EPISODE · Aug 2, 2026 · 20 MIN
主イエスは平和を残す(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:25–31
from 小山ナザレン教会 · host 小山ナザレン教会
2026年8月2日 三位一体後第9主日説教題:主イエスは平和を残す聖書: ヨハネによる福音書 14:25–31、ゼカリヤ書 8:16–19、詩編 29、コロサイの信徒への手紙 3:15説教者:稲葉基嗣 -----平和とは何なのでしょうか。誰もが、戦争や紛争のない、虐殺や報復攻撃、威嚇や裏切りのない、静けさのある、平穏な世界を求めています。もちろん、戦争がなければ、平和というわけではありません。平穏で静かな日々が広がっているように見えても、いつもそこにすべての人にとっての平和があるわけではないのです。そのようなことを思い巡らしながら、きょうの福音書の物語に目を向けてみると、イエスさまのある言葉が目に留まります。私は、平和をあなたがたに残し、私の平和を与える。(27節)イエスさまは平和を残すと言って、弟子たちの手に平和を委ねていきました。誰かの圧倒的な力、権力によって、実現されるものがイエスさまの目指す平和ではありませんでした。暴力による支配は、平和を作り出すように見えます。対立する意見を潰すからです。でも、そのような平和をイエスさまは良しとしませんでした。イエスさまのやり方は、平和を残していくことです。弟子たち自身が、自分の身近なところで、お互いに愛を示しあって、平和を形作っていく。力によってではなく、ただ、愛と憐れみによって、平和をこの世界で形作っていく。それこそが、イエスさまが平和を残すと言われた意味でした。平和が世界に静けさや平穏が広がることかというと、それは何だか違う気がします。むしろ、平和って、生き生きとして活気づいて、騒がしいものです。誰もが声を上げることができるなら、一人ひとりの言葉や存在が尊ばれるなら、平和って賑やかで、騒がしいものです。騒音や悲鳴や泣き叫ぶ声ではなく、罵倒する声や嘲る声でもなく、ただ喜びに溢れた笑い声が響く。そんな騒がしさが私たちの周りから広がっていきますように。イエスさまが平和を残し、平和に生きることを託した場所は、何よりも教会という主イエスによって結ばれた信仰者の群れにおいてです。どうか、この平和を私たちが携えて生きることを通して、少しずつこの世界にキリストの平和が広がっていきますように。
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主イエスは平和を残す(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:25–31
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