All Episodes
一法庵 — 323 episodes
26/09/27 ニッバーナとは全身麻酔ではないと分かった時に
26/09/21 チッタを見つめる「謎のX」
26/09/13 シン・ゴジラの撮影現場で、庵野監督が正気を取り戻す時に
26/09/06 心貧しきものは幸いである。青空は彼らのものだから。
26/08/30 只管打坐とは、ダンマヌパッサナーのことだったのか、、
26/08/23 「シンキング=私」の鎖を、チッタヌパッサナーが断ち切る
26/08/14 迎え火の中の「青空の主体」
26/08/09 窮地に陥った「現代の宗教者」を救うことで
26/08/02 「我今見聞得受持」が、エゴに微笑みかける
26/07/26 豆腐の中の非二元への入り口
26/07/22 最新版ワンダルマ・メソッドの瞑想のインストラクション(裏磐梯一法庵 海の日接心)〜第2の主体へ至る、物質から光りへの軌跡
26/07/19 「ものそのもの」から、第二の主体への道筋
26/07/12 わたしは復活である。そしてあなたもまた復活であるから。
26/07/05 生死の問題を本当に超えられると確信しているからこそ
26/06/28 細部に神を宿らせるための畑仕事が始まる
26/06/21 3カ国語のスライデックが、台湾という特異点を照らし出す
26/06/14 DoingはAIにお任せして、人類はBeingの世界の喜びへ向かう
26/06/07 風に吹かれた果てに、ポストAI時代の幕開けを迎える
26/05/31 午前3時のミャンマーの森の中で、日本仏教が復活の狼煙を上げる
26/05/24 絶滅危惧種としての宗教に、別れを告げた後に
26/05/17 パンデミックこそが、裏磐梯一法庵(=岩の上の家)の生みの親だったのか、、
26/05/10 第二の主体への入り口としての、泥まみれ
26/05/04 「人類としての苦しみ」という自覚があるか、ないかで
26/04/26 Thinking Mindとは、そもそも何なのか?
26/04/19 神の似姿としての<わたし>が、マインドフルネスの主体だから
26/04/12 エゴの生存本能が、あまりに過剰防衛した結果、、、
26/04/11 真理の自己開示の場所としての〈私〉
26/04/11 生老病死の超越を諦めたら、既に宗教ではないから
26/04/05 海と溶け合う太陽、そして神さまから贈られたボンサンス
26/03/29 禅の袋小路を打ち破るために
26/03/22 禅とテーラワーダの「致命的な誤解」を解き、クリスタル・クリアな真理へ
26/03/15 禅とAIが拓く仏道の新地平 by NotebookLM
26/03/08 典座が、人類を苦しみの沼から救い出す
26/03/01 Ekaggataが、禅とマインドフルネスを巡る混乱に終止符をうつ
26/02/08 「#ママ戦争を止めてくるわ」からアップデートするために
26/01/30 Truth Seeker の皆さま、いざ裏磐梯へ!
26/01/25 世界標準のダルマが、裏磐梯で起動する
26/01/18 道本円通とはニッバーナのことだと分かり、「一法庵基金」がスタートします
26/01/11 サリンを撒いてたかもしれない、30年前の自分への福音
25/12/29 最新版ワンダルマ・メソッドの瞑想のインストラクション(裏磐梯一法庵 師走接心)〜誰もが入れる非二元に向けて
25/12/26 青空の只管打坐への道程
25/12/21 「あなたは最終解脱者ではない」と言い切れなかったために
25/12/14 2025年が、1995年と大きく違うのはどこか?
