる場合がある。最終的には直感にBETするしかない瞬間がある。ただし、その直感がどんな螺旋階段を登ってきたものなのかは見ておきたい。第31回は、自信ゲージ、脊髄トークと脳みそトース、信念の螺旋階段、ドーナツホールの重力、直感へのBETまで進んだ、濃い漠然哲学回だった。【本日の漠然マイスター】ハマナカ紙折り人。DJやプログラミングもする。折り紙デザインスタジオ Kamiori-Studioを運営している。漠然スタイルは「神降ろし」。0から1を作ることに没頭している研究家気質のマイスター。ハマナカのInstagramどてらい物書き。空手やたこ焼き職人もする。主に雑誌『散歩の達人』で執筆、トンチキ企画担当。漠然スタイルは「イタコ」。他人格を憑依させるように感覚を拾うマイスター。どてらいのInstagram【インフォメーション】もとむ! 投書(メール)職人!あなたが普段抱いている、ぼんやり言葉にできない言葉。こちらの投書箱にどしどし投げ込んで! 漠然マイスターが、番組内で言葉にします! 図鑑に載ったり、Podcastで読まれたり、漠然グッズになったりするかも……?バク然投書箱ホームページもみてねバク然らいぶらりSNSはコチラlinktree
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自信、信仰、信念。普段何気なく使っている言葉だけど、実際のところはひどく曖昧。その正体にハマナカとどてらいが挑む!ゲーム脳のふたりの得意とする「自信ゲージとステ振りの醍醐味」の話題から始まり、過去の漠然の新たな理解「脊髄時代から脳みそ時代、その先へ」。メインタイトルの「信念は、廻り回って螺旋階段」、「ドーナツホールのグラビティ」など、独自の“漠然哲学”を披露する!毎週金曜日に配信している「終わらない雑談」。ゆるっと聴き流して。【目次】00:00:00 自信ゲージとステ振りの醍醐味00:09:58 脊髄時代から脳みそ時代、その先へ00:16:59 信念は、廻り回って螺旋階段00:22:13 ドーナツホールの神秘00:29:45 自分に説明するために、ワークする00:37:19 最終的には直感にBET【要約】00:00:00 自信ゲージとステ振りの醍醐味前回までの「自信を貯金する」という話を受け、今回は自信をゲームのゲージに例えるところから始まる。ロックマンXのライフゲージのように、自信にも分野ごとの長さや残高があるのではないか。ハマナカは折り紙に特化した長い自信ゲージを持ち、それを塗装や別の創作にも変換しながら使っている。一方どてらいは、文章や進行、空手など、分野ごとに自信の残量が違うことを考える。人生やスキル形成は、ゲームのステ振りに似ている。何に特化し、どこを捨て振りし、どのゲージを軸に他分野へ変換するのか。ふたりのゲーム脳が、自信をスキルツリーとして捉え直していく。00:09:58 脊髄時代から脳みそ時代、その先へ話は、#18で生まれた「脊髄トーク」と「脳みそトース」の再解釈へ。どてらいは当初、脊髄トークと脳みそトースは行ったり来たりするものだと考えていた。しかしハマナカは、そこには不可逆な変化があるのではないかと考える。一度脳みそを通して考える経験をすると、完全に元の脊髄トークには戻れない。けれど、脳みそを通し続けた先には、反射的にまとまった言葉が出る新しい段階があるのではないか。知る前には戻れないが、知った先で新しい直感が育つ。過去の漠然がここで一段深く理解されていく。00:16:59 信念は、廻り回って螺旋階段脊髄と脳みその往復は、単なる行ったり来たりではなく、螺旋階段のように少しずつ上へ登っていくものではないか。経験し、考え、また直感に戻る。その繰り返しの中で、人は少しずつ本質に近づいていく。では、その螺旋階段の中心にあるものは何なのか。ふたりはそこに、信念や信仰のような“重力”を見る。人は完全に自由に動いているようで、実際には自分の価値観や過去の経験に引っ張られている。信念は、行動の方向を決める重力であり、螺旋階段の中心軸なのかもしれない。00:22:13 ドーナツホールの神秘話はさらに、ドーナツホールの神秘へ。