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PODCAST · religion

説教・聖書メッセージ「みちことば」

by Taichi Araki

聖書のメッセージです。聖公会司祭荒木太一による日本聖公会大津聖マリア教会での礼拝説教です。ブログサイトでは、絵画やイコンとともに、み言葉を黙想しましょう。

Publisher-supplied feed metadata · PodParley refreshed Apr 15, 2026 · Source feed

Episodes

  1. 自分が信じる前から 「キリストの真実による義」 フィリピ3:9

    2026年10月4日聖霊降臨後19主日(特22)聖餐式 結婚生活で私は妻に忠実であってきたと思います。しかし思い返すと私が忠実であれたのは、先に彼女が忠実でいてくれたからだと感じる時があります。私が信じる前から、彼女が私を信じてくれた、と。 同様に、キリストは、私達がキリストを信じる前から、私たちを信じ、私達に忠実であられます。それがフィリピ3:9の聖書協会共同訳「キリストの真実(ピスティス、忠実、誠実、忠誠)」の意味です。...

  2. 裁きの共苦(コンパッション)

    2026.4.3.受苦日礼拝 「ピラトは罪状書きを書いて十字架の上に掛けた。それには『ナザレのイエス、ユダヤ人の王』と書かれていた。」ヨハネ19:19

  3. あなたは人を祝福する存在だよ 「あなたは祝福の基となる」 創世記12:2

    2026年3月1日大斎節第2主日 聖餐式 高齢の信徒さんが真冬に教会に来られるのを見ると、祝福された気がします。また教会内外で色んなストレスを抱えながらも礼拝に来られる信徒さんもそうです。その人の信仰を通して、私もその人と神さまとの交わりに与かる気がします。祝福された気がします。 創世記で「神になろう」とした人類は、大地と子孫を罪と死の囚われとしてしまいました。呪いが人類に入りました。しかし神は呪われた人類をさえ愛し、呪いを祝福で塗り替えようとされました。それがイスラエルです。...

  4. あなたをよしとするのは私だ「神のように善悪を知る者となる」創世記3・5

    2026年2月22日大斎節第1主日 聖餐式 自殺防止の傾聴ボランティアをしていたとき、よく「悪魔の誘惑」を受けました。それは活動後です。「自分は善いことをしてやった、話を聴いてやった」と思い上がる時です。本来は感謝と、ご本人の今後を祈るべきですが思い上がる機会となるのです。 創世記では、いまだ死を知らない人間は「善悪の知識の木から食べるな。死んでしまうから」と神に忠告されます。しかし悪魔(蛇)にそそのかされ、「成りあがりたい」欲望を抑えられず食べてしまいます。 倫理的には「善悪を知る」ことは必須です。子どもにも教えなければなりません。「やっていいことと、悪いことがあるでしょ!」...

  5. あなたをよしとするのは私だ「神のように善悪を知る者となる」創世記3・5

    2026年2月22日大斎節第1主日 聖餐式 自殺防止の傾聴ボランティアをしていたとき、よく「悪魔の誘惑」を受けました。それは活動後です。「自分は善いことをしてやった、話を聴いてやった」と思い上がる時です。本来は感謝と、ご本人の今後を祈るべきですが思い上がる機会となるのです。 創世記では、いまだ死を知らない人間は「善悪の知識の木から食べるな。死んでしまうから」と神に忠告されます。しかし悪魔(蛇)にそそのかされ、「成りあがりたい」欲望を抑えられず食べてしまいます。 倫理的には「善悪を知る」ことは必須です。子どもにも教えなければなりません。「やっていいことと、悪いことがあるでしょ!」...