25/12/09 「法身としてのわたし」が照らし出す日本仏教の未来
25/12/07 裏磐梯一法庵とはどういう場所なのか、そして、どういう場所ではないのか
25/11/23 メタ認知のための喜心・老心・大心
25/11/16 チベットと台湾の輝く明日のために
25/11/09 第五図を巡って、二つの世界観がすれ違う
25/11/02 滅びる命、滅びないいのち
25/10/26 メタ認知では、不死の門は開かないから
25/10/19 脱獄の作法としての、掃除・料理・洗濯
25/10/13 ロウソクの火が消えた空間をみつめる意識、そして料理という糸口
25/10/05 道本円通としての<わたし>
25/09/28 インドの法友たちが、教えてくれること
25/09/07 生死の問題の解決を諦めたら、もう仏教ではないから
25/08/31 仏教を凡庸さから救い出すために
25/08/24 お盆がお盆であるために
25/08/11 仏教を徳川幕府の呪縛から解放すると
25/08/03 絶対矛盾から目を逸らさないでいると
25/07/27 意識の光りから、彼岸の確信へ
25/07/20 未来のお寺のための突破口
25/07/13 まずは、頭がぐらんぐらんすることで
25/07/06 必然的な誤解から見えてくる本音の本音
25/06/29 ダルマティーチャーという遠い目標さえ定まっていれば
25/06/22 裏磐梯一法庵 出航!
25/06/15 ひたすら Meaning of Life を求めてさえいれば
25/06/08 100%の純度で、ダルマを探求できる場所へ
25/05/18 大団円のその先へ!
25/05/11 神さまが働く余地を死守することで
25/04/27 人類がしっかり立つための場所がまもなく竣工
25/04/20 復活祭の日に、<わたし>と<あなた>の世界線に向けて
25/04/13 神の似姿としての人間の絶対的自由(by 柳田敏洋神父)があるからこそ
25/04/06 聖書に描かれる思いの手放しとマインドフルネスの姿
25/04/05 自己の問題とペルソナ(人格)について
25/04/06 自己の二重構造の理解無しには全てが矛盾するから
25/04/05 人類というspeciesのバグを修正する
25/03/30 「思い」の正体を見抜き、地球を相続する
25/03/23 30年前のスイッチオン
25/03/16 不忘念と不妄念のあいだに
25/03/09 Empathyこそが、この世界を支えるものだから
25/03/02 「新しい人」たちの根拠地となるべく裏磐梯一法庵まもなく発進!
25/02/23 思いの手放しマインドフルネス から「長空としてのわたし」へ
25/02/16 「思いの手放し」と「マインドフルネス」が歴史的和解へ
25/02/09 「波と水」を凡庸な解釈から救い出すために
25/02/02 今からでも間に合う「裏磐梯一法庵プロジェクト」入門
25/01/26 お浄土は単なる「設定」に過ぎないのか?
25/01/19 Enthusiasmの波にただ乗るだけで
25/01/12 「私」の知らない<わたし>
25/01/05 まずは五戒を守ることから始まる
24/12/22 マインドフルネスの主体は、「法身としてのわたし」以外にはありえないから
24/12/15 仏壇、戒名、過去帳プロジェクト始めます
24/12/08 Enjoymentと共に、本尊さまを熱烈歓迎!
24/12/01 正師から戒名を授与されて、法身が目を覚ます
24/11/24 法身 (Dharmakaya)としてのわたし
24/11/17 新しい世界への入り口としてのAcceptance
24/11/10 仏国としての四国の皆さまへ伝えたいこと
24/11/03 自然という概念に、人は何故躓くのか?
24/10/27 瞑想を邪魔する過去の悪業とはいったい何か?
24/10/20 呼吸が見えるとは、何を意味するのか?
24/10/15 最新版ワンダルマ・メソッドの瞑想のインストラクション(神冥窟 神無月接心)
24/10/13 新しい人よ目覚めよ!
24/10/06 只管打坐という虹が出現するために
24/09/29 インドの地で見つけた二重構造の新しい表現
24/09/08 「アーナパーナサティ」をアップデートする
24/09/01 ニューアース直前に、エゴが機能不全になるのは吉兆なのか?
24/08/25 今生より「正念」を聞くことあらんとき「正念」を疑著せじ、不信なるべからず
24/08/18 マインドフルネス・セラピーを成り立たせる “a Buddha to be” という自覚
24/08/12 A lotus for you, a Buddha to be という視線を向けられることで
24/08/04 マインドフルネスは「心の筋トレ」などではなく、生死を乗り越えるためにあるから
24/07/28 妄想の世界を抜けるために、今に気づくとは一体どういうことか?
