EPISODE · Jun 14, 2026 · 18 MIN
御意
from 余白の朗読室 · host tosusia
noteでも公開しています 御意 筒井殿はまだ動かんのか。 斎藤利三は冷静に答えた。 「洞ヶ峠に陣を置いたまま、形勢を見ておる様子にございます」 戦況は絶望的だった。まさか秀吉がこれほど早く戻るとは。 「細川殿からの返事は」 「まだありませぬ」 細川父子ですら動かぬか。どこから間違っていたのだろう。光秀の鋭利な頭脳には、もはや先が見えていた。 この上はできる限り戦って散るのみ。そう決意した光秀は、利三を見据えた。 「そちには幼い娘がいたな。すまないな」 利三は笑った。 「何の、それがしの娘にございます。案ずるには及びませぬ。あるいは殿に代わり天下を動かすやもしれませぬぞ」 豪快に笑い飛ばす。 「もはやこれまでにございます。それがしが殿の馬印を掲げ、敵を引き受けまする。その間に、殿は勝龍寺へお退きくだされ。殿ならば必ずや再起の機会がございましょう」 光秀にはそれが気休めだとわかっていた。それでも、利三と共に最後まであがこうと思った。 「後ほど、また共に天下をかけて戦うぞ」 「御意」 利三は立ち上がり、周りを叱咤した。 「今こそ武士の誉を得るときぞ。我と共に立ち向かうもの、声をあげよ!」 一斉に大きな声が上がった。 「よく言った。馬を持て。突撃じゃ!」 利三は近習数人を引き連れて駆け出していった。 脇腹に鈍い痛みが走った。傷を負ったようだ。敵中を抜け、どこまで落ち延びたのかもわからぬまま、意識が遠のいていく。もはやこれまでかと思うと、娘の顔が浮かんだ。 福よ。 目の前が暗くなった。 目が覚めた。 私はいったい。 夢にしては妙にリアルだった。戦場の匂いまでした気がする。なぜ女の私が、斎藤利三なのか。 斎藤利三の娘は。 春日局。 ある意味、天下を取ったと言えるんじゃないかしら。このタイミングでこんな夢を見るとは、何か縁があるのかもしれない。不思議な感覚を抱えたまま、今日読み上げる文を改めて手に取った。 初めての所信表明演説だ。ここで曖昧なことは言えない。もう一度確認しよう。 ふと、言葉が口をついて出た。 「殿、やりましたぞ」 自分の言葉なのに、自分ではないもののような気がして、周囲を見回した。 なぜか、笑みが出た。
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