  6. あなたの顏はモーセのように輝く 「顔は太陽のように輝き」 マタイ17・2

    2026年2月15日大斎節前主日 大斎節が始まります。食生活の節制を定めましょう。平日は節制し、日曜に復活を祝い、大斎節を祈り守っていきましょう。「戒め」を守る、それが命に輝く道です。 主イエスさまは受難の前、山上で顔から光を放ちました。これは新しいモーセを示しています。神はモーセを通して私たちの祖先を奴隷の国から解放し、シナイ山で十戒を与え、その実践によって結びつきを強くしました。直後の箇所での雄牛の血で結ばれた契約です。...

  7. 喜びとされて 「私の心が喜びとする」 イザヤ書42・9

    2026年1月11日 顕現後第1主日 主イエス洗礼の日 皆様の親御さんはどうだったでしょうか。 しんどい時に実家に帰ると「太一が帰ってきた!」と母はたこ焼きを作ってくれ、父は酒を飲みつつ一緒にいてくれます。社会で(教会で!?)どれだけ働けていてもいなくても、たとえ精神病院に入院してもしなくても、自分のことをかけがえのない存在として手放しで喜んでくれます。それが新たに働く原動力にもなります。...

  8. 一緒に帰ろう 「大いなる集団がここへ帰ってくる」 エレミヤ31:8

    2026年1月4日 降誕後第2主日 映画「ペリリュー」は1万2千人のうち34名が生き残った奇跡、と悲劇を描きます。貫く思いは「日本に帰りたい、家族に会いたい」という帰還の願いです。「天皇陛下万歳、鬼畜米英、生きて虜囚の辱めを受けず」は大義名分なだけで、二十歳の青年たちにはやはり「お母ちゃん!」です。「お母ちゃん!」と叫んで死んでいき、「お母ちゃん!」と夢見ては軍部の洗脳を乗り越、奇跡的に帰還を果たしました。...

  9. おいでよ親子愛に

    2025年12月28日 「み子と共に神のことされますように」 降誕後第一主日特祷

  10. 神さまとの当事者会

    2025年12月25日 「言葉は肉となって、私たちの間に宿られた」ヨハネ1:14

  11. 闇にいるからこそ

    2025年12月24日イブ礼拝

  12. 証拠見せて

    2025年12月21日 降臨節第4主日 クリスマス礼拝「しるしを求めなさい」 イザヤ書 7・11

  13. 神さまの「がんばれー」

    2025年12月14日 降臨節第3主日 「萎えた膝を確かにせよ」 イザヤ35・3

  14. 弱肉強食?

    2025年12月7日 降臨節第2主日 「狼は子羊と共に宿り」イザヤ11・6

  15. 暴力を溶かす愛

    2025年11月30日降臨節第1主日 「剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とし」イザヤ書第2章4節

  16. ザアカイの友だち

    2023年11月23日子ども祝福式

  17. 力に騙されるな

    2025年11月16日 「あなたがたは惑わされないように気をつけなさい」ルカ21:8

  18. この目で見る幸せ

    「ほかならぬこの目で見る」 ヨブ記19・27 2025年11月9日 聖霊降臨後第22主日(特定27) 生まれた息子と初めて目を合わせた時、私は「生きててよかった」と思いました。笑顔で話す母の目を見て「生きていてくれて嬉しい」と思います。見つめ合うことは生きている喜びを鮮明に感じさせます。だから「もう見つめ合うことができない」死は悲しいのです。復活はこの肉眼でありありと見つめ合う喜びを回復すものなのです。...

  19. ねぇ、笑ってよ

    「今泣いている人々は幸いである、あなたがたは笑うようになる」 ルカ福音書6・21 2025年11月2日 諸聖徒日聖餐式・逝去者記念の祈り

  20. ダメ牧師、ダメクリスチャン

    2025年10月26日聖霊降臨後第20主日(特定25) 自信から憐みへ 「神さま、罪人の私を憐んでください」ルカ18・13 私は、真面目過ぎるほどに「よい」牧師になりたいと願ってきました。「よい」働きをしたいと努力してきました。一人で祈り、人と共に祈り、聖書を読み、病気の人や施設にいる人を訪ね、教会に仕えてきました。特にみ言葉を伝える説教の働きを大切にしてきました。主イエスさまに生涯をかけきました。 しかし、真面目に生涯をかけてきたからこそ、少しでも良い働きができないと自信を失い、自分の価値、「よさ」を疑いがちです。...