24/07/21 21世紀の日本で、お寺を建立するとはいったい何を意味するのか?
24/07/16 最新版ワンダルマ・メソッドの瞑想のインストラクション(神冥窟海の日接心)
24/07/14 マインドフルネスがワンダルマ仏教に収斂されてゆく
24/07/07 ラスボスとしての裁きの座
24/06/30 Interbeing と非二元を、霧の中から救い出すために
24/06/23 四大分別観瞑想 → 地水火風の瞑想 名称を変更します。
24/06/16 鏡の中の地水火風
24/06/09 お葬儀の最中に、プネウマの風が吹き抜ける
24/06/02 グリーフケアーを負け戦にしないために
24/05/26 せっかく「もう一つの認識主体」が出現したのに、何故思考を放棄するのか?
24/05/19 何故、園の中央に善悪の知識の木が植えられたのか?
24/05/12 空即是色としてのガンダーラの仏さま
24/05/05「無原罪の場所からのヴィパッサナー」を巡る柳田敏洋神父との対話
24/04/29 牢獄の壁の前で、自信をもって絶望する
24/04/21 まず自分が裁きの座(エゴ)依存症であることを自覚する
24/04/14 善悪の知識の木の実を、いま、吐き出す
24/04/13 人間の三元論(霊・心・身体)の構造と罪(的外れ)からの解放
24/04/13 無原罪の場所からのヴィパッサナー
24/04/07 2000年前の離縁、2000年後の復縁というドラマがワンダルマだから
24/03/31 仏教は知らなくても、論理的に思考するすべての日本の皆さまへ
24/03/24 正師に出会うことで、「謎のX」がもう謎ではなくなる
24/03/17 自受用三昧 → 自己ぎりの自己 → You are all that exists
24/03/10 第6図を巡る内山興正老師とティク・ナット・ハン 師の対話
24/03/03 海でもない、陸でもない、波打ち際のマインドフルネス
24/02/25 「謎のX」とエッセ、そして無原罪
24/02/18 交通事故としての正師との出会い
24/02/12 「青空としてのわたし」→「第5図としてのわたし」→「仏性としてのわたし」
24/02/04 予言の書としての「一法菴開闢落慶啓白文」
24/01/28 「宗教法人一法庵」に公益性ありや無しや?
24/01/21 世界中の誰もが、リアルに彼岸を実感できる瞑想メソッドのために inspiered by Khentse Rimpoche & Nike
24/01/14 仏教の原体験としての「能登はやさしや土までも」
24/01/07 今更、未来に成功を夢見る必要などないから
23/12/24 もう一つの意識+もう一つの身体から、ニューアースが生まれる
23/12/17 「一ニ三四五」と「脳内妄想」のあいだに何があるのか?
23/12/10 ”human Beings ”の間には、慈悲しか存在しないから
23/12/03 「世界で一番ピュアな只管打坐」としてのマインドフルネス
23/11/26 マインドフルネスの鐘が鳴る。時に尿意、便意として。
23/11/19 地上に存在することは、それ自体、祝福であるから
23/11/12 只管打坐とマインドフルネスが遂に融合して、惛沈(こんじん)とモンキーマインドが消えてゆく
23/11/06 最新版ワンダルマ・メソッドの瞑想のインストラクション(神冥窟菊花接心)
23/11/05 今(=第5図)に生きる、即ち祖道なるべし
23/10/29 歩くことの目的は、歩くことだから
23/10/22 第4図でへたり込まないための Inner Purposeとは?
23/10/15 「本来本法性 天然自性身」を、実感出来ないことを潔く認めると
23/10/08 祝ノーベル賞受賞! 何故、第四図のことはカリコ博士にお任せできるのか?