ドーナツの穴そのものには実体がない。けれど、周囲に生地があることで、穴は確かにそこに「ある」ように見える。信念や信仰も、それ自体を直接つかもうとすると曖昧だが、周囲の行動、選択、言葉、好き嫌い、時間の使い方を見ることで、中心にある空洞のようなものが浮かび上がるのではないか。人は、自分の信念を直接語るよりも、自分が何に時間を使い、何を避け、何に惹かれるかによって、その輪郭を示している。00:29:45 自分に説明するために、ワークするハマナカとどてらいは、なぜ人は自分の行動を説明したくなるのかを考える。直感的に選んだことでも、後から「なぜ自分はそうしたのか」を物語として説明することで、自分の中に納得が生まれる。創作や仕事に没入し続けるには、ただ好きだからだけではなく、自分に対する説明が必要になることがある。ワークするとは、他人に見せるためだけではなく、自分に自分を説明するための営みでもある。自己説明の積み重ねが、自信ゲージや自分神話を形づくっていく。00:37:19 最終的には直感にBET最後は、直感と理由づけの関係へ。人は自分の選択にあとから理由をつけることが多い。けれど、それは嘘というより、自分の物語を整える作業でもある。どれだけ考えても、最終的には直感に賭けるしかない瞬間がある。考え抜いた上での直感は、単なる脊髄反射とは違う。脳みそを通し、経験を積み、自己説明を繰り返した先に出てくる直感は、螺旋階段を登った先の判断なのかもしれない。【漠然なる気付き】自信はひとつの大きな塊ではなく、分野ごとに長さや残高の違うゲージとして捉えるとわかりやすい。得意分野に長い自信ゲージを持っていると、それを別分野へ変換して使えることがある。人生や創作はゲームのステ振りに近い。何に特化し、何を捨て、何を変換するかで進み方が変わる。脊髄トークと脳みそトースは、単純に行き来するものではなく、経験によって不可逆に変化していく可能性がある。一度考えることを覚えると、完全に「知らない頃の直感」には戻れない。しかし、脳みそを通した先には、考え抜いた経験を含んだ新しい直感が生まれる。経験と思考の往復は、円ではなく螺旋階段に近い。戻っているようで、少しずつ上に登っている。信念や信仰は、螺旋階段の中心にある重力のようなものかもしれない。人は自由に選んでいるようで、自分の過去、好き嫌い、価値観、信念に引っ張られている。ドーナツホールのように、信念そのものには実体がないように見えるが、周囲の行動や選択によって輪郭が浮かび上がる。自分の信念は「何を語るか」より、「何に時間を使い、何を避け、何に惹かれるか」に表れやすい。自分に説明するためにワークすることがある。作業や創作は、他人のためだけでなく、自分の納得を作るためにも行われる。直感は理由のないものではなく、経験や自己説明の積み重ねから出てくる場合がある。最終的には直感にBETするしかない瞬間がある。ただし、その直感がどんな螺旋階段を登ってきたものなのかは見ておきたい。第31回は、自信ゲージ、脊髄トークと脳みそトース、信念の螺旋階段、ドーナツホールの重力、直感へのBETまで進んだ、濃い漠然哲学回だった。【本日の漠然マイスター】ハマナカ紙折り人。DJやプログラミングもする。折り紙デザインスタジオ Kamiori-Studioを運営している。漠然スタイルは「神降ろし」。0から1を作ることに没頭している研究家気質のマイスター。ハマナカのInstagramどてらい物書き。空手やたこ焼き職人もする。主に雑誌『散歩の達人』で執筆、トンチキ企画担当。漠然スタイルは「イタコ」。他人格を憑依させるように感覚を拾うマイスター。どてらいのInstagram【インフォメーション】もとむ! 投書(メール)職人!あなたが普段抱いている、ぼんやり言葉にできない言葉。こちらの投書箱にどしどし投げ込んで! 漠然マイスターが、番組内で言葉にします! 図鑑に載ったり、Podcastで読まれたり、漠然グッズになったりするかも……?バク然投書箱ホームページもみてねバク然らいぶらりSNSはコチラlinktree
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