  21. 感謝からの自由

    「感謝されたい」からの自由 「しなければいけないことをしただけです」 ルカ17・10 2025年10月5日 聖霊降臨後第17主日(特定22)...

  22. 慈しみの目と耳で

    2025年9月28日

  23. ずる賢くてよい、施せ

    2025年9月21日 「不正にまみれた富で友達を作りなさい」 ルカ福音書16・9 ルカ福音書はお金の使い方を重要視します。神を信じる生き方、また神の国とは、絵に描いた餅ではなく、現実生活に密着したものだと。 神の国は貧しい人のものです。貧しい人に施すなら神の国は与えられます。(6・20、12・32-3) 聖書の神は経済格差を嘆き、格差是正を願う神です。この願いを背景として理解すると今日の「不正な管理人」の譬えは、イエスさまの貧しい人への慈しみを表していることになります。...

  24. なにもできなくても

    2025年9月14日 「念入りに捜さないだろうか」 ルカ福音書15・8 敬老の日、ご長寿おめでとうございます。最高齢は99歳!...

  25. 楽しんで欲しい

    「むしろ末席に行って座りなさい」ルカ福音書14・10 2025年8月31日 単純な話にしてみます。夫婦二人でカフェに行き、私か妻かどっちがより落ち着く壁側の奥の席に座るか。奥が上座で手前の席が下座でしょうか。お恥ずかしい話、今までは普通に自分が奥の席に座っていました。でもやっぱり妻に奥の席に座ってもらう方がいいなと思うようになりました。彼女が落ち着いて楽しめれば、それは嬉しいな、と。 席順マナーの根本にあるのは相手に「落ち着いて楽しんでほしい」というおもてなしの精神です。形だけの「謙虚さ」ではありません。...

  26. 弱さの戸口

    「狭い戸口から入るように努めなさい」 ルカ福音書13・242025年8月24日 聖霊降臨後第11主日(特定16) ホラーのような譬えです。神の宴会への戸口はとても狭く、アスリートの様な訓練が必要。しかもその戸口が一度閉じられたら「私はご主人様と食卓を共にし、教えを聞ました」と言っても「どこの者か知らない」と追い払われるのです。 この譬えは「自分は由緒正しいユダヤ人だから神の国に必ず入る」と思い上がる者に対して語られました。確かにアブラハムなどの父祖は宴会に入っています。しかし東西南北の諸国から異邦人は入っているのに自分たちは入れません。...

  27. 良い対立

    「対立して分かれる」 ルカ福音書12・512025年8月17日 聖霊降臨後第10主日(特定15) 私の両親と兄妹は無宗教です。それで私が23歳で洗礼を受けた時、私は家族との「対立」を少し感じました。自分が不安だったからなのかもしれません。 イエスさまは、家庭に平和ではなく対立をもたらす、と言いました。しかしこれはカルトのように信仰を持たない家族との対立を煽る言葉ではありません。神は平和の神です。「父母を敬え」とイエスさまも他の所では教えています。...

  28. 与えられる確信

    「小さい群れよ、恐れるな。父は喜んで神の国をくださる」 ルカ福音書12・32 2025年8月10日 聖霊降臨後第9主日(特定14) 先週の「財産を施し、与えなさい」という教えの続きです。 常識では色んな恐れや心配があります。貯金は、家は、車はあと何年もつか。健康は、老後は、介護は、子どもらは、人間関係は。施しどころではありません。古代の庶民はもっと基本的な食料と衣服について心配しました。...