23/10/01 メソッドを媒介して、「始まりの只管打坐」から「青空の只管打坐」へ
23/09/24 聖なるものへ屈服したとき「神秀 vs. 六祖慧能」に、最終決着がつく
23/09/17 2000年ぶりにダルマが、インドでまた1つになる
23/08/27 「おまえは既に詰んでいる」と他人に言われる前に、、
23/08/20 遊びではなく、救いの場としてのサンガ建設のために
23/08/13 「あるがまま」で九死に一生を得て、シンキングマインドの迷走が終わる
23/08/06 「恩寵としての闇」の果てのアウェアネス
23/07/30 合わせ鏡としての同一性障害と、乖離性障害
23/07/23 反応しない練習としての「雑巾掛け」
23/07/16 ワンダルマ仏教が、退屈なクリシェを獅子吼に転換する
23/07/09 「身心一如」を霧の中から救出する
23/07/02 「学校という物語」がネタバレしてしまった14歳のために
23/06/25 このとき、十方法界の土地、草木、牆壁、瓦礫、みな仏事をなす
23/06/18 世間の嫌われものとしての宗教
23/06/11 世界で一番安全な「結界」に、どうしても入れない吾我のために
23/06/04 反応しないぞ!と吾我が頑張るのではなくて
23/05/28 怒らないことを以て怒りに勝つために
23/05/21 吾我は「内なる身体」を感じられないから
23/05/14 法話の場でも吾我(エゴ)がもたげあげる
23/05/07 「宗教法人一法庵」への最初の一歩
23/04/30 信仰共同体の中から 、お寺が400年ぶりに爆誕する
23/04/23 曹洞宗のかたへお伝えしたいこと
23/04/16 終に見いだされた「家屋の作り手」とは?
23/04/15 エンスの「私」とエッセに開かれた超越の〈私〉
23/04/15 宗教が絵空事ではないことを、実感するためのマインドフルネスと慈悲
23/04/09 内なる身体への気づき
23/04/02 論理とメソッド
23/03/26 裏磐梯一法庵への道程
23/03/19 新宿朝カルで「ワンダルマ仏教入門講座」が始まります
23/03/12 我が身心を仏法の大海に拋向したとき、吾我の独り相撲が終わる
23/03/05 仏教イベント主催者にお願いしたいこと
23/02/26 ワンダルマの視点から見えてくる「命終の日の解決」
23/02/19 歓喜としての入般涅槃
23/02/12 如何にして「世法を捨てて仏法を受持せん」か?
23/02/05 地上にひとつの場所を!
23/01/29 何故ダライラマ法王と一法庵は、公式にワクチン接種を勧めたのか?
23/01/22 2006年11月の時点で、既に明らかになっていたワンダルマへの道
23/01/015 「只管打坐7割、メソッド3割」の力配分で
23/01/08 ニッバーナへの最後の橋を「只管打坐」で渡りきる
22/12/26 最新版ワンダルマ・メソッドの瞑想のインストラクション(冬の福島リトリート)
22/12/24 裏磐梯一法庵は只管打坐の道場だから
22/12/18 余は如何にして「只管打坐原理主義者」から「二重構造の提唱者」になりし乎 part 2
22/12/11 「無所得無所悟にて端座して時を移さば、即ち祖道なり」をアップデートする
22/12/04 坐禅の準備運動をアップデートします
22/11/27 宇宙とぶっ続きの自己の身体が、ビリビリで満たされるために
22/11/20 当たり前なこととして、死の恐怖を語る時代に
22/11/13 南嶽磨磚をアップデートする
22/11/06 慈悲の炎に燃やされて、旧いアイデンティティが消え去る
22/10/30 護摩の炎に浄化されて、「妙観察智としてのわたし」が出現する
22/10/23 悪にも善にも随ふときは、心は善悪につるゝなり
22/10/16 「発願文」を聞いて、いてもたってもいられななくなる人の再結集
22/10/15 かたちある私のみを自分だと誤認して、サムサーラが続いてゆく
22/10/11 最新版ワンダルマ・メソッドの瞑想のインストラクション(神無月接心)
22/10/09 敗者復活戦を勝利に導く「喜捨」
22/10/02 師の言葉を聞けども我が心に叶わず
22/09/25 誰もが「サムサーラする私」であり「Blue Sky Me」でもあるから
22/09/18 生まれる「以前に生きていた」と分かったので、一法庵 患者友の会は解散します
22/09/11 正法を聞くことあらんとき、正法を疑著せじ
22/09/04 Blue Sky Meに来迎されて、内なる身体に入る
22/08/28 何故、我々はサムサーラをくり返してきてしまったのか?