  29. 本当の豊かさとは

    2025年8月3日 聖霊降臨後第8主日(特定13) 「自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者」 ルカ12・21 祖父は闇市から身を起こした商売人でした。最後は大きな家を買いました。しかし肺を病み「死にたくない」と嘆きながら60代で逝きました。大好きなおじいちゃんでした。ですが神を知る機会に恵まれなかったのです。19歳の私は考えさせられました。「本当の豊かさとは一体何か」と。 「もっと金が欲しい」という強欲に取りつかれた人が、イエスさまに救い主ではなく、遺産相続の調停人になってほしいと頼みます。...

  30. 祈りが聞かれるとは

    祈りは人を変える 「しつように頼めば」 ルカ福音書11・8 病気の癒しを祈ります。そして時に思います。「神さま、なぜ祈りを聞いてくださらないのですか。」そんな私たちにイエスさまは教えます。「祈りは必ず聞かれる。」 それが「真夜中のパン」の譬えです。夜中に旅人にパンを準備せねばならず、友の家に行きます。ですが戸締りをし子供らと寝静まっていて断られます。それでも「しつように頼めば」友情ゆえではなく迷惑がゆえに願いを聞いてくれる。神はもっと慈しみ深いのだから、あなたの祈りを必ず聞く。だから諦めず祈り続けなさい、と。 ただしそれは自分の都合の良いようになるのとは違います。...

  31. 聴くというもてなし

    「マルタ、マルタ、必要なことはただ一つだけだ」 ルカ10・41 2025年7月20日 聖霊降臨後第5主日(特定10) 「働き者の姉が叱られて、なんでボーッとしている妹が誉められるのか」という声が聞こえてきそうです。 ですがイエスさまは、もてなしの働きを軽視したのではありません。そうではなく、多忙さゆえに「思い悩み、心を乱し」て妹に不満を募らせているマルタに愛を込めて語り掛けているのです。「マルタ、マルタ」と。(10・41)それは放蕩息子の兄に愛を込めて「子よ」と呼びかけた父と同じです。...

  32. 損得勘定なし 「誰が…隣人になったと思うか」 ルカ福音書10・3

    専門家は無条件の隣人愛を避けようと、イエスさまに問いました。「隣人を自分のように愛しなさい、と言いますが私の隣人とは誰ですか。」敵と味方に線を引き、愛の義務を狭めたいのです。味方は愛しますけれど敵は愛さなくてもいいでしょ、と。 当時のイエスさまたち古代ユダヤ人と、北王国の末裔であるサマリア人とは、敵と味方で殺し合うほど激しく対立していました。...

  33. 今、私の旅について来い

    「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」ルカ9・62 2025年6月29日 聖霊降臨後第3主日(特定8) 厳しすぎる。できない。そんな人にはついて行けない。 エリヤが旅の途上で弟子となるエリシャを召したとき、エリシャは牛に鋤を引かせて畑を耕していました。その時は師匠に従う前に両親に分かれを告げることが許されました。...

  34. それでもいいよね

    2025年6月8日 聖霊降臨日 赦しの教会 「誰の罪でもあなたがたが赦せば、その罪は赦される」 ヨハネ20・23 「それでもいいよね」 教会には、決して相手を否定しない人が多いと思います。相手を肯定して、安心させて「ここにいていい」と感じさせます。そんな努力の背後にはその人が受けているイエスさまの赦しが透けて見えます。 まず自分が「それでもいい」と神さまから赦されてはじめて、人を赦すことができます。肯定することができます。互いに赦しあい、日常生活で神の赦しを現す、赦しの教会になることができます。...