22/08/21 絶対無とThe Square Worldとサムサーラ
22/08/14 Blue Sky Meと林住期と裏磐梯一法庵
22/08/07 Blue Sky Meと大事な仲間たちと民主主義
22/07/31 たとえ「あなたの家族が霊界で苦しんでる」と言われたとしても
22/07/24 「死んでも死なない命」を実感できるお葬儀のために
22/07/17 「世は末世だ、自分は非器だ」という言い訳はどこから来るのか?
22/07/10 我々は何故「喪に服す」という発想すら失ってしまったのか?
22/07/03 世界を本気で変えられると信じる、クレージーな「裏磐梯一法庵プロジェクト」
22/06/26 喜捨の喜び、そして日本のお寺の未来
22/06/19 「裏磐梯一法庵建立プロジェクト特設サイト」を公開しました
22/06/12 旧見を手放して、「信仰共同体としてのお寺」が建立される
22/06/05 サグラダ・ファミリア方式ファンドレイジングとは?
22/05/29 一法庵の「一法」とはそもそも何か?
22/05/22 仏教にはアップデートされた「民主主義」がよく似合う
22/05/15 「コロナうつ」の源のエゴを断ち切る
22/04/29 裏磐梯一法庵がまもなく出航します!
22/04/24 地獄への扉が、そのまま神の国の入り口だから
22/04/17 百尺の竿頭から墜落したエゴが「復活」する
22/04/10 ゲームチェンジャーとしてのニッバーナ
22/04/09 キリストの神人性と人間の二重性
22/04/09 生死を超える道を、マインドフルネスが照射する
22/04/03 「本当の自分」が脈絡なく出現し困惑しているひと達、全員集合!
22/03/27 百尺の竿頭につよく取りつくエゴの生存戦略
22/03/20 UFOに乗って、光の身体という実家に帰る
22/03/13 「無我」と「非我」のあいだの無限の距離
22/03/06 雪山偈をパオメソッドから読み解く
22/02/27 第四図の歩き方 #StandForUkraine
22/02/20 マインドフルネスの秘密としての”I don’t mind what happens”
22/02/13 午前3時に非思量が出現する
22/02/06 太陽に素直な設計の道場づくり
22/01/30 ヴィパッサナー瞑想の主体としての「もう一人の私」
22/01/23 全ての出発点としてのティク・ナット・ハン 師との邂逅
22/01/16 スピリチュアルはサイエンスを否定する? - YOGAYOMU編集部の問いに答える
22/01/09 「宗教法人 一法庵」の教義としての ”My (true) name is Trinity”
21/12/27 最新版ワンダルマ・メソッドの瞑想のインストラクション(福島リトリート)
21/12/25 裏磐梯一法庵の構想を練り始める
21/12/19 エッセの共同体へ向けて
21/12/12 ペインボディ共同体の罠を見破る
21/12/05 実存的苦しみ、世間の苦しみ
21/11/28 ペインボディが遂に解体し始める
21/11/06 大事な人と、自分に向けた「青空のトンレン」
21/10/31 本来的な苦しみに向かい合うことで、たとえダメージを受けても
21/10/24 自分はいったい誰かを間違えて、ペインボディが誕生する
21/10/17 青空のフォーカシングは、ペインボディを解体できるのか?
21/10/09 無条件降伏としての皆勤賞
21/10/03 最新版ワンダルマ・メソッドの瞑想の徹底解説
21/9/26 コロナ禍前夜、令和元年に真理が顕現し始める
21/9/19 我々は何故、不安を愛してしまうのか?
21/9/12 喫緊の慈悲の実践として、ワクチン接種を呼びかける
21/9/05 mRNAワクチン接種によって、百生の野狐身から抜け出る
21/8/29 道本円通を原(たず)ねる最終兵器としてのマインドフルネス
21/8/20 仏教は、アップデートされているか
21/8/22 第五図を人間の頭と体と解釈する致命的な間違い
21/8/14「手放し」と「観察」の絶対矛盾を乗り越えた時に
21/8/08 私たちは、最初から生まれてもいないし、死ぬこともない
21/7/24 宗教的遭難を避けるぎりぎりの選択とは?