  35. 神と抱き合う

    「わたしのいる所に共におらせてください」(ヨハネ17:24) 2025年6月1日 昇天後主日 一か月半の入院から退院した日、お祝いに3人家族でピザを食べに行きました。回復と再会の喜びが溢れて、普段はそんなことしないのに、抱き合って肩を組んで商店街を歩きました。体で家族愛の交わりを感じました。「抱き合って喜ぶ」復活の朝もそうですし、クリムトの描く男女が抱き合ってキスすることもそうです。体は愛を感じる、愛を感じさせるために造られたのです。…

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  36. いないところに

    「弁護者が、、、ことごとく思い起こさせてくださる。」 ヨハネ福音書14・26 2025年5月25日 復活節第6主日 死を理解できない小さい子には「お父(母)さんは、お星さまになったんだよ」と伝えます。死がすべての終わりではなく、大好きな人は、新しい形で共にいることを伝えようとします。 イエスの昇天は「その人間性が神の内に入る」という栄光ある祝福ですが、それが見えない弟子たちは別れの悲しみにありました。昇天してしまうと「ここにはいない」と不在を感じるのです。...

  37. 否定の真ん中に

    2025年4月27日 復活節第2主日 否定の真ん中に立つ 「イエスが来て真ん中に立ち」 ヨハネ福音書20・19 教区主教不在で教区はこれからどうなるのか。少子高齢化でこの教会はどうなるのか。また、個人的にもこれからの人生はどうなるのか。不安が不安を呼び、主イエスさまを忘れるとき、私たちは自分自身を否定してしまいます。これではダメだ、と。…

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  38. 復活、それは新しい創造

    2025年4月20日 復活日 復活、それは新しい創造 「なぜ生きておられる方を死者の中に捜すのか」 ルカ24.5 今、毎晩祈っている人のお一人がガンと闘っています。4人の子のママで、純真で明るく素敵な方です。病気に負けないように、人生を楽しんでおられます。私は祈ります。「命の創造主なる神さま、どうか抗癌剤が効いて癌細胞を死滅させてください。」 復活とは、命の創造主の「今、既にここで」働く力です。死後の世界の話だけではありません。既に働くイエス様の命の支配力です。病と死と罪に勝つ力です。天使が言うように「死者の中に捜しても見つからない、生きておられる方」です。...

  39. あなたもこのなかにいるんだよ

    「主は振り向いて、ペトロを見つめられた」 ルカ福音書22・61 神が私たちを新しく創り変えようと、私達の罪を受けて殺され、罪を滅ぼす。この愛の物語のどこかにあなたはいて、主はあなたを見つめておられます。 中心は主イエスさま。父への従順を貫き、罪を背負われます。私たちの罪の苦しみを背負われます。 ゲッセマネの弟子たち。イエス様の祈りについていけず眠ってしまう祈りの薄っぺらさ、集中力のなさ。 ペトロ。愛する先生を三度も否定する臆病さ弱さ。彼を見つめるイエス様の哀しみ。号泣する悲しみ。 ユダ。強い王への望みが叶わないと知って抱く、憎しみと裏切り。...

  40. 神さまの教会愛

    「収穫を納めさせるために」 ルカ福音書20・10 2025年4月6日 大斎節第5主日 今年度の祈りの一つは「将来構想委員会を通して次世代の教会愛が育まれますように」です。そして私たちの教会愛の源は、神さまの教会愛です。 イザヤ書5章で神さまは「ぶどう畑の愛の歌」を歌います。肥沃な丘を掘り起こし、丁寧に石を除き、最上級のぶどうを植え、絞り場を作り、見張りのやぐらまで建てます。私たちの霊的ルーツであるイスラエルはそれほどまでに神に愛された宝の民でした。...

  41. 懇願する神さま

    2025年3月30大斎節第4主日 「父は出て来て懇願した」ルカ15・28 自分を棚に上げて思ってしまうときがあります。「なんであんな人が教会にいるんだ。なんであんな人が聖職なんだ」。自分は素直に誠実に教会生活を送ろうとしてきた。そう思えば思うほど、赦しがたくなります。 放蕩息子の兄は真面目で正しい、模範的な良き息子です。親不孝者の弟が、父を死んだものとして財産を分捕って出ていき、娼婦らに金をつぎ込んでいる間も、兄はずっと父に従順に働いてきました。…

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  42. 知っておられる

    知っておられる 「神は誠実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせるようなことはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」1コリント10・13 とても有名なこの聖句。「頑張れ! 耐えられる!」と励ますために使われますが、本当は人の忍耐力ではなく神の誠実を示しています。 ここでの試練は「自分は強い信仰者だ」と自負するコリントの信徒が遭遇する試練です。病気、死別、不仲、挫折…。強い信仰を持っていると思っていても、人は弱い者。「もう耐えられない、折れてしまう、壊れてしまう」と不安になります。...