21/7/18 「裏磐梯一法庵 in 早稲沢」を、岩の上に建立する
21/7/11 身心一如を第五図へアップデートする
21/6/27 神のものは神に返し、身体のものは身体へ返す
21/6/20 最初から壊れている脳を持つ、我々すべての為に
21/6/13 ノマドとして無限の自然のなかへ
21/6/05 無所得無所悟にて端坐して時を移して、ワンダルマ・メソッドが始まる
21/5/30 予想に反した実験結果に服従する
21/5/23 我見を離れて、身体の内側へ
21/5/09 先発投手がマウンドを降りない限り、微細な感覚は出現しないので
21/5/04 「生きている=脳がしゃべっている」先発投手に交代を告げる
21/4/29 ADHDの特効薬として、マインドフルネスが機能するために
21/4/21 大きな変容のなかでの問い〜いまここに<わたし>があること
21/4/18 聖霊としてのマインドフルネスと慈悲 – 一法庵の三位一体論の定義
21/4/11 弟子もまた復活し、宗教共同体が生まれる
21/4/10 トマス・アクィナスの存在論を援用した私の二重性の解明。意識の統合情報理論のミニ紹介
21/4/10 存在者としての私、存在としてのわたし
21/4/04 人間が考えた永遠の命、そしてそれがネタとしか思えない
21/3/28 非常口を巡る五つの迷走の果てに
21/3/24 ワンダルマ・メソッド・インストラクション(2021年最新版)
21/3/21 色身の救い、法身の救い
21/3/14 「修証一等」に最終決着をつける
21/2/28 日本が世界標準の仏教国になるために
21/2/21 脳内映画からの脱出口としてのダーナ(布施)
21/2/14 「檀家」をアップデートする
21/2/07 脳・意識・法身 〜脳神経外科医の篠浦伸禎医師との対談で見えてきたもの
21/1/31 「裏磐梯一法庵」へ向けて – ひとつの風の谷プロジェクト
21/1/24 福島のほんとの空(そら)を通して、ほんとの空(くう)に繋がる
21/1/09 いまだからこそ、カラダとこころに聞いてみよう
21/1/10 「死んだら終わり」というニヒリズムが、遂に終焉する
20/12/27 「青空の広場」の基本コンセプト
20/12/20 舎利礼文、そして青空としての遺骨
20/12/13 一法庵守護者、一法院円優妙盛大姉のために
20/12/06 光の青空のなかへ
20/11/15 マインドフルネスと南無妙法蓮華経
20/11/08 「好きと嫌い」から生まれた映画という監獄
20/11/01 新しい身体について、いま分かっていること
20/10/25 仏教とヨーガの25年前から止まった時計の針を進ませるために
20/10/18 オウムの聖なる振動がチャクラを揺さぶり、牢獄の壁に亀裂が入る
20/10/11 自受用三昧 – 世界に所属しないことで、全世界が自分になる不思議
20/10/01 1995〜2020「仏教3.0」視点から見た日本仏教の25年
20/10/04 「本気」を巡る冒険
20/09/27 微炭酸を丁寧に感じ、微光を静かに観察することで
20/09/25 「お浄土があることにする」のではなく、リアルにお浄土を実感するのが瞑想だから
20/09/20 「何事も本気にはとらない」という世間知、その功罪
20/09/13 絶望の1995年に、ティク・ナット・ハン 師により希望の灯がともる
20/09/06 二十世紀末に、渓声禅堂が目指したもの
20/08/30 「死んでも死なない命」を実感できないことを、正直に絶望しない
20/08/23 わたしの二重構造の実体験のみが、仏教3.0の鍵だから
20/08/14 禅セラピーとしての只管作務
20/08/09 終戦記念日の直前、長崎の鐘が鳴る
20/08/02 無条件降伏としての只管打坐
20/07/26 ワンダルマ・メソッド・インストラクション(奥多摩 御岳山 海の日接心版)