  43. 引き裂かれても

    引き裂かれても 「その日、主はアブラムと契約を結んだ」 創世記15・17 2025年3月16日 大斎節第2主日 人に神の愛を伝えるとき、心を開かなければなりません。そこには弱さもあるので、ときにそれは心が裂かれる思いもします。命を懸けて、心を懸けてすることですから、自然なことです。 アブラムは神の約束について不安でした。神は子孫と土地を約束しましたが、平均寿命40歳の時代に、彼は75歳で子供はいません。しかもどの地にも定着できず、流浪の身です。この不安からアブラムは、神さまが約束を果たすことのしるしを求めました。「どのようにして知ることができるのですか。」...

  44. 愛を疑わせる誘惑 「もしも神の子なら」 ルカ福音書第4章3節

    2025年3月9日 大斎節第1主日 荒れ野での悪魔の誘惑は「疑い」の誘惑です。「自分は神に愛された神の子」であることを疑わせるのです。 私にとっての荒れ野は祈りや礼拝で神を体験しないときです。祈りが枯れ、礼拝がつまらなくなり、聖書に何も感じず、説教が苦痛になります。 そして悪魔の誘惑に負けると、人からの承認を求めるようになります。「先生よかったです。ありがとうございます」と言われて良い気分になるために力を尽くし始めます。 イエスさまにとっての誘惑の場は、最も人間的で生々しい40日間の断食後の凄まじい「飢え」でした。そこで悪魔は誘惑します。「もしもお前が神の子なら・・・」。...

  45. 降っていく祈り

    「これはわたしの子、選ばれた者、これに聞け。」ルカ福音書9・35 大斎節前主日 信徒だったとき、福祉関係の仕事の疲れと、プライベートの問題とで人生に漕ぎ悩んでいました。それでも毎主日、疲れた体に鞭打って、辛い現実から逃げるように、教会へと続く石段を登りました。そうして聖餐式に参加すると、祈りの中で神さまに親しく触れる体験をします。そうして礼拝が終われば何かの力を得て、「下界」の現実は何も解決していないけれど、今度はイエスさまと共に、苦しい現実へと石段を降って行けました。人に仕えよう、という気持ちが少し湧きました。...

  46. 愚かな愛―イエスさまの生き方 「あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。」 ルカ6・29

    2025年2月23日 顕現後第7主日 「敵を愛せ」の「愛敵の教え」です。あなたにとって敵とは誰でしょうか。私にとっての敵は、小さいことなのですが、自分に濡れ衣を着せた人です。その敵を「愛せ、赦せ」というこの教え、イヤです。したくないし、できるはずもありません。 しかしこの「愛敵の教え」は先週の続きですから単純に「あなたが誰であろうとそうしなさい」という一般的な道徳ではありません。イエスさまが弟子たちに呼びかけた「もしあなたが私の弟子なら、自分について来い」という生き方への招きです。弟子と師匠の個人的な関係です。...

  47. 泣きながらでも

    「今泣いている人々は幸いである。あなたがたは笑うようになる」 ルカ福音書 6・ 21 イエスさまの幸せについての教えです。貧困と飢え、悲しみと迫害にある人は幸せになる。逆に裕福で満腹で、笑っていて、皆から褒められる人は不幸せになると。 そしてイエスさまの幸せのリストの前で「私はどんな幸せ、または不幸せを受けるのか」と考えてしまいます。今ある程度幸せだから不幸せになるんだろうか。またはその逆で、不幸せだから幸せを受けるんだろうか、と。